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歩いていこう

author : rinrin

アダルトチルドレン

長らく放置していましたが、

とある方面用に(Twitter発信用)ブログが必要になりまして

久々にこちらのブログを

読みやすいようにPCサイトのテンプレートを変更しました。

ずっとあなここのアメブロに書いていたので、

FC2に昔からの読者様が残っていらっしゃるとは思っていませんが

世の中のひきこもり、悲しい子育て事情、家族問題が耳に入るにつけ

やはり発信していくことが誰かのお役にたつかもしれないと

ひと月、ひと記事を目標に(すくなっ)←

丁寧に書いていこうかと思っています。

実は伝えたいもの、残したいものに、昔のような危機感とか、

せっぱつまった勢いがほとんどありません(´・ω・`)

どこまで書けるのか自分でも未知の世界へチャレンジ!ごー


りんりん










ff14雑談

サーバーを変えてから
変なハゲのマスターに捕まって以来
アウトローというFCに所属してます。
インするごとに苦手なエキルレに
拉致られてるメリ←HNです
なんか、FCのみんなのチャット会話を聞いてるだけで
ほのぼのとしてます。
あまり深い付き合いをしないよう
意識的にセーブしてますが、
それがまた心地よい感じです。
マイハウスも、一等地に建てまして
家が隣接していない
海を見下ろせるいい場所です。
かなり満足度高いですねえ
ストーリー終わってるので、
インして他になにするわけではないのですが
日課こなしたり、もっぱら蛮族デイリーなどを。
しょうもない会話ができるのが、楽しい
ほんと3週間ぶりのインでしたが
新しい人が増えようが、減ろうが
ゲームの話をできるのが楽しいのですよ
FCのテレポ割引発動をさぼってたら
文句いいますが
もちろん、自分でも気がついたらしますけどね
おかげで、なかなかギャザクラ進みませんねえ😭
その上に、青魔道士まで新ジョブきたので
これから解放しなくては~
ラーニングってなんですか??みたいな
そんなに長時間はしないのですが
今日は、久々に仕事がオフだったので
娘と電話で長々とおしゃべりしたり
寝たり起きたり、
廃棄物をまとめたり
ゆっくりとした幸せな1日でした。
なんだか、久しぶりな気がします

自分の気持ちを自分で選択する

個人的に昨年から持ち越しの案件がありまして
ずっと、内面でこねくり回していたのですが
言葉になるまで、やはり時間がかかりますね。
AC特有の個性?だと思っておりますが
え、悩みなさそうにみえます?(笑)
人生を生きていたら、
どう処理していいのかわからない事案って
あるのは当たり前なんですよ。
ましてや、AC出身なので
昔ほどではないけれど、時間がとてもかかる
私もまた、悩み、壁にぶち当たることは
多々あるのです。
昔と違うのは、枝葉ではなくて、
大元のルーツを探れるってことでしょうかねえ。
1歩前身したら、1歩後退したように感じる
奇妙な感覚に襲われます。
それでも、じぶんの人生は
自分で責任取らなきゃいけないことだけは確かです。
誰かに似決めてもらえたら、楽なんでしょうが
きっと、それじゃあ、ちゃんと人生終われない気がします。
自分の意志をゆっくり確認しながら
思いつきや衝動に走らないよう
止めることも困難にもなったりもしますが
自分が、自分にまきこまれないよう
たまに、人も巻き込んだりもしたりしますがね(笑)
カメラをぐっと引いて、
表現していくこと、言葉にしてみること努力中ですの。
最近のエオルゼア........あ、インしてないから
景色撮ってませんでした(笑)
最近、景色を撮って回るのが趣味みたいになってますね。
ではまた♬︎♡

