author : rinrin
理科がわからない
2007-02-28 Wed 00:27
息子ブログ見て、吹き出した。(本人が見ろというので)

理科が、分からないって・・・いや、ほんとに、分からないっす。

なんだか、とても、かわゆい。

親ばかです。はい。^^


じゃなくて、最近の教科書見て思うのだけど、
自学できるように、作られていないですよ。。。
写真ばかりが多くて・・・
分からないところが、あっても、調べようがないのだもの。

今、自学ができる新しい教科書を作るという動きがあるようだ。
少なくとも、今現在、小学校の算数の教科書は、ある。

ホームスクール用の、公的テキストがあったら、
不登校の子も、自宅で、勉強できるかもしれないなあと
思ったりします。

別窓 | 息子 | コメント:18
公立高校志願状況
2007-02-27 Tue 08:14
が、発表された。
う~ん。。。微妙・・・。ちょっと、朝から、考え込んでしまった。
自己推薦より、かなりマシとはいえ、競争には、違いない。
これなら、カイに、伝えても、いいかもしれない。
やばい、やばい、いよいよになって、母が、緊張してど~すんのって。(笑)
せっかく、今は、彼が、精神的に安定しているので、
とにかく、後、2週間、今まで通りの、マイペースでいけるよう、
過ごすことが、母のお仕事なのです。

*・゜゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*

とか言いながら、頭の中は、悪い癖が出てきてました。
ぐるぐると(◎o◎;)一つのところで、回リ始めたので、
こりゃ、いかんと、ストップかけて、秘密のおまじない。(笑)

止まった・・・
効果は抜群だ。
(ポケモンじゃないって・・・)
だいぶ、上手に出来る様に、なったかもと、自画自賛。

その後、カイとよくよく相談し、それから、
塾の先生に相談した結果、思い切って、
志願希望科の変更届けを出すことにした。

今日は、丁度、ソラの塾の面談の日だったので、
部屋に入るや否や、以前、兄弟で、お世話になっていた、
中学部の先生が私を見つけて走り寄ってこられた。
そこで、色々、お話しを伺い、
やはり、変更届けを出すことにした。

中学校へ連絡を入れると、夕方、担任さんが、
変更届けの書類をわざわざ持ってきて下さった。
ありがたいことだった。
余計な一言を抜きにすればですが。。。(笑)
それは、馬耳東風、のれんに腕押しってことで。

こうして、たくさんの人に助けられ、
支えられていることを思えば、本当に、感謝ばかりです。

明日、書類を持って、がっこ、行ってきます。

変更しないで、後悔するより、
変更して、後悔したほうが、まだましだと思った事でした。
波乱万丈の、お受験ですな~。ほんと。

ソラの時とは、一味も、ふた味も違います。

え、なぜ、変更したか?ですか。。。
う~ん、それは、企業秘密です~♪

別窓 | 息子 | コメント:5
医療費控除って
2007-02-27 Tue 00:25
噂には聞いていたけど、ほんとに、微々たる、還付金なのですねぇ。
やっとこさ、昨年の領収書をきれいに揃えて、計算してみたら、
あら~、3千円と少し。
でも、臨時収入には、違いない。明日、早速、税務署へGO!GO!です。


久しぶり、カイくん、登場です。
今日は、病院の日でした。
最近は、調子がいいので、さらに、薬が減り、夜だけになりました♪


そして、今、彼は、3月の一般試験にむけて、一夜漬け&付け焼刃で、
過去問題に取り組んでます。
いや、1日、2枚くらいの、プリントですけど。
でも、わからないことが、多すぎて、カイくん、撃沈してます(笑)
それでも、1日、最低一枚は、やってるので、大したもんです。

それで、母に、教えてというのですが、ちっとも役に立ちません(汗;

頼みの国語も、一筋縄では、行かない問題ばかり。
英語は、なんとか。。。かんとか。
理科は、なんとかも、かんとかも、ならないくらい、歯が立たない。
社会は、フィーリング。(大笑)
数学は、姉と夫、頼み。

そこで!親子で、考え付いたのが、大問1と2をいかに、攻略するか!
(大問1と2は、基礎を問われる問題がほとんど)
望みがあるなら、ここだろうということで、一致した。
そんな、いい加減な、受験勉強をやっております。

毎日、カイの勉強に付き合わされる母は、普段使わない脳を使うので、お疲れ気味です。ぼけ防止には、いいのかもしれません。

カイと、一緒に、勉強する日が来ようとは、思いもしていなかったのですが、まあ、それも、カイの意志に添って、お手伝いしてる日々です。

カイも、やはり、慣れない勉強のせいか、今夜は、早々に、寝てしまいました。
これから、早寝早起きを頑張るそうです。
といっても、本人にやる気があっても、なかなか、そうも出来ない事も
知っているので、暖かく、見守ってやろうと思います。

きっと、今頑張っていることが、次につながっていくのだろうと思います。もちろん、つながらなくても、OKです。
このように、書けば、きっと、1日、お勉強をしてるかと誤解されそうなので(笑)、念のため・・・PSPの、モンスターハンター2をやってる時間の方が、彼は、はるかに長いです~。

しばらく、こんな彼に、付き合う日々が続きそうです。

加えて、通信制の願書の受付が、既に、始まっています。
今週中には、願書を受け取りに、高校へ行かなければ~。
未成年者は、親子同伴で、一時間ほどの、説明会が、あるのだそうです。
日程漏れが、無いように、気をつけねばと思っています。

別窓 | 日々徒然 | コメント:4
弱いままで
2007-02-26 Mon 09:49
弱いところは、隠さず、弱いままでいいんじゃないかと。


そのままで、いいんじゃないかと・・・つぶやいてみる。


強いところばっかしでは、疲れちゃうじゃないと、思ってみる。


弱いものは、弱いままで。


それが、ありのままって事だよね。


でもね、それが、一番、強かったりするんだ。


別窓 | 日々徒然 | コメント:7
南極は暖かい???
2007-02-24 Sat 09:49


ソラ「私さ~・・・」

りん母「うんうん」

ソラ「小学校の時まで、さ~」

りん母「うんうん」

ソラ「北極は、寒くて、南極は、暑いって思ってたんだよね」

りん母「!!(笑)じゃあ、赤道は、どこにあるつもりだったの」

ソラ「さ~???」

りん母「???????・・・・」



一体、彼女の頭の中の地球って・・・

まあ、そんな彼女も、一応高校生ですから・・・


私も、若かりし頃、田舎から、プチ都会に引っ越してきたとき、

月極駐車場を、月極さんという方が、経営している、チェーン店だと

一年間ほど、思っていた。。。

この方、ずいぶんと、お金持ちなんだなあと思っていまスタ。

しかも、読みかた「ゲッキョク」でしたし・・・。


ものを知らないというのは、恐ろしい・・・

でも、なんとか、今まで、生きている。。。

人間、一生、勉強です!
別窓 | | コメント:2
誰もが隠しもっている心の宝石
2007-02-22 Thu 11:22
西尾 和美さんの「今日一日のアファメーション」というサイトです。
有名サイトなので、御存知の方も多いと思うけれど、見たことがない方は、是非訪問されてみてください。
毎日、日替わりで、今日、一日のアファメーションが、アップされます。

http://www.iff.co.jp/cgi/affirmation/index.shtml

自分の中の奥深くに、ひそやかに時を待っている、宝石があります。

人間は、誰でも、内側に宝石を隠し持っています。

宝石は、固い石の中に、秘められているかもしれません。

厚い壁の金庫に、隠されているかもしれません。

     ~中 略~

まわりの汚い石を削り取って、光輝くように、磨いてみましょう。

自分には、宝石なんて、ないと思わないでください。

だれでも、生まれながらにして、持っているものですから。



私は、一年前まで、この言葉の真実を疑っていました。

きっと、私の宝石は、お母さんのお腹の中に、

置き忘れてしまったんだと、そう、思っていました。

しかし、ある出会いがあってから後、それは、誰の中にも、

漏れなく、宝石は、あるものなのだということを、

信じることができるように、なりました。


どうやって、信じることが、できたのかというと、

相手の中に、宝石を見たからです。

そして、「あなたにもあるのだ」と、確信を持って、言ってもらったからです。

最初は、信じられなかったですよ。私も、疑い深い人間ですから(笑)

でも、何度も、何度も、言われたら、

次第に、「そうかなあ」と、思えてくるものなんですよ(爆)>単純?

そして、そうなりたいという、意志が、自分の中に芽生えてきました。

簡単に、はしょって言うと、そこが、私の出発点でした。


昨年一年、振り返りますと、自分の思い込みを壊すという事を

していたのだということに思い至ります。


その過程では、今まで、コントロールしてきたはずの自分の心が、

がたがたと、音をたてて崩れるような感じ。。。

他人に対しても、自分に対しても、ブレーキが利かなくなったり、

自分自身が、一体、どこにいるのかさえ、分からなくなる感覚を

何度も味わった気がします。


今回、西尾さんの本を読み直しながら、その事への答えが書いてあったんだなあ。。。

実は、このときが、本当の回復、改善への出発点になることが、多いのだそうです。
今まで、コチコチにしがみついていたものから、自分を離そうとする時、否認・否定が破れ、やっと、現実に触れることができると、書いてありました。

しばらくの間、お先真っ暗のように感じるかもしれません。
苦しくて、つかみどころのない暗中模索の過程で、今まで考えてもみなかった真実が明らかになってきます。


この感覚だったんだなあと、そう感じました。

私も、これから、この揺さぶりは、たくさん、経験すると思います。

でも、辛いとき、苦しいときこそ、自分の中の『心の宝石』を、

信じ続けることが、支えになっていくと、そう思っています。

そして、誰の中にも、宝石があるという事も、信じていますよ。

だって、私にあるんだから、みんな持ってるに決まってるじゃん♪

と、ため口、きいてます。


別窓 | AC関連 | コメント:6
はっくしょん
2007-02-21 Wed 18:21
あ゛~

花粉症・・・くしゃみと、○水が止まらない。

年々ひどくなるのは、なぜ?

