author : rinrin
【不登校・それぞれの軌跡】 1. 嫌悪の連鎖
2009-10-29 Thu 02:22

しばらく「不登校・・・それぞれの軌跡」として、息子と家族の、不登校経験を、振り返って、書き綴っていきたいと思います。
それが、私の生きてきた証になるのかもしれません。
そんなことを、思っています。

また、何度もお伝えしておりますが、経験上、不登校と、アダルトチルドレンの問題は、密接に関係している、ということを、前提に書いていますので、不登校だけの問題では、ないということも、ご理解して頂ければ、より、記事が分かりやすく、なるのではないかと思っています。

                                 りんりん

      .。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚ 。



【不登校・・・それぞれの軌跡】

(1)嫌悪の連鎖


子どもたちが、まだ、幼稚園以前の頃。
私は、早期教育というものに、どっぷりと、はまりました。

その頃の私は、
新興住宅地に、家を購入したばかりの頃でした。
近所の公園で知り合った、ママ友たちと、
子どもたちを、遊ばせながら、他愛のない話をしたり、
互いの家を行き来して、お茶会をしたり、
子育ての悩みを相談したり、
そんな、ふつ~の暮らしをしていました。

な~んて、嘘です。(笑)オイッ・・・

一見、大勢の一部でいても、1人でいても、言いようのない、「普通の暮らしの中の孤独感」が、いつも、私の心の中に、ありました。

表面だけの、お付き合い、

まわりに、合わせる苦痛。

誰かを悪者にして、結束を固める、閉塞したママ友関係。

人の言葉や行動に、裏の意味を感じる。。。

そういうものに、いつも怯えていた気がします。

そんな、表現しようのない不安な気持ちを,、毎日、唯一家族の中で、言葉が通じる夫に向かって、訴えていたような気がします。
きっと、夫には、その訴えの意味は、さっぱりわからなかったことでしょう。
当時は、今と違って、私自身、自分が、何を感じているのか、さっぱり分からなくて、ただ、なんとなく、不快な気持ちだけが、心を占領していたのですから、「分かれ」と言う方が、無理だったのだと思います。

さらに、心の闇を抱えた当時の私にとって、「我慢」と、「苦痛」と、「孤独」に折り合いが付けられず、その比重が、普通の人より、大きかったのだろうと感じます。

子どもたちが幼稚園の頃・・・
あるママ友に、そういう心の内を、思い切って相談したことがありました。
その返事は、「病院へ一緒に、行ってあげようか?」でした。

誰にも分からない苦しさ・・・
その苦しさを、「きっと、誰にも分からないのだ」と、あきらめと共に、妙なプライドに置き換えて無理やり自分を納得させることしかできませんでした。

そんな風に、アダルトチルドレン特有の、「人と自分の間に、意識的に、壁を作っていた」私にとって、「子ども」という存在は、私の孤独を埋める、格好の道具になっていきました。

それが、早期教育に、はまった理由でした。

用意された言い訳としては、「子どもの将来のため」。
本音は、「母親としての、自分の存在を、世間に知らしめるため」であったろうと思います。

なぜ、早期教育だったのか・・・?

かつて、私の生育暦の中に、両親の勉強に対する、異常なほどの熱意が、ありました。
常に、監視されている状態で、勉強への、言葉や、暴力での追い込み方は、半端ではなかったと感じます。
たぶん、私の親たちも、私を使って、自分たちの満たされなかった心を埋める、勲章にしたかったのだろうと、思います。
愛は、ちゃんと、あったはずなのに、うまく、それらを、伝えることが、出来なかった人たち・・・
今は、そう、感じています。

そういう生育暦の中で、親から受けた、「いい子であること=勉学に励むこと」は、やがて、子育てをする私の中で、別のことに、変換され、残り続けていくことになったのでした。

「子どもには、勉強を、無理強いしない」

そういう決め事(ルール)を、私は、持っていました。
いや、実際のところ、早期教育は、りっぱな、お勉強なんです。

当時の私は、早期教育は、勉学ではなく、勉学以前のものであり、勉強が、少しでも、ラクになるようにと、そういう、礎があれば、子どもも、将来、楽であろう・・・、
私のように、勉強で、苦しまなくてすむであろうと、考えていました。
もっともらしい、理論付けをもって、実は、親と、全く同じことをやっていたと気づかされたのは、息子が不登校になった以降でした。

このように、ACの場合、親から、伝わった様式は、変換された意識となって、生活のいたるとこいに、存在する気がしています。

なんとも、苦し紛れの、矛盾だらけのルールが、多かったことか。。。

これは、私自身の親と同じく、「自分が満たされなかった思いを、埋めるため」の、実の親たちへの、無意識の、やり返しでもあったと思います。

「私は、こんなことされて、辛かった。だから、子どもたちには、絶対、そういうことは、しない」

「あなたちの子育ては、間違っていた。私は、こんな、いい方法で、育てられるんだ。」

という、無意識の怒りのやり返しとプライド。

「極」から、「極」の思考ですね。ゆがんだ基盤がなせる業です。

何より、そういった怒りの転移をされた子どもたちは、それを、敏感に感じたことでしょう。

また、それは、同時に、誰かに、「自分の存在を受け止めてもらいたい」、「この怒りを沈めて欲しい」。。。という果てない渇望でもありました。

その欲求が、子どもだけではなく、当然、同じ家族である夫にも、「期待」という形で向かい、「夫や子どもを、自分の思い通りにしたい」、「理想の父親・子ども」、になって欲しい」という気持ちへに、拍車をかけていったのでした。
その「期待」を実現するために、私は、家庭に、無言の圧力という、ルールを、せっせと、作り始めたのでした。
自分の家でしか、通用しない、おかしなルール、皆さんの家には、ありませんか?


