不登校、機能不全家庭、アダルトチルドレンについて、書いています。
【不登校 それぞれの軌跡】(2)記憶の操作と罪悪感(娘編)
2009-11-04 Wed 09:37
前回は、夫を中心に書いてみましたが、今回は、子どもたちを主に、不登校の軌跡を書いてみたいと思います。

前回では、かつて、早期教育に深くはまり込んだ事実と、理由を書き綴りました。

その流れで、娘は3歳から、バレエを習いはじめました。
当時は、娘が好きで習っていると、私は、「思い込んでいました」
娘の好きなことに、付き合う、いい母親。その満足感に酔っていました。
この全く、疑いもしない、「思い込み」について、今なら分かる、その当時の「記憶の操作」について、私なりの解明してみようと思います。

まず、「私は、娘が、自主的に習っていると、思っていました」というところですね。
常識的に考えて、3歳の子どもが、自分の習い事を、選び取る力が、あるわけはありません。
子どもは、無駄な遊びが、大好きですし、自由が好きであり、大人のように、行動に制限がなく、とても、無邪気な生き物ですね。
しかし、私は、それさえも、分からなかったのです。
当時、笑顔が少なく、無口な娘を、バレエを通じて、自分を表現することを学んで欲しいと、もっともらしいことを考えていました。


しかし、今思いますと、それは、後付された理屈であったと、感じています。

実のところ、私自身のコンプレックスから始まっていることでした。
アダルトチルドレンというものは、往々にして、運動が苦手な人が、多いような気がします。
もれなく、私も、そうでした。
*なぜ、そうなるか・・・最近になって思うところがありますので、ひとつの仮説として、また後ほど解説していきたいと思います。

当時、私は、何か、得意なものが、あれば、私のように、コンプレックスを抱かずに済むのだと、単純に思っていました。
その流れで、私のプライドを満足させるもの、かつ、華やかなものとして、バレエ=女の子というものが、私の頭の中に、形成されていきました。

この思考回路は、実にAC的だったと、今は思います。
自分の果たせなかった夢を、子どもに、かなえてもらうという、他者依存であり、母子カプセルの形ですね。

そして、娘をバレエ教室に、つれて行ったのでした。

次の会話を、ご覧ください。

(バレエ教室の見学が終わって)

母「きれいねえ、やってみたくない?」

娘「・・・うん」 

母「じゃあ、やってみる?」

娘「うん」

母「やってみたいんだね」

娘「うん」


普通の親子の会話ですね。

さて、たったこれだけの会話の中に何が潜んでいるのか、みてみましょう。

「バレエ、やってみたくない?」と、聞くりんりん母。

その顔は、「いやって、言うんじゃないよ」と、選択肢が無いことを、
目で示しながら、同時に、
口にだす言葉は、子どもの気持ちを尊重している言葉を出しています。

これは、ダブルバインド(二重メッセージと言います)です。
子どもが一番混乱する、メッセージです。


このとき、子どもは、日常では、常に、このような母親とのやりとりで習得したことを実践します。
母親の眼差しと、母親の表情を読みながら、
「うん」というしか、選択権が、ないことを知っているわけです。
また、子どもは、よく分からない状況に置かれても、親の喜ぶ顔が見たいという気持ちは、世界共通のことでしょう。
そのすべての情報を、分析しながら「うん」と言うことを母親が、望んでいるということを、知るわけですね。

次に、りんりん母は、「やってみたいんだね」と、子どもに、その言葉を返すことによって、「自分で選んだのだ」と、子どもは、自分の記憶を瞬時に、書き換えるのです。
また、そのことによって、責務を、子どもに、背負わせることになるのです。

ここで、子どもを、「共犯者」にしました。

この後、りんりん母は、さらに、「あなたが、好きで選んだのだから、がんばらなきゃいけない」と念押しの刻印を押します。

これが、後に、「証拠品」になります。

「証拠品」というのは、もし、娘が、さぼったり、怠けたりしようとした時、
「自分が、好きでやってるのだから、がんばりなさい」
という、印籠を、りんりん母が、懐に持っているということです。

さらに、記事のはじめの方で、

「私は、娘が好きで習っていると、思い込んでいました」と書きました。

これは、私にとって、当時は、疑いようもない「真実」だと思っていたのでした。
なぜ、このような「嘘」が「真実」に、変わったのか?
私は、このような流れで得た「偽者の証拠品」を「本当の証拠品」にするために、
娘の記憶ばかりではなく、自分の記憶をも、瞬時に、書き換える必要があったのでした。
このような、記憶の操作は、いともたやすく、嘘を真実にできるものなのです。

この、恐ろしい「記憶の操作」の流れが、おわかりになりますでしょうか・・・。

子どもは、自分の感情や気持ちを封じられたあげく、母親の意思を自分の意思として、それに、従わなければならなくなります。

この記憶の書き換えは、多くのアダルトチルドレンに、共通しているものではないかと、最近では思っています。
「する方(ゲームを仕掛ける立場)」は、バリバリのアダルトチルドレン、される方(トラップにはまる立場)は、アダルトチルドレン予備軍です。
人は、「自分が育てられたように」、そして、「自分がされたように」子育てをしてしまうものなのでしょう。
なぜなら、それが、身に付いた癖(パターン)だからなのでしょう。

そして、そこから、「された方」には、やがて、罪悪感が、生まれてくるのです。

なぜでしょうか?

