author : rinrin
インナーチャイルドの癒し2
2006-05-30 Tue 15:52
【怒りについて】

どうして、怒ったのか
子供との会話の中で、急激に怒りが湧いてきた。なぜ、怒ったのだろう。
自分の意図することと反対だったから?
それとも、意図の中に隠された、コントロールを指摘されてのか?

最初は、前者だと思っていたが、冷静になって考えると、無意識の中に、
コントロールが潜んでいたような気がしてきた。

分かったつもり、理解しているつもりでも、どこかに、うそ臭さを自分でも感じる。
たかが、軽口の中に、私のうそ臭さを、子供は感じていたのかもしれない。
反省するべきは、私だったかもしれない。が
どうして、怒り、或いは、琴線にふれたのか。。。

親との関係の中、或いは、友人関係の中で、
そのようなことがあったのかもしれない。

自分は、こうしたい、が、回りくどく、諭され、いかにも全うな意見に
屈した自分が、いたのかもしれない。
悔しかったのかもしれない。

私は、まちがってもいいから、自分のことを、自分で処理したいと奥底で、願って
いたにも関わらず、(子供っぽい感情だけど)
自分を捻じ曲げて、相手に添わなければならない、逃げ道なくして、そのように
追い込まれていった感じを持っていたのかもしれない。

だから、自分が同じ事を、子供にしたとき、子供から反論が帰ってきたのが、
腹がたったのだと思う。
「私は、がまんしたんだ。おまえたちは、どうして、それができない」
そんな、嫉妬で、許せなくなったのではないか?

そんな気がする。

私も、自分の境界線を、自分で守りたかったのに、
それが出来なかったんだ。

悔しかったんだ。
私の自由、私の心を押さえつけて、捻じ曲げないでくれ。
そう、言いたかったんだ。
あのとき、、、そう、あの人と。

もっともらしく、「あなたのため」なんて、言わないでくれ。
私は、あなたじゃ無いんだ。
脅さないでくれ。
「こうしないと、こうなるよ」と。
そんなこと、私にやらせてから、言ってくれ。
もう、あなたの言葉は聞きたくない。

私を私のままでいさせてくれ。

あなたなんか、大嫌いだ。
私をくさりで縛って、「がんばれ」なんて、言わないでくれ。
どう頑張れば、あなたは、満足してくれるというのだ。

私は、あなたの責任感が、嫌いだ。
もう、自由にしてくれ。

離れてくれ。
頼むから。

そんな、気持ちが湧いてきた。。。。
これは、私の気持ち、怒りだ。



子供の反応は、すごく、正常な反応だった。





【自分のなまえについて】

自分の名前が、小さい頃から、嫌いだった。
男の子みたいだったから。実際に、同じ名前の男の子、近所にいたんだよ。

でも、それだけじゃない、何か・・・しっくりこないんだ。
どうしてかと少しだけ考えてみた。

たぶん、名前を、物の名前と同じくらいにしか、呼ばれたことがなかった気がする。
私を、一人の人として、呼んでくれた人なんていたかな?
愛情を込めて、呼ばれたこと無かった気がする。

呼ばれるときは、何か用があるとき、怒られるとき、そのくらいじゃなかったかなあ。
親が特にそうだった。

犬のしつけもそうだけれど、名前を呼ばれて、怒られると、飼い主のところに来なくなるんだよね。
犬と人間を比べちゃいけないけど、犬だって、誉めてもらいたいんだ。
人間もそうだよね。

でも、最近、少数の方々に、本当の名前で呼ばれる機会があって、なんだか、うれしいこの頃です。

本名で呼ばれるって、自己肯定感の無い私には、くすぐったいのですが、
ほんのりと、幸福感が、湧いてきます。

そして、自分の名前も、これでいいんじゃないかと思えてくるから実に不思議です。
なので、苗字ではなく、名前で呼ばれることは、本質を呼び覚ます
なんらかの作用があるのかもしれないと思うこの頃です。




隠れた優越感か・・・
あるサイトで、こんな言葉に触れた。

毒があるようで、それでいて、納得する。

誰かのお世話をすることで、優越感に浸る、
誰かに、きびしく接することで、自己満足。
誰かに、アドバイスして、優越感。
誰かを、右往左往させて、優越感。

う~ん、この見極めって、とってもむずかしい。
境界線が、あいまいだと、高度な技に感じる。
紙一重だもの。

わたしには、まだまだ だなぁ・・・





【自分を傷つける人に近づく】 今日の、発見。

現在、夫婦関係の見直し作業をやっているが、

もしかして・・・私は、
私自身を傷つける人に、自分から近づいていっていないだろうか。

これって、他の人もそうなんだろうか?