まだ、子どもが生まれていない頃・・・私たち夫婦は、テニスに、熱中していました。
しかし、子どもが生まれた後、当然、私は、子育てで、テニスどころではなくなりました。
けれど、夫は、私にとって、貴重な日曜日は、毎週テニスへ行く。
常に子どもと向かい合っている私にとって、日曜日に夫が、好きなことをしているということは、許しがたいことでした。
土・日曜くらいは、子どもをお風呂に入れてもらいたい。
年子だったということもあって、二人の乳飲み子を同時にお風呂に入れる仕事は、一番工夫を必要として、また、疲弊することが、多かったと、当時を振り返って感じます。

しかし、いつも帰宅が、夜中12時を回る夫にとって、テニスは、唯一の息抜きだったろうと思います。

そこで、夫婦の攻防戦が、勃発しはじめました。

第一ラウンドの始まり。

今、思えば、素直に、自分の気持ちを伝えれば済むことだったのかもしれません。
が、「いい妻」というプライドが、それを許しませんでした。誰かに、助けを求めるということも、プライドが許しませんでした。
ちんけで、くだらないプライドでした。
我慢に我慢を重ねて、ついに、業を煮やした私は、次第に、私は、「あなたが、私の思ったとおりにしないと、処罰を下す」、という方法をとるようになりました。
これなら、自分のプライドも守れ、かつ、相手に効果的に、影響を与えることが、できる。
誰から、教えられた方法でもなく、身に付いた方法として、それが、自然に、出来るのでした。

たとえば・・・すごくわかりやすい例ですが、
年末になると、「忘年会」が、連日重なります。
自由にならない我が身、うらやましさが先立ち、苛立ち、物に当たったり、子どもに、わざと、不機嫌さをぶつけたりするわけです。
さらには、ふっと、黙り込んだり、家事を放棄して、本を読むことに、没頭したり、ドアの開け閉めの音で表現したり、お茶碗を、割ってみたり、そういうことで、表現するようになったと思います。
次第に、夫は、テニスに出かける頻度が、少なくなっていきました。
それでも、忘年会や飲み会が好きな人なので、(会社の付き合いもあるので)、ほとんど、変わりませんでしたが、夫にすれば、ひとつを捨て、一つを選んだのでしょう。
そういう生活の細かいところで、夫は、私から、何を捨てるか、常に選択を迫られていたのだと、思います。

しかし、そういう私の操作性の不快な気持ちを、夫は、また、別のところで、やり返しの不快として、私に訴えるようになりました。

たとえば・・・、部屋を掃除していない、とか、
お茶碗を洗っていないとか、
洗濯を毎日しろとか、
今、考えると、実に、しょうもないことで、証拠を突きつけ、
反撃してくるようになったのでした。

相手を変えたい私。
相手を変えたい夫。

どちらも、負けない理論で、証拠を突きつけていく。

ここは、戦場か!?
売り言葉に、買い言葉。

子どもたちは、後に、言う。
毎晩、お父さんとお母さんが、言い争っている声が、とても、嫌だったと。

こんなはずでは、なかった・・・

しかし、私は、「子ども」という、りっぱな大義名分を手に入れたことで、最強の武器を手に入れたのですから、私には、相手を責める「正義の言葉」は、いくらでも、あったのでした。

その頃は、夫も、会社では中堅どころとなり、家庭まで、精神的にも、体力的にも、手が回らなくなった頃でした。

やがて・・・、夫が会社に取られる時間が多くなるほど、私は、子どもにのめりこんでいったのか、
私が、子どもにのめりこんでいったから、夫が、会社に、のめりこんでしまったのか・・・
今では、もう、どちらが先だったのか、わからないけれど、爆弾を仕掛けたのは、私の方だった気がします。

そうやって、互いに気持ちがすれ違っていった。

そうして、互いに、言って欲しくない言葉を突き刺すように、なった。

壊れていく、バランス。
そういう背景があって、私は、夫を見限るように、当てつけのように、子どもの早期教育から始まり、次には、習い事に熱中していった。

おそらく、このような見えない部分で、互いを縛りあう、ルールの攻防戦は、不登校の大体の家庭で起こっているのではないかと、最近感じるのです。

これでは、家庭は、緊張状態ですね。
また、さらに、次の段階では、この出来上がったルールの正当な裏づけが必要になるわけです。
なぜなら、互いに、相手の理屈を壊そうとする力が働くと、自分の理屈を守ろうとするさらなる力が、必要になっていきます。
どんどん、強力な理論だけが、果てしなく積み上げられていく。
そうやって、本質は、隠され、糸は、絡まり続け、互いに傷をえぐり合っていくのでした。

そんな中で、自分が、アダルトチルドレンではないか?という知識を得たのが、30代前半でした。
それから、ACとは、なんぞや?
共依存とは、なんぞや?
そこから、私の、心の探求がはじまりました。

○○氏の本を読むと、「まさに、これだ」と、思い
○▽氏の本を読むと、「あ、こっちが正しいんだ」と、
あちらこちらを、さまよっていたと思います。

夫にも、アダルトチルドレンのことを、わかってもらおうと、あまりに、努力しすぎて、切れられたことも数多くあったのでした^^;
(切れるように、持っていったのは、私でしたけどね)
もしかしたら、夫もAC?(そうやって、証拠を探し始める私)
今までの人生で、ドラマを見ても、映画を見ても、本を読んでも、祖父母が、亡くなっても、泣いたり、感動したことがないという夫に、「あなたが、心配なのよ」というポーズをとり始めるようになった。
本音は、「お前が、変われ!」という操作性を含む訴え。

自分のことは、見えない。

相手の悪いところは、よく、見える。

なんだか、悪者探しをしている、ハイエナみたいな当時の私でした。

今なら、相手のことは、相手に任せましょうと、笑って言えますが、
そのときは、「相手を変えたい」ばかりが、先行するばかりで、人を責めてばかりいた私でした。

で・・・責められたら、人間、やり返したくなります。
それが、だめなら、無関心を装うしかなくなります。
そんなものですね。
夫婦というものは、互いの鏡なのだろうと感じます。

この夫との関係性は、いったい、どこに、起因しているか・・・
感のいい人は、もう、おわかりですよね。

私の源家族に、起因することでした。

いつの間にか、酒乱の父親を憎んでいた記憶と、夫が、重なっていたのでした。
酒を飲んで、暴れる親と・・・
喧嘩をするたびに、声を荒げる夫と、重なった。
私は、源家族の、父親と母親を、今の家庭で、自分と夫で、再現ドラマを繰り広げていたのでした。

かつて、私と母親が、父親を、憎しみの目で見たように、
いつしか、私も、夫を、嫌悪の目でみるようになったのでした。

夫もまた、自分の母親との関係を、私との間で、再現していたのだろうと感じます。
「私は、あなたの母親じゃない」
私は、夫に、よく、そう言ったものでした。

不思議なものなのですが、自身の結婚生活でも、やはり、忌み嫌った源家族を、再現しようとする無意識の力が、働くのでした。

そういった、抗いがたい無意識に、翻弄されてきた、子育てでした。

これが、負の世代間連鎖。

私は、嫌悪する父親(過去の点)と、夫(現在の点)が、重なり、
そして、息子には、このような、男たちになってはいけないと、心の底で、強く願うようになったのでした。

その後、息子に向いた、私の「期待」は、巧妙に仕掛けられた過干渉となって、息子の人生を、食いつぶしていったのでした。

これが、息子が、不登校や、リストカット、鬱に、なった理由のひとつ。

息子が不登校になり始めた頃、
夫が、「誰が、おまえたちを食わせているんだ」と言ったのは、
私の嫌悪の目が、夫に、そう言わせたのだろうと、今なら、わかります。
夫の言葉は、たしかに、本音でもありましたが、
「言わせられた本音」というものも、あるのではないかと思います。


