author : rinrin
何か悪い事が起きそうな気がする [ 子ども ] (153)
2006-10-19 Thu 15:38

息子が言った言葉です。
ふと、思い当たる事がありました。

極度の緊張、ストレス下に長い間、置かれている状態から
カミングアウトして、平穏な暮らしに戻ったとき、
平穏な時間が、怖くなるんですね。
「何か悪い事がおこりそう」
そう、私も、思う時あります。

実際は、何も起こらないかもしれないし、
起こるかもしれない。

しかし、起こったら
「やっぱり、悪いことが起こった」と
妙に納得したりしてます。
そして、
「悪いことは、起こるのだ」という
マイナス思考を、上塗りして強固にしていくんでしょう。

何も起こらなかったら、平穏の続きをやっていられるのですが、
あまりに平穏な時間が続いたら、不安にかられてきます。
今度は、あのストレス下に置かれていた時の
慣れ親しんだ状態に、無意識に戻りたいみたいで、
つい、自分から、トラブルの元を作ってしまったり、
トラブルに突き進んでしまったり・・・

これって、なんでしょうね。
悪い事が起こることで、安心してしまう心理があります。
自虐的な癖でもあるし、心の傾向性でしょうね。
親子ともに、注意しなきゃいけませんです。
まだまだ、だなあ~。

息子に言われて、考えさせられた言葉でした。





未来を思い煩うことなかれ。

起こりもしない事に、心を奪われるな。

今を大切に。

そして、ツキを呼ぶ、魔法の言葉(笑)

ありがとう、感謝します、ツイてる
別窓 | 楽天(不登校) | コメント:0
久しぶりに、親の会 [ 子ども ] (151)
2006-10-15 Sun 15:36


お昼から、親の会に、行ってきましたよ!

ベテランママさんに混じって、偉そうな事言ったかも~(汗;;


話の中で、相田みつおさんの有名な、

「一途に一本道」って、句のお話しがあったけど、

確かに、これって、不登校の迷える子羊さんには、

合わないねえって、

なんだか、笑えてしまいました。

詳しくは、また、明日ね。

今日は、疲れたので、おしまい^^

別窓 | 楽天(不登校) | コメント:0
自分の色眼鏡 [ 日々のこと・徒然に ](150)
2006-10-09 Mon 15:56

ほしのきらめきさんのブログに、色眼鏡で事象を捉えないということを、言われているところを見て、深く、納得します。

人は、それぞれ、生まれてから、これまでのうち、物事をどのように捉えるか、心の癖を身につけながら生活してます。心の癖は、プラスに作用すると、とても、素敵な事になりますが、往々にして、マイナスに作用する部分だけが、クローズアップされるという事も、あります。

もし、マイナスの作用のある癖が、その人に不要のもので、これから生きることへの障害になっているのだったら、それを修正した方が、楽に生きられるわけですが、その、マイナスのトゲトゲを、丸く滑らかにするのが、人との関わりだと私は思います。

そのポイントとなる基準は、同じことを何回も繰り返す。
自分が、穏やかな気持ちになれない。(怒り、恨み、悲しみ等)
これが、マイナスか、プラスかの癖を見極めるポイントになると思います。

心の癖を「色眼鏡」と、きらめきさんは、表現されていますが、眼鏡をかけていながら、
自分の姿は、自分には見えないわけですから、自分が何色の眼鏡をかけているのかどうか、分かりませんよね。
自分じゃ分からないから、人によって、教えてもらうしかないわけです。

そして、同じことを繰り返しているぞ・・・と思ったら、相手ではなく、自分の眼鏡を外して、ちょっと、眺めてみるのも、いいかなと思います。
あるいは、信頼できる人に、「何色に見える?」と聞いてもいいわけです。
そこで、怒ったらいけませんが。^^
まあ、これが、「反省」「内省」というものに、あたるんじゃないかと思います。

私も、自分の感覚ほど、あやふやで、怪しいものは、ないよね、といつも思っています。
でも、最近は、あやふやな感覚に、方向性をつけるということが、出来なかったから、不安定な感覚を持っていたんだなあって、感じます。
方向性というのは、「自分は、自分を好きか?」これに尽きるなあと思います。

