author : rinrin
穏やかな家庭
2006-10-31 Tue 10:04
小児うつと言っても、薬で治すには、限界があるんだよね。
薬は、症状を和らげるだけで、根本治療にはならない。

久々の過喚起でしたが、たぶん、理由は、複数にわたるものだと考えている。

・ソラの調子の悪さで、遠慮している
・塾・及び、受験のプレッシャー

私自身が、ソラに関わっている間、彼は、息を潜めるように、自分の症状を抑えて、我慢している。
で、カイは、我慢ゲージが高まって、過喚起を起こしたという流れだと思う。

昨夜、夫に、しばらくの間、少し早く帰って来れないか、言ってみるが、理由も聞かず、「そうできたら、そうしてる」との返事。
(夫は、いつも、12時過ぎ帰宅)
私も、昨夜は、眠かったので、そのまま寝てしまった。

今朝、もう一度、過喚起の事を話し、一方に関わっていると、
一方が手薄になるし、エンドレスにこれが、続くわけではないから、
努力して欲しいと。


夫は、もともと、家族に自分が受け入れられていないという気持ちを持っている。
しかし、それは、彼自身の気持ちの家族への持ち方だし、それについても、今まで散々話してきた。
また、強い信念で、「自分は家族から、のけもの扱いにされている」と思っているので、今は、夫に注文をつけることは、私も、めったにしない。
しかし、最近、子供たちが、夫を茶化したりする場面が出てきた。
それについて、以前は、子供や私の茶化しに対して、まじで怒ったりしていた夫だが、少し変化が出てきたと思う。

(誰も本気で、馬鹿にしてないし、愛されキャラとして、
 いいんじゃないかと、私は思ってる)

でも、どこか、「馬鹿にされた」と腹のそこで、感情が動くのを必死で抑えて対応してるのを感じるので、まあ、本人も努力しているのだろう。
本当に自分を肯定し、自信のある人だったら、家族から、少々、馬鹿にされようが、茶化されようが、穏やかに対応できるし、気にしないのでは、ないかと思う。
妙なプライドがある。
常日頃から、たかが家族に対して、プライドむき出しにするこたぁ、ないんじゃないかと言っているが、夫は、この感覚が、分からない。
まあ、会社では、感情むき出しには、できないで、自分を抑えている分、せめて、家族からは、自分を立ててもらいたいという気持ちも分からなくもないけど。
そんな、貧乏臭い、根性が、私は、嫌いです。

まあ、以前の冗談も言えない人という感じは、かなり薄まってきたと思う。

それに、言っても分からないなら、夫自身が、体感しなければ、獲とくできないものなのだろうと、いつしか、私も、言わなくなった。

それにしても、子供にとっての、穏やかな家庭の時間を保つ事は、
親にとっては、厳しい試練だね。

家庭は、ある意味、戦場だわ。
親の努力無しには、作れない。

夫は、その中で、穏やかな時間を与えられる方に、なりたがっていた。
だから、うちは、子供が3人いる状態だった。
しかし、不登校で、少し、意識が変わってくれたのは、喜ばしい事だ。

今回の
「早く帰ってきて欲しい」
という、私の希望は、単なる私の我がままだと受け取った気配があった。

でも、私も、ちょっと、手助けが欲しい。

今朝は、「早めに帰って来るように努力する」という言葉を夫から引き出した。
ほんとは、実際は、帰れなくてもいいんだよ。

支えとなる気持ちが、欲しいときってあるんだよ・・・


別窓 | 不登校を考える | コメント:4
過喚起発作
2006-10-30 Mon 23:54
わあ、先ほど、カイが、過喚起を起こした~。
落ち着いて、手近なビニール袋を口にあて、
ゆっくり、数字を傍らで数えて、呼吸をさせる。
5分くらいで収まった。はあ~~~。

いつもの薬に、デパスを加えて、飲ませる。
しばらく、震えが不定期にやってきていたけど、
いつの間にか、眠った。

震えの症状は2週間ほど前から、あったそうだ。
(早く言えって!)
過喚起の前兆だったんだ。

明日は、1日、ダメだろうな。。。


別窓 | 息子 | コメント:2
楽天と連動してみました
2006-10-30 Mon 20:50
えっと、こちらに、記事をアップしたら、
楽天ブログから、携帯に毎日送られて来る、
モバイル投稿を利用して、携帯で、空メールを日記に送ろうかな~と思って、ちょっとやってみました。

事情があって、こちらのアドレスを公開するわけには、いかないので、
これをしばらく試しに、続けてみようと思います。
幸せの黄色いハンカチっぽいよね。


別窓 | 日々徒然 | コメント:2
また魚釣り
2006-10-30 Mon 10:57

061029_1135~0001.jpg


昨日の日曜日。
夫は、仕事、娘は、部活だったので、家に取り残された、暇人(息子&母)コンビは、海釣りに行ってきました。
鯨でも釣ろうと思ってですね^^;

堤防は、釣り人が多く、家族連れも多かったです。

母は、後ろに座って、サンドイッチとお茶なんか、食ってのんびりしてました。
3時間で、またまた、サバが~~、10匹・・・。
も、もう、これ以上、サバはいらない・・・。
隣のおばちゃんから、さらに9匹もらいました。(いらない~~)
最後に、私も一回だけ、釣りさせてもらいました。
釣れました!
面白かった~~~。^^

帰ってからが、大変!!
今日は竜田揚げにしました。それでも、余ったので、冷凍。
いえ、もう少し、美味しいサバだったら、ご近所にも配れるのですが、
ここで取れるサバ、まだ油が全然乗ってなくて、はっきり言って、不味い。。。

それで、アジを狙っていたのですが。。。アジからは、嫌われていました。

次は、アジを、釣りにいこう~。
また、行くんかい!(笑)

こんな、のんきな親子で、受験乗り切れるのか?
わははははは・・・・。

別窓 | 息子 | コメント:3
夢を叶える魔法
2006-10-30 Mon 10:34
土曜日の講演会の報告です。
実は、来られている人が、大体、子連れでした。一体なんの講演会????笑
http://oyakomental.com/index.htm
に、簡単に書いてあるのですが、(笑)怪しいですね^^、胡散臭いですね~(爆)

要するに、自己啓発、親子版というところでしょうか。
セミナーは、ほとんど、子供中心で、子供の肯定感を、いかに育てるか
というところを中心にした、ワークショップでした。

「夢は、かなうんだ!」という事を、自分の体験を通して、感じたことを子供に伝えたいというのが、趣旨だったようです。
この日は、4歳~29歳の子供?が、参加してました。

その一部に、「伝言ゲーム」というのが、あったのですが、
6桁の数字が10行、並んだカードを、伝言ゲームで、何分で、最後の人まで伝えられるか。(最後の人は、ノートに、書き取ります)
人数は、ひとつのグループに、4人だったかな。

一番最初は、一行伝えるのに、2~3分かかっていました。
そこで、池松氏が、「33秒で、全部伝えられる」と断言します。
無理ですよ、そんな。誰もが無理と思うもの。
ところが、出来るんですよね。
みんなが、耳と口をぴったりくっつけて、芋虫のように連なって、
次々に、数字を、3桁づつ、リズム良く、伝えていくんです。
そうしたら、出来るんですね。始めの4回は、どのグループも出来なかった。けれど、徐々に、出来たグループが、出始めた。
でも、なかなか出来ないグループもある。焦ります。
そのとき、池松氏が
「焦らないで」「必ず出来る」「失敗しても、できるまで繰り返せば、それは、失敗じゃない」「周りの人も、出来る!と信じて、集中して」と、ただ、見ているだけの親にも、注文します。
そして、最後のグループが、出来ました。
歓声と拍手で、ゲームが終わりました。
集中力、達成感、繰り返し、諦めない、まわりの応援。
競争ではなく、全部のグループができる事が、目標です。
このような事を、学校でも、取り入れてくれたらいいなあと思ってみていました。

