author : rinrin
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ありがとう
2009-05-31 Sun 23:04
眠いです。(笑)

短い睡眠時間にもかかわらず、数か月ぶりに、よく眠れた気がします。

ここずっと、なんだか・・・寝た気がしていませんでした。


今は、天使の羽根にくるまれた幼子のような気持ちです。

ただひたすら、穏やかです。

ありがとう。

お話できて、うれしかった。

感謝をこめて。

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インナーチャイルドと、インナーペアレンツ
2009-05-29 Fri 19:13
ずっと、過去のことですが、

書きたくなったので、書いてみます。


人は、子どもの頃というのは、「自分の存在」と、「自分の気持ちや感情」が一致しているものなのだろうと思います。
とくに、大らかな家庭で、育った場合、自分が分裂するってことは、ないのだろうなあと、
私の友達などを観察(失礼^^;)していると、そんなことを思うのです。

うちの母親は、物事を決めるときに、
コロコロと意見を変える人で、子どもの頃、それに翻弄されて、
「じゃあ、一体、どうすればいいのさ!」って、余計こんがらがってしまうことが、
多かったと記憶しています。

ある時は、私の気持ちを汲んでいるような意見を言い、
私は、「ああ、これでいいんだ」と、思ったとたん、
次の瞬間には、今まで積み上げてきた、すべてをぶち壊すような意見を、
「でもね~」と、やりはじめる。

一体、だから、どうしろ?と。。。

子どもながらに、親の思いや顔色に合わせて、
上がったり下がったりして、それに、付き合わなきゃいけなかった過去を
思い出したりしてました。
へとへとになるくらい、結構、エネルギーいるんです、これが。

これは、母親自身の中の
インナーチャイルドと、インナーペアレンツが、
せめぎ合っていたから、起こったことだったと、
今なら分かるのですが、
当時、親に養ってもらっている子ども時代でしたので、
そういう親の影響力は、絶大なものがありました。
母親もまた、内なる母から、縛られ、
苦しかったのだろうと、思います。

その影響を受けた私は、物事を決断するということが、
非常に、苦手になりました。
しかし、どういうわけか、苦手なくせに、気持ちが抑えられなくて、
(本能的なものだろうと思いますが)清水の舞台から
飛び降りるようなう離れ業を、時々ですが、やっていました。

これは、ふとした瞬間に、インナーチャイルドが、内なる親の監視下をかいくぐって、
出現したのでしょうね。

それだけ、反骨のエネルギーが強かったのでしょうね。


この内なる子どもと、内なる親とのせめぎあいを、
私は人生の半分以上を、繰り返してきましたが、これって、ほんとに、「人生は、シンプル」には、
とても、程遠く・・・そして、疲れます。

私が、この状態に気づいたのは、子育てで、とん挫した時でした。
子どもたちにも、この二重のメッセージを、私は、やっていました。

この二重メッセージは、ダブルバインドと呼んでもいいんじゃないかと思いますけど、
二重拘束されるということは、次第に、身動きが取れなくなります。

気持ちが、次第に、封じこまれていくのです。
そして、健全な、インナーチャイルドには、ふたをされ、
私が子どもたちに植え付けた、内なる親(私が母親からもらったもの)は、生き生きと、
子どもたちの心を浸食していったのでした。

これが、世代間連鎖ですね。

このメカニズムを私が、はっきり、気づいたのは、
自分とある友人との関係においてでした。
まことに、皮肉なことです。

ある時期には、その友人が、私にとって、かけがえのない人でした。
大切な人でした。

「あの人なら、どう考えるだろう」
そういう意識が、常に、私の思考の半分以上ありました。

彼女が、右へ行きたいと言ったら、私は、左へ行きたくても、
右へ行きたい気もして、「右へ行こう^^」と、言い、

彼女が右へ行きたいのかなあ~と察したら、
私は、左へ行きたい自分の気持ちを抑え込み、
「右へ行きたいのよね」と、言ってみる。

でも、実は、それは、外れて、実は、彼女は、「左へ行きたかった」ということが、
分かれば、すぐさま、方向を変更し・・・
「あ、実は、ほんとは、左へ行きたかったのよ」と。

そして、私は、次第に・・・「私は、誰?」
「私は、何がやりたいの?」
「私は、ほんとは、何が好き?」

ほんとに・・・分からなくなっちゃいました。

私は、親と彼女を、重ねてしまいました。

そのころ、私の口癖は、「どっちでもいい」、だったのかもしれません。


もう、面倒くさくなっちゃたのですね、
そして、自分のインナーチャイルドを、押し込めて生きていこうと、
本気で思っていました。
何度も、そう決意しました。
自分に言い聞かせました。

