author : rinrin
【エクササイズ物語】13.チャイルドが訴えてくること
2008-10-31 Fri 08:40
暗い部屋に浮かぶ、黒い球体のまま、幾日かが過ぎていきました。

その間、瞑想も、とどこおり、

日常生活も、かなり、体調をくずし、

ひどい頭痛に悩まされ、吐き気もあり、

食べ物も、食べても味がしなくなり、

感情が、まるで、止まってしまったかのような状態になりました。

そして、ほとんど、寝てばかりいるようになりました。


精神的にも、寂しさや、孤独感、寂寥感に、翻弄され、

このまま、海の底に、沈んでしまったまま、人生が終わってしまうのではないかと、

本気で、感じていました。


この寂しさは、

どこまでも、

砂漠のように、続いているかのようでした。


誰か、助けて欲しい。


エクササイズをはじめて以来、はじめて、

言いようのない、深い、深い、闇の中を、のぞきました。


それは、KAIの心の風景でもあり、

黒い球体のチャイルドの心象風景でもあり、

私の底なしの、絶望でも、あっただろうと、思います。


触れるものが、痛く、

言葉が、悲しく、

色のない世界、殺風景な荒涼な世界に、ひとり置き去りにされた

子どものようでした。


一番、辛い時期でした。


何度も、何度も、心の中で、助けを呼んだ気がします。



Tatsuさんを通して、

光のエネルギーが流れたときは、少し、浮上できるものの、

時間がたてば、また、闇に沈みこんでしまうのでした。


しかし、そのころ、行った、数度のチャットによって、

エネルギーを通すという感覚が、

なんとなく、理解できるように、なっていました。

闇が深ければ、深いほど、光は、かよわいながらも、

一筋の線となって、第3の目・・・額から入り、

血管、神経をとおり、全身を巡り、かすかな浄化をもたらすことを、

感じていました。

光を送ってもらうとき、

さらさらと、さわやかな風が吹き、

浄化を促されている気がしていました。


表面的な動きは、たいして無かったものの、

内面では、少しずつ、少しずつ、

変化があったのでしょうか。。。


自分の中に、黒い球体を発見した数十日後。

ある日、

突然、ビジョンがかすかに、見え始めました。

小さな女の子が・・・

・・・・おそらく、前の瞑想で、階段降りていきながら、

幼くなった、自分の姿だろうと、思います。

小さな手を握り締めたり、広げたりする、ビジョンでした。

女の子は、何かを訴えているように、何度も繰り返していました。

やがて、瞑想していない時間でも、

ふっと、目に浮かんでくるようになってきました。

時と場所を選ばないビジョンは、

ちょっと、困りました。

映像が、急に、飛びこんでくるので、

そちらに気をとられて、

日常生活も、危ういのでした。

私は、おそらく、コントロールを学ばなければならない

時期にも、きていたのだろうと思いました。

回路のスイッチを、野放しにすることと、

コントロールをすることでしょうか。

この時期は、野放しでした。

また、そういう、ことが、許される時間が多かったので、

常に、アンテナが、開かれた状態に、なっていたのだろうと思います。

それは、非常に、危険といえば、危険なことでした。

いい次元につながれば、ラッキーでしたが、

悪い次元につながれば、その影響で、

どこどこまでも、最悪な心理状態に追い込まれていきます。

特に、自分の弱いところにおいて、

責められてくる感覚は、きついものがありました。

精神的に弱い部分とは、やはり、依存の部分でした。

感の良い方なら、お察しできるかと思います。

今だから、告白できますが、

当時、Tatsuさんに、どっぷりと依存していた私は、

彼との関係だけが、救いになっていきました。

恋愛感情も、否定しません。

父親と、子供という関係も、存在しました。


これで、はたして、ちゃんと、自立できるのか?

今後を考えると、自分が恐ろしい爆弾を抱えていると感じると同時に、

そんな自分が、ひどく悲しくもありました。




そんなことを、ひと月近くも、ループしていた気がします。


そんな中でも、

Tatsuさんを通してくる、光のエネルギーは、別モノでした。

光が通されると、体が温かくなってくるのでした。

心が、軽やかになってくるのでした。

大丈夫という気持ちが、湧いてくるのでした。

笑いたい気持ちが、出てくるのでした。

執着と、大事にしたいということは、違うのだと

私に、語りかけてくるのでした。




そんなスパイラルの日々でしたが、


ビジョンが見せた、「放つ」こと。

握りしめたものを、放つこと。

解放すること。


押し込められた感情を放つこと。


必要のない負の感情を、とりだし、

そらへ。。。空へ、還すこと。


私のビジョンは、そういうことを、訴えてきていました。


そうして、時が満ちてきたのでした。




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2008-10-29 Wed 23:46

そろそろ、インナーチャイルド物語、再開しようと、心の準備をはじめました。

結構、エネルギー使うので、充電に、時間、かかっちゃいます^^;


その、前触れでしょうか・・・。

今朝がた、夢をみました。

白い美しい龍が、出てきました。

私は、なぜか、その龍を、3センチくらいの幼虫から、育てているんです。
3センチの龍の赤ちゃんって、まるで、ミミズみたいなんですよ(笑)
数日して、幼龍に育っちゃって、めちゃ、きれいなの~~。

そして、なぜか、ビルの二階から、
龍を呼ぶと、
成龍になった、龍が、白く輝きながら、やってきて、
その背中に、私、軽々と飛び乗っちゃって、
低い木々の間を、縫って、猛スピードで、飛ぶのです。

大人になったばかりの龍は、まだ、飛ぶのが上手くないけれど、
これから、もっと、高い空を飛べるようになると、言ってきました。


龍には、なぜか、枯草で編んだ、ロープがついていて、
それを、にぎって、操縦できんのよね。

一心同体で、空を飛ぶ感覚は、
いや~、楽しかったです。

それに増しても、龍の美しさは、圧巻でした。
白い長い毛が、さらさらと銀色に輝いて、
うろこも、つややか。

そして、まわりの景色が、とっても、リアルなんです。
めずらしく、カラーなんです。
木々の緑が鮮やかで、空も晴れわたっていました。

めったに見ない、素敵な夢でした。
しかも、目が覚めても、はっきり、くっきり覚えているっていうのも、
珍しいことでした。

どうやら、龍は、私には、縁が深い生き物のようです。
今後の、「物語」にも、登場しちゃいます。

でも、それは、もう少し、後の話になります。
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因と果
2008-10-18 Sat 18:37
仏教には、原因があって、結果が生じるということを説いてあります。

エクササイズは、苦しみの(「苦」)その「因」となるものを、集め(「集」)、

原因がわかったら、それを、滅(「滅」)して、正しい道の探究(「道」)を、

することを、目的としています。

四諦(したい)の法門・・・「苦諦(くたい)」「集諦(しゅうたい)」「滅諦(めったい)」「道諦(どうたい)」

といいますが、インナーチャイルドのエクササイズも、これに、ほぼ、のっとっている気がします。

ジョンブラッドショーが、仏教を学んだかどうか、知りませんが、

ほぼ、この四諦に、のっとって、エクササイズが進められているのですね。


物事には、よくも、わるくも、原因がある。

原因といっても、表面では、いろいろからまって見えることもありますが、

意外と、根本は、ひとつだったり、します。

ひとつは、すべてに通ず、と、申しますが、

その逆説もまた、ありうるわけです。



インナーチャイルドの癒しといえば、

今、はやりの、スピリチュアル系だと思われそうですが、

実は、全然、そうではありません。

現実をよりよく、生きるための、エクササイズです。

人生の課題を見つけるための、エクササイズです。

課題には、終わりがありません。



。。。面白い文章があります。



光に導かれ、光の言葉をお伝えしましょう。
あなたは、今まで、苦難の道を歩いてきました。
しかし、その苦難は、あなたが、光になるための、
アイテムでした。
これからは、あなたは、愛にめざめ、
宇宙の波動を、伝えるのです。
あなたには、すばらしい力が、あなたの中に、今、眠っています。
もうすぐ、アッセンションとともに、その力が目覚めるのを待っています。
あなたの、これまでの苦難は、まもなく終わります。



なんちゃって、預言者、りんりん作。(笑)


これ、スピリチュアル系の癒しには、もってこいの
自作自演の言葉を羅列しただけのものです。

一瞬、その気になりません?

実は、こういうものを、作って、なんちゃってスピリチュアル系への、
警告をされている方を、お見かけしたのです。

あ、私にも、作れるかな(笑)なんて思って、
書いてみたら、結構、書けるもんですね。

>光に導かれ、光の言葉をお伝えしましょう。

これって、私にしか、聞こえないけど、教えてあげましょう~ですね。


>あなたは、今まで、苦難の道を歩いてきました。

いや、みなさん、それぞれ、苦難の道を歩いておられます。
自分だけではありませんね。
世間、狭すぎでしょう。

>しかし、その苦難は、あなたが、光になるための、
>アイテムでした。

なんか、そう、言われると、選ばれた人に聞こえるじゃない~?
え、私って、そうだったのと、ちょっと、喜んだりしちゃいます。

>これからは、あなたは、愛にめざめ、
>宇宙の波動を、伝えるのです。


よっしゃ、あの人にも、この人にも、伝えるよ~。
(で。。。何を??)
ありがた迷惑っていう言葉があります。


愛は、押し付けではなく、行動です。

私は、そう思うのです。
だいたい、自分が、満たされていないのに、人に与えるものは、ありませんね。
満たされていない人が、こういう、なんちゃって、スピリチュアルに、
癒された気がするだけです。

スピリチュアルとは、体験です。
自分の魂の経験です。だと、私は、思う。



>あなたには、すばらしい力が、あなたの中に、今、眠っています。
>もうすぐ、アッセンションとともに、その力が目覚めるのを待っています。

アセンション・・・
次元上昇と言われていますが、
自然に、時限上昇、すると思います?

私は、思いません。

やはり、そこには、波動をあげるだけの、本人の、努力と、
努力と、努力が、あるんじゃないかと、思うのです。

どこか、よそ事で、よその車に乗っている感覚では、ないでしょうか。

スピリチュアルとは、自分の魂の体験と、感動です。

「ああ、もうすぐ、世界が変わるのね」と、
夢を見ている場合ではありません。

自分が、変わるのです。

と、思う。


>あなたの、これまでの苦難は、まもなく終わります。

そうか、もう、ォワタのか。

人生、そこで、終わらしたら、いけません。

苦難とは、自分が、解くべき、課題です。
成長のカギですね。

それが、おわた・・なんて。。。

成長、止めますか・・・
それとも、完全な人間になったと、勘違いしますか・・・ねえ。



苦難は、魂の糧になります。
その道中は、七転八倒の苦しみでも、
問題を解いたら、それだけ、自分の力になるのです。

ひとりが、力をつけたら、
すべての取り巻く、環境に、影響してきます。

そして、世界が変わることを、感じるのですね。


だから、答えは、その人の中にある。

だれも、同じ問題をといていないのだから。

問題も違えば、答えも違う。

違って当たり前ですね。

納得、を得られれば、その人の答えになるんですよ、きっとね。

でも、問題は、一人じゃ、とけないことも多いよね。

だから、いろんな人との接点も、また、自分を磨く、ダイヤモンドになるのでしょう。


スピリチュアルとは、地に足をつけて生きることだと、

私は、思ったりするのですよ。

何も、宇宙まで飛んで、リーディングを、する必要は、ないし、

不思議を、解明することでもなく、

今を生きるってことだろうと、解釈してます。

ついでに、私も、私のまわりも、幸せだったら、なお、いいかなあ。


誰も責める心も持たず、

ただ、感謝で、過ごしたいのが、希望です。

なかなか、できんけどーー;

いいんだ、それで。

それが、私、なんだも~ん。


このエクササイズ物語も、「物語」としたのも、

「私」の紡いだ物語だからです。

そして、Tatsuさんが、名付け親でもあります。

以前、書いてみたらと、おすすめがありまして、

なかなか、取り掛かれずにいましたけど、

いい機会をいただいたと、感謝しています。


しかし、私の文章に、惑わされないでくださいね。

私のための、私の物語でしか、ないのです。


それだけのことなんです^^


しかし、下書きが、全然できなくて、

仕事も、他店新規オープンの応援のため、

今週いっぱい、体力的に、限界になってしまいました。

よって、来週後半まで、お休みします。



さて、学童前期のインナーチャイルド。。。

黒い球体になっちゃて、どうすればいいんでしょうね。

こんな、チャイルド、ありですか!!?

あり、なんです。


どうやって、抜け出せたのでしょうね~?

お楽しみに^^



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ねむいです。
2008-10-16 Thu 22:24
今日は、下書きが、全然、間に合いませんでした・゜゜・(≧◯≦)・゜゜・

明日のアップに、間に合わないでしょう。


現在、遠い山奥の場所に(うそ)

出稼ぎに行っています。(本気にしちゃいやよ)


へたばっています。

毎日、倒木した木をかついで、

山をのぼり降りしてます。(真っ赤なうそ)

そして、ついでに、鬼が島まで行って、鬼退治に行ってます。

それなのに、帰ったら、きじと、猿と犬のお世話をしなければなりません。



なので、死ぬほど、ねむいです。

字が、泳いで見えるので、

明日の記事は、お休みなのでした(笑)


では、おやすみなさい。。。



どんだけ、虚言日記なんだ・・・


浦島りんりんより


*****

いつも、ぽちっと応援、ありがとう。

励みになります。

嬉しいです。

竜宮城から、帰ったら、また、書きます。

100年後・・・になるか!?