で、このようなセミナーを開いて、何を彼が伝えたいのかというと、潜在意識と、顕在意識を「アラジンの魔法のランプ」に、からめてお話しされてました。

ランプは、顕在意識。
それをこすると、精霊のジーニーが出てきますが、それが、潜在意識。


大抵の人は、精霊のジーニーをネガティブに使ってしまうから、上手くいかない。
成功するためには、

①思いつく限りの夢を紙に書き出す。
②最優先でかなえたい夢を一つだけ選ぶ
③夢の期限を決める
④毎晩寝る前に、3回書く
⑤夢を実現したときの姿をイメージする
⑥ ④と⑤を最低でも、3週間続ける。

*これは、アファメーションですね。
夢を叶えるためには、やはり、人任せでは、だめだという事を感じました。自分で自分を育てなきゃ、ですね。

そして、最後に、池松氏が言っていた、とても、気になる言葉。。。
  魂が喜ぶことをしていきたい
この言葉が、何より、心に残りました。

こんな、講演会でした。^^


*ちなみに、うちの息子に、33秒で伝えられるか?と聞いてみました。
「できる」と彼は言いました。
その方法をきくと、このセミナーの方法と全く同じでした。
ひゃ~、恐るべし、子供の力はあなどれません。
で、いつも、学校のレクレーションで、伝言ゲームがある時、
この方法なら、早いのになあと思っていたそうです。
でも、説明するのが面倒くさいと感じて、言わなかったそうです。

夢を叶える魔法の続きを読む
別窓 | 不登校を考える | コメント:0
講演会
2006-10-27 Fri 17:45
夕方、10年間、引きこもりをしているお母さんから電話があって、(もう、25歳です)講演会が、市内の方であるから、一緒に行かないかと誘われました。

なんか、誰かよく分からないけど、ボランティアで、全国を講演している方らしく、有名な?人の話らしい。

そのお母さん、
「うちも、気が付けば、10年たっているんだよね。
今年こそは、ちょっと、前向きになってもらわないと。。。と思って。
以前から誘われていたんだけど、やっと、親が変らなきゃいけないかなと(そういう講演会の話らしい)思って、今回参加してみよと思って」
という事らしいです。

10年なんて、あっと言う間。
高校は、卒業しているんですよね。。。その息子さん。
最初、定時制。途中で、サポート校に変わって、どうにか単位を揃えられたそうです。
その間、親も、何を、どうすればいいのか、葛藤や試行錯誤もあったろう。しかし、いまだに、平日は家から出ない。
元気に、社会に出ている子達と、その違いってナンだろう。

ちょっと、知りたい気持ちもあって、一緒に行く事にしました。
文化祭が終わったら、即、電車・バス乗り継いで行きます。

別窓 | 不登校を考える | コメント:4
娘、初めての高校文化祭
2006-10-27 Fri 17:37
娘は、今日は文化祭初日です。

一昨日でしたか。。。ペットボトルで、おうちを作成する係りだったらしいのですが、ある、気の強い、しきりやのSさんから、
「休んだ人は、役に立たないから、来なくていい」
と外されてしまったそうな。
他の子が誘ってくれたのだけど、娘、意地になって
「どうせ役に立たないから」とポスターや教室の飾り付け組に入っていたのだそうです。
でも、それが、思いのほか、好評で、美術部からスカウトされたそうです。
いえ、たぶん、お世辞だと思うけれどね。^^
吹奏楽命なので、それはしないと思うけど、嬉しかったようで、
2年次の選択授業は、美術を取ると言っておりました。(単純な奴)

でも、それにしても、そのSさんの事。
「あったまにくる~~~」
と、根に持ってるんだなあ。
やっぱ、女だわ~。
ドンマイ、ドンマイ。^^

でも、怒っちゃえ~!
頭にくること言われたら、怒っていいんだよ。

傍にすっと寄って、舌打ちでもしてやれ!なんて、一緒に怒ってあげてます。昔の私なら、ここで、正論言っていたと思います。
「Sさんと話してみたら?」とか、なんとか。
でも、以前から人の悪口三昧のSさんに、むかついていた娘です。
周りも、Sさんが居なくなると、Sさんの悪口を言う。
でも、Sさんがいると、Sさんにくっついている。

そういう状況が、納得いかないようです。
娘は、そういうのが、嫌い。
でも、面と向かって言えない。

だから尚更、腹が立つんだよな。
言えない自分に。

そこまでは、まだ、自分の気持ちは、娘は分からない。
まず、感じた感情を出す事に気をつけて、見守っています。

明日は、文化祭、息子、夫と、一緒に、見に行ってきます。

別窓 | | コメント:0
釣れた^^
2006-10-27 Fri 17:23
061027_1403~01.jpg


061027_1333~01.jpg


今日は、息子さん、適応教室で、魚釣りがありました。
190匹もサバとアジがつれたそうです。その画像をもらいました。
その後、魚のうろこを取って、内臓処理して、帰ってきました。
アジは、ミンチにするそうです。
サバは、みんなで、分けたんだそうですよ。
家に、7匹持って帰ってきました。
塩焼きとサバの味噌煮にします^^
楽しかったようで、顔を真っ赤に日焼けして帰ってきました。
別窓 | 息子 | コメント:4
悩みの大きさ
2006-10-27 Fri 10:00
昨日の夕方は、地域パトロールの当番でした。
2人のお母さんと一緒に、車にクルクル(警察の車についてるような光が回るやつ)を付けて、学校帰りの安全を監視するんですが、車の中では、パトロールどころか、ほとんど、だべっていた。。。
これが、いつもの実態なんですが・・・(意味あるのか??笑)
まあ、たまにしか合わないお母さんたちとお話しできる、いい機会ではあります。

そこで、ある一人のお母さんが、堰を切ったように、子供の事を話し始めた。
子供は、サッカー部所属の中2。
今年の7月くらいから、友達と全く遊ばないようになり、サッカーの試合で遠征しても、昼食を1人で、ぽつんと離れて食べている。
夏休みも、一回も友達と遊ばず、サッカー以外は、家でサッカーゲーム。
もともと、無口な子なので(私も小さい頃から知っている)何かあったのかと聞いたら、「心配しないでいい」と言うばかり。
いじめがあるわけでもなさそうなのだけど、1人でいる。
お母さんは、それを見ると、辛いし、何より、周りのお母さん方から、
「○クン、どうしたの」と言われるのが、余計辛く感じる。
うちの子、どうしちゃったんだろうと思うと、泣けてくる。
という、話でした。

話聞きながら、「ああ、そんな事で悩めるから、いいなあ」と心の中で思ってしまいました。(ひがみ?入ってますか~??)>ダークりんりん

でも、親の抱える悩みは、いつも、無限大。。。
悩みの捉え方で、大きくもなるし、小さくもなる。
決めるのは、自分。


で、1人でいる力が、あればいいんじゃないかと思う。
彼は、サッカーが、本当に好きなんだよね。
サッカーすることが、支えになってる。でも、周りの友達とは合わなくて、距離を取ったんではないかと思われるなあ。

でも、1人でいるって、あの位の子供にとっては、すごいストレスだと思う。みんな誰かとつながりたいと思う年頃だもの。
だから、ゲームして、頭空っぽにしたいんだなあ、きっと。
お家で、「よく、1人で頑張ってるね」と肯定して、褒めて、ゆっくりさせてあげればいいと思うけどな、と答える。
決して、弱い子じゃないと思う。小さな頃から知ってけど、意思を持った子です。

お母さんのストレスは、きっと、サッカー仲間のお母さんから言われる
「どうしたの?」という言葉でしょうね。
言われてもいいやん。
言われて、なんぼや~。

と思うのは、わが子が、不登校で、教えてくれたこと。

知らないうちに、自分の中に、世間体が入っているんですよね。
さずがに、そこまでは言わなかったけどさ。


この頃、今までとちょっと違った毛色の人と知り合う機会があって、、思う事があります。
世間体を考えない親って、明るい人が多いなあって。
あ、これは、イコール常識が無い人とは、違います。