皆さんも、お大事に・・・(クシュン!)じでね。。。

思考力ゼロの日でした。


くしゃみしながら、なんだけどね、、、

境界線って、気持ちよく付き合っていくためのツールだし、

ひとりひとり、違っていいんだって思う。

そこを、お互い尊重しあえていけば、いいんだからさ。


臨機応変でも、いいんじゃないかと、ぼんやりした頭で、いい加減に考えてみた。

 ・・ クシュン。。。

別窓 | 日々徒然 | コメント:5
共依存【5】
2007-02-21 Wed 00:10
不登校、親子関係から、だんだん離れていってる気配もしますが、

まず、親のアイデンティティを確立することが、

不登校の子への、アプローチをスムーズにするのではないかと、

私は、ずっと、思っています。

それと並行して、子のアイデンティティも、少しずつ、確立されて

くるのではないかと思っています。

ただ、親が自己を確立する時間と、思春期の子供が、自己を確立する時間には、
かなりの時間差があるのではないかと思います。

思春期という、大嵐の時期を乗り越えて、大平原の海原に漕ぎ出すまで、
根気強く、見守る必要があると思います。 

では~、以下、やはり、西尾和美さんの本からです。

      

     自己を確立する


自分がいったい誰であるか、

自分の人生の目的はなにか、

自分はどういう人間になりたいか、

自分は人生になにを求めているのかなどをはっきりしないと、

確信を持って自分の中心からものを考えたり、

行動したりすることができません。

他人の言うなりになってしまいます。



私は、以前から何回もこの言葉に触れてきたはずなのですが、

今、これを書きながら、この言葉の深さをかみしめています。

一つの問題を突きつけられているような気分になります。


おまえは、いったい誰であるのか?

おまえの人生の目的はなにか?

おまえは、どういう人間になりたいのか?

そのように、根源から、問われている気がします。

すばらしい、問いかけであると、思います。

そして、これは、息子にも、同じように、問われている

問題だと思うのです。



この地上を去る前に、自分はなにをしたいのか、

自分の使命はなんなのか、じっくり探求しましょう。

結婚相手、友人を選ぶときは、

「この人といると、自分を失うような気がする」かどうか

確かめましょう。

他人に幸せにしてもらいたいと思わず、

自分で自分を幸せにする力をつけましょう。

自分を大切にし、

自分を肯定し、

自己主張を適当に、

自己のアイデンティティが、

他人によって定義されることのないよう努力しましょう。

自分が尊重できると人も尊重できるようになります。


健全な自己を確立するためには、過去の心の傷の癒しが必要です。

これらの習慣は、長い間かかって、出来上がった奥行きの深い問題です。

それに対処するためには、総合的なアプローチをとり、

毎日、なんらかの回復と癒しの活動をして、

新しい健全な知識を得て練習することが、大切です。



この新しい健全な知識と、言われているものは、

過去の、信念にも似た自分の癖(行動と思考パターン)を

書き換えていくという作業だと思います。

決して、楽な道ではありません。

自分の中の小さな子供をなだめ、すかし、さとしていかなければなりません。

これからも、私自身の道は、続きますが、

私も再度、自分にも問いたいと思います。

私は、いったい誰であるのか?

私の人生の目的はなにか?と。


それを考え続けることが、自分の方向性・指針になるのではないかと

思えてしょうがないのです。

それは、私に限らず、あらゆる人に有益に作用するのではないかと思います。

以上で、共依存のお話は、一旦終わります^^

が、また、続けて書くこともあるかと思うけれど、

私の理解不足もあって、手付かずの箇所も多いのです(汗;

そのため、かなり、はしょってます。(;-_-)

もっと、詳しく知りたい方、興味があられる方は、

西尾和美さんの著書に、今一度、触れてみてください。

今回、このような、考え直しの時間を私自身、得られたことは、

大変、有益な時間となりました。

長々と、駄文にお付き合い下さり、ありがとうございましたm(_ _)m

感謝!


*資料、ありがとうでした^^ めちゃ、助かりました。(私信)


ちょっと、ひとやすみ*・゜゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*


070220_1825~0002.jpg


庭のくちなし。いい香りが、庭中、充満してます。
別窓 | 日々徒然 | コメント:2
共依存【4】
2007-02-21 Wed 00:00
では、どんどん、先へ参りましょう~。

今日は、@共依存の人は、考え方や視野がせまい

ということからです。


ある特定の人のことばかりを考えないこと

どうにもならない他人のことで心や頭を痛めるのはやめて、

自分のまわりをもう一度みてください。

また、オール オア ナッシングの考え方をやめることです。

極端に、ものごとを黒か白かと決め付けたくなったら、

グレーを頭に思い浮かべてください。

ほどほどにするという能力を身につける必要があります。

ときどき、手を休めて、やりすぎていないかチェックしてみてください。



ひとつの事が頭から離れない時、心は平安ではいられませんよね。

そして、膨らんでしまった妄想が、ぐるぐると回り始めますねえ。

これは、「心の癖」なのですが、私も、長年これから脱出できず、

かなり、悩まされました。

以前、具体的な方法として、とらわれた状態になったら、自分に

「ストップ!」

と、言葉に出して思考を止めることを、かなり長い間やってました。

最初は、あまり、効果があるのか、ないのか、よく分かりませんでした。

今考えると、それなりに、効果があったのではないかと思います。

効果が実感できる時は、少なかったのですが、

気持ちを切り替えるということの大切さを、身体で実体験したのと、

後にやりはじめた、瞑想(メディテーション)の前段階として、

役にたっていたのではないかと思います。


まあ、「ストップ」の効果か、どうかはっきりは分かりませんが、

今、問題の相手は、目の前にいないという現実、

今、自分は安全なところにいるのだという認識が出来るように、

微々たることですが、気持ちの方向性決めて、やっていたわけです。

それでもダメなときは、信頼する人に、SOS出しました。

そして、気持ちを吐き出させてもらいました。

そうして、状況を公平に判断してもらい、共感してもらうことで、

気持ちがストンと、落ち着きました。

今でも、そんな事、しょっちゅうなんですが(汗;

前に比べて、日々の葛藤は、ほぼ、沈静化してます。

たぶん・・・(;´Д`) です。。。ははっ 


まあ、西尾さんが、言ってるように、

特定の相手のことを心配しすぎて

自分自身の人生を楽しみ、笑い、喜ぶことを忘れてしまっていませんか


という言葉は、自分を大切にしていない典型的な状態だと、思います。

決して幸せな状態とは、言えない。


この状態というのは、ほんとに、わかるのです。

かつて、Tさんと共依存であったとき、

相手の顔色、口調、仕草、息遣いまで、私は気になりました。

しかし、その状態にはまりこんでいる時、

私は、自分が、青息吐息の苦しい状態だということを、

かなり長い間、理解していなかったのです。

そして、そこから離れるということで、やっと、今、理解できたわけです。

ある意味、マインドコントロール状態だったのだと思います。

私の恐怖は、半端じゃなかったです。

彼女の思考と、自分の思考が混線していましたから。

そのマインドコントロールを解くきっかけとなったのは、

「距離をとりなさい」という

ある方のアドバイスでした。

最初は、距離を取るということを、自分が出来るとは、信じられませんでした。

視野がせまかったんですね。

もう、それしか、目に入らない状態。

たった、それだけの自己コントロールが、できないほど、酷かった。

しかし、どうにかこうにか、一年の間、うだうだと、悩みながら、

離れられたと思います。

その間、怒りの処理、恐怖の克服、自己を立て直す、

そういう練習をやりながら、ひとつステップアップ

できたような気がします。

そして、すれ違うだけで、夢にうなされるような日から、

ニアミスしても、次第に大した感情がわかなくなっている自分に驚きます。

確かに、郷愁に似た感情が、湧き出てきたりしますが、

それは、瞬間のことで、すぐに流せるようになりました。

彼女が、今の私をどう思っているのか、という事も、

気に病むことも、少なくなりました。

そういう事例もあるので、距離を取るという事は、

まあ、一つの方法ではないかと、経験上思います。

もちろん、離れないという方法も、あるのだと思います。

でも、残念ながら、私は、それほど、強くなかった。

あの頃、心が分裂して、壊れる寸前でした・・・。

今は、

まず、自分が幸せな状態になること

それを、自分の目標として、やっているところです。

そして、これが、今、物事を判断するときの、ひとつの指針になっている気がしますよ。

別窓 | 日々徒然 | コメント:0
自分を大切にすること
2007-02-20 Tue 09:33
ACさんは、これが、なかなかできません。

「もっと、自分を大事にしなさい」と言われても、

意味が分からないんです。

意味が、というより、感覚的に分からないのです。


なぜなら、大切にされたという経験が、生育歴に無い、

あるいは、少ないので、

自分を大事にする=甘やかす

としか、思い浮かばないのですよ。はい。

また、自虐的傾向、自己犠牲的傾向も、並じゃあありませんから、

自分を大事にするって、より、わけがわからない。

自分なんて、最初から、頭にないのですから。

相手中心の家庭で育てば、そりゃ、自分のことなんか、

考えることなんて、できないのは、当たり前なんです。


で、たまたま、視点の転換ができそうな文章に出会ったので、

ついでに、書いておこうと思います。


理想家で、完璧を求めすぎると、自己処罰の観念が強くなります。

自分を「預かりものなのだ」と思って、大事にしなくてはいけません。


例えば、子供を授かったとき、「天からの授かりもの」と

世間では、よく言いますよね。

預かっただけ、という発想。

自分のものでは無いとう発想です。

で、その論理でいくと、自分自身も、「あずかりもの」なんです。

そうでしょ?