源家族の父親を見るように・・・汚れたものを見るように。

そのときの私の目は、かつて、私の母親の目と、同じでした。

母親と同じように、子どもを使って、夫に、復讐をしていた私でした。


それが、明確にわかったのは、この一年。

もう、私は、母の復讐の道具には、なることはありませんが、
息子の不登校には、このような世代間連鎖が、からんでいたのだという、
そんな背景を、今回の記事では、書いてみました。

ちなみに、今回、登場してくれた夫には、今は、憎しみとか、怒りとか、そういう負の感情は、もう無いということを、心の中で、再度確認しながら、書けたことに・・・、私自身、救われる気持ちがしています。


誰も悪くは無かった。

ただ、その事実だけが残りました。

しかし、みんな互いに深く傷ついたのも、事実。


忘れてはならないのは・・・、

かつての被害者は、同時に加害者にもなりうるということです。

穴掘り、自分探しの過程では、このことを念頭に置くことが、偏った見方を、ある程度防いでくれるのではないかと、感じます。
私自身や、私の親たち、夫や夫の家族、誰ひとり、責められるものではないということ。。。
誰かを非難し、傷つけながら、実は、自分を傷つけていく、この、システム。
どんどん重くなる荷物を、降ろすに降ろせなくなって、たちすくむ。。。

私たちは、ただただ、このような、わけのわからない、得たいのしれない力に、押し流されてきたのだと・・・。
それが、世代をわたって、連鎖という形で、つながっているのではないかと感じます。

だからこそ、負の連鎖に、気づいた者たちが、連鎖を断ち切っていくしか、心の回復は、ないのかもしれないと、思うのです。

***************

次の記事は、来週になりそうです。
その前に、退職の日、送別会報告記事に、なりますかねえ(笑)
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【不登校】それぞれの軌跡(序章)
2009-10-25 Sun 20:43
今日は、息子の通信制高校の運動会でした。

息子の通っている通信制高校

↑リンクつけてみました。

生徒数、1000人以上・・・なのですけれど・・・

実際に運動会に参加する生徒は、ほんの一部。

入学しても、通えない子も、多い。

途中挫折も、多い。

働きながら、

子育てしながら、

高校認定試験(昔の大検)と、併用しながら・・・

専門学校へ通いながら・・・と、実に様々です。


3年前・・・適応教室を、卒業して、息子は、この学校へ、入学した。

試験は、事前提出の論文と、面接のみ。

それ以前に、定時制を、落ちてしまっていたので、

結局のところ、通信制に、入学した。


一年目の頃、彼は、先輩の役員さんに誘われ、運動会に参加した。

丁度、地区の役員不足で、しぶしぶ、お手伝いをしはじめた頃でした。

予行練習のとき、過呼吸を起こして、病院へ運ばれた。

一番盛り上がりを見せた、フォークダンスでは、

女の子と手をつなげなかった。

おまけに、寒くもないのに、フード付きのトレーナーで、

自分を覆い隠していた。


目線は、いつも、下ばかり見ていた。

それでも、時々、笑みがこぼれていたことは、多少の救いだった。

また、参加する息子を、暖かく、笑いで包む、

まわりの暖かさを感じ、見学に行った私には、とても、ありがたく思えた。

それでも、ここに居て、彼は、楽しいのだろうか・・・

そんなことを、思いながら、一年目の運動会を見た。

そんな息子を、当時の役員である友達は、

「こいつ、絶対、ネクラだ、と思っていた」 という。(汗;

後に、息子の友人たちが、我が家に、頻繁に出入りするようになって

私も、直に、Tくんから、聞かせてもらった(笑)


二年目・・・

彼は、地区役員になっていた。

中心者のサブをてきぱきと、こなす息子は、

輪に溶け込みながらも、自分の世界を保とうとしていた。

フォークダンスも、指一本、やっと、手をつなげるようになっていた。(笑)


どうして、私がフォークダンスにこだわるのか・・・


人と直に肌を触れるということは、

自分を、開いていないと、難しいのだと、感じていたからだ。

相手を拒絶していないことの、バロメーターが、

フォークダンスには、如実に現れることを、感じたからだと思う。



そして、3年目の、今日。

息子は、昨日の前日準備、そして、今日、朝6時起きで、

出かけて行った。

この一カ月、地区のまとまりが悪く、

おまけに、インフルエンザ騒動も、あり、

練習が、思うように進まないジレンマの中、

まとめる側の大変さを、彼も、痛感していた。

痛感しながらも、「仲間」とのつながりを、

深めていってる様子を感じながら、私は、微笑ましく感じていた。



彼は、フォークダンスを、楽しげに踊っていた。

しっかり、手をつないでね。

地区の応援合戦では、ヒップホップ系の、ダンスも、

体を大きく動かして、心を開いて、仲間と、一生懸命に、踊っていた。

上手いとか、下手というのは、ヤボというものだろう。

人に対して、心を開いているんだなあと・・・そう感じた。


その上、急きょ、決まった、総務会の「三三七拍子」で、

実際の太鼓をたたけることになったことを、

嬉しそうに、家でも、語っていた。


最後のスウェーデンリレーでは、

息子の先輩兼、友人のT君は、

競技が、終わったのち、号涙していた。

彼は、本当に、辛い、境遇の家庭環境であるのだけれど、

その辛さを、普段は、微塵も、見せない。

T君の言葉は、まわりを、笑わせ、そして、励ます。

息子の成長を助けてくれた先輩だと感じる。

その彼が泣いている姿を見て、こちらも、泣いてしまった。

思わず、父兄席(父兄は、二階席からしか、見れない)から、手を振った。

数人、見知った顔が、笑顔を向けて、人懐っこく、下から、手を振ってくれる。

なんだか、うれしい。

(息子から、聞いた話だけど、私は、普通じゃない、変なお母さんと、思われているらしい^^;)