記憶の操作をされた子、親のダブルバインドに、触れた子は、
自分が選んでいないもの、もしくは、それほど、興味の無いものを、
好きなフリをして、やっていかなければ、ならないのですね。
しかし、いい方向にいけば(たまたま、好きだったとか)いいのでしょうが、
往々にして、そのように、書き換えられたものは、
自分の意思に反するものが、多かったりします。
そのあげく、「本当は嫌い」なのに、書き換えられた記憶と、
母親を守るために、「好きなふり」と「つもり」でならなければ、いけなくなってきます。
そのようなことは、何も、習い事だけではなく、
生活のいたるところに、当たり前に、存在していたのではないのでしょうか。

しかし、そのような、習い事や、生活は、長く続くわけがないのですね。
やがて、習い事も、習熟度が増していけば、いくほど、自分の涙ぐましい努力が、必要になってくるものです。
そこで、「嫌だ、やめたい」と、言えればいいのですが、それが、出来ない。
なぜなら、母親の気持ちを先読みして、悲しむことを知っているからですね。

子どもにとって、
やりたくないことを、しなくてはいけない葛藤。
それは、自分のためではなく、親のため。
自分の気持ちを押し殺す子ども。
感じたらいけないと、自分に禁止令を出しながら、
本当の自分の気持ちを、押し殺していく。

しかし、母親は、敏感に子どもの気持ちを察しながらも、
認めたくない事実に、「どうして、もっと、ちゃんとしないの?」と、次第に子どもを問い詰めていく。
そして、子どもは、次第に、母親の期待に添えない自分を感じていく。

もし、たまたま、うまく、出来たら、「お母さんの言うことに、間違いは無かったでしょ」と、母親は、ご褒美である、刻印を押す。そのご褒美によって、さらに、母親の重荷を受けていく子ども。
どちらにしても、苦しい選択を、子どもは、果てしなく、し続けていかなければならないのでした。

子どもは、残念な自分と、期待に応えようとする気持ちに、心が引き裂かれながら、
なおも、愛されたい、愛してもらいたいと、愛を乞う。

親への裏切りの気持ちが、罪悪感を持たせ、
さらには、自分の気持ちへの裏切りが、
自分の存在を殺していく、このシステム。


母親自身は、どこかで、子どもの気持ちを、本当は、知りながら、
知らないふりを続けていく。
理屈だけを、上付けしていき、子どもの心を巧みに操作し、
両者が、本当の事実や気持ちが、さっぱり見えなくなっていく。

操作された子ども、依存する母親、それらは、
潜在的な「罪悪感」になっていくのではないかと、
自分の過去を振り返りながら、現在、思うことです。

また、これが、「子ども=アダルトチルドレン予備軍」として、後に、「自分の感情がわからない」「人との境界線が、わからない」「自分の本音を言ったら、いけない」という、その礎になるのではないかと、思うのです。

こうして、両者が、愛を乞う、悲しい連鎖が、始まっていくのでした。
私は、これを、「完全犯罪」だと思っています。

次は、息子編、です。


      この記事は、 (1)嫌悪の連鎖の続きです。

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別窓 | 日々徒然 | コメント:10 | トラックバック:0
おかえり・・・新たな始まり
2009-11-01 Sun 12:26
昨日、最後の出勤でした。

勤務中は、明日から、自分が、ここに、いなくなるという、感慨にふける暇もなく、
相変わらず、忙しく、仕事をこなしました。

5時、退勤ボタンを押して、終礼。その後、自分の荷物を、すべて袋に入れ込んで、
最後の資料を、次の担当者に渡し、残務整理。

パートとして、バックルームの内側を見るのは、これで最後。
フロアへの扉を開け、バックルームを後にした。
「関係者以外、立ち入り禁止」の文字を背にして
送別会会場へ、直行。

会場に着くと、昨年辞めた、懐かしい顔も、揃い、驚きと、嬉しい再会。
こんな時じゃないと、会えない面々。
久しぶりに元気に、自分の道を歩いている姿を見れて、嬉しい。
忙しい中をかけつけてきてくれた、元仲間たち、現仲間たち。

学生たちも、ラスト業務が終わって、急いでかけつけてきてくれた。

「お母さんみたいだった」

泣きながら、そう言ってくれる女の子。

「自分の子どものような気がしていたよ」と私。
(ウルウル)

みんなから、大きな大きな花束を頂いた。
それと、ダイソー商品、詰め合わせセット(笑)

「楽しかったよ。
ミスも多かった私でしたが、笑って許してくれて、ありがとう。
ここで、みんなと、働けて、とても、とても、幸せでした。
私たちは、みんなで、力を合わせて、一人前でした。これからも、リーダーを助けて、いってあげてください。ほんとに、ありがとう。お世話になりました。」


涙ぽろぽろ。


「あのとき、りんりんさんの言葉で、肩の力が抜けたんです」
そう、泣きながら言ってくれる、新婚2年目の子。

「明日、かぎ当番だよ〜」と、涙目で言うリーダー。

オイオイ・・・(笑)

「中和剤がいなくなるよ。。。」としんみりと、言ってくれる子。
「今度は、あなたが、その役目をするんだよ。大丈夫、数年前から比べたら、めちゃ成長しとるよ」

「りんりんさん、その仕事のスキル、捨ててしまうのは、もったいないですよ」という人。
「捨てるんじゃないよ、得たものは、別の形で、次に活かせるからね」と私。

ひとりひとりに、つながる想いと言葉を、贈る。

私は、この場所に、この仲間たちと、過ごせて、本当に、幸せでした。




で、みんな、車なので、誰もお酒を飲んでいないんですが、
酔っ払いよりも、酔っ払ってました(汗;
みんな、脳内が、擬似酔っ払い状態に、なってたかもです。
なんか、その勢いで・・・誰かに迷惑電話した気が・・・・
気のせいか・・・笑・・・オイオイ^^;

隣の座敷で、やはり、送別会で、酔っ払っている人たちの集団に、
なりゆきで、なぜか、博多一本締めを、してもらいました(笑)

一次会が終わると、それから、さらに、仲のよかったメンバー7名くらいと、近くのショッピングセンターの屋根つきベンチに座り込んで、缶コーヒー飲みながら、わいわい。
懐かしい失敗談に、花を咲かせ、愚痴を面白おかしく変換したりして、
笑い転げていると・・・

すると・・・怪しい不良グループの集団と思われたのか・・・

夜回りをしている、警察官3名に、職務質問されそうになりました(笑)
「早く、かえんなさいよ〜」と。
いや・・未成年じゃないんで・・・(汗;

