author : rinrin
個人面談だった [ 子ども・不登校の1年間 ] (98)
2006-02-28 Tue 17:00

適応教室の個人面談でした。

社会教育課の方、3人、適応の先生3人。と、私。

適応では、ほんとに適応している、息子の様子に少し安心。

みんなの中和剤になってるとのこと。

男の子も、女の子も区別無く、何気にやさしい言葉をかけるので

彼のまわりは、気づいたら、女の子がいる状態に・・・・。

でも、N君はじめ、男の子からも頼りにされている様子。

4月から学校へもどりたいと、先生方にも、自分で言ったらしい。

その方法を、本人と一緒に、これから考えていくという方向性です。

4月のことは、4月になってみないと、未知数なのですが、

今、本人の意思を尊重しつつ、学校と適応、家庭との連携を

しっかり取っていきましょうと。

教育課の方がいらしたので、再度、親の会のことをお願いした。

しかし、親にもいろいろ温度差があるので・・・と。適応の先生。

参加したい人だけ、参加するという方法もありますと、まあ堅苦しくしないで

、お茶会みたいにね、ともう一人の先生が提案してくださる。

もちろん、私に異論があるはずもなく、ぜひ、実現できるよう、

重ねてお願いしてきた。

新年度になると、3人の先生のうち、2人は、別の学校に行くことが決まっているようだ。

ちょっと、それは残念だったが、有意義な面談でした。


昨日、カイが家に帰ってきたのが、4時くらい。話によると教室を出たのが

3時くらい。一体、どこへ行っていたのか????

後で、本人にきくと、Nくんが、風邪で休んだので、様子を見に行ったと言う。
  
「元気そうだったから、明日は来るかな~」と言っていた。


  なんだかね、わが子ながら、「いい子だな~」って、思っちゃった。

  
不登校を通じて、親が学ばせてもらったことがたくさんある。

その過程の中で、親はね、必要のない、価値観を捨て去る作業。

子供はね、もとに戻す作業。

ここ、一年近く、そういう作業を自然とやってきた気がする。

私が、いつから、本当の意味で学校にこだわらなくなったのだろうと

思い出そうとしても、よくわからない。


あと、カイが、昨年の今頃、急激に視力が落ちていたのに、(0.2くらいに)

最近になって、もとにもどっていることに気がついた。

あれも、疲れたという、心のサインだったんだよね。

彼は、自分の道を模索はじめた。

また、これからも、戻ったり、進んだりするだろう。

でこぼこの道だけど、きっと、自分の道を見つけることができるよう

親は、後ろから見守るだけしかできないね。

4月から、学校へ行けても、行けなくても、どちらでもかまわない。

今度は、自分で自分の道を選ぶ岐路に立つのだから。

自由に選んでいいんだよ。

自分の魂が喜ぶ方へ。

どうか、カイが自分の道を歩むことができますように!

力をください。

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見えないものの力 [ 子ども・不登校の1年間 ](98)
2006-02-27 Mon 16:58

世の中には、目に見えるものと、見えないものがあります。

心の中では、見えないものの方が、見えるものよりずっと価値があると

分かっているのですが、そこは凡人、見えないと不安になります。

そして、余計なことを「あれ、これ」と過剰な思考が頭の中をめぐり

混乱し、疲れ果て、どうしていいか分からなくなってしまいます。

そういう時、ただ、こんこんと眠ってしまうのが、常でしたが。

特に、人付き合いに関して、非常に臆病な私は、

この、堂々巡りを何十回、何千回、何万回、やってきたことでしょう。

例えば、普通の日常生活における

「人を信じること」は、目に見えないわけですから、

親との関係性において、信頼を学ぶ機会が少なかった、私は、

今、現実に、ここに居て欲しい!と、非常に不安になるんです。

究極いったら、怒られてもいいから、そばにいて欲しいと願うわけです。

どうせなら、ゲームのように、信頼度、体力、能力のゲージが

目に見えたら、こんな楽なことはないと思うのですが、(笑)


