author : rinrin
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春(追記あり)
2008-02-28 Thu 00:14
20080228001909
20080228001602
まだまだ、寒いですが、目に付いた、チューリップを買ってきました。
春ですね~。
ちょびがいなくなってから、我が家には、お花が絶えなくなりました。

花は、いいです。
癒されます。
ゆっくりと季節を感じてすごしたいねえ。

先日紹介した、光のkimiさんのブログ記事に、
共感する記事が、書かれていたので、
勝手ながら、再度、記事リンクもってきました。

もしかしたら、タイムリーであるかもしれないと、思うのですが。。。
どうでしょう。

子育てをしていると、子供の年齢が、親の精神年齢に近いんじゃ
ないかなあと、思うことが多々ある。
子供とともに、親も成長するっていう意味でです。
私も、今まで、子供とともに、いろんなことを学んでこれたと思うけれど、
これからも、そうだろう。

「子供」といっても、魂は、別もの。
もしかしたら、子供の方が親より、魂的に古く、経験を親より積んだ魂ということも、
大いにあると思います。


昔は、教育ママに、近かった私ですが、
今は、私には、子供に教えたいことは、何もありません。
どちらかというと、教えてもらってる感じです(汗;


伝えたいことがあるとすれば・・・
ぬくもり・・・

見守っているよ、という、暖かさ。

それさえあれば、人は、辛いときも、
苦しいときも、乗り越えられる。

そう思うのです。

ぬくもりは、希望になり、明日になる。
今日、生きて、明日も生きて、そして、未来も生き続ける力になる。


私の思考は、私のものでしかない。
ただの、癖でしかない。
外界に対する反応でしかない。
自分と同じ反応を、子供には、求めない。
子供と自分は別物。

自分の視点で見る、生活。
文化を伝えること。
大事かもしれない。
けれど、「生活」ということが、永遠に続くように錯覚しているだけ。
この世に、永遠はない。
感情さえも、一時のもの。


ある人が、言ったことがある。
子供が小さいときに、出張に出かけようとすると、
子供が、泣いて、後ろ髪を引かれる気持ちになったと。
だから、まだまだ、執着が取れてないなあって。

その話を聞いたとき、
親として、子供を哀れに思ったり、
子供のそばにいてやりたいと思うことは、
執着なのだろうかと、疑問を持った。
それは、愛情ではないか?


その話を私が、聞いたのが、2年前でしたね。
覚えてますか?


今は、よくわかりますよ。
子供に泣かれる「自分」が、かわいそうになるんですよね。
子供がかわいそうと、思うことも、
それさえも、執着だと。

「かわいそう」なものは、何一つない。
「かわいそう」と、思うことは、形を変えた、ひとつの傲慢さでしかない。


息子が不登校になって、かわいそうだと思った。
学校に行かれなくて、可哀想だと・・・

でも、ちっとも可哀想じゃなかった。


ただ、子供を信頼すればよかった。
そして、何もせず、私は、私を信頼すればよかった。

打ちひしがれて、リストカットして、外に出られなかった子供は、
やがて、少しずつ、自分の道を歩き出した。

それでいい。

自分の道、
子供の道、
違って当たり前。

かつて、子供が学校へ行けなくて、可哀想だと思った私は、
たくさんのものを、握り締めていた。

常識。世間体。文化。思考の癖。
子供を所有物として。


この世に、自分のものは、何一つない。
あるのは、自分の魂だけ。

所有していると錯覚しているだけ。

自分の肉体でさえ、借り物でしかない。

「私が」、「私」、「私も」

私にしがみつく、必要もない。
kimiさんいわく、自分ワールド、思い込みワールド。

便宜上、不便だから、私が存在しているだけ。
それを、自分のすべてと、錯覚しているだけ。
手放すと、そんな錯覚が、少しずつ見えてくる。
隠された、宝石のように。


だから、大切にしたい。

自分と、自分にかかわる人たちを。

大丈夫だよと言った言葉の真意は、

いつか、それが、分かるからという、

そんな意味を込めて、贈るのです。

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別窓 | 日々徒然 | コメント:9
光一元
2008-02-25 Mon 12:05
世界は、光一元であると、教えてくれた人がいる。

その意味が、いまいち、掴みきれないでいた。

現象的、表面的、この世的に見れば、とても、光一元とは思えない。
どうしても、2元的(善と悪)に感じる。

けれど、心、魂から見た世界は、光に満ち溢れている。
光のみの世界。

ということは、一元は、魂の故郷で、
2元は、肉体を持ったゆえの葛藤であり、人間が
生を営む上で、勝手に作り出したものだろう。

http://plaza.rakuten.co.jp/k0102/

このサイトは、ある方から紹介されて以来、もう、2年も前から、読み続けている。

私としては、めずらしく、作者さんとの、交流はない(笑)。
私は、ただの読者。
最近では、たまねぎのことと、想念帯の話が興味深かった。

そして、握り締めた手の平の中を執着と呼び、
空に放り投げ、手放すことが書かれていた。
このイメージは、本当にすばらしい。

私も、今まで、このイメージを、自己流で何回となく、心に描いてきたが、
作者さんのイメージ法は、とても美しい!


執着すればするほど、物事は、複雑になる。

シンプルがいい。

「私」が中心にあることが、今までの私の課題であったけれど、
これからは、次第に、私が透明になりつつある気がする。

手放せないものを多く抱えていればいるほど、
心も体も人生も重くなる。

恐怖も大きくなる。


最初は、理屈、理論でいい。

それから、感覚。

そして、魂。

魂は、光一元。

喜び、歓喜、祝福。

そうなりたいものだと思う。


屋久島、一度、行ってみたいねえ♪
別窓 | スピリチュアル | コメント:0
忙しいばかりで・・・
2008-02-23 Sat 23:12
職場で、いろいろ、人間関係が、微妙で、
影で調整してまわっていても、もう、限界だな~と、一計を・・・。

考えたあげく、直球を、投げてみました。

お陰で、リーダーを泣かせてしまいましたけど、
有意義なものになったと思っています。

普段は、のらりくらりとしながら、回りを観察しながら、
クッション役のつもりの、いや~な奴(私)なんだなあ(笑)。

人間関係って、面白い。
人を信頼するってことは、私が私を信頼できているということ。
私は、私のまわりに居てくれる人たちを、
本当に、いとしく感じています。
リーダーがいてくれるから、安心して、
あちこちに、飛び回ることができる。