自分の失敗を恐れないで、肯定的に物事を受け止める人は、強いんだよ。
しかも、笑い飛ばす事のできる人。

「笑える不登校」という、ミーシャさんのサイトがあるけれど、まさにあれですね。

大体、「不登校クラブの9か条」なんて、実にふざけてますよ。


1.うちらは、反省しない、自分を責めない、そして誰かを責めない。

2.うちらは、頑張らない、無理しない、自分のできることをする。

3.うちらは、失敗間違いをよしとし、失敗間違いをしたら、ごめんして、またやり直す。

4.うちらは、原因探しをしない。
  過去なんか振り返らない。
  今を生きる、未来を生きる。
  今できることをする。
  過去だって、変えられるんだ、今を変えれば。

5.うちらはプラスの言葉を使う。
  嬉しい、楽しい、幸せ、愛してる、大好き、ありがとう、ついてる。
  何時だって、どんな時だって、プラスの言葉を使う。
笑える不登校クラブ9ヵ条
6.うちらは、フリをする。
  元気なフリをする。
  明るいフリをする。
  笑えるフリをする。
  フリができなくてもフリのフリをする。
  フリのフリができなくても、フリのフリのフリをする。
  フリのフリのフリができなくても・・・・・・。
  以下、続く。

7.うちらは、ないもの探しをしない。
  どっかに落ちてるかなって、答え探しをしない。
  今あるものを見直す。
  今あるものを褒める。
  今あるものに感謝する。

8.うちらは、比べっこをしない。
  幸せを比べない。
  不幸せも比べない。

9.うちらは、自分を許す。
  そして、誰かを許す。


このうちの、「フリ」をするというくだり、とても気に入ってます。
落ち込もうと思うと、どこまでも、自虐的になれるし、人を攻め抜いていけるけど、自分がますます、苦しくなるだけだもの。
だから、

「不登校=マイナスの意識」 から
「不登校=大いにやんなさい!」という意識の転換が、子供の親や周りは絶対的に必要だと思う。
これさえできれば、ほぼ、山は、乗り越えたと言えると思ってます。

肯定されたら、人って、元気になるし、前向きになるってものでしょ。

あ、でも、この時、気をつけなきゃいけないのは、
「こうしたら、子供が元気になる」という、下心を持ってはいけないよね。
下心は、ぜ~んぶ捨ててしまおうね。
子供は、見抜くから。


別窓 | 不登校を考える | コメント:0
楽になった^^
2006-10-26 Thu 09:24

 



先日、親子3人で行った、吉野ヶ里遺跡のお写真です^^ お天気もよくて、楽しめました。


 



娘、勾玉作り体験の様子です。30分くらいで作れますよ。150円です。


 



火お越し体験です。息子は非力なので、なかなか大変そうでした。この後、煙がでたら、


それを、麻のくずにかけて、息を吹きかけたら、盛大に燃えました。^^


ほんとは、この時代には、麻は、大変な貴重品だったので、枯葉なんかを使ったようです。


この日は、平日で(なぜに平日?笑)観光客も少なく、娘も息子も


のんびりした時間を過ごせました。

楽になった^^の続きを読む
別窓 | 日々徒然 | コメント:0
お引越し
2006-10-25 Wed 12:35
お引越しの理由は、以下です。
お引越しの続きを読む
別窓 | 日々徒然 | コメント:7
子供たちについて
2006-10-24 Tue 10:13
おはようございます。

今日は、娘さん、高校お休みしてます。夏休みの頃から、
学校への行き渋りがはじまり、行ける時に行くという生活です。
今は、様子見ているところです。
息子の時の経験から、「初動を間違うと、泥沼」の経験があるので、
親が焦らないことに、気をつけていこうと思う。

中学3年の息子、塾が、苦痛のようです。
週5時間から、3時間に減らすことにしました。
先日、パソコン検定4級を受けてみましたが、惜しくも、エクセルの正解率が、1問少なくて、落ちてしまいました。(残念)
再度、受ける気、満々のようですので、近々、再トライの予定です。
子供たちについての続きを読む
別窓 | 日々徒然 | コメント:0 | トラックバック:0
娘。
2006-10-23 Mon 10:47


昨日は、高校生の娘が所属する吹奏楽のちょっとした、演奏がありました。
地域の祭りの一環としての参加でしたので、4曲しか弾きませんでしたが、
来月には、定期演奏会を控えての、リハーサルって、ところでしょう。

まだまだ、音としては、完成していませんが、少ない部員数で、
がんばっています。
世界に一つだけの花、ハウルの動く城、学園天国、テキーラの4曲。
演奏が終わった後、クラパートだけで、天神へ、定演の衣装を買いに行って、帰ってきたのは、夜10時でした。
雨に濡れて、お疲れ様でした。

さて、娘、最近月曜日はお休みする事が多いのですが、なんとなく人間関係で、つまづいているような気配。
月曜しか無い授業というのがあるので、そこを考慮しながら、本人も休んでいるようです。今日は、文化祭の準備があるので、昼から行くそうです。それで、いいんだと思います。

実は、近所の娘と同級生の子が、高校をお休み中という話を
風の噂で聞きました。
それ自体は、よくありがちな話でびっくりもしなかったのですが、
例の彼女・・・の娘さんです。
しかし、先日会ったとき、(といっても、会話したワケではないのですが)元気に、他の方とおしゃべりしてたしなあ。。。
娘は、直接、友人に聞くのを、ためらっているところです。
私も、聞くつもりも無い。

でもダークな私が、叫んでます!!

「あんた、私に、あの時、散々説教して、自分の子が、それかい!」

嫌な、私。。。こんな自分が、嫌いです。 泣けてくるほど、嫌です。。。 でも、止められない。どうしたらいい? テンション下がる母でした。


はあ~。
別窓 | | コメント:0
また、スピリチュアルな話 [ 日々のこと・徒然に ](152)
2006-10-20 Fri 15:42
10月15日のこと

必要な出会いって、どこからでも、やってくる。

ほんとに思います。


昨日は、息子の中学校の文化祭でした。

私も、お手伝いに行かせてもらいました。^^

その中に、周りのお母さん方とは、一味違って、癒しの波動を出して

甲斐甲斐しく、飛び回っているお母さんがいらした。

ひきつけられる人だなあって、思っていまいた。

でも、これは、彼女が優しいから、話しやすくて、楽だから、

私の依存のスイッチが、入ったのか、どうなのか、ちょっと、用心しながら

優しい人に、必要以上に、乗っかかりたくないなあと、思いながら、

距離を測りながら、傍にいたりなんかしてる私。(笑)



*でも、お手伝いは、めちゃ、楽しかったよ~。
息子の友人や、子供たちの様子が見れて、驚いたり、懐かしかったりしながら、
あったはずの眉毛がなかったり、さらに、ズボンが下に下がっていたり、
スカートが、ミニ?になっていたり、なんか、笑えました。
知り合いの子供たちにも、茶化したり、話しかけたり。
フランクフルトの準備は大変だったけど、さすが、ベテランママさんばかりで、
流れ作業で、短時間で終わり、販売も滞りなく、終了しました。

で、用事があったので、片づけが終わったら、急いで帰ったのですが、

今朝、先ほど、例の癒しオーラのお母さんが、バザーの残りのうどんを持って、

お礼にと、わざわざ、来てくださいました。


玄関先で、話し込むこと、1時間。。。

普通のお母さんに見えたんだけど、その言葉から、

なんと、スピリチュアルな話が、ぽんぽん出てくる、くる、くる、笑

前世の話、光の話、霊的な話、その方の体験を、聞いていました。

また、セラピストの近しい知り合いが、いらして、

仲間が、そこから、広がっていったと。

(レイキじゃないと言われてましたね。また、本来、宗教は、結局、一つの頂点を目指していて、
そこへ至る道は、それぞれの人に合ったもの選ぶだけだから、こだわらないと、おっしゃるのには、びっくりした)