誰かに、褒められたから、天にも昇る気持ちになったり、誰かに、裏切られたり(←この感覚自体、私は、危険信号だと思っているのですが)嫌なことをされたりしたら、どん底に落ちてしまうという、自分以外のものに、気持ちを左右されないって事は、最近の私には、非常に大事だと思えるのです。


不登校初期の頃、息子が、学校へ行ったら、鼻歌が出るほど、嬉しくなったり、
反対に、行かなかったら、「私が至らないから」「どうして?」と、どよ~んとしてしまったり、最初の半年は、相手任せの人生でした。
行かないと、責めたくなるんです。「どうして、行かないんだ!」と。
行くことが、良い事と思い込んでいる、色眼鏡を外せなかったわけです。
だから、息子を心配するというより、息子の行動で、私の気持ちが決められると言っても、良かったと思います。要するに、誰のことも、心配なんかしていなかったんだと思います。
心配していたのは、「自分」だったんですね。エゴですね。
不登校の子を元気にさせるには、まず、この、親の・・・自分のエゴを捨てることが、第一歩だなと、今は思ってます。

今、紆余曲折を経て、感じることは、不登校が、なければ、私自身は、この色眼鏡に気づかなかったと思います。言われても分からなかったと思います。人は、自分の範疇をはるかに越えた問題が起こったとき、初めて、立ち止まって、色眼鏡の存在に気づくのではないかと思ったりします。

その事から、今まで、正しい、良いことと思い込んでいたルールには、何一つ、信頼できるものは無かったなと・・・反省を込めて、癖の書き換えをしているのが、現在かなと思う。



ある事が、あった。。。
私は、冷たい、人の事を大切に思えない、そういう人になった。
ある人にとって、私は、裏切り者だ。
昔だったら、言い訳したろうね。でも、このとき、私には、信念があった。
40数年も生きていたら、一時しのぎに、人に好かれるつもりなら、適当に、あしらえる技術だって、持っている。
しかし、今回は、あえて、それをしなかった。
だから、自分の感覚が、「これでいいんだ」と答えるままに、行動した。
それが、私の「守る」ということを、色々考えさせられた。

Tさんの事が、今だ未消化だったけれど、多分、Tさんは、私から、憎まれながら、「守った」んだと、ふと、思った。
意識的にせよ、無意識にせよ、彼女は、その方法を取ったんだろうと思った。
優しく抱え込むような、おだやかな愛情表現もあるけれど、厳しく、突き放す愛情というものも、あるんだ、と、初めての感覚だった。
彼女は、きっと、そんな事は、認めはしないだろうし、もしかしたら、私が、そう思いたいだけなのかもしれない。けれど、どんな状況でも、人を信頼するという事を、私は、ここで、学ぶ必要があったのではないかと、思い至る。
すごい事だと思う。
それが、できるというのは、本当に信頼していないと、出来ない事だから。。。
色々考えると、そのほかの野暮な憶測は、山ほどできるけど、それをしたら、自分が、「穏やか」ではいられなくなる。その感情の選択は、私にあると思うから、私は、野暮な憶測は、しないことに決めた。
キュブラーロスが、言うには、人が、もし、不治の病を宣告された時、最初は、「悲しみ」そして、「怒り」それから「自責」そして、最後に「和解」の道をたどるそうだ。
これは、不登校でも、よく使われる気持ちの段階です。
人間というものは、そのように、できているんでしょね。

まあ、何が言いたかったかというと、マイナスの感情や思い込み、癖は、色眼鏡を外そうと思ったら、自分の意思でできるという事を言いたかったんです。(長い・・・)

できたら、「怒り」「自責」の段階を短くしたいなと思う。

人は、それぞれ、重い荷物を抱えて生きている。長い人生、時には、そういう事も、当たり前にある。それを自分だけと、シンデレラになるのは、私は好きじゃない。ただ、言わないだけなんだから。
時には、裏切られる時もある。でも、ほぼ、人生というものは、自分が種をまいたから、芽が出て、結果が出てくるわけで、裏切られたという言葉には、胡散臭さを感じる。それは、単に、自分の荷物を相手に渡しているだけだと感じる。
特に、スピリチュアル的には、まさに、この通りなんです。
そして、大事な事は、人生の主体を、相手に手渡して、あなた任せの人生を演じている気がするのは、私の、思いあがりだろうか。