それから、夜中2時過ぎに解散となりました。


ひとつのことを、終わらせるということは、私にとって、とても、勇気のいることでした。
この場所から、いなくなる私。
でも、それは、次の始まりのために。

精一杯やった。
全部ではなかったけど、かつてでは、考えられないような、満足するだけの、人との関係を作れたこと。
「悔いは、無い」という言葉が、はじめて、分かった気がした。

今まで、いつも逃げ続けてきた。
でも、今は、逃げるという感覚が、ひとつもないことを確認できました。

新たな、始まりを、
「おめでとう」と、言ってくれた人。

ひとりひとりの、出会い、
ひとりひとりの、想い、
心の中に咲く花・・・忘れません。

一期一会。

頂いた花束が、部屋中に、優しい香りを充満させている、穏やかな朝でした。


そして、ただいま。

CA3C0009.jpg

***********************

メールやブログを通じて、暖かいメッセージを、本当にありがとうございました。
とても、とても、嬉しかったです。
私は、過去も、現在も、そして、未来も、人に助けられ、人に支えられているんだなあと、
暖かい涙がこぼれます。
そのことが、私の生きる力に、なるのです。

これからも、どうぞ、よろしくお願いします^^
心からの感謝を込めて。

。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚

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別窓 | 日々徒然 | コメント:10 | トラックバック:0
【不登校・それぞれの軌跡】 1. 嫌悪の連鎖
2009-10-29 Thu 02:22
しばらく「不登校・・・それぞれの軌跡」として、息子と家族の、不登校経験を、振り返って、書き綴っていきたいと思います。
それが、私の生きてきた証になるのかもしれません。
そんなことを、思っています。

また、何度もお伝えしておりますが、経験上、不登校と、アダルトチルドレンの問題は、密接に関係している、ということを、前提に書いていますので、不登校だけの問題では、ないということも、ご理解して頂ければ、より、記事が分かりやすく、なるのではないかと思っています。

                                 りんりん

      .。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚ 。



【不登校・・・それぞれの軌跡】

(1)嫌悪の連鎖


子どもたちが、まだ、幼稚園以前の頃。
私は、早期教育というものに、どっぷりと、はまりました。

その頃の私は、
新興住宅地に、家を購入したばかりの頃でした。
近所の公園で知り合った、ママ友たちと、
子どもたちを、遊ばせながら、他愛のない話をしたり、
互いの家を行き来して、お茶会をしたり、
子育ての悩みを相談したり、
そんな、ふつ〜の暮らしをしていました。

な〜んて、嘘です。(笑)オイッ・・・

一見、大勢の一部でいても、1人でいても、言いようのない、「普通の暮らしの中の孤独感」が、いつも、私の心の中に、ありました。

表面だけの、お付き合い、

まわりに、合わせる苦痛。

誰かを悪者にして、結束を固める、閉塞したママ友関係。

人の言葉や行動に、裏の意味を感じる。。。

そういうものに、いつも怯えていた気がします。

そんな、表現しようのない不安な気持ちを,、毎日、唯一家族の中で、言葉が通じる夫に向かって、訴えていたような気がします。
きっと、夫には、その訴えの意味は、さっぱりわからなかったことでしょう。
当時は、今と違って、私自身、自分が、何を感じているのか、さっぱり分からなくて、ただ、なんとなく、不快な気持ちだけが、心を占領していたのですから、「分かれ」と言う方が、無理だったのだと思います。

さらに、心の闇を抱えた当時の私にとって、「我慢」と、「苦痛」と、「孤独」に折り合いが付けられず、その比重が、普通の人より、大きかったのだろうと感じます。

子どもたちが幼稚園の頃・・・
あるママ友に、そういう心の内を、思い切って相談したことがありました。
その返事は、「病院へ一緒に、行ってあげようか?」でした。

誰にも分からない苦しさ・・・
その苦しさを、「きっと、誰にも分からないのだ」と、あきらめと共に、妙なプライドに置き換えて無理やり自分を納得させることしかできませんでした。

そんな風に、アダルトチルドレン特有の、「人と自分の間に、意識的に、壁を作っていた」私にとって、「子ども」という存在は、私の孤独を埋める、格好の道具になっていきました。

それが、早期教育に、はまった理由でした。

用意された言い訳としては、「子どもの将来のため」。
本音は、「母親としての、自分の存在を、世間に知らしめるため」であったろうと思います。

なぜ、早期教育だったのか・・・?

かつて、私の生育暦の中に、両親の勉強に対する、異常なほどの熱意が、ありました。
常に、監視されている状態で、勉強への、言葉や、暴力での追い込み方は、半端ではなかったと感じます。
たぶん、私の親たちも、私を使って、自分たちの満たされなかった心を埋める、勲章にしたかったのだろうと、思います。
愛は、ちゃんと、あったはずなのに、うまく、それらを、伝えることが、出来なかった人たち・・・
今は、そう、感じています。

そういう生育暦の中で、親から受けた、「いい子であること=勉学に励むこと」は、やがて、子育てをする私の中で、別のことに、変換され、残り続けていくことになったのでした。

「子どもには、勉強を、無理強いしない」

そういう決め事(ルール)を、私は、持っていました。
いや、実際のところ、早期教育は、りっぱな、お勉強なんです。

当時の私は、早期教育は、勉学ではなく、勉学以前のものであり、勉強が、少しでも、ラクになるようにと、そういう、礎があれば、子どもも、将来、楽であろう・・・、
私のように、勉強で、苦しまなくてすむであろうと、考えていました。
もっともらしい、理論付けをもって、実は、親と、全く同じことをやっていたと気づかされたのは、息子が不登校になった以降でした。