自分を、「自分のもの」と、不遜なことを思うから、

自分を大事に出来ないのかもしれないなあと、思うのです。

自分が、自分という人間を作り出して、

この世に存在しているわけじゃないですよね。

こういう発想は、とても、大事だと思うのですがねえ。


じぶんだって、大事なあずかりものなんですよ。


そんな、発想の転換、やってみたら、

視点が違って、見えてくるものがあるんじゃないかと思いますよ。


どうでしょう。

別窓 | AC関連 | コメント:7
閑話休題・・・【共依存3】
2007-02-20 Tue 00:00
今日は、愛情としがみつきについて、同じく、西尾和美さんの著書から、引用しながら、書いてみたいと思います。
ちょっと、苦手な分野です。(汗;;
もしかしたら、つっこみギャグ考察になるかも。

これは、非常に、デリケートな問題です。
ここでは、あくまで、不登校及び親子関係についてやってますので、
その上で、読み進めてもらえれば、幸いです。

@愛情としがみつきを取り違える・・・共依存と真の愛の違いをしること

           
           ~抜 粋~


相手を愛するということと、

しがみつきとの違いを知る必要があります。

どんなに相手に虐げられても、

酷いめにあっても、

心理的にまたは身体的に離れられずに、一緒にいたいと思うのは、

しがみつきです。


どんなに相手につくしても

相手の問題行動が治らないのに、

同じことを繰り返してくっつくのは、

共依存で、真の愛ではありません。



この文章は、DVの方対象に、書かれた文章かもしれません。
もしかしたら、ギャンブル依存の恋人、アル中の恋人、夫
そういうものかもしれません。

しかし、上の文に含まれる、基本的なことは、
不登校の子に対しても通用するのではないかと思います。

動かない相手を、躍起になって、動かそうとするな、
変えようとするな、ということでしょうか。

そして、次の文章は、ここに、書くのは、不登校とは、
あまり関係ないのかもしれませんが、夫婦関係も見直すということで、
知識として役立つだろうと思うのでアップしてみました。


共依存の人は、アディクションなどの問題を持った人に、

知らないうちに惹かれて、恋に陥りやすいので、

あまりにも強い引力を感じる人のそばには、近寄らないことです。



これが、できたら、人生苦労はしないよ(笑)・・・と、
私も、ひとりごちてみたりします。
実は、私も、夫との、出会いは、こういう感じでした。
私は、その頃、心に空洞を抱えていましたし、
夫も、自覚の無い、さみしさを抱えていました。

人に惹かれる時、自分に、無いものを相手に求めると、
言いますが、共依存の場合、寂しさと寂しさが、
瞬間的に、共鳴を起こすようです。
これは、理屈を越えているようです。

胸がドキドキしているのは、
相手の機能不全さと、
自分の機能不全さがマッチして、
共鳴しているからで、
愛のときめきではないかもしれませんから、注意しましょう。


文章が古臭いのか、ほら、だんだん、お笑いに、なってきましたね。
でも、めげずに、解説、解説。

以前、友達に、共依存で始まった関係は、
長続きしないし上に、破綻する可能性が大きいと、
聞いたことがあります。
これは、ある意味、真実だと思います。

しかし、お互いが、高めあう関係に目覚めれば、
あるいは、いい関係を保つことができるように
なるかもしれません。

一目ぼれなどをしたら、さっと反対の方向に走りましょう。

いや~、惜しい。これを、数十年前に知っていたら・・・(大笑)

で、私が、いいなあと思った文章は、ここです!


本当の愛は、静かでゆったりしています。

本当の愛は、相手の人間としての成長を最大限伸ばすよう支援し、

しかも、自分を失わず、自分も、よりよい人間になることです。

もし、自分がいっしょにいることが、

相手の人間性の成長の妨げとなるようだったら、

相手を解き放してやることが、できるくらいの、

大きな愛情をもてるようになったら、すばらしいことです。


相手から、必要とされていることや、

ジェラシーがあったり、

コントロールされていることを、愛されていることだと

誤解しないでください。



はい、もう、その通りだと思います。
これは、相手が、異性だろうと、同性だろうと、同じことだと
思いますよ~。
ひとりで生きていけるけど、時には、協力して、
物事を成すこともできるということで、
それが、お互い、一番楽なことなのだと思います。

自分の存在が、相手の足かせになることは、誰だって
望んでいないはずだと思うのね。
親が子供の足かせになったら、困りますし。
これは、人間関係全般にも、いえるんじゃないかと思います。

まあ、話、それてしまいますが、依存っていうものは、
相手のおんぶおばけになる事なんですが、
反対に臆病になリ過ぎるっていうのも、
実は、よくあるんですよねえ。

このさじ加減がですねえ・・・バランス感覚として、
自分が納得できるところまで、行き着くには、時間がかかります。


共依存の人は、他人は助けますが、自分のために助けを求めることが下手です。適当な援助を求めましょう。

というものが、あります。
ここが、私も、最初のころ、自分の中で、疑問があって、
じゃあ、一体、どうすりゃいいんだと、混乱したものです。
今でも、私自身、直接、人に助けを求めるのが、苦手です。
でも、呼びたいわけですよ。
で、全然関係のない行動をして、呼びたいオーラを出したり(笑)
やっちゃいます。はい。(汗;

しかし、助けを呼んでばかりいても依存になるかなあ、とか
でも、助けを求めていいんだとも言われているし・・・

ここが、難しい。。。

それで、とりあえず、最近では、「助けを、ストレートに呼んでみる」
という事に気をつけて、今は、やってみています。
根が天邪鬼なので、これをやるのは、結構、勇気いります。

話、またまた、それました。

もし、自分が置かれているところが、不健全な関係ではないかと、
ちょっとでも、疑いを持ったら、
「依存者をさらに、依存させるのは、それを支える共依存者の存在だ」ということ、考えてみていいんじゃないかと思います。

ここを、クリアできたら、夫婦でも、友人関係でも、
親子関係でも、信頼を基礎に、
それぞれが、不健全にお互いを縛ることなく、
自由で、互いを尊重できる関係が、構築できるのではないかと、
思います。
そう、これが、相互依存ですね。

と、無難にまとめてみた。(汗;

別窓 | AC関連 | コメント:0
ちょっと、一息
2007-02-19 Mon 12:44

今日は、朝から、落ち着かなかったですwww。

カイの試験結果発表の日だったので、駅まで送り、
(田舎なので、バスの本数が少ない)
結果を見てきた彼をまた迎えに行き、なんて事やってました。

え、結果?

だはは。見事落ちましたよ。

帰るなり、彼の一言で、爆笑しました。

「ねえ、通信の試験って、いつだったっけ?」

いや、その前に、学科試験があるから。。。そこの、あなた!

それをハタと、思い出したカイくん。(どんだけ・・・汗;)

急いで、リュックに、勉強道具詰め込んで、

「適応教室、連れて行って!」
(これも、バスがない・・・)

やれやれ(汗;

(ちょっと、落ち着いて欲しいのだけど・・・)

彼いわく、ちょっと、焦ったそうです。

世の中を自分ワールドでしか計れない彼にとって、

夢から覚める、現実への一歩になるのでしょうかね。

まあ、落ちたことも、経験ということでね。

無駄には、ならない事だと、思ってます。

経験を生かすも、殺すも、自分次第でしょう。

気持ちを切り替えて、落ち着いて、次に進んで欲しいと思います。

勢いと、思い込みだけじゃ、世の中、動かないってこと、

身に染みて欲しいところです^^


瞬間、やっぱ、私立受ければよかったと、ちらりと思ったそうですよ。

(もう、遅いからね)

それも、経験だ。

自分で選択して、自分で経験して、生きてって欲しいよ。


この時期になると、近所の知り合いの話を思い出す。

息子さんが、高校受験の時、志望校に落ちた。

そのとき、その息子さんが、お母さんに言ったそうな。

「お母さんが、ここを受けろと言ったんだろ」

そのとき、そのお母さんは、泣いてしまって、

とても、みじめな気持ちになったと。

確かに、お母さんの操作があった事は、その通りだったんです。

しかし、受けたのは、子供自身でした。


私は、どちらの立場にもなりたくないと、娘の受験時も、

息子の受験も、それだけは、心においてきました。

間違ってもいいから、時間はかかっていいから、

自分で選んで欲しいと、そう思ってます。

それは、今でもそう思ってます。

別窓 | 息子 | コメント:6
共依存【2】
2007-02-18 Sun 10:56
最初に、断っておこうと思います。
私も、すご~く、共依存的傾向の強い人間です。
昔よりは、かなり、落ち着いたとは思いますが、
やはり、グラッと足元が傾く感覚は、時折あります。
これから、しばらく、共依存について、書いていこうと思いますが、
大なり小なり、同じような苦しさは、持っているという事を書いておこうと思います。
そして、大きな時限爆弾も、背負っています。
時々、その爆弾の重さに、座り込みたくなる感覚もあります。
けれど、次の瞬間は、爆弾の重さを感じないくらい、なっていよう、
なっていたいと、自分を鼓舞します。
そうして、今まで、たくさんの人に、支えてもらってこその自分です。
そういう立場で、書いていこうと、思っています。


今日は、

『共依存の人は問題や危機が起こっているような状況や人間関係に身を置きやすい』

というところを考えてみていこうと思います。

西尾さんの言葉を借りるなら、

こういう人たちは、身のまわりに何かが起こっていないと、空虚になり、

問題がある方向に無意識のうちに向かってしまう傾向があります。



機能不全の家庭に育つと、毎日が、波乱万丈です。
私の家庭でいうならば、いつ、父親が暴れ出すか、怒り出すか、
いつ母親が、泣き出すか、その慰め役として、出番がまわってくるか、
家庭において、心が平安な時は、一時もありませんでした。

そういう家庭に育った子供にとって、安定している家庭で育つということは、とても、想像しがたいことなのですよね。

いつも、自分とは、関係のないところで、何かが予期せぬ状態で、ドラマチックに始まる。
そうすると、いつも、びくびくして、
「ああなるんじゃないか、こうなるのではないか」
と、予期せぬ、悪い事を、予想しながら、ショックを和らげようと必死になります。

もしくは、悪いことがこないように、先回りして、「いい子」をやって、へとへとに疲れ果ててしまうのです。

でも、予期せぬことは、いい子をやっても、予測しても、やはり、同じようにやってくるのです。

そのような環境の中では、何かが起こっていることが、普通のことになってしまうのです。

意識の上では、心配のない、生活をしたいと望みながら、身に付いた癖、思い込みは、なかなか消えません。

いざ、安定した平穏な生活が続くと、今度は不安になり、

他人中心の不安定な生活を、自ら選び取ってしまいます。

いろんな理由があるとは、思いますが、害のある人のそばから離れられないのです。

これには、また、「執着」「愛着」ということもありますが、それは、また、後ほどね(またかよ・・・(;´Д`) 

以前、私自身、明らかに、自分に害があると思われる人から、離れられなくて、苦労していました。今では、かなり、自分と相手を立て分けて考えられるようになりましたが、それでも、身近に接すると、妙な罪悪感が湧き上がります。