3年目にして、運動会の様相が、少し変わってきたなあと、感じることがあった。

見学席の父兄が、3年前より、増えたなあと、思ったことだ。

3年前は、見学する、父兄なんて、数名・・ちらほら見かけるくらいだった。

今回は、ビデオカメラをセットして、撮っている父兄も、何人か、見かけた。

家族らしき人たちも、多い。

恐らく、通信制の位置づけが、社会的に、変化しているのだろうと、感じた。


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オクラホマミキサー♪


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D地区応援合戦♪

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念願の太鼓たたき♪
カイくん、今日は、モンスターハンターのフェスタで買ったレアものTシャツ・・・

背中に「狩友」のロゴのTシャツを、着ていきました。
一生、着ないで、大切にしまっとくと、言っていたTシャツでした。

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閉会式♪

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子ども連れの人、車いすの人、年食った人・・・

みんな、生徒。





今夜は、打ち上げだそうです。

それから、Tくん、Gくん、一緒に、うちで、お泊りするとか・・・^^;

最終電車に、間に合うのか・・??



(間に合ったらしい^^;現在の時刻・・・夜中1時でございます。ねむい・・・寝よ)

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次回から、不登校に的をしぼって、
それぞれの心の軌跡を、書いていこうかと、
思っています。

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日々徒然・・・未来への応援歌
2009-10-23 Fri 22:27
中学の頃、友達に影響されて、

ギターをはじめた。

独学・・・

本を見ながら、ドレミから、覚えた。

コードをある程度覚えたら、どんどん、楽しくなった。


そして、その友達と、中島みゆきの

この曲を、歌った。

今、中島みゆきの歌が、過去の感情や、情景を引き寄せる。

今まで忘れてしまっていたこと・・・

あのとき、どんな思いで、この曲を、繰り返し聞いていたか・・・

どんな、思いで、歌を歌ったか・・・


せつない思い出。。。


昔の私が、未来の私に、向かって、

歌い続けた応援歌だった。




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【インナーチャイルド・エクササイズ】五つの頃
2009-10-22 Thu 20:40






今日は、言葉は、必要ないですね。。。


大人になって、子どもの頃の記憶が、かすみ、

必要のないプライドで、

がっつり、塗り固め・・・

泣けない大人になった日々。




もう、いらないんだよ、そんなもの。

ほら、出ておいで。

ここへ おいで。


ごめんね、長い間、辛かったね。


ありがとう、待っててくれたのね。


愛しているよ。


はじめまして、




私の中の おちびさん。



(はじめて、インナーチャイルドに出会った時のことを思い出して)
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【アダルトチルドレン・不登校】心の基盤 8.基盤の状態を図にしてみる
2009-10-20 Tue 11:07
妙な試みをやってみました。
普通の人の基盤のイメージを、図にしてみたら、どうなるだろう??
で、こうなっちゃいました。

イメージ1(普通の人の基盤)
普通の人の意識


ピンク:暖かい記憶・受け入れられた記憶・楽しさ・喜び・信頼・自己肯定
ブルー:心が弱ったとき、疲れたとき、日常の不快・違和感を感じるあいまいゾーン
グレー:落ち込んだとき・苦しいとき・悲しみ・怒り

(あくまで、私の感じたものです。何も根拠はありません^^;)

もしも、ブルーが、発動して、グレーゾーンが、強くなったら・・・
時間は、それぞれの時間が、あると思いますけれど、
ピンクが、ブルーを、治め、
グレーをなだめ、
ピンクの領域が、脅かされることは、よっぽどのことがない限り、
ないのだろうと、思います。
これは、たぶん、大人でも、子どもでも、同じではないかと、思いますよ。

楽しいことを知っている人は、強いんだなあって、思います。


で、これを、AC側からみたら、
とても、ピンクゾーンが、うらやまし~( ̄▽ ̄i||;;)ハハッ
まじで。まぶしすぎて、焼き餅何枚も、焼きました~ってね。

まあ、それで、ピンクゾーンをどうやったら、手に入れられるのか、
私も、本や、心理学を、求めたのでした。


で、次は、これっスね↓↓

イメージ2(AC・不登校の基盤)
ACの記憶


まあ、すごく、アバウトな感覚で、書いてみたので(-_-;)

この、ピンクゾーンが、薄いグレーに隠れているところが、ミソです^^
イメージ1では、境界部分を、明るめのブルーにしましたが、
ACや不登校は、ブルーに、なりきれない悲しさを、表現してみました(笑)

見るからに、重そうですね・・・
重力に逆らえないのは、体重だけじゃなかったんだと・・・
  
イテッ ヘ(..、ヘ)☆\( ̄∇ ̄) ベシッ


で、何を言いたいのかといいますと、
本や、話を聞いて、理論の構築をすること、要するに・・・、
穴掘りと、私は、言いますけど、
どうしても、ACや、過去のトラウマが深い人は、
この、濃いグレーの部分ばかりを、掘ってしまうのではないだろうか・・・
と、思うのです。

先の記事で、穴掘り名人のことを、書きましたけれど、
最近は、ここを、掘っても、余計、黒が、強まってしまうのではないかと、思ったりします。

掘りながら、さらに、自分を傷つけてしまう。
自分いじめの、穴掘りは、エンドレス。

他にも、私のように、宗教的なスピリチュアルな思想を、
いれることによって、完璧な人、すばらしい人に、なりたいような。。。
黒の部分を、完全な、「白」の思想で、支えようと、
することも、あるんじゃないかと思います。(経験済み)
それらも、私には、とても、必要なことだったと、肯定しながらも、
これもまた、

「極」から、「極」の思考回路

だと、認めないわけには、いかなくなりました。

人は、「極」に、いるときは、矛盾と、違和感を、必ず感じているはずなんです。
でも、それを、黒ゾーンで、速攻、抹殺しちゃいます。

違和感を感じることが、もう、辛くてしょうがないんです。


見たくな~~い!ホイ  (ノ-.-)ノ....((((((((((((●~*


辛いのは、なぜ?