このように、ACの場合、親から、伝わった様式は、変換された意識となって、生活のいたるとこいに、存在する気がしています。

なんとも、苦し紛れの、矛盾だらけのルールが、多かったことか。。。

これは、私自身の親と同じく、「自分が満たされなかった思いを、埋めるため」の、実の親たちへの、無意識の、やり返しでもあったと思います。

「私は、こんなことされて、辛かった。だから、子どもたちには、絶対、そういうことは、しない」

「あなたちの子育ては、間違っていた。私は、こんな、いい方法で、育てられるんだ。」

という、無意識の怒りのやり返しとプライド。

「極」から、「極」の思考ですね。ゆがんだ基盤がなせる業です。

何より、そういった怒りの転移をされた子どもたちは、それを、敏感に感じたことでしょう。

また、それは、同時に、誰かに、「自分の存在を受け止めてもらいたい」、「この怒りを沈めて欲しい」。。。という果てない渇望でもありました。

その欲求が、子どもだけではなく、当然、同じ家族である夫にも、「期待」という形で向かい、「夫や子どもを、自分の思い通りにしたい」、「理想の父親・子ども」、になって欲しい」という気持ちへに、拍車をかけていったのでした。
その「期待」を実現するために、私は、家庭に、無言の圧力という、ルールを、せっせと、作り始めたのでした。
自分の家でしか、通用しない、おかしなルール、皆さんの家には、ありませんか?


まだ、子どもが生まれていない頃・・・私たち夫婦は、テニスに、熱中していました。
しかし、子どもが生まれた後、当然、私は、子育てで、テニスどころではなくなりました。
けれど、夫は、私にとって、貴重な日曜日は、毎週テニスへ行く。
常に子どもと向かい合っている私にとって、日曜日に夫が、好きなことをしているということは、許しがたいことでした。
土・日曜くらいは、子どもをお風呂に入れてもらいたい。
年子だったということもあって、二人の乳飲み子を同時にお風呂に入れる仕事は、一番工夫を必要として、また、疲弊することが、多かったと、当時を振り返って感じます。

しかし、いつも帰宅が、夜中12時を回る夫にとって、テニスは、唯一の息抜きだったろうと思います。

そこで、夫婦の攻防戦が、勃発しはじめました。

第一ラウンドの始まり。

今、思えば、素直に、自分の気持ちを伝えれば済むことだったのかもしれません。
が、「いい妻」というプライドが、それを許しませんでした。誰かに、助けを求めるということも、プライドが許しませんでした。
ちんけで、くだらないプライドでした。
我慢に我慢を重ねて、ついに、業を煮やした私は、次第に、私は、「あなたが、私の思ったとおりにしないと、処罰を下す」、という方法をとるようになりました。
これなら、自分のプライドも守れ、かつ、相手に効果的に、影響を与えることが、できる。
誰から、教えられた方法でもなく、身に付いた方法として、それが、自然に、出来るのでした。

たとえば・・・すごくわかりやすい例ですが、
年末になると、「忘年会」が、連日重なります。
自由にならない我が身、うらやましさが先立ち、苛立ち、物に当たったり、子どもに、わざと、不機嫌さをぶつけたりするわけです。
さらには、ふっと、黙り込んだり、家事を放棄して、本を読むことに、没頭したり、ドアの開け閉めの音で表現したり、お茶碗を、割ってみたり、そういうことで、表現するようになったと思います。
次第に、夫は、テニスに出かける頻度が、少なくなっていきました。
それでも、忘年会や飲み会が好きな人なので、(会社の付き合いもあるので)、ほとんど、変わりませんでしたが、夫にすれば、ひとつを捨て、一つを選んだのでしょう。
そういう生活の細かいところで、夫は、私から、何を捨てるか、常に選択を迫られていたのだと、思います。

しかし、そういう私の操作性の不快な気持ちを、夫は、また、別のところで、やり返しの不快として、私に訴えるようになりました。

たとえば・・・、部屋を掃除していない、とか、
お茶碗を洗っていないとか、
洗濯を毎日しろとか、
今、考えると、実に、しょうもないことで、証拠を突きつけ、
反撃してくるようになったのでした。

相手を変えたい私。
相手を変えたい夫。

どちらも、負けない理論で、証拠を突きつけていく。

ここは、戦場か!?
売り言葉に、買い言葉。

子どもたちは、後に、言う。
毎晩、お父さんとお母さんが、言い争っている声が、とても、嫌だったと。

こんなはずでは、なかった・・・

しかし、私は、「子ども」という、りっぱな大義名分を手に入れたことで、最強の武器を手に入れたのですから、私には、相手を責める「正義の言葉」は、いくらでも、あったのでした。

その頃は、夫も、会社では中堅どころとなり、家庭まで、精神的にも、体力的にも、手が回らなくなった頃でした。

やがて・・・、夫が会社に取られる時間が多くなるほど、私は、子どもにのめりこんでいったのか、
私が、子どもにのめりこんでいったから、夫が、会社に、のめりこんでしまったのか・・・
今では、もう、どちらが先だったのか、わからないけれど、爆弾を仕掛けたのは、私の方だった気がします。

そうやって、互いに気持ちがすれ違っていった。

そうして、互いに、言って欲しくない言葉を突き刺すように、なった。

壊れていく、バランス。
そういう背景があって、私は、夫を見限るように、当てつけのように、子どもの早期教育から始まり、次には、習い事に熱中していった。

おそらく、このような見えない部分で、互いを縛りあう、ルールの攻防戦は、不登校の大体の家庭で起こっているのではないかと、最近感じるのです。

これでは、家庭は、緊張状態ですね。
また、さらに、次の段階では、この出来上がったルールの正当な裏づけが必要になるわけです。
なぜなら、互いに、相手の理屈を壊そうとする力が働くと、自分の理屈を守ろうとするさらなる力が、必要になっていきます。
どんどん、強力な理論だけが、果てしなく積み上げられていく。
そうやって、本質は、隠され、糸は、絡まり続け、互いに傷をえぐり合っていくのでした。

そんな中で、自分が、アダルトチルドレンではないか?という知識を得たのが、30代前半でした。
それから、ACとは、なんぞや?
共依存とは、なんぞや?
そこから、私の、心の探求がはじまりました。