人生の主体は、自分。
人に、自分を預けたらだめだと思う。
この、人生の主人公は自分という感覚は、言葉では知っていたけれど、
ほんとに、私は、ここ最近まで分からなかった。
つい、この間まで、人生は、得体の知れないものに、左右されていると恐怖を感じていたからだ。

主体を取り戻す、という事は、わがままになるという事とは、全く違うのだと、理解した。
怒りをぶちまけ、悲しみを垂れ流し、憎しみを飛ばし、それは、自分を幸せにしない。
これは、私も、恥ずかしいくらい、かなり経験があるので、分かります。
大切な事は、ただ、自分の方向性として、「善」へなろう、向かおうとしながら、天の御胸を借りる気持ちで、それらの感情にさようならと告げる過程には、それが必要であるけれど。
何かをすれば、主体的に生きられるというのは、錯覚。
どのように、生きていても、どんな時でも、主体的に生きられるんだ。



大切なことは、主体性、そして、信仰。
私がここで言う、信仰というのは特定の宗教を指して言っているのではありません。
自分より、なにか、偉大な存在があるという、本能的なものを言っていますので、誤解のないように。


以上の文章は、誰か、先達の受け売りだと思ってください。^^

でも、そうだとしても、今は、そう感じるのです。

正しいことを、正しいと言えない時だって、ある。
間違っていることを、間違っていると言えない時もある。
声高に、怒りをぶちまけたい時だってある。

でも、それらの事を、そんな時もあるんだと、自分に、内包しながら、還元させ、
自分の種にすることを、私は、選びたい。
決して、それは、犠牲的な生き方では、ないと確信を持っている。




ありがとう、
いろんな事、教えてもらいました。
やはり、あなたは、師匠です。

感謝を込めて。



*私のブログなので、自由に思うことを書きました。
やっと、書けた。。。
ずっと、書きたかった事でした
別窓 | 楽天(不登校) | コメント:0
依存・共依存のこと [ AC ] (149)
2006-10-04 Wed 15:32

少しずつでは、あるけれど、過去のTさんとの事、整理されてきたなあって、
そのような気がしてます。

依存心(相手がいないと、生きていけないほどに感じる)と
共依存(相手に、自分がいないと生きていけないと感じさせる)は、
紙一重なんだと、思うに至ります。

今、ちょっと、あることで、この両方を見つめる機会があって、
自分の中では、これが、同時進行していました。

まず、相手がいないと生きていけない、希望がなくなるという状態ですが、
ストレートに、そう分かる状態というのは、現実では、少ないのだなと思う。
これは、巧妙に形を変えて、これでもか、これでもかと、襲ってくる。

よくよく、考えると、相手を失うのが怖くて、怒りになったり、恨みになったり、
逃げてしまったり、自己卑下したり、と、形は様々。
しかし、根本にあるのもは、「失いたくない」、ただ、それだけ。
感情も、「怒り」に摩り替わったり、悲しみに変ってたり、忙しい。

仏教の戒めの言葉に「稚心を去る」という言葉が、あるのですが、まさに、子供が、
母親のスカートのすそを握りしめて離さない、泣き叫んでいる
そんな状態なんだろうと思う。
幼い頃、親や養育者との間に、暖かい感情の交流が少なかった、或いは無かった場合、
「欲しい、愛して欲しい。振り向いて欲しい、見て欲しい」
これらの子供の頃の激しい感情が、ふとした時に、こぼれ出てくる。

あなたを失いたくない。。。シンプルにそれだけ。

そう思い続けて、それは、時に怒りだったり、恨みだったり、恐怖だったり、
ひと時の幸せな思い出だったり、しかし、それは、移ろいやすく、
決して、私自身を幸せにしなかった。

やっと、その依存的な視野から、離れて、相手の気持ちも、慮れるように
なってきた。
彼女は、きっと、「私を見捨てない」と言った、彼女自身の言葉に
縛られていたのだと感じた。
もし、私が、彼女の立場なら、自分の言葉に縛られる事くらい、
苦しいものは無いなあと思う。

物事は、森羅万象、変化する。

そして、反対に、私自身、その言葉で、彼女を縛っていたんだなあと思う。
それは、今になってみると、すごく、ずるい事に見える。
責任の所在が、私に無く、彼女にあるかのように、摩り替わっている。