過去の自分を、認めたくないもの。。。

今の、汚い自分を、見なきゃいけなくなるもん。。。

私は、間違っていたと、承認しなきゃいけないもん。

それって、今までの、自分が、全否定されるもん。

謝るって・・・どうして、私が、謝らなきゃいけんのさ。

こんなに酷いことをした、あいつらが、悪いんじゃないか。





そんな感覚が、違和感の本当の姿を見せることを、拒否するのだろうと、思います。

私の場合は、違和感を納得させるために、さらに、その言いわけを作らなきゃならなくなりました。

そんな言いわけを、繰り返すごとに、本来のピンクゾーンの上に、

塗り固めたプライドと、偽りを乗せていってしまう。


その繰り返し・・・繰り返し・・・エンドレス・・・

大きくなる、プライド。

大きくなる、自分を取り囲む壁。

余計辛くなる・・・

不登校でも、不登校になる前、なった後も、これを、繰り返していたと思います。


昔は、なんだか、どす黒く、えらそうなことを、言っていましたよ、私o( _ _ )o ショボーン
それらしいことを・・・(笑)

ごめんなさ~い・゜゜・(≧◯≦)・゜゜・
噛みつかれた人・・・たち・・・大変、すいませんでした。(-_-;)
(ここで、謝っとこ・・・)



ピンクゾーンのイメージ

暖かいもの・・・

ふわふわのもの。

やわらかいもの。

うれしいもの。


そんなものが、ピンクゾーンを、育てるんじゃないでしょうか。。。

形や、方法ではなく、

感じるものを、大切に。

方法や、形や言葉に、自分をあてはめることは・・・辛いっす。

だんだん、自分じゃない自分に、なっちゃいます。


私は、だれ?という問いかけ。

自分であること、

そのままであること、

自然であること、

夜があれば、昼があるように、

太陽があれば、月があるように、

嘘があれば、真実があるように、

光と影が、あるように、

二つのものを、自分の中で、統合すること・・・


「私は、私のままでいい」

「自分の人生にイエスを言うこと」



そのとき、この言葉が、理解できるのではないかと、思います。

私の中では、これを、「回復」と、呼んでいます。


*図についての質問が、ありましたら、お気軽にどうぞ~。
お気軽に、お答えします(爆)
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【アダルトチルドレン】心の基盤 7.コップの記憶
2009-10-18 Sun 02:12
今回は、先に、少し説明を入れておきます。
私の子どもが、まだ、小さな頃・・・。
今思えば、私は、いわゆる・・・、神経症的な、「片づけ魔」でした。
少しでも、散らかっていると、無性に腹が立つ。
子どもからは、「捨て魔」と呼ばれていました。

次の文章は、そこから、つながっています。



「そのとき、どんなことが、特に嫌だと感じた?」

「・・・なんだろう・・・」

(その時の感覚を心に思い浮かべる)

当時、子どもは、散らかすものと、分かっていながら・・・、
せっかく私が、整えた部屋を、子どもたちが、散らかし、破壊していくのが、
許せなかった。


「それは、どんな感じがする?」


「・・・縦のものが、横にされた感じ・・・
  心の中が、傾いて、アンバランスな感じ・・・
  グニャっと、歪んだ不快な感じ・・・」


「縦のものを、横にする・・・」

「そう・・・」

「横になるんだ」

「うん・・・」


「縦のものが、横になる」


「・・・・・・」


「横になる」
「倒れたコップ・・・」
 




ああ・・・

頭の中で、記憶がつながり始める。

「ああ・・・それ・・・」

『縦の物を、横にする』という、奇妙な感覚が、
具体的に、形をもち、目の前に現れた。



550-00003836.jpg




思い出した・・・、コップの記憶。

頭の中で、テーブルの端っこに置いてある、不安定なコップがイメージされた。
そのコップを思い浮かべると、
傾いて、グニャリとした、気持ちが収まるところに収まっていない、強い不快感を感じる。
思わず、コップを、テーブルの中心の、安全な場所に、戻そうとしたい欲求。


自分の幼い頃、食事時、コップの水、牛乳、ジュース、みそ汁のお椀を、 
食卓にこぼすシーンが再現される。

叩かれる?
怒られる?
そんなことは、怖くない。
怖いのは、酒の入った父親に、暴れる口実をまんまと、与えてしまうこと。
そして、その後に繰り広げられる、父と母の修羅場。
そして、「自分が悪かったんだ」と、自分を責めることで、
心を納得させる。

その体験の繰り返しが、「縦のものを、横にする」という不快な感覚と
コップが、つながる記憶。

現在の私には、具体的な記憶は、失われ、ただ、不快な印象だけは、「傾いた不快なイメージ」として、刻みつけられていた。

これが、ひとつの、過去の「点」。

それから、数十年を経て、現在に近いところの、私の子育ての時期。。。

「傾いた不快な記憶」が、「子どもが、部屋を散らかす現実」で、自分では、自覚のないフラッシュバックを起こしていたと、わかる。

当然ながら、その再現される不快を、無意識に、避けたいという気持ちが起こる。

だから、私は、子どもが、コップのジュースをこぼしたり、食べ物を散らかすことに、神経症的に監視の目を向けた。

これが現在に近いところの「点」

同時に、たかが、子どもの行為に怒りたくないという理性的な気持ちと、
過去の「傾いた不快な記憶」の葛藤も起こる。

しかし、繰り返される「過去の傾いた不快な記憶」は、理性を押しのけて、強力に発動するのだった。

一般的に、これらを「無意識」と言います。


「不快な記憶」は、「無意識」に過去を再現しながら、自分でも、わけのわからない怒りとなって、放出されていたのが、わかる。

さらに、子どもに怒りをぶつけた後、当然、その罪悪感で、自分が傷つき、自滅させていく、繰り返し。

エンドレスループだね。



それが、私の子育て中に、起こった出来事だったのだった。

過去の「点」と、現在の「点」が、結ばれ、

一体自分に何が起こっていたのか、単純に、理解した。



テーブルの、すみっこに、無造作に置かれた、コップ。

あやうい、バランスで保たれる均衡。

不安。

こぼれた、牛乳。

一瞬にして、壊れることへの恐怖。

間違ったら、次には、大変なことが起こる。


そこから、先読みの不安感にも、つながっている。


ひとつ、点と点が、つながると、安堵していく気持ち。

こんな落ちだったのかあ~・・・と、納得する瞬間。


恐らく、そのアンバランスな、「不快な記憶」は、いまだ、私の中に眠る記憶に、配線を、つなげているのだろう。

反対に、あたたかい記憶も、いつか、見つけ出されることを、記憶の底で、待っているのだろうと感じます。

.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚


今回は、頭の中の流れを忠実に、再現しましたので、
ほぼ、実況中継記事になりました。

文体、かたいなあ~と、思いながらも、そのままアッ~プ!....〆(・ω・` )カキカキ

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【日々徒然】アニメっ子になった理由
2009-10-18 Sun 00:05
私は、アニメっ子です。

なぜなら、親が家にいない時間帯で、TVを見られるのが、
学校から帰宅して、夜7時までの時間。
その間に放映されるのは、大体、アニメ。
ということで、アニメおたくに、なったという過去があります。

(ここにも、記憶の操作が、ありますね。わかるでしょうか?)

