author : rinrin
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魔の6月~
2009-04-28 Tue 16:11
ずっと、ずっと以前・・・
息子が不登校で、体調が悪くなったのが、5月くらいから、
6月にかけてでした。

適応指導教室の先生いわく。

「魔の6月」

って、言ってましたっけ。


新学年になったばかりで、
張り切った4月。
文字どおり、「張り切った」です。

息子も、張り切ったゴムは、元に戻ろうと、する力もなくなり
よれよれのゴムの残骸になっちゃった6月でした。

今日は、時間があったので、以前の私の、不登校記録の、
最初のころを、読みなおしていました。
「な~んで、がんばらせちゃったんだろうなあ」・・・と
いうのが、自分の感想です。

でも、おかげで、今があるのですから、
それは、それで、結果オーライってことで。

娘も今、新しい環境での生活が始まっていますが、
はたから見て、張り切りすぎています。

詳しくは、「歩いていこう」http://acnokosodate.blog80.fc2.com/blog-entry-635.htmlで。

あんまり、がんばって欲しくないというのが、
親としての、率直な気持ちです。

娘、まじめすぎるのも、きつい。
心に、余裕がなくなってきている。
休んでもいい、さぼってもいい、
とにかく、無理しないで欲しいと切に願うこのごろ。

でも、がんばり過ぎている時って、
意外に、自分じゃ気付かないものなんだろうと思う。

頑張らなくていいって言うと、
怒るんだもん~TT

連休で、リフレッシュできればいいのだけど。

なんでしょう、その、まじめっぷりは?
「こうなきゃ、いけない」なんて、ことは、ちっともないのに、
「こうしなきゃ、いけない」って、思いこんでる。

そんなん、やめとけ、やめとけ、一文の得にもならないから。

と、思う母でした。

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別窓 | 不登校を考える | コメント:7 | トラックバック:0
いつか笑い話になる
2009-04-28 Tue 13:25
息子が、
「ずっと、前、おかあさんが、『今は苦しくてもいつか、笑って話せるときが必ずくるよ』と言った言葉を、今でも覚えている」と言います。

息子は、その当時、「そんな日は、絶対来ない」と強く否定した記憶が、かすかに・・・蘇る。

息子、いわく。

「でも、その言葉、本当だったよ」と、今は、隣で笑って言う。

そっか・・・それならば、いいんだ。

私は、単に、自分の経験を話しただけのことだったけど。



昨夜、久々に、娘が、怒っちゃいまして(汗;

和やかに話している最中に、いきなり、ふぐのように怒っちゃって

私と息子は、・・・・??。
(え、なんで怒ったん~??!!)

今朝は、珍しく、「駅まで送って」コールもなく、さっさと、バスで行かれました。
(やればできるじゃん・・・・(・ω・)bグッ)

彼女も、今、いっぱいいっぱいで、
新しい環境で、必死で、ふんばっているんだろうね。
頑張らなくていいよって、思うのだけど、
「頑張らなきゃ、学校へ行けないでしょ!」って娘。

(う~ん、別に、行けなくてもいいんっスけど。。。)
↑これ言ったら、もっと、怒りそうな気配。



息子と私は、二人して、しょぼ~ん(笑)な、昨夜でした。

息子さん、今朝・・・
「どこが、切れどころなのか、わからない・・・」
母「うん・・・」

そう言いながら、ふたりで、遅めの食事をもしゃもしゃ、食べたのでした。

こんな日も、ありんすね。

.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚

ブログテンプレート、懲りずにいろいろ、試してみてます。
好きなんだよね、模様替え・・・(笑)

変化するのが、好き。
そういう性分・・・ね。B型でしゅ。
別窓 | 不登校を考える | コメント:2 | トラックバック:0
ほんっとに(汗;
2009-04-27 Mon 03:22
まじで、やる気が、無いので、ミクシーもこちらも、放り投げてます。

帰って寝るだけの人になってます。

こんなんで、いいのか?と、自分が心配になるほどです。
(あんまり、心配してないけど、まあ、一応・・・心配をしてみるの図)