しかし・・・人間って、よくしたもので、
そういうことは、出来ないんですね。

時々、私、このまま、「自分」を封じ込めて、死んでいくのかな・・・
そういう、悲しい思いが、湧きあがりました。

ある時、彼女は、夢見るように、無邪気に言いました。
「将来、年をとって、子どもたちが、独り立ちをして、だんなが、先に逝ったら、
一緒に共同生活を、やって楽しく暮らしたいねえ」

「そうねえ、楽しそうだねえ」と言ったものの、私は、心の奥底で、
言いようもない絶望に駆られたものでした。
「この先、年をとって、朽ちるまで、この人と、一緒に過ごすのか・・・」

まるで、老親が子供に
「老後の面倒は、ちゃんとみてね」と言われたような、そういう気分でした。

私は、死ぬまで、この人から、離れられないのか・・・

そのころは、私は、もう、自分が爆弾らしきものを抱えていることに、
うっすらと、気づいていました。
しかし、その爆弾の導火線の火を必死で、かき消していました。

どうして、そこまでして、彼女と一緒にいたのか・・・

今、思えば、彼女は、幼少期の寂しさと孤独を、「行動」することで、
消化しよう(ごまかそう)とする人でした。
バイタリティがあって、行動力があって。

反対に、私は、自分にひきこもることで、孤独を納得する人でした。

その二人の「孤独」というキーワードが、私たちを、ひきつけたのだろうと、
今は、思います。

ある意味、合わせ鏡のような私たちだったのでした。

私には、離れたら、相手を傷つけるとか・・・
離れようとしたら、鬼のように、狂ったように、追いかけてきそうな
彼女を、「怖い」と・・・そういう表層の意識がありましたが、
深いところでは、引き合っていたのだなあと、思います。

「離れなきゃ」と思いながら、自分を傷つけながらも、なお
理由をつけて「離れられない理由」を作っていたのだろうと思います。

そして、内なる子どもと、内なる親との戦いは、
さらに、私を混乱させ、ずたずたにしました。

うつ状態でした。。。

そして、こういう状態で、母親として、子どもの気持ちを受け止められるはずもなく・・・。

子どもは、不登校になりました。
しかし、その不登校が、私に、大きな変革のチャンスを与えてくれました。

その後、抑え込まれた、インナーチャイルドの解放を試み、
解き放たれた、チャイルドの感情を、はじめて感じました。

恨み、憎しみ、怒り、悔しさ、悲しさ、寂しさ、
それらが、激しく、噴出してきました。

そして、その後、紆余曲折を経て、回復への道へ、と向かいはじめました。


こういう記事は、もう、何回も書いているので、繰り返しになるのですが、
結婚後や、子育て中、私は、自分の「感覚」や「明確な意思」というものが、よく分かりませんでした。

なんだか、意識が、分裂してしまって、散り散りに散らばっていました。
おそらく、「乖離」という状態だったのではないかと思います。

まるで、散らかって、掃除の出来ない我が家みたい(笑)でした。

今でも、時折、そういう感覚に陥ります。
なじみ深い感覚なので、自分がそういう感覚に陥っていることすら、分からない時も
あります。

今日も、なんだか、自己分裂した自分を見つけてみては、
おちびさんと、内なる親の破片をかき集めては、
はあ~っと、座り込んで、ため息など、ついているのでした。


しかしながら、インナーチャイルドを助けだしたり、奥深い心の声を聞けるということは、
自己回復力に多大な影響力が、働きますね。
「自分の感覚」を信じるという点においてはね、
今は、自分を信頼しています。
これって、嬉しいのですよ。
以前と、比べて、悩み方が、全然違うのです。

何といっても、内なる親の執拗な「罪悪感」という重荷がないだけ、
人生は、軽いのでした。


それにしても・・・ああ、時間が欲しい!
お金も欲しい(爆)自宅に温泉欲しい!
んで、体力欲しい~、りんりんさんでした。



そういえば、息子さん、今年は、大学受験になります。
せっせと、意中の大学のオープンキャンパスに通っておられます。
オープンキャンパスの景品があるのだけど、
結構、豪華なんですよね。いまどきの大学ってすごいねえ。

そして、娘さんは、夏にある、自分の大学のオープンキャンパスのアルバイトの情報を教えてくれた。
オープンキャンパスで、やさしく面倒をみてくれる学生さんたちがいるのですが、
あれって、バイトなんだそうです。

純粋なボランティアだと思い込んでいた娘さん。
そういう秘密があったのか~と、なんだか、悔しがっていました(笑)
そう言いながら、自分もやりたいなあと、つぶやいていました。
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記事紹介
2009-05-27 Wed 22:43
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1178839644&owner_id=3692489

ミクシーの記事ですが。。。(見れない方すみません)