で・・・昔、放映されていた、「超時空要塞マクロス」の
リン・ミンメイが、歌った、「愛・覚えていますか」は、
特別に、思い出深い曲です。
この番組が、放映されていたのは、高校の頃だったでしょうか。
リン・ミンメイが歌う、「愛・覚えていますか」は、
愛に枯渇した(笑)当時の私の、うるおいでしたねえ。
よく、リン・ミンメイになりきったつもりで、犬の散歩をしながら、
近所の海で、歌っていたものでした。

私を助けてきてくれた、曲のひとつかもしれません。
今でも、You tubeで、よく聞いてます(汗;

そして、登場人物の歌手の名前に、「リン」が付いていますね。
私のHNの、りんりんに、これが、結びついているようです。

今頃、気がついた・・・。(おそ・・・)


その歌の作詩・作曲者が、自殺されたのだそうです。
今日、ネットのニュースで、知りました。
いい歌を残されていただけに、残念な気持ちです。
きっと、あの歌にたくさんの人が、力づけられたはずです。
でも、自分を置いてきぼりにして欲しくなかったです。。。



で・・・

全然、関係ない曲・・・
ずっと、ずっと、前に、紹介したこともありますけど。。。
再度・・・



ヒマなら、見てね。パロディ画像。
こんなの、好きなんだなあ~、o(*^▽^*)o~♪





笑いは、大切よ!
笑いは、まわりに、光を分ける^^
スピリチュアル的にも、笑うと、光のしずくが、飛ぶんだそうな。


ちなみに、デスラー総統、ファンでした。(笑)
あの屈折した、感情表現に、共感したのよね~。
でも、一途でしたよね、デスラー総統。
そこが、また、良かったのかもね。
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【アダルトチルドレン】心の基盤 6.消しゴムの記憶
2009-10-16 Fri 15:05
「好きなものは何?」

「ん~・・・」(わかんな~い)


このような問答を繰り返すこと、何十回・・・。


やっと、出てきたのが、

「文房具!が好きかも。。。なあ」

私は、かわいい小物、ペン、消しゴムを見かけると、つい、買ってしまいます。
そして、娘にあげちゃいます。
(息子は、喜ばないんで・・・)

今は、娘も好みがありますので、治まってしまったけど、
かわいいのが、好きでした。
意味もなく、デコペン買ったり・・・
消しゴム、買ったり・・・

そんなことを、断片的に、思い浮かべていると、

かすかに、チラッ、チラッと、脳裏に、幼い頃の思い出が、蘇ってきた。


来た来た来た、キタ―:.゚ヽ(≧▽≦)ノ゚.:。+


私が小学校低学年の頃・・・色がついて、匂いのついた消しゴムというやつが、流行り出した頃でした。
私の家では、そういう消しゴムは、当然、使わせてもらえませんでした。
消しゴムは、○んぼの、砂消しと、対になっている事務用の消しゴムか、
monoみたいな、正統派な、消しゴム。

色や匂いがついた消しゴムは、不良や、勉強の嫌いな悪い子が使うもの、という決まりごとがありました。(笑っちゃうでしょ)

文房具は、自由に買えるはずもなく、母親が買ってくるのは、変わり映えのしない、事務用品。
子ども心に、期待しちゃうんです。
いつか、色と匂いのついた消しゴムを買ってくれるんじゃないかと・・・
そして、私の期待は、何度も、何度も、果てしなく、裏切られていく。

「欲しかったなあ・・・匂い消し」

友達の消しゴムが、羨ましくて、羨ましくて・・・

色が付いた消しゴムが、欲しいと、訴えたこともあったかすかな記憶も蘇る。
そのたびに、「あんなの、ノートが黒くなるでしょ」と、母から、あえなく却下。


そして、下敷きの記憶。

私に与えられたものは、ピンクか、青色の無地の下敷きだった。
キャラクターものは、買ってもらえなかったなあ・・・
それで自分で、けなげに、無地の下敷きに、マジックで絵を描いた。
当時、TVで放映されていた、ジャングル大帝の絵を描いた。
幼い私は、人と違うことをすることで優越感を得、自分を慰め、満足した。
「これで、いい」
と、記憶の操作を、そこに入れた。

ほんとは、鮮やかな色をした、キャラクターものが、欲しかった。
諦めるために、私は、人と違うことで、かわりに、優越感を得た。
欲しいという素直な気持ちを、勘違いした優越感に、すり替えた。

親に訴えても、無駄だと、失望するまえに、
親と、自分を守るために、思考を書きかえたのでした。

ねじれた、記憶の操作。
悲しい記憶の操作。

それらの、かすかな積み重ねが、
やがて、生きづらさを感じさせる、思考をになっていったのです。

幼い頃、自分を守ってきた理論と思考。。。
幼い頃、ただ、欲しかったなあという素朴な気持ちだったはずなのに。
重なり続けて、失望の数が多すぎて、悲しみと、怒りを心の中に落とし込み、肥大した優越感だけが、残っていったのだね。


からまった糸が解ける瞬間を感じた。


そして、・・・娘が小学生の頃、消しゴム集めをやっていた頃、それに、私も便乗して、バケツ一杯になるほど、買いこんでいた事と気持ちが重なる。

お寿司や、ケーキの形をした消しゴム。
ポケモンの消しゴム。
牛乳パックの形の消しゴム。
色とりどり、匂いも、とりどり。
それは、もう、大量に、ありました。

それらは、私の幼い頃の、やり直しでもありました。
当たり前ではあるけれど、消しゴムを自由に買えることが、ただ、嬉しかったのでした。
娘に喜んで欲しいという気持ちよりも、自分が、癒されたかったのでしょう。

そんな、ささやかな、日常の記憶が、今の行動や思考方法とつながっているんですねえ。

だから、私も、問うてみるのです。
あなたの好きなものは、なんですか?