普段は、天然やってるけど、時々、怖いと、学生バイトの子から、
言われてます。
別に、私、怒ったりすることは、無いんですけど、
見透かされる感じが、するらしいです。

そう~?
笑って、とぼける。
多面的な自分を、最大限利用し、楽しみ、試している。

人を観察するのが、興味深い。
自分の中にあらたな一面を発見したりするのが、
また、楽しい。

人がいてくれるからこそ、出来ること。
関わる人がいてくれるから、学べる。


最近、アセンションという言葉が、気になっています。
次元を超えて、意識レベルが、アップすること。

明日の私には、
世界は、どういう風に見えるのだろう。

今日と同じ日は、ないのだから。

変化し続ける、意識。
自分。
まわり。

面白い。


‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘‘


息子は、予餞会の準備で、多忙らしい。
先日、打ち合わせの後、先輩に、居酒屋に連れて行ってもらったらしい。
お酒は、もちろん飲まなかったようですが、
帰宅が12時前でした。
楽しかったようで。
普通の高校生では、味わえないことを
日々、経験しているようです。

結局、今年度の、単位は、23単位、取れてました。
最初の予定は、24単位でしたので、
ほぼ、完璧に近い!

春の時点では、ここまで取れるとは、
思っていなかったです。
調子の悪いときもあったけれど、
ここまで来れたこと、すばらしいです。

ゆっくりでいい。
いろんな道があっていい。


自分が納得できればいい。

別窓 | 日々徒然 | コメント:4
別れは、人生の学び
2008-02-20 Wed 00:22
ブログをお持ちの方のところへ、お礼の訪問&コメント残してきました。まだ、メッセが送れていない方、ごめんなさ~い。ぼちぼち、訪問させてくださいね。
また、今回のことで、古くからのわん友さんや、にゃン友さんとお話しできて、昔を懐かしく思い出しました。
ブログをお持ちで無い方には、申し訳ありませんが、ここで、お返事に代えさせて頂こうと思います。

ミミの母様、何度も、心温まる、あたたかい励ましとお悔やみの言葉、ありがとうございました。
ミミの母様には、私、あまり、何もしてあげられなかった気がして、申し訳なかったなあと反省しきり(汗;


トキの母さま、お元気そうで何よりです。トキちゃんが、亡くなって、もう、かなりの時間が経ってしまったような気がします。ムツゴロウさんの言葉、とても、良かったですよ^^
命をつなぐということを、再確認させてもらった気がしました。



ちょびが、つないでくれた、みなさんとの絆に、心から感謝するばかりです。

先日から、少しずつ、遺品の整理をしてます。
と言っても、捨てられるものは、ほとんど無く、特に、ちょびが使っていた、毛布は、捨てられませ~ん!
ちょびの匂いがするんだなあ・・・
時々、くんくん、してます(笑)←あやしい人だ。

昨日、獣医さんへ出向いて、お礼と支払いを済ませ、
残りのインスリンと注射器を返してきました。
記念に、シリンジ数本、ちょろまかしました(笑)

記念だも~ん。

考えたら、インスリンは、劇薬なんですよねえ。
普通に、5年間、我が家の冷蔵庫にあったわけですが。
数年前、冷蔵庫が壊れた時、一番に、インスリンを保冷箱に突っ込んで、
氷を大急ぎで買ってきましたっけ。


そして、お世話になった、獣医のお姉さんが泣かせるんだよね。
「ちょびちゃん、ひいらぎさんとこで、良かったですよね。普通は、あそこまで、看病しないですよ」

「いや~ん、泣かせるようなこと、言わんでくださいよ~まだ、猫3匹いるんで、
これからも、お世話になりますよ~」と、言いながら、うるるる。。。


猫と言えば・・・、そう、猫って、霊的なものに、敏感なんですね。
ちょびが、亡くなった夜と、次の朝、あらぬ方向をじっと見てたり、
なんだか、落ち着かない気配でした。
見えてるんだろうなあと、思ってました。

でも、今は、全然、そんな素振りも見せないので、ちょびさん、
あちらが、とても、居心地がいいようです。
良かった、良かった。


私、時々、ビジョンが見えたりするのですが、
ちょびが、小さいワンちゃんたちに、囲まれて、歓迎されて、ひどく戸惑った顔をして、
「動けないんですけど・・・」という顔をしているところが見えました。

ちょびは、大きな図体のくせに、小さいものに、弱いんです。
その困った表情が、なんだか、おかしくて、笑ってしまいました。

それね、あなたが、縁を作った、わんちゃんたちだよ~と教えてあげましたけど、
分かったのか、どうなのか。
それは、どこかの入り口だったようで、その後、ビジョンは、見えなくなりました。
きっと、光になったんでしょう。

虹の橋は、天国への入り口だと聞いたことが、あります。
たぶん、それは、その光景だったのだろうと思います。

こういうビジョンを見ることができて、ラッキーだったと思います。
チャンネルが合わないと、なかなか、見れないんです。

生きているものが、いつか行くところ。
この3次元では、肉体とか、物は、仮のもの。
本質は、魂のみです。
これは、人間も、動物も同じこと。
いつか、ちょびに出会うこともあるだろうし、無いかもしれない。
どちらでもいい。
ちょびが、幸せなら、それでいい。

私も、また、自分の道を、歩いていこう。
ちょびさん、14年、一緒に、学びを深める、お手伝いをしてくれて、ありがとう。
出会えたこと、嬉しく思います。


私、動物は大好きなんですが、正直に言うと、動物愛護は、
ちょっと、苦手分野なんです。
昔からですが、自分の寂しさや罪悪感を埋めるために、代替えに、やるのは、
どうなんだろうなと思うところがあります。
それは、ペットと暮らすということも、同じことのような気がします。
(もちろん、活動自体は、すばらしいことだと思っていますし、応援もしてます)
でもね・・・


まずは、自分が幸せになること。


それが、一番であって欲しいんです。

多くの人が気づいていないことがあるんです。
自分が幸せで、愛に満たされていれば、自然に、動物も、幸せになるんだと思います。
これは、子育てでも同じことだと思うのです。


自分を大切にすること、

自分をいたわること、

自分を、つまらないものだと思わないこと、

神様の手から、こぼれた人は、一人もいないってことです。


自分が大切な存在だと知っている人は、犬や猫を捨てたりしません。
虐待なんかしません。
でも、虐待する人に、「あなたは酷い人だ」と、いくら糾弾しても、
その人は、今までの人生で、自分を大切にしてもらえた経験が無いので
思いやりを持てないだけなのかもしれません。
法律で、決めても、きっと、そういう人の意識は、なかなか変わらないでしょう。
大切なことは、やはり、その人が、「愛」を感じる人になるだけの
経験をすることだろうと思います。