ここんとこは、私自身、かなり反省しなきゃいけないと思う。


今度は、共依存の部分。

一時、彼女の夢の一部を、私は担っている気になっていた。
当然、最初は、彼女の手助けをしたいと、私自身の選択からだったけれど。
彼女は、自由で、闊達で、夢があり、その夢を手助けしたいと願うのは
ごく、自然に思えた。私には、彼女が、まぶしかった。
しかし、その彼女の夢を、いつのまにか自分の夢と、勘違いしていた。

そんな、ハネムーン期を過ぎ、気づくと、私自身は、彼女の
考えること、思うこと、やること、だけに、集中しすぎた。
自分を滅して、彼女を最優先した。
あまり、いい例じゃあないけど、
例えば、彼女が、バックから、煙草を取り出そうとすると、
すぐ、私は、ライターをつけて、準備をするってな感じと言えば、
わかるだろうか。。。

そんな彼女が、めずらしく落ち込むと、
「あなたは、素晴らしいし、どんな事でもやりとげる力を持っている」
そう言って、励まし?た。

そう言いながら、私は、彼女を励ませる自分の存在が、嬉しかった。
彼女が落ち込むと、私は、俄然張り切った。
彼女を助けたい、何か、役に立ちたい、夢を諦めないで、
あなたなら、その力を持っているんだから。
ほんとにそう思っていたんだから。。。


そんなことを、7年近く続けていたんだよね。


その結果、自分自身で、考え、言葉を発することが、出来なくなっていた。

これが、共依存。

同じ人に対して、依存と共依存を、お互い立場を入れ替わりながら、
延々と続けていたような気がする。


この彼女との依存、共依存の関係には、今は終止符を打った(と思う)
そして、あらたな場面で、これが発動しそうになる時、自戒する。


私は、私のことを、自分の言葉で語らせてください。
私は、自分自身の感情と、身体を大事にしたいのです。
私は、あなたの感情と身体も、大事にしたいのです。

もし、分かり合えなくても、それはそれで、尊重します。
だから、私のことも、尊重してください。

私は、あなたのこと、大好きです。

だから、あなたは、あなたの、仕事をしてください。
それが、私の喜びです。

そして、私も、自分の仕事をやっていきます。
それが、私の喜びとなります。

もし、どこかで、出会えたら、こんな嬉しいこと、ありません。

もし、あなたが助けを求めたら、私は、飛んでいくでしょう。
でも、もし、私が助けを求めた時に、来てくれたら、
それは、感謝とともに喜びの中にいるでしょう。


ゲシュタルトの祈りの変形、私バージョン(笑)


そして・・・彼女へ。
恨みや憎しみ、もうありません。

長い、長い、時間がかかったけど、
今は、感謝しかありません。
あなたと過ごした時間は、確かに私の一部。
もう、騙されたなんて、思ってもいません。

(実は、サークルを作る時、私はほぼ、強引に入れられた、誘われたという
経緯があって、???のうちに、立ち上げメンバーになっていたという不満が
ずっと、くすぶっていました。丸め込まれた感覚でしょうか。
でも、それもね、断れるはずだったのに、断らなかった私もいるのです。
そこまで、世間知らずじゃなかったはずなのに、
どうして、彼女をそこで、恨んでしまったか・・・
自分を正当化したかったのです。
他にも、サークル内の揉め事で、傷ついて、辞めていったメンバーに対しての
罪悪感もあり、申し訳ないという気持ちもありました。
でも、それも、今は、元気にお仕事している、辞めたメンバーさんを見ると、
これで良かったんだと思えます。)


私が、自分で選び、
自分で、あなたの傍にいる事を選んだのだから。
そして、心を尽くして、たくさんの事を教えてもらったのだから。

これからは、別の道を歩いていくけれど、
あなたと過ごせた時間は、素敵でした。

でも、もう、道は交わらない。

私は、私の道を・・・

もう二度と同じことは、繰り返さない。






別窓 | 楽天(不登校) | コメント:0
新車が来た [ 日々のこと・徒然に ] (148)
2006-10-01 Sun 15:29

朝から、久しぶりに雨が降ってます。

落ち着きます。


我が家で、13年間乗り続け、15万キロも走行した車でしたが、

車検を前に、ついに買い替えました。

(13年も乗ると、車検代、ガソリン代が、馬鹿にならない)


無事故で、よく頑張ったなあ、ありがとうと、車にお別れをし、

昨日、新顔を迎えました。



前より、ずっと、小柄で、コンパクトですが、

ナビ付きです。

私は、驚異的な方向音痴なので、

期待度、アップしてます。

が、どうやって操作するのか、今の所、さっぱりわかりません。

(役にたつのか?)