ましてや、自分の気持ちさえ分からない、ACにとっては、

人付き合いは、究極に、怖いことなんです。

その度に、友達に電話をかけるわけにもいかないし、

夫に一日中、そばにいてもらうわけにはいかない。

ましてや、子供をお家に引き止めてもいけない。

このような、私が、やっと、友人たちと、食事しても

自然に会話できるようになったのが、7~8年前。

それまでは、人と食事をするのさえ、苦痛でたまらなかったのです。

が今でも、一緒に楽しい時間を過ごしても、別れたら急激に不安になります。

そこで、必要以上に、相手の役に立とうとして、

無理して、無理して、相手の考え方の先読みして、

相手に同化してしまうのです。

ほとんど、無意識的反応として行動化されます。

この癖は、依存性のなせる業ですが、これでは

いつまでたっても、自分が育たないのに、気づき始めたのも最近。

私は、まちがってもいいから、自分で選び、自分が感じたことを

表現したいと思うようになってきました。

そのためには、まず、自分を信頼できなきゃいけないのではないかと

思うのです。

その前途は、まだまだ、厳しいのですが。

いつかね、きっとね。そうなるよ。


また、最近、自分で自分を癒すという方法に出会えたことが、

一つの契機となりました。

そのワークで、自分の中に、小さな子供の存在があることに気づきました。

自分の中に、わけのわからない不安や、マイナスの感情が襲ってくるとき、

小さな子供が、「寂しい」という感情を持って、訴えてきます。

小さな子供が、うずくまって泣いているのを感じます。

大人の私は、「よしよし、いい子だね」と一緒に時間を過ごし、

「大丈夫よ」と抱きしめてあげます。

小さな子供が、落ち着くと、大人の私の感情も落ち着いています。

なんだか、不思議な感じがします。

今はまだ、この子に振り回される回数が多くて、手のかかる小さな子供だけれどね。

この小さな子供は、目には見えないけれど、確かに、私自身です。

きっとね、夫とか、友達に話したらね、

「病院へ行った方がいい」と、あきれられそうで(笑)、

そこが、ちょっと、現実生活では、辛いかな。


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過去を思い悩む [ 子ども・不登校の1年間 ] (97)
2006-02-25 Sat 16:57

適応教室へ通っているとはいえ、学校へ行けない息子の思考回路は、

悩みにはまった時の私自身の思考回路に、とても似ています。

・過去をくよくよ~、ぐたぐた~、ぐるぐる~と彷徨い、
 現実が動かなくなります。

「過去を消したい」

という、カイの言葉は、その全てを物語っています。

考えるなと言っても、そのような思考回路の波は、頭の中を行き交うわけです。

そのような時、一緒にゲームしたり、買い物行ったりして、

気分転換をしたり、会話の中で

「今の自分でOK」というメッセージを含む言葉を

がんがん入れてやると、少し落ち着くようです。

このとき

「そんなこと、考えなくていいよ」とか

「考えたらだめ」とか言ってしまうと、

「考える自分がだめなんだ」とまた深みにはまっていくのでした。


昨日、友達のN君のお家に遊びに行って、自転車を盗まれてしまったカイ。

自分が鍵をしていなかったことを悔やむ、悔やむ。

何度も私のところへ来て、自分が悪かったんだ~、

みたいなオーラを出す。

自転車を盗られたことは、確かに残念だし、後悔するのは分かるけれど

盗られたことを、いつまでも、いつまでも、いつまでも、エンドレスに

地の果てまでも、悔やんでる様子に、笑えてきました。

いや、ここで、笑っちゃいけないのだが、

「盗られたことは、残念だったけどね、もう、いいんじゃないの。

いつまでも自分を責めてもね、現実は変らないのよ。

今度から気をつければいいことじゃない?

買い替え時だったしね。お母さんも怒っていないから。

馬鹿だな~って、思うけどね」

というと、

「馬鹿って言った~~」とふくれる。

「いいのよ、子供は馬鹿の方が、かわいいから」

なんて、話をやって、やっと、気を取り直せたみたいです。

自転車を盗られて、一番悔しいのは、カイ本人だし、これ以上

怒ることもなかった。

以前の私なら・・・どうしたかなあ。

多分、人格否定してたよね。

過去にとらわれないことは、現実を生きていくに、とても大事かなあと思います。

反省は必要だけれどね。

で、友達のところで、夕ご飯食べさせてもらい、車で送って頂いたカイでした。

その後、そちらのお母さんにお礼の電話をしたら

自転車のことを心配されていたので、恐縮した。

会話の流れで、カイのことをお兄さんのように慕っているようですと、

おっしゃって下さって、またまた恐縮。


不登校になりはじめの頃を、Nクンのお母さんが、話してくださったが、

お話きくと、涙が出そうになった。

「ほんと、どうしていいか分からなくて、辛かったですよね~」

とお互い、語り合って、受話器を置いた。

適応教室での出会いが、幸せに思えた瞬間でした。

親の会を開きたい!!(ただ今、適応の先生にお願い中)

月曜日に個人面談があるので、再度、お願いするつもりです。

辛い思いを一人で抱え込むのは、あまりに悲しい。

親も、子も、悩みを抱えて、うずくまっている姿を思うと心が痛むのです。

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光となりますように [ 子ども・不登校の1年間 ] (96)
2006-02-24 Fri 16:55

 
  あなたが光となりますように

  あの子の太陽となりますように
 
  あの人の月となりますように


中3の娘が何気に、食卓のメモ帳に走り書きしていた文章。

いつもは、自分のことしか考えてないように見える

我がままソラですが、 

人には誰かの役にたちたいと願う心が、ちゃんと

あるんだなあって。



彼女の不変の者への、祈りのようにも感じます。
 

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傲慢/孤独は人を殺す [子ども・不登校の1年間 ](95)
2006-02-23 Thu 16:53

う~ん、体調、わるっ!花粉症???


自分の中で、何か違和感を感じる。

優越感と劣等感。

これが、自分の中でバランスを崩している。

優越感が出てくると、傲慢さが忍びやかに首をもたげる。

傲慢さにふりまわされると、自分じゃない自分を演じなければならなくなる。

自分の首を自分で絞めてどうする!