ところで、このような状態は、昔から、普通に、あったことだと、思い当る節があります。
そして、このような状態は、自分は割と好きだと、感じています。

昔・・・・このような腑抜け状態は、「だめだ!」と言って、
私を追い立てた人がいました。
私も未熟者で、気が弱かったので、「あ~、私は、だめなんだ」と、思いました。
そして、追い立てる人は、無理やり、あの手、この手で、やる気を出させるという
そんなことも、ありましたっけ。

しかしながら、そのアメとムチの手厚い有難~~い援助があっても、、
一向に私は、自分で自分を立て直すことができなかったのでした。
結局、ほぼ、10年たっても、できなかったんですねえ。。。(遠い目)
罪悪感だけが、募っていきました。

今、思うのですよね。
私は、こういう、まったりと、ぼんやりとした時間が、とても、好きなんだって。

動の時期と、静の時期。

最近、気づいたことだけど、子どもたちって、ちゃんと、自分でそれを分かっているのか、
この二つの時期を、なんとなく、自分のペースで、生きているのが、感じられる。

他人が、いくら動かそうとしても、
自分が自然に、欲していることは、動かしようがないんだなあって思う。
自分の時間は、自分しか生きれないってことかもしれない。

以前は、このような、だらだらな時間は、
親による「ぐーたらするな」という禁止令が、無意識にあって、
罪悪感を持っていたのだろうか。
自分は、グータラしたいけど、でも、罪悪感が~><って、
自分と、私の中の親が、対立してたのだろうか。

それじゃあ、疲れるはずだよねえ。
私を、極限まで、極悪非道に、追い立てた人も、また、
「ねばならない」で、支配されていたのかもしれない。

誰かを変えようとするのは、
そりゃあ・・無理だと・・・最近、とんと、連絡が途絶えた妹のことを、
ぼんやりと、思いながら、
妹が求めもしないときに、出る幕もなく、
かといって、求められても、出来ることは何にもなく。
仮に、求められて、アドバイスじみたことを言うと、
分かり切っていることだけど、きっと、それらは、ことごとく反故にされることだろう。
そして、私は、無力感を深めるに違いない。

それぞれの人生でしかないのだなあと、無常感を
無駄に募らせたりしている。

私は、ここに、ぼんyりと、いるしかないってことだ。
そうやって、私も、妹も、自分の分を自分で学ぶしかないのかもしれない。

と思う反面。。。

なんで、私が、無力感を募らせなければならないんだ?と、
自問自答してしまう。

求められたら答える。
そこで、手渡してしまった物は、本人に任せるってことで、
いいんじゃないかと・・・
他人ならば思えるのだが、
血のつながりは、実に、わずらわしい・・・。

いや、これは、たぶん、長年の姉と妹という、
そんな、立場なんだろうかとか。。。

そんなことを思いながら、朝になっちまった(汗;

別窓 | 日々徒然 | コメント:2 | トラックバック:0
ストレスの話・・・講座の追加
2009-04-22 Wed 21:45
講座の中で、地震と大型台風と、どちらが怖いですか?と尋ねられた。