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【エクササイズ物語】12.学童期のチャイルド
2008-10-16 Thu 09:59
○大人の○○への手紙


ここ、きらい。

ここ、こわい。

くらい。きらい。だいきらい。

みんなには、あたしがみえない。





「わたしが、見えない」と、彼女は言った。


かつて、神戸事件のとき、

少年Aは、自分のことを、透明人間だといった。

宮崎死刑囚も、じぶんが、人間でない、

化け物みたいな姿であることを、語っていた。

そして、私自身、幼いころ、自分が化け物みたいで、

ほんとは、みんな、私のかっこうが、変なのを知っているくせに、

知らないふりをしてくれているんだと、

そう、思っていた。(本気でした)

みんなには、この世の真実が見えていて、

私には、偽りの世界しか、見せてもらえないのだと

そう、本気で思っていた頃があった。

自分だけの神がいて、やがて、迎えにきてくれると、

信じていた。




愛ではなく、愛の形をした、偽物を与え続けられることは、

人にとって、どんなに、残酷なことかと・・・

思い知らされるのであった。



犯罪を犯さなかっただけも、親に孝行したんだろうと、

思ったりした。


そうして、学童前期が、始まるのでした。




学童前期という時期は、幼稚園から、小学校4年生くらいまでの時期になります。

この時期というものは、

家庭という守られたところから

学校や、幼稚園、保育園と、世界が、また広がる時期でもあります。

子どもにとっては、あらたな未知の世界への、突入ですね。


このころは、急に教育熱心になった父母により、

幼稚園のころから、小学校の勉強をさせられたり、

小学校へはいると、予習復習はもちろん、

特別な問題集を、毎晩、父母にはさまれて、

父親が不在のときは、母に、教え込まれていました。

よくできると、父母は喜び、さらに、期待をしてきました。

でも、できた!という喜びを、この勉強で感じたことは、

微塵もありませんでした。

父母の機嫌を損なわないよう、細心の注意をしながら、

必死で、能力以上の力を出して、勉強していました。

できないときは、叩かれ、泣きながら、させられていました。

その事が原因で、夫婦喧嘩になることも、頻繁にありました。


感謝・・・?

今でも、そのことには、少しも感謝など、していません。

父母にとっては、よかれと思っていることでも、

私にとっては、苦痛以外、なにものでも、ありませんでした。



自分の腕を、もぎとられ、

足をもぎとられ、

かわりに、父母が、私の手となり、足となり、

そして、感謝をしなさい、私たちのおかげだと、思いなさいと

押しつけてくる。

私の領域は、この世に、どこにもなかった。

私が、息をする場所は、どこにも、なかった。

このころは、幼稚園や学校へ行き始め、

昔より、祖母のうちとは、疎遠になっていったころだった。

ただ、祖母が買ってくれた、本の全集を、

毎月、読むのが楽しみだった。



母の不思議なところは、

父と大ゲンカをした後は、

あなたたちがいるから、別れられないと、語る。

しかし、父と割に仲がよさそうに見えるときは、

子どものことを、父に愚痴り、

いつのまにか、私や妹は、母の敵になり、

無視をされていた。


常に豹変し、いつ無視にかわるか分からない母の態度は、

わたしを混乱させるばかりだった。

結局、何も、言わない、何もしないということしか、

自分を守るすべはなかったのだった。

母の無視は、長い時は、1週間以上も続くのだった。


それは、たぶん、私が、母の悪い子だったからだろう。

そう思うしか、なかった。

家庭の中は、わたしにとって、安心できるところではなく、

常に緊張をしいられる場所だった。



父は、夜になると、暴れる人だったので、

父のいる、食卓はさらに、苦痛だった。

いつ・・・豹変するのか・・・

さあ、くるぞ・・・

気配を察知したら、

ごはんを大急ぎで食べ、勉強をするふりをするために、

机のある部屋にひっこむのであった。

そして、耳をふさいで、母と父の争いと、

お茶碗や、ガラス窓の割れる音、壁にどしんとぶつかる音、

父の大声や母の鳴き声から、自分を防御した。

それでも、罪悪感があった。

母を守れず、逃げるしかない自分が、情けなかった。

子どものことが、原因で、喧嘩になることも、

多かったということもあって、

「私がいなかったら、この家は、うまくいっていたかもしれない」

そう、思わずにはおれなかったのだ。

この頃・・・6歳の頃からはっきり自覚していたことは、

「もう一度、生まれなおしたい」

そう、しきりに思っていたことでした。



そういう背景があって、

学童前期の瞑想へ、入っていった。


ところが・・・

チャイルドが、見つからないという、なんとも、不可思議なことに

直面したのでした。

チャイルドが、どこを探しても、見つからない・・・

5歳の頃の自分のビジョンが見えないのだった。


当時の記録より

◎あれ?5歳の自分を、イメージできない。
 どんな子供だったのだろう。
これは、イメージしやすいように、写真とかなんらかの資料が必要かな。
自分の子たちの5歳のときの写真を借りたら、何らかの手助けになるような気がする。 
◎確認の言葉で、「両親の結婚生活に、あなたが責任を負う必要は無い」というあたりで
 急に感情が高ぶり、いきなり泣いてしまった。



そして、そのまま、一週間が過ぎていった。

◎学童前期をイメージできないのは、
学童前期は、私にとって、一番、母に巻き込まれていた時期だと思うのです。
気持ちが母と重なっていたということ、「自分が存在しない」という象徴的な状態として
捉えることができるかもしれないと思いました。
単に学童前期のイメージを作れないということとは、違うのです。



瞑想は、自由連想や、イメージ法だと言われたりしますが、

私の場合、単純に、自分で勝手に物語を紡ぐわけでもなく、

ビジョンという形で、

映像を見せられるという感覚が強かったのでした。


そして、次の日。。。


瞑想の前段階で、充分、集中を高め、

やっと、瞑想に入る準備ができた。

今度は、会えそうな感覚がしていた。

インナーチャイルドに会うために、今回は、別のヒプノの瞑想を使うことにした。

階段を一段一段下っていく。

降りていくたびに、今回は、不思議なことに、私自身が、大人から、

ワンピース姿の子供の姿になっていく。。。

私自身が、子供に変化していったのだった。


ドアを開けると、真っ暗な部屋。

狭い、四角の部屋。

暗くて何も見えない。


それでも、よく感じて見ると

部屋の隅に、闇に重なるように、ぼんやり丸い輪郭が浮かんでいる。

子供の姿の私は、部屋の隅にある、大きな灰色の球体を認めた。

見つけた・・・

なんの根拠もなく、そう思った。

ゆっくり、近づいてみた。



そして、触ると、ひんやりと冷たい。

その中には、視覚的には見えないが、中にインナーチャイルドが

隠れている感じがした。

この中にいる。

確信を持った。

実際には、その中は見えないのだが、

丸くなって、ひざを抱え、

球体の中で、胎児のように眠っているのかのようなイメージが

頭の中に、入ってきた。

球体を叩いても、反応は無かった。


試しに、エクササイズの確認の言葉を使ってみることにした。

球体に、そっと体をくっつけて、一緒に聞いてみた。

ひんやりと冷たい球体の感触が、頬や、手のひらから伝わってくる。

が、球体は、拒否していた。



今日は、これ以上、なすすべがなく、あきらめて、

引き下がるより手がなかった。

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【エクササイズ物語】エピソード2
2008-10-15 Wed 08:00
なんだか、スターウォーズみたいな題名になっちゃいましたね。

このエクササイズをはじめて、しばらくした頃・・・

チャット中に、小さい子供が、時々、出現するように、なりました。


これは、なんだろう???どこだろう。

様子をみると、大きな川の岸辺のようなところで、

裸足で、楽しげに遊んでいます。

川は、広すぎて、向こう岸が見えません。

自分のチャイルドではないことは、わかっていました。


誰?

「忘れないで」と子ども。

そういう意識の交流がありました。


可能性をさぐりつつ、

もしや・・・あの子?というところに、たどりつきました。


Tatsuさんより、お経を、文字にして、送ってもらいました。


実は、私は、待望の第一子を、妊娠4か月の頃・・・流産していました。

それは、女の人なら、大なり小なり経験されたことも、あるかと思う出来事でした。

もう、すっかり、忘れかけていたものですが、

どこかに、私自身に、罪の意識が残っていたのでしょうか・・・


PCの画面を通して、送られてくるお経を目視しながら、

向こうから入ってくる、光を受け止める体制をとり、

そのまま、その子と、対面したまま、瞑想状態に入りました。


楽しげな様子で、

くるくる、私のまわりを回り、飛び跳ねている、その子。

女の子でした。

きっと、私の娘になるはずの子でした。

・・・生んでやれなかった、後悔が、

涙とともに・・・流れる。

抱き上げたその子は、羽のように軽く、

いとおしく・・・




ずっと、私が気づくまで、待っていたのでしょうか?

それとも、時々、「私だよ」と、やってきていたのでしょうか。


「もう、お帰り。むこうの世界へ」

その子は、笑いながら、私の腕の中で、

光る小さな丸い玉に、変化し、

やがて、手のひらから、宙にうかびあがり、

そらへ向かって、元気に飛び立っていきました。



その子は、個性というには、感覚的には、あまりに、人間離れしていました。。。

無邪気。

天真爛漫。


生まれなかったけれど、確かに絆は、あった。

誰も悪くは、なかったけれど・・・

会えてよかった。


瞑想から戻ると、さわやかな感覚に、包まれていた。


チャット中に、こういう不可思議なことが、起こることに、

この頃は、だいぶ、慣れてきていました。



もう一つのエピソード・・・

これも、チャット中のこと。

話がポイントを突くところにさしかかると、

尾てい骨から、渦巻き状に、背骨を駆け上がって、

頭部に、抜けるような、

そんな感覚を何度も味わっていました。

最初、腰が悪くなりすぎて、

その影響かと、思っていました。

しかし、後に、それは、一般的に、神聖な場所なら、

どこでも、起こるようになっていました。

後に知ったことですが、

これは、クンダリーニと呼ばれる、エネルギーだったようです。

サンスクリット語で、「とぐろを巻くもの」という意味があるそうです。

その名の通り、振動しながら、大きくぐるぐると背骨を中心に、

まわりながら、かけあがってくるものでした。

ヨガなどでは、尾骨の内側に眠っている大地のエネルギー

とか、生命の根源のエネルギーとか、言われているものらしいです。


だから、それが、何に役にたつのか。。。

私にも、よくわかっていません(笑)

いろいろ調べたことで自分なりに理解していることは、

クンダリー二の振動は、一種の共鳴作用ではないかと

思っています。

そのころ、光の波動を、もらっていたので、

それに、次第に共鳴反応するように、なったのだろうと

思ったのでした。


まあ、余談でした^^
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今日から広島へ
2008-10-14 Tue 21:19
夫が、行きました。

まだ、本格的な引っ越しは、来月連休明けですが、

とりあえず、行きました。


「あとは、大変だけど、よろしく」と

名残惜しそうに、朝早い新幹線に乗って、行きました。




なにが。。。大変なのか、わかりません。


何も大変なことは、ないですが・・・


息子さんに、その話をしたら、

自分なら、「頑張って、行ってくら~」と、

言うそうです。

それが、  正しい


と、思いました。


夫は、主語が抜けているんだと思いました。


自分がさびしいので、

相手も、さびしい(に違いない)。

だから、がんばって乗り切ってくれと・・・


いや・・・やっぱり、がんばれません、私。


普通に暮らして、普通に生きていきます。

相手を心配するふりをして、

自分の不安を、相手に丸投げしようとする、

その根性が、許せません。




こう言ってもらいたかったな。


おれは、もーれつにさびしい、

辛いけど、不安だけど、がんばってくるよ!




正直に、自分の気持ちを伝えてくれたら、

おう、がんばれ!と、さわやかに、送りだしてあげたのに・・・なあ。


まだまだ、です。

で・・・金曜日は、帰ってくるのです。

普通の出張と変わりないのでした・・・。


でも、私、明日から、

他店オープン搬入のために、

山越えして、直方まで、行くのでありました。

ああ、朝が早い。

こっちが、よっぽど、大変なんですけど・・・。


冷たいですか?

私。

冷たい?


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【エクササイズ物語】11.和解
2008-10-14 Tue 08:59
歩行期のチャイルドとの接触で、しばらく、頓挫していたエクササイズでした。

時間をおいて、再度、チャイルドと対峙するべく、

エクササイズを再開したのだった。


ここを、越えたい・・・そう思った。



チャイルドは、赤い釣りスカート、白いブラウスという出で立ち。

チャイルドは、仁王立ちして、めらめらと、怒りを発し、私をにらみつけていた。



もう、怒らなくていいんだよ。

もう、いいんだ・・・


そういう思いが、誰に言いたいということもなく、独り言のように、こぼれた。


もう、やめたいんだ。。。

終りにしたいんだ。。。。




チャイルドに近づき、彼女を抱きしめた。


チャイルドは、抵抗を示しながら、もがき、再度、私を刺してきた。

しかし、生々しい様子とは裏腹に、もう、痛みは、感じなかった。


あなたは、わたし。

あなたのつらさは、わたしのもの。

もう、いいんだよ。

あんしんして、ここへ、おいで。



どのくらいの時間がすぎたのだろう・・・

チャイルドは、手に持つ、枝の切れ端を、ぽとりと、地面に落とした。

そして、最初は、小さく・・・やがて、大きく泣きじゃくりはじめた。


ここへ、おいで。



わたしたちは、手をつないで、広い海が見える草原に立っていた。



その後・・・チャイルドの感じから、私は、男の子として

生まれなくて、残念だった気持がわかった。

事業をしていた父にしたら、

男の子だったらよかったのになあという気持ちがあったのだろう。


そのことを感じながら、

私自身、幼い頃、「少年」になりたい自分だったことを、思い出すのであった。

親の心の中の思いは、

口に出さなくても、子どもには、わかっているものなのだろうと、

そういうことを、改めて知るのでした。

それほど、子供というものは、無意識に、親の気持ちを察し、

親の望みどおりになりたいと、思うものだということを・・・。

親は、それをいいことに、「あなたのため」という大義名分で、

いつまでも、子供を追いかける。



KAIの不登校でも、

彼自身、それほど、自覚はないのだろうが、

親が望む、漠然とした「いい子」を、心で感じ、

一生懸命、演じようとしたのだろう。



馬鹿だなあ・・・

私も・・・KAIも。。。


世代間連鎖とは、なんと、痛々しく、悲しいものなのだろうと思うのだった。


もう、終わりにしたい。。。

負の遺産は、もう、いらない。

わたしたちは、わたしたちのままでいいんだよ。

別のものに、なろうとしなくていいんだよ。



チャイルドの小さな手をにぎりしめ、

草原の風に吹かれながら、

わたしたちは、互いに、目を見合わせて、微笑んだのだった。

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エクササイズ物語~その頃
2008-10-13 Mon 23:03
このインナーチャイルドを行っている頃・・・