たまたま、私だけが思うことだろうか?

これ、大事なことかもしれない。

夫は、直接傷つける人ではないが、

精神的に真綿で首を絞められるような

そんな感じがする。



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不登校を始めた頃を思い出す [ 子ども ] (137)
2006-05-29 Mon 14:45


カイが、不登校を始めた頃、

何が一番辛かったかというと

私自身を全部否定されたような気がして、辛かった気がする。

疲れ果てている子供に、

「わたしの育て方、だめなの?え、だめなんかじゃないよね。そうでしょ?」

「あなたが、しっかりしてくれないと、お母さん、ダメになっちゃうでしょ」

そう、言い募るように、カイのそばに居た気がする。






苦笑・・・・





おそらく、始まったばかりであろう、親子の格闘に、

ブログで触れると・・・

あの時の、自分の身勝手さと対面してしまう。


そして、せつなくもなる。


宇宙に一人で、取り残されたような

おかあさんのズタズタになった気持ちが、痛い。

辛さ、悲しさが、苦しさが、からまり

私の、あの時の気持ちと、

重なるように、螺旋を描いていく。

だから、せつない。



こっそりと、辛さを共有し、応援している。

いつか、青空が、見えますように。

いや、きっと、見えると信じて欲しい。

苦しいと感じることは、

よくなろうとする心のうずき。

上昇の螺旋。


祈りとともに。。。気持ちを重ねている。

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不登校を考える [ 子ども ](136)
2006-05-28 Sun 14:42

昨日、あるフリースクールの主催で行われた

不登校の座談会なるものに参加してみました。

単に”親の会”とは、異なり、不登校を経て、

現在、社会に出て、活躍されている方々のお話や

その、お母様方のお話も聞くことができ、

とても、すばらしい座談会でした。


いろいろな人生、色々な選択があって、いいじゃないか。

そう、思える。

そして、不登校に対する、色々な親の考えかたは、

そのまま、家には、あてはめられないけれど

克服体験をされた、親御さんたちに共通の意識が、

あることに気づいた。


親として、揺るがない、一本の柱を持つということが、

大事だなと感じた。

揺れない、ぶれない。こちらが、ぶれたら、子供も、ぶれる。

かといって、子供に、価値観を押し付けるではなく、

一本の柱を持ちつつ、子供に柔軟に寄り添う親、

そして、「ここぞ!」のときに、

背中を押してやれる親。

特に、子供に対して、自分の意見を

ずばずばと言う方のお話を聞いていて、

「自分は、親として、言うべき事は言う。

しかし、それを子供がやるか、やらないかは、

子供に任せている」

との言葉に、

ほんと、すばらしい!

これは、私も含めて、多くの親がはまるところ。

「あなたの好きにして」といいながら、

決して好きにさせない、二重メッセージが、あることが多いし、

子供に任せられない親もいる。
(共依存↑)

コントロール、操作してしまうことが多い中、

克服されたそのお母さんの言葉は、まっすぐで、

気持ちがいい。

その娘さんも、隣で笑っていたから、そのお母さんの

お話は、ほんとに真実なんだろう。




すばらしい!



そして、紆余曲折を経て、現在、単位制高校へ通う、

かわいらしい(失礼!)男子高校生にも、お話を聞けるチャンスに恵まれた。
  (ほんとに可愛かったの↑)

中3の子供を持つ私は、興味深々。

なぜなら、そこの高校は、息子が、熱望して、やまない

あこがれの高校だったからだ。

ああ、息子を連れてくればよかった~~~~。


その少年が、語ってくれた。

つまらない授業のときは、心の中で

「学校がおわったら、好きなゲームができる。ゲームをやろう」と

呪文のように、唱え、楽しい気分に、

自分を持っていくのだそうです。

これは、


アファメーションだ。



「これから毎日、あらゆることが、一層、よくなる、必ずよくなる」

これは、ある方から、教わり、毎日何十回も心で、または、口に出して

唱えている、アファメーションだ。

そして、最近は、息子にも、すすめている。




これと、同じ原理。

気持ちを、明るいほうへ持っていく。

やがて、それが、本当に、自分のものになる。


で、その高校生は、

それを続けているうちに、

不思議と、授業が楽しくなってきたと。


まさか、こんなところで、

アファメーションが出てくるとは・・・あなどれない!