「ヴォイド」(空)という状態について、書かれた
∞Taiki∞さんの記事です。

いつも、いい記事を書かれてて、

なるほどなあと。。。。

得体のしれない状態っていうのが、人間って、結構苦しいのかもしれないねえ。

何年か前、そういう状態をごまかそうと、「考える」より、「行動」で、ごまかしてみたりした私でしたが、

何度も、何度も心の中の、おなじとこからのメッセージが来るのだったら、

あきらめて、考えつくすのも、大事なのよね。

小さな、「ヴォイド」なら、今だって、ちょこちょこ、あるもんなあ。


たとえば。。。

今、職場で、ほんとに、顔を見るのも嫌なやつがいるのだけれど、

「そんなこと、感じちゃだめだ」な~んて、

思わないことに、している。

思わないことにしても、どうせ、感情というやつは、湧き出てくるんだから。

「嫌いだ」という感情に、ふたをせず、

キライを、とことん、感じつくしてみようと、思ってる。

状況の停滞、進化の停止・・・でも、なんでもいいやと思っている。

「私は、今、こう、感じている。」

感じていることを、正直に優先したいのです。

反省や、言いわけや、相手の事情なんて、くそくらえ。

自分を守って何が悪い。


って、ことです。






もともと、人間の脳は、情報を、慣れ親しんだものに、本能的に変換して、
インプットする癖を持っています。

最近、ネットで、はやっているのが、

↓↓↓の文章。


こんちには みさなん おんげき ですか? わしたは げんき です。
この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか にげんん は もじ を にしんき する とき その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとて わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。 どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?



↑↑これって、なんで読めちゃうのかっていうと、
脳が、慣れ親しんだものに、自動的に変換しちゃうんだって。

すごいというか、怖いというか・・・。

ヴォイドって、慣れ親しんだものから方向転換するための、折り返し地点なんでしょうね。

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言葉のとらえ方は、みんな違うんだね
2009-05-22 Fri 23:43
言葉ってほんとに、難しい。

カウンセリング教室に数回通ってみて、一番にそれを感じました。

そして、とらえ方も、10人いれば、10通りの捉え方があると、

しみじみ、思いました。


ブログも、自分では、子育てや人間関係において、一般的なことを書いているつもりでも、
「自分のことを書いてあるんじゃないか?」と、
傷つかれる方も、いるのだろうなあと・・・
それは、全く、私の意図するところではないのですが。

で、考えすぎて、書けなくなっちゃう(汗;

ほんで、場所を移して、ブログを書いちゃったり、引っ越したり(したくなる)
誰かを責めるために、ブログ書いてるわけじゃないのよね。
あくまで、自分の体験が、参考になれば!のスタンスなので。


eggiさ~ん、頑張ってくださいね。
コメント書きかけたけど、結局、文章が思い浮かばず、
やめちゃいました。


余談ですが、実は、ちょびが亡くなった後、もう、犬との暮らしは、無いだろうと、私自身、思っていました。でも、eggiさんの記事を読むにつれ、また、共に暮らしてみたいと、思うようになっている自分に、びっくりです。今は、時間がなく、わんこと一緒に暮らす生活は、あきらめていますが、いつか、またと、将来の野望を膨らませています。
ちょびには、そのとき出来ることを精一杯できたので、後悔は、ありませんが、
次のわんことは、もっと、いい関係を築けそうな気がしています。

話戻りますが、提示された話題を、自分のことだなあと、感じるのは、とても、いいことではありますけれど、「自分が責められている、否定されている」と、思い悩むのか、
自分が成長するための材料にするかは、天国と地獄の差がありますねえ。

各人の、捉え方次第になりますね。
願わくば、後者でありたいものです。


そうそう、バナナでしょ(笑)
あの時は、店頭から、バナナ、消えました。
その前は、納豆ブームでしたよ。
CO2削減問題でも、温暖化は、ほんとに、CO2だけのせいなのか、
私は、疑問に思っています。
企業の戦略も、からんでいるんじゃないかと、思ったりします。


思うに、「自分の頭で考える」ってことが、日本という国は、出来づらい国です。
日本の義務教育は、「個性を大切に」というスローガンを掲げながら、
「自分で考えてはいけない」と、教えているような、へんてこりんな現象が多く見られます。

アクセルと、ブレーキが、同時にかけられている、
そういう状態では、子育てでは、「自我」が育ちにくいのだろうと思います。
気持ち(感情)は、抑え込まれて、ベルトコンベアみたいに、無事に行事だけをこなすことに、重きを置くのですから、なんだかね、ロボットを製造してんじゃないかと思うくらいです。

ロボットは、まっぴらです~。

と、この記事を書いてる最中に、eggiさんのコメントが、ナイスタイミングで入ったのでした。(^^)

咳は、おかげさまで、だいぶ治まってきました。

かかりつけの病院で、「薬、効かないんですけど~」と、泣きながら訴えて(うそです・・・笑)
薬を変えてもらいました。

ということで、今日は、おやすみ~~
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マスク
2009-05-21 Thu 22:50
我が職場の、○イソーでも、マスク、完売しちゃいました。

発注しようにも、本社も、在庫なし・・・


しかし、一人で、30も、40個も、買い占めていく人いるんですが・・・

完売しましたと言うと、「なんで無いの」と、切れる人もいますけど、

それって、人として、どうなんしょ?