KAIは、不登校から、約8か月ほど過ぎ、梅が咲きかけたころでした。

マイペースで、適応指導教室に通いだし、

尊敬できる、先生に出会い、

少しずつ、自分の場所を、得ていました。

この先生に出会えたことが、

KAIの回復のきっかけとなったことは、否めません。

若い女の講師の先生でしたが、

オープンで、ジョークが好きで、明るく、行動力のある先生でした。

口の悪い先生でしたが、そこに通う子どもたち、ひとりひとりを、

大切にしてくれました。

つい、私が言いすぎて、KAIを傷つけてしまった時・・・・

KAIの逃げ場が、ここに、ありました。

教室に着くなり、安心してか、突然、泣きだしたことも、あった。

気分がすぐれなかったり体調が悪くて、行けないことも多かった、KAIですが、

居場所があって、受け入れてくれる人がいてくれるということに、

親も子も、どれほど救われたでしょうか。

この出会いは、ほんとに、ラッキーだったと、思われます。

今も、尊敬する人は?と聞くと、ゆうこ先生と、答えます。


娘の方は、高校受験でした。

こちらも、たまたま行った塾の先生に、励まされ、

希望の高校へ合格。

娘も、この塾の先生とは、今も連絡を取っています。

そして、学校の悩みや、家庭の悩みを、

聞いてもらっているようです。

ふくちゃん先生と、私たちは、呼んでいます。

ふくちゃんと電話で、話した後の娘は、にこにこしています。


そういう、偶然の、良き出会いが、重なり、

周りのひとに、育ててもらい、今の子どもたちがあります。

この出会いがなければ、どうなっていたでしょう・・・


感謝しかありません。


そして、私は、Tatsuさんと出会い、

自立への道を、三歩進んで、二歩下がる状態で、

それでも、前を・・・前だけを、見ていました。

三者三様の形で、私たちに差しのべられた手は、

まるで、女神が手助けしてくれているかのように、

感じられるのでした。

そうとしか、考えられないくらいなのです。


そのころ、私は、仕事は、しておらず、

一日の大半を、自分と子どもたちのためだけに、使うことができました。

仕事をするという、意欲に欠けていたということも、あります。

ひたすら、主婦引きこもりを行っていたのは、この頃です。

地域や、子育てサークル、または、宗教関係、学校関係の役員のつながり、

義理の友達、そういう、形だけの抜け殻となった、しがらみから離れ、

すべてをゼロに、もどしたかったのかもしれません。

やり直すための、引きこもりでした。


特に、共依存関係であった、A子とは、接触を断ちました。

夫にさえも、無口になりました。


ただ、ひたすらに、自分のしたいことだけを、

やっていました。

家事は最低限、していましたが、

世間で期待されている、主婦らしさを漂わせるものは、

さっぱり、無かったと思います。


もう、形だけの重たい荷物は、必要なかったので、

ここで、いったん、捨てる必要があったのだろうと思います。

私の生活は、ネットと、ゲームと、エクササイズと、

少々の家事と、子どもたちとの会話だけでした。

不健康な、ことでしたけど、

人生で、一番、贅沢で、幸せな時間でした。


当時は、夫も、「学校へ行け」と言っても、行かない・・・行けない息子を、

動かせないのだということを、体感した頃でした。

文句らしいことも、あまり言わず、ただ、もくもくと、働いてくれ、

経済的に、家庭を支えてくれたのには、感謝してます。

けれど、心を支えるには、至りませんでした。


余談ですが、彼に、エクササイズの話をしているとき、

小さなころの話を、尋ねたりすると、

彼は、決まって、ひどい頭痛が起こるのでした。

感情が思い出すことを、拒否しているのでした。

それは、彼の、人生であるので、それ以上、干渉したりしませんでしたけれど、

夫婦であろうとも、私たちは、違う道を歩いているような、

そんな、感覚がありました。


今でも、夫婦とは、なんであろうかと・・・・、思うのです。


夫との関係が、息苦しいと感じはじめたのは、

子どもが少し大きくなりはじめてから。


そして、今、その頃のことを思うと、

夫のチャイルドを私が、背負っていたんだなあと、感じるのです。

そんなことは、夫は知りません。

しかし、私は、夫のチャイルドには、なんの責任もないのです。

私が背負う必要もないことです。

彼のチャイルドは、彼自身にしか、癒せないのです。

そうやって、私が、気持ち的に分離した結果、

彼は、今や、仕事に没頭しています。

それは、それで、いいかと思うのです。

自分自身の真実の寂しさ、真実の喪失を、彼が自分でわかるのは、

ずっと、先になるのだろうと、感じています。

自分で気づこうとすることが、大切なのだと思うのです。


昔ほどでは、ありませんが、今もまだ、「彼のそばは、安全ではない」と、

私のセンサーは、感じています。

これは、私の、いまだ、癒されない部分なのか、

それとも、夫の問題なのか、

正直、わからない部分があります。

待つしかない、というのが、今の本音。


男の人の大半が、働いている日本社会ですが、

働くということは、ある種の達成感を与えてくれます。

しかし、働くことで、自分の心が、形や、唯物論的に、

傾いてくることを、私は、いつも、警戒します。

働いて、出世することは、大切ですが、

何のためにという、大義を、忘れては、いけないと、

私自身、現在、働く身になって、しみじみと思うのです。


いつの間にか、効率や、成績、手際の良さが評価される、

そんな価値観に

自分の思考を、奪い取られてしまうことを、恐れます。


今、私は、どういう状態なのだろう・・・

そう迷うとき、反省とともに、

私は、祈りの言葉を口にするのです。


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【エクササイズ物】10.歩行期のチャイルドの怒りの昇華
2008-10-12 Sun 23:53
この頃から、少し違った瞑想法を試してみた。


ジョンブラッドショーの瞑想誘導法は、

恐らく、私には、現実すぎて、イメージしにくいのではないかと、思ったのだ。


そこで、ハイヤーセルフと出会うための瞑想法を、

本で読んで知っていたこともあって、(成功したためしは、無かったが)

それをアレンジして、ダイブしてみる。


最初に、そのイメージを何回も、頭の中で、繰り返してみた。


かなり、いけそうな感覚を捕らえた。





古びた扉をイメージ。

扉をゆっくり開ける。

地下へ続く石の階段。

地下へ一段ずつ降りて行く。

アファメーションを声に出してみる。

ずっと、下へ、下へ、下へ、降りて行くと、

(降りながら、深く心の中へ入っていくイメージで)

地下の石の狭い一室へたどりつく。

中央の、丸いくぼみに、聖水が涌き出ている水たまりがあった。

ほの暗い、この部屋は、私以外は、誰も入れない場所。

安心できる場所。


その聖水の中へ足を入れる。

そこが、第二の扉。




庭に座って、土をいじっている、チャイルドが見える。

ゆっくり、背後から、近づいてみる。

チャイルドに、イメージとして、私が、チャイルドに望んでいることを伝えた。

チビ私は、振り返り、理解したのだろうか・・・


このとき、チャイルドに、私が、伝えたことは、

一番、悲しかったところへ、連れていって欲しいと頼んだのだった。


場面が変わった。


古い家。

夜。。。

父と母の、喧嘩の現場。

父が母と、もみあっている。

母が、何か叫んでいる。

父が刃物を持って、母に向けた。

母は、泣き叫びながら、土間から外へ、裸足で出て行った。

うす暗い部屋の中で、泣いている私。

私に、「お母さんはもう帰って来ないかもしれない・・・」と言った父。

絶望の感覚。

強烈に蘇る、思い。

あの時、何もできなかった小さい私。

私は、無力だった。

土間の外へ消えた母。

土間の向こうは、夜の魑魅魍魎が、

うごめいている場所。

しばらく、呆然と、していた。


長い、時間が過ぎた。


やがて、大人の私は、チャイルドを抱き上げた。

チャイルドは、もがき、ゆがんだ顔をして、

手にしていた小枝で、大人の私の胸を刺してきた。

何度も何度もザクッザクッと刺してくる。

とても生々しい感覚。

血が流れる。

痛みが流れる。


チャイルドの行為にも、ショックを受けながら、

チャイルドから、「殺意」が流れ出るのを感じたのは、勘違いだったか?




体中に力が入り、大人の意識の私も、パニックになった。

怒りが爆発するようにこみ上げてくる。

急に、怖くなって、思わず、瞑想を中止した。

しばらく動悸が収まらなかった。

これから、あの子をどうすればいいいんだろう。途方にくれる。


チャイルドが、小枝で刺した痛みが、現実なのか、

そうではなかったのか・・・いつまでも、いつまでも、残っていた。


数日、瞑想を中断した。

しばらく、冷静になる時間が必要だった。


チャイルドの行為は、自傷行為に似てると思われた。

私の潜在的な、「死にたい」感覚は、ここから来てるのではないか?

そう思った。


ここで、少し、瞑想法の補足をしておきます。
瞑想の中で起こることは、本人にとっては、内的真実であるがゆえに、
思い出すことで、新たなトラウマを作ることにも、なりかねない危険性があります。

そのまま、もっと、ひどい、抑うつ状態を引き起こす危険性も、多大にあります。

瞑想とは、一般的に思われているほど、決して、解決のための万能薬では
無いということを、重ねて付け加えておきます。
瞑想の状態というのは、ある意味、霊的に無防備になるということでもあります。
無防備になるということは、どういうことかといいますと、
よくも、悪くも、霊的に影響を受けやすい状態であるのです。
世の中には、信じない方も、いらっしゃるとは思いますが、
極端な話、悪い影響を与える、霊のささやきやの影響を受け、
トラウマが、解決の方向へ行かず、さらに、闇の世界へ、
心を奪い取られるということも、多いということを、記しておきます。



ジョン・ブラッドショーの言葉を借りるならば、



心理的な苦悩感・無力感が目立つようになります。

クライアントは喪失したものについて考えこみ、

そのことをしきりに話したがるようになり、

失ったものを取り返そうという思いに取りつかれます。


たとえば、いままで憎しみのあまり避けていた親たちのもとへ戻り、

彼らを罵って帰ってきたりします。

その一方で、

「何をしてよいかわからない」

「何にもする気になれない」

「時間が止まってしまった」

「自分がバラバラになってしまった」

「現実感がない」

「生きる価値なんてない」

などと言い出すのです。


この時期になって

「うつ病ではないか」

「精神病ではないか」と心配するようになる人もいます。


泣いたり、怒ったりが次第に頻繁に、しかも激しくなってきます。


この段階の後半に入ると、

喪失したことがらの細かい特徴や価値についての細々とした描写が出てきます。

それと同時に幼児期への退行(子ども返り)が多かれ少なかれ見られます。

このことが無力感と抑うつを強めることもあるし、

逆にその人を解放と希望に向かわせるきっかけにもなります。


つまりここで、治療者の役割が厳しく問われることになるわけで、

治療者は、アダルト・チルドレンの成長の可能性を信じ、

それを実現する際の手掛かりとなる彼らの長所・パワーポイントを探りあて、

そこを焦点として彼らをエンパワーします。


となるわけで、

怒りが発露しはじめたころ、崩れそうな危機的状態を、

どう、支えるか、乗り越えるか、これは、援助者の力にかかっているかと思います。


当時、わたしの意識は、チャイルドに占領されていた。

今まで意識下に抑え込んでいた、チャイルド。

瞑想エクササイズをはじめて、チャイルドが、目を覚まし、

援助者との関係も、親と子という関係になっていた。

私は、すっかり、幼児返りを、していた。

当時の、チャット、メールを読むと、

その兆候が、恥ずかしながら、明確にあらわれて、とても、興味深く思うのです。

大人の私の意識を乗り越えて、

チャイルドが、甘えを主張してくるのを、抑えるのに、

四苦八苦していた様子が伺えるのだった。




私は、運が、良かったと・・・

よく、守られたなあと、

当時を振り返って、そう思うのです。

治療される側としては、援助者に信頼を置くこと。

治療する側としては、的確なエンパワーメントの必要性。

相互作用で、成し遂げられるのだろうと、思うのです。



当時、私は、「乖離」という状態であっただろうと、思われます。

現実感がなく、自分の体と、魂が、ずれを起こしていた感覚があります。

リアルに、物事や感情を感じられないもどかしさがありました。

生きている、実感がなかった。


幼児の時期に、あまりに精神的なショックを受けると、

人は、そうならざるをえなくて、そうやって、自分を守る術を身につけてしまうのでしょう。

でも、もう、それは、必要ないのだよ・・・

そう、チャイルドに、伝えたかった。


そのころ、しきりに、イメージに浮かんだものは、

手を握り、開く動作。

握り、それを、放つ。

放つこと。

握りしめた手を、放つと、その中から、金色の光が飛び散った。


そのような、ビジョンが、しきりに見えていた。

私は、少しずつ、「放つ」準備をしようと、していたのだろうか。





私の中には、神が宿る。

私は、神の1部分である。

私の中には、もともと、ダイヤモンドのような、輝きが、必ずある。

そう信じはじめていた。。。



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【エクササイズ物語】9.怒りのエクササイズ
2008-10-11 Sat 00:25
遅々として進まない、歩行期のエクササイズ。

そこで、ためしに、「怒り」を先に、吐き出すエクササイズをやることとなった。


自分が、歩行期のチャイルドになって、

大人の自分に、手紙を書くという、手法をとり入れた。

これもまた、気持ちに整理をつけるための

エクササイズの手法のひとつ。

自分でも、ある程度は、怒りがあるのだろうと、

想像は、できても、はたして、どのような、気持ちが出てくるのか、

正直、さっぱり、わからなかった。




~怒りのエクササイズ~

まずは、祈りから。。。

そして、集中していく。

チャイルドを呼ぶ。

チャイルドと、意識を重ねる。



書き始めると、とり付かれたように、感情が開き始めた。

あふれ出る感情を、言葉にして、整理することが、困難だった。

暗い感情というものは、深い海の底で、生き物のように、

からまり、うごめき、牙をむいてくる獣のようだ。



とりあえず、その断片をつなぎ留め、書き留め、

手紙という形に整えるのだった。

怒りが発露している時間は、体中が、こわばっていた。

呼吸さえも、忘れているかのように。




子どもの○○より、大人の○○へ

みんな ぜんぶ ほろびてしまえばいいんだ。

いつも、いつも、いつも、いらないと いった。

だめだといった。

アタシなんか、いらないっておもってる。

おまえなんか しんでしまえ。

みんな しんじゃえ!

あのひとは、アタシを、つめたい め でみる。

めいわくそうに アタシを きょひする。

しんでしまえよ、

おまえなんか、いらない。

ゆるさない。

ゆ る さ な い

あたしを あざわらった。

おかあさん、あたしをつめたい め で みてた。




もう、ほしいものは なにも ないよ。

あんたが、あたしを いらないのなら 

あたしは きえる。


ほんとは よしよしする あなたのて が ほしかったよ。

だきしめて ほしかったよ。


でも いらないんだ。

あんたの きたない てで あたしをさわらないで!