○○氏の本を読むと、「まさに、これだ」と、思い
○▽氏の本を読むと、「あ、こっちが正しいんだ」と、
あちらこちらを、さまよっていたと思います。

夫にも、アダルトチルドレンのことを、わかってもらおうと、あまりに、努力しすぎて、切れられたことも数多くあったのでした^^;
(切れるように、持っていったのは、私でしたけどね)
もしかしたら、夫もAC?(そうやって、証拠を探し始める私)
今までの人生で、ドラマを見ても、映画を見ても、本を読んでも、祖父母が、亡くなっても、泣いたり、感動したことがないという夫に、「あなたが、心配なのよ」というポーズをとり始めるようになった。
本音は、「お前が、変われ!」という操作性を含む訴え。

自分のことは、見えない。

相手の悪いところは、よく、見える。

なんだか、悪者探しをしている、ハイエナみたいな当時の私でした。

今なら、相手のことは、相手に任せましょうと、笑って言えますが、
そのときは、「相手を変えたい」ばかりが、先行するばかりで、人を責めてばかりいた私でした。

で・・・責められたら、人間、やり返したくなります。
それが、だめなら、無関心を装うしかなくなります。
そんなものですね。
夫婦というものは、互いの鏡なのだろうと感じます。

この夫との関係性は、いったい、どこに、起因しているか・・・
感のいい人は、もう、おわかりですよね。

私の源家族に、起因することでした。

いつの間にか、酒乱の父親を憎んでいた記憶と、夫が、重なっていたのでした。
酒を飲んで、暴れる親と・・・
喧嘩をするたびに、声を荒げる夫と、重なった。
私は、源家族の、父親と母親を、今の家庭で、自分と夫で、再現ドラマを繰り広げていたのでした。

かつて、私と母親が、父親を、憎しみの目で見たように、
いつしか、私も、夫を、嫌悪の目でみるようになったのでした。

夫もまた、自分の母親との関係を、私との間で、再現していたのだろうと感じます。
「私は、あなたの母親じゃない」
私は、夫に、よく、そう言ったものでした。

不思議なものなのですが、自身の結婚生活でも、やはり、忌み嫌った源家族を、再現しようとする無意識の力が、働くのでした。

そういった、抗いがたい無意識に、翻弄されてきた、子育てでした。

これが、負の世代間連鎖。

私は、嫌悪する父親(過去の点)と、夫(現在の点)が、重なり、
そして、息子には、このような、男たちになってはいけないと、心の底で、強く願うようになったのでした。

その後、息子に向いた、私の「期待」は、巧妙に仕掛けられた過干渉となって、息子の人生を、食いつぶしていったのでした。

これが、息子が、不登校や、リストカット、鬱に、なった理由のひとつ。

息子が不登校になり始めた頃、
夫が、「誰が、おまえたちを食わせているんだ」と言ったのは、
私の嫌悪の目が、夫に、そう言わせたのだろうと、今なら、わかります。
夫の言葉は、たしかに、本音でもありましたが、
「言わせられた本音」というものも、あるのではないかと思います。


源家族の父親を見るように・・・汚れたものを見るように。

そのときの私の目は、かつて、私の母親の目と、同じでした。

母親と同じように、子どもを使って、夫に、復讐をしていた私でした。


それが、明確にわかったのは、この一年。

もう、私は、母の復讐の道具には、なることはありませんが、
息子の不登校には、このような世代間連鎖が、からんでいたのだという、
そんな背景を、今回の記事では、書いてみました。

ちなみに、今回、登場してくれた夫には、今は、憎しみとか、怒りとか、そういう負の感情は、もう無いということを、心の中で、再度確認しながら、書けたことに・・・、私自身、救われる気持ちがしています。


誰も悪くは無かった。

ただ、その事実だけが残りました。

しかし、みんな互いに深く傷ついたのも、事実。


忘れてはならないのは・・・、

かつての被害者は、同時に加害者にもなりうるということです。

穴掘り、自分探しの過程では、このことを念頭に置くことが、偏った見方を、ある程度防いでくれるのではないかと、感じます。
私自身や、私の親たち、夫や夫の家族、誰ひとり、責められるものではないということ。。。
誰かを非難し、傷つけながら、実は、自分を傷つけていく、この、システム。
どんどん重くなる荷物を、降ろすに降ろせなくなって、たちすくむ。。。

私たちは、ただただ、このような、わけのわからない、得たいのしれない力に、押し流されてきたのだと・・・。
それが、世代をわたって、連鎖という形で、つながっているのではないかと感じます。

だからこそ、負の連鎖に、気づいた者たちが、連鎖を断ち切っていくしか、心の回復は、ないのかもしれないと、思うのです。

***************

次の記事は、来週になりそうです。
その前に、退職の日、送別会報告記事に、なりますかねえ(笑)

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【不登校】それぞれの軌跡(序章)
2009-10-25 Sun 20:43
今日は、息子の通信制高校の運動会でした。

息子の通っている通信制高校

↑リンクつけてみました。

生徒数、1000人以上・・・なのですけれど・・・

実際に運動会に参加する生徒は、ほんの一部。

入学しても、通えない子も、多い。

途中挫折も、多い。

働きながら、

子育てしながら、

高校認定試験(昔の大検)と、併用しながら・・・

専門学校へ通いながら・・・と、実に様々です。


3年前・・・適応教室を、卒業して、息子は、この学校へ、入学した。

試験は、事前提出の論文と、面接のみ。

それ以前に、定時制を、落ちてしまっていたので、

結局のところ、通信制に、入学した。


一年目の頃、彼は、先輩の役員さんに誘われ、運動会に参加した。

丁度、地区の役員不足で、しぶしぶ、お手伝いをしはじめた頃でした。

予行練習のとき、過呼吸を起こして、病院へ運ばれた。

一番盛り上がりを見せた、フォークダンスでは、

女の子と手をつなげなかった。

おまけに、寒くもないのに、フード付きのトレーナーで、

自分を覆い隠していた。


目線は、いつも、下ばかり見ていた。

それでも、時々、笑みがこぼれていたことは、多少の救いだった。

また、参加する息子を、暖かく、笑いで包む、

まわりの暖かさを感じ、見学に行った私には、とても、ありがたく思えた。

それでも、ここに居て、彼は、楽しいのだろうか・・・

そんなことを、思いながら、一年目の運動会を見た。

そんな息子を、当時の役員である友達は、

「こいつ、絶対、ネクラだ、と思っていた」 という。(汗;