そして、同じ中3の男の子を持つ、お母様と、

会が終わってからも、出口付近で立ち話に参加。


この、中3の子供さんと、うちの息子と

ほとんど、症状が、かぶり、

同志を得た気分でした。

あとで、「ああ、電話番号、聞いとけばよかった~~~」と

後悔しきり。


今、息子は、適応教室と塾の個別に行っているが、それでも

時折、襲ってくる、漠然とした、不安に悩まされる。

レールからはずれた不安。

将来への不安。


大丈夫。


寝る前に、フリースクールで、聞いたことを

息子に話してやる。


安心したようで。。。

特に、その高校生のお兄ちゃんのお話は

サクセスストーリーに感じるほど、うらやましがった。


目の前のことを、少しずつ、やっていけばいいんだよ。




色々なお話を聞かせてもらい、自分なりに感じたことは、

思いの方向の修正は、大事なことだと思った。

それまでの、不登校で、息子には

「自分は、だめだ」という思い込みがある。

この、自己像を、変えていく作業が、回復なのではないだろうか。


まずは、イメージを描く。

簡単ではない。

徹底的に、「自分は最低」が、染み付いている。

この間違った、認知を、作り直すことが、

まわりの励ましであったり、

あたたかい、愛情であったり、

するのだろう。


その認知のゆがみは、

外側からだけではなく

内側からも、同時に行われた方が、よりいい。


それが、

アファメーション。

内と外からの両面作戦。


そう思った。

とても、有意義な会でした。



それにしても。。。うちの夫。。。

日頃から語る、饒舌なポリシーは、一体どこへ?

借りてきた猫のように、おとなしかった。

ただの、運転手かい!

がっかりした。


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怒り・憎しみについて [ AC ](135)
2006-05-28 Sun 14:38

少し、頭整理するために、書いていこうと思います。

過去の振り返り作業の中で、

もしかしたら、怒りの処理というのが

一番困難では、ないかと思ったりします。


「怒り」にも色々あって、

全てが悪いわけではないと、認識しています。

正当な怒りは、自分を守る役目もしますし、

弱者の怒りが、今日の行政を動かし、社会を動かすこともあるので

それも、決して悪いわけではない。

私がいわんとする、「怒り」は、

「憎しみ」に変るものを指しています。

で、憎しみについて、いろいろ調べてみました。


とある、HPで、憎しみについて、こう書かれていた。

自分のなかに、憎しみが増殖すると、
ついには自分自身をも攻撃してくる。
憎しみを溜め込むと、次第に、自分の魂、心が
損なわれてくる。

という趣旨の文が、目にとまる。


わたしの中には、仏となる部分も確かにあるのだけれど、

この、心の底に沈殿し、腐敗した怒りの残骸も、同時に存在する。

この怒りは、おそらく、今まで、自覚なしに、

溜め込んできたものである。


「怒ってはいけない」

これは、小さい頃、刷り込まれたフレーズ。

「機嫌よくしていなければ」

これは、脅迫概念。


そうやって、何十年も、ためにためたものたち。


そして、全く違う場所で、違う時に、

理由も無く怒りが噴出するのは、避けられない。

それは、いつ、どのように、出現するのか

本人さえも分からないでいる。
(今は、かなり、その出所をつかめてはいるが)