2018年おわりまーす

年末だよ!(笑)
来年もよろしくねっ😁

目的のないこと

誰の参考にもならない記事をポチポチと書いているw

そして、なんの目的もない

この10年、自分のために文章を書いてこなかったなあと

思ったりもする

んで、誰も見てないことを前提に

ここに戻ってきてますね

昔、このブログでやり取りしてた方たちは、

どう過ごしているのだろうとか

月日の流れる速さをしみじみと感じるんだ

しかし、ほんと、昔と違ってPCも変わって

キーバインドが浅くて打ちにくいったらありゃしない

パソコンほしいなあ・・・





今年も終わりますね

今年はといえば、
相変わらずのオンラインゲーム内での
友達がたくさんできたとはいえ
気持ちを裂かれるような気持ちで
お別れしたことだろうか~
たかがゲームなのだが
残念な結果ではある。
けど、まあコリもせず、別のサーバーに移って
またまた、変な人と出会って、
相変わらず楽しくやっている
フレンドさんも増えてきて
Twitterでもやりとりしながらアホ言いながら
やりとりして遊んでる
が、なぜ
こうも執着されるのか、合点がいかない所もある
対等に遊べないのが、ACというものだとは
分かってはいるけれど
移転の朝早く密かにお別れ会をしてくれた
FCのメンバーさんと別れを惜しみながら
泣けてしょうがなかった
もっと、一緒にあそびたかったなあ
深い喪失とともに
昔は感じたことのない、別れの辛さを
新鮮にも感じた。
今はあの頃とはちがう
そう思っても、ゲームに入ったら
脳裏に浮かぶFCの面々。
もう、一緒に遊ぶことはないんだろうな
大切にしてもらった人達とも
自分で最善の判断したとはいえ
失くしたものは大きい
それでも、時は前へと
すぎていくんだ
大切にしてもらったことを、
また、誰かに伝えよう
風にむかって立つ人でありたいね

fc2blog_201812291729493c1.jpg

ありがとう、はじめて降り立った土地
unicorn
来年も良き年でありますように
♯FF14

インナーチャイルドについて

私はチャイルドのことについて、
ずっと考えてきたのだけれど
今考えているチャイルドと昔に考えていたチャイルドは
全くちがう考察になっています。
一時期流行った、ACの最先端のインナーチャイルド
今でも、チャイルドを主体とした考え方はあるものの
ACからかなり抜けた今の場所から見える過去の風景は
違って見えている。
チャイルドとは、当時よく分からないものを
擬人化したものではないかと考える。
大昔の人たちが、自然現象をなんとも説明がつかないまま、
祠をたてたり、神社を作ったり⛩
お地蔵さんを置いたり
亡くなった人を神格化したり
(藤原道真の太宰府天満宮、キリストなど)
心の安心感を司るものとして存在を作る必要性があったのではないかと思ったりする。
インナーチャイルドは、あたかも人格が与えられ人格があるかのように扱うことで、
自分とは切り離された存在とし神格化された時代。
スピリチュアル
わけの分からないものへの、恐れの気持ちを
収めるために、
インナーチャイルドをたてまつり、
押さえ込み、なだめ、まるで自分以外のところで
荒ぶる神さまを崇拝している風潮があった。
人格の分離をさせていったことで
チャイルドのお世話に没頭しあるいはうっとりし
現実の自分を放棄していることになった功罪は大きい。
もちろん、私を含め、
当時心の災害に悩まされてきた人たちの現実逃避の救いになったことは、
わけの分からないものに
翻弄されてきた人々には、大いなる救いでもあった。
私たちはそれぞれの心の中で、古い屋敷に住み着いた
座敷わらしのような幻想を打ち立てて
それにすがってきた時代と歴史がある。
今ならそういう人格を作る必要がなくても
説明できる時代に突入してきたと感じている。
結局、インナーチャイルドとは、なんであったのだろう。
どんなに身体が成長して、歳をとっても
心の中の未成熟さを常に感じてしまう。
幼いあの時で心の成長が止まっているのは、
AC独特の感覚だ。
一応、生きてきた年数によって
世間一般が、笑えば自分も笑うようになったが
心の未熟なままで、何が笑えるところなのか
わからないまま、作り笑いをすることは学習してきた。
しかし、表面に見せる笑いと
内面とのギャップが、歳を経るごとに深まっていく。
作り笑いが、バレないように
もっと用心深くもなるだろう。
言い訳も用意周到に準備をするだろう。
いの一番に、笑う人になるかもしれない。
そうでないかもしれない。
いずれにしても、いつかは破綻することを
自分が一番よく知っている。
より一層、用心深く振る舞うことになるだろう。
そして、誰よりも疑い深くなるだろう。
自分の未熟な人格、
これは、チャイルドの仕業なのだろうか?
いや、そもそも、なぜ未熟なまま大人になったのだろうか?
そして、自分の未熟さを自分が笑うとき、
孤立した現実、閉塞した今の現実をどうにも説明しようのない空虚な気持ちになる。
その空虚を埋めるために、
インナーチャイルドは、生み出されたのではないかと推測する。
いるのかもしれない、いないのかもしれない
そういう存在が、空虚を埋めるうってつけの役割をしたのだと思う。
空虚という言葉を出したが
未熟な人格とイコールである。
未熟である、ということを認めたくない
空虚である自分を認めたくない
いっときでも、そのことを忘れていたい
チャイルドに夢中になることで、
万能感を得たい衝動が
インナーチャイルドという宗教的なものが、ACに受け入れられ、
気に入られたのではないかと考えている。