じぶんさえ良ければいいのか。

博多駅構内を、歩けば、マスクしている人、多い~。


マスクって、基本的に、風邪をひいている人が、

マナー的に、付けるもんだと思うのですが。


健康な人が、マスクしてようが、してまいが、予防効果って、それほど、
効果は上がらない。

煽るような報道をする、マスコミも、いい加減に、しろっ!って感じです。


その上、実名をネット掲示板に、書いたり、
(これは、たぶん、高校生だろうなあ。同じ学校だったりしたら、すぐ分かるだろうし)
まるで、村八分の、病原菌扱い。

怒りが湧いてくる。

どこか、歪んでないか??日本。

集団ヒステリーとしか、思えないのは、私だけ?

きつきつのサイクルで動かされている人々は、

ちょっとした、ほころびを、取り繕うのに、必死になる。

たとえ、それが、人を蹴落とすことになっても、

きつきつレースに、しがみ付こうとする。

まるで、「蜘蛛の糸」を連想するのは、私がのんきすぎるのか。



という私も、ずっと、風邪が治りきらず、

こじらせて、気管支炎を、起しちゃいました。。。はうっ。

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イチローさん
2009-05-17 Sun 22:47
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CA3C0039.jpg



うちの、イチローさんです。
急激に、大きくなってますが・・・(汗;
水槽も、進化してます。
暴れん坊ですが、かわゆい(*≧∀≦)
癒し系です。

気に入ったブログスキンが無いので、
自分で、改造しちゃいました。
時間をかけた割には、地味になりました。

土日は、接客業をやってる身としては、
受難の日です。お客が多いので、ふらふらになります。

何か・・・念パが、飛んでるんですかねえ。笑
ダイレクトに、きますけど。。。
あ、今日のは、独り言です。


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自分の心を感じる
2009-05-14 Thu 00:08
さて、少し、体調を崩していましたが、
だいぶ、回復してきましたので、ここらで、本題に戻ります。


eggiさんと、お知り合いになったのは、3年くらい前だったでしょうか??(正しい?)
私の作る犬の闘病のHPに、共感してくださり、最初、本を出版しましょう~♪という、
熱烈なラブコールメールを頂いた私は、とても、めんくらってしまったことを、笑いとともに、
当時のことを思い出します。同時に、一体、どのような方なのかと、とても、興味を持ちました。
そして、メール、掲示板でのお付き合いが始まりました。

やがて、彼女も、ブログを作られ、犬の訓練士(微妙~)として経験と、また、独自の目線からの、
動物と人間の付き合い方をつづられはじめました。
愛犬ディクシーちゃんと、彼女が、おしゃべりする形式のブログには、
わんこの問題行動を、動物の立場で、明快に解明し、
従来の、主従関係としてのしつけではなく、
わんこを、友人として、互いに尊重しながら、共に快適に暮らしていく、
そんな、手法を広めたいという情熱で、満ち溢れています。

そして、彼女のブログを読むにつれ、犬と暮らすのも、子どもと暮らすのも、
根底に、流れているものは、同じなんじゃないかと、思うようになりました。

彼女は、従来のしつけ本の主流である、
「人は、犬のボスにならなくてはならない。さもないと、犬は、言うことをきかない」
という、理論に、やんわりと反対されています。
しつけ(おしつけ)をされたわんこは、ストレスを多大に抱えているんですね。
犬の問題行動とは、結局、人間に不都合な行動ということになりますが、
言いかえれば、しつけをされたばかりに、ストレス強化され、
さらに、負の強化(叱る、叩く)で、問題行動が出現します。
これ以上の難しいことは、eggiさんに、お任せするとして(笑)