この言葉の通り、それら、憎しみは、私を蝕んでいく。

自己否定

自己世界滅亡







こうして、憎しみの鎖、憎しみの環が果てしなく続く。


その後、つらつらと考えたことですが、

書いてみます。


「怒り」について、まあ、色々、調べてみたのですが、

以前、水の結晶の本を読んだことあるのを思い出した。


知っている方も多く、おられると思いますが、

日本全国の水の結晶を調べて、写真入で紹介されている

「水からの伝言」という本です。


その中で、興味深い、水の実験があります。

一つの水には、毎日、「優しい言葉」をかけ

もう一つには、「毒々しい、ひどい言葉」をかけ、

その後の、水の結晶の状態を調べて比べた実験があります。


前者の水は、きれいなダイヤモンドのような

美しい形をしているんですね。

そして、「きたない言葉」をかけられた水は、

形状が崩れていて、見るも無残になっていました。

これは、音楽も同じだそうで、

モーツァルトや、バッハの音楽 VSハードロックでも、

同じようなことになるって、ありました。


水でさえ、人の言葉、音楽の持つ想念の力を

区別できるようです。

ましてや、人間は、

親から絶えず、汚い言葉でののしられていたら、

どうなるか、くらい簡単に想像つきます。

だって、人間の体の70%は、水で出来ているんです~。


まあ、そこから考えますと、

怒りは、自分を内側から壊し、

外側も破壊する力を持っている気がします。


しかしですね、それが分かったところで、

「では、今日から、怒りを捨てよう」なんて、

凡人の私には、簡単には出来ないんですよ。


先日も書いたように、

怒りは、決して、悪い面だけでは、無いと思っています。

問題は、怒りが、憎しみに変ることが、問題なのだと。


ふと、思ったのですが、

怒りは、数時間、あるいは、数日で、消えてしまうことが

多い気がしています。

しかし、憎しみというのは、時間的に、長い。

積年の恨みという言葉に表せるように、

積もっていく。


この憎しみが、精神的、身体的に、

影響を及ぼさないはずは、ないと思うのです。

内側から、汚い言葉、悪い想念で、

汚染されていくようなものですから。



で、憎しみは、どうやったら、消えるのか。。。

ここが、一番の問題でして。。。(汗;


で、普段はお休みしている頭脳を

総動員して、考えてみたのですが、

この憎しみというやつは、

一種の「執着」ではないかと、思ったのです。


要するに、相手にも、自分の苦しみをわかって欲しいと。


大体のところ、自分が関心を持たない人に、

自分を分かって欲しいなんて、切望しませんし、

相手に何らかの情緒的な関心があるからこそ、

分かって欲しいと思うのだと思います。


親に怒り、あるいは、憎しみがあるとすれば、

そこには、執着があってこその、

恨みつらみになるのではないだろうかと。


この執着というのは、

相手に、認めて欲しい、愛して欲しい、

そして、あなたも改心して欲しいという欲求が

含まれていると思うのです。


ということは、これは、やっぱり

共依存ですか~???


と、こんなところに、落ちてしまいました。


まるで、メビウスの輪みたいです。

一体、どこで、切ればいいんでしょうか。


この考え方は、間違っているかもしれません。

何か、まだ、見落としていることも

あるのかもしれません。

未完成ですので、あしからず。(笑)


また、中途半端で、終わった  やれやれ。

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適応指導教室へ行くことを選択する [ 子ども ・不登校の1年間](134)
2006-05-24 Wed 14:37