最初に、「滅び」が出てきたのは、幼いころからの、願望。

親に愛されていないと感じている、幼い私。

受け入れてもらえなかった者の・・・

世界から、置き去りにされた者の嘆きだった。


親が子どもを受け入れないということは、

これほどの、傷を心に残すのだと、

改めて、自分のチャイルドから、思い知らされる。


普段は、このうような思考は、私の中では、意識されない。


なんとなくの生きづらさとして、

なんとなくの、突然の怒りとして、

なんとなくの、虚無感としてしか認識されていなかった。



けれど、インナーチャイルドの言葉の中に、

求めていたものから、遠ざけられた悲しみゆえに、

自ら、自分と、自分のまわりを破壊しようとする

矛盾した構造が伺える。

このような感情による影響は、普段の生活でも、よく繰り返されるパターンとして

あったかと思う。

たとえば、好きな友人がいたとする。

でも、近しくなればなるほど、怖くなる。

逃げだしたくなる。

裏切られるかもしれない。

離れて、見捨てられるかもしれない。

嫌われるかもしれない。

いや、きっと、嫌うだろう。



そこで、わざと嫌われるような事をして、

自分から、対象から、離れていこうとする行動パターン。


これらは、決して、大人の私の中で、意識して行動化されているわけではないのだった。

本当は、そんなことをしたくないのだ。

けれど、結果をみると、いつも、そういう結果になっていたと、いうことが、ほとんどだ。

だから、アクセルとブレーキを常に踏んでる状態で、

人と接してしまうのだった。


しかしながら、当時は、感情を解放させる方に必死で、

ここまで、はっきり、理論として、自分で理解していたわけではなかった。

それは、後に、わかったこと。


とにかく、インナーチャイルドの深い意識が、

大人の自分の行動パターンに、影響を強く与えていることだけは、

なんとなく理解できたのだった。


感情とは、なんとも、不可思議で、興味深いものかと、思う。


この怒りの解放を助けたのは、

BGMで使った、平原綾香の「ジュピター」だった。

何度も聴いた。

PCの机に伏して、歌だけを、じっと、聴いていた。

何時間も、そのままで、心の痛みを、歌で癒した。

そうして、エクササイズのたびに、泣いていた。


それでも、まだ、私は、世界が信頼できない。

世界は、恐怖だった。

暗い部屋で、ぽつんと、1人、ひざを抱えているのだった。




しかしながら、怒りのエクササイズが終了した後、

歩行期のチャイルドと、もう一度、向き合ってみようと、

ようやく、決心がついたのだった。




そうして、現実では・・・

この頃から、KAIは、適応指導教室へ通い始めていた。

日々、波は、あるものの不思議と、KAIが、安定しはじめていた。

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【エクササイズ物語】8.歩行期のインナーチャイルド
2008-10-10 Fri 00:00
乳児期が終わったと、感じた。

そして、次の段階の歩行期のインナーチャイルドへと、進む。


まずは、歩行期の調査から。


《歩行期の生育調査》 記録より      

◎ 私が4歳のころ、まだ妹が生まれた。

◎ 両親は仕事で忙しかったので、母の祖母のもとへ2~3ヶ月預けられることが、頻繁だった。

◎ 預けられる度に、熱をだし、吐いたりしていて、祖母のうちへ行くと病気になる
  子供だったようだ。自分でも、よく覚えている。

◎ 両親は、私をサークルに閉じ込め、仕事場と私の間を行ったり来たりしていたのでは
  ないかと思われる。
  ぐずらず、おとなしくサークルの中に居たと聞く。

◎ 工場に出入りする人たちの中には、気が荒い人もいて、
  夜中、酒を飲んで、ご丁寧に、私の家のまえで、叫んで、暴れる人もいた。
  (記憶がかすかにある)
  それを父がさらに強い勢いで、止めたような記憶がある。
  
◎ おそらく・・・この頃から、夫婦の関係は、共依存度を増していったと思う。
  結婚2~3年になるので、はっきりとしたDVになっていたのではないだろうか。
  父は、この頃は、子供を殴るような事は、なかったと思うが、母が殴られたり
  叩かれたりるすのは、無い日が、珍しいくらいだった。
  家にあまり居ない父とは、接点が無かったのではないかと思う。
  夜は、仕事仲間と、遊び歩いていた。
  昼間は、仕事で、事務所や工場、買い付けに行っていることが多かった。
  なので、子育ては、母ひとりで、やっていたのだと思う。

◎ 多分、当時、いちばん楽しみだったのは、母の祖母の家へ行ったとき、
  母の弟(当時中学生くらい)と遊んでもらう事だったと思う。
  祖母の家では、近所に同じ年齢の従弟たちがいたので、時々、遊んでいたと思う。
  祖母は、暖かく、やさしく、祖母が大豆から味噌を作るのを、かたわらで
  見ていた。

  近所の人には慕われて、よく、近所の方が、お茶のみにやってきては、
  何時間もおしゃべりしていた。その傍らに、私は、いつも、いた。
  当時、私は、非常に愛想の無い子だったようで、
  成人して、久しぶりに会った近所のおばちゃんに
  「あんたの笑うところを始めて見たよ」と、非常に驚かれた。
  そんなに酷かったのか・・・。


◎ ただ夜になると、布団の中で、自分のうちを思い出して泣いていた記憶がある。
  汽車の汽笛を聞くと、今でも、胸が詰まるような気持ちになる。

  こうして書いてみると、家での記憶が、あまり無い。
  ということは、祖母との時間が長かったということでしょうか。
  祖母のそばにいるときに、母が会いに来てくれて嬉しかったという記憶が無いのだが、
  ただ、単に記憶が無いだけだろうか。   




歩行期のエクササイズは、さらに、困難を極めた。

気持ちが、歩行期を、避けようとしていた。

どうしても、瞑想に取り掛かれない。

Tatsuさんとも、何度も、そういう、報告を取り交わした。

意を決して、瞑想に取り組むものの、

なかなか、核心へと、進めないでいた。

現実の私も、心が不安定になっていた。


~当時の報告より~

前回と同じで、こちらを見ても、言葉を発することがない。

3歳のチャイルドは、むっつりとしている。

あいさつの言葉をかけてみる。

が、顔をいったん上げるが、興味なさそうにまた、

地面に絵?を描いている。

さて、何をしてあげればいいのか?はたと困る大人の私。 
 
困ったままで、チャイルドの様子を伺うことにした。


◎ 大人の私から→ちび私に交代してみる

  ・内面の気持ち

見捨てられ感、自分は一人ぼっちだという感じ

不安というより、あきらめがかなり強い。

だれも自分に興味を持ってない。

回りのものに対して硬い明確な拒否を感じる。

広い庭のすみに、ぽつんと存在が置き去りにされているような感じ。
 
やはり、大人の私は、どうしていいか分からない。

何か言わなくては、

やってあげなくては、と思いながら、チャイルドの拒否で

めげて、何もできず。

「援助者」が来てくれるように願う。

「援助者」が、大人の私の横に現れる。

ビューテが、チャイルドの隣に座る。

大人の私、その様子を立って見ている。

チビ私、ちらっと「援助者」を確認して認める。

ちょっと、驚いたような気持ちが広がる。

が、すぐ、消える。

が、表面は何事も起こらなかったように装っている。

「援助者」は、ちび私の横に座って、黙っている。

ちび私、気にしながら、下を向いているが、硬い感じが少し抜けたように見える。


(感想)

乳児期とちがって、また、前回の第一回の歩行期の瞑想と比べて、今日は、

瞑想をとても、やりづらかったです。

瞑想を行いながら、非常に抵抗があって、反発を強く感じた。

途中で、集中が途切れてしまう。

 今回、援助者に手伝ってもらったが、ちび私は、乳児期での、無邪気な一面を

援助者にも見せないのが、気になる。

今回、そう簡単にいかないことを認識した。



〔瞑想〕3~4回目

 ◎ 今回は、かなり用意周到に集中して、瞑想する。

チャイルドは、いつもの座り込みストライキ状態だったので、となりに黙って座る。

しばらく時間経過。

チビ私が、すっくと立ち上がって、よちよち歩いた!

しかも、後ろを数回、ふりむいて、私たちを確認しながらです。

とっても、不機嫌な迷惑そうな顔をしてましたが・・・。  

「かわいい!」と、大人の私は、素直に思う。

その後姿が、とってもアマノジャクな、感じがして、

こちらを試しているように感じる。

(瞑想が終わって、思い出すと、なんだか微笑ましくて、笑えました。)

また、「よく、ここまで、生きてこれたね」と、大人の自分が、賛嘆の気持ちに

なっていました。

サバイバー、まさに、その言葉通りの事を感じます。

このあたりになると、「援助者」と私の境目が、はっきりしません。
  

 ◎ チャイルドになってみた。

信頼していいのか、とまどっています。

でも、怒っています。

怒りながら、大人の私が気になります。

が、怖いので、知らないふりを通します。


(感想)

今回も、そばにいるだけになりましたが、チビ私をとても愛おしく感じている私です。

信頼してもらうには、もう少し時間がかかるようです。

チャイルドの拒絶の感覚を大事にしようと思います。

チャイルドは、明確な意思を持って、何かに、怒っている。




帰りたい・・・。

どこへ?

世の中は、アタシ以外は、みんな、完璧で、アタシは、不完全。

世界が、アタシを、いらないと、言っている。

ここは、アタシを、必要としない。

みんなが、アタシの場所は、ここじゃないと言う。

だから、アタシの場所は、無いの。

帰りたいの。


どこへ?



わからない。



チャイルドのつぶやきが、思いとなって、流れ出た。



わからない・・・

わからないことだらけだった。

私は、ますます、不安定になっていった。

いつか、Tatsuさんに、見捨てられるのではないかと・・・・

怖くてたまらなくなった。

それを、知ってか知らずか・・・

いや、知っていたと思うけれど、

励ましの言葉が、時に、残酷に思えたのだった。


(追記)

カウンセリングを始めると、治療者は、
次第に、「カウンセラー」と、ラポールを築き始める。
時に、ラポールの微妙なバランスが、崩れることも、多いと聞く。
治療者の、態度に惑わされず、
甘えを受け入れながら、治療者と、一定の距離を保つことは、
非常に、難しいことだったろうと、当時を振り返って、思う。

下手をしたら、共に、穴に落ちてしまう危険性もある。
ここは、カウンセラーの腕の見せ所かもしれないですね。

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ちょっと、ひとやすみ
2008-10-09 Thu 00:24
根がギャグのりんりんです。


でも、最近、ストイックにものを書いていて、


ギャグを出せません。


うう~~~~。


ガアラは、我愛羅。

ナルト大好きです(≧∇≦)ノ彡 バンバン!

ブリーチ、大好きです。

はい、ヲタクです。


娘が、ブログを書き始めました。

息子のブログと、同じところで、

兄弟で、リンクし合っております。(笑

私にも、見せてくれるので、こっっそり~~~、

持ってきました。

やつも、なかなかの詩人です。

******

この大きな世界で、このたくさんの人たちの中で、

わたしとあなたは出会った。

これってキセキなんじゃないかな?



ずっとずっと私の傍にいてくれたあなた。

それが当たり前のように感じ、

失った時に気づくあなたの暖かな心。

これから先もわたしの隣で一緒に笑ってくれると思っていた。



だけどもう、あなたはここにはいない。

もういつ会えるのか分からない。

不安で怖くて何度も泣いた。



だけど、それをあなたは望んでいない。

だからわたしは泣くのを止めた。



再びあなたに会えることを信じて前に歩く。



次に会えた時に、あなたはきっと驚くんだよ。

「がんばったね」って。

そのときわたしはずっとずっと想い続けた言葉を言うんだ。

「ありがとう」



*****


たぶん、大好きな、塾のせんせ~に、向けてるんだなあと、

微笑ましく思ったのでした。

でも、ちゃんと、自分の足で歩いています。

最初は、よちよち歩きで、手を引っ張られ、

そして、手が離され、

その時は、辛かったけれど、

次第に、自分で、自分の考えを、持ち始めます。

そして、あの人のように、なろうと、自分で努力を始めるのです。

彼女は、最近になって、学校の先生になりたいと、

そう言い始めました。

なれるかどうか、わかりません。

自分を支えてくれた、

あの人のように、なりたいと願い、自分の足で立つ。

一人の人として、娘の歩みを、賞賛するばかりです。



おぬし、なかなか、やるなと、思いました。



息子との今日の会話。

ブリーチの最新刊の話題から・・・


「完璧って、もう、生きてる必要がないよね。

そこで、成長が止まるってことだよね。

不完全だから、生きる意味があるんだよね。

だから、生きる意味って、今わかる必要はないのかもしれないね。

最後まで、意味を探しているから、生きていられるのかもね」



もう、母は、嬉しくって^^

自分の感じたことを、自分の頭で考え、そして、言葉にして、話せるのだから、

やつも、なかなか、やるのです。


今日は、嬉しいプレゼントを、子どもたちから、もらいました。

親をやってよかったなあと。


いつもは、子どもたちから、「お母さん、ねじ、とれてる」と言われ、

虐げられている母ですが、

嬉しかったのでした。



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【エクササイズ物語】7.乳幼児のインナーチャイルド
2008-10-08 Wed 00:01
エクササイズ資料より(インナーチャイルドの癒し~ブラッドショーによる)



■瞑想 導入部-共通

静かに座ってあなたをとりかこむものを感じるところからはじめましょう・・・(約15秒の間)