私は偉くもなく、特別でもなく、そして、悲劇のヒロインでもない。

そのままの私でいいんだよ。そのままで楽しめたらいいんだよ。

自分じゃない自分を作り出す幻想に苦しめられるのは、

まぎれもなく自分自身。

よくよく、傲慢には気をつけて。私!。本質が見えなくなる。

傲慢は罪をおかす。

 **********************

先日、中国系のおかあさんが、同じ幼稚園に通う子供の同級生を

殺すという事件があった。

子供を殺すという行為は、許せない。絶対に。

だけれど、このお母さんの孤独は、痛いようにわかる。

誰も、いなかったのか?

支えてくれる人は? そばにいて、「大丈夫よ」と

言ってくれる人はいなかったのか?

このお母さんだけが悪いと思えない。

周りは、「知らなかった」と言うのだろうか。

「知らない」わけがなかったんじゃないか?

自分たちは、安全なところから遠目で、傍観していたんじゃないか?

幼稚園のお母さん同士のおつきあいは、

グループに入れるか、どうかで決まるようなところがある。

経験上、ものすごく、熾烈な世界だと思ってる。

誰かをスケープゴートして、安心したり、

異質なものをはじこうとする人の心の問題があるんじゃないだろうか。

これも、優越感に通じるような気がする。

人を見下す、それに乗っかる。

孤独は、時に、人を殺すんだ。

このような事件が二度と起こりませんように!

被害にあった方、事件を起こした方に、心の安らぎが訪れることを祈るばかりです。



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ヘルマンヘッセ [ 子ども・不登校の1年間 ](94)
2006-02-23 Thu 16:52

高校の頃だったか、友人に影響されて、ヘッセにのめりこんでいた時期があった。

それまで、ヘッセと言えば、「車輪の下」のように、

教科書に載っていたものを、読んでいただけで、それには、特別

感慨はなかったのだが、ある日、文学少女の友人が読んでいた、

「シッダールタ」を何気に借りて、感動したことが始まりだった。

それから、「デミアン」。これが大好きになって、

永遠の少年デミアンは、その後しばらく、私の憧れの人となった。

そして、もう一度、最近、「車輪の下」を読んでみたんです。

高校生のころとは印象がまったく違って、

主人公の少年の気持ちが、親や世間の期待に抑圧されて

死んでいく気持ちが、まるで、自分を追体験するような気持ちで読めたので

人生の時期によって、受ける気持ちが変化するのを味わった。

他にも「メルヒェン」「知と愛」なども読んだはずだが、これらは、

あまり記憶にないところを見ると、好みではなかったのだろう。

「シッダールタ」は、いわゆる釈迦の話だったのですが、

お釈迦さまって、死んだときにお世話になる神様みたいな人って

大きな誤解を持っていた当時の私には、人間釈迦として、生々しく苦悩する

シッダールタが、非常に興味深く感じたのでした。

その後、三瀬龍原作、萩尾望都の描く「百億の昼と千億の夜」で

キリストと再び釈迦に出会った。

宗教性とは、程遠いものだったが、絶対的なものにあこがれ

永遠のもの、神話的なものに強烈にひきつけられていた時期でした。

そんなこんな、考えていたら、昔から、本が唯一、私の楽しみ

だったことを、ふと思い出した。

そういえば、祖母の家へ行くと、

「もの○の塔」とかいう雑誌が置いてあったりして、

純真な(??)私は、それに書かれている天国とか天使とか、

きれいだ!と、絵を食い入るように見てたこともあったっけ。

反対に、地獄やら、裁きやら、罰などと、恐ろしいことも書いてあったりして、

もしかしたら、そこらのホラー本より、ずっと怖いものですよね。(笑)

実際は、祖父が近所のお付き合いで、もらっていた雑誌だったようだった。


また、祖母のうちには、叔父たちが読んでいたのであろう

「ナポレオン・ヒルの成功の~~」とかいう自己啓発の本もあったりして。

中学生の私には、到底理解不能だったが、不能ながらも、ひまに任せて読んでいた。(笑)

何か役にたったのでしょうかねえ。(爆!)

さっぱり覚えてないけれど、狭い部屋の一角に座り込んで、

本を読んでいたそのときの情景を思い出すと、

本の香りがなつかしく思い出されます。
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恐怖との戦い [ 子ども・不登校の1年間 ] (93)
2006-02-22 Wed 16:50