私の、どろどろした、問題とは別に

カイも、ここのところ、ぐるぐるしていた。

親子で、どろどろ、ぐるぐるしてたわけですが、

やっとこさ、カイは、決めたようです。


自分には、中学は合わないこと。


この一点を導き出すのに、どれだけ、彼が悩んでいたか、知ってます。

しかし、私は、手を貸さなかった。


今朝、どんよりとしているカイと話をしながら、???があった。

あれ、いつの間にか、彼の中で

「お母さんが、学校へ行けと言うし・・・」になってます。

「お母さんが、あなたに、学校へ行けとは、一言も言ってないよ」

「え、そう?・・・・あ、言ってないなあ」


おいおい(汗;  いつの間にか、摩り替わっていますが。

私は、一点の曇りも無く、言った覚えもないし、暗に示唆したこともない。


「あんたが、この一ヶ月、一生懸命、学校へ行こうとしてたことは、

よく、頑張ったなあ~と思うよ。あんたの気持ちに沿って、応援はしたけど、

行って欲しいなんて、これぽちも、思ってないけどね」


この言葉を聞いて、初めて、カイに笑みがこぼれた。

「そっか。そうだった。頑張ったって、そう言ってもらえると、

何だか嬉しいなぁ♪」


そんな会話の後、彼は、中学校へ戻る?ことを、

自ら断念した。


そして、適応教室へ、行くことを自分で選んだ。


私は、この過程を彼に経験して欲しかったんだ。

この一ヶ月、ずっと、待っていた。

はあ~。答え出すの、遅い・・・。

さて、これから、どんな道を模索してくれるでしょうか。


レールに乗らない生き方は、また、困難も多い。

今の彼は、それを実感できないだろう。

けれど、道は、一つではない。


そのためには、自分で決断することが、第一歩だと思っていた。

よかった・・・


その事を伝えに、夕方、学校の担任と話をすることにした。



さて、私も、乗り越えなければならない事がある。

葛藤はもう、ありません。

腹も決まった。

インナーチャイルドと、正面きって、向かい合おう。

今、一番手ごわい相手です。

でも、もう逃げない。

師匠、がんばりま~す^^;





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霊の話 [子ども・不登校の1年間 ](133)
2006-05-13 Sat 14:32

ソラの友達で、「見える子」がいます。

そう、 あ れ  が、見えるんですね。

で、その子と一緒にいると、学校の天井に

「おばあさん」や「カラス」さんを発見してくれるそうです。

私は、楽しそう~と思うのですが、

本当は、あまりいい事では、ないらしいんです。


見えるってことは、あちらの世界と回線が同調しているらしいのです。

ってことは、本人に力がなかったら、悪い影響もあるってことですねえ。


私も、中学時代から、30代くらいまで、

金縛りに、長年なやまされた。

今では、金縛りは、科学的に解明されて、

眠りの浅いときに、ストレスによって、なるのではないかと言われてます。


が。。。そうなのかな~???

私の場合、金縛りのとき、耳元で、音が聞こえるのですね。

人の話し声。

布団のまわりを足音が、移動。(これは、めちゃ怖い)

目を開けると、白い塊が自分の上にのっていたり・・・。


あまりに酷いので、親が気味悪がって、

神社におはらいに連れていかれ、魔よけのお札まで、もらった記憶がある。

効果なしでしたが。。。

なので、その頃の癖で、怖くて、今でも、上を向いて眠れません。


その他にも、一定の場所にくると、鳥肌たったり、(特に神社・稲荷関係)

後に、私の見える友人が、「あそこはね~」と述懐した日にゃ、

「それか~!」と納得したり。

もしかして、敏感だったのかな~と思うところもあります。



しかし、なぜか、ここ、10年くらい、無くなりました。

たぶん、気持ちの方向性が、変ったからだろうと思っています。

が、時々、ほんのたまにですが、自分の中に、重なって見える人がいます。

「守護霊さん???」かな?とか、思っていたんだけど、

最近、これがどうも、違うような気がしてきた。

守護霊さんだったら、もっと、軽やかな感じがするんじゃないかなあと。


だって、この人(?)なんだかね、重たいんです。

自分の想念の重たいものが、形をとってそのようにみえるのかもしれません。

早めに、浄化なさって欲しいのですが・・・・

できるだけ、気持ちを明るい方へむけて、同調しないように、

念のため、ためしに、

「私は、あなたを助ける力は、ございませんので、他をあたってください」と

話しかけております。(爆)

さて、効果はあるのでしょうか?


与太話でしたが、信じるも、信じないも、ご自由に(笑)どうぞ
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あなたはあなたのままでいい [ 子ども ・不登校の1年間](132)
2006-05-11 Thu 14:31

とある、新聞記事より抜粋。



「一体、何があったんだ・・・」と夫。

小学6年の娘が、こんにゃくとウーロン茶しか取らなくなった。
3ヶ月で体重は、13キロ減。
しかし、保育士のM(おかあさん)さんには、わかっていた。
4年生のとき、学級崩壊により、担任が4回も変った。
その後、現在まで続く、学級崩壊。
娘のあどけない心が深く傷ついていたことを。

だからこそ、Mさんは、「少しでも食べたほうがいいよ」という言葉を
あえて、口にせず、毎晩入浴を共にして、対話。
心を暖めることに、徹した。
愛情が一番の手当てになることを知っていた。

やがて、拒食症は影を潜め、
小学校卒業を機にぴたりと治まった。

しかし、中学1年の2学期に
ある日突然、
下痢、腹痛、吐き気を訴えた。
それから不登校が始まった。

「どうして?」
それは、Mさんにとって、想定外だった。
勤める保育所では
「子どもの個性を受け入れてあげることが大切」と
日ごろから、保護者にアドバイスしていたMさん。
今までの、自信が、崩壊した。
「自分は、間違っていたのか?」