私も、この理論には、全く同感でした。
が、現実生活の中で、そこまで言う人に、実際に会った事がなかったからですね。
大抵、自分の宗教が一番よくて、あなたのはダメと言う人が多いから。。。


で、話戻って、

そして、ご自分は若い頃、身体が弱かったそうです。

今は、いろいろな出会いがあって、元気になった。

だから、その恩返しのつもりで、人の役に立ちたいと思ってるって。

でも、今の自分に足りないのは、「勇気」なんだと、苦笑されていました。

そんな事は、ないのにね。



その方の仕事まで、ここには書きませんが、

人の役に立ちたいという、ストレートな気持ち、

それが、人にパワーを出させるんだなあと、再度感じたわけです。


「自分が、光を出せば、光が自分に戻ってくる」

そう言われてね。

ひゃあ~、その通りなんです~~~~~。


誰かに、悪い想念(悪心、恨み、怒り)を抱くと、

それは、結局、自分を傷つけたり、

さらに、悪い想念をくっつけてしまったりするんですから。

うわさと一緒で、回りまわって、大きくなって、自分に帰ってくるからなあ。

念や想いは、飛びますから。これ、意外と、怖いのよ。

手紙だって、電話だって、メールだって、飛ばせるから、

時空越えます~。





私なんか、できれば、悪い想念のところは、避けたいと常日頃、思ってます。

危ないなあと思ったら、近づきませんが、どうしてもの時は、

江原さんが、推奨している、「卵のオーラ」をやってます。


自分の周りに、光の丸い薄いベールをイメージして、

自分を悪いものから守るという手法です。

でも、まだ、半熟卵なので、うまく出来ないことも多いので修行中です。


最近、また、面白い事にも、気づきました。

「もらったかな~」っと思ったら、胸の辺りに、まるい大きな

お月様のような、ドラゴンボールをイメージして、その光が、

身体全体にいきわたり、浄化するイメージです。きれいになる・・・

ほとんど、瞑想の世界ですが、

こんなところまで、話が飛んでしまいました。(汗;;


ほんとは、もっと、子育ての話とか、色々したのね。

でも、あたしゃ、こんな話ができる生の人に会った事が、感激でした~。


そして、今から、ここから!

そう思いました。

へたれたら、何度でも、決心しなおしたらいいんだ。

でも、今、やろうと決心しなくては、何も始まらないじゃん。


出会いに、感謝です^^


いい言葉、いい思い、いい行動で、すがすがしい朝でした~。

別窓 | 日々徒然 | コメント:0
何か悪い事が起きそうな気がする [ 子ども ] (153)
2006-10-19 Thu 15:38

息子が言った言葉です。
ふと、思い当たる事がありました。

極度の緊張、ストレス下に長い間、置かれている状態から
カミングアウトして、平穏な暮らしに戻ったとき、
平穏な時間が、怖くなるんですね。
「何か悪い事がおこりそう」
そう、私も、思う時あります。

実際は、何も起こらないかもしれないし、
起こるかもしれない。

しかし、起こったら
「やっぱり、悪いことが起こった」と
妙に納得したりしてます。
そして、
「悪いことは、起こるのだ」という
マイナス思考を、上塗りして強固にしていくんでしょう。

何も起こらなかったら、平穏の続きをやっていられるのですが、
あまりに平穏な時間が続いたら、不安にかられてきます。
今度は、あのストレス下に置かれていた時の
慣れ親しんだ状態に、無意識に戻りたいみたいで、
つい、自分から、トラブルの元を作ってしまったり、
トラブルに突き進んでしまったり・・・

これって、なんでしょうね。
悪い事が起こることで、安心してしまう心理があります。
自虐的な癖でもあるし、心の傾向性でしょうね。
親子ともに、注意しなきゃいけませんです。
まだまだ、だなあ~。

息子に言われて、考えさせられた言葉でした。





未来を思い煩うことなかれ。

起こりもしない事に、心を奪われるな。

今を大切に。

そして、ツキを呼ぶ、魔法の言葉(笑)

ありがとう、感謝します、ツイてる
別窓 | 楽天(不登校) | コメント:0
久しぶりに、親の会 [ 子ども ] (151)
2006-10-15 Sun 15:36


お昼から、親の会に、行ってきましたよ!

ベテランママさんに混じって、偉そうな事言ったかも~(汗;;


話の中で、相田みつおさんの有名な、

「一途に一本道」って、句のお話しがあったけど、

確かに、これって、不登校の迷える子羊さんには、

合わないねえって、

なんだか、笑えてしまいました。

詳しくは、また、明日ね。

今日は、疲れたので、おしまい^^

別窓 | 楽天(不登校) | コメント:0
文化祭
2006-10-14 Sat 17:08
息子、中学校最後の文化祭でした。
夫は、役員のため、朝7時からお手伝いに、私も、9時から、役員じゃないけど、臨時お手伝いに行きました。

フランクフルトを売ったのですが、買いにくる生徒たちを見ながら、みんな、劇的に大人っぽくなったなあって、感慨深かったんです。
特に、小学校から、知っている子なんか、「うわ~、こんなになっちゃって~」って感じで、あるはずの眉毛がなかったり(笑)ズボンが、下にずり下がっていたり、
かと思うと、全然変らずに、挨拶してくれる子もいました。ほんとに、思春期なんだなあって、びっくりしたり、面白かったり。
そして、3年生は、やっぱり、貫禄あるなあ~。

クラスの劇なんか見たら、「あ~、まだ子供だな~」って思ったり、
楽しかったです。
ついでに、同じ学年のお母さんたちと、久しぶりにワイワイ話したり、うどん一緒に食べてきました。^^

うちの息子は、この場所には、ハマラナカッタけど、それについては、ちょっと、チクンと胸がしたけれど、別の場所で、今、一生懸命戦っていると思えば、それも、しょうがないね。

久しぶりに、働いた。
楽しかった~。

これで、中学校の行事、ほとんど、終わりだわね。
後は、受験一色になるんだなあ~。

息子は、先週、芋ほり、枝豆狩、そして、調理実習と、ハードな事が続き、
へたれています。
スウィートポテト作ってきてました。美味しかったぞ。

でも、よろよろと、塾に行きました。
ここで、引くこともできるのだけど、
頑張りどころも、あるかもしれないと、
彼の希望がある限り、ここは、押してやろうと、
あえて、体調には、触れませんでした。
「休んだら」と言ってあげるのは、簡単なのですが、
体調に、目を向けたら、きっと、かれは、その私の心配に、
乗っかってくるだろう。
ここが、依存性の克服・・・
息子が、自分から「今日は行けそうにない」といわないなら、
私も何も、そこに触れない。

ちょっと、がんばりどころです。

・・・記事を読み返して、ふと、肝心の息子は?

文化祭行ってません(汗;;というか、行く気ない。
変りに、親が楽しんできた、文化祭でした。^^
別窓 | 息子 | コメント:0 | トラックバック:0
自分で決める
2006-10-09 Mon 17:07
時に、「しても、しなくてもいい」と言われたら、
なんだか、拒否されたような、見放されたような、途方にくれるような感覚になるって事ありますよね。
これは、人の選択に自分を重ねていることばかりしていたら、こういう感覚が増大するようです。

息子に、「どちらでも、あなたがしたいようにしていいんだよ」
と言うのですが、最初の頃、それは、とても、冷たい言い方で、淋しくなると云われました。

それまで、私もそうですが、息子も、人の意思に添って、行動する癖が、あったのですが、不登校によって、コントロールの枠を外して、主体的に生きることの大切さを、学んだ私は、息子にも、接し方を変えていきました。

そして、私が「自由」「尊重」を全面に押し出した頃、息子は、非常に面食らったようです。
が、ちゃんと学んでいますね。彼は。

一生懸命、自分というものを、考えて、考えて、自分にできることは、なんだろうと思うところまで、来ました。
親としては、とても嬉しいです。

逸話で、幼い頃から、鎖につながれ、飼いならされた巨大象が、鎖を外されても、逃げようとしない話を思い出します。

最初は、鎖を外される事が、ストレスになるかもしれません。
けれど、長い目でみたら、それは、見放したり、出て行けといってるわけではないのです。あなたの気持ちが一番に、尊重されるということを、知って欲しいと思います。
あなたは、誰のものでも、ないのですから。