アダルトチルドレンには、恐怖の感覚がついてまわる。

なぜかと言われても、そうだから、そうなんだからしかたがない。


加藤諦三さんの「自信とおびえの心理」より

怖くて怖くてふるえながら育った子供の精神が健全であるはずがない。

気持ちは萎縮して生気を失うのは当然である。

その子が何かをやるのは、その父親への恐怖からである。

時には恐怖におびえる子が活動的に見える。

それは真に活動的なのではなく、恐怖で活動しているだけである。

暗い路を怖くて走り出すようなことがある。その走ることだけを見れば

元気であるが、走っている人の内面は恐怖だけであろう。

そのような人が何かのことで恐怖がとれたりすると、ぐったりとして

無気力になる。また、恐怖を感じる力さえ失ったりしたら、抑うつ状態になる。


とある。

まさにこの通りだと感じる。

回復へ向かう途中の息子(だと信じるが)を、見て、同じ事が当てはまる気がする。

上の文のような子供の過剰な適応を、親は「いい子」だと見る。

それは、絶対的に間違っている。

子供は、もっと自由であるべきもの。

愛される価値があるもの。


心の叫びを受け止めるべきなのだと思う。

これは、息子、娘のことであり、親として反省する私のことである。

また、私の中の子供も、それを望んでいる。


そして、そのような恐怖に向かい合うことは、ひとりではできない。

恐怖に震えている子供を感じたら、励まし、よりそい、抱きしめてほしい。

それが、恐怖に立ち向かう、力となる。

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依存と信頼 [ 子ども・不登校の1年間 ](92)
2006-02-21 Tue 16:48

人に対してね、

信じることと、依存することは、

まるっきり違うんだと、ふっと、思ったわけです。

これが、あやふやだったんだ,私。

ひとつ、賢くなったよ(爆)



*************************************

「かわいそうな私」じゃない。

私の悲しみも、辛さも、過去も、全部含めて、

未来の礎になる。

自分を哀れむんじゃない。

私は、喜びの中に生きていること忘れない。

*******************

生きたい、生きたい、生きたい、

あるがままで、生きたい。

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劣等感と優越感・あれこれ [子ども・不登校の1年間 ](91)
2006-02-19 Sun 16:47

劣等感と優越感について、いろいろ考えてみたい。

ここでいう、劣等感というのは、自分が人より無力だと感じること。

また、優越感というのは、自分が相手より、勝っていると感じることと

しておいて・・・と。

こうして並べると、劣等感も優越感も、相手ありきの話で、

自分の存在を肯定できない私は、人の評価に左右されることが、好き(?)

ですねえ。これって、決して良いことではないです。

優越感の裏側には、「自信の無い自分」が、必死で、人を踏みにじること
で、

優位に立てることで、満足してたりして・・・そんな、自分が嫌いです。

ほんとは、そんな事で、満足したいんじゃないよね。

裏返しの劣等感は、優越感の対極にあるものでして

今度は「踏みにじられる側」になるだけのことなんです。

立場が、サドかマゾかという感じで・・・でもやってることは、変態で。

あ~、どうして、変な例えしかできないかな~。私(TT)


本当、言ったら、誰が私の事を「悪い、間違ってる」と責めても、

例え、誰が「あなたは素晴らしい」と認めても、

結局、自分が自分を認めないと、劣等感と優越感の行ったり来たりの

変態的ハザマから抜けられないような気がしてきた。

誰かの評価じゃない、「自分がいい、わたしのままでいい」と

自分で感じたいのです。

ああ、そうか、ここまで書いて、少し、まとまったぞ!

優越感は、相手を踏みにじる許可を与えるもので、

劣等感は、自分を踏みにじることを良しとする行為かな~??(やっぱ、サド&マゾじゃん!)

そしたら、いつ落とされるか、びくびくしとかなきゃならない。

だって、じぶんよりすごい人なんて、世の中には、五万といるわけですから

優越感はつかの間の幻想であって、錯覚であって、優越感を持つためには、

常に自分よりみじめな人を探してまわらなければならない。

そんな、アホな話になってくる。


反対に、自分が、優越感を持つために利用されたりしたら・・・

ヤダよな~。うん、絶対やだ。

変に劣等感も、持たれて欲しくないし・・・。だよね。

やっぱ、劣等感と優越感は、無い方がいいと思うのだが・・・

う~ん、まとまらなかったか~。また考えてみよ。

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ACについて〔子ども・不登校の1年間〕(90)
2006-02-17 Fri 16:43

ふと、近況整理もかねて、ブログの意味を考えてみました。

このブログを作ったきっかけは、昨年6月から始まった

14歳の息子の不登校でした。

最初の数ヶ月、落ち込んだり、こもったり、夫婦ともに途方にくれ、

泣き暮らしたり(大げさ?)非常に辛かった時期がありました。

そこから、少し、上ったところで、ブログかき始めたわけです。


その中で、息子のこと、娘のことを通じて、親の・・というより、

人間としての自分のあり方が、非常に問われている事に、

ある方から気づかせてもらいました。時々、ブログの中で師匠~と

呼びかけたりして、困らせてしまいますが・・・。(笑;