.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚


次は、コップの記憶です。(たぶん)
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【アダルトチルドレン】心の基盤 5.穴掘り名人
2009-10-16 Fri 13:05
記事内容に、画像を追加致しました。

         .。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚

最近、自分の中で、とても、ヒットしている言葉があります。

「穴掘り名人」


穴掘り名人、自称6級の称号を持つ、りんりんさん(* ̄∇ ̄*)ぽっ。
(褒めてない、ほめてない・・・からさ)

かつて、やみくもに、掘りまくっておりました。

ふと、巣穴から出て、外を見渡してみれば、

周辺は、巣穴の跡だらけで、足の踏み場もなくなって、

さらに、自分の掘った穴に、足をとられて、こけ続け・・・

集中豪雨で、流された穴・・・

途中で、大きな岩盤にぶち当たって、放棄した穴・・・

地盤が、落ちてしまった穴・・・

水脈にぶち当たって、ぷしゅ~っと、クジラの噴水のように、放り出された穴。


その穴の数は、数知れず・・・

つわものどもの、夢の跡・・・ですねえ。笑



そんな苦節うん十年の、輝かしい歴史!


だから、穴ほり名人・・・なんすっけどね(爆)



「あれ、私、何を掘っていたんだっけ~( ̄▽ ̄i||;;)あははは~・・・」

という・・・そんな、笑うに笑えない過去・・(´・ω・`)ショボーン


で、穴掘りして、果たして、黄金は、出たのでしょうか。。。

正直に申します。




出ませんでした。



まじで!?Σ( ̄ロ ̄|||)



マジっすよ。。。(汗;



ただ、心の体力は、付いたと思います。
あきっぽい私が、これほど、熱中したことは、今までなかったことでしたし、存分に、自分と、向き合える時間は、私には、とても、必要なことだったと、感じています。
また、そういう時期に、出会った方々、仲間、言葉、触れ合いが、今、私の中に生きていることを思えば、無駄ではなかったと思えます。

また、当時は、それまで、溜まった負のエネルギーを、放出するために、穴掘りするしか、無かったのではないかと、思っています。怒りのパワーだけは、破壊的に持っていましたしね。
人は、エネルギーの保存容量には、それぞれ限界があると思うのです。
一生、出さずに、持ち続けることなんか、到底不可能なのではないかと思います。
だから、私は、40数年貯め込んだ、負のエネルギーを、どこかの時点で、思い切り吐き出す必要が、あったのでしょう。
それが、穴掘り・・・しかも、名人級・・・って。。。

今、こうして、過去の自分を、面白いなあと、素直に笑える自分が、
なおさら、面白く感じます。

そういうわけで、探し求めていた、金貨は、見つかりませんでしたが
その道中で、触れ合った、人の暖かさが、私には、金貨以上に、必要だったのだと、思います。


そして、ある日・・・

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自分の、泥だらけの顔と、手を見ながら、

えへへ~、なんだか、気が済んだ~

と、子どものように、思ったころからでしょうか。
これが、私の節目・・・、転換の時期だったのだと思います。


その後、次第に、過去と、現在のつながりを、考えるように、シフトしていったのだろうと、感じます。

過去と、現在。

点と点をつないで、記憶のつながりを、線にすること。

インナーチャイルドに封じられた過去の心の縛りと、現在の自分につながる、思考の癖。

そのことは、ほんの最近、明確にわかるように、なってきました。


次回の記事では、対話形式と、具体例を、使って、

できるだけ、わかりやすく、りんりんさんの体験を、

書いてみますね。

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【人は、助けられたものに、なろうとする】
2009-10-15 Thu 21:09
先ほど、妹と、会話を終わり、受話器を置いた。


その直後から、激しい、怒りがこみ上げてきた。

あの親たちは、孫の代まで、呪いをかける。

孫が、うつになり、

子どもたちが、アダルトチルドレンで、苦しんでいる横で、

先だって、亡くなった親族の通帳の中身で、言い争っている。

世代間連鎖を、激しく、呪う。


なぜ?

どうして?

人生の中身を問うことなく、お金の計算が、先。

死んでも、治らない、人たち。


戦後から、高度成長時代に、生きた、生きる意味を問うことをしない親たち。

目の前で、子どもが苦しんでいるのに、

目の前で、その孫たちが、苦しんでいるのに・・・、

誰も、悪くはないと、知っていても、怒りがわく。



世代間連鎖・・・・

連鎖するなら、愛することを伝えていきたい。

そう思う。


だから、私は、自分が苦しかった時に、自分が助けられたもののように、

なりたいと・・・・、いつまでも、願うのかもしれない。


言葉で助けられた人は、言葉を紡ぐ人に。

美しさで、癒された人は、美しさを表現する人に。

人に救われた人は、人を救う人に。

楽しさで、助けられた人は、人に楽しさを分け与える人に。

花で、人生の意味を知った人は、花で、人を癒すのだろう。



久々に、心の底から、激しい怒りを感じた夜に思うこと。

私は、人に救われてきた。

だから、そんな人になりたいと、

そう、思うのだろう。

今、

人を憎まない自分で、良かった。

私は、私で在ることができる自分で、よかった。

孤独でなくて、よかった。


【人は、助けられたものに、なろうとする】

そういう自分で良かった。

そんな連鎖をつなげていきたいと、願いながら、

怒りを、治めていくのでした。

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ただ、愛したい【日々徒然】
2009-10-14 Wed 19:32
ACを克服し、不登校を、乗り越えて、(たぶん)

どんなことも、ひとりで、乗り越えていく強さを、持っていると、

あたしは、自分のことを、そんな風に、思わない。


弱く、もろく、さびしがりやで、泣き虫な、あたし。

先が見えなくて、泣きたい気持ちになることだってある。


でも、

手のひらを上に向けると、

手の上で、丸い暖かいエネルギーが踊っているのを感じる。
(インナーチャイルド)

その子が、いつも、私に言うのだ。


愛したい

ただ、愛したいと。



だから、あたしは、闇に覆われても、いつでも、光の世界を思い出すことができる。

愛の他に、なにがいる?


その子の愛が、闇を光で、なぎはらう。

霧が晴れるように、やわらかい光に満たされる。


インナーチャイルドと、あたし。

あたしと、インナーチャイルドの旅。

これからも、ずっと、いっしょ。

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【アダルトチルドレン】心の基盤 4.「不快」と「感情」の違い
2009-10-12 Mon 13:40

5~6年前に、手書きで書いた自分の日記を読みなおす。

そこには、居心地が悪そうで・・・、それを必死で訴える自分が、いる。

何度も、何度も・・・、

毎日、毎日、苦情を訴えている私。


あの人のこういうところが、嫌いだ。

この人の、この言葉が、自分を傷つかせた。

こんなこと、された、だから、嫌だった。

こういうことを、してもらったけど、でも、これが、不快だった。

こんな自分が、嫌だ。


そんな、グルグル~目が回る~だけの、毎日の違和感の記録。

これは、苦情ノートか、不快ノート?それとも、腐海ノート?と、思える。



数年たつと、少し、お利口になったのか、

今度は、理論付けをはじめる。

危うい理論。

自分を守るための理論。
(ネットや、本を読みあさった時期と重なる)
そういう理論が、必要な時期もあった。
自分を支えるために。
納得したいために。
安心したいために。
でも、どんなすごい理論を手にしても、一瞬にして、光は、
手の中から、消えてしまう。
心は、いつも、不快な感じで、満ちていた。

変わらない・・・

理論を手にし、納得を得たのに、心は、小さな子どもが泣き叫んだまま、違和感だらけ。
なぜだろう?