その前に、まだ、ハンドル横に付いてる、ギアチェンジが、

考えないと、できません。

シナプスが、つながるまで、しばらくかかりそう。


さらに、サイドブレーキが、フットブレーキになってます。

な、慣れない(汗;;;

前途多難中。


車といえば、実家の父も、若い頃、車好きだった。

車椅子生活の今でも、障害者仕様の車で、自分で運転する。

私が、免許取立ての頃、父は、よく言っていたものだ。

「車は、自分の身体の一部のように、なじませたらいいんだ」

「家族を乗せたら、安全運転する」

そして、私も、家族を乗せていると、そうするし、

車を自分の一部のように感じている。

(夫の運転は、荒いので、子供たちには、車酔いすると不評だ)

そして、父は、助手席に乗っても、運転する私を怒った事は、一度もないんだなあ。

酒乱で、ころころ気分が変る人で、困らされたけれど、

不思議と車にまつわる父の思い出(まだ生きてるけど)だけは、暖かい。

こんなところで、愛情をもらっていたのかもしれないと、ふと、思う。


さて、新しい車さん、我が家へようこそ。



先日、不登校親の会の定期会報がきた。

文部科学省が、学校をランク付け(評定制度)にするって話。

ランクを上げるために、不登校児童へのしめつけが

ヒートアップしなきゃいいけど。


でも、もう、後、半年で、義務教育も卒業。

早く、卒業したいなあ~。(←親子の気持ち)

別窓 | 楽天(不登校) | コメント:0
思春期 [ 子ども ](146)
2006-09-12 Tue 15:23

高校生の娘が、ここ1ヶ月様子がおかしい。

「学校、行きたくないな」とつぶやく。その度にドキッとする。

そういう時は、実際、休ませて、

二人で、買い物したり、ぷらぷら遊んだんだけどね。

しかし、一時のごまかしは、できても、根本解決には、なってない事も

娘の様子を見ていたら、わかっている。

息子が不登校で適応教室通っているので、娘が「学校を辞めたい」

とか言ったら、それはそれで受け入れなければ、おかしいよね、とか、

心密かに思って、覚悟を決めながら、しばらく様子を見ていた。


昨夜、やっと、私自身も腹を決めて、ゆっくりと時間を取って、話してみた。

どうやら、友達関係・・・中学と違って、高校は、何も考えずに、

無邪気に付き合うという事が、できないと言う。

(ふ~ん)

自分の何気ない言葉で、相手を傷つけたのではないかとか、

相手の顔色を気にしたり、それで、悩むのだと。

「中学時代は、悩まなかったの?」と聞くと、

瞬間的には、悪かったかなと思う程度で、悩むという事自体が、なかった、と言う。

えっ!?←ちょっと、驚いた。

それって、遅くないか???


ほかにも、人が自分の事をどう思っているかとか、

ここに、居ていいんだろうかとか、色々、考えるらしい。


それで、きつかったんだなあ。


100人いて、100人全部に好かれなくていいしさ、

一人でも、自分を理解してくれる人がいたら、ラッキーさ。

そんなような、話をして、

母の思春期時代、考えていた事など、笑い話で、話してみた。



学校が、嫌というわけでもないらしい。

なんとなく、自分の存在が、ゆらいで、不安定なんだなあ。。。

たくさん、悩んで、その悩みが、ソラを成長させてくれるんだよ。

だから、今、悩む力が、ついてきたから、悩めるのさと、

悩む力が出てきた事実を、めでたい事として、受け入れた。

娘、遅めの、悩み多き思春期でございます。

たくさん、悩んで、いろんな答えをつかんで欲しいな。

その答えを、母は、受け入れよう。

見守る方も、結構、つらいけど、それも、親の仕事だねえ。


ほかにも、伝えたい事は、たくさんあるけど、ぼちぼちね。

でも、これだけは、伝えたいな。


自分を中心におくんだよ。

自分が変われば、きっと、世界は変わるから。

自分の他に、中心を置いても、何も変わらないって事。

自分の責任は、自分で引き受ける。

人生は、シンプルで、たった、それだけの事。

誰が、理解してくれなくても、親は、強力な応援団だって事

忘れないで欲しい。

別窓 | 楽天(不登校) | コメント:0
止めて欲しい [ 子ども ](147)
2006-08-28 Mon 15:24

不登校やってると、

「あれがいい」

「これがいい」

「あなたの、ここが、だめ」

と、善意のアドバイスを頂く事、多いのですが、

言って、いいでしょうか?