これまで、自分がAC(病気じゃないんですが)だと自覚はあったのですが、

それは、日々の努力の中で、克服できると、まあ、軽く考えていたと思います。

すこし、うつ症状もあるかと思います。

でも、子供たちとの、葛藤を経て、どうしても、

自分自身の潜在意識にあるインナーチャイルドが、暴れて、

自分の意図しない方へ、意識を持っていかれたり、

感情をコントロールできない状態が、頻発して、困り果てた。

それで、いきついたのが、自分の問題=子育てへの影響 です。

当たり前といえば、当たり前なんですが。

今まで、表面的に、それなりに、一生懸命よかれと思って、子育てを

やってきたと思うのですが、

子供と親は、表面ではなくて、深い潜在意識でつながっているんですね。

この潜在意識は、いくら表面で取り繕っても、取り繕えないものなのです。

私と子供が、親子という縁で結ばれ、それぞれが、使命を持って生まれて

きたというならば、私が変わる必要があるのです。

それも、根底からです。

自分の問題を解決せずして、子育ては出来ない、ましてや

不登校のわが子を守れないことが理解できました。

今、瞑想を通じて、潜在意識への(多分、九識界でしょうか?)働きかけを

はじめていますが、

変わりたいとう切実な思いと、自分の子供には、このような

思いをさせたくないという気持ちでいっぱいです。

出来るならば、子供たちには、この世界を、ゆうゆうと、楽しんで、

「生まれてきてよかった」と言ってほしいと願っています。

それは、不登校の息子の「自分は生まれてよかったんだろうか」という

内的問いかけに、私自身が、全身全霊をもって、応えなければならないと

感じているからです。


人は、非常に霊的な存在だと思います。

「霊」という言葉を使うと、うさんくささがともなうのが、日本の風土ですが、

それは、占いや他力本願のようなものではなく、

自力本願で、自分で自分を決めて行くことが、本当の「霊的」なんだと思います。

本来、人間にはその力が備わっているのだと思います。

ある本によると、人に生まれるのは、ほんとうに奇跡のようなものといいます。

そして、それぞれが宿題をもって、この世に生を受けたと思っています。

この文章の最後のあたりにきて、「援助者」がそばにいることを感じます。

そして、微笑んでいます。


最近は、不登校と私の自分育てが、交錯したブログになってますが、

そういう理由からです。

また、こうして、書くことで、同じ感覚を持つ方々と、知り合え、

お互いに影響を与え、もらうことも、先に作った、「犬の糖尿病サイト」で

経験済みです。

これから、どのような方向性を持っていくのか、自分にもまるっきりわかりませんが、

とりあえず、右足を出し、次は左足を前に出し、

立ち止まることも多いかもしれませんが、

ぽちぽちと、「歩いていこう」と思います。

だから、きっかけをくれた息子、娘、

よき導き手となってくださる師匠、このような私の人生に、

今まで関わってくださった、まわりの方々、深く感謝してます。


ここが私の原点となりますように!

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怒りの矛先 [ 子ども・不登校の1年間 ](90)
2006-02-17 Fri 16:40

う~ん、怒りが、ブロックされる。

中途半端な瞑想じゃ、だめだ~。

母には、生半可な覚悟じゃ、勝てない。敵は手ごわいぞ。

母様、今から、あなたに、正当な怒りをお返しします。

また、明日挑戦。

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学校カウンセラーと [ 子ども・不登校の1年間 ](89)
2006-02-16 Thu 16:38

今日は、学校カウンセラーと約束があったので、中学校へ。

4月復帰のことを相談してみた。

本当なら、もう一年くらい、適応でのんびり過ごしたほうが

いいのですがとカウンセラー。

親もそう思ってる。

が、本人の希望が強いのなら、それにむけて

周到な準備をしていきましょうと、アドバイスされた。

担任の先生とのコンタクト、適応の先生との相談、養護の先生との

連携、病院の主治医との話し合い、などなど、もりだくさん。

そして、一番肝心な、本人への意思確認。

親の対応の仕方。まだまだ学ばなければならないことがあるようです。

行けなかった場合のことも考え、本人に負担が少ないように

まわりのバックアップ体制をしっかりしておくこと。

まずは、お母さんが、前向きで元気でいてください、ということ。

そだね・・・・それが一番の薬かな?

気負わずに、自然体でやっていこうと思う。

どっちに転んでも、覚悟はできてます。


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疲れを感じる感覚 [ 子ども・不登校の1年間 ] (88)
2006-02-15 Wed 16:36

息子を見て思うのだが、どうも、自分の体の感覚を

自分で感じるのが、下手だなと思う。

自分が疲れているのか、いないのか、

緊張しているのか、していないのか、

よく分からないように感じる時がある。


遊びすぎて、結局、朝起きられなかったり・・・

疲れているのに、休むことをしないで、動きまわる。

そして、頑張ったあげく、ぱったりと動けなくなる。

これ、人からコントロールや抑圧されることによって

出る症状ではないかと、危ぶんでいる。

私もこの傾向が強い。

自分の体の声を聞く・・・・自己コントロールが

今後の課題のような気がする。

それは、甘えじゃないと思う。

なぜ、そう感じるかというと、娘は、自分の感情や体調に

素直に反応するからだ。

もしかしたら、それが自然なのかな?