あなたは時間と空間の中にいます・・・

いすに触れている背中とお尻を感じましょう・・・

身体に触れている衣服も感じます・・・

聞こえてくるいろいろな音を聞きましょう・・・

部屋の中の空気を感じましょう・・・

今は、どこにも行く必要がありません・・・

何かをする必要もありません・・・

今、ここにいるだけです・・・

まだ、目を閉じていなければ閉じましょう・・・

自分の呼吸を感じましょう・・・

空気が出入りするのを感じます・・・

息を吸ったり吐いたりするときの鼻の感覚を感じとります・・・

余計な思いがはいってきてもかまいません・・・

それは、テレビ番組の途中に字幕で流れる、大雨や台風の速報のようなものです・・・

大事なことはただそれに気づいているということです・・・

ただ、それらが過ぎ去るのを待ちます・・・

呼吸をしながら意識がはっきりしていてもかまいません・・・

あなたのやり方でリラックスしましょう・・・


子どもの時につかむことを放すことを学びました・・・

そして今では、どれぐらいつかんで、どれくらい放せばいいのかよく知っています・・・

赤ちゃんの時に呼吸する時の完全なバランスを学びました・・・

息を吸い込むのを学びました・・・

そして、それを出すのを学びました・・・

さぁ、空気が出るのを感じます・・・

乳児のあなたは、母の乳首を吸うのを学びました・・・

哺乳瓶を吸うのを習いました・・・


そして、温かいミルクを味わった後、それを手放しました・・・

そのうちに自分の哺乳瓶をつかむことを学びました・・・

すんだらそれを手放すことを学びました・・・

あなたのベビーベッドの縁につかまるのを学びました・・・

横になりたくなったら手を放しました・・・

こうしてあなたはどれだけつかまえ、どれだけ手放すかを学びました・・・

そして、自分の感覚を信頼することができるようになったのです・・・


そろそろまぶたが重くなった感じがするでしょう・・・

すっかり目を閉じましょう・・・

その重さをあごに感じます・・・

腕に、そして、手に・・・

腕が動かせないような感じがします・・・

足も重くなってきました・・・

足が動かせない感じです・・・

あるいは、その反対で、身体全体が浮かんでいるように感じるかもしれません・・・

腕と手が羽毛のように感じるかも・・・

あなたは自分がどんなふうに感じているかよくわかっているはずです・・・

重くても、軽くても・・・

どちらであっても、それでいいのです・・・


今度は、子供時代の記憶のいくつかを体験してみましょう・・・

小学校になったばかりのころを思い出します・・・

その頃の親友のこと・・・

親切な先生や近所の人・・・

学校に上がる前に住んでいた家を思い出します・・・

その家は何色でしたか・・・

それは、アパートでしたか・・・

戸建てでしたか・・・

町にすんでいましたか・・・

田舎でしたか・・・

その家の部屋が見えます・・・

いつもいた部屋はどこですか・・・

あなたにとって特別な部屋がありましたか・・・

食卓はどこにありましたか・・・

そこには誰が座っていますか・・・

そこにいるときの感じはどうでしたか・・・

その家に住んでいるのはどんな感じでしたか・・・







瞑想導入部の始まりの一部です。

すべて、音声によって、誘導されます。

これは、どの時代の瞑想でも、共通に使われ、

瞑想誘導に、使われていました。

元となったものは、ジョンブラッドショーの本からですが、

独自にアレンジされているところも、少々あります。

私は、この中で、一番嫌悪に感じたところがあった。

心が反発するところ。


>乳児のあなたは、母の乳首を吸うのを学びました・・・

この部分。

私は、ほとんど、粉ミルクで育ったようでした。

忙しい母は、座って、私を、抱き上げて、

母乳をあげるという行為を選ばずに、

より時間が短縮できる、粉ミルクを、

率先して、与えたようでした。

母に、抱き上げられた記憶も、ない・・・

何も・・・


>こうしてあなたはどれだけつかまえ、どれだけ手放すかを学びました・・・

わたしは、手放すものを持たなかった。

何も。

怒りと恐怖だけを、握りしめていた。

そう思った。

そばにいてと、願ったときに、抱き上げてくれる人は、

誰もいなかった。

そういう思いが、自然にこぼれてきた。


■乳児期の瞑想 導入部 

あなたが生まれた時の家を想像、または、思い出してください・・・

あなたが生まれてから寝ていた部屋を想像します・・・

美しい乳児のあなた自身をみてください・・・

あなたが言葉にならない声を出したり、

泣いたり、笑ったりするのが聞こえます・・・

その小さなあなたを自分が抱き上げているのを想像します・・・

赤ちゃんを抱き上げているあなたは、

年老いた賢く優しい魔法使いです・・・

あるいは、天使のあなたを想像してもいいでしょう・・・

そして、乳児の自分を眺めています・・・

ほかに誰かそこにいますか・・・

お母さん?・・・お父さん?・・・

この家でその人から生まれたということは、どんな感じですか・・・

今度は小さな尊いあなたがこの人々を眺めているところを想像します・・・

おとなのあなたを見上げます・・・

あなたを魔法使い、あるいは天使、それても、ただあなた自身として見てみます・・・

誰かあなたを愛している人の存在を感じます・・・

そしておとなのあなたが自分を抱き上げているところを想像します・・・

その人が確認の言葉をあなたに優しく告げているのが聞こえます・・・



事前に、乳幼児期の調査を行っていたことから、

思い浮かべるのは、思ったより、たやすかった。

昔の家。

匂い。

雰囲気、

色、

鮮やかに、再現された。

胸がキュンとなる、ノスタルジー。

家の扉をあけて、中に入り、台所を通る。

台所には、古ぼけた、流し台。

テーブルは、大きく、たくさんの人が食事ができるように

長椅子が置いてあった。

手前の右のドアは、事務所に通じている。

台所を過ぎて、右手にTVの置いてある居間。

その部屋のベビーベッドの中に、小さな赤ちゃんがいた。

もみじの手を握り締めて、

黙って、天井をながめていた。

私は、赤ちゃんである自分と対面した。

何を思っているのだろう・・・

何を感じているのだろうか・・・



>美しい乳児のあなた自身をみてください・・・

>あなたが言葉にならない声を出したり、

>泣いたり、笑ったりするのが聞こえます・・・


聞こえない。何も。。。


>その小さなあなたを自分が抱き上げているのを想像します・・・

できない・・・できなかった。

そして、数回の瞑想は、そこで、いつも、お開きになるのだった。

Tatsuさんによると、

乳児期より心の傷を抱えている人々は、

時間がかかるとのこと。



そして、数回目の、瞑想の時のこと・・・

私のエクササイズに、変化があった。


当時の私の記録より~



これまで、数回やってきたが、おチビさん(乳児の私)を抱けなかった。

それは、どうやればいいのか、分からなかったのと、

中身の無い、虚無に犯された自分の感情を持って、

どう接していいのか、分からなかったからです。


途方にくれました。。。


過去に入り、昔の自分の家に入っていく。

土間をくぐり、いつものベビーベッドのそばに、立つ。


ここからが問題だった。

どのようにして、ちび私に愛情を示したらいいのか・・・。

抱こうとしても、抵抗があった。



変化は、次の瞬間起こった。



そこへ、チビ私と大人の私の前に、もう一人の参加者が現れた。

これは、「助け手」。

私の中に、賢く、善なるものを表すことが、どうしても出来ないため、

もう一人の人格が、必要だと感じたからだろうか。

その人は、髪が長く、銀色。。。白いケープをまとっていた。


その人に「誰か?」と問うと、ビューテと答えた。

感覚的には、英語のビューティーに似ていた。

語感としては、美しい人という印象を受けた。



「援助者」は、私の中にいると同時に、

私とは、別のところで動き始める。

彼女は、穏やかな表情で、ゆっくりと、ちび私を抱き上げて、

その胸に愛おしそうに抱いたのだった。

それを見ている私。

なぜだか、大人の私も嬉しくなった。

とても、とても、満ち足りた気分になった。

援助者は、私も一緒に、抱きしめてくれた。

喜びと安心が、一気に噴き出した。

時間が過ぎていくと、暖かい感覚が、しっとりと、心に染みいってきた。

こんな気持ちで、自分を愛しく思えばいいんだと感じた。

援助者のまわりは、静かに、輝いていた。


チビ私は、最初は、緊張で体が硬くなっていたが、

しばらくすると、やがて、自由な気持ちを取り戻したかのように、

安心して、腕の中にいた。


ちび私である私、大人の私、どちらも、自分だった。

ビューテは、私の中の人。

私の意識は、赤ちゃんであり、大人意識であり、

ビューテでもあり、その意識を、3人で共有していた。

妙な感覚だった。



相変わらず、周りには、他に誰もいない。

現実には、あれほど、まわりに、人がいる環境であるにも関わらず、

瞑想という心象風景の中には、親もなく、人っ子ひとり、いないのだった。



その様子をPCに記録はしたものの、

はたして、こういうものは、「頭、変じゃないの」と、

言われそうな気がして、報告をためらった。

しかし、この瞬間の喜びの方が、はるかに、まさっていた。


Tatsuさんからの返事は・・・。

すばらしい報告だと思ったこと、それでいいということ。

そして、「援助者」は、私自身の「真我」であり、

ダイヤモンドの如き「仏性」であり、

おそらくは、守護霊様だろうと。

そして、私が本来持っている、愛や善意や強さ・・・

そちらのほうが、あなたの本質なのです。

という、趣旨の、返事が返ってきた。

否定されなかったことに、安心した。


援助者は、私の本質であるという、その言葉に、

理由もなく、納得できたのだった。

そして、みょうちきりんな報告を受け入れもらえたことに安堵した。


インナーチャイルドは、現実ではないけれど、

自分の中で起こったことは、事実である。

誰が、笑おうと、冷やかそうと、

私には、このときのことは、真実であった。


そして、確認の言葉へと、進む。


■乳児期の確認の言葉

 この世界へようこそ。

 わたしはあなたをずっと待っていました。

 あなたが生まれて、私は本当にうれしい。

 あなたのために、とっておきの場所を用意してあります。

 私はあなたのあるがままが好きです。

 どんなことがあってもあなたを一人にはしません。

 あなたの欲求はOKです。

 あなたが満足できるように、たっぷり時間をとりましょう。

 あなたが女(男)で、とてもうれしいです。

 私はあなたの世話がしたいのです。

 そしてその準備ができています。

 あなたに食事を与え、

 お風呂に入れ 服を着替えさせ、

 あなたと一緒に過ごしたいのです。

 この世の中で、あなたのような人は一人もいませんでした。

 あなたが生まれた時、神さまは微笑んだのです。



確認の言葉が音声として、誘導される。

静かに・・・そして、おだやかに。

その声に誘導されながら、

別の場所で、ビューテと、私と、赤ちゃんの私の思いが交差する。


「援助者」が、透き通る声で、高らかに宣言する。

「私は、あなたが生まれてきて、とてもうれしい。

 私は、あなたを見捨てない、一人にしない」

それでも、その言葉を懐疑的に聞いている私がいた。


アタシをオキザリニしないで。

アタシヲ ミステナイデ。



そういう思いが、どこからか、出てきた。

ちび私は、ビューテの言葉を、喜びの気持ちで、安心して聞いている。

良かった・・・。


>どんなことがあってもあなたを一人にはしません。

この確認の言葉が、深く胸に沁み入った。

欲しかった言葉。

言ってほしかった言葉だった。




大人の私は、ここへ、いつでも、来れると感じた。

そして、私は、ちび私に、別れを告げて、現実に戻る。


いつでも、私たちは、つながっている。

寂しくない。

あくまで、イメージ中で起こったこと。

しかし、私の精神の中では、実際に起こったことです。

結果的に、自分を分裂させてしまったのかもしれません。

「援助するもの」が、今後、私と同化することがあるのかどうかもわからなかった。

ちび私を癒すのは、その時の私では、どうしてもできなくて、

援助者が、手助けをしてくれた。


「さよなら、また来るね」

大人の私が、ちび私に告げる。

ちび私の意識が私と同化し、

ちび私の気持ちが、流れ込んでくる。



置いていかないで。

さびしいよ。


ずっと、待っていたの。

気づいてくれるのを、ずっとずっと、待っていたの。

チビ私の意識は、泣きながら大人の意識の自分に訴えてきた。

泣いているのは、私と私の中の子ども。


ごめんね、ごめんね、ずっと、待っていたんだね。

遅くなって、ごめんね。

大人の意識と、インナーチャイルドの意識が、混濁して、

自分が子供なのか、大人の私なのか、わからなくなった。

現実の私は、ただただ、泣いていた。



分離不安。


待っても、待っても、来ない人を待ち続けていた小さな私。

この子は、ずっと、待っていた。



小さい人。


はじめまして、


私の中の子ども。



■乳児期の瞑想 終了部

この乳児期の確認の言葉を聞いて、

あなたが感じたことはなんでも感じてください・・・

さぁ、おとなのあなたがあなたを見下ろします・・・

そして、あなたから離れないことを誓っているのが聞こえます・・・

これからは、おとなのあなたはいつでもあなたのために現れます・・・

今度は再びおとなのあなたに戻ります・・・

尊い小さいあなたを見なさい・・・

たった今、小さなあなたを再生したことを認識してください・・・

故郷に帰った(ホームカミング)時のあの感じを感じてください・・・

その小さな子は望まれ、愛され、けっして二度と一人ではありません・・・

その部屋から、家からでましょう・・・

去っていきながらうしろを振り向きます・・・

記憶の小道を現在に向かって進んでください・・・

最初の学校のそばをとおりすぎます・・・

あなたの十代に入ります・・・

おとなになりたての記憶に入ります・・・

さぁ、今いるところに入ってきます・・・

あなたのつま先を感じます・・・

大きく息を吸って胸の中のエネルギーを感じます・・・

大きな音を出して息を吐きます・・・

胸に腕に指にエネルギーを感じます・・・

肩、首、そして、あごにエネルギーを感じます・・・

顔を感じ、そして、すべての存在を感じましょう・・・

あなたの正常な意識状態にもどりましょう・・・

さぁ、目を開けましょう・・・






瞑想から戻った私は、ちび私の存在を、かすかに気持のどこかに感じていた。

その後、瞑想という手法をとらなくても、

いつでも、どこでも、スイッチを入れたら、乳幼児のインナーチャイルドと、

浅い会話ならできるようになっていった。



ベッドの上で、ぼんやり、無気力に薄暗い天井を見つめていた、ちび私。

部屋が少し、明るく感じられたのだった。



その後、数回の瞑想で、ちび私と、私は、深く接触した。

数回のエクササイズののち、やっと、自分の手で、

小さな自分を抱き上げることができた。

自分が自分を抱き上げる。

たった、それだけのことに、数週間かかった。

援助者は、その様子を、静かに、微笑んで、見守っていた。




追記~癒しについて:他人から見たら、そんな酷いことばかりじゃなかったはずと、
言われる方もいる。事実、そうだったのかもしれません。
かつて、愛され、抱き上げられたことも
あっただろうと、思います。
しかしながら、心に傷を負ったという事実は、
本人の中では、たしかに、真実なのです。
さびしかったという気持ちは、まぎれもなく、自分のものです。
エクササイズは、感じてはいけない、負の感情を解放する、という
作業でもあります。
インナーチャイルドとの会話で、普段、自分が意識していない、
深い隠された感情を洗い出すことが、
エクササイズの目的のひとつであるのでしょう。
これからの人生を、よりよく、生きていくために、
負と向き合うことが、癒しにつながってくるのだと、
後に、納得したものでした。