問題行動の犬の後ろには、必ず、問題行動を引き起こすオーナーさんがいるってことです。
しかし、どのオーナーさんも、犬を愛していないわけではない。
一生懸命、しつけの本を読んだり、高いお金を払って、訓練士に、しつけお願いしたり、
しているわけですね。
とくに、大型犬などは、散歩は、死活問題になりかねないくらい、大変ですね。
しかし、訓練士に預けたりしても、おうちに帰ってきたら、もとの黙阿弥って、
よく聞かれる話なんです。
これらは、しつけではなく、押しつけの結果だろうと、思われます。

eggiさんのブログを読むと、
「犬の気持ちを感じる、犬に寄り添う」
ということが、いかに大切なことかを、いつも、感じさせられます。

さて、今までのお話、「犬」を「子ども」に置き換えても、
ちっとも、違和感がないんじゃないかと思うのですが、いかがでしょう。


ある日、ちえさんは、
eggiさんから「お散歩中の考えは?」の問いかけに、
はて、自分は、何を考えているのだろう??と、
ご自分を振り返りはじめました。

そして、以下↓
心の変化(1)
心の変化(2)

ちえさんの心の旅がはじまりました。


<以下記事より抜粋>

人は、自分の気持ちを受け止めてくれる人には安心と信頼を置きます。自分を大事にしてくれている事が分かるからです。自分の気持ちを無視して行動する人に信頼を置く事はできません。中尾さんのブログより抜粋

Eggiさんのブログで繰り返し発信しているメッセージと一緒ですね。子供も大人もワンコも一緒なんですね。
全世界が母と私だけだった頃、私は母を信頼していたのでしょうか?母以外の世界が広がった時、私はその世界を信頼していたのでしょうか?わかりません。



私は、このように、理論だてて、文章にしたことは無かったので、
ちえさんの文章に、感動を覚えました。
犬(子ども、人)の気持ちを感じるには、まず、自分の感覚を自分でわかるってことです。
eggiさんの問いかけが、ちえさんを、ここまで連れてきたんだなあと、
とても、嬉しく感じました。
そして、このように、非常に短期間で、ここまで、来れる人は、実に数少ないと、
私には、思われます。
これまで、eggiさんのブログから、放たれる、メッセージを、無意識に、ちえさんが、
拾っていたのではないかと、私には、思えます。

心の変化(3)

この記事の中にある、無色透明というブログは、屋久島に住まわれている、
スピリチュアルな方なのですが、そのブログの記事には、
私も、いつも、魅せられています。
意識を上げたいときに、よく、読みに行くブログです。
(意識を上げるということと、意欲を上げるということは、意味が違います)

良い波動が充満しているブログは、
心の浄化に役立ちます。

私は、そう思っています。
余談ですが、時々、水晶も、こちらから、購入させてもらってます。
(最近は、金欠で、もっぱら、見るだけですが^^;)

この中に、感情を振り返るというホームワークがありますが、
時々、kimiさんは、このような、ホームワークで、
訪問者の方の気づきを触発されています。
今まで、逃がしていたり、避けていた、真の感情と向き合うという作業を促されていました。
普通に過ごしていたら、そういう、面倒なことは、人は、しませんね。
これは、結構、勇気がいる作業です。
人は、自分と向き合うと、苦しいって、わかっている部分があるのでしょうね、
無意識に、いろんな理由をつけて、やりたがらないものなんです。

(私の夫は、これをやると、頭痛がしてくると、言います)

心の変化(4)

「ダーは私の言う事を聞くべきだ」という思い込みがあったので、その通りになった時は嬉しいのですが、それに反した時は怒りがわいてきました。「相手は分かってくれる」という思い込みがあったので、肯定された時は嬉しいのですが、否定された時は怒りました。相手によっては落ち込みました。

この、ちえさんの文章ですが、そのまんま「ダーちゃん」の部分を、「子ども」にあてはめてみたら、面白いですよ。
不登校ならば、それはそのまま、子どもから否定された状態ですね。
犬ならば、言うことをきかないわんこを叩いたり、怒ったりするのは、相手を支配したいという気持ちが、自分にあるからですね。

でも、これは特別なことではなくって、
そういう気持ちが、誰の中にも、あるってことを
気づいて欲しいと、思います。

私の中にも、支配欲は、もちろんあります。
おごり高ぶる心、嫉妬、独占欲・・・様々ですけどね。

これらを、白日のもとに、さらしてしまわないと、
次の段階に行けないのかもしれないと、私は、思ってます。
自分と向き合うということは、結局のところ、そういう事なんですから。

子どもや、動物は、敏感だからね、否定されたら、反発するか、
ひきこもるか、自分を傷つけるか・・・ですね。

相手の中に原因をみつけることに躍起になるより、
自分の中に、現象を引き起こす何かがあるって、
そう思ってみたほうが、話は、速かったりする。

ただし・・・
自分を大切にするっていう前提のもとにです。←ここ大事!
自虐的に、自分を責めたって、現実は、ちっともいい方向には、向かわないってことも、
知っておいたほうがいいと思うのですよ。