かつて、どんなひどいめにあったのかを、忘れそうになるのです。
そして、自分がどんなにひどい人間かを、うじうじと考えます。
同時に、愛着・・・懐かしい感じがします。
これが、よろめきそうになる一番の原因だと、自分では思っています。

何かが起こっていないと、生きている実感がないという心の癖。
平穏な時間を自分のために、楽しめない。
難儀な性格です。いえ、どちらかというと、「しみついた癖」ですね。

今では、かなり、切り替えが早くなってきました。

「私がいなければ、あの人は生きていけない」

いえ、そんなこたぁ、全くありません。
ちゃんと、相手は、元気にやってますから。笑

反対に、相手もかつて、私に言いました。

「いつも、ついててやらないと、生きていけないでしょ」

いいえ、私、ちゃんと、生きてますから~。
しかも、以前より、ずっと、判断力あります~。


西尾さんの言葉を借りるなら、

本当に平安な暮らしをしたいなら、

信頼できない人のまわりに近づかないようにしましょう。

ハラハラして、感情の上がり下がりの激しい生活はやめて

リラクゼーションやメディテーションなどをして、

静かで安らぎに満ちた生活をするようにしましょう


ということになりますでしょうか。

私は、幸いに、昨年一年間、まさに、このような時間を持つことができ、ほぼ自称ひきこもり系で過ごしました。
じっと、時間が過ぎるのを、待つという時間をもてました。
それは、それで、焦りや、葛藤もありましたが、今振り返ると、とても、幸せな時間でした

人生で、すぐに、解決しなければならない問題は、自分が思うほど、少ないのだという事も知りました。
問題から、自分を遮断するという方法も、大切だと、思うに至りました。

そして自分の問題と相手の問題を、ずっと考えながら、思い込みの糸をじっくりほどいていきました。
はらはらして、生きる必要はなかったのだと、そう、思うに至りました。
まだ、心、すっきりさわやか、穏やかにってわけには、いきませんが(笑)、
かなり、今は、楽になっていると思います。


以下、西尾和美さんの本から、簡単なメディテーションの方法を丸写ししときます。
参考になったら、嬉しいです。


         〔メディテーションの一例〕

身体をゆったりとさせてください。(*注1)

呼吸に注目してください。

重心を下腹部におきます。(*注2)

ゆっくり2~3回深呼吸をしてから、呼吸を普通に戻します。

空気を吐き出すと、下腹がひっこみます。

空気を吸うと、下腹がふくらみます。

下腹が引っ込み、下腹のふくらむ過程に、意識を集中させましょう

いろいろな考え、感覚、感情が頭の中に入ってきたら、

気づくたびに、流し去りましょう。(*注3)

空気を吐く時の下腹のひっこみと

空気を吸うときのふくらみに注意をもどします。

自分で気楽にできる範囲で行い、適当なときに目を開けてください。


*注1:このリラックス方法は、いきなり、力抜けと言われてもできないので、頭の上から、顔、首、肩、背中、手、おしり、足と、順番に意識をおろしていきながら、やってみたら、やりやすいと思います。


*注2:なぜ、下腹部かというと、へそのすぐ下には、丹田という、体の中心になる、つぼがあります。そこに、意識を集中することで、心の安定を図ります。
ヨガなどでは、よく、使われているようです。

*注3:流れ去るイメージを、頭の中で描いてね。
小川の水のイメージなんか、私、よくやります。
時々、怒涛の滝つぼなんかも(大笑)     
いや、これは、ちょっと、やりすぎか^^;

*注4:くれぐれも、体調の悪い時は、やらないでください。
そして、お酒を飲んだ後も、やらないでください。
気楽に、2~3分から始めてみてください。

また、息を吐き出すとき、嫌なイメージを一緒に吐き出す気持ちで
やってみたらいいと思います。

ヒーリング音楽をBGMにしても、とってもいいですよ^^


waterfalls.gif

別窓 | AC関連 | コメント:6
共依存【1】
2007-02-17 Sat 09:44
昨日の記事に、引き続き、復習のつもりで、

西尾和美さんの「共依存の癒し」より「共依存の問題」の

22項目について、私的暴論を入れながら、考えてみたいと思います。

これら22項目を私なりに考えると、

ひとつの貫かれた共通点があるのではないかと思いました。

まず、それを序章として、書いてみます~。


共依存傾向の強い人(自分を含めてですよ)は

とにかく、相手に巻き込まれやすいということに尽きる。

これらは、よくいわれる、境界線の問題です。

この境界線の問題については、また、後々・・・。


その前にお伝えしたいことは、

とにかく、そういう状態のとき、意識が一点に、良くも、

悪くも、とどまりやすい。

ぼーとして、何も考えていないような時間に、

頭の中に、たえず、同じことが、浮かんできませんか?

それは、そこに、執着しているからですよね。。。

そして、その抱えたくない問題を、早く解決したい、楽になりたいと

焦るあまり、余計事態を悪くしてしまったり、ありますよね。


これ、私、よくやります。

墓穴せっせと、ほりました。

でも、「待つこと」、「時間が過ぎること」も、大事なところだと思います。


西尾和美さんの文に、こういうものがあります。

いてもたってもいられない不安感、寂しさを感じたら

あわてないでじっとしていることです。



湧き上がる、気持ちをじっと耐えるということも、

精神的な体力をつける時間になると、そう思います。

そして、

どうにもならない他人のことで心を痛めるのはやめましょう

ですね。


そして、それでも、あまりにきつくなったら、


私、グランディングをおすすめします。

地に足をつける訓練。

トイレ掃除、拭き掃除・・・何も考えないでいられる時間、

自分の体を使って、自分の身体に意識を集中させ、

顔、耳、口、手、足・・・

そして、流れ出る息、入り込む息に注意をはらうんです。


辛さは、本当に、わかります。

燃え盛る炎のように、どうしようもなく、つらい思いが

湧き上がるのもわかります。とっても。。。。

経験者ですから。。。

今でも、そういう時もあります。


でも、一点に、意識をおき続けると、余計苦しくなります。

雪だるまになっちゃいます。

どんどん、ふくらんで、身動きとれなくなります。


土日、気分転換で、ゆっくり、水族館でも、行ってみたらどうでしょうか。。。

自然の中に身を置くというのも、一つの方法です。

じぶんなりのグランディング、考えてみたらいいと思います。

深呼吸して・・・。

ゆきだるまにならないように。


辛いのは、重々承知です。

辛いときに、こういう事をやれといわれても、

実際は、もっと辛くなるかもしれません。

でも、自分を救えるのは、自分しかいません。

大事な自分です。

それを、乗り越えるのも、自分です。

これには、魔法の薬は、ありません。訓練しかありません。

おなじみの今までのやり方では、通じないよという

体と心の悲鳴に耳を傾けて。


眠れていますか?

ちゃんと、食べていますか?


もちろん、これらをやっても、やらなくてもいいんです。

やっても、やらなくても、あなたには、変わりないのですから。


別窓 | AC関連 | コメント:8
方法
2007-02-16 Fri 10:32
15日の記事で、

不登校の最初の頃、「回復の方法」だけを行った、と書いた。

それに、少し付けたしたいと思います。


ちょっと、辛らつな言葉がありますが、以下から抜粋。


「7つの習慣」スティーブン・R・コヴィー

@自分の人格に基本的な欠陥、二面性、あるいは、不誠実さを持ちながら

テクニックや手法だけで、人を動かしたり、仕事をさせたり、

志気を高めようとしたりすれば、長期において成功することはない。

いくら、人間関係を改善させるためのテクニックを使ったとしても、

それは、すべて相手を操ろうとしている行動にしか見えない。

信頼という土台がなければ、成功することは、あり得ない。

だから、テクニックだけに集中することは、学校で詰め込み式の勉強を

繰り返し、中身を丸暗記しようとするようなものである。

 
どう見せかけるかではなく、本当のところ、あなたはどうあるか


最後の文章は、テクニックではなく、本当のところ、私は、どうなのか?と

言い換えてもいいと思います。



「本当の私」つまり、等身大の今の自分、

もっと言えば、自分の美しいファンタジーの中に隠されたものが、醜い老婆か、

高貴な妖精であるか。。。を見極めること、大事だと思うのです。


「あなたのために」

「あなたが、心配なの」

「あなたを思えば」

「愛している」

これらは、すばらしい、尊い気持ちです。

私も、ありますよ。こんな気持ち。はい、た~くさんあります。

しかし、その後ろに、腹黒い老婆がいないか、かなり慎重に

ならなければならないと、用心もしているつもりです。


あのとき、そういう気持ちが無かったか?

あの時、心配だったのは、相手ではなく、自分だったのではないか?

下心は、なかったか?