私が、ちょびのことで、必要以上に悲しまずにすんだのは、
ちょびも、愛されている存在であり、
私自身も、愛され、愛することができる存在であると、
確信を持って知っていたからだと思います。
といっても、完璧なできた人間じゃあないんで、
いろんな感情に邪魔されることも、多々ありますよ~。
でも、最終的に、迷い迷いながらも、
ここに、行き着くのです。

もともと、ちょびは、私のものではなく、
一緒に、学びを深めるために、同じ時間を過ごした存在。
役割が終わった、ちょびは、自然の摂理で、早めに、向こうへ行っただけ。
そう思うのです。

別れは、人生を深く学ぶ、レッスン。
答えは、常に自分の中にあります。

わんこの話から、非常に、個人的で、私的な、話になっちゃいました^^;
言いたい放題で、すみませんでした。

別窓 | わんこ | コメント:3
本当にありがとう。
2008-02-13 Wed 21:31
もっと、落ち着いたら、ちゃんと、お一人おひとりに、コメントお返しいたしますね。

まずは、皆さんからの暖かいコメントに、涙・涙で・・・

ほんとに、参っちゃいました^^;

ご自身のブログにまで、書いて頂いて・・・

ありがたいです。



でも、心配になって、取り急ぎ、状況だけ報告します。


今日、午後3時ごろ、ちょびは、お骨になって、帰ってきました。

硬直も解け、布団にのせて運ぶときも、体が曲がり

皮膚も、ふわふわと柔らかくなっていて、

安心して、虹の橋へ行ってしまったんだなあと、感じさせました。

ただ、これで、ちょびという、愛しい生き物には、

二度と触れることができないんだなあと思うと、

涙がほろほろとこぼれました。


でもね、骨の状態は、全体的に栄養も行き届いて、本当にきれいでしたよ。

といっても、尾てい骨から後ろ足が、神経麻痺のために、黒くなっていました。

健康なところは、真っ白なんだそうです。

この状態で、最後まで、よく、歩いてくれたと、感謝しました。

また、肝臓が悪かったので、そのあたりの部分が、少しだけ黒ずんでいました。


夫と一緒に、お骨を拾い、骨壷に入れていきました。

ここも、あそこも、とやってるうちに、山盛りになっちゃいました。


小さなお骨になっっちゃったけど、

今は、たくさんのお花に囲まれて、幸せでしょう。

なんたって、家族と一緒にいるのですから^^

さわやかな風が、家の中に吹いているような感じがして、

なぜだか、私も、とても満ち足りた幸せな気持ちになりました。



そ・し・て!!



今までの、経過を読んで、しんみりしてしまった、そこのあなた!

ちょびさんは、いなくなったけれど、

ちょびのHPは、不滅です。

まだまだ、がんばります~^^

注射の時間になると、無意識に、時間が気になって、

「ああ、打たなくていいんだっけ」と、思い出したり、

帰宅したら、ちょびは、お利巧にしてるかなと一瞬思ったり、

5年間、続けてきた生活のリズムが、抜けるのは、

もう少し先になりそうですが。

これからも、暖かいHP作りを考えていこうと思っています。

あのHPは、私とちょびだけの力ではなく、

4年の間に、皆さんとの共同作業で、作り上げた場所です。

お互いを励ましあう、そして、心をつなぎあう、

そんな場所にしていきましょうね。


そして、今も、病と闘っている方!

強く、強くなってください。

う~んと、強く、そして、心優しき強い人になってください。

そして、そして、自分を大事にしてください。

自分を責めたり、卑下したり、しないでください。

自分は、そのままで、OKなんだということを、

わんこの闘病を通して、学んで欲しいと心から思っています。

そして、自立する心を育てて欲しいと願っています。

それが、ペットロスを撃退する、最大の力になります。

私の心からのお願いです。


きっと、皆さんには、私の選んだ道は、未知のものだったと思います。
だからこそ、正直に、お伝えしたかったのです。

私とちょびの経験が、皆様に生かされるよう、願っています。
(安楽死をすすめているわけではないということをご理解ください)