自分と向き合うことは、これから、自分とまわりとの、
よりよい、関係を構築するための、手法だと、思えばいいんだろうと思うのです。


自分を感じる・・・

そんな、奥深い言葉に導かれて、ちえさんとダーちゃんのクエストは、
これからも、光と共に、あることでしょう。

ちえさん、素晴らしい記事を、ありがとうございました。
このような記事を読むことができて、心から、感謝しています。



追記:
私の実家のことを思えば、父も母も、子どものまま、大人の仮面をかぶった人たちで
あると、思っています。
そして、わが実家で、過去に起こった、動物に関する悲劇を引き起こしたのは、
大人になりきれていない、父母の責任でもありましょうが・・・
動物と、共に暮らすには、人間側もまた、自立した人格形成が、大切だと、
思っています。

自分の感情を、感じることが、人にとって、どれほど、大切なことかを、
私は、自分の子どもを通して、そして、父母との長年のワークを通して、学べたことを、
本当に、感謝しています。
そして、心近くして、そばにいて、助けてくださっている方々に、心から感謝してます。
ありがとう。



あなたは、何を感じていますか?

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心を揺り動かすゲームたち
2009-05-12 Tue 11:35
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職場での昼休み中、
中学生や小学高学年の子供を持たれているお母さんたち二人が、
「男の子って、何を考えているのか、全然わからないわ~」
「そうそう、ちゃんと、言いなさいっていっても、なんだか、もごもごして、
はっきり、言わないしねえ」
「そうなのよ~、うちも、そうそう」

と、いう会話を耳にして。

なんだか、遠い世界の話のように、隣で聞いていた。
「休みの日は、宿題もしないし、ゲームばっかりしてるしねえ」


立ち位置で、なんだか、すっかり色あせた会話に聞こえるようになった普通にある会話。

一人のお母さんは、
職場でも、まじめすぎて、人の領域に入り込んで、
嫌がられている部分がある方。

子供に自主性がないって、嘆いている。
子供が、最初からそうであるはずもなく。
子供より先走って、ほらほらと、引っ張る。
「自分で何もできないから、親が助けてやらなくちゃ」と、
そんな思考は、職場でも、ちゃんと出てる。
自分で好きで助けたはずなのに、
どこかで、見返りを求めていたりする。
そういう姿勢を子供が見抜かないはずがないなあと、思ったりする。

職場では、「子育てでもそうだけど、そうすると、人は育たない」と、
時々、やんわりと、苦言を呈したりしてみるものの・・・

「でも、やらないのが悪いんじゃないの。」

一理あります。

正論ではね、人は心を開かないのよね。


*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:゚・:,。*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○

最近、youtubeで、FFXの、「ザナルカンドにて」の、曲にはまってます。
あの曲を聴くと、物悲しい、ユウナと、ティーダの別れのシーンが蘇ってきますねえ。
じ~んときます。
ファイナルファンタジーは、1、2、3までは、スーファミでクリアしていたのですが、
その後、プレイステーションになってから、遠ざかっていました。
でも、息子さんが、10を、やってるのを見て、感動~。
母が不在の時に、ゲームを進めるな!と(笑)
↑自分では、しなかった。なぜなら、スフィアの配置がいまいち、理解できなかった(汗;
11は、オンラインゲームなので、パス。
待望の12を、やってみたけれど、画像は、めちゃ素晴らしかったのですが、
ストーリーが、さっぱり、面白くありませんでしたので、途中放棄。
今度13が出るらしいのですが、とりあえず、買うでしょう。
画像と、音楽なら、FFは、ダントツだろうなあ。

そして、「MATHER」って、ふる~いゲームがあるのですが、
ちょっと、面白くて、息子さんに、アドバンスのものを、PSPに移植してもらって、
TV画面で、やってます。

ドット絵の、シンプルなゲームなんですけど、
結構、うんちくが深い。

『お前の運命はお前一人のものではなく、宇宙全体のシステムとして作られている』

って、さすが、糸井さんだなあと、思わせる。
深いところから、言葉が紡がれる。

一人の思考(魂)は、宇宙の緻密な思考体を構成する、一部であるし、
欠けることもなく、傷つけられることもなく、
そこに、つながっているって、私は、解釈して、みた。

ゲームから学べることは、たくさんあるのでした。







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ご紹介
2009-05-08 Fri 19:56
このような、NPOのサポーターをしております。

NPO202008.jpg



現在、全国支部がたちあがりつつあり、各学校へ、このようなポスターを配布しております。
どこかで、みかけたら、「いじめから子供を守ろうネットワーク」だなって、
温かく、支援お願いします。

ポスター貼ってはたして、教育的効果があるのか・・・と、
思っていましたよ、私も。

でも、サブミリナル効果ってやつで、
毎日、目にすると、「あ、いじめって、犯罪なんだ~」って、
意識に、上ってくるようで、多少の抑止力が、あるらしいのです。
広島県と、北海道は、すでに、全小学校、中学校などに、
配布されております。
実は、これを言うと、とても、すんなり、話が通りますねえ。