以前、福岡であった、南西沖地震のときが、自宅近辺は、震度5でしたっけ。

まじ、怖かった記憶が蘇りました。

あの時は、夜寝るのが、怖くて、しばらくは、家族で、固まって寝てました。

寝てるときも、少しの余震でも、飛び起きていましたし、

「揺れる」という感覚に、非常に過敏になり、

揺れていないのに、揺れてると感じたり、常に恐怖がありました。

大型台風の場合は、まあ、怖いですけど、

TVの天気予報で、情報を事前に知ることができ、

ある程度は、心の準備もできます。

しかし、地震は、突然、やってきます。

予期せぬ悪い事は、予測できることに比べて、多大な、ストレッサーとなります。


息子の不登校の時も、そうでした。

「まさか・・・」と。

晴天の霹靂とは、あのことでしょうか。

それほど、私は、お気楽だったのでしょうね。


もうひとつのストレスに、じわりじわりと、くるストレスがあります。

講師が、靴をぬいでください、と言われ

そして、次に、靴を履いてくださいと、言われました。

「どちらの足から、履きましたか?」

数名の受講者、それぞれ、右だったり、左だったりするわけですね。

では、今度は、先ほどと違う足から、靴を履いてみてくださいと言われ、

そうするのですが・・・


「どのように、感じましたか?」

受講者は、それぞれ、なんとなく、違和感を感じますと、答える。

私の感じなんですが、なんだかですね~、

さほど、気になるって感じでもないのですが、

なんか、こう、違うんだなあ・・・ま、いいか~って感じの

違和感でした。


人は、本能的に、安定しようとする生き物なんだそうです。

しかし、大きな、ストレスではなく、

少しの違和感でも、時間がたち、それが積もれば、やがて、壊れてしまう。


なるほどなあ。

不登校に例えたら、少しの違和感を我慢しながら、

きっかけとして、何か、大きなストレッサーが加われば、

コップの水が溢れてしまうのだろうなと、感じました。

大きなきっかけがなくても、最初に、まず、体に出るのだそうな。

心と関係する、自律神経系(胃腸系)

他にも、アトピー、円形はげ、とか、不眠、

やはり、ガンなども、そうだと思うと、言われていました。


そういう時には、とにかく、休むのが、一番の薬。

出来ることなら、今、重荷になっているところから、一旦降りる、とか、

そして、体の緊張を取るのがよろしいと。

深呼吸、アロマ、瞑想、自然・・・・

私は、それに加えて温泉を追加したいのですが(笑)まあ、そんな感じでしょうか。


で、最近、仕事モードで、疲れが取れない私なのですが、

講座へ行くのも、なんだか、おっくうで、体を引きずりながら行った昨日でした。

しかし、講座を受けていると、なんだか、楽になってくるのでした。

なぜだろうなあと、自分なりに考えてみますと、

仕事で使う脳が、疲弊しているのではないかと、仮定(左脳)

だから、本も、TVも、最近は、好きなマンガまで、読みたいと思わない。

しかし、講座では、結構、リラックスして、

絵を描いたりして、違う脳を使って(右脳)いるので、

左脳が休める。

時々、違う環境に身を置くということは、大事なのかもしれません。

一か所だけではなく、数か所、自分の居場所を確保しつつ、

気が向いた時に、こっちやら、あっちやらと、

行けるのが、ストレスを軽減するひとつの方法なんじゃないかなあって思うのでした。

だから、一か所だけに、強くこだわることは、

あまり、いい事じゃないのかもしれませんねえ。


そして、ストレス耐性を高める訓練をすることも、大事かもしれません。

私は、昔は、ほんと、自分を苛めてばかりいました。

過去のことをジクジクとほじくり返したり、

「今の言葉、傷ついた・・・」と、どよよ~んと、ひと月もふた月も考え込んだり。

失敗に、立ち直れなかったり、周りで起こることは、全部、自分のせいに思えたり。

ほんとに、病的に、ひどかった。

でも、どうにか、ここまで、来れたのは、

まわりのサポートによるところも大きかったし、

一旦、その場を離れて、

感情と、起こった事実を、分けて考えてみるという、

そういう、手法を教えてもらえたことだろうか。

客観的に、自分を見るということは、とても、大切だと思うねえ。

まあ、ブログで5年近くも、自分の気持ちを吐露してきたという

そういうのも、良かったんだろうなあと、思うのでした。


あ~、ストレスの話でしたっけ?

ゆる~く、生きていたいと思うのですが、

現実は、なかなか、そういかないけど、

まあ、ぼちぼちいきましょう。
別窓 | カウンセラーの卵 | コメント:0 | トラックバック:0
コップの水
2009-04-21 Tue 21:25
娘のブログに、「コップの水があふれそうです」との言葉。

わかるよ、わかるよ~。

新しい生活が、始まり、忘れものをしてないか、
時間は、大丈夫か、
もう、何からなにまで、自分でしなきゃなんない。
明日は、何を着ていこうか・・

に加えて、バイトも週2は、ある。
そろそろ、お疲れが出ても、当り前だものね。

かく言う私も、仕事がテンぱって、へろへろです。


本日は、市内まで、電車に30分揺られて、

月一回のカウンセリング講座へいきました。




本日の課題は、前半は、ストレスについての説明と、

後半は、アサーション(自己表現)の概要説明で、

実習は、特にありませんでした。

                       