後に、息子の友人たちが、我が家に、頻繁に出入りするようになって

私も、直に、Tくんから、聞かせてもらった(笑)


二年目・・・

彼は、地区役員になっていた。

中心者のサブをてきぱきと、こなす息子は、

輪に溶け込みながらも、自分の世界を保とうとしていた。

フォークダンスも、指一本、やっと、手をつなげるようになっていた。(笑)


どうして、私がフォークダンスにこだわるのか・・・


人と直に肌を触れるということは、

自分を、開いていないと、難しいのだと、感じていたからだ。

相手を拒絶していないことの、バロメーターが、

フォークダンスには、如実に現れることを、感じたからだと思う。



そして、3年目の、今日。

息子は、昨日の前日準備、そして、今日、朝6時起きで、

出かけて行った。

この一カ月、地区のまとまりが悪く、

おまけに、インフルエンザ騒動も、あり、

練習が、思うように進まないジレンマの中、

まとめる側の大変さを、彼も、痛感していた。

痛感しながらも、「仲間」とのつながりを、

深めていってる様子を感じながら、私は、微笑ましく感じていた。



彼は、フォークダンスを、楽しげに踊っていた。

しっかり、手をつないでね。

地区の応援合戦では、ヒップホップ系の、ダンスも、

体を大きく動かして、心を開いて、仲間と、一生懸命に、踊っていた。

上手いとか、下手というのは、ヤボというものだろう。

人に対して、心を開いているんだなあと・・・そう感じた。


その上、急きょ、決まった、総務会の「三三七拍子」で、

実際の太鼓をたたけることになったことを、

嬉しそうに、家でも、語っていた。


最後のスウェーデンリレーでは、

息子の先輩兼、友人のT君は、

競技が、終わったのち、号涙していた。

彼は、本当に、辛い、境遇の家庭環境であるのだけれど、

その辛さを、普段は、微塵も、見せない。

T君の言葉は、まわりを、笑わせ、そして、励ます。

息子の成長を助けてくれた先輩だと感じる。

その彼が泣いている姿を見て、こちらも、泣いてしまった。

思わず、父兄席(父兄は、二階席からしか、見れない)から、手を振った。

数人、見知った顔が、笑顔を向けて、人懐っこく、下から、手を振ってくれる。

なんだか、うれしい。

(息子から、聞いた話だけど、私は、普通じゃない、変なお母さんと、思われているらしい^^;)


3年目にして、運動会の様相が、少し変わってきたなあと、感じることがあった。

見学席の父兄が、3年前より、増えたなあと、思ったことだ。

3年前は、見学する、父兄なんて、数名・・ちらほら見かけるくらいだった。

今回は、ビデオカメラをセットして、撮っている父兄も、何人か、見かけた。

家族らしき人たちも、多い。

恐らく、通信制の位置づけが、社会的に、変化しているのだろうと、感じた。


CA3C0085.jpg

オクラホマミキサー♪


CA3C00800001.jpg

D地区応援合戦♪

CA3C0082.jpg

念願の太鼓たたき♪
カイくん、今日は、モンスターハンターのフェスタで買ったレアものTシャツ・・・

背中に「狩友」のロゴのTシャツを、着ていきました。
一生、着ないで、大切にしまっとくと、言っていたTシャツでした。

CA3C0086.jpg

閉会式♪

CA3C0088.jpg

子ども連れの人、車いすの人、年食った人・・・

みんな、生徒。





今夜は、打ち上げだそうです。

それから、Tくん、Gくん、一緒に、うちで、お泊りするとか・・・^^;

最終電車に、間に合うのか・・??



(間に合ったらしい^^;現在の時刻・・・夜中1時でございます。ねむい・・・寝よ)

.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚

次回から、不登校に的をしぼって、
それぞれの心の軌跡を、書いていこうかと、
思っています。


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日々徒然・・・未来への応援歌
2009-10-23 Fri 22:27
中学の頃、友達に影響されて、

ギターをはじめた。

独学・・・

本を見ながら、ドレミから、覚えた。

コードをある程度覚えたら、どんどん、楽しくなった。


そして、その友達と、中島みゆきの

この曲を、歌った。

今、中島みゆきの歌が、過去の感情や、情景を引き寄せる。

今まで忘れてしまっていたこと・・・

あのとき、どんな思いで、この曲を、繰り返し聞いていたか・・・

どんな、思いで、歌を歌ったか・・・


せつない思い出。。。


昔の私が、未来の私に、向かって、

歌い続けた応援歌だった。





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【インナーチャイルド・エクササイズ】五つの頃
2009-10-22 Thu 20:40






今日は、言葉は、必要ないですね。。。


大人になって、子どもの頃の記憶が、かすみ、

必要のないプライドで、

がっつり、塗り固め・・・

泣けない大人になった日々。




もう、いらないんだよ、そんなもの。

ほら、出ておいで。

ここへ おいで。


ごめんね、長い間、辛かったね。


ありがとう、待っててくれたのね。


愛しているよ。


はじめまして、




私の中の おちびさん。



(はじめて、インナーチャイルドに出会った時のことを思い出して)

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【アダルトチルドレン・不登校】心の基盤 8.基盤の状態を図にしてみる
2009-10-20 Tue 11:07
妙な試みをやってみました。
普通の人の基盤のイメージを、図にしてみたら、どうなるだろう??
で、こうなっちゃいました。

イメージ1(普通の人の基盤)
普通の人の意識


ピンク:暖かい記憶・受け入れられた記憶・楽しさ・喜び・信頼・自己肯定
ブルー:心が弱ったとき、疲れたとき、日常の不快・違和感を感じるあいまいゾーン
グレー:落ち込んだとき・苦しいとき・悲しみ・怒り