今日は、近隣の市役所、わが町の市役所の、教育課を、回りました。
といっても、私は、荷物持ちね(*≧∀≦)

すでに、県レベルでは、許可が下りているので、
地方も、その恩恵にあずかって、とても、やりやすい。
隣町の、K市では、議員さんを通じて、すでに、全校、配布されております。

いじまも福岡支部では、8月22日に、福岡ツクシ会館にて、シンポジウムを
開きます。義家議員をゲストに呼びます。

その準備を、今から、していくのですが、
興味のある方は、ぜひ、ご一報くださいませ。

いじめられる方の心理としては、「自分も悪いところがあるから・・・」と、
なりがちですが、いえいえ、悪いところも、いいところも、全部含めて、
私も、あなたも、OKなんですね。

そして、ノルウェーでの調査では、いじめっこの60%が24歳までに、
なんらかの犯罪にかかわっている、という、調査結果もあるそうな。

それは、個人的には、どこまで、信憑性があるかどうか・・・・
(お国がらとか、気質など、ありますし、どこからを犯罪とするかで、
線引きが難しいものも、ありますね)

でも、犯罪にならなくても、
表ざたにならない、DV的な、傾向性、
ハラスメント傾向を含めると、
それも、ありなんと感じます。

ま、そんな感じで、やってます。


私は、めずらしく、風邪などひいております。
これね、たぶん、最近仕事の部署が変わったので、
かなり、無理したのよね。

そういう精神的な詰まりが、体に現れたんだなあって、
自覚があります。

やっと、仕事も、ひと段落したので、
これからは、無理せず、ゆるやかに、早帰りを、しようと思います。

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なぜか、熱帯魚を飼うはめになった日
2009-05-06 Wed 22:50
ずっと、ずっと、以前、テトラや金魚さんを飼ったことはあったけれど、
学校に寄付したり、事情があって、手放したり・・・・

今日、仕事も、休みだったこともあり、
家族で、「GOEMON」を映画鑑賞。
映画の中身は、さておき、
○市楽○で、太鼓の達人から離れない子供たちを置いて、
ぷらぷらと、店内をしていたら、
UFOキャッチャーで、カブトムシと、鑑賞魚があったゥ─σ(・´ω・`*)─ン…

そういう時代なのか~と、複雑な気持ちで、しげしげと眺めているうちに、
ついやってしまったUFOキャッチャー。

昨年、私、メダカを飼いたいと、ショップのメダカの水槽から
しばらく離れられなかったことがありました。
散々迷って、やめにしたという、そんな悲しい経緯もあり、
熱帯魚をゲームセンターで、ゲットしました(汗;
いや、普通にショップで買えば、いいんですけどね、
でも、このかわいそうな、ゲームセンターの景品のお魚さんが
欲しかったのよ・・・

それから、すぐに、水槽をペットショップで購入。
イエローストライプシクリットという種類らしく、
今、浄化機能と、サーモヒーター以外、
な~んにも、ない、寂しい水槽のなかで、
忙しく動いています。

ご飯をあげると、パクパク食べてくれて、
家族でじ~~っと、見てたりなんかしてます。
「かわいいかも~、><」

最初は、冷ややかに、
「お母さん、それ、どうすんのよ」という家族でしたが、
明日、息子さんが、敷き石や、水草を買ってきて、
レイアウトを考えてやるっていうんで、
もう、お任せしちゃいます。(笑)

大人になると、10センチくらいなるらしく、楽しみです。
そうなると、今の水槽じゃあ、小さいかもです。
そのときは、また、水槽が増えてしまうんじゃないかと・・・笑
今度は、テトラを買いたいなあ~。
おいおい。ヾ(・_・;)チョット‥

そんな、連休最終日でした。

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娘への手紙
2009-05-01 Fri 20:17
このような日が来ると、私は、ずっと、待っていました。
でも、同時に、恐れてもいました。



逆子のために、予定日より、早めに生まれ、標準より小さくて、
そんな、あなたが生まれたのは、暑い暑い夏でした。

小さなあなたの足の指は、なぜか、6本ありました。
医者から告げられる前に、私は、そのことを知っていました。

そのようなことは、あなたの価値には、なんの影響もありませんでした。
しかし、私は、どこかに、あなたに対して、負い目を感じていたと思います。

あなたが、よちよち歩きはじめたころ、母は、自分の心に大きな空洞を感じ始めました。
決して、あなたが、嫌いだとか、必要でないと、思うことはありませんでしたけど、
私には、あなたが大きくなればなるほど、
心の空洞が大きくなっていくのが、苦しく感じました。