前半のストレスの説明の中に、

ビーカーの大きさによる、ストレス値の個人差についての説明が、

コップの水と、かぶっていて、個人的には、

いい復習になったのではと思う。




アサーションは、とても、楽しみにしていた部分ではあったけど、

実習がなかったので、ちょっと、消化不良気味。




①「言いたいのに、言えない」というストレスは、

アサーション的には、非主張的と表現され、

後悔や、怒りが溜まりやすい・・・っつうのは、

もう、知ってることだった。




②また、反対に、過剰な自己表現は、

怒りを含み、自分の気持ちを、相手におしつけたりしやすい。




③適度なアサーションが、まあ、いいよね。




これを、簡単に説明したら、

①のびたタイプ

②ジャイアンタイプ

③しずかちゃんタイプ




って、とても、わかりやすく、説明が入る。

あの人は、②タイプだったなあ。。。とか、

私は、①タイプで、躓いているなァとか。


まあ、いろいろ、ほぼ、復習になった。
感情と事実を分けて考えるっていうのも、
ストッパーになるね。




前半のストレスの授業のとき、

不快なことを考えそうになったら、

「ストップ」という合言葉で、自分で、自分の心に、ブレーキをかけると、

講師が言っていたのを、興味深く感じた。

そういえば、以前、これ、やっていたなあって、思い出した。


確かに、やっていたことだけれど、
もう、今は、ほとんど、必要がなくて、忘れていた。

こんな絵を描いた。

お題は、「私と坂」。

幼児が書いた絵よりも、貧困な絵(爆)だけど、
今の状態が、よくわかるようだね。

自転車で坂を登るって、描いたの、私しかいなかったけど、
「すごい、エネルギーがありますね」と、講師に、言われました。

いや・・・だから、疲れてんのかなあ・・・私(汗;
気持に余裕がある人は、地面に、花とか、書くらしいですけど、
今回は、そんな描く余裕は、ないような、私でした。
(そう言えば、先月は、確か、花、いっぱい描いてたよ)


え、上に浮かんでるの?

う~ん、




はえじゃありません。











応援天使ちゃんです(笑)

別窓 | カウンセラーの卵 | コメント:0 | トラックバック:0
価値観を押し付ける人たち
2009-04-16 Thu 21:37
とある私のブログで、とあるコメントに、狂喜乱舞した。

あ~、これだ、これだ!

「後悔するよ」と、脅す、自称S会、宗教人。
「せっかく幸せへの最短距離の方法に出会ったのに全く残念な話」

残念かどうか、自分が、決めるのですけどね。
そんな、簡単なことが、わかんない。

これって、ほら、
別に、宗教じゃなくても、
親子でも、あるんじゃな~い?

もし・・・ね、すっごい、進学校に、合格しててね、
子どもが「やめたい」と言ったとき、
世間体や、学歴重視の親が言いそうな言葉に思えるのは、
私だけ??

すっごい、進学校じゃなくっても、
普通の会社や、学校に、当てはめても、
同じなんでしょうけど。

これは、依存の典型。
すごく、わかりやすくって、思わず、記事にしてしまいました。

そういう生き方、もう、いいです。
子どもたちが、体を張って、教えてくれたことだもの。


今日、ある人に言われました。
「あなたが、今、ここに、存在できるのは、
御両親、祖父母、そして、まわりの支援があって、
ここまで、これたのですよね。」と。

そうか~、そうんだよな~って、
なんだか、すんなり、納得しちゃいました。

両親との関係が良好で、
自尊感情も、生まれたときからあったなら、
きっと、私は、ここに、いなかっただろうなと。
もっと、違う生き方をしていただろうな・・・
そして、人の気持ちもわからない、お気楽な人になっていただろう。