「そんなもの、いらね~~~~~」


あら、私ったら、はしたない。。。(おほほ)


なんか、ここんとこ、そう言うシーンに、よく出くわすので、

そこに、トラウマ持ちの私としては、む・か・つ・く!



お願いだから、人を無理やり変えようとしないでください!

脅したり、怒ったり、なだめすかしたりして、

押し付けないでください。

正論を、大きな声で、耳元で叫ばないでください。

悪いところを、矯正しようと、圧力かけないでください。



あなたは、正しいかもしれない。

それで、救われたのなら、あなたには

良かったんだよ。

でも、あなた以外の人は、違うかもしれない。

そこの想像力、もう少し、働かせてください。


以前、リアルで、不登校を、何人も救った方から、

全面否定された私としては、

その善意を、私は、今、お返ししたい。



あなたのやり方は、他の人には、良かったかもしれない。

でも、私には、合わなかった。

そして、不登校を治す。。。という言葉。

治すって、何を持って、治すだったんでしょう。

学校へ行くこと?



違うでしょう。


どんな道でもいい、子供が、そして、私が、

自分の人生を歩んでいければ、

それで、いいんだと思います。

人は、自分で気づくことでしか、成長できないんです。

正論という凶器で、私を、変えようとしないでください。

そのままの私でいさせてください。

怒りで、人は変えられません。

今まで、沈黙していた私ですが、やっと、言葉にできそうです。



そして、お願いしたい事は、痛みと、辛さを共感してください。

そうしたら、私は、次第に、変っていきます。



これは、私にとっては、昔の話ですが、今でも

とても、リアルです。

だから、怒りで、自分の思いだけで、

人を変えようとする人に、悲しみじゃなく、

今は、あきらかに、怒りを感じます。

長く、封印していた事でした。。。

別窓 | 楽天(不登校) | コメント:5
今日は、そっくり模試 [ 子ども ] (145)
2006-08-24 Thu 15:19

朝、7時に起きて、塾の夏期講習最後の模試を受けに行ってます。

そのために、体調整えて、涙ぐましい努力をしてました。

この模試は、私立高校を借り切っての、本番さながらの模試。

これが、終わったら、やっと、自由の身?

長い、長い、夏季講習でした。

3分の1は、めまい、吐き気、頭痛で休んだけど。

それでも、よく頑張ったと思います。

今日は、DS用、ファイナルファンタジー3の発売日。

娘も、息子もそれぞれ自分のものをお小遣いで、予約していたので、

娘が部活で、帰り次第、買いに走るそうです。

別窓 | 楽天(不登校) | コメント:0
塾の嫌がらせ事件から・・・ [ 子ども ] (144)
2006-08-19 Sat 15:15

少し前の例の塾での事件があってから、

息子が、塾へ行く前になると、体の調子がおかしくなるみたいだと、言っていた。

う~ん、こりゃ、どうしたもんかな~。

特に、今は接触が無いようだけど、相手の顔を見るのも嫌だと。

(だろうなあ~)

その後、何事もなく通っては、いるのだけど、

息子には、もっとゆっくりした、個別指導の方が合っているんじゃないかと

思ったりしている。

きついんじゃないかなあ。。。

本人が思っているより、深く傷ついているんじゃないかという気がする。

気持ちと裏腹に、体は正直に見える。

あんなことがあった後だしなあ・・・。

早急に手を打ったほうがいいのか、それとも、様子を見た方がいいのか、

先生たちは、とても熱心で、信頼できる方たちなんですが。。。

でも、親があまり、先回りばかりしてもなあ~と

頭の中であ~だ、こ~だとやってます。
別窓 | 楽天(不登校) | コメント:0
| 歩いていこう | NEXT