私の場合、これが、方法論に走って、失敗あるいは、効果が無かった理由だったと

今だから、言い切ってしまいましょう。

「子供を心配する親」のつもり

実際には、腹黒老婆は、

「世間様に恥ずかしいじゃん」

「どうして、他の子ができて、うちの子だめなの」

「いい親やってんだから、学校へ行ってよ」

「こんだけやっても、動かないって、どうしてくれるのよ!」

「私の面子丸つぶれ!」

反対に、高貴な妖精さんになれば、

「こうしたら、こうしてあげる」

なんて、そんなケチなことは、微塵も考えません。

まあファンタジーの裏には、大きくわけると、ふたつの人物が

あるってこと、いつしか私も理解したわけです。

それで、このにっくき、腹黒老婆をいかに、コントロールしていくか。。。


もう一度、依存・共依存・執着について、資料を掘り出して、復習してみました。

当時は、依存症回復のための覚書を、全て自分にあてはめて考え、

あれも、これも、と詰め込みすぎて、迷路にはまった記憶があります。

おそらく、第3者視点で、冷静に、どういう状況の時、どういうところに、気をつけていいのか、

さっぱり、判断が付かなかったというのが、本当のところでしょう。

今、自分がどの時点にいるのか・・・それが、分からない。


一時期、共依存からの回復のための、実践方法を34項目に、まとめたものを
(頂き物ですが^^)・・・たぶん、西尾和美さんの共依存の癒しという本の抜粋だと思います。我が家の冷蔵庫に、かなり長い間、貼り付けていました。

毎日、口に出して、唱えていました。しばらく、これを続けたと思います。

そうこうしているうちに、少しずつ、実践にも役にたつようになりました。

最初は、ほんとに、意味が理解できないのです。

いえ、文章自体は、やさしく、読めるものなのですが、

どういうとき、どういう風に使っていいかが、わからなかったのです。

やはり、実践で体感していくしかなかったのだと思います。

理論と実践。

失敗も、やらかします。

いまでも、失敗ばかりです。(汗;

でも、その失敗が、土台をしっかり築いてくれるのだろうと思います。

こんどは、ここを気をつけよう。

そう思えばいいのだと、思います。


私も、やはり、今でも、焦がれるように、依存モードに入ります。
なんともいえない、寂寥感を埋めるために、スイッチが、気づかないうちに入ってます。
時々、やりすぎたと、反省します。かなり。
(私、仕事増やしてませんか?増やしてますよね・・・涙☆)

ほぼ私信↑

いえ、元気にやっております。
こんな軽口たたいていますから、はい。

*・゜゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*

おまけ


【テストで書いた変な答え】


娘が中3の時の理科のテストのとき。


問い:次の絵をみて、あてはまる語句を書きなさい。

絵には、動物の顔の骨(特に「あご」あたり)が2種書いてありました。

①正解:肉食動物

②正解:草食動物


娘の答え

①ライオン

②いのしし


ナイス!ソラちゃん。


ちなみに、ソラの仲のいい友達は、

①トラ

②しまうま

グッ~ジョブ!さきちゃん!

彼女らは、類友でした。もちろん×でした。

別窓 | AC関連 | コメント:6
氷山の根っこを考える
2007-02-15 Thu 16:00
自分と子供、家族を考えると、いかに無意識の積み重ねが多いか、

ここのところ、そこに恐れおののいています。

無意識は、意識に上らないので、意識しようがありません。

意識できないということは、分からないで、

本能のままにやっているってことでしょうか。

言いすぎですかね^^;

不登校を考えるとき、私は、最初、対処療法だけを頭において

やっていました。

どうすれば、子供が、元に戻るか?

学校へ行けるのか?

笑ってくれるのか?

元気になってくれるのか?

方法は、本なんかに、たくさん書いてありました。

ええ、スクールカウンセラーになれるくらいに読みましたよ(爆)

アドバイス、たくさんもらいました。

そして、親の子育ての方法が悪かったのだろうか、と散々悩みました。


でも、悩みつくした後、次第に、その根本に(うちの場合ですよ~)

親の問題が、つながっていることに気がつきました。

うちの場合と、限定したのは、

不登校が、発達障害、いじめ等の理由だと、的外れな理論になるからです。

以前、子供と親は、無意識でつながっているという記事を

楽天で書いていました。

今でも、その気持ちは、全く変わっていません。

そして、私がこだわるのは、不登校の子供そのものではなく、

親の世代間連鎖の弊害についてです。

また、今後、わが子を含め、

不登校の後、引きこもりになる確率は、大きいという事も

頭の隅に、常にあります。

実際、身近に、そういう人を目にする事が、多くなると、

まったく、人ごとではない焦りにも似た気持ちが湧き上がります。

どうして、長引くのか、どうしたら、引きこもりを防げるのか、

それが、頭から離れません。

いえ、これは、私の勝手な思いです。

引きこもりになっても、親も子も、幸せなら、何も問題は無いわけです。

今、私が考えるコトができるのは、「親」しか、その範囲にありません。

会とか、グループには、あまり興味が湧きません。

今後、そうなるかもしれないし、そうならないかもしれません。

わかりません。

他の引きこもりをサポートする方々の存在、各種の会も、それなりに

すばらしい活動をされていますよ。

その中で、得るものも、あると思います。

それでも、「家庭・親」を考えてしまうのです。

それは、たぶん、私自身が、機能不全の家庭で育ったという、

その経験が、そう思わせるのだと思います。

子供の問題を考えながら、自分の問題がクリアされるという

経験が多くなったことも関係あるでしょう。

子供の問題は、まさに、親の問題だと、感じます。

個人の内面の問題にも近いと、思います。

それに比べて、いじめや、発達障害は、親の問題というより、

より大きい、社会の問題・機能の部分がシェアを占めるのでは、ないかと

そう感じています。


結局、親の問題が氷山の水面下の部分であり、

子供の問題、社会の問題は、氷山の上の部分ではないかと考えます。

氷山の水面下の部分は、氷山の上の部分より、ずっと、大きくて、

基礎をなすところのものです。

しかし、この基礎が変われば、自然に、上も変わるのではないかと、

そう思っています。

あえて、暴論と分かって、言い切ってしまおうと思うのですが、

不登校の問題は、子供の問題ではなく、親の問題ですと、そう、思うのです。

これは、私の中では、どんな慰めも、気休めだと思えるくらい不変なものです。

だからと言って、自分を責めることは、しません。

それをしたところで、何も変わらないからです。

だれも、喜ばないからです。

ただ、淡々と、自分の庭の井戸を掘り続ける、それしか、私には、できません。

そこで、親の、「無意識」ということを、世代間連鎖をからめて、

考え続けているわけです。

根っこを考える。

それが、小気味いい。


私も、また、その無意識を考えるに外せないのが、依存性・共依存性。

依存というのは、相手がいなかったら、生きていけないと思うほどの

そのような、病的な依存状態のことです。

共依存といのは、そのように、依存する人を、さらに、依存させてしまおうとすること。


「来るも、離れるも自由」と、

以前、ある人に、言われて、非常にめんくらったことがありますよ。(笑)

自由と言われて、くらっと、めまいがするような感覚。

ほっぽり出されて、不安になる感じ、わかりますよね~。

それだけ、依存、共依存の中に浸かっていたらからこそ、

その言葉に違和感や不安を覚えたのでした。

でも、実際、これは、あたりまえの事だったんだと、後々、理解できました。

誰も、人を束縛したり、命令したりすることは、出来ないのだと

そういう事だったのです。

お互いの気持ちの上で、お互いを軽く重ねるという

そんな、互いに心地よい、依存のしかたもあるのだという、

そんな楽しい発見をしました。

こういう、思い込みの転換があると、とても面白いです。

それは、家庭でも使えます。

今まで、ほうきしかなかった家庭に、掃除機が導入されたように、

生活や気持ちに変化が出てきたりするのです。

お互いが楽になると、笑うことも、冗談を言い合うことも、

自然にできるように、なります。

何も無理をして、楽しくいこうと、頑張らなくても、

そういう、ちょっとした、無意識の思い込みの転換があると、

すべてに、つながって、いい効果を自然にもたらす気がします。

無理しなくていい、そのままでいいというのは、そういう事なんだと

そう思います。

この例は、まあ、根っこのうちでも、上の方だと、

その後、さらに、さらに、知るわけですが。



今は、子供のことは、勉強しても、しなくても

学校へいこうと、行くまいと、

信頼して任せていこうと思っています。

いや、そうしなければ、とか、そうしようと思って、

そうするのではなく、

不思議と、自然に、そう思うだけなんです。

ほんとに、どちらでもいい。

まあ、卒業式もありますが、

「行かなければならない」は、無さそうです。

どちらでもいいのです。

出ることが当たり前という思考回路があると

これが「最後くらい、出たほうがいいんじゃない」と

なるでしょう。

この当たり前は、果たして、誰にとってのあたり前なのか、

晴れ姿だけみたい、親のエゴなのか・・・

子供にとっての、「出たい」気持ちなのか。

ええ、今から、子供のけじめの時は、たくさんあります。

それが、今である必要は、ないでしょう。

形だけ整えたい親には、なるまいと自戒をこめて、

これも、また、息子にまかせたいと思います。



まあ、これからも、そういう事を、やっていきたいなと思います。


きのうは、しばらく休もうかどうしようかと思いながら(#^-^#) 、

結局、狼少年になってしまいました。

御心配かけましたね。

なんだか、書きたくなったので、書いちゃいました^^

文章依存症ですかねえ。

書きながら、自分と対話せずには、いられないのです。



私の書く事は、あくまで、私論です。

ただの、全体のほんの一部です。

一部でありながら、とても、大きいのですが。^^

と、わがままりんりんでしたヾ(*^▽^*)ノ


----*----*----*----*


昨夜の出来事。

夕食を食べながら・・・

ソラ「ねえねえ、面接でどんな事聞かれたの?」

カイ「ん~とね、あ~」(寝起きのカイ)

これは、面白そうだと、りんりん母、すました顔で、
「あ、なんかさ、夕食の時間は何時ごろですかって聞かれたって」

ソラ「そうなん!・・・えっと、うちは、大体8時ごろだよね!」
   (と、自信満々で答える、大真面目なソラ)

母・カイ「・・・」
  
カイ、ついに噴出す。

「んなこと、 面接官が、質問するわけ、ないだろ~、ふつうさ~」

ソラ「え~~!、ウソなん!」

爆笑www

ソラは、学校でも、友達から、人と感覚がズレていると、言われるお方です。
大丈夫か~!