それが、自己肯定感につながると、その第一歩になると、私は、信念を持って、思っています。
これが、脱依存関係への第一歩だと思います。
息子の当初の面くらい度から、いかに、彼が、人によって、自分をカメレオンに変えて、
自分をごまかしていたか、無くしてしたか、そして、親が彼の領土を侵略していたかが、見えてきたことは、最大の収穫でした。
それは、人との付き合いでの、境界線を作ることに、とても、役立つと、私は、お伝えしたいのです。
別窓 | AC関連 | コメント:0 | トラックバック:0
自分の色眼鏡 [ 日々のこと・徒然に ](150)
2006-10-09 Mon 15:56

ほしのきらめきさんのブログに、色眼鏡で事象を捉えないということを、言われているところを見て、深く、納得します。

人は、それぞれ、生まれてから、これまでのうち、物事をどのように捉えるか、心の癖を身につけながら生活してます。心の癖は、プラスに作用すると、とても、素敵な事になりますが、往々にして、マイナスに作用する部分だけが、クローズアップされるという事も、あります。

もし、マイナスの作用のある癖が、その人に不要のもので、これから生きることへの障害になっているのだったら、それを修正した方が、楽に生きられるわけですが、その、マイナスのトゲトゲを、丸く滑らかにするのが、人との関わりだと私は思います。

そのポイントとなる基準は、同じことを何回も繰り返す。
自分が、穏やかな気持ちになれない。(怒り、恨み、悲しみ等)
これが、マイナスか、プラスかの癖を見極めるポイントになると思います。

心の癖を「色眼鏡」と、きらめきさんは、表現されていますが、眼鏡をかけていながら、
自分の姿は、自分には見えないわけですから、自分が何色の眼鏡をかけているのかどうか、分かりませんよね。
自分じゃ分からないから、人によって、教えてもらうしかないわけです。

そして、同じことを繰り返しているぞ・・・と思ったら、相手ではなく、自分の眼鏡を外して、ちょっと、眺めてみるのも、いいかなと思います。
あるいは、信頼できる人に、「何色に見える?」と聞いてもいいわけです。
そこで、怒ったらいけませんが。^^
まあ、これが、「反省」「内省」というものに、あたるんじゃないかと思います。

私も、自分の感覚ほど、あやふやで、怪しいものは、ないよね、といつも思っています。
でも、最近は、あやふやな感覚に、方向性をつけるということが、出来なかったから、不安定な感覚を持っていたんだなあって、感じます。
方向性というのは、「自分は、自分を好きか?」これに尽きるなあと思います。

誰かに、褒められたから、天にも昇る気持ちになったり、誰かに、裏切られたり(←この感覚自体、私は、危険信号だと思っているのですが)嫌なことをされたりしたら、どん底に落ちてしまうという、自分以外のものに、気持ちを左右されないって事は、最近の私には、非常に大事だと思えるのです。


不登校初期の頃、息子が、学校へ行ったら、鼻歌が出るほど、嬉しくなったり、
反対に、行かなかったら、「私が至らないから」「どうして?」と、どよ~んとしてしまったり、最初の半年は、相手任せの人生でした。
行かないと、責めたくなるんです。「どうして、行かないんだ!」と。
行くことが、良い事と思い込んでいる、色眼鏡を外せなかったわけです。
だから、息子を心配するというより、息子の行動で、私の気持ちが決められると言っても、良かったと思います。要するに、誰のことも、心配なんかしていなかったんだと思います。
心配していたのは、「自分」だったんですね。エゴですね。
不登校の子を元気にさせるには、まず、この、親の・・・自分のエゴを捨てることが、第一歩だなと、今は思ってます。

今、紆余曲折を経て、感じることは、不登校が、なければ、私自身は、この色眼鏡に気づかなかったと思います。言われても分からなかったと思います。人は、自分の範疇をはるかに越えた問題が起こったとき、初めて、立ち止まって、色眼鏡の存在に気づくのではないかと思ったりします。

その事から、今まで、正しい、良いことと思い込んでいたルールには、何一つ、信頼できるものは無かったなと・・・反省を込めて、癖の書き換えをしているのが、現在かなと思う。



ある事が、あった。。。
私は、冷たい、人の事を大切に思えない、そういう人になった。
ある人にとって、私は、裏切り者だ。
昔だったら、言い訳したろうね。でも、このとき、私には、信念があった。
40数年も生きていたら、一時しのぎに、人に好かれるつもりなら、適当に、あしらえる技術だって、持っている。
しかし、今回は、あえて、それをしなかった。
だから、自分の感覚が、「これでいいんだ」と答えるままに、行動した。
それが、私の「守る」ということを、色々考えさせられた。

Tさんの事が、今だ未消化だったけれど、多分、Tさんは、私から、憎まれながら、「守った」んだと、ふと、思った。
意識的にせよ、無意識にせよ、彼女は、その方法を取ったんだろうと思った。
優しく抱え込むような、おだやかな愛情表現もあるけれど、厳しく、突き放す愛情というものも、あるんだ、と、初めての感覚だった。
彼女は、きっと、そんな事は、認めはしないだろうし、もしかしたら、私が、そう思いたいだけなのかもしれない。けれど、どんな状況でも、人を信頼するという事を、私は、ここで、学ぶ必要があったのではないかと、思い至る。
すごい事だと思う。
それが、できるというのは、本当に信頼していないと、出来ない事だから。。。
色々考えると、そのほかの野暮な憶測は、山ほどできるけど、それをしたら、自分が、「穏やか」ではいられなくなる。その感情の選択は、私にあると思うから、私は、野暮な憶測は、しないことに決めた。
キュブラーロスが、言うには、人が、もし、不治の病を宣告された時、最初は、「悲しみ」そして、「怒り」それから「自責」そして、最後に「和解」の道をたどるそうだ。
これは、不登校でも、よく使われる気持ちの段階です。
人間というものは、そのように、できているんでしょね。

まあ、何が言いたかったかというと、マイナスの感情や思い込み、癖は、色眼鏡を外そうと思ったら、自分の意思でできるという事を言いたかったんです。(長い・・・)

できたら、「怒り」「自責」の段階を短くしたいなと思う。

人は、それぞれ、重い荷物を抱えて生きている。長い人生、時には、そういう事も、当たり前にある。それを自分だけと、シンデレラになるのは、私は好きじゃない。ただ、言わないだけなんだから。
時には、裏切られる時もある。でも、ほぼ、人生というものは、自分が種をまいたから、芽が出て、結果が出てくるわけで、裏切られたという言葉には、胡散臭さを感じる。それは、単に、自分の荷物を相手に渡しているだけだと感じる。
特に、スピリチュアル的には、まさに、この通りなんです。
そして、大事な事は、人生の主体を、相手に手渡して、あなた任せの人生を演じている気がするのは、私の、思いあがりだろうか。

人生の主体は、自分。
人に、自分を預けたらだめだと思う。
この、人生の主人公は自分という感覚は、言葉では知っていたけれど、
ほんとに、私は、ここ最近まで分からなかった。
つい、この間まで、人生は、得体の知れないものに、左右されていると恐怖を感じていたからだ。

主体を取り戻す、という事は、わがままになるという事とは、全く違うのだと、理解した。
怒りをぶちまけ、悲しみを垂れ流し、憎しみを飛ばし、それは、自分を幸せにしない。
これは、私も、恥ずかしいくらい、かなり経験があるので、分かります。
大切な事は、ただ、自分の方向性として、「善」へなろう、向かおうとしながら、天の御胸を借りる気持ちで、それらの感情にさようならと告げる過程には、それが必要であるけれど。
何かをすれば、主体的に生きられるというのは、錯覚。
どのように、生きていても、どんな時でも、主体的に生きられるんだ。