また、「癒し」と、鼻で笑うように、簡単に世間では、言われますが、
この癒しへの道程は、とても、難儀な作業です。
自分と向き合うことになりますから、時間もかかります。根気も必要です。
決して、安易な道ではないことだけは、確かです。
どうしても、エクササイズが、進まず、できないという方もいらっしゃいます。
それほど、自分と向き合うことは、難しいことなのです。

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【エクササイズ物語】6.祈りとアファメーションの効用
2008-10-07 Tue 08:56
瞑想に入る前に、私は、祈りの言葉を必ず、取り入れました。

アメリカのAAや、ACの等の自助グループの集まりでは、

必ず、祈りの言葉が、その規約に盛り込まれていることは、

ご存知の方も、多いかと思います。

欧米では、今は、形骸化してしまったとはいえ、キリスト教という基盤があり、

「祈る」という行為は、生活の中で、生かされているようです。


特定の神への信仰を求める宗教団体やカルトではなく、

ある意味では、「現行の精神医療」を補完するような、

「医療活動」のようなものである


と、Tatsuさんから、伝えられていました。


当時、某宗教に身を置いていた私には、

瞑想の前に、祈りを取り入れることは、

ごく、自然にできることでした。

それにより、現実の怒りや悩みから、距離をおけたことが、

瞑想のマイナス部分の危険性を、回避できたのだろうと、

今では、思っている。


それに、加えて、アファメーションも、じわりじわりと、

効果をあげていたのだろうと、思います。


アファメーションについて、

Tatsuさんが、書かれていた。



潜在意識の傾向性を、良い方向へと変えていくためのポイントは、

朝起きた時と寝る前の時間を有効に使うことです。


夜眠りに入る前と、

朝起きてうとうとしている時に、

「これから毎日あらゆることが、いっそう良くなる、必ず良くなる」

この言葉を、何度か唱えます。

(7回とか、10回とか、21回とかいろんな説がありますが...)

眠りに入っている間は、顕在意識が休み、

潜在意識にその活動の主体がバトンタッチされるため、

就寝前と起床時が潜在意識への言葉のインプットが、

効率良く行われるためです。

反対に、この就寝前と起床時に、

悪いことを考えてはいけません。

過去のことをぐるぐる考えながら就寝したり、

怒りや悲しみや心配の気持ちで眠りにつくと、

いつまでもその状況から抜け出せません。

眠りにつくときは、

「過去のことは過ぎ去った」

と思って、過去のことはぶち切り、

「明日の朝は、新しい自分である」

と思って就寝してください。

「これから毎日あらゆることが、いっそう良くなる、必ず良くなる」

「明日は素晴らしいことが次々おこる」

と唱えて就寝してください。

現在、困った状況にあるなら、

「困ったことは起こらない。すべては必ずうまくいく」

と唱えて眠りについてください。

朝も、苦しい状況にあればあるほど、

その苦しみの原因にあることが、

朝1番に頭に浮かんでくると思います。

これも、

「これから毎日あらゆることが、いっそう良くなる、必ず良くなる」

と唱えて、打ち消していってください。

あとは、実行です。そして、継続です。

だいたい、1日やって、やめてしまいます。

状況はなにも変わらないじゃないか、と。

1日できても、3日くらいでやめてしまいます。

3日でできても1週間で...

1週間続いても1ヶ月で...

いったいどのくらいやれば効果があるのか...

それは、その人の心の傾向性がどのくらい暗い方向を向いているのか、

どれだけ傷が深いのかによると思います。

だから、効果の期限を言うことは難しいのですけど、

でも、僕の経験上や他の方の意見を聞く限りでは、

やはり、3ヶ月ぐらい行うと習慣化されるみたいですね。

で、半年で軌道にのってくる感覚があって、

1年やれば、結果がでてくるような気がします。

3年やると、すべては過去のこと、という感じがしてきますよね。

継続していく上で、落とし穴が、二つあります。

一つは、何かの拍子で、休んでしまった時、

一回休んでしまったから、もう駄目だと思うこと。

また一からはじめればいいんです。

今までやってきたことも無駄ではありません。

もう一回からはじめましょう。

もう一つは、ある程度安定軌道にのってきた時、

いったん良い状況になって、言葉の力のことなど忘れてしまいます。

でも、潜在意識は傾向性の心なので、

何かのきっかけで、また同じ方向へと向かい始めます。

だから、もっと良い自分になれるように、

良い言葉を使い続けましょう。

次の新しい自分に向かって。




言葉は、自分が言いやすいもので、

いいのだと思います。

ただ、心の傷が深いと、


「これから毎日あらゆることが、いっそうよくなる」

が、「よくなるわけがないじゃない」と、

深層心理が、否定してくる。

「大丈夫」と言われても、

「大丈夫じゃない」と、インナーチャイルドは、

怒りをもって、否定してくる。

しばらく、この、攻防戦が続いた。


正直、この内的、戦いは、疲れます。

そして、やめてしまうのだった。

何度も何度も、その果てしない戦いは、繰り返された。


そういう時、祈りが、救いになった。

音声の祈りを、何度も、エンドレスで聞いていた。

自分で、言えないぶん、

耳から入れるしかなかった。

そんな時期も、多かった。



西尾和美氏の、アファメーションを、毎日ながめた。

口に出した。

「私は、私の居場所をつくっていいのです」


私は、居心地のいい場所にいていい。


そんなこと、かなうわけがない・・・

否定、否定、否定。

だめだ、だめだ、ダメダ・・・

打ちひしがれた。。。



それでも、支える人がいる、見守ってくれている人がいる、

その一点が、私を支えた。



その人は、決して怒らなかった。

その人は、私に、何も、強要しようとしなかった。

そして、見返りを求めなかった。

私が、悪いと、責めもしなかった。

ここを治したらと、アドバイスも言わなかった。

ただ、辛さを、わかってくれた。

それが、「安心」だった。

天使の羽に、守られて、私は、ついに、インナーチャイルドと、対面するのだった。




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【エクササイズ物語】5.瞑想の世界へようこそ
2008-10-06 Mon 21:03
インナーチャイルドと、コンタクトを取る方法には、2つあると思われます。

セラピーなど、第三者に、委ねる場合と、

自分で、瞑想を行う方法です。


このエクササイズでは、自分が行う、瞑想法を取り入れてありました。

しかしながら、このエクササイズの瞑想という手法は、

時に、危険を伴うものであることを、最初に書き記しておきます。


瞑想に限らず、

霊的なものを扱う中で、

精神錯乱に陥る人がしばしば出てしまうことは、

精神的な世界に詳しい方なら、

良く知っていることだと思います。

その代表的なものが、宗教ですし、

そのほかにも、

「ヨガ」でも、「気功」でも、

「セラピー」でもそうですし、

霊的なエネルギーで病気を治すという系統のことなどは特に、

すべて、その危険性があるといっても良いと思います。


(心おだやかにいきるためにより)



体が疲れ果てているとき、

心が怒りで、高ぶっている時、

悩みで、疲れ果てているとき、

身もだえするような嫉妬で、苦しいとき、

あるいは、傲慢になっているとき・・・

瞑想により、ダークサイドへ引っ張られる危険性が、

多大に、あるようです。

ダークサイドに引っ張られてしまったら、

帰ってこれなくなったりします。


よって、経験を積んだ良き指導者に導いてもらう

ということが、良いようです。


それらを踏まえた上で、

誰でもできる、瞑想から、段階を踏んで、いくことが、

安全であることを、まず、記しておきます。


★第一段階(以下、エクササイズ資料より)

「数息観(すそくかん)」と「内観(ないかん)」


基礎となるのは、腹式呼吸です。

この腹式呼吸のポイントは、

呼吸するとき、ヘソの下3センチぐらいの、いわゆる丹田に意識を置きます。

そして、深く息を吐きます。

体の中の悪いものを全て吐き出す気持ちで、細く長く吐いていきます。

ゆっくりと息を吸い、お腹を意識してふくらまします。

鼻から吸って、また、息を口から細く長く吐きます。

呼吸の間隔は慣れてきたら、

1・2・3で吸い、

4・5と停めて、

6・7・8・9・10・・・

と吐いていきます・・・

これを、数回繰り返していきます。


内観法は呼吸器系や神経系や頭痛・不眠などに特に効果があるそうです。

時間も無理なく5分でも10分でもいいでしょう。

静かな所(公園の芝生・ベッドの上・畳の上)で仰向けに寝ます。


*******

私は、それまで、呼吸というものを、意識してしたことは、なかった。

生まれてこのかた、なんとなく、そこにあるものでしかなかった。

たった、それだけのことでも、

呼吸ひとつに、集中するのは、難しいことだった。

当時、息子は、ほとんど、一日、寝ている状態だったので、

誰にも邪魔されずにできる環境であったことは、

皮肉なことであった。


こんなことをやって、いったい、何になる?


そういう気持も正直、あった。

でも、ひとつにつながっている

ただ、その言葉が、この作業を、推し進めていた。


ゆっくり横たわり、気持ちよく目を閉じます。

手は脇の横に自然に置き、足は少し開き気味でリラックスしましょう。

全身の力を頭から順番に抜いていきます。

ゆっくりと腹式呼吸をしながら、

1・2・3・4・5・6・7・8・9・10・・・

と静かに数えます。

丹田に意識を置き、ゆっくりと数えていきます。

頭の中で、

数字をゆっくりと数えてください・・・


腹式呼吸を続けていると気持ちが落ち着いてきて、

軽い催眠状態になるでしょう・・・

そこで、静かに考えていきましょう・・・

自分の素晴らしさを・・・


目の素晴らしさ・・・

耳の素晴らしさ・・・

鼻の素晴らしさ・・・

口の素晴らしさ・・・

手の素晴らしさ・・・

足の素晴らしさ・・・

目、耳、鼻、口、手、足・・・.

そして、自分の肉体について、関することを、順番に、

自分に与えられているもの、自分が現在持っているものに、

思いをはせていってみてください・・・

目…耳…鼻…口…手…足…筋肉…神経…心臓…皮膚…肺…血液…そして、脳…

そして、更に、自分の内面へと、

目を向けていってみてください・・・

そう「心」です・・・

私の丹田は、私の心である・・・

私の心は、なんと素晴らしいものであろうか・・・

自分の心と体を、

称賛し、愛してあげてください・・・

(約30秒)

人と比較するのではなく、

ありのままの、

あるがままの、

あなたを、称賛し、愛してあげてください・・・

(約30秒)