別窓 | 日々徒然 | コメント:6
エドガー・ケイシーの本(ちょっと追加あり)
2007-02-13 Tue 21:33
怪しい古本屋に引きつけられます。
雑多に並べられた古い本の中に、今は絶版になっていそうな本を見つけると、喜び~♪です。

今日は、エドガーケーシー&白隠禅師&E・クーエの本をゲット。

まず、エドガー・ケーシーの読み直しから。


私は、子供たちがお腹にいる状態の頃、精神的に、かなり参っていたようだ(当時は、必死だったので、自覚がない)。特に、二人目の時。

ケーシーの子育ての部分を読みながら、当時のそういう気持ちが、思い出されます。

まあ、それは、ここでは、はぶいちゃって、ケーシーの本に、親子のあり方が、書いてあったので、少しだけ、アップしてみました。


お母さんが、息子を援助したいと思う心は、自然でそれはそれで、正しいことなのです。(と、言いながら次の言葉へと続きます)
       
いいですか?
どの人も、それぞれに、全ての全てを創った力を理想として持ち、その理想を自分らしく適用し、表現するために地上へやってきました。

それぞれの魂は、自分の道を選んでいます。
ですから、他人の人生観を押し付けられて、生きる事や、
そのように、指示されることや、一般的な助言でさえも、
それが、自分自身の選択と同じでないならば、援助というより、
妨害になってしまうのです。



分かりやすい話ですね。
また、ケーシーは、このように、不必要な手を出すことは、子供の前に落とし穴を掘っているのと同じことだと、言ってます。
大きな穴を掘ってしまった、私が言うのも、なんですが、もろ手を挙げて、同感します。
正論も、また、時代によって、時期によって、場所によって、不確かなものです。そして、人類の8割が正しいと思っていても、2割の方が、時代に即したものであるかもしれません。
ガリレオもそうでしたし、コロンブスもそうでした。
果たして、それは、ただの自分の思い込みではないかと常に、感じ方のクリーニングが必要ですね。
意外な発見があるかもしれません。
また、経験的な私感ですが、穴掘りを、だらだらと、続けていけば行くほど、子供は、自分の人生を歩むことが、できなくなるのではないかと、そう思います。もちろん、子供の個性にもよるとは思いますが。

もっと、昔、ちゃんと、こういう本を読めば良かったなあと、今更思ったりしました。
ケーシーは、敬虔なクリスチャンなので、いたるところに、宗教的な表現が、多くなされています。
私は、好きですけどね^^人によっては、うさんくさいと感じてしまうかもしれません。

----*----*----*----*

【追加】

以上のことは、すべてこれが、OKだということではないと思います。
これは、割合に、不登校初期の頃に、当てはまる事です。
線引きは、難しいと思いますが、回復期になってくると、時には、物理的に、気持ちを押してやる事も必要だと思います。
子供は、視野がせまいので、広げてやるのも大切な事です。

このタイミングは、本当に迷うところが多いですね。

ただ、親側の基本的な姿勢として、子供の先回りしないという事は、
大切なポイントだと思っています。
そのためには、子供を押し出すとき、親側の気持ちの確認は、必要かと思います。
そして、子供自身の方向性と反しないものであれば、なお、いいと思います。
自分のアドバイスが、相手の気持ちに沿っているのかどうかを
見極めるのは、ほんとに、難しいものです。
だから、何も、手を出したらいけないということでは無いのです。

我が家も、迷い迷いやっています。
時には、大失敗もやらかします(汗;

でも、その大失敗も、親子共々、これからの人生で、何かの武器になるでしょう。
そういう意味では、失敗というものは、人生において、無いのだと思います。

これが、今の私の言語による表現の、精いっぱいのところです。
まだまだ、修行がたりませぬ。。。(涙)
伝えるという事の、難しさを、ひしと感じます。
テレパシーがあったらなあ、と思ったり、思わなかったり。^^

実は、文章の訓練、ブログでやってるのです。
結構、本人マジなんですよ、奥さん!
論理的って、弱いんだ・・・私。
文が、つながんない・・・
たぶん、本を読むときも、ランダム読みするという癖も、
いけないなあと思ってます。
一頁一頁を、味わって読むのではなく、単語、印象的な言葉を
さっと、ランダムで拾って、頭の中で、話を進めてしまうような
雑な読み方が多いのです。
なので、人との会話でも、単語が先に出てしまう。
そして、後で組み立てる。
組み立てるにしても、理論的でないので、正確に伝わらない。
まあ、それでもいいのだけれど、そうしようと思った動機は、
子供との対話だったのですが。
千里の道も一歩からと言うので、めげずに、がんばります♪

また、長い記事になってしまった。
どうして、簡潔にまとめられないかなあ。。。と(;-_-) =3
奥が深いです。
文章修業。
別窓 | スピリチュアル | コメント:0
バレンタインチョコ
2007-02-13 Tue 12:22
ソラは、昨日は、期末テスト間近というのに、

張り切って、バレンタインチョコと、クッキーを作り上げ、

満足そうに、20袋近くごそごそと、袋詰めしていた。

20袋も一体どうするのでしょうか。。。

そんなに、配るのですか??

母にも、一袋ください>ソラ



カイくん、ばたばたと、試験会場に出かけていきました。

行った・・・もう、それだけで、充分です。

昨夜は、緊張していたのか、彼は、とても無口でした。

いそいそと、お風呂に入り、早めに寝て

ぐっすり、眠れたようで、安心しました。


笑っちゃいけないのだけれど、

後で、彼の緊張具合がおかしくて、

ソラと、こっそり、大笑いしました。

ソラが、カイの携帯に、応援メールを打っていました。

カイの携帯メールをこっそり見ていると(ひみつ~)

友達に、「おれ、推選受けるから」と送信していました。

そして、友達から、「推選←×  推薦←○」と返信が一言だけ。

そ、そんな奴なんです・・・(涙)

親切なお友達、ありがとう。

母は、携帯を握りしめた手を、握りつぶしてしまいそうになりました。



今朝は、制服が・・・縮みました・・・

ちがうぅぅ~!

制服が、かなり気の毒に思えました。



もう、試験の作文が終わった時間です。

さて、どんな課題だったのでしょうねえ。

明日は、面接です。

さらに、カイの無口な緊張は続くでしょう。

ファイト~。(笑)


やはり、ここは、シリアスになりきれないので、

最後まで、ギャグで、通していこうと思った母でした。

根がギャグなのです。

別窓 | | コメント:3
B型の気持ち
2007-02-12 Mon 00:54
血液型の話です。
海外では、自分の血液型なんて、知らないという方が多いと聞きます。
そして、血液型占いなんて、あまり、存在しないらしいという事、聞いたことがあります。
しかし、なぜか、日本は、血液型、気にしますよね^^
私も、好きですよ、血液型占い。

でも、B型って言うと、ほんと、引かれますよね。
んで、「やっぱり~」と、そういう顔をされます。笑www

それでも、私は、B型が好きだ。

友達にも、B型、多いです。
微妙に、感性が似てるなあと、思った人は、大概、B型です。

B型は、世間様から、「デリカシーが無い」とか「変わってる」とか
「自分勝手」「ナルシスト」とか、そりゃあ、悪く言われます。

でも、B型の感性は、つぼが違うのだと、自分では思っています。(ほんとか~?)
いえ、ほんとは、細やかなんですよ~。(自分で言うのもなんだけど)
そして、愛情深い。情にもろい。直情型。型にはめられるのが嫌。
そして、とても、分かりやすい。無邪気。ウソをつけない。忠実です。(自画自賛中)
B型が「好き」と言葉にする時は、社交辞令ではなく、計算もなく、そのまま、ストレートに、ただそのまま「好き」という事なんです。はい。
まあ、そこが、人から、引かれたりする原因の一つかとも思うのです。思いをそのまま、表しちゃいますから。
また、計算ができないので、これも、よく、やらかしちゃいます。笑

変わっているように、見えるのは、自分の中に独特の世界を持っているからです。感性で、物事を理解しようとします。

また、天然のシャイな部分があるので、天邪鬼にもなります。
「バカやろう」と言いながら、後ろを向いて、涙浮かべていたりします。けなげです。(爆)
さあ、B型、理解できましたでしょうか。


そんな、B型ですが、私、大好きです。

でも、これからは、少しは、理論的な面も学びたいと思ってます。
そのために、どうやら、夫はA型らしい。笑www

医療費控除の領収書整理して、書類を書かなければなりませんが、たったこれだけの事が、ちっとも進みません・・・。数字、きらい。う゛~

明日こそ!


*・゜゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*

そうだ、明日は、13、14日で、
カイの初試験です。
当たって、砕けろで、行きたいと思います。
いや、できたら、砕けない方がいいに、決まってますが。

カイも、がんばって、ゼルダしてます。
ち・・・ちがう・・・orz
今日は、お友達と遊んでいました。
こ、これも、違うかも。。。

まあ、調子が良いということです。

13日、作文(10:00~
14日、面接です。

倍率、3.7倍・・・彼は知りません~。

NO.1349

気楽に受けて欲しいと思います。
今は、受験よりも、元気でいてくれる方が、うれしい。
別窓 | 日々徒然 | コメント:15
欲張りな気持ち
2007-02-10 Sat 22:43
私は、欲張りな人間だなあと思います。

手放すということを、昨年からテーマにしてやってきたけれど、
それでも、手放せるものと手放せないものがある。
しゃかりきになって、なんでも手放せばいいなんて、今は思いません。
たくさんの、講演会や本の中で、「手放せ」「執着を捨てろ」と、
それが、楽になる鍵だと言われても、きれいさっぱりにいかないことが山ほどある。
次第に、捨てられない自分を責めてしまう。
分かっているけれど、出来ないジレンマ。
一体、何のための回復なのか、さっぱり分からなくなることがありますね。

それならば、好きなもの、愛しいもの、
それは、そのままで、大切にしていけば、それで、いい。
それは、相手の気持ちではなく、私自身の気持ちなのだから。
押し付けるものでもなく、「こっちを向け」と、じだんだ踏むものでもなく、もっと、欲しいという事もなく。
失って涙を流す事があっても、人間らしくて、それもいい。
好きなものは、好きなのだから。
透明に生き過ぎて、通り過ぎるより、ずっと、いい。
そう思うようになった。

ACは、なにもかも両極端だ。
自己犠牲も極端。攻撃も極端。自己保存も極端。
揺れる矛盾の中で、生きていく辛さゆえ、極端に走り、しばしの安定を得ようとしてしまう。

ロボットみたいな味気のない人生、
未来が簡単に予想できて、過去がただの記録になるような、
そんなものは、私は、望まない。
逃げてしまうより(これまでは、これが多かった)、否定するよりも(これも)湧き出る感情を味わいつくしたいと思うようになった。

誰かを大切に思い、自分を程よく居心地よく、ゆるやかな繋がりで、豊かさ共有する、そんな人生を選びたいと思う。
お金は、生きていけるだけあったらいい。
名誉は、いらない。
生き方を理解してもらえなくても、それはそれでいい。
失う恐怖を、これから先、引き受けてもいい。

だからこそ、しっかり、一人でも、立てる人になろうと思う。
そうやって、私の物語を終わらせよう。

これを、ただの執着と呼ぶか、愛着と言うのか、
それとも、愛情と呼ぶのか、
残念ながら、今の私には、その区別が、付かない。
それは、もっと、先にならなければ、わからないこと。