ようやく、そのことに、気づきはじめたのは、

インナーチャイルドの存在を、知った頃からだろうか。

先日の記事に書いた、「見守る」って、どういうこと?とつながる問題。

どうやったら、それが、心で、わかるのだろう・・・という素朴な疑問。



「そのままでいいんだよ」

そういう言葉を、追いつづけながらも、

「そのままじゃ、苦しいんだよ」と、悪態をつく。

「そのままの自分って、何?」

苦しすぎて、「そのまま」じゃ、居られないじゃないか。


だから、私は、訴え続けた。

ただ、ひたすら、訴えた。

辛いんだよ~って。

それは、直接的だったり、間接的であったり。



最近になって、ああ、そうなんだな~と気づかされた事があった。


これらの私の記録は、「快」か、「不快」かであって、

それは、単なる「心の状態」の表現であり、

まるで、赤子が、おむつが濡れたと、泣き、

お腹がすいたと、泣く、

そういうものと、同質なものなのではないかと。

感情ではなく、環境のせいで起こる、

単なる「自分の反応」の状態にしか過ぎなかったのかもしれないと。


ああ、そう・・・

これらは、確かに、沸き起こる「感情」ではなかったと思いあたる。


自分では、ずっと、感情のつもりだった。

でも、それは、私は、こうなんだと、状況をただ、訴えていただけだったんだ。


これでは、何も変わらないはずだ・・・。


人の行動、言葉、思いには、必ず、隠れた感情がある、

必ず、自分だけの理由がある。

その感情には、幸せな記憶、辛い記憶が、まざりこみ、

余計感情の回路を複雑にする。

理論も、ある時は人を助けるが、それにも、限界があるのだろう。


たとえば、

「あの人が、嫌い」という気持ちがあるとすれば、

なぜ嫌い?

どういう言葉、態度が嫌い?

どうして、その言葉が嫌い?

これらは、「苦情ノート」の類。



「拒絶したい気持ち」

「怖い」

「心がチクチクする」

「落ち込む」



なぜ、怖いの?
なぜ、落ち込むの?



そこから先を認めたくない自分がいる。
新たなすがりつく理論が、欲しくなる。
しかし、受け入れたくない気持ちに、うっすらと、気づきはじめる頃。



ここで、二つの道ができる。
認めるか、認めないか。
たった、それだけのこと。

認めないことを選べば、武装するしかない。

認めることを選べば、自分と和解するしかない。


ここが、恐らく、本当の感情に行きつくか、行きつかないかの大きな分かれ道なのだろうと、感じる。


もともと、自分を信頼するという、心の基盤がある人は、
そういうことは、一瞬で、越えてしまう。
そんなシーンを、私は、何回も、この目で見てきた。
だから、傷には、ならない。
基盤のある人たちは、どうして、やすやすと、そこを越えられるのだろう?
不思議でならなかった。
私の中の七不思議だった。

私たち、ACには、残念ながら、そういう、基盤が少ない。
そして、事実を、事実のままに、認め、受け入れてしまったら、
今まで、自分の理論で、納得していた自分が崩壊してしまうと、感じてしまう。
逃げ場を失ってしまう。
そこに、突き崩される恐れが発生し、「恐れ」は、心の武装につながっていく。

よく、「人が、豹変する」という言葉が使われるけれど、
ACは、瞬間的に、その「恐れ」に、心をつかまれてしまう。
そして、あっという間に、元の場所に、引き戻されてしまう。

私も、他者のその驚異的な瞬間に、これまで、何度も立ち会ったことがあるし、
私自身も、過去に、その瞬間に、いたことが、何度もあったので、
その感覚は、よくわかる。
まったく、それは、あっけにとられるほど、やすやすと、
元いた場所に、連れ戻される。



では、認めたら、どうなる?

それでも、「怖い」という状態も、刺激に対する心の反応にしかすぎません。

やはり、これも、感情とは、違うだろう。

ということは、「恐い」という反応を引き起こす、もとになる感情が、必ず、心のどこかに、潜んでいるはずだと、思い当たる。



私のA子さんとの、共依存関係で、見れば、
「怖い」という反応は、「孤独になることが、怖かった」と、言いかえられることが、今なら、わかります。他にも、「裏切ることへの罪悪感」もありました。
それらに、含まれる、本当の感情、
心の奥底に隠されて、それでも、無意識に、自分の行動を決定づけているもの。


さびしいよ、

一人に、しないで、

おいていかないで、

捨てないで・・・

そばにいてよ。

助けてよ。

と、泣き叫ぶ、感情たち。

強烈な、孤独への恐怖。

プライドも、何もあったもんじゃない。

格好も、気取りも、ない。

素の感情は、まるで、子どものようだ。

恥しいと思うのは、偽物の、バリケード。

その素の感情は、理論では、とても、説明などできない。

涙をこぼして鼻水をたらして、地面にすわりこんで、

わんわん泣き叫ぶ内なる子ども=自分 がいたのです。


心から、愛しいと、思いました。
やっと、見つけたと、感じました。


「そのまんまで、いいんだよ」


ここで、はじめて、この言葉の意味を理解した。

こんな、情けない自分でも、いいんだ。

やっと、腑に落ちた。

私の、これらのストレートな感情は、幼い頃の私の荒涼とした、

見捨てられ感に、つながっていた。

そのつながりを、子どもが感じるように、リアルに感じたとき、

「怖い」という感情が、次第に、薄れていったのを、覚えています。
(それでも、時間は、かかった気がします)

不登校でも、アダルトチルドレンでも、これは、全く、同じことなのですが、

たとえば、先に書いた「見守る」というスローガンが、あるとしますと、

結果(回復すること)を求めるあまり、自分の感情に蓋をしたまま、
そこに、自分を無