今、私は、自分の人生にとても、満足している。
そして、その言葉で、
生まれて、はじめて、敵役を演じてくれる両親に、深く感謝することができた。

人生は、なんと、面白いことだろうか。
答えは、最初から仕組まれていたのだから。


別窓 | 日々徒然 | コメント:0 | トラックバック:0
私は、誰?
2009-04-16 Thu 16:16
息子が言った。

おっとーの実家は、言葉のキャッチボールじゃあなくて、
それぞれが、自分のボールを投げてるだけ。
あとには、野球ボールが、床にごろごろ転がっている。
と。

わたしゃ、大笑いした。
ピッチャーはいるけど、キャッチャーがいないってことね。



人間って、もともと、「自分の気持ちを分かってもらいたい」
「私の気持ちを理解してほしい」という気持ちがあるものだ。
特に、今を不幸に感じていたり、
満たされていないと感じている人は、
ことさら、その気持ちが強くなる。

傾聴をするには、自分が、満たされていなければならないんだと、
思ったりする。
傾聴という知識や、技術を学んでも、
結局は、他者を、受け止められる自分であるか、どうか、
そこに尽きるのだろうな。


他者の気持ちを受け止めることができるには、
まず、自分の気持ちを、自分で受け止められなきゃ、
話にならない。

他者ばかり、受け入れてばかりじゃ、
今度は、自分のインナーチャイルドが、
「あたしの話も聞いて」と、暴れだす。

* これは、不登校でも、同じかな。
人間関係っていうのは、親子も人間関係ですね。
子どもの気持ちを受け止めなきゃと、必死で、自分に無理して、
自分の言いたい事を抑えて、がんばるお母さん。
でも、結局、おかあさんのインナーチャイルドが、
「アタシ ノ ハナシ モ キイテ ヨ!」と、怒りだす。
そうなると、私は、インナーチャイルドの出す感情に翻弄され、
「おかあさんは、苦しいのよ、学校、行ってよ!」って
そんな気持ちが、出てくるんだよね。
そんで、つい、相手を(子)を傷つける言葉を吐いちゃう。
それって、インナーチャイルドが、嫉妬してんだよね。



だからね、私は、不登校のお子様を持つ、お母さん方には、
「まず、自分を大事にしようよ」って、言いたいのだよね。

自分を大事にするってことは、単に自己中心であるってことじゃない。
そんなことを、言うひとが、たまにいるけれど、
それは、その・・・、大きな勘違いね。

「私は、だめな親だ」って思わなくっていいってことだね。
一生懸命おかあさん、やってきたんだもの。
わかんないながらも、手探りで、親をやってきたんだもの。
その中には、間違いもあれば、勘違いもあれば、失敗もあり、また、成功もあったね。
それも、ぜ~んぶ、OKなんだってこと。

一番、自分を受けとめて欲しいと思っているのは、
(子どもはもちろん、親に受け止めてほしいと思っているだろうけど)
今まで、ずっとずっと、一人でがんばってきた、お母さんの方なんじゃない?

そんなこと、思うのでした。

.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚


本日は、瞑想セミナーに参加。
実は今日は、今朝から、体調が悪く、
起き上がれないほどに、きつかった。

ここのところ、ずっと、仕事が立て込んで、無理したのと、
例の職場内での、いざこざで、神経すり減らしたこともあって、
体に、きてるなあと。。。思いながらも、
やっとの思いで、起き上がり、
とぼとぼと、今日、予定していた瞑想セミナーの場所へ向かった。

満月瞑想あたりから、背中が異常に熱くなってきた。
ハイヤーセルフとの対話の瞑想では、
眉間がちりちりと、熱いような、かゆいような。
光を通すとき、上に向けた手のひらから、
気が入ってきてるのか、ぴりぴりした。

インナーチャイルドっが、白い壁の段になったところに、
ちょこんと、座っていた。
そして、すねていた。

「ごめん、しばらく、放っちゃって(汗;」
ほんとに、申し訳なく、思った。


そして、昨日夜から、やたら、「たけのこ」が、イメージとして、
脈絡なく、思い浮かび、瞑想中もやはり、「たけのこ」が。。。( ̄△ ̄;)・・?
(↑よくある、白昼夢。インスピレーションとも言うけど、最近では、めずらしい)
たけのこを、真っぷたつにした、断面なんですけど ゥ─σ(・´ω・`*)─ン…。
そして、その皮の中心部にダイヤのような、小さい光が、
きらきらと、輝いているのです。
かぐや姫って、そういう設定じゃなかったっけ(笑)