たとえ、それが、間違いだと分かったとしても、後悔したり、自分を責めたりはしない。

欲張りな気持ちに、自戒をこめて・・・

わけの分からない記事になってしまいました。。。覚書です。
垂れ流しとも言う(笑)

160532161_145.jpg


↑取り放題のサイトから、お持ち帰りしました。


『変われる強さ、
       
変わらぬ想い』。

 ( テイルズ オフ ザ エターニアより)



別窓 | 日々徒然 | コメント:17
記憶
2007-02-10 Sat 01:36
娘のソラは、詩を書く。

かわいい詩だったり、応援の詩だったり、様々ですが、(恋の詩は、ほとんど無いのが、寂しい・・・笑)今日、見せてくれた詩が、妙に印象深かったので、許可をもらって、アップしました。出来の良い、悪いは別の事。


    *・゜゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*

ぼくらは、あの日 この人生を生きるって決めたんだ。

精いっぱい生きる努力をしようって生まれたんだ。

そして、みんなと約束したんだ。

自分らしく生きたなら、きっと、またどこかで会えるだろうって。

だから、ぼくらは、自分らしく生きることをみんなと約束したんだ。

人と比べないで、自分らしく生きる事を決めた、この日のとき。

そして、ぼくらは、旅に出た。


     *・゜゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*

なんてことない、そんな詩ですが。。。
ソラに聞いてみたら、特に考えて書いたものではないらしい。
思いつく言葉を、書いたという、それだけのもの。
彼女は、いつも、そうやって、詩を書く。
今回も、書き終わって、自分で読み返してみたら、
これは、生まれる前のことだと、自分でも、感じたようだ。

スピリチュアルな話は、うちでは、当たり前に、子供たちと話す。自然と言えば自然なことかもしれない。
面白いのは、「ぼくら」と、複数形である事だ。「ぼく」でも、良かったはず。「ぼくら」は、一体何を意味しているのかなあと、頭で思ったけれど、口にはしなかった。
私の頭の中では、娘の詩を通して、旅に出発した、きらきらした魂が猛スピードで、地上に落ちていく映像が浮かぶ。美しい。。。

物質の世界で、見えない世界を語るには、勇気がいる事です。
しかし、詩ならば、心に入るものですね。
子供にまつわる、不思議ワールド、結構多いのではないでしょうか。
彼女にも、小さい頃から、つい最近まで、目に見えていた「人」?がいたのですが、今は、見えないそうです。

見えない世界は、物質世界と隣り合わせに、あるかのようです。
そして、私たちが、気づかぬ間に、良くも悪くも、影響を与えたりするものなのですね。

そして、この記事を書いている瞬間、私は、こうして、この記事を書くことを、どこかで知っていたらしい事を理解する。

降りてくる言葉は、大切にしたい。
それが、鍵となる。
   cascata3fi.gif


別窓 | スピリチュアル | コメント:4
犬のHPでの出来事
2007-02-09 Fri 21:38
先日、犬のHPの方へ、海外からお問い合わせがありました。


りんりん「お鈴ちゃん、ちょっと!! 外国からメールだよ~(バタバタ)」

お鈴ちゃん「母さん、何慌ててんのよ。そんなの世間では、珍しくないわよ」

りんりん「いや、そうじゃなくて、ウィーンて、何語?何語よ、これ!」

お鈴ちゃん「・・・・・・母さん。。。よく見てよ。
     ちゃんと、ニホンゴで書いてあるわよ」

りんりん「えっ・・・・・・・・(汗;;;;)・・・・・・ほんとだ・・・(滝汗)・・・・よ、よかった・・・・・・・・orz」


*お鈴ちゃんは、私の心の中のもう一人の私です。(笑)

ちなみに、ウィーンは、ドイツ語でございますが、メールの方は、日本人でした。。。
ところで、外国在住30年の方に、日本の絵文字が果たして、通じるのでしょうか。。。もっかの悩みです。かなり悩んでます。
誰か教えてください。。。(涙)


別窓 | 日々徒然 | コメント:0
変化
2007-02-09 Fri 17:16

2月1日(木)以降、カイに、変化が見られます。

・何かが、いるような気配、或いは、見られている気配、襲われるような気配が、全く感じられなくなった。(本人弁)


もう、私は、これだけで、嬉しいです。

よって、過呼吸、体が勝手に動くという発作も出ていません。

昨日、それに、はたと気づき、カイにも確認したところ、

上の言葉が返ってきました。

「怖い!」と言いながら、布団の中で、もがき苦しんでいた彼です。


改めて、ほんとに、ほんとに、感謝です!

最近の夢も、以前と違って、穏やかなものになってきているようです。


また、今日は、病院の日でしたが、薬も、半分に減らすことができました。

まだ、治療の途上ではあるけれど、螺旋を描きながら、少しずつ、少しずつ、本来の彼に戻っていって欲しいと思います。

初めて、これを読む方は、何がなんだか分からないお話で、すみません。

本当は、もっと、詳しく書きたい~、というジレンマ抑えて(笑)

おとなしめに、控えめに、書いてみました。

別窓 | 息子 | コメント:6
公立高校推薦志願状況
2007-02-08 Thu 11:16
今朝の新聞に、推薦入試の志願状況が、掲載されていました。
息子の志望校は、定時制Ⅲ部。
多いなあ(汗; 4人に1人かあ。
これは、カイには、黙っておこう。
ただでさえ、プレッシャー感じているのに。
恐ろしいことになる。

これが、出たら、流石に、いよいよって感じがしてきます。
ありのまま、そのまんまで、いきたいと思っても、
母もまだまだ凡人なので、焦る気持ちも出てきます(笑)

焦りが、不安を呼ぶ。
不安は、猜疑心をさらに、呼ぶ。
猜疑心は、さらに、不安を太らせる。
渦巻状の黒い得たいの知れない雲に
心を覆われ、奪われる。
次々と、否定、否定の嵐。



危ない、危ない。

初動が肝心。
こう感じるのは、感情の部分。
そんな時こそ、原点に戻る。
そこに、気持ちを置かない。
流れる川の水のように流す。

否定したらいけない。
今度は、否定することに、執着しはじめるから。
自分の感情を治めるのは、むずかしい。
本来、王国の王様であるはずの自分なのに、
王国の奴隷となりたがる。

今度は、第3者的視野で、見てみる。
今、思い煩っても、状況は、何か変わったか?
いえいえ、何も、何一つ変わっておりませぬ。
そう、何も!
目の前にある、ゴミの位置さえ、先ほどと、何も変わっておりません。

今までのことを、丁寧にやりつくしていくだけ。
それだけでいい。

雲を取り払い、不安を流し、お日様を取り戻す。
そうして、そのままの自分に返ります。

心の世界。
ビジョンの世界。
思いは、世界を形作る。

ほら、これでいい。
深い吐息が流れ出す。

大丈夫^^
別窓 | スピリチュアル | コメント:12
受験票到着
2007-02-07 Wed 01:13
いよいよ、一週間後に、自己推薦試験です。

本日、担任の先生が、受験票を家まで配達して下さいました。

ということは、自己推薦の志願書は、あのまま学校審査を通ったらしい。

そして、今日明日が、私立の合格発表という事を、先生から聞いて
初めて知った親子でした(汗;

カイくん、今週中に、面接の練習を、適応教室で受けておこうと予定してます。

親としては、体調だけを心配してます。

結果は、野となれ山となれで、大したことじゃない。

参加することに意義がある!で、いきたいと思います。

これまでも、そのスタンスだったし、これからも、ずっと、そうです。




ブログ仲間の皆様からの、誕生日のお祝いコメント、

ほんとに、過分の幸せを頂きました。^^

   ありがとう×∞


earth.jpg



世界は美しい
悲しみと涙に満ちてさえ
瞳を開きなさい
やりたいことをしなさい
なりたい者になりなさい
友達を見つけなさい
焦らずにゆっくりと大人になりなさい
from CLANNAD



別窓 | 息子 | コメント:8
無題
2007-02-05 Mon 12:10
ひところの寒さも峠を越したようで、穏やかな日々です。

寒さに、めっぽう弱いので、助かります。

昨日は、

070204_1917~0001.jpg


~な事して、もらいました。

ロウソクを数えないように!(厳重注意!)

ほんとは、もっと、違う日なのですが、あいにく、夫が2~3日、出張になるらしく、早めになりました。

なんせ、若い頃40で、寿命を終えると、思っていたんで(笑)根拠は無いのよ^^;

先日、寿命占いっていうのやったら、私は、37で、既に、死んでいるらしかったです。むごいわ・・・


まあ、どちらにしても、人生には、大きな節目があるものだと思う。
これまでは、過去のしがらみの中で、もがいていた時間。
でも、そうだなあ・・・それも、終わりに近づいているようなので、これからは、自分の人生を生きて生く時間になるのだと思うわ。

ここ数日、カイ君と、夜に、犬の散歩をしてます。
月がほんとにきれいです。
宵の明星が、西の空にきらめきを放っていてます。
そして、そんな美しい宇宙に比べたら、自分は、なんと小さな存在であろうかと感じます。

そんな夜道の満月の光は、また格別で、月明かりの中の、穏やかな時間が流れます。
おしゃべりも、ただ、思いつくまま、自然に言葉がこぼれるに任せます。

状況は、変わらず。。。
でも、穏やかに過ごせています。

ありがとうと、そう、思います。
家族に・・・両親に・・・それから、出会った方々に。




私、生まれてきて、よかったよ。

産んでくれて、ありがとう。



はじめて、そう感じることのできる、誕生日を迎える事ができそうです。

あなたのお陰です。


月並みな言葉だなあ。。。(笑)



★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。、:*:・'゜★。、:*:。.:




カイ君の先日の仮想画像持ってきました。こっそりね。

5475766L.png


こんな、奴なんだなあ。笑
別窓 | 日々徒然 | コメント:14
インタビュー
2007-02-04 Sun 15:03
いいもの、拾ってきた。。。

ど、どこで!?笑

素晴らしかったので、

貼り付け!

http://www.reata.org/interviewjapanese.html
別窓 | 日々徒然 | コメント:7
母と夫の事
2007-02-04 Sun 02:11
reflet23a.gif