間違わないように、真似しないように

どこかの記事で、説明していると思うのですが
なぜ、私が、現在、相談業務をしている身で
このみっともない昔の暗黒時代のブログを残しているか‥‥
あんまり、いないですよね、
こんなこと、さらけ出しているカウンセラーって。笑
理由があります。
こんなひどかった私でも回復できるんですよ
と、自分の歴史を残しておきたかったからです。
そして、記事の中にも書いてありますが
いつか見るかもしれない
私の子供達への遺書でもあります。
苦しかった時代の残骸の記事ですが
私には、このプロセスが
今の私になるためにどうしても必要なことでした。
かつて、子育てサークルの主催者として
活動してきたこと、
その中で子供の不登校にぶち当たったこと。
スピリチュアルにはまったこと。
当時の流行したものを片っ端から
取り入れて自己流で試行錯誤したこと
当時のコメントのやり取りが刺激的だったこと。
誰かに、見つけて貰いたかったSOS
そのために、悲しいほどの月日を
無駄に先送りして、子供達を守れなかったこと
その記録です。
今読み返しても、胸が痛いです。
それでも、
私にとっては失敗であっても、
とてもとても大切な愛おしい宝物です。
ここで、たくさんの人たちに出会えました。
仲間に出会えました。
今に続く基礎を作れた場所です。
もし、このブログが無ければ
今の私は存在しないでしょう。
とても、削除する気持ちにはなれません。
このブログを終了させたのには、
非常に個人的な理由があります。
続けて書けたらよかったのですが‥
このブログの終了地点が
やっと、小学生くらいになった
スタート地点のブログです。
このブログは2011年で、本来は終了しています。
後の記事は、近況報告のようなものです。
2011年以降の本格的な理論と実践は
blog.anacoco.jp
こちらに綴られています。
回復のもっと先を見たいと思われたら
上記ブログへどうぞ
このブログを書いた後
時代も個人から他者との繋がりへと
大きく変わりました。
回復に終わりはありません。
本来の自分になって、
穏やかに生きるために

3月のライオンより~

夢は叶う
けれど、それには一文が抜けている
夢は「努力したら」叶う
3月のライオンより
確かにね
努力、という言葉の方向性は
難しいところであるけど
叶えた人たちは、努力を努力と思って
叶えたのだろうか
結果的に努力であるのかもしれない
やってる最中は、夢中でやったのではないか
努力が足りない
努力しなさい
努力すべき
楽したらいけないのか?
努力という言葉にのせた苦行の数々
夢中でやれることを見つけるには
長い長い時間が必要だ
たくさんの失敗も必要
たくさんのブログ、文章を書いてきたけど
努力したという感覚は私にはない
書きたいから書いてきた
夢を叶えること
遠いところにあるわけではなく
ほら、足元にあるんじゃないの

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