そして、今度は、自分が相談室のドアを叩くことになった。
「相談室へこられる保護者の方の心痛が
どれほどのものか、切実に教えられました」
そう、述懐される。

結果として。55日で終止符をうった。
それを長いととるか、短いととるか。
大切なことは、物理的時間の長短ではなく
乗り越えること。
そのためにはどうしたらいいのだろう。Mさんは必死で考えた。

「まず、母親の私が、変るしかない」
一時はひきこもり状態だった娘さんと、姉と一緒に
毎晩散歩に出かけた。
だれもいない、夜の公園で
家族の長所探しや、皆の初恋の話、将来の夢を語り合った。

「あなたは、あなたのままでいい!」
愛娘のありのままを認める親の愛で娘さんの心は満たされた。

やがて、この娘さんは、自分の生きる道を模索するようになった。
小学校からレッスンを欠かさなかった、ベース演奏に
人生をかけ始めた。
東京の音楽大学で学んだ。
現在、新進気鋭のベーシストとして、活躍中。

      ****************


出来すぎた、不登校サクセスストーリーに聞こえるかもしれません。

でも、私には、このおかあさんが、

影で、泣きながら、どれほどの努力をされたか

分かる気がします。


私も、正直言うと、今でも、ちっとも、勉強しない息子に、

言いたいことは、山ほどありますよ。そりゃあ、もう。

「将来、どうするの」

「自分でできるようにならなきゃ」

「学校は、遅刻しないで」

「ほら、起きなさい」

「もっと、勉強しなさいよ」

「早く、~しなさい」

「おかあさんは、もう、知らないよ」等々・・・・

押し殺している言葉は、た~~くさん。(笑)


でも、ほら、よく見て。

これは、息子を心配しているんじゃなくて、

私が不安だから、出そうになる言葉たちです。

それに、もう、充分、初期の頃、言い過ぎてきました。

しかし、言ったところで、変らなかった。

変らなかったばかりか、これらの行動や言葉は、息子の自尊心を

奪い取り、息子を苦しめた。

だから、息子は、いつまでたっても、心のエネルギーが溜まらなかった。

そうでしょう。。。

私が、奪っていたのだから。



そのことに、遅まきながら、気づいたとき、「もう、やめよう」と。

こちらも、もう、疲れ果てていたという事もありましたが。



それでも、少し元気になると、

「もっとやれるんじゃないか。このまま、大丈夫なんじゃないか」と

懲りずに、たちまち、勝手な思いが首をもたげます。



これは、私が、幼い頃に、親からされていたパターンです。

ずっと、自分の親に対して、愛情を求めていたのに、

親は、「親の思うとおりの、いい子」を求めてきました。

おなかが痛いと言う、私に、

「どうして、お腹なんか痛くなるの!」って怒りつつ

バンドエイドをお腹に貼って、「はい、治療してあげたから、黙りなさい」と言って、

子どもを愛していると錯覚していた、私の親の感覚です。


親とは、本当に欲深い、生き物ですね。


今では、私も、ほんとに、注意してますが、

子どもの境界線をズカズカと土足で踏み込まないようにと思っています。

もし、入るときは、敬意をはらって、

「入って、よろしいですか」と(笑)

嫌だといわれれば、

「ああ、では、また」

OKと言われれば

「では、失礼しますね」と。

そんな気持ちで、気をつけていこうと思ってます。


それなので、私自身も、子ども時代に与えられた

自分の親からの、見えない束縛と必要のない感情から、

きっちり、抜け出さなければなりません。



子どもの自立は、親の自立と並行していると思う、昨今です。

そして、いつか私も、子供たちも、気持ちよく、自立していきたいものです。

それでも、今は、時間がかかると思ってます。
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娘の言うことにゃ・・・ [ 子ども ・不登校の1年間](131)
2006-05-08 Mon 14:26

今年、高校に入った娘が、ぼそっと言うんです。

夜に、翌日の授業の予習しながら・・・

ふか~い、ため息なんぞついて。(しかも、立てひざ)




「高校ってさ、もっと、自由なのかと思ってた~。

 受験終わって、遊ぶぞ~って、思ってたのに、

 勉強忙しくて、全然遊べないし~! 