娘の方の課題は、感情をコントロールすること。

私もかなり苦手だけど・・・。

それぞれに、課題はあるようでして・・・

足して、2で割れば、丁度いいのに(笑)


息子の主治医に、そのことを尋ねたら、

体の状態を、言葉にして表現してやるってことを言っていた。

例えば、本人は元気なつもりのとき、でも、疲れているように見えたら

「疲れているように見えるよ」と言ってみるんです。

そうしたら、これが、疲れている感覚だと、理解していくのだそうです。

実践してますが、未だに「疲れてないって!」と反応されてます。

時間がかかりそうだなあ。

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あなたが大切 [ 子ども・不登校の1年間 ] (87)
2006-02-13 Mon 16:34

昨日の新聞に、携帯メールで小説を書いたものが、大賞を取ったという話題。

現役男子高校生らしいのですが、「いじめ」より「いじり」の方が100倍きついと。

そんな話から、息子に色々、学校生活を聞いてみた。

数日前から、学校のことをポツリポツリと話していたので、夜の静かな時間に、きいてみた。

基本的には、話したくなさそう。

でも、聞くと、学校生活は決して、楽じゃないんだなあ、

この子なりに、一生懸命折り合いをつけようとしていたんだと感じた。

でもね、自分も被害を受けると分かっていて、人の事まで心配して・・・

いじめる方じゃなくて、良かったとは思う。

しかし、そのために、自分の心をつぶしては・・・

今は、自分を大事に、自分を守ることを考えようと提案すると

「そんなことしていいの?」みたいに、きょとんとする。

自分を守れずに、人を守れるわけがないじゃん!

人の事はいいから、まずは、自分を大事にしていこうよ。

 まあ、それは、うつになった、直接の原因ではないけれど、

いろんな事が重なって、つぶれてしまったように見える。

極端な言い方だが、「他所の子は、お母さんの子じゃないから、

こちらが心配することじゃない。

おかあさんにとって、大事なのは、カイだもの」

そう、あの言葉・・・

平和が大事、命が大事と学校や家庭で何百回言われても、

いじめはなくならない。不幸な出来事も増えるばかり。


「あなたが大切」


一番、言って欲しい魔法の言葉・・・。

強さは、自分を信じることから。

カイは、やさしい。それは、弱さでもある。

本当の強さって、自分の弱さを認めたうえで、また、自分の後ろに自分を

支えてくれている人がいると信じられることで、少しずつ、

強くなっていくのじゃないかな。

試行錯誤は続くよ。

このまま、この子を学校へ行かせさえすればいいなんて、

私にはどうしても思えない。

甘やかせているとも思えない。

かと言って、過保護とも思えない。

いろいろな気持ちを整理つけていく、時期だと思うし、

その手伝いを、できたらいいと思う。

時々、学校の夢をみるのだそうです。

汗をびっしょりかいて、嫌な気持ちで目が覚めるのだと言います。




  :::::::::::::::::::::::

先週の金曜日、カイのたっての希望で、お試しで、塾に行きました。

娘がお世話になっている塾なので、先生にも事情を話してあったので、

まず、個人レッスンからがいいでしょうということで初体験。

数学が、楽しくて、あっというまに時間が終わったと言ってました。

週1から、少人数制で英語・数学を始めることにしました。

一般のクラスに入るのは、もっと先だと思ってます。

    ::::::::::::::::::::::


また、次の土曜日、カイは、適応のお友達「Nクン」と、

父とで、キャナルへ行った。

目的は、トイ○らすで、任天○DSのWiFiのダウンロード。

夫の証言では、二人で、ずっと、店を歩き、楽しそうだったと。

いい時間が過ごせたようです。
      

日々、徒然・・・とりとめもなく、書いてしまいました。
   

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薬が減った &娘合格 [ 子ども・不登校の1年間 ] (86)
2006-02-07 Tue 16:31