私は、もう、泣いていませんよ。

ちょびは、楽になりました。

でも、ちょびは、ちゃんと私の心の中で、生きています。

だから、悲しまないでくださいね。

私、今日から、応援団に回りますが、どうぞ、よろしくお願いしま~す(^^)v


取り急ぎといいながら、長くなりました。

今週は、体調調節もあって、ブログ、お休みします。

寝不足で、お肌がやばい・・・笑


また、来週から、コメントのお返し、記事アップ再開しますね。

ではでは^^



別窓 | わんこ | コメント:5
2月11日のこと
2008-02-13 Wed 00:06
この日、建国記念日。

明け方3時過ぎ、ちょびの、叫び声のような声に、起こされる。

リビングのテーブルの下にはまりこんで、発作を起こしていた。

発作が収まるころを見計らって、テーブルの下から、引きずり出す。

それから、2時間、徘徊。

薬を飲ませた。

朝、5時ごろ、やっと、眠ってくれた。


この日、私は、仕事が休みだった。

そして、午前9時ごろ、また、発作。

このときは、夫は、早めに起きて、仕事に出かけていた。


小刻みに発作がくる。

薬が、効かない。。。

祈るような気持ちで、発作を見ているしかない。

崩れるように・・・そして、苦しそうに、泣き叫ぶ、ちょび。

薬がやっと、効いたのか、疲れたのか・・・

少し、眠る。


前日の夜、ネットで、てんかんのhpを訪問した。

情報収集。

まずは、知らなければならない。

それが、私の介護の信条。

知識がなければ、手を打てない。

知識は、知恵を与えてくれる。


そして、獣医さんに、話を聞きに行く。
(その内容は、以下↓)
http://acnokosodate.blog80.fc2.com/

夕方4時。

きっかり、発作が、遠吠えと共に、始まった。

この発作は、30分以上続いた。

そして、発作の合間に、残してあった、ご飯を食べてくれた。

長い発作が、小刻みに、やむことなく続くようになった。


苦しいよ、助けてよ、

ちょびの叫び声が、そう聞こえた。

発作が、止まらない。

夕方、失禁しながら、起き上がれなくなっていた。

もう、歩けなくなっていた。

発作の合間に、前足を掻くように、荒い息で、動いていた。

もう、眠ることはないだろう気がした。

呼びかけても、こちらを認識しない。

発作の合間でも、途切れることなく、苦しそうに、かすれた声で、遠吠えをやめない。

見ているのが、辛かった。

発作には、何もできることはなかった。



そして、家族も、今日、一日、食事もろくに取っていなかった。


脳障害なら、もう、治ることは無い。


夜、何度目かの大発作のとき、私は、一つの決心をした。


子供たちを呼んだ。



そして、安楽死の選択をしてよいか?とたずねた。

それ以前にも、子供たちには、安楽死の選択は、詳しく話していた。


これ以上、無駄にちょびの苦しみを長引かせたくないこと。

治る見込みは無いこと。


そういったら、息子が

「僕はダイジョウブだけど、お母さんが、一番心配だ」と言った。


「大丈夫だよ。別れの、覚悟はできているし、

今までも、精一杯看病してきたから、悔いは、無いよ。

人間のエゴで、先のない延命治療は、したくない。

もう、時間の問題だと思う。でも、ちょびは痛がりだから、

この状態から、早く楽にしてあげたい。」


そう言ったと思う。


仕事中の夫にも電話した。

電話を通して、ちょびの発作の様子が夫に伝わっていた。

夫は、落ち込んだ顔をして帰宅してきた。



夫が帰宅する前に、ちょびが好きだった、メロンパンを半分あげる。

体は動かなくなっても、夢中で、全部、食べる。

最後に、好きだったものをと思ったら、メロンパンしか、思い浮かばなかった。

良かったね。

そして、獣医さんには、夕方の発作時に、もしかしたら、

そうなるかもしれませんと連絡を入れていた。


手の打ちようがない。

あとは、薬を限度一杯にして、眠らせておくことしか出来ないとのこと。

そんな話をしたかと思う。


そして、いつでも、連絡下さいとおっしゃってくださったので、

夜、8時15分、電話をした。


信頼する仲間に、泣きながら、一つだけ、メールを書いた。

「最後の診察に行ってきます」



しかし、ちょびは、もともと、触られるのが、嫌いな上、

小康状態でも、かなり興奮していたので、とても、運んで連れていける状態ではなかった。


それで、急遽、獣医さんに、自宅に来ていただいた。

ほとんど、拉致に近かったかも。。。


事前に、先生が、安楽死の説明を家族に説明して下さった。

こどもたちも、こわばった顔をしながら、

先生の説明をじっと聞いていた。


後で思うことは、この説明があったことが、

とても、良かったと思うのです。


ちょびの右後ろ足は、すでに、以前から麻痺があったようで、

血管がなかなか、出てこなかった。

そのことから、脳障害は、すでに、2~3ヶ月前から、始まっていたと思われる。


おとなしく横たわっているちょび。。。(足を触られるのは嫌いなので、少しだけ噛み付く姿勢)

針が入る。

頭を抱え、なでてやる。

「今まで、よく、頑張ったね、ありがとう、楽になるからね」

そう伝えた。


麻酔で、意識レベルを落とし、それから、薬が心臓に行くのが30秒。

薬が入りきる前に、呼吸が穏やかに、ふ~っと、止まる。



2月11日 8時58分、14歳と8ヶ月、闘病5年。

ちょびさん、家族に見守られ、長年の付き合いの獣医さんに見守られ、永眠しました。


先生、ありがとうございました。

本当に、感謝してます。

いつも、無理ばかり言って。

そして、ちょびの糖尿の看病を通じて、いろんなことを教えて頂きました。


そしてね、先生は言われました。

ちょびちゃんのおかげで、助かってたんですよ、と。

それは、ひいらぎさんのHPを、同じ糖尿の方に、紹介してたんですよと。

そして、元気が出ましたと、感想を頂いていたそうです。

(知らなかった~)

ちょびちゃんは、HPの中で、いつまでも生きていますよ。

だから、HPは、ずっと、置いておいてくださいと。

一番、嬉しかったなあ、その言葉。。。

そう、ちょびという体は、無くなるけれど、ちょびの魂は、

あの「ひいらぎの部屋」の中にいます。

ちょびは、自分の経験を通して、他の人の役にたったんですね。

そして、私は、そのお手伝いを、ずっと、させられたってわけですね。

私は、ずっと、ちょびの看病をしているつもりだったけれど、

なんと、ちょびの使用人でした。

どんでん返しでした。

ちょびの、ばかやろ~です。

そして、ありがとう。


獣医さんが、帰られた後、失禁で汚れた、毛をきれいに拭いてあげました。

まだ、体は、柔らかくて、今にも、動き出しそうです。


めったに泣かない、夫も、泣きました。

娘も、泣きました。

息子も泣きました。

それは、喪失の涙でした。


でも、ちょびが、いなくなっても、落ち込んだりせずに、

感謝して、普通に過ごそうねと、家族に伝えました。

それが、ちょびに対する、愛情だと、私、思っています。

ちょびは、家族が、自分のために、落ち込んだり、悲しんだりすることを、

決して、喜ばないでしょう。

執着したり、悲しめば、虹の橋へいけませんよね。

人間も、自分のもの、所有するものは、自分の心だけです。



私が選んだことは、間違っていたとは、思いません。

ある一定の人々からは、非難されるものなのかもしれませんが、

でも、私は、ちょびの苦しみを引き止めて、もっとそばにいてとは、

思いません。

天の国で、痛みもなく、病気もなく、元気に過ごしてくれている方が

うれしく思います。

ちょびが、楽になるのなら、それは、しばしの別れにしか過ぎません。

とは言っても、別れは、本当に辛いです。

でも、その辛さは、乗り越えるためにある、ひとつの経験だと思います。

そして、今回、夫が、泣いたのをはじめて見ました。

感情麻痺の夫を泣かせたのは、ちょびが初めてです。


ちょびには、最後まで、本当に、感謝するばかりです。

今度生まれてくるときも、幸せな犬生でありますように!