大切なことは、主体性、そして、信仰。
私がここで言う、信仰というのは特定の宗教を指して言っているのではありません。
自分より、なにか、偉大な存在があるという、本能的なものを言っていますので、誤解のないように。


以上の文章は、誰か、先達の受け売りだと思ってください。^^

でも、そうだとしても、今は、そう感じるのです。

正しいことを、正しいと言えない時だって、ある。
間違っていることを、間違っていると言えない時もある。
声高に、怒りをぶちまけたい時だってある。

でも、それらの事を、そんな時もあるんだと、自分に、内包しながら、還元させ、
自分の種にすることを、私は、選びたい。
決して、それは、犠牲的な生き方では、ないと確信を持っている。




ありがとう、
いろんな事、教えてもらいました。
やはり、あなたは、師匠です。

感謝を込めて。



*私のブログなので、自由に思うことを書きました。
やっと、書けた。。。
ずっと、書きたかった事でした
別窓 | 楽天(不登校) | コメント:0
疲れた?
2006-10-07 Sat 17:06
昨夜は、精神的に、かなり乱れて、
布団の上で、「ああ、もうだめだ」と叫びながら、枕を抱えていた息子。
薬を多めに飲ませて、息子を抱え込むようにして、寝かしつけた。
やっと、寝息が聞こえ始めると、ほっとした。

こういう夜を、幾晩過ごしただろう。
最近は、無かったんだけど、息子の気持ちが乱れると、やはり母の気持ちも
落ち着かない。

今日は、午前中に、塾のリスニングテストがあったのだけど、キャンセル。
お昼からの、授業には、出れるかなあ。

学校へ行くたび、教室に入るたびに、トラウマが増えていく気がする。
だから、言ったんだ。行かなくてもいいと。

探し物って、学校の中に、良心のかけらを見つけたかったのね。
でも、無かったんだねえ。
場所が、違っていたのかもしれないねと母。

学校は、彼には、毒になる。
最近は、制服姿の中学生を見ても、なんの感慨もなく、かえって気の毒になる。
たくさんの本音を、黒い制服で、覆い隠し、良心を育てる事もなく、
自己防衛のための戦闘服にさえ感じる。
息子が、制服を着ている姿さえ、気の毒に感じる。
いろんなアメーバのような思いを、制服が、「こうあるべき」と
型枠にはめ込んでいる、道具にしか見えない。

早く、気持ちを復活させて、毒気を抜いて、本来の自分の道を取りもどせたらいいな。
今は、眠りだけが、彼に平安を与える。

こんな日が、もう、二度ときませんように。。。

これでも、学校へきてくださいと、担任のあなたは、言うのですね。
分かってもらおうとは、思わないけれど、(たぶん分からないだろうけど)
もう、放っておいてください。
何も、しないでください。

どうしても、授業に出てほしいのなら、授業を教えてあげたいのなら、
暇な時間に、不登校の子たちに授業をしてあげてください。
うちの学年でも、4人もいるんだよ。。。
そして、行けるのだったら、とっくの昔に行ってますって!


いじめで、自殺した子のことから、息子と話をした。
ネット上でも、男の子のいじめの実態は、大人の常軌を逸している。

知ってますか?お母さん方、先生方。
ほとんど、下半身ねたです。
よってたかって、押さえつけられて、みんなの前で、パンツ下ろされて、辱められて、
挙句に、○○まで、させられるの、普通にあるそうです。
だから、子供は、親に言えません。

暴力は、弱い子に向かいます。
どうして、弱い子に向かうのでしょう。
上に立ちたいからです。
どうして上に立ちたいのでしょうか。
自己肯定感が無いからです。

どうして、自己肯定感がないのでしょう。
自分は、自分のままでいいと、そう言ってくれる人に出会わなかったからです。
いつも、だめな奴と、無言の圧力を受けていたからです。
親から、先生から、地域から。

どうして、いじめは、だめだと止める子がいないのでしょう。
怖いからです。
次は自分の番になるからです。
そして、傍観しながら、他人事のように、みているのは、どうしてでしょう。
それは、親や大人が、自分の保身しか興味が無いからです。

不登校といじめる側、傍観する子、すべてが、病んでいます。
それが、この国の子供たちです。

子供が生まれたとき、あなたは、何を子供に望みましたか?

元気であれば、思いやりのある子に、優しい子に。
そう願ったはずです。

しかし、あなたの子供が、いじめに加担しているかもしれない
あなたの子供が、いじめられているかもしれない、

子供は、親の前ではいい子を装います。
それを、見抜ける親であるかどうか、親の、人間力が試されます。

子供を育てるということは、周りのおとなが、全身全霊をかけて
育てるということです。
それが、できなければ、子供を育てるのではなく、ただ飼育しているだけです。
そんなこと、考えたこと、ありますか?
今の学校は、動物園のさる山の飼育場です。
そして、地域社会も、ただ、傍観しているだけの、無関心な社会です。

無力さを感じたとき、はじめて、社会が変ろうとする、流れにむかうのです。
川の逆流に向かって、一歩、一歩、向かっていかなければなりません。
それは、大変な力が必要です。
しかし、あえて、それに挑んだ、不登校者は、
そのことを、社会に堂々と訴えていかなければならないと、私は感じるのです。

不登校、ちっとも恥ずかしい事じゃない。
別窓 | 息子 | コメント:0 | トラックバック:0
一学期終了式
2006-10-06 Fri 17:05
今日は、終了式でした。適応指導教室ではなくて、学校の方へ、
行く気へなって、3時間目から行きました。
くれぐれも、無理をしないように、と念押しし、送り出したけれど、
今日は、保健室の先生が出張で、保健室に鍵がかかっていて、保健室で
休めなかったらしい。
このへんの学校の対応も、すごく不信がある!
昼食は、一口も食べていませんでした。
食べる気になれなかったとか。
文化祭の準備を手伝って、終了式に出て、疲れ果てて、帰ってきました。
その間、いつも暴力を振るう子に、きいてみたそうです。

「暴力ふるって、楽しい?」

「楽しいよ。特に、相手が弱いほど、怖がるのを見るのが楽しい」

その子は、そう応えたそうです。
信じられます?学校は、こういう、子供を普通の子として、育てているんです。

そして、○○という子が、クラスを超えてやってきて、
「オマエを見てると、むかつく」
そう言って、言い捨てて行ったらしい。

(神様、そういうオマエが、逝け!と心で悪態をつく、母を許して下さい)

そして、ある先生2人に、
「先生は、どうして、先生になろうと思ったの?」
と聞いたそうだ。

一人目
「自分の夢をかなえるため。子供たちの役にたちたいから」とはっきり答えた。

二人目
「そうだな、&%$$’$#で、~~~~で、####で、””’&$%で、
それで、=~&%$$#で・・・・」
なんだかはっきりしない答えだったらしい。
家に帰ってから、彼は、2人目の先生は、先生になるべきではないと言った。
そのご、頭痛、吐き気で、ふらふらだったが、しばらく眠って、塾へ行きました。

学校の毒気に当てられた彼でした。

学校、ほんとに、必要なんですか?
彼には、学校が、安全な場所ではなく、信頼できる人もいない、そんな
魔物の巣窟に思えたに違いないでしょうね。

そして、通知表を見たら、
なぜか、2があった。どう、評価するんだろね。
そして、連絡欄に、「後期から、学校へ来れるように、頑張ってみませんか」とあった。
別窓 | 息子 | コメント:0 | トラックバック:0
適応で芋ほり
2006-10-05 Thu 17:04
息子、適応教室で、芋ほりがあった。お昼からたくさん、収穫できたようです。腰が痛いと言いながら、帰ったら、珍しく、お風呂に直行しました。
取ったお芋は、後日、スウィートポテトになるそうですよ。