それでは、

普通の自分の意識状態に戻ります。

大きく息を吸って胸の中のエネルギーを感じましょう・・・

大きな音を出して息を吐きます・・・

胸に腕に指にエネルギーを感じます・・・

肩、首、そして、あごにエネルギーを感じます・・・

顔を感じ、そして、すべての存在を感じましょう・・・

あなたの正常な意識状態にもどりましょう・・・

さぁ、目を開けましょう・・・




******

また、当時、Tatsuさんは、これらを、音声として、

惜しげもなく、皆に、配布してくださっていた。

瞑想法のCDが、本屋や、楽器店で、流通しているのを、

ときどき、見かけるのですが、

そのお値段も、結構、高いものでした。

その手間と、時間は、いかほどのものかと、感嘆します。


ある人は、これらを、自分の親しい人に、録音してもらった方もいました。

自分で、録音されても、使えるものです。


私は、この音声と、お気に入りのBGM「G線上のアリア」の曲を重ねて、

数息観と、内観法を、朝と夜の日課にしていた。


しかしながら、はじめのころは、自分を愛し、賞賛するということが、

どうしても、できない。

無理・・・。

そこで、心に、反発が、どうしても起こるのだった。


私には、ずっと。。。、物心ついたころから、自殺願望があった。

自分という存在を消してしまいたいと、

いつも、いつも、思っていた。


正直に告白すれば、自分で手首を傷つけたこともあった。

そう・・・・私と、KAIは、同じだった。

自殺願望があった私が、

KAI に、「死ぬな」と言うには、かなり、矛盾があった。

そんな、私の「生きろ」という声など、彼に届くはずなど、ないのであった。



それなのに、子育てサークルに没頭して、

ただ、形だけを整えようとしていた。

いい母親をやっているんだと、

そういう形で、穴埋めしようとしていた。

そうして、そこから、

いい人を演じることに、熱中して、

会報作りから、フリーマーケットの準備、

講演会の手配、お泊り会の計画・・・

すべてに、中心的になって携わった。

そういう中、

サークルのA子には、私のAC的な行動を、

見抜かれていた。

しかし、A子もまた、強度のACだった。


私たちは、依存し、依存され、夫婦よりも密な関係となった。

しかし、私は、次第に、それが、苦痛になっていた。

恐らく、A子も、そうだったのではないかと、察するのだ。


嘘を演じるには、限界があった。

離れようとする私。

二重のメッセージで、脅すA子。

「あなたは、このサークルを抜けたら、一人で生きていけない」

そう、言った。

「あなたは、私がいないと、何もできない」

そう言った。

「AかBか、自分の考えで、決めて」

「B」と言うと、なぜ「A」にしなかったのか、問い詰められた。

そして、「A」になる。

サークル内で、日常的にあったことだった。

ダブルバインドの罠。

A子が気に入るように、動くようになった。


しかし、どれを取っても、A子が、気に入ることはなかった。

常に、私は、A子にとって、世間知らずの、か弱い精神異常者であり、

守ってやらねば、ならない存在だった。

守られていなければ、私は、生きていけない。

そう思った。そう、確かに、言われた。

しかし、守ってもらうことを、期待すると、はじき返された。

依存するなと、言われた。

離れようとすると、

無視や、暴言、暴力、そして、涙で、引き留められた。


まるで、DVの夫婦のようだった。


息子が退院して、自宅へ帰ってきた頃、

サークルの会合が、うちで開かれた。

人に会いたがらない、息子のことが気になったが、

A子を中心とするサークルの皆は、

引きこもりがちの「私のために」と、

事前の話し合いで、我が家を会合場所に決めていた。

私は、断れなかった。


「やさしい善意」を、息子を言い訳にして、断ることができなかった。

人が訪問して、部屋から出られない息子に

部屋まで、昼の食事を運んでやった。

その様子を見て、A子は、

引きこもりになって、食事を部屋まで運んでやるのは、

おかしいと、言った。

だから、引きこもりになるんだと、言った。

部屋まで食事を運んだのは、このときが、初めてだった。

でも、言い訳したところで、

最後は、私が悪者に、なることは、わかりきっていた。


黙り込んだ。。。

黙することが、最大の防御だと、知っていたからだ。

黙っていることで、被害が最小限に抑えられるということを、

幼い時に、私は、家族から学んだ。


「親がいい事と、悪い事を区別できなくて、どうするの」

そう、A子から言われた。

会合が終わり、

不機嫌なまま帰宅して行ったA子。

その後、私は、ただ、黙した。


電話が鳴った。

A子だった。

彼女は、数時間、私が親として、おかしいことを、話した。

そして、自分が怒って帰ったのに、

私が、皆に、感謝の気持ちがないこと、

そして、謝りの電話をしなかったことに、腹を立てていた。

その日、どんなに、みんなが、私を気遣っていたかを、

懇々と、教えられた。

私も、納得したような事を、答えたかと思う。

そう答えながら、私は、「心おだやかにいきる」の管理人Tatsuさんの言葉を思い出す。

「彼女は、強度の、共依存者ではないか?」


その言葉は、本当は、言って欲しくない言葉だった。

しかし、私の父親と、A子は、似ていると、

心ひそかに思っていたことは、事実だった。

しかし、他人に、そこを突かれるのは、嫌だった。



だから、それは、私自身が、世間知らずで、

人として、未熟だったので、

A子を、理解できないのだと、思おうとしていた。



A子には、長年、お世話にも、なっていた。

風邪をひいて、寝込んだら、一番に、惣菜を持ってきてくれた。

落ち込んだとき、何時間でも、相談にのってくれたのも、A子だった。


彼女が、共依存者だと、言われることは、彼女との関係を

否定されたような気がしたのだった。



それにしても、私は、鬱の子供を放って、何を、やってるんだ・・・

現実は、何が正しくて、何が悪いのか、

どうしていいのか、さっぱりわからなかった。



日常は、エクササイズとは、裏腹に、自己嫌悪に陥る日々だった。



それでも。。。このエクササイズは、私に希望をくれた。

必ず、自立できる。

必ず、心が穏やかになれる。

依存から、脱出できる。




この苦しさから、抜け出たい。


自由に、なりたい。


そういう魂の熱望が、心から湧き上がるのだった。


「大丈夫、楽になれますよ」

そのTatsuさんの光の言葉だけが、私の拠り所となり、沈む心を支えた。

そう言って、もらうと、なぜだか、大丈夫だと、信じることができた。




瞑想を行うのは、楽しかった。

呼吸法で、自分が整えられていく感じがした。

しんとした静けさの中、

ゆっくりと、ゆっくりと、自分の深みへと、トリップした。

自分の体を感じ、

自分の心を感じ・・・

光に抱かれた。


「大丈夫だよ」と、

その言葉に、ずっと支えられた私は、

今、辛く苦しい思いの中にいる人に、

「大丈夫だよ」と、言わずには、おれないのです。

言って欲しかった言葉・・・

守って欲しかった言葉・・・



「大丈夫だよ」


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【エクササイズ物語】4.エピソード
2008-10-06 Mon 19:20
Tatsuさんと、会話をするようになって、

会話中、脳裏にパチッと、扉が開く感覚が、するようになった。

それは、不思議な感覚だった。

キーボードを通しての、会話は、主に、エクササイズの報告や、

ただの、質問の応答であったのだが、

その会話中、

紫色の着物を身にまとった、黒髪の女のひとが、

頻繁に、現れるのだった。

「現れる」といっても、それは、

物質的になものでは、無かった。

開いた扉を通して、額の中心から、脳裏に、映像が浮かぶのだった。

その人は、なぜか、いつも、後姿だった。


アナタは、誰?



不思議な人だった。

何かを訴えたいわけでもなく、ただ、そこに、存在したがって、

いるような感じを受けた。

「誰でしょうか?」

Tatsuさんから、それは、守護霊さんではなかろうかと、

その時、示唆を受けた。

でも、なぜに、後姿だけなのだろう??



彼女が何者であるか、その正体が、はっきりと、わかったのは、

その一年後・・・ずっと、後の話。

彼女もまた、必然があって、その時、あらわれたのだった。



次回、「瞑想の世界へようこそ」です。

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【エクササイズ物語】3.正常な乳児期と成育歴の調査
2008-10-05 Sun 02:17


  平安の祈り

神さま、私にお与えください

自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを

変えられるものを変えていく勇気を

そして二つのものを見分ける賢さを





**********

●正常な乳児期

参考文献(ジョン・ブラッドショー)インナーチャイルドの癒しより


私たちはこの世に現れた時、はっきりとした欲求を持っていました。

乳児期には、この世に歓迎されることを必要とします。

私たちの鏡となってくれる(共感すること=ミラーリングという)
養育的・母親的な人との絆を必要とします。

乳児期がいわゆる共生段階といわれる理由は、
私たちが母親またはそれ以外の生存に欠かせない人との、
共生(共に依存し合っている)関係にあるからです。

私たちは自分について知るために、
そして、生きものとして生きるという基本的な欲求を、
満たしてもらうために依存しています。

この時期には、人は分離されていません。
それは私たちが、自然にあるいは無意識に自己と一体ではあるけれども、
自己を反映することや自分に「自己」があることを知る能力がないことを意味します。

ですから、自分を反映する鏡となる目や、反響の声を母親から得なければなりません。

それによって私たちは「自分らしさ」を発見します。

私たちは「私」になる前に「我々」だったのです。

生命は存在の真の融合で始まります。

私たちの運命は、偶然にも私たちの母親となった人にゆだねられているのです。

「揺りかごを揺らす手」が子どもの世界全体を揺するのです。

母親が私たちのためにいてくれたら、私たちは彼女と絆で結ばれていたはずです。

この絆は「人と人を結ぶ橋」を創造します。


人生の初期には「私はあなた」で「私は別の人」、

つまり、あなたはあなたの母親と纏綿状態になっているのです。

あなたは母親が感じることを感じています。

母親がうんざりするとあなたもうんざりするのです。

あなた自身についても、母親があなたをどう感じているかを感じるのです。

乳児期には感情が第一です。

母親がどんなに母の役割をうまく演じているかとは関係がありません。

母親が実際にその子をどう思っているかにかかっています。


*****

◎親業 - 最もハードな仕事

良い親であるということはきつい仕事です。

それは私たちが経験する仕事の中で、

最もハードな仕事であると思います。

良い親になるには、精神的に健康でなければなりません。

自分の資源を使って自分の欲求を満足させる必要があるし、

そのプロセスであなたをサポートする配偶者か重要な他者が必要です。

何よりも、

あなたは自身の傷ついたインナーチャイルドを癒しておかなければなりません。


あなたのインナーチャイルドがまだ傷ついていれば、

この怖がりのわがままなインナーチャイルドが子育てをすることになります。

自分の両親があなたにしたように、

あるいはまったく逆のやり方で。いずれの方法をとろうとも、

あなたは傷ついたインナーチャイルドが夢みた完壁な親になろうとするでしょう。

しかしながら、

ただ逆の方法をとるだけではあなたの子どもにとっては、

同じようにダメージになるのです。

病気の180度反対側にあることはまだ病気である」ことです。


ここではっきり言っておきたいのは、

私は誰の親も非難していないということです

彼らは、傷ついたアダルトチャイルドで、

大変難しい仕事を一生懸命しているのです。

私の場合、両親は教育学的には悪いとされていたにもかかわらず、

しばしば正しいことをしました。

私の母は時間を決めてミルクを与えるのはとっても苦痛でしたが、

専門家がすすめるようにしたと言います。

彼女にとってはそういった専門家の助言を無視して、

こそこそとミルクをあげて泣きやめさせるのも苦痛なことでした。

しかし、そうする時は彼女にとって、

私を救う、優美な瞬間だったのです。

それらの行為は、育児の基本を理解していた、

彼女のワンダーチャイルドに動機づけられたものだったのです。


*****

◎感情の放棄

機能不全の家族システムで育つ子どもは、

誰でも感情の欠乏や喪失を感じるようになるでしょう。

感情の放棄への自然な反応は、

心の奥深くにしみ込んだ怒りと痛みを生み出す、根強い中毒性の恥です。

乳児期にこれらを悲しむ術はありません。

あなたのそばにいてあなたの苦痛を認めてくれる人は一人もいませんでした。

目が真っ赤になるまで泣いた時、

不正に対して激怒した時、

抱いてくれる人はいませんでした。

生きるために最初の自我防衛が生まれ、

情動のエネルギーは凍結され、未解決のままなのです。


あなたの満たされない欲求は、乳児期以来、満たされるためにあがいてきました。

近くのバーに行ってごらんなさい。

アダルトチャイルドたちが鼻をすすり鳴らすように泣いている声が聞こえるでしょう。

「のどが渇いた、私は切望する、愛されたい、私をかまって、絆が欲しい」と、

歌っているのです。

*******


これらの文章は、Tatsuさんを通じて、もたらされました。

クリスチャンなら誰でも知っている、「平安の祈り」は、そのころの私にとって、

心の支えにもなりました。

そして、機能不全の家庭で育った私には、

普通に育つという感覚が、まるで、わからなかったゆえに、

この、ジョンブラッドショーの、乳幼児期の説明は、

非常に、参考になりました。


おだやかな家庭というものは、こういうものだったのだなあと、

文章を読みながら、自身がついぞ、得られなかったものへの、

喪失を思い、なきじゃくりました。

アタシノ 生まれてきた イミは、ナニ。



それらの読み込みの作業を終わると、

乳幼児期の、成育歴の情報を集めることが課題として

与えられました。


生まれたての頃というと、普通は、覚えていないので、

写真、聞き取り調査で、その頃の家庭状況等を、

考え付く限りの手段で、収集した。



ちょうど、実家に帰るというチャンスがあったので、

その折に、親から何気に、聞きだしてきた。

以下は、私が書いた成育歴のレポートです。

これは、間違っていても、いいのです。

この作業自体に、意味があるのだと、後に、理解できた。



●乳児期の生育暦の調査(生まれたての頃)
   
 ★父親について
   
  1.祖父(父の父親)は、文学的なものが好みだったが、酒癖は悪かった。
    養子に入って、祖母と結婚。
  2.祖母は、気の強い人、わがままだった。
  3.父親は、9人兄弟の3番目。昭和9年生まれ。
   ・尋常小学校を卒業して、すぐに、海での漁師手伝いをする。
   ・「長男がとても大事にされ、あとは、働き手」だったため、
    自分は、親からないがしろにされていたと、よく、祖父の愚痴を言う。
    そのためか、兄弟同士、いつも、何かしら、トラブルを抱え、
    いがみ合っていた。子どもの私から見ても、兄弟仲は、悪い。
    特に長男に対して。

   4.その後、祖父が、工場をおこし、それを手伝う。
   5.結婚と同時に、地元を離れる。
    そこで、祖父の後ろ盾を受け、工場をはじめる。   

★ 母について
   
   1.満州鉄道に勤める、祖父だったので、満州で7歳(終戦時)まで過ごす。
   2.経済的には、苦しくなかったように思われる。
   3.満州から帰国する途中、数歳年下の兄弟2人を、栄養失調で亡くす。
   4.帰国してからは、祖父は郵便局、祖母は、子育てと家のことに専念。
   5.その後、2人の兄弟が、生まれた。
     母とは、年が一回り以上離れている。
     母は、高校を出て、電話局(現在のNTT)にて、交換手として、働く。
   6.21歳で、お見合い。(私の父親の兄夫婦がとりもった)
   7.結婚と同時に、故郷をはなれる。23歳で、私を出産。
   8.祖父は、がんこ、無口。祖母は、愚痴っぽいが、愛情の細やかな人。

★ 自分自身について
196○年●月○日生まれ   
   
・新生児のとき、健康優良児で、表彰されたらしい。
(昔は、赤ちゃんの栄養状態が悪かった為、市町村で子供の健康を
促進するためにそういう制度が存在したらしい)

・親の話では、おとなしく、ぐずらない子だった。
   
・親が自営の仕事のために、秋口から冬にかけて、一番忙しかった。母は、住み込みで働く、働き手のために、食事を作ったり、夜も昼もなく働いた。父も、まじめに働き、高度経済成長の中、必死で生き残ろうと、がんばっていた。
反面、友人たちと、食べたり飲んだりして、遊ぶのも好きな人だった。
 外では陽気な人ではあったが、結婚当初から、うちに帰ると、お酒が入ると、家族に暴力、暴言があったようだ。
  それは、私が、母のお腹にいたとき、父から、突き飛ばされたことがあった
という母の言葉からも伺える。
    
また、新婚旅行の時の、暗い顔の母の写真は、車の中でケンカした後らしい。    
お見合いだったが、本当に望んだ結婚では無かったと、後に母は、言っていた。    
 「○○さん(仲人さん)に、強引に押し切られて・・・断れなくなった」
もう、新婚旅行の、その時、すでに、そう思っていたのだろうか?
丁度、一年後に生まれてくる、私という存在。
それを目の前にして、そう思っていたのだろうか?
母は、私を望んだのだろうか?      

コウカイ、シタノ?
        