心から、ありがとう。


ここで、皆様に、お願いがあります。

人間もですが、死後硬直というものがありますが、

魂が、きれいに、体から抜け切ると、死後硬直から、

やわらかくなるのだそうです。

実際、今、やわらかくなりつつあります。

無事に、彼女が、天国に、帰天できますよう、

悲しみではなく、感謝と、愛情の祈りを送ってください。

皆様の心からの感謝の気持ちが、ちょびにきっと、届くと思います。

決して、泣かないでくださいね。

お願いします。

そして、どうぞ、香典、お花等のお気遣いは、無きようお願いします。


彼女は、今、家族からのささやかな花と一緒に、眠っています。

それで、十分です。

朝、起きたときは、ちょびの魂が、まだ、体にある気配がしましたが、

夕方には、もう、抜け殻になっていたような感じがしました。

彼女が、迷わず、帰天できますよう、

どうぞ、暖かい、祈りをください。

管理人より、心からのお願いです。

最後まで、わがままな管理人と、ちょびでした。


明日、ちょびさん、荼毘にふします。




今まで、たくさんの暖かい応援、ありがとうございました。

ちょびは、いなくなりますけれど、

彼女の生きた証は、これからも、しっかりと、残ります。

そして、また誰かを、元気付けることでしょう。


そしてね・・・、ちょびちゃん、

ありがとうね^^

あなたは、最高のわんこでした!

一緒に暮らせて、楽しかったよ。

(使用人より)

人間でいえば、90歳近くでした。

大型犬は、一年を6歳に換算するそうです。


by 「ひいらぎの部屋」管理人 ひいらぎ




最後に・・・追記しておきますが、

獣医の先生は、安楽死は、お断りすることもあります。

決して、安易な、安楽死を、私も、薦めているわけではありません。

今回、このように、決断が早かったのは、

日ごろから・・・、ちょびが高齢になり、衰えが顕著になった頃から、

静かに、決めていたことがありました。

できるだけ、痛い治療はしない、検査しない、

穏やかに、天に召されますように、と、そういう思いが強かったのです。

そして、私自身は、ちょびに依存しないということが課題でした。

自分の寂しさを埋めるために、執着しないことでした。

そう、努力してきました。

自分のさびしさは、自分しか埋められません。

今もそういう思いに、変わりは有りません。



別窓 | わんこ | コメント:12
2月10日(日)
2008-02-12 Tue 22:40
前日と先々日のことから、低血糖ではないと、思うようになった。


この日、私は、仕事だったが、夫は休みだったので、

連休ではあったが、夫が、獣医さんと連絡をつけて、

病院へ昼の1時に連れていった。

血糖値は、490。

高い。

糖尿の治療をしているので、低血糖発作ではないかと、判断された。

それには、夫が、発作時間を、勘違いして、「2~30分」と言ったためだった。

確かに、低血糖の場合は、2~30分なのです。

が、これまでの2回の発作は、1~2分。

そのため、ブドウ糖をもらって、帰宅。

帰宅した直後に、大きな発作が起こる。

このときは、泡を吹いて、失禁もあり、かなり、大変だったようだ。

すぐに、折り返し、獣医さんと連絡を取った。

高血糖検査直後に、低血糖けいれん発作が起こることは、無い。


てんかん?

抗てんかん剤と、食欲が出る薬をもらって帰宅した。

その夜は、薬のおかげか、徘徊はあるものの、

発作は、前回よりも、軽くすんだが、遠吠えが、悲しく聞こえる。


そして、2月11日の朝方。。。




別窓 | わんこ | コメント:0
2月9日のこと
2008-02-12 Tue 22:30
徘徊が、止まらない。

この日の夜も、ちょびの様子がきになり、遅くまで起きていたが。。。。

申し訳なかったが、仕事で疲れていたので、私は、先に寝てしまった。


この日の発作は、その夜、夫がリビングで仕事をしているときに起こった。

前日と同じような状態だった。

けいれんを起こしながら、失禁。

朝方まで、徘徊。

別窓 | わんこ | コメント:0
2月8日のこと
2008-02-12 Tue 22:12
半年ほど前から、後ろ足を時々、引きずるような感じがあった。

この頃から、脳障害が、少しずつ、進行していたのだろうと思われる。

また、ご飯を食べた後、くんくんと、言って、少し徘徊も見られたが、

老化現象の一種と捉えた。

大きな発作が起こったのは、8日の夜だった。

それまで、うろうろと、室内を徘徊して、時々、小さな遠吠えをしていた。

痴呆だろうか、と・・・

いきなり、倒れて、足で空を掻くような仕草。

起き上がれなくて、きゃんきゃんと、叫ぶ。

低血糖だと、思った。


夫と一緒に、急いで、シロップと蜂蜜を口に流し込む。

失禁もあった。

必死で、立ち上がろうと、泣き叫んでいた。


低血糖の発作は、今まで何回も見てきたが、

あきらかに違うのは、いきなりだったことだった。

低血糖の場合は、頭をたてに小刻みに振り、

足が震えるという、前兆がある。

その前兆で、いつも、事なきを得ていた。

が、今回は、予測不能の出来事だった。

1~2分くらいで、収まった。

夫婦で、かなり動揺した。

その後、発作は、おさまったので、安心した。

しかし、ちょびは、その後二時間くらい徘徊をやめなかった。


本当に低血糖だったのか?

大きな疑問が残ったまま、次の日へ。




別窓 | わんこ | コメント:0
獣医さんと
2008-02-11 Mon 15:36
動物病院へ行って参りました。自分だけですが。

いろいろ、また、根堀葉堀聞いてきました。

10歳をすぎて、てんかん様発作が出るのは、脳障害(腫瘍・水頭症)と、
内臓的疾患(心臓とか)のふたつ。

ちょびの場合、血液検査でも、カリウム値、カルシウム値も正常範囲で、
内臓には、問題がないと思う。
カリウム、カルシウムで、考えられるのは、心臓。
また、年齢的な発症時期を考えても、絶対、先天性でも、ない。

考えられるのは、脳機能の問題。
私の素人推測でも、獣医さんとの意見が、合致。
CT撮りますか?と聞かれたけれど、
それで、原因が判明したところで、原因がわかるだけで、治療は、
抗てんかん薬の投与しかないと思われます。
獣医さんも、同じ事を言われていました。
それは、すぐ辞退しました。

必要以上の検査は、ちょびの刺激数値を無駄にアップさせる気がして、
今は、静かな環境で、穏やかにすごさせたいのです。


てんかん発作時の注意点を聞いてきました。

手を出したり、声をかけたり、しない。
これらは、かえって、興奮を高めるそうです。
静かに、発作がおさまるまで、待つしかないようです。
何もできることは、無いということです。

舌をかまないように、口に何かを入れる必要があるか?
これは、犬の場合、人間とちがって、舌を噛むことは、無いそうです。
異物を入れると、かえって、「刺激」となるようで、何もしないが、いいようです。

てんかん剤はフェバノール使用。
肝臓の悪いちょびに負担はかからないか?