適応教室の時間は、主に、塾の宿題をやっているようです。それから、お昼から、おしゃべりしたり、トランプ、ゲームと、多彩です。

現在、8名。(うち、男の子、3名)
中3生が、6名。

明日は、終了式なので、学校へ行くと言ってます。今、学校は、文化祭の準備で忙しい。その様子も見てきたいと言ってます。
そして、秋休みが、土、日、月。(普通の、休みと変わりないと思うのですが)

高校生の娘も、まもなく、中間テスト。
でも、我が家では、プレ2のみんなのテニスにはまってしまって、毎晩特訓してます。
今も、やってますが。。。(笑)
家族ランキング、息子→娘→母→父です。


おだやかな時間が過ぎていってます。
別窓 | 息子 | コメント:0 | トラックバック:0
自己肯定感
2006-10-04 Wed 17:03
大人でも、自己肯定感が低いと、生活に支障が出てきます。
子供ならなお更ですよね。
適応指導教室の先生と、時々話すのですが、「自己肯定感」が低いため、
適応に来ている子供たちは、往々にして、少しのことに傷つきやすいと、言われます。

息子の主治医の先生も、「ハードルを低くして、小さな自信をつけて、それの積み重ねが心を強くする」と言います。

息子から、話をいろいろ聞くと、彼は、楽しかったのは、幼稚園だけだったといいます。
小学校も、全然楽しくなかったし、家にいても、居場所がなく、楽しいと思った事がないと言います。

これには、少し、驚いたのですが、彼は、友達にいつも、囲まれていたし、
家にいても、おしゃべりで、楽しそうに見えていた。

友達に囲まれていたと見えたのは、彼いわく、「断れなかった」
楽しそうに見えたのは、「家が暗かったから、そういう役をやっていた」
らしい。

また、その頃を振り返ると、彼に対して、母親の私自身も、
「~しなさい」とかの命令言葉、で接していた。
テストでいい点数とってきても、「あと、もう少しで、100点だったのにね」と
心無い言葉を言っていた。
いつも、否定されていたと彼が感じても、しょうがなかったと思う。

子供は、ほんの小さな事を、ほめられたがっているんだと思う。
認めて欲しい、自分のために、養育者が時間を使って欲しいと望んでいるんだと思う。
何か物を与えての、代替えは、効かないなあ。

今、息子といろんな話をしながら、
「え、そんな事、褒めてほしいのか!」とびっくりする事がある。

かれは、今、子供時代のやり直しをしている。
かれの失われた、子供時代の7~8年、この頃、私自身も忙しかった。
子育てサークルやら、友人との付き合いで。
夫との関係も、不安定だった。
一番大事な、子供を置き去りにしてしまったなと、反省することばかり。

中学受験する人もいれば、高校入試に躍起になる人もいる。
けれど、自分の頭で考えて、自分の意思を出せる子だったら、
親が、レールをひかなくても、子供は、自分で、歩いてくれる。
子供が、中学受験した友人で、「私は、公立でいいと思っているんだけど、
子供が望むから」と、困った顔をして、言った人がいた。
いや、子供は、お母さんが喜ぶことを、本能的に知っているんだよ。
その言葉を言ったら、ケンカを売ることになるんで、言わないけどさ。
実際、塾の宿題を、おかあさんが、つきっきりでさせていた事実、
ほんとうに、子供が望んでいるなら、子供が自分でやるさ。。。
親の下心だね。いつの間にか、摩り替わっている。

子供を操作しようと、
こういえば、やる気を出す言葉とか、世の中には、たくさんあるけれど、
そんなものより、大事な事がある!と思うのは、不登校のひがみ??笑
別窓 | 息子 | コメント:0 | トラックバック:0
依存・共依存のこと [ AC ] (149)
2006-10-04 Wed 15:32

少しずつでは、あるけれど、過去のTさんとの事、整理されてきたなあって、
そのような気がしてます。

依存心(相手がいないと、生きていけないほどに感じる)と
共依存(相手に、自分がいないと生きていけないと感じさせる)は、
紙一重なんだと、思うに至ります。

今、ちょっと、あることで、この両方を見つめる機会があって、
自分の中では、これが、同時進行していました。

まず、相手がいないと生きていけない、希望がなくなるという状態ですが、
ストレートに、そう分かる状態というのは、現実では、少ないのだなと思う。
これは、巧妙に形を変えて、これでもか、これでもかと、襲ってくる。

よくよく、考えると、相手を失うのが怖くて、怒りになったり、恨みになったり、
逃げてしまったり、自己卑下したり、と、形は様々。
しかし、根本にあるのもは、「失いたくない」、ただ、それだけ。
感情も、「怒り」に摩り替わったり、悲しみに変ってたり、忙しい。

仏教の戒めの言葉に「稚心を去る」という言葉が、あるのですが、まさに、子供が、
母親のスカートのすそを握りしめて離さない、泣き叫んでいる
そんな状態なんだろうと思う。
幼い頃、親や養育者との間に、暖かい感情の交流が少なかった、或いは無かった場合、
「欲しい、愛して欲しい。振り向いて欲しい、見て欲しい」
これらの子供の頃の激しい感情が、ふとした時に、こぼれ出てくる。

あなたを失いたくない。。。シンプルにそれだけ。

そう思い続けて、それは、時に怒りだったり、恨みだったり、恐怖だったり、
ひと時の幸せな思い出だったり、しかし、それは、移ろいやすく、
決して、私自身を幸せにしなかった。

やっと、その依存的な視野から、離れて、相手の気持ちも、慮れるように
なってきた。
彼女は、きっと、「私を見捨てない」と言った、彼女自身の言葉に
縛られていたのだと感じた。
もし、私が、彼女の立場なら、自分の言葉に縛られる事くらい、
苦しいものは無いなあと思う。

物事は、森羅万象、変化する。

そして、反対に、私自身、その言葉で、彼女を縛っていたんだなあと思う。
それは、今になってみると、すごく、ずるい事に見える。
責任の所在が、私に無く、彼女にあるかのように、摩り替わっている。

ここんとこは、私自身、かなり反省しなきゃいけないと思う。


今度は、共依存の部分。

一時、彼女の夢の一部を、私は担っている気になっていた。
当然、最初は、彼女の手助けをしたいと、私自身の選択からだったけれど。
彼女は、自由で、闊達で、夢があり、その夢を手助けしたいと願うのは
ごく、自然に思えた。私には、彼女が、まぶしかった。
しかし、その彼女の夢を、いつのまにか自分の夢と、勘違いしていた。

そんな、ハネムーン期を過ぎ、気づくと、私自身は、彼女の
考えること、思うこと、やること、だけに、集中しすぎた。
自分を滅して、彼女を最優先した。
あまり、いい例じゃあないけど、
例えば、彼女が、バックから、煙草を取り出そうとすると、
すぐ、私は、ライターをつけて、準備をするってな感じと言えば、
わかるだろうか。。。

そんな彼女が、めずらしく落ち込むと、
「あなたは、素晴らしいし、どんな事でもやりとげる力を持っている」
そう言って、励まし?た。

そう言いながら、私は、彼女を励ませる自分の存在が、嬉しかった。
彼女が落ち込むと、私は、俄然張り切った。
彼女を助けたい、何か、役に立ちたい、夢を諦めないで、
あなたなら、その力を持っているんだから。
ほんとにそう思っていたんだから。。。


そんなことを、7年近く続けていたんだよね。


その結果、自分自身で、考え、言葉を発することが、出来なくなっていた。

これが、共依存。

同じ人に対して、依存と共依存を、お互い立場を入れ替わりながら、
延々と続けていたような気がする。


この彼女との依存、共依存の関係には、今は終止符を打った(と思う)
そして、あらたな場面で、これが発動しそうになる時、自戒する。


私は、私のことを、自分の言葉で語らせてください。
私は、自分自身の感情と、身体を大事にしたいのです。
私は、あなたの感情と身体も、大事にしたいのです。

もし、分かり合えなくても、それはそれで、尊重します。
だから、私のことも、尊重してください。

私は、あなたのこと、大好きです。

だから、あなたは、あなたの、仕事をしてください。
それが、私の喜びです。

そして、私も、自分の仕事をやっていきます。
それが、私の喜びとなります。

もし、どこかで、出会えたら、こんな嬉しいこと、ありません。

もし、あなたが助けを求めたら、私は、飛んでいくでしょう。
でも、もし、私が助けを求めた時に、来てくれたら、
それは、感謝とともに喜びの中にいるでしょう。


ゲシュタルトの祈りの変形、私バージョン(笑)