(あくまで、私の感じたものです。何も根拠はありません^^;)

もしも、ブルーが、発動して、グレーゾーンが、強くなったら・・・
時間は、それぞれの時間が、あると思いますけれど、
ピンクが、ブルーを、治め、
グレーをなだめ、
ピンクの領域が、脅かされることは、よっぽどのことがない限り、
ないのだろうと、思います。
これは、たぶん、大人でも、子どもでも、同じではないかと、思いますよ。

楽しいことを知っている人は、強いんだなあって、思います。


で、これを、AC側からみたら、
とても、ピンクゾーンが、うらやまし〜( ̄▽ ̄i||;;)ハハッ
まじで。まぶしすぎて、焼き餅何枚も、焼きました〜ってね。

まあ、それで、ピンクゾーンをどうやったら、手に入れられるのか、
私も、本や、心理学を、求めたのでした。


で、次は、これっスね↓↓

イメージ2(AC・不登校の基盤)
ACの記憶


まあ、すごく、アバウトな感覚で、書いてみたので(-_-;)

この、ピンクゾーンが、薄いグレーに隠れているところが、ミソです^^
イメージ1では、境界部分を、明るめのブルーにしましたが、
ACや不登校は、ブルーに、なりきれない悲しさを、表現してみました(笑)

見るからに、重そうですね・・・
重力に逆らえないのは、体重だけじゃなかったんだと・・・
  
イテッ ヘ(..、ヘ)☆\( ̄∇ ̄) ベシッ


で、何を言いたいのかといいますと、
本や、話を聞いて、理論の構築をすること、要するに・・・、
穴掘りと、私は、言いますけど、
どうしても、ACや、過去のトラウマが深い人は、
この、濃いグレーの部分ばかりを、掘ってしまうのではないだろうか・・・
と、思うのです。

先の記事で、穴掘り名人のことを、書きましたけれど、
最近は、ここを、掘っても、余計、黒が、強まってしまうのではないかと、思ったりします。

掘りながら、さらに、自分を傷つけてしまう。
自分いじめの、穴掘りは、エンドレス。

他にも、私のように、宗教的なスピリチュアルな思想を、
いれることによって、完璧な人、すばらしい人に、なりたいような。。。
黒の部分を、完全な、「白」の思想で、支えようと、
することも、あるんじゃないかと思います。(経験済み)
それらも、私には、とても、必要なことだったと、肯定しながらも、
これもまた、

「極」から、「極」の思考回路

だと、認めないわけには、いかなくなりました。

人は、「極」に、いるときは、矛盾と、違和感を、必ず感じているはずなんです。
でも、それを、黒ゾーンで、速攻、抹殺しちゃいます。

違和感を感じることが、もう、辛くてしょうがないんです。


見たくな〜〜い!ホイ  (ノ-.-)ノ....((((((((((((●~*


辛いのは、なぜ?

過去の自分を、認めたくないもの。。。

今の、汚い自分を、見なきゃいけなくなるもん。。。

私は、間違っていたと、承認しなきゃいけないもん。

それって、今までの、自分が、全否定されるもん。

謝るって・・・どうして、私が、謝らなきゃいけんのさ。

こんなに酷いことをした、あいつらが、悪いんじゃないか。





そんな感覚が、違和感の本当の姿を見せることを、拒否するのだろうと、思います。

私の場合は、違和感を納得させるために、さらに、その言いわけを作らなきゃならなくなりました。

そんな言いわけを、繰り返すごとに、本来のピンクゾーンの上に、

塗り固めたプライドと、偽りを乗せていってしまう。


その繰り返し・・・繰り返し・・・エンドレス・・・

大きくなる、プライド。

大きくなる、自分を取り囲む壁。

余計辛くなる・・・

不登校でも、不登校になる前、なった後も、これを、繰り返していたと思います。


昔は、なんだか、どす黒く、えらそうなことを、言っていましたよ、私o( _ _ )o ショボーン
それらしいことを・・・(笑)

ごめんなさ〜い・゜゜・(≧◯≦)・゜゜・
噛みつかれた人・・・たち・・・大変、すいませんでした。(-_-;)
(ここで、謝っとこ・・・)



ピンクゾーンのイメージ

暖かいもの・・・

ふわふわのもの。

やわらかいもの。

うれしいもの。


そんなものが、ピンクゾーンを、育てるんじゃないでしょうか。。。

形や、方法ではなく、

感じるものを、大切に。

方法や、形や言葉に、自分をあてはめることは・・・辛いっす。

だんだん、自分じゃない自分に、なっちゃいます。


私は、だれ?という問いかけ。

自分であること、

そのままであること、

自然であること、

夜があれば、昼があるように、

太陽があれば、月があるように、

嘘があれば、真実があるように、

光と影が、あるように、

二つのものを、自分の中で、統合すること・・・


「私は、私のままでいい」

「自分の人生にイエスを言うこと」



そのとき、この言葉が、理解できるのではないかと、思います。

私の中では、これを、「回復」と、呼んでいます。


*図についての質問が、ありましたら、お気軽にどうぞ〜。
お気軽に、お答えします(爆)

。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚

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【アダルトチルドレン】心の基盤 7.コップの記憶
2009-10-18 Sun 02:12
今回は、先に、少し説明を入れておきます。
私の子どもが、まだ、小さな頃・・・。
今思えば、私は、いわゆる・・・、神経症的な、「片づけ魔」でした。
少しでも、散らかっていると、無性に腹が立つ。
子どもからは、「捨て魔」と呼ばれていました。

次の文章は、そこから、つながっています。



「そのとき、どんなことが、特に嫌だと感じた?」

「・・・なんだろう・・・」

(その時の感覚を心に思い浮かべる)