確かに、使用上の注意で、肝臓値が高くなると、書いてあるが、
この10年、フェバノ―ルを使用してきたが、極端に肝機能が落ちた子は、無い。
もうひとつの薬は、肝臓に影響があるそうで、あまり、使わないそうです。
ちょびの場合だと、一日9錠まで、飲めるそうです。
今は、とりあえず、朝、3錠、夜3錠で、やってみようということになりました。

薬に体がなれるまで、3~4日は、体がふらついたりするそうです。が
次第に、耐性ができて、なくなるそうです。

てんかんで死ぬことは、無いとよく言われますが、どうなんでしょう。

短い発作なら、大丈夫らしいですが、これが、長時間続くと、
発作中は、全速力で走っているほどの状態なので、
体温が上昇し、犬の体温限界42度を超えることがあるようです。
そうなると、脳細胞が破壊され、死に至るということでした。
糖尿の子は、普通より、血管がもろいので、ありうる話です。
長時間の発作の場合、ぬれたバスタオルで、体を冷やすということが、
必要らしい。
今は、冬なので、夏の場合は、特に気をつけなければなりません。

最後に、「安楽死」は、どういう状態で考えたらいいのですか?
獣医さんの経験から、飼い主が認識できなくて、咬むとか、食べなくなったら、という線という意見でした。
おそらく、これは、飼い主が、納得いくまで、という、微妙な線なんだろうと思います。
その境界線をどこにもってくるか、飼い主さんの考え方しだいということになります。

わたしは、不必要に、苦しませたくありませんと、言うと、
ちょっと、考えて、ちょびの場合は、糖尿で、14歳というのが、奇跡的なので、
寿命と考えても、いいと思います。との言葉。

たくさんの動物をみてきた獣医さんの本音が聞けてよかったと思います。

おそらく、徘徊と、けいれん発作は、脳腫瘍という可能性が高いと思います。

徘徊時も、そっとしておいて、自由に徘徊させた方が、とめたり、声をかけたりするより、
いいような気がします。
無理やり、ごはんを食べてもらったり・・・
おしっこに連れ出したり、ちょびには、それさえも、興奮材料になってしまいます。
もう、ちょびとは、彼女が眠っているときしか、会話ができそうにありません。

うかつに、動物病院へも行けません。
病院の待合室で、発作をおこした子もいるそうです。

今は、薬のおかげで、静かな寝息で、ぐっすり眠っています。
おきているときは、徘徊が始まって、はあはあ言って、とても、辛そうです。

そんな状況です。
別窓 | わんこ | コメント:2
明け方の発作
2008-02-11 Mon 13:24
犬ブログも兼ねてしまったので、カテゴリに「わんこ」を追加しました。

今朝方は、薬のおかげで、夜中も、前日よりも、ちょびさん、眠れたようでしたが、

明け方、ちょびの遠吠えと徘徊が始まりました。

一時間ほどの徘徊中、声をかけても、聞こえないようです。

すでに、前駆現象のようでした。

4時半ごろ、少し、ばたついて、発作が起こりましたけど、

倒れることもなく、ちょびは、ふらつきながら、必死で、耐えていました。

本発作自体は、そう、ひどくなく、しばらくしたら、また、徘徊をはじめました。

抗てんかん薬を飲ませてみました。(本当は、朝晩の一日2回でしたが)

おなかがすいたようで、お茶碗の中の残りのご飯を、食べていました。

その後、しばらくの徘徊の後、いつの間にか、眠っていました。



朝は、起こしても起きなかったので、夫が、インスリン注射のみ14単位。

朝、10時くらいに、小さな遠吠えとともに、前駆症状が始まった。

軽い、本発作。
それでも、苦しそうな遠吠えは、見ていて、かわいそうでした。
辛いだろうな・・・
見てるほうも辛い。
ドアをしめきって、危ないものをよけて、自由に徘徊できるようにしました。
少し、落ち着いたところで、ご飯をあげて、薬を飲ませる。

その後、しばらく、徘徊して、床に、元気な○んちと、おしっこをしていました。
ああ、外に出たかっただろうなあと、ちょびのシグナルが、分からなくて、
申し訳なかったです。

なんとなく、落ち着いたような気配がしたので、ちょびのいつもの布団の場所に誘導して、
「伏せ」と声をかけると、おとなしく、そこに、寝てしまいました。

眠る間際も、軽い発作らしきものが見られました。
小さな遠吠えが、「辛いよ、助けてよ」と、言っているようで、
しばらく、静かに話しかけながら、なでてあげると、眠ってしまいました。

薬が効いてきたのでしょう。

抗てんかん剤というのは、安定剤の効果があるそうです。
眠っているときだけが、人も犬も安らぐときです。

おそらく、このパターンからいけば、夕方、4時、5時ごろに、目がさめて、
徘徊、小さな発作ということになるような気がします。

大きな発作は、夜中や、明け方に起こることが多いようです。

とういことは、前駆症状の徘徊を含め、→大発作 →後期症状の興奮による徘徊→薬→眠る
という流れで、おきているときは、ほとんど、小刻みに、発作が繰り返されていることになるのでしょうか。
以前のままの、「ちょび」という意識が、戻ることは、たぶん、無いだろうと思う。
今、思えば、てんかんのHPを色々訪問してみると、手足をばたつかせて、痙攣というだけが、てんかんでは、無いということを知る。
それを考えると、この2~3ヶ月、前駆症状があったと、言わざるを得ない。

平日の日中は、私は仕事が多い。
通信制の息子が一人でいる。

息子に、これを、負わすのは、息子の優しさには、非常に酷なような気がするのです。
一応、発作のときは、何もしなくていいから、ドアをしめきって、避難しておいてと、言ってはいるが、責任感の強い彼のことだから、きっと、自責の念にとらわれるだろう。
息子も、かなり、よくなったとはいえ、うつで、治療中。

残るは、私が仕事をやめるという選択しかない。
それか、時間短縮か。
理由が、犬の介護じゃなあ・・・世間様は、納得しないだろう。

人を守るか、犬を守るか・・・
人生の選択のとき、ひとつを得たいと思ったら、ひとつは、捨てなければならない。

そして、もちろん、私は、子供を守るだろう。
両方、守れるほどの、力はない。
大事なものは、何か?と、自問する。

そして、所有しているものに、執着しない。
肉体は、滅びても、魂は、死なないことを、私は、知っている。
ちょびは、家族とともに、14年、生きてきましたが、
握り締めた、「生への執着」・・・辛いなら、手放して楽にしてあげたいと。
延命治療はしない。
検査で、苦しいことはしない。
いつも、そういう思いで、過ごしてきました。