その空洞を埋めるために、あなたには、精一杯、関わるようにしました。
「関わる」と書きましたが、残念ながら、私は、
関わることしか、できなかったのです。

「愛しい」とか「愛」とは、なんであるのか、その本質が、分からなかったからです。

幼稚園へ通い始めた頃。
小学校へ通い始めた頃。

あなたは、自分の感情を私には、見せませんでした。
あの頃、「さびしかった」と、後にあなたは言いましたね。

私は、あなたの心を受け止めてやれなかったのです。
その頃は、何かをすることが、「愛情の表現」だと、思いこんでいました。

私が、おばあちゃんや、おじいちゃんにしてもらったことしか、
あなたに、してやることはできませんでした。

中学になって、あなたは、自分を受け止めてくれる人に出会い、
少しずつ、変わり始めました。
それは、激的でした。

弟が不登校になって、母が、弟といつも一緒にいることを、
またそれで、さびしい思いをしたこと、申し訳なく思います。

あなたは、その人に、甘え、笑い、感情を出しながら、
少しずつ、本来の自分を取り戻していってるように、見えました。

丁度、機を同じくして、私も、心の空洞を埋めるべく、
私の家族関係、おばあちゃんと、おじいちゃんとの関係を見直しはじめ、
「私自身」の核を探し始めた時期でした。

高校に入り、その頃は、あなたの本来の良さを生かし切り、
まわりに支えられ、あなたは、いきいきと生活しているようでしたが、
しかしながら、時々、息切れするように、学校を休みはじめましたね。

「甘えたい」「受け入れられたい」「愛されたい」
形じゃなくて、自分を親に、理解して欲しいという気持ちの表れだと、
そう思いました。

そして、私とあなたの、一卵性親子の繭が、できました。

その頃から、あなたは、なんでも、私に、言ってくれました。
辛い時、私の前で、わんわんと泣いてくれました。
友だちよりも、母を頼りにしてくれました。

しかし、嬉しい反面、私には、大きな迷いもありました。
私が、娘を自分の空洞を埋めるために、利用しているのではないかという恐れ。
あなたの人生にかかわりすぎているのではないか?


しかしながら、先に弟との不登校で、学んだことがありました。
母子密着の時期がないと、子どもは、自立できないという経験でした。
密着の時期を、子どもは、いくつになっても、いつか、とり返しにくるのだと、
そう思ったことでした。

小さなころから、あなたとは、精神的に、交わりが希薄だったと
そんな気がしていました。
今、そのやり直しをしているのだと、そう思いました。
それが、私にできる、唯一のことだと。

そして、あなたが、大学も自分で決めて、自分の道を選びつつある今。。。
次第に、あなたは、私を意識的に、避けるようになってきました。
朝、生まれてはじめて、料理の苦手なあなたが、
不器用な手で、お弁当を準備して、バスで出かけるあなたの姿を後ろで見ながら、
なんとも、複雑な気持ちになりました。

あれから、私は、ずっと、考えていました。

そして、自分の中に、娘を囲っている枠を見つけました。
一卵性の親子の「子」は、繭を破って、蝶になろうとしています。
今まで、あなたをコントロールしようとは、思ってはいませんでしたが、
あなたを、私が、閉じ込めておくことで、無意識に共依存的関係がありました。
そして、いつか、この繭から、出て行くだろうことは、分かっていたことです。

そのことを、私は、知っていました。
もう、ずっと、以前から。

あなたが、出ていこうとするときは、あっさり手放そうと、
準備も、していたつもりでした。
だのに、あまりに突然でした。
一時だけ、母はちょっぴり、不安になりました。

でも、今は、なんだか、ずっと、抱えていた、卵を手放したような気分です。
長い間、一緒にいてくれて、ありがとう。

でも、以前と違うのは、母の中には、もう、空洞はありません。
あなたは、あなたのままで、あなた自身を信頼して、生きていけるよう、
そして、私もまた、私の道を行くだけです。

今度は、お互いに、自律しながら助け合っていく関係になっていくのでしょうね。

十分、繭の時期を堪能したら、時期がきたら、離れていく。
それでいい。
そして、無理せず、疲れたら、休みにきたらいい。

ソラも、カイも、親として、人として、成長させてくれて、本当に、心から、感謝してます。
君たちに、出会えて、本当に、良かった。愛し足りないくらい、愛してます。


母より   愛と感謝をこめて

2009.5月1日
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歌は心・・・スーザン・ボイル
2009-05-01 Fri 18:28
話題の人です。

http://www.youtube.com/watch?v=1t8m7CkpIK0

埋め込みができないので、飛んで行ってね。

素晴らしい。

年齢で、自己限定する必要はないんだと、
教えてもらいました^^

いつでも、どこでも、やれることを、やる!ってことで。

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