昨日は、カイの病院の日でした。

雪のために、高速が渋滞して、帰りは、一時間のところを

2時間かかって帰りついた。

その後、カイは適応へ、数時間。

夜が、よく眠れるようになったので、ついに、コントミンが、無くなりました。

これで、あとは、アナフラとリスパダールだけ。

知能検査の結果も出ていた。

視覚や、映像で、理解する能力は高いが、言語能力が低い。

対処としては、言葉を使うとき、本人に分かりやすく噛み砕いて伝える。

それと、できれば、やってみせて、言葉でも説明する。

要するに、直感は、発達しているけれど、理論的に物を考えるのが苦手というやつ。

なので、その場の雰囲気とか敏感に感じるが、それに対して、

自分が対処したり、言葉を発したりする力が、劣ってるってことらしいです。

これから、思考を言語化する手伝いを、意識的にやっていこうと思う。




車の中で、カイと夫のことを話しました。

彼にとって、今は、父は、嫌でしょうがない存在になっている。

私には、以前と比べて、十分物分りがよくなってきている父と思えるのだが。

「感謝もしてる、だけど、性格が合わないんだと思う」と言うのだが・・・

確かに私も思春期の頃は、父親が嫌いだった。

でも、大人になって、今は、前ほどでキライではないし、

それなりに、愛情があったんだと分かるし、

生きかたが、違うんだと思える部分も出てきた。

まあ、思春期なので、親がうっとおしいと感じる時期でもあるのだが。

でも・・・キライは、好きの感情の裏返しだと思う。

息子は、心の奥底で、父親を求めているけれど、

父親がそれを上手くキャッチ出来ていないように感じるのだと思う。

お父さんは、充分に、カイのことを心配しているのだけど、

一事が万事

“お腹が痛いという子に、「大変だ!」と言って、慌ててリバテープを貼る”
そんな人に見える。

私も昔はそうだった。今だってそうかもしれない。

一番の問題は、夫自身が、それを自覚していないところにあるような気がする。

私が、注意したら、「よく、人のことをそこまで言えるな」と

逆切れしてくるので、(言い方も悪いのだと思うけど)

だんだん、言った方がいいのか、放っておいたほうがいいのか、悩んでいる。

私なら・・・分かりたいから、人に聞いたり調べたり、すると思うが・・・

助けて欲しいから、つながりをつけていきたいと思う。

夫は、そういうことは、嫌というか、考え付かないらしい。

反対に、どうして、自分と息子の事なのに、人に聞かなければならないのか

そこが、分からないと言う。

で、自分で考えたことをやっていけるか?と問うと

「いや、おれ自分のことを考え始めると、思考が止まるんだよな」

おい!

いや、多少はあるでしょう。人間ですから。

だから、人の意見を聞くってことが、大事なんじゃないか???

やれやれ、何のために、夫は、カウンセリングへ行ってるのか・・・・

もしかしたら、私が喜ぶからカウンセリングへ行ってくれているのか?

本人は否定すると思うが・・・私に気に入られるために、息子を心配しているのか?

どこかにそれがあるんじゃないか?

もし、そうなら、夫も立派なAC共依存者です。

う~~~。最悪。

最後は、愚痴でおわってしまった。。。

この問題、しばらく、観察してみようと思う。

もしかして、夫にとって、カイが不登校になって、私が家に居ることが

多くなってきたことは、ある意味、嬉しい事なのか?と

そこまで、思う自分が情けない。

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娘が、私立2校、合格していた。ほっ。

心配だったよ~。落ちることについては、不安は無いのですが、

もし、落ちたら、そのショックを、娘がどう受けるかと思うと

そちらの方が、心配でした。

どんなふうに、気持ちをフォローしようか・・・とか。。。

とにかく、昨日と今日が発表で、これで、半分安心しましたが、私立の

入学金や、費用の資料を眺めていると、半端じゃない金額が、目に入り、

頭の中の通帳が、破産申告しそうになりました。


息子、今日は朝から、適応教室へ。

夕方は、例の友達と、我が家で、ゲームやってました。

見ていると、面白い、コンビです。

明日は、打ち合わせして、朝9時に適応へ行くのだそうです。

何するかというと・・・授業が始まる10時までの一時間を使って

ニンテンドーGBのポケモンの、キャラクター、アイテムの

コード変換して、通信で遊ぶのだそうです。

「我ながら、恥ずかしい」と、カイは、言ってました。

中2で、ポケモンゲームやってる自分が、恥ずかしいのだそう。

まんざらでもなさそうだけど・・・。

恥ずかしいという気持ちは、理想の自分とのギャップから生まれるのでしょう。

そんな、理想の自分なんか、捨てちゃえばいいのにね。

堂々とやりなさい!って。

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同じ立場で [ 子ども・不登校の1年間 ] (85)
2006-02-04 Sat 16:30

今朝、起きると、雪がうっすらと積もっていました。

寒い~~。

カイは、夕方6時くらいに帰ってきました。

楽しい時間を過ごせたみたいで、上機嫌。

カイのお泊り先のお母さんと、初めて電話でお話できました。

とっても、いい感じで、話せたので、よかった。

その話の中で、一度お会いしたいですねと、話がなりました。

もう、願ったり、かなったりです。

そこで、もっと発展させて、

適応教室に来ている、子どもたちのお母さん同士、交流会みたいな

ものができないだろうか・・・と試案してます。

適応の先生に来週、相談してみようかなと思います。

同じ立場で話せる仲間が欲しいのです。


できたらいいなあ。
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お泊り [ 子ども・不登校の1年間 ] (84)
2006-02-04 Sat 16:28
息子が、昨日から、適応教室で知り合った、お友達の所でお泊りしてます。

最初は、家で・・・という話だったようですが、

一応、受験生がいるので、春休みになったらと伝えていたんですが。

むこうの方が、じゃあ、うちに来て!ということになって、お泊り。

ゲームやら、遊びものは、しっかり、自分でリュックにつめていましたが・・

靴下・薬・その他生活用品諸々・・・忘れそうになって。

おいおい;