半分、心のどこかに、安楽死があることを、子供にも夫にも、伝えた。
これには、賛否両論あることは、承知の上です。
そして、犬の闘病HPの管理人として、このような言葉を書くということは、
非常に矛盾があります。
でも、今まで、家族で、精一杯、看病してきた。
私には、悔いはありません。

てんかんで死ぬことは無いといいます。
しかし、その辛さは、本犬が、一番苦しいそうです。
発作にも、いろいろあって、2~3ヶ月に一回とかあるようですが、
ちょびの場合は、おきている間、発作の高低を繰り返しているようです。

ちょびが、穏やかに死を迎えるには、どうしたらいいか・・・
今、そのことを静かに考えています。
別窓 | わんこ | コメント:3
弱り目に祟り目
2008-02-10 Sun 23:42
って、いうんですかい?

うちは、老犬+病犬介護をやっているんですが、

そのわんこが、てんかん発作起こして、ここんとこ

大変でした(TT)

連休のために、獣医さんは、開いておりません。

が、お得意様なので、診てもらいました。

よかったよかった。

抗てんかん剤をもらい、しばらく、様子をみようと思います。


14歳と、8ヶ月の、我が家のわんこの事でした。

ここまで、長生きできたのが、奇跡のようです。

糖尿病を発症して、5年です。


別窓 | 日々徒然 | コメント:0
人を支えることで、自分を立たせる
2008-02-09 Sat 00:45
いつも、自問自答しています。

人を支えることで、自分を立たせていないか?

人を助けることに、依存していないか?



自分にとって、相手は、いてもいなくてもいい。

居てくれるなら、嬉しい。

去るのなら、それもいい。


いつも、心の片隅に、そういう戒めを置いています。


子育てをしながら、子供=自分になっていないか?

自分で、心配を妄想し、子供の先導をやっていないか?


子育てにおいては、そう、自問自答します。


もともとが、自分に自信の無い、依存心の強い人間なので、
そういう、癖(行動、心)があることを、自覚しています。

今日、久しぶりの仕事休みで、いろいろ、思考を巡らせていたのですが、そういえば、仕事から疲れて帰ってきても、私、不機嫌になったり、いらいらしたり、家族に当たったりしません。

昔なら、大いにありました(反省)

疲れの度合いは、今の方が断然、大きいはずですが、家に帰ってきて、子供たちと話をしたり、笑ったりしていることが、とても、幸せな時間に感じます。

そういえば、不機嫌に、ふさぎこむということも、無くなっています。
それらのことから、疲れるから、不機嫌になるのだという理論は、無いんじゃないかと思います。

不機嫌になって、当り散らすのは、自分が幸せを感じられない状態だったんだなあと思います。それと、親の感情表現を真似ていた、ということも、考えられる。
そうして、まわりに、当たるという行動を通して、相手に対して「期待」をし、「裏切られた」と表現している時なんだろうかなあと思ったりします。

私は、今、子供たちを支えているなんて、思っていませんし、先のことを心配もしていません。ただ、一緒に、喜んだり、笑ったり、泣いたり、怒ったり、感情を共有するだけです。

ああ、話がそれました。

自分以外の人は、たとえ子供であろうと、他人。
コントロールしようとしたり、助けるつもりでも、相手の道を邪魔してしまったり、
そういう、余計なおせっかいは、今はしません。

特に、そのことを、学ばせてもらったのは、ご存知、息子の不登校がきっかけでした。
自分が満たされていれば、子供や他人から、エネルギーを奪う必要も無い。
かつて、人を支えることで、自分のエネルギーを補給していたために、不機嫌になると、当たったりして、相手のエネルギーを奪っていたんだと思います。
今は、自家発電が出来るので、子供や他人から、奪う必要性が無くなったわけですね。
人と人の関係は、エネルギーのやり取りではないかと、思うようになりました。
ちなみに、依存というのは、エネルギーの奪い合いだと思います。

自分の中には、無尽蔵に、エネルギーがあることに気付いたら、人も同じように、
無限にエネルギーを持っているということも、納得します。

その無尽蔵のエネルギーに触れるには、過去の自分の生き様、心の癖、小さい頃から植えつけられてきた常識と呼ばれるものを、一回、全部、崩してしまうことが、必要なんだなあと、思う昨今です。
結局、自分のエネルギーに、ふたをしているのは、自分なんですよね。

その方法を、自己啓発の本や、スピリチュアル系の本は、示しているんですね。

自分を助けられるのは、自分しかいない。
まわりは、それを後ろで応援したり、アドバイスしますが、結局、相手の方法で、相手がそこにたどりつくまで、辛抱強く信じて、待つしかないことなんだと思います。
まわりは、きっかけにすぎませんね。

変わるのは、自分しかできないことなんだと、思うのです。某宗教のように、家庭訪問をする暇や、会合に出る時間があるのなら、まず、家庭において、愛を与える人になることが、大切だと思います。
家庭が、安泰になったら、それを少しずつ、まわりに広げて、おすそ分けしていけば、いいんだと思います。
もっと、余裕が出来たら、社会のために、世界のために(大きすぎるか~)と広がるのでしょうね。だから、まず、最初は、自分が、満たされることが、世界平和につながるんじゃないのかなあ(笑)

自分を大切にしようと、よく、聞きますが、自分の経験からも、実感ありますが、自分を飛び越して、周りの状況ばかり気になる人には、非常に、難しいものです。
そういう家庭状況で、育つと、やはりね、大切にすることと、甘やかすことの違いがわかんないんですねえ。

と、ここまで、書いて、いったい、何を書いているのやら・・・睡魔が襲ってきました~。


そういうことで、かつての不登校息子も、今年は、通信高校の2年目になります。
地区役員のごたごたから、いっせいに役員がやめてしまい、生徒会総務になりそうです。
初仕事として、3月の「予餞会」の打ち合わせに、楽しそうです。
予定があるって、楽しいと、言ってますが、まあ、ほどほどに、してください。

娘は、今日、体育の時間、張り切りすぎて、顔面で、ボールをキャッチしたらしく、学校から連絡があり、迎えに行ったら、目がお岩さんになっていました。(笑)念のため、眼科に行きましたが、問題ないようで、安心しました。
いくら、バスケが楽しいからといって、顔で受けるのは、やめときなさいと、忠告しておきました。期末試験直前で、何事もなく、良かったよ・・・。