夫と母が重なると言った私だった。

それから、その後、解決へのきっかけを、たくさん頂いた。

ありがとう。


こうして記事を書きながら、淡々と過去を振り返ることで、

私自身がやってきたこと、夫或いは、母からされたこと、

してもらえなかった事。

こうも符合するとは、最初、思わなかった。

なんだ、私も、同じ事やってんじゃん。

これに尽きました。はい。^^

自分でも、心の底から、納得しました。

ちっちゃい私ごときが、一体誰を責めることが出来ましょう。


イエス様も言ったでは、ないか。

「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」


もう、過去のこと。

過ぎ去った過去を現在あるかのごとく、思い煩い、

怒り、憎んでみても、意味の無いこと。

怒りを持つことで

「分かって欲しい」と底の底で、想い

夫と母に、気持ち、執着してたねえ。

願っても、願っても、わかんないんだから。

謝って欲しい、それも、もう無い。

でも、私は、息子に謝ろう。そう思う。

変わって欲しい。それも、無い。。。

人は、自分が変わろうと思わない限り変わらない。


ひとつ、すっきりした。

ありがとうございました。



先日、不思議な話がある。

父親の事、心で和解できた数日後、

父から、電話があった。

今、家に誰もいないから、電話をしたと。

父は、ずっと1人で喋っていた。

結局、何を言いたいのか分からない取り留めのない話だったけど。

いつもは、用件だけ伝えて、勝手に切るか、

こちらが電話をすると、母にすぐに、代わる人なのです。

私は、めんくらいながら、「うん、うん」と応えるだけでした。^^;

でも、なんだか、嬉しくて「ありがとうね」と言って電話を切った。

心の中の和解だけで、気持ちは、伝わるものなのだと実感した。


想いは、現実化する。これは、事実。

想っただけで、思いは伝わるものなのだと、

改めて、身を引き締めましたよ。私。

ある意味、恐ろしいです。

正しい言葉、正しい思い、正しく見ること。

ほんとに、大事です。


残るは、母との和解、夫との和解だなあ。

やっと、手放せた状態に持ってこれたので、

続けて、ぼちぼち、やっていきましょう。

私のは、コントロール効かないから、

いきなり、予期しない時にやってくることが、多いので、

ほんと、いつになるやらですが。



これが、息子へとつながっていると、しきりに、

心のささやきが聞こえるのです。

別窓 | 日々徒然 | コメント:6
節分
2007-02-03 Sat 14:02
季節が、ぐ~んと変わる節目の節分。
少し、地球全体の、波動も変わる日。


自分の中で、魔法の扉が、開く時期と、
閉まっている時期がある気がする。
今、閉じているが、かすかに、開きかけ。

自分でコントロールできるとか、できないとか
そういうものでもなくて、意志でどうにかなるものでも無いらしい。



節分になると、毎年子供たちと交わされる、たわごと。

子供5~6歳の頃。

子供「節分豆って、年の数食べるんだって」
母  「んじゃあ、お母さん、25個」
子供「あたしは、7個」

何の突込みもなかったなあ・・・この頃は。(遠い目)

ところが今は、

母   「お母さんは、30個」
子供2名「・・・・・・・・・」

子供1「一体、いくつで子供産んだっちゅうの!」
子供2「私が、16やん。14歳の母じゃあるまいし」

母「おお(汗;、計算が出来るようになったのか・・・じゃあ、40」

子供1「まだ言ってるよ・・・はいはい」
子供2「ほっとこ」


こんな風に、変わっちゃうんですね~。
ふ、ふん・・・、サンタさんを、中2まで、信じてたくせに。。。

パチンコ屋さんの、空に向かってビームしてる光線を、宇宙船用の誘導電波だと言って教えたのを、まじで信じていた二人だったのになぁ。
いや、ほんと、マジで信じていたらしいです。笑

楽しい思い出です。

別窓 | 日々徒然 | コメント:0
いじめ
2007-02-03 Sat 11:21
カイは、もともと利発な子だった。物怖じせず、思ったことを、しっかり口に出して言える子。先生がオカシイ事を言うと、「それは、おかしいです」「自分は、こう思う」と、口に出す。ただ、それが、時に、大人を苛立たせるという事が、彼には、わからなかった。
幼稚園では、その利発さゆえ、可愛がられたのだが、小学校へ上がると、それは、「うるさい子」とレッテルを貼られた。
カトリックの穏やかな幼稚園時代を過ごした彼には、小学校の荒い波動が蔓延している状態は、混乱を極めたことだと思う。

机に登る子、荒々しく乱暴を働く子、傷つく事を平気で言う友達、教室運営に未熟な新任の大学出たばかりの先生。
自分の中で、低学年のうちは、なかなか、なじめなかったと、最近言っている。
主に、姉のクラスに出入りして、そこで、お姉ちゃんの友達から、遊んでもらっていた。

私自身も、カイの発する、はっきりした物言いに、むかつく事が多々あったので、一方的に、カイが、人の気持ちを逆なですることが、なじめない原因だと思っていた。
でも、彼には、彼なりの理由があったことを、私は、聞かなかった。ゆっくり耳を傾けようともしなかった。

3年の頃になって、担任がベテランの男の先生に代わり、彼は、それで、かなり、落ち着いてきたように見えた。
この頃、カイの学年では、カイに限らず「靴隠し」が、大流行していた。
何かを取られた。何かが、無くなったということは、教室では、日常茶飯事だった。

そして、4年。
臨時教師の若い男の先生。

この時、年齢的には、ギャングエイジと言われる、大変な学年。

彼は、この臨時教師のやり方に、不信感を徐々に持った。
悪いことをした相手ではなく、被害者の自分が怒られることが多くなった。「なぜ?」という思いが募っただろう。

しかし、私には、担任からは、「カイ君は、一言多いからですね、相手の気持ちを逆なでしてしまうんですよ」
という、報告を受けていた。

カイの「一言多い」は、昔から、私の気にするところだった。
そうなんだろうなあと、思った。
だから、カイが悪いという、そんな論法になった。
家でも、「相手をせずに、黙っていなさい」という事が多くなった。

まあ、いじめ・・・とまでは、行かなくても、相手の言動に問題があっても、黙っていなさいと、言ったことと同じになる。

しかし、実態は、乱暴なグループがあって、その子たちが、気の弱い子たちに、ちょっかいかけたり、いきなり、蹴ったり、突き飛ばしたり、パンツを脱がせたりと、あったようだ。

彼は、今になって言うのだが、あのとき、「お母さんの言うとおり、相手にしない」という事を選んだら、どんどん、エスカレートしていったんだと。

臨時教師も、一年限りの先生だったし、若くて、おぼっちゃんの雰囲気を漂わせていたので、カイのきつい、ストレートな言葉に、教師自体が、傷ついて、むかついていたんだなあと、今なら分かる。

それが、あの、対応のまずさにつながっているんだろう。

「何もしない」を選んでも、ますます酷くなるだけだと、泣いて訴えた彼を前にして、「分かった、殴っていいから。問題になったら、お母さんが責任持つから」と、応えた私だった。

3学期になって、彼は、反撃をこころみた。
しかし、彼の担任は、彼の胸ぐらを掴んで、壁に頭を打ち付けた。
突き飛ばされて、倒れて、廊下で後頭部を打ったこともあった。
周りの友達に、彼をかばう子もいなかったらしい。
状況は、詳しく分からないが、たびたび、そのような事があったらしい。(これは、後々聞いた)

彼は、辛そうだった。
そして、朝、熱を出した。
「学校、休んでいいよ」
一週間、強制的に休ませた。
学校で、何かあると思っていたけれど、どうしても、学校に文句を言いに行く、バカな親と見られたくなかった私もいた。
子供のケンカに口を出すのも、大人気ない。
彼が乗り越えなきゃいけない事だと。

このとき、もっと、担任と連絡を取り合えば良かったと、そう思う。
カイの言葉を、もっと、ちゃんと聞いて、気持ちを分かってやれていたらと、そう思う。妙なプライドなんか、捨ててしまえば良かったと思う。
自分は、安全なところにいて、カイを守っていなかった私だった。

あの時が、彼の世の中に対する怒り、そして、親に対する、大きな不信を大きく育ててしまったと、そう思う。
世の中は、自分を受け入れないと、そう思うに充分だったと思う。

もともと、彼の中には、小さい頃から、怒りがあったのだと思う。
それは、私の中の怒りとつながっている。

理不尽な事に対する怒り。
統一されない人生観。

問題が起こった時こそが、チャンスというが、この時、私たちは、このチャンスを、みすみす逃してしまった気がする。
ただ、見ないふりをする、時間が過ぎ去るという事で、対処してしまったと、そう感じる。
(あの時は、私自身、あれが、精一杯だったと、そう思うが)
世代間連鎖は、言葉にせずとも、無意識の力が、勝る。

彼の心の中は、
人生は、生きるほど、辛くなる、
とんでもないところに、放り出されてしまった後悔、
ひとりぽつんと、暗く広い空間に立っている心もとなさ、不安。

また、反対に、世界は、完全で、自分は、不完全なもので、世界に自分は受け入れてもらえないと、そう思う気持ちもあるのかもしれない。
いや、あるだろう。


生まれて、お腹に宿ったとたんに、
世界から、はじかれた気持ち。

ずっと前に約束していたのに、やっと駆けつけたら、
「いらない」と言われたときのショック。

助けを呼んでも、だれも助けてくれない。
絶望。
世界から、受け入れられなかった残念な気持ち。
いじわるな世界。
自分は、汚れたもので、光の中には、入れない。
いや、居てはいけないのだ。
どうせ、入れないのなら、
人類は、滅びてしまえ!と願う。



「とっておきの場所」

これが、とっておきの場所?

冗談じゃあない。(憤)

そんなものあるわけないだろ。

何かの間違い。それとも意地悪で言ってるのか?

・・・こちらは、明らかに、怒りを含んでいる。



彼が、そう思っているのかいないのか、分からないけれど、
私は、そう、感じてしょうがない。

基本的安心感・・・そこなんだなあ、きっと。

「ここは安全だ」という感覚。

これが、彼には、絶対的に欠けている。

それも、そうだな、守ってもらった事が、無いと感じているから。。。

う~ん。。。

別窓 | 息子
| 歩いていこう | NEXT