 それにさ、校則厳しいし、先生うるさいし。

 はぁ~~~~もう、この宿題、難しすぎ!」


最後は、切れておりました。

 
そ、そうでございましたか・・・(汗;;;;;;

入ってみなきゃ、分かんないもんですなあ。


で、なんとコメントすれば????

(あ、オウム返しの術か・・・汗;;;)


「そりゃ、た、たいへんだなあ~」


(あ、はずした・・・滝汗;)



そんな、レベルのたか~~~い、高校では、ないのですが、


心臓に悪いわ。。。



「まあ、部活は、楽しいんだけどね。

○○先輩(女の子)、かっこいいし~」


そ、そうですか・・・(汗;;


それは、ようございました。。。。。


果たして、3年続くのでしょうか~~~~。


乞うご期待!?


私、がんばれ。


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不登校はお金がかかる [ 子ども・不登校の1年間 ] (130)
2006-05-05 Fri 14:25

久々に、子供ネタを書こうかな~と。

以前、不登校は、お金がかかるというお話を、ここでも、あそこでも(どこだ?笑)しました。

これは、ある意味、正解なのです~。

最近もそんなお話を、どこかで(笑)見たので・・・便乗しようかな~。

すまん(^_^ゞ


不登校になる前、うちは、結構、お金に関しては、シビアだったと思う。

しかし、不登校→家にいる→こもる

という流れの中で、どのように子供を外へ出すかが、第一課題となるんです。


えっ?不登校の子が、学校の時間に出歩いたらいけないですか?

おうちで、じっと、泣いていなければいけないですか?


いえいえ、そんな、小さなことにこだわっちゃいけないんです。

堂々と、外へ、出すべきです。

「恥ずかしくない。

 もし、誰かにとがめられたら、家に電話をしてもらいなさい」

そう言って、出してました。

最初は、本屋、買い物、ゲームセンターなど、私が連れまわしました。

ま、時には、海とかありましたが。

それから、一人でも出かけるようになりました。

最初は、びくびく、していた子供でしたが、

で、外へ出たら、やっぱりお金がかかるわけです。

野原で、鬼ごっこという年でもないので。。。

交通費、ジュース代、本代、そして、ちょっとしたものを買う。

これが、積み重なると、結構な出費になる。ザルなので、ちゃんと計算したことは、ないが・・・


で、子供から、お金の請求が来たとき、親はどうすればいいのか、悩みました。

ある日、そのことを、ブログに書いたら、出し惜しみをするよりも

出せる金額なら、出してあげた方がいいと、いうのが、大方?の意見でした。


もやもやが、吹き飛びました~。


そうだった、私は、今まで、出し惜しみしていたよ~。愛情もお金も。

お金を渡すときも「もう、使っちゃったの!」とか余計なことを言ったりしてですね。

だから、子供が、「申し訳ない」って思うんだなあって、はじめて分かりました。

その時、カイは、親から、自分がどれだけもらえる価値があるのか

お金で、試していたのだと思います。

愛情が、実感できないのですから、形の見える、「お金」というものに

執着した時期でした。

それがしばらく続きました。忍耐でした。


必要なお金をおあげるときは、いさぎよく。しばらくこれに徹しました。


これは、不登校親の会でも、同じ事を言われました。


なんせ、普通に学校へ行ってる子には、過分のお金でも

不登校のカイにとっては、そのとき、必要なお金だったんです。

そして、現在は、その必要がだんだんなくなってきました。

不思議でした。。。

そして、今は、私も、本人との話し合いで、必要のないときは、「だせない」。

必要なときは、何も条件なしで、ぽんと出す。(そんな、万札を出すわけじゃないですから~)

あ、でも、一回あったかなあ。

一万円札を一枚渡して、

「自分の行きたいところ、行っておいで。全部使っておいで」と、出したことがあります。

このときは、清水の舞台から、ジャンプの気分でしたが、

バスや電車をのりついで、一人で結構、遠くまで出かけていきました。

で、ほんとにきれいに、使い果たし、とっても嬉しそうに、帰ってきたんですね。

まあ、中学生だから、できたことでしょう。


ほんとは、心のどこかで、エスカレートしたらどうしよう~なんて、

びくびくしてたんですが。(笑)