人間って、もともと、誰しも、こんな、ダイヤモンドを持ってるんだよね。
でも、何十年と生きてきて、いつの間にか、
嫉妬、憎しみ、怒り、悲しみ、悔しさ、そんな気持ちを味わうたびに、
何十枚と、皮をつけて、外からじゃ、おいそれと、見えないようになっちゃう。
自分でも、わかんなくなっちゃう。

だから、たけのこなのか~?と。

最近、低調気味の体調と、気力を心配して、
誰かが、こんな、メッセージ映像を送ってくれたのでしょう。

自分の中のダイヤモンドを信じなさい、とね。

私は、だれ?
私は、光の子。

20分の短い時間でしたけど、
瞑想が終わると、すっきり~ヾ(〃^∇^)ノ

ひとつ、わかったことがあります。
瞑想って、単に自宅でしても、限界があるなあと。
「磁場」ってあるのですが、
磁場のいいところでの瞑想は、
エネルギーの入り具合が、違う気がする。




別窓 | スピリチュアル | コメント:0 | トラックバック:0
いつくしみ深い
2009-04-15 Wed 00:48
娘の大学の入学式のあった聖堂で、パイプオルガン(でかいの~)の伴奏にて、
父兄、生徒、教職員全員で、歌った賛美歌493番。

「いつくしみ深い」


これ、知ってるぞ~。(

子どもたちが幼稚園のとき、
歌っていた曲だった。

とっても、懐かしく、
感がい深く感じました。

子どもたちが、幼稚園を卒業して、12年あまり。
再び、この歌を歌うことがあるなんて、
夢にも思わなかったよ。
(ちなみに、子どもたちは、全然覚えていなかった^^;)

♪嘆き悲しみを ゆだねて祈り
常に励ましを受ける 嬉しさ

愛の御手により 支え導く・・・♪


信仰とは、表に出すものではないなあと、
そんなことを思ったり。。。
根っこにあるものなんだなあ。

私の中に、愛しく、抱きしめたい
そんな、暖かい塊がある。

別窓 | 日々徒然 | コメント:0 | トラックバック:0
ぬこさまたち
2009-04-13 Mon 12:10
20090413121046
20090413121043
出先から、携帯送信!ぽちっ。

ぬこさまの脱力かげん、見習いたいっす。


.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚

「起立性調節障害の子どもの正しい理解と対応」<怠け者って、呼ばないで>
田中 英高(日本小児心身医学会 理事長、大阪医科大学小児科)
中央法規 定価 1,680円(税込)
発行日 4月25日


起立性調節障害って、ご存じでしょうか?
不登校の3割~4割が、起立性調節障害
である可能性が・・・

朝は、吐き気、めまい、頭痛、腹痛、起きられない、
そんな症状でも、夕方になると、なぜか、元気になっちゃう。
自律神経の障害なのですが、
我が家も、不登校初期のころ検査の結果、
「起立性調節障害」という診断を頂きました。

この先生は、3つの言葉を、提唱されている、
一部で(笑)ゆ~めいな方です。

詳しくは、http://plaza.rakuten.co.jp/eikichi55/
nakkoさんのブログへどうぞ^^。

ブロ友の、じゅんこさん、菜っ子さんたちが、立ち上げた
NPO 起立性調節障害 ピアネット Alice。
どうぞ、お立ちよりくださいね。

起立性である方も、ない方も、
とても、参考になるかと思いますよ。

そして、待ちに待った、一般向けの本です。
機会がありましたら、こちらもどうぞ♪

私も、読みたい!
別窓 | 日々徒然 | コメント:0 | トラックバック:0
ひとりごと
2009-04-10 Fri 23:08
新学期に向けて、不登校関係のブログを、
長年の習慣で、なんとなく・・・
ぼ~っとしてながめている。