さて、また、土日と、仕事です。
月曜は、私の休みと、子供たちは祝日なので、私も、ゆっくり、お寝坊できそう。
おいしいものでも、作りましょうかね^^

それまで、頑張って参りましょ♪

別窓 | 日々徒然 | コメント:2
ひとやま超えました
2008-02-08 Fri 02:04
仕事が、ひとつ、山をこえたので、ホッとしています。

私が担当している場所の、什器が、総入れ替えとなり、売り場も少し、混乱しましたが、どうやら、ほぼ形は出来上がりました。

店長と二日間、付きっ切りでやったので、緊張しっぱなしで、精神的に疲れました~。けど、気分は、ハイテンションなんですね。。。ランナーズハイってやつです。

切れ者の店長が言うには、今月は、きれいな、見やすい売り場つくりを目標に、とのことで、今まで、荷物が入ると、とにかく自分の担当に関係なく、売り場に出すということをやってきたので、担当者が自分の売り場を、整理したり、確認する時間が全く、無かったのです。

今月だけ、ということで、自分の売り場に専念して良いというお達しがありました。
ということは、月末には、ひとりひとりの力量の結果が、出るわけです。恐ろしい・・・

店長は、常駐では無いので、このやり方を試して、全員の力試しをしてみるんだろうと思います。ひょえ~。

時々、他所の店から、派遣で来る応援のパートさんたちの素晴らしい仕事ぶりを見ているので、気は抜けないなあと思います。

相変わらず、人間関係で、ごたごたは、ありますが、少しずつ、改善されてきているように思います。
リーダーが、がんばって、一人も残らず、仲間として、個人のいい所を伸ばし、楽しい店作りをしていきたいという思いが、反映されてきつつあるんじゃないかと思います。

よく、そのリーダーと、チームワークのことを話すんですが、数人、余計な波風を立てる人がいるならば、そういう事をすると、アホらしいよ、みんなが、協力して、楽しい店つくりをやっていこうよ、という空気を作っていけば、悪い行動は、自然に淘汰されてくるんじゃないかと話しています。

1人のミスを責めるより、みんなで、カバーする体制を作り、仲間を尊重しつつ、職場を盛り上げていきたいよね。

仕事が終わってから、駐車場で、店作りを、熱く語るのでした(笑)
一人一人の、思考の癖、受け取り方の癖、行動の癖を、分かりつつ、いい方に転換させるには、どうしたらいいかと、悔しい思いをしたり、悩むことも多いのですが・・・
そんな時は、仕事が終わったら、駐車場の自動販売機の前で、寒空の下で、缶コーヒーを飲みながら、しばらく仕事談義になります。

いつの間にやら、新人であった、私たち3人は、古参の方たちを支えるようになり、
職場の中心にいると、自負しています。
よく、この3人で、「3人で一人前だね」と、笑って、話すことも多いのですが、互いに支えあえる関係の居心地の良さを、嬉しく思います。

ふと、子育てサークルにいた頃の事を思い出します。あの頃、今経験していることと比べたら、1人の独裁的なリーダーのもとに、無理やり納得させられて動いていた。
それで、誰ひとりとして、成長していった人はいなかった。
おんぶに抱っこの関係、あるいは、依存的、支配的であったため、でした。

人は、お互いに尊重し、対等の関係であれば、ちゃんと、成長できるものなんだなあと、その違いを、まざまざと、見せ付けられます。

この職場で、この2人と知り合えたことを、とても嬉しく思うのです。
リーダーが、私達にしか出来ない、いい店作りを目指して、頑張っているのなら、いくらでもお手伝いしようと思うのです。
自分達で、どこまで、出来るか・・・
それを試してみたい。

6月に、棚卸しがあります。
実は、そのとき、誤差が5%出れば、全員、クビです。
今の状態では、出る可能性は、とても、高いのです。
でも、最後まであきらめないで、あがいてみようかと思います。

それもまた、楽しい経験かもしれません。
別窓 | 日々徒然 | コメント:0
ま、負けた!
2008-02-05 Tue 21:43
久しぶりに、子どもたちと腕相撲をしました。
あっさり、2人に負けました。
あれ~いつの間にか、追い越されたんですね~。(*^_^*)
私も、毎日、職場で重いダンボール箱と格闘しているので、自信はあったのになあ。

一番非力だと思っていた娘にも、まけちゃいました。

子どもたちの成長が、何だか嬉しい。



追い越して行け!
私の人生を追い越して、自分の道を歩いて行って欲しい。
そう思う母でした。
別窓 | 日々徒然 | コメント:0
やめられない
2008-02-05 Tue 00:42
今日は、休みでした。が、都合で昼からの出勤になりました。
行ってみたら、昼間勤務の仲間が、目をウルウルさせて、大変だったよ~と今にも、泣き崩れそうな状態。午前中、ベテランが少なくて、予想外のことが重なり、孤軍奮闘したようだ。
抱きかかえるようにして頑張ったねと、いたわりながら話を聞く。

それから慌てて、エプロン付けてヘルプに入りバイトさんたちに指示を出す。
昼間勤務の中心は、私を含めて三人。他は、まだ新人ばかりだ。今日は、シフトの関係で、彼女が1人だった。

私も、1人勤務の時はヘトヘトになる。
夜勤務組が来る午後2時まで気が抜けない。
職場で起こる一切の事が、自分にかかってくる。自分の仕事なんか出来ない。

仲間の言うことには、私は普段は、ひょうひょうとして見えるらしい。
あえて、そう見せているところも自覚があるけど。そうして、中心の中心になるところは、2人に任せて、隙間を埋めていく役をやってます。


面白さもある。

もう少し、全体を見る力をアップさせたいなあと最近、思うようになってきました。

不満を、言えば、たくさんあるんだけど、今、学べるものは、学んでおきたいと思うのね。

今しか出来ない経験

学びに無駄は、無いよね。頑張ります。



別窓 | 日々徒然 | コメント:0
ひとりごと
2008-02-01 Fri 21:34
人の気持ちを動かすのは、情熱。

しかし、情熱だけでは、だめな時もある。

智慧が必要。



イエスが、父と呼んだ方。

符号の一致。

わたしは、ずっと、無意識に探していたのか。

納得。


別窓 | 日々徒然 | コメント:0
| 歩いていこう |
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