この感覚は、私が小さい頃の、養育暦にも、大いに関係してると思います。

親に要求すること→悪い子

そのことが、不登校以前の親としての私に、子供に出し惜しみさせていたんだと思います。



これから、カイも高校、大学(行くのか知りませんが)へ、進学する予定ですが

無駄になることだってあると、覚悟してます。

このへんになると、額が違ってきますから。

涙を呑んで、どぶにすてるような事もあると思ってます。

これは、もう、開き直りです(笑)

それは、ソラだって、同じことだと思ってます。

やけくそも、少々、入っているかもしれません(爆)

子供が成人したら、親は、借金大魔王になってるよ。。。きっと。

そのときは、退職金前借、さらに、家を売る~(笑)

家の価値なんて、子供に比べたら、雲泥だわ、なんて考えてます。



ともあれ、子育ては、「潔く」。

子供は、親が出せる、ぎりぎりのところを

なぜか、ちゃ~んと知ってます。

もちろん、夫の働きがあるからこそ、できたことです。

感謝しなくちゃね。


使用法注意!:例外もあるかもしれません。当方、責任持ちません(爆)

   
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自分のこと[子ども・不登校の1年間](129)
2006-05-04 Thu 14:22
演じる必要もない。

自分と別の人になる必要もない。

誰かを責める必要もない。

人が、できることを、羨む必要もない。

自分ができないことは、できる人に任せたらいいんだって。

そのうち、できるようになるさって。


不要な、思い込みを削る。

より、シンプルになっていく過程が、

なんだか5月の風のように、居ごごちがいい。





@ただ今、自分の物語を作成中。

骨子はできた。3つくらい、書いてみた。

納得いかな~い。

そして、4つ目挑戦中。

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夜の散歩 [子ども・不登校の1年間 ](128)
2006-05-04 Thu 14:19

我が家のわんこを連れて、久々に、夜のお散歩。

ついでに、カイも道連れに。。。


お空に、三日月。

ほんのり明るい 通いなれた道。

夜空に星のきらめき。

山の端から見える、街の光。

家々から、もれてくる、人の声と灯り。


こんな夜も、あったんだなあ。


おだやかな空気を全身に感じながら、

わんこと母と子の時間が 静かに流れていきました。

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生き抜くこと [ 子ども・不登校の1年間](127)
2006-05-03 Wed 14:15


わたしは、小さい頃から、ずっと、

居なくなりたいって思っていた。

こんな、自分に生きる価値なんて、無いって。

わたしの居場所なんてないって。。。

すっと、ずっと、心のそこで 思い続けていた。



でも、それは、本当の死にたいなんかじゃなかったんだ。

ただ、ただ、生きるのが辛すぎて

辛くて、苦しくて、深い水底をさまよっているうちに

生きることを

あきらめてしまっていた。



こんなに辛いのなら、どうして、生まれてきたんだろうって。

最後は、怒りもした。

どうして!?


笑いながら、楽しそうに通り過ぎる人たちを恨みもした。

なぜ!?
教えてほしい。

死にたいという願いは 生きたいと思うことの裏返し。

助けてよ!



誰も、答えてくれなかった。

親も、先生も、友達も。。。


生きることが 怖くなった






あれから、たくさんの人と出会った。

ただ、行過ぎるひと。

すこしだけ、同じ時間を過ごしたひと。

長い時を一緒に歩いたひと。


出会いと別れの中で、

たくさんの感情に翻弄もされた。


でも、その出会いの中で、少しずつ、氷が解け始めていた。



今なら すこしだけ わかるかもしれない。

ううん、ほんとは 全然 わかっていないかもしれない。


だからこそ、わかりたいんだ。


わたしが ここに いる 意味を。


あきらめない。


わたしが 生まれた意味を。


わたしの時間が尽きるまで


あきらめない。



そして・・・

いま わたしは、たいせつなことを 

教えてくれたひとたちに

かこまれていたことに 気づくのです。
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インナーチャイルドの癒し1
2006-05-01 Mon 15:50
ジョン・ブラッドショーによる

インナーチャイルドによる癒しのエクササイズ。

これに添って、現在、進行中。

学童期の子どもを癒すところで、止まっている。

現時点では、瞑想も中断。だめじゃん・・・。

精神的に不安定な面もあるので、

集中できない面もあるけど。
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