そして・・・彼女へ。
恨みや憎しみ、もうありません。

長い、長い、時間がかかったけど、
今は、感謝しかありません。
あなたと過ごした時間は、確かに私の一部。
もう、騙されたなんて、思ってもいません。

(実は、サークルを作る時、私はほぼ、強引に入れられた、誘われたという
経緯があって、???のうちに、立ち上げメンバーになっていたという不満が
ずっと、くすぶっていました。丸め込まれた感覚でしょうか。
でも、それもね、断れるはずだったのに、断らなかった私もいるのです。
そこまで、世間知らずじゃなかったはずなのに、
どうして、彼女をそこで、恨んでしまったか・・・
自分を正当化したかったのです。
他にも、サークル内の揉め事で、傷ついて、辞めていったメンバーに対しての
罪悪感もあり、申し訳ないという気持ちもありました。
でも、それも、今は、元気にお仕事している、辞めたメンバーさんを見ると、
これで良かったんだと思えます。)


私が、自分で選び、
自分で、あなたの傍にいる事を選んだのだから。
そして、心を尽くして、たくさんの事を教えてもらったのだから。

これからは、別の道を歩いていくけれど、
あなたと過ごせた時間は、素敵でした。

でも、もう、道は交わらない。

私は、私の道を・・・

もう二度と同じことは、繰り返さない。






別窓 | 楽天(不登校) | コメント:0
適応へ
2006-10-03 Tue 17:02
昨日の疲れで、今日一日、寝てると思いきや、昼ごろ起きてきて、自分でさっさと適応教室へ行ったよ。。。

へえ。

昨夜の塾も、90分があっと言う間だというくらい、負担に感じなかったらしく、
息子の変化に少し、驚いている。
個別に変って、良かったねえ、と言うと、集団授業についていけなかった彼は、どこか自責の念があったんだろうね。「そう?」とまんざらでもない顔をして笑った。
適切な場所があれば、ちゃんと、やっていけるんだなあと、今更ながら、痛感する。

来週、日曜は、また、そっくり模試だそうだ。うちから、かなり遠い、私立高校貸切になるのだそうで、さて、どうすんだろな。。。


で、最近痛感するのが、学校のほとんどの今の先生たちには、共感する力も無いし、人を支えるという力なんて、無いなあって、感じる。
だから、学校はだめだとそういう事を言いたいのではなく、人間力の低下なのだと思う。
適応指導教室の、Y先生も、来年、いなくなるそうだ。Y先生の生徒の心を掴む力は、付けようと思って付けられるもんじゃない。
以前から、Y先生を知っているが、彼女は、職員室でも、煙たがられる存在でした。でも、生徒には、絶大な人気がある先生でした。
生徒のためを思う先生が、職員室で浮くという実体、分かりますか?
先生も右へならえ、上のいう事聞いとく、事なかれ主義じゃ、これからは、日本の教育は、どんどん低下していくだろうと思う。
いい先生は、塾にも、たくさん、いるぞ。
やっぱり、苦労しないと、だめなんだなあ。。。

大学卒業して、「教えてやる」という態度じゃ、だめなんだよね。

で、来年は、息子は卒業してしまうけど、Y先生に出会えて、ほんとに
ラッキーだったと思います。
でも、Y先生がいない、来年の教室運営は、めちゃ厳しそうだなあ。

適応指導教室に、常駐のベテラン、カウンセラーを置いて欲しいなあ。
そう、願うのは、贅沢かな。
別窓 | 息子 | コメント:0 | トラックバック:0
学校実力テスト
2006-10-02 Mon 17:01
今日は、中学校の実力テストの日。
行くのか行かないのか、本人に、お任せで、
結局、行きました。

別室登校という形を取って、
朝9時前に送っていくと、
適応教室組が、なぜか、校門前で鉢合わせ。笑
みんな浮かない顔して、なぜか笑えました。

適応の先生も、校門のところで、待っていてくださって、
子供たちと一緒に、校内へ入って行ってくださいました^^

3時にテストが終わり、迎えに行くと、
意外と元気そうでした。
やはり、教室に入って、受けるより、別室登校が
ストレス少ないようです。

んで、ちょっと、お昼ねして、ご飯食べて、
今日は、塾へ。
かなり辛そうでしたが、以前の塾と違って、
90分だけの授業なので、
行ったようです。

明日は、一日、撃沈と見た。
まあ、そうやって、自分のペースを作っていけばいいのかな。

玄関脇のきんもくせいが、ちらほらと咲き出して、
秋の到来を告げています。
あと、半年。
どうなるやら。

今日の昼間は、高校さぼりの娘と一日、市内をぷらぷらして、
本屋や、おいしい昼食、ケーキを食べて、
帰ってきました。
精神的にてんぱっているよう娘。
特に、ブルーマンデー。

無理に行くことないさ。
息子の不登校がなければ、
こうも、言えなかっただろうな、と思います。

ここで、無理したら、そのうち、身体症状として出てくるって事、
知ってるもん。
今、休みが必要な時、休ませてやりたいと思うのです。
担任の先生にも、正直に話てありますが、
こんな、母親、いいかげんに見えるかもね。
でも、子供を守るのも、親の仕事だと、そう思えるのです。
別窓 | 息子 | コメント:0 | トラックバック:0
新車が来た [ 日々のこと・徒然に ] (148)
2006-10-01 Sun 15:29

朝から、久しぶりに雨が降ってます。

落ち着きます。


我が家で、13年間乗り続け、15万キロも走行した車でしたが、

車検を前に、ついに買い替えました。

(13年も乗ると、車検代、ガソリン代が、馬鹿にならない)


無事故で、よく頑張ったなあ、ありがとうと、車にお別れをし、

昨日、新顔を迎えました。



前より、ずっと、小柄で、コンパクトですが、

ナビ付きです。

私は、驚異的な方向音痴なので、

期待度、アップしてます。

が、どうやって操作するのか、今の所、さっぱりわかりません。

(役にたつのか?)


その前に、まだ、ハンドル横に付いてる、ギアチェンジが、

考えないと、できません。

シナプスが、つながるまで、しばらくかかりそう。


さらに、サイドブレーキが、フットブレーキになってます。

な、慣れない(汗;;;

前途多難中。


車といえば、実家の父も、若い頃、車好きだった。

車椅子生活の今でも、障害者仕様の車で、自分で運転する。

私が、免許取立ての頃、父は、よく言っていたものだ。

「車は、自分の身体の一部のように、なじませたらいいんだ」

「家族を乗せたら、安全運転する」

そして、私も、家族を乗せていると、そうするし、

車を自分の一部のように感じている。

(夫の運転は、荒いので、子供たちには、車酔いすると不評だ)

そして、父は、助手席に乗っても、運転する私を怒った事は、一度もないんだなあ。

酒乱で、ころころ気分が変る人で、困らされたけれど、

不思議と車にまつわる父の思い出(まだ生きてるけど)だけは、暖かい。

こんなところで、愛情をもらっていたのかもしれないと、ふと、思う。


さて、新しい車さん、我が家へようこそ。



先日、不登校親の会の定期会報がきた。

文部科学省が、学校をランク付け(評定制度)にするって話。

ランクを上げるために、不登校児童へのしめつけが

ヒートアップしなきゃいいけど。


でも、もう、後、半年で、義務教育も卒業。

早く、卒業したいなあ~。(←親子の気持ち)

別窓 | 楽天(不登校) | コメント:0
| 歩いていこう |