ほんとに、ながめている。


みんな・・・子どもを、頑張らせるのが、好きなんだなァ・・・


そんなことを、ぼ~っつと、頭の隅で思いながら、

今日も、仕事で腑抜けになっている、夜。


がんばるって、そんなに、いいのかね。

いいんだろうね、きっと。

そういえば、私の小学校の卒業制作の色紙、

確か・・「好きな言葉を書きましょう」だったけどね、

な~んにも、思い浮かばなくて、隣の子と同じ、「努力」って、書いたっけ。笑


腑抜けのおばさんは、

努力は、嫌いです。

好きなことをして、過ごしていたいなあと、

ぼ~っとして、思うのでした。

別窓 | 日々徒然 | コメント:4 | トラックバック:0
私を支えるアファメーション
2009-04-09 Thu 23:39
自分は生きるのに、あたいする人間です。
自分は、自分のままでいいのです。
自分は愛するに、あたいする人間です。
自分は、自分の居所をつくっていいのです。
自分を、うんと好きになります。

西尾和美著 今日一日のアファメーションより


私が、もう、何年も前から、
苦しいときも、楽しいときも、共にあった、アファメーション。


苦しい時は、そのままで、
悲しいときも、そのままで、
楽しい時も、そのままで、
無理して、自分を大きく見せようとしなくても、
そのままで、いいんだと、
安心をくれる、言葉たち。

安心して悩んでいい、
安心して、泣いていい、
安心して、笑っていい。


それほどの、安心が、存在するってこと、
どんなに幸せなことか・・・


通りすがりのブログで、「カギ」のことについて、
読んだとき、
あることが、思い浮かんだ。


ハラスメントTさんとのこと。
Tさんと、距離を置きだして、しばらくは、
私は、家にいるときは、家の鍵をかけていたんだ。

普段は、そんなことはしない。
今だって、明けっぱなし。
無頓着。


当時、それほど、Tさんの襲来が恐ろしかった。
家にいても、いつ、Tさんが、ピンポンもなしに、
ドアを開けて、飛びこんできて、殴られるかと、
(実際、Tさんは、激すると、そうするのだった)
不安でしょうがなかった。

これは、実際、ハラスメントを経験したことのない人には、
理解不能だろうね。

家にいるのが、怖くて、
よく、意味もなく、ネットカフェとか、
出歩いていたものだ。


今でも、たま~に、近所で、Tさんを見かけると、
ドキッとする。

ひところは、どきっ、どころではなく、
凍りついていたものだ。

そんな時期、私を助けてくれたのが、
西尾氏のこの、アファメーションだった。


私の人生は、幼いころから、暴力に近いところにあった。
ある意味、とても、わかりやすい、人たちに、なぜか、恵まれていた。
分かりやすかったから、自分の課題が、
これまた、非常に、シンプルで、わかりやすかったのかもしれないなあと、
そんなことを考える。
今では、分かりやすかったことに、非常に感謝している。

「私は生きていていいのか?」
「生きてていい」

「私は、誰?」
「自分のままでいいよ」

「ここにいていいの?」
「いいんだよ、ここにいて」

「自分のこと、嫌い」
「好きだよ、大好きだよ」

インナーチャイルドと、そんな問答を
今でも、繰り返し、やりとりする。




職場で、ちょっとした事件があった。

同僚の財布から、お金が盗まれるという・・・
しかも、数名。

一人が名乗りを上げたら、
次々に、「実は、私も...」と、半年前くらい前に
さかのぼってしまった。

店長の指示で、警察介入になったけれど、
警察いわく、明らかに、内部犯行でしょうと。
その日の出勤メンバーを見ると、
かなり、絞られてくる。
私も、その中の一人だけど。

疑心暗鬼になる心と、みんなが、戦っている中、
人の本心が、言葉の中に、見え隠れする。

かくいう私も、どういう気持ちで、やっちゃったか、とても、気になる。
誰かに、止めて欲しかったのだろうかねえ。。。

指紋採取になるようだ。

しかし・・・ね、人のものを、無断拝借して、
自分の座り心地が、悪くならないのだろうか・・・ねえ。
自分の心に仮面をしているのだろうね。

哀れだなと、思うのでした。


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