当時、子どもは、散らかすものと、分かっていながら・・・、
せっかく私が、整えた部屋を、子どもたちが、散らかし、破壊していくのが、
許せなかった。


「それは、どんな感じがする?」


「・・・縦のものが、横にされた感じ・・・
  心の中が、傾いて、アンバランスな感じ・・・
  グニャっと、歪んだ不快な感じ・・・」


「縦のものを、横にする・・・」

「そう・・・」

「横になるんだ」

「うん・・・」


「縦のものが、横になる」


「・・・・・・」


「横になる」
「倒れたコップ・・・」
 




ああ・・・

頭の中で、記憶がつながり始める。

「ああ・・・それ・・・」

『縦の物を、横にする』という、奇妙な感覚が、
具体的に、形をもち、目の前に現れた。



550-00003836.jpg




思い出した・・・、コップの記憶。

頭の中で、テーブルの端っこに置いてある、不安定なコップがイメージされた。
そのコップを思い浮かべると、
傾いて、グニャリとした、気持ちが収まるところに収まっていない、強い不快感を感じる。
思わず、コップを、テーブルの中心の、安全な場所に、戻そうとしたい欲求。


自分の幼い頃、食事時、コップの水、牛乳、ジュース、みそ汁のお椀を、 
食卓にこぼすシーンが再現される。

叩かれる?
怒られる?
そんなことは、怖くない。
怖いのは、酒の入った父親に、暴れる口実をまんまと、与えてしまうこと。
そして、その後に繰り広げられる、父と母の修羅場。
そして、「自分が悪かったんだ」と、自分を責めることで、
心を納得させる。

その体験の繰り返しが、「縦のものを、横にする」という不快な感覚と
コップが、つながる記憶。

現在の私には、具体的な記憶は、失われ、ただ、不快な印象だけは、「傾いた不快なイメージ」として、刻みつけられていた。

これが、ひとつの、過去の「点」。

それから、数十年を経て、現在に近いところの、私の子育ての時期。。。

「傾いた不快な記憶」が、「子どもが、部屋を散らかす現実」で、自分では、自覚のないフラッシュバックを起こしていたと、わかる。

当然ながら、その再現される不快を、無意識に、避けたいという気持ちが起こる。

だから、私は、子どもが、コップのジュースをこぼしたり、食べ物を散らかすことに、神経症的に監視の目を向けた。

これが現在に近いところの「点」

同時に、たかが、子どもの行為に怒りたくないという理性的な気持ちと、
過去の「傾いた不快な記憶」の葛藤も起こる。

しかし、繰り返される「過去の傾いた不快な記憶」は、理性を押しのけて、強力に発動するのだった。

一般的に、これらを「無意識」と言います。


「不快な記憶」は、「無意識」に過去を再現しながら、自分でも、わけのわからない怒りとなって、放出されていたのが、わかる。

さらに、子どもに怒りをぶつけた後、当然、その罪悪感で、自分が傷つき、自滅させていく、繰り返し。

エンドレスループだね。



それが、私の子育て中に、起こった出来事だったのだった。

過去の「点」と、現在の「点」が、結ばれ、

一体自分に何が起こっていたのか、単純に、理解した。



テーブルの、すみっこに、無造作に置かれた、コップ。

あやうい、バランスで保たれる均衡。

不安。

こぼれた、牛乳。

一瞬にして、壊れることへの恐怖。

間違ったら、次には、大変なことが起こる。


そこから、先読みの不安感にも、つながっている。


ひとつ、点と点が、つながると、安堵していく気持ち。

こんな落ちだったのかあ〜・・・と、納得する瞬間。


恐らく、そのアンバランスな、「不快な記憶」は、いまだ、私の中に眠る記憶に、配線を、つなげているのだろう。

反対に、あたたかい記憶も、いつか、見つけ出されることを、記憶の底で、待っているのだろうと感じます。

.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚


今回は、頭の中の流れを忠実に、再現しましたので、
ほぼ、実況中継記事になりました。

文体、かたいなあ〜と、思いながらも、そのままアッ〜プ!....〆(・ω・` )カキカキ


。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚

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【日々徒然】アニメっ子になった理由
2009-10-18 Sun 00:05
私は、アニメっ子です。

なぜなら、親が家にいない時間帯で、TVを見られるのが、
学校から帰宅して、夜7時までの時間。
その間に放映されるのは、大体、アニメ。
ということで、アニメおたくに、なったという過去があります。

(ここにも、記憶の操作が、ありますね。わかるでしょうか?)

で・・・昔、放映されていた、「超時空要塞マクロス」の
リン・ミンメイが、歌った、「愛・覚えていますか」は、
特別に、思い出深い曲です。
この番組が、放映されていたのは、高校の頃だったでしょうか。
リン・ミンメイが歌う、「愛・覚えていますか」は、
愛に枯渇した(笑)当時の私の、うるおいでしたねえ。
よく、リン・ミンメイになりきったつもりで、犬の散歩をしながら、
近所の海で、歌っていたものでした。

私を助けてきてくれた、曲のひとつかもしれません。
今でも、You tubeで、よく聞いてます(汗;

そして、登場人物の歌手の名前に、「リン」が付いていますね。
私のHNの、りんりんに、これが、結びついているようです。

今頃、気がついた・・・。(おそ・・・)


その歌の作詩・作曲者が、自殺されたのだそうです。
今日、ネットのニュースで、知りました。
いい歌を残されていただけに、残念な気持ちです。
きっと、あの歌にたくさんの人が、力づけられたはずです。
でも、自分を置いてきぼりにして欲しくなかったです。。。



で・・・

全然、関係ない曲・・・
ずっと、ずっと、前に、紹介したこともありますけど。。。
再度・・・



ヒマなら、見てね。パロディ画像。
こんなの、好きなんだなあ〜、o(*^▽^*)o~♪





笑いは、大切よ!
笑いは、まわりに、光を分ける^^
スピリチュアル的にも、笑うと、光のしずくが、飛ぶんだそうな。


ちなみに、デスラー総統、ファンでした。(笑)
あの屈折した、感情表現に、共感したのよね〜。
でも、一途でしたよね、デスラー総統。
そこが、また、良かったのかもね。

。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚

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