・当時の母子手帳に、私が生まれたのは、母の実家の近くの病院だったので、父は、遠くから、山道をバイクで 雪の中でも、ちょくちょく顔を見にきてくれたとのことが記されている。
 几帳面な母らしく、細かに、父のことや私の様子が書き込まれている。
 私が生まれてきたことを、喜ぶ父母の姿が、垣間見られたので、
かなり、嬉しい感じを受けた。よかった。
        
・父母が仕事で忙しい時は、母の実家の祖母が来てくれて、よく私の面倒をみてくれていたようだ。
・当時、洗濯するために、母は、小さな私を背負って、川や、共同井戸へ
    行っていたらしい。
    
・自営だったので、まわりには、雇い人さん、祖父母、近所の人とか、
 たくさんの人には、囲まれて暮らしていたのではないかと思う。
・経済的には、不自由していなかったと思う。
・お金をもうける事が、父親が、祖父に認めてもらう、
唯一の手段だったのかもしれない。
   

・後に、母の実家が武士の出自ということで、
夫婦けんかの度に、父が、そのことを、けなしていた。
また、学歴差にも、母にコンプレックスを感じていた。
この頃から、普段の夫婦ケンカは、暴力は、日常茶飯事だったようだ。    

・父母の話だと、赤ちゃんの頃は、私は、サークルの中で、おとなしくして
あまり泣かない、手のかからない子だったらしい。
写真では、モノクロのため、暗い印象があるが、
その写真を見ると、胃がつかえるような感じを受ける。
    
もうすでに、この頃、怒りがあったのだろうか。
恐怖だろうか? 寂しさだろうか?
不安感。


*****



このように、成育歴を書き出したのち、信頼する人と、シェアするということも、

大事なことです。

分かち合い、共感を得るということは、

人としての、基盤を強くしてくれます。

読んでくれる人がいるから、

待ってくれている人がいるから、

一生懸命、書きました。


この時点で、私は、Tatsuさんに、依存しはじめていた。

親のように。。。

本当に、依存を克服できるのだろうか・・・




それとは、別に、

成育歴を書き出しながら、当時の自分を取り巻く状況が、

洗い出されると、その中で、自分が、小さな小さな無力な赤ちゃんであり、

まわりの状況と、自分の本来の個性や気持ちは、別モノであることが、

分かり始めました。


生育歴を書くというエクササイズは、

客観的に、自分の状況を見るという、

そういう、エクササイズではなかろうかと、思うのでした。



また、記憶はないものの、魂レベルで、「感情」は、その時のことを、

記憶している、ということを、体験できたことは、収穫でした。

なぜなら、ただの事実の調査で、あるにも係わらず、

この作業の中で、なぜだか、涙がこぼれてくるのでした。

私は、文字を打ちながら、


結婚したばかりの母親になり、

親に愛されなかった父親になり、

この世に生を受け、愛されたいと願った赤ちゃんの自分を

愛しく思い、

涙がこぼれるのでした。



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【エクササイズ物語】2.心おだやかにいきるために
2008-10-04 Sat 21:47
心おだやかに生きるために



その管理人さんの運営するブログは、

いつも、心に傷を負った方々の書き込みで、賑わっていた。

そのひとりひとりを、羽毛のような優しい言葉で、

包み込む場所であるかのようだった。


私は、子どもに問題が起こる以前から、

生きることに息詰まると、時折、訪問しては、その会話を、ながめ

管理人から紡がれる、暖かい言魂に癒されていた。


そして、ある時、「私は、ここにいるよ」ということを、

知って欲しいという欲求にかられ、恐る恐る掲示板にコメントを書いた。

その後、ほんの数回のコメントのお付き合い。


当時の、私の興味は、「共依存」と、「AC」であったが、

そのブログでは、心の分析を、心理学的なアプローチとは別に、

宗教的な分析をもって、理論的に展開され、

それまで持っていた、私自身の死生観が、

管理人の言葉のひとつひとつに、心が揺り動かされた。




近づきたいと思いつつ、あこがれ、

しかし、ゆさぶりを掛けられることに、恐れを感じ、

そんな、矛盾した気持ちを抱えても、記事が更新されるたびに、

そのブログを訪問した。


ブログというものは、不思議なもので、

管理人の発する、オーラがある。

幾百万と存在する、ブログの中から、気持ちをとらえて離さない、

そんな、ブログは、おそらく、自分と縁が深いものなのだろうと、

思ったりする。


なんだか、大変みたいですね。

よろしかったら、お話、しませんか?





これが、「心おだやかにいきるために」の、ブログの管理人、

Tatsuさんからの、最初のメッセージだった。

そして、これが、インナーチャイルドとの出会いのはじまりだった。



メッセンジャーでの、最初の会話は、

いったい、自分が、何を話したのか、(当時の記録を失ってしまったので)、

さっぱり覚えていない。

恐らく、私は、自分の抱える問題と、息子の問題を、

交互に、必死で、吐き出したという、気配がある。

今、思えば、初対面に近い相手に、なんと無謀なことだったかと、冷汗ものだ。

しかし、それほど、切羽詰まっていたというのも、事実だった。


一方、我が家では、

KAIが、三か月の入院期間終えて、自宅へ戻ってきた。

試験的な、仮退院を、数回こなし、

仮退院の時期に、学校へ行くというお試しもしてみたが、

玄関に座り込んで、動けない彼を、どう、動かしようもなかった。

励ましたり、自分に負けるなと、言ってみたり、

知識が無いとはいえ、

時に、むごいことを、子供に強いたものだと、

今となっては、深く、反省することばかりだ。


彼の、リストカットも、何かのきっかけさえあれば、

いとも簡単に、手首を切ってのけた。

いつだったか、その切った手首に、私が、消毒液を

塗っていると、KAIは、泣きながら、

「一生、この傷は、消えない、どうしよう、

半そでを、着ることができない」と、言った。


「大丈夫、治るから」

そう、私は、答えた。

なんの根拠も無かったけれど・・・

慰めにもならない言葉と知りながら・・・

私も、今の状況が、ただただ、悲しくて、涙が、ぽろぽろと、こぼれた。



彼には、手首を切らずにはおられない、何かがあった。

しかし、そのようなことに、思いを配ることさえ、出来ずにいた私だった。



当時、出かけても、帰宅しても、「息子は、生きているだろうか」という、

そういう、信じられない状況を、心配しなければならない時期だった。

さらに、信じられないことだけれど、

息子がこのような状態になってもなお、

子育てサークルという、共依存的な場所と、

その、苦しい人間関係から、私は、逃げ出すことが出来ずにいた。

もしかしたら、「不登校」という事実よりも、

その人間関係で起こる、パワーハラスメントが、

より、リアルに、重くのしかかっていた記憶もある。

それとも、その両方だったのか・・・

今となっては、あいまいだ。



そして、その後、数回のTatsuさんとの会話の後、

彼より、問題の整理が、提示された。



 
@私の問題とするところ


・KAI君の小児鬱を解決したい。

・KAI君の不登校を解決したい。

・りんりんさん自身が、自分の共依存的傾向性を修正したい。

・りんりんさん自身が、自立し、力強い人生を歩みたい。

そして、

・りんりんさん自身が、現在の自分の信仰に、疑問を感じている部分がある。



そして、これらの問題の根っこが、

実は、すべて、つながっており、

ひとつなのではないか?
ということが、

提示されたのだった。


この提示がなされた時、「なるほど」と、すぐわかるような

高尚な感覚は、残念ながら、持ち合わせていなかった。

すべてがつながっているということが、

わかったような、わからないような、そういう、感覚だった。



子どもと、私。

私と、子育てサークルのA子。

A子と、子供の問題。


つながる・・・・のだろうか?



当時、私は、問題を整理するという能力に、著しく欠けていたため、

単純に、問題を整理するということが、自分では、

さっぱり、できなかったのだった。

また、これは、依存的な傾向が強い人に、多くみられる

状態ではないかと、思う。



何が問題で、何から、先に手をつけていいのか?


この時期の私のように、話しても話しても、心が晴れない会話では、

ポイントを指し示すということは、非常に、効果があることなのだと、実感した。


また、問題を感じたら、自分で、書きだしてみるという、手法を、学んだ。

感情なのか、事実なのか、まぜこぜになりやすい方には、

おすすめだろうと、思います。



そして、この

「すべてが、ひとつの根っこでつながっている」という言葉は、

思考とは、別の場所・・本能の部分で、ズシンと、響いたのでした。


ワタシは、ドコニいるのだろう。ナニヲのぞんでいるのだろう。

それさえも、私は、わからなかったのだ。

それほど、私の中の子供は、まだ、幼かったのだ。



(参考)
(当時のメッセンジャーの会話より)

Tatsuさん:その苦しみには、 原因があるんだね。

りんりん:  ええ

Tatsuさん: それを、心の中に、見つけて
       「ピン」 や、とげがね、
        ささってるからね、
        それを探し当てて、
        取り除かないといけないね。

りんりん: あの・・・私の依存性が発動したらと少し心配します(*1)
     

Tatsuさん: それを、 とりのぞくプログラムだから、 大丈夫ですよ

りんりん: わかりました。 

Tatsuさん: 結局、 その子育てサークルのA子さんに対しての気持ちも、
        りんりんさんも、自分でわかっているように、 「依存」でね、

りんりん: そうですね

Tatsuさん: 過去の記憶の クリーニングを しなきゃね。

りんりん: そっか・・・

Tatsu:  いままでね、
      自分の努力でがんばってきたことは、 無駄ではないしね。
      その努力がなければ、また、 「反省」の取り組み(*2)も、
      からまわりするんだけど、 よくがんばったと思いますよ。




こうして、私のインナーチャイルドのエクササイズが、始まった。




*1.A子との関係と同じように、依存状態から抜け出せなくなり、
 また、自分が苦しまなければならないのなら、
 嫌だなあと、思ったことからの言葉です。

*2.「反省」の取組みとは、自分の過去を振り返り、
  過去の囚われから自分の心を解放すること。
  仏教的なアプローチのひとつです。
  インナーチャイルドのエクササイズとも、共通したものがあります。
  

追記:現在Tatsuさんは、多忙のために、このエクササイズは、されていません。
       
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【エクササイズ物語】1.出会い~序章
2008-10-03 Fri 10:04
この物語は、私のインナーチャイルドとの出会いを書き綴っていきます。

「物語」と、書きましたが、わかりやすいように、少し、脚色しています。

癒しのおこる過程と、私の内側で、起こった事実を、忠実に、再現したものとして、

いつか、形にして、残したいという漠然とした、私の願いの一部です。


気長に、お付き合いくださいませ。....〆(・ω・` )カキカキ


***********


息子(以下KAI)の不登校が、始まって、5か月過ぎていた。

自分の部屋にこもり、時折、規則的に壁を叩く音がする。

そういうときは、また、始まったのだと、私は、その音を聞きながら、心を凍りつかせていた。

そして、ふらふらと、二階から、おりてきたKAIは、

自分で、救急箱を開けて包帯を、手首に巻き、再び、自室へ戻っていく。


最初は、問い詰めたものだ。

なぜ、手首を切るのか、と。

しかし、問い詰めても、彼は、口を開かない。


無力感の中、KAIの去ったリビングで、ぼんやり、私は、

数か月前まで、元気で明るかった彼を、思い起した。

彼は、我が家の、ムードメーカーだった。

小学生のころは、気難しい姉と、無口な夫、子育てサークルの幹事をして、

よそで神経をすり減らした機嫌の悪い私に代わって、

家庭に、笑いを提供してくれるのは、いつも、彼だった。

中学に入って、自室に引きこもりがちになり、めっきり、口数が少なくなったのは、

反抗期の特徴だろうと、思っていた。

それでも、サッカー部に入って、友達との交流もさかんで、

このまま、大人になっていくのだろうと、考えていた。


彼に顕著な異変が起こったのは、6月の運動会の前後からだった。

発熱、頭痛、だるさで、学校を休むことが多くなった。

しかし、夕方になると、元気そうに、ゲームをしていた。


それが、一月ほど続いたのち、どこか、体に悪いところがあるのではないかと、

かかりつけの、小児科に行った。


そこで、「起立性調節障害」だと、言われた。

説明されても、(何?それ)という、感覚でしかなかった。

思春期に多いと言われる、起立性調節障害・・・

心身症の一種。

私は、休めば、すぐに、復帰できるのだろうと思っていた。

調子のよさそうな時は、昼から、学校へ送っていった。


しかし、症状は、ますます、ひどくなっていった。

朝、起きられないことから始まり、やがては、ふとんから、

起き上がれない状態に、なってしまった。

文字どおり、起き上がれないのだ。

食事もとれなかった。

トイレさえも、這っていくような状態になった。

一度は、トイレの前で、粗相してしまい、途方にくれて、

ぼんやり座りこんでいるKAIを、見た時には、

その事の重大さに、背筋に、悪寒が走った。


布団の中で、彼を、抱きかかえて、スプーンでゼリーを食べさせた。

何か、食べさせるものを・・・と、毎日、彼の好物を、そろえてみた。

一番のヒットは、はちみつとバターの、小さなホットケーキだった。

これが、その頃の、彼の主食となった。

KAIは、もともと、食べても、食べても太らないたちで、

その痩せた体から、さらに、エネルギーが減少していくのを、

焦りに似た気持ちで、私は、見ているしかなかった。


日々、廃人のように、なりつつある彼は、

まるで生きることを、拒否しているかのように、私には、映った。



そんな中で、彼を説得して、精神科の思春期外来に連れていった。

説得というよりも、誘導した。

そして、そこで、うつ病という、診断をもらい、入院をすすめられた。


不思議と、彼は、入院に、乗り気だった。

すぐにでも、したいと、答えた。

今、思うに・・・家族と離れたかったのだろう。

そして、後に、彼が、述懐する言葉の端々から、

親を物理的に、殺してしまうかもしれない、傷つけてしまうかもしれない、という、

自分の欲求が、抑えられなくなっていたということが、

彼を、早急に、入院に、追い立てたのだと、知った。

彼は、そんな自分が、どこか、おかしいのだと、思っていたようだった。


それは、後に分かったことであって、その時は、家族の誰ひとり、

彼の心の闇に、触れられなかった。

とにかく、彼は、自分を守るためというより、家族を守るために、入院した。


入院したといっても距離的に近いところを選んだため、

私と夫は、どちらかが、毎日、彼に、会いにいった。

彼は、迷惑そうな顔をして寝ていることが、多かった。



そして、私は、彼が、自分を犠牲にして、得た時間で、

ネットで、不登校、起立性調節障害、うつ病を、調べた。

1日の大半の時間は、それに、費やしていた。

そうでも、していなければ、自分も壊れてしまいそうになるのだった。



不登校関係のブログを訪問しては、ただただ、読みふけった。

やがて、触発され、自分でも、ブログを作ってみた。

コメントを付けるということは、そのころは、あまり、しなかったけれど、

それらによって、心が一時でも、癒されたことは、事実だった。

でも、それは、一時的なもので、

現実は、何一つ、変わることは、なかった。

毎日、現実を突き付けられる、私には、焦りとしての、ジレンマが、あった。




9月・・・あるブログの管理人さんから、一通のメールを受け取った。





なんだか、大変みたいですね。

よろしかったら、お話、しませんか?




これが、後に、大きな転換のきっかけとなる出来事になろうとは、

そのころの私には、想像も、できなかった。



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