思えば、昔は、カイの友達を呼んで、お泊りする事も多かったな~と。

カイの友達関係の助けになればと思い、多分、よその家庭よりも多かったと思う。

子どもたち引き連れて、映画、遊びに連れて行ったこともある。


が・・・私の中で、いくらそんな事をしても、子どもにとっては

ただの利用価値がある、ラッキーにしか過ぎなかったのではないかと

密やかに、怒りをためている私がいる。

カイが不登校になって、連絡をしてくる子なんて、皆無だった。

誰も、彼の支えにならなかったじゃないか・・・

そんな風に、見返りを求めて、周りに腹を立てている私自身にも嫌気がさす。

だから、お泊りというと、つい、構えてしまう。

カイが楽しければ、いいじゃないかと割り切れてない自分が嫌です。

しかし・・・今まで、うちでお泊りすることはあったけれど、

うちに泊まって!と言ってくれる友達は、居なかった。

他所の家庭を見る、いい機会ですよね。

相手の子は、ひとつ年下ですが、とても甘えんぼで、かわいいとカイは言っていた。

相手の子も、カイの後ろをいつも付いてまわるほど、頼りにしてくれている。

頼られることが心地よく、カイには思えているようです。

ずっと、友達で居られたらいいな。とも思う。

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節分。お母さんが変わったから [ 子ども・不登校の1年間 ](84)
2006-02-03 Fri 16:26

久々の、すっきりした青空が広がっています。布団干した!洗濯、現在進行形。
そして、今日は、節分。豆まきします。

娘、○○高校の受験。息子、適応教室。これまた、ゆったり出来る時間。

息子の中学復帰に向けて、何が出来るだろうと、考える。

プレッシャーを与えたらブブー!!ですね。

親が出来ることは、本人の意思に添って、動くことだろうか。

甲子園OAさんも、新学期は、チャンスと言ってくれていましたし・・・。

私が臆病になっていたのかもしれません。

もし、4月に行けなくなり、本人が、辛くなったら、さっさと見切りつける自信はある。。。と思う。
その、ラインをどこに持っていくか?二度も同じ失敗は繰り返さない。

塾を週一回から、始めたい―と息子。

かなり、適応にも、慣れてきたし、活動的になってきたので、

ここで抑えた方がいいのか、押したほうがいいのか・・・?う~~ん。

調子がよくなったと思ったら、ど~~んと落ちるのが、「うつ」。

やってみないと分からないか・・・。それで、学校復帰の目安にもなるかもしれない。

勉強というより、人と接する機会を少しずつ増やしていってほしい。

ゲーム、プログラム、友達と興味は広がっているような、最近の様子。

ふ~む・・・

そういえば、先日、車の中での話。

「前は、学校も家も大嫌いだったのにね、こんなに、お家大好き少年になっちゃって」

とからかったら、

「そうやね~。お家が好きになったのは、お母さんが変わったからだよ。
 でも、まだキライなところあるけどさ」

誉めているのか、いないのか~。

いつの間にか、小さかった頃のように、おしゃべり大好きになった(戻ったが正解?)よね。

昔は、ほんとにおしゃべりだったものね。いつの間にか、孤独を抱えて

自分にこもるようになってしまったのは、本当に子どもに甘えていた親の責任でした。
ごめんよ。


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先生からのお手紙 [ 子ども・不登校の1年間 ] (83)
2006-02-03 Fri 16:25

今朝、担任の先生から、FAXが届きました。

お天気のことなど、学校とは関係のない話を綴ってあり、

カイも、何も言わずに目を通して、何も言わずにテーブルに置きました。

(先生、ありがとう~~)と心でつぶやいているところに

「あんたが、昨日、先生に言ったから、かね」と夫。

その言葉、カイの前で、不用意に言った夫に、ムカッ!!

私が、根回しして、先生にお願いしたことを、何も、バラすことはないだろう!

夕方、先生に電話で、

「見てましたよ」と、報告すると、先生もほっとした様子。

今日は、また書類を学校へ持っていくついでに、

学校カウンセラーの先生にバッタリ出会って、そのまま立ち話。

2週間後、予約入れてきました。

なんか、地に足ついてない、トンチンカンな受け答えをして

不審がられたと思う。。。子どもより、母親が、危ないと思われたよな・・・

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娘の受験その後 [ 子ども・不登校の1年間 ] (82)
2006-02-01 Wed 16:21

娘の受験初体験は、

くたびれ果てて帰ってきました。

緊張したんだね~。

朝、受験校に行く途中、友達と二人だったのだけど

まず、電車の乗り場を聞き、道を途中でたずね、

教室へ行く、エレベーターの場所を聞き、(教室は7階)

前もって、見学に行ったのは、少しも役に立たなかったみたい。

友達と、パニックしたんだろうなあ。笑

それほど、いまどきの受験って、プレッシャーかかる事なのだろう。

帰ってきたら、きたで、「落ちたらどうしよう」と不安げ。

「大丈夫、大丈夫」

はぐはぐして、一緒にゲームして。

今日は、気持ちの切り替えが、できたようです。

子どもの性格にもよるけれど、娘、やたら心配性です。

この時期、せめて、おうちでゆっくりさせて、やることが

家族が彼女にしてやれること。

まだまだ、試験は続くよ、3月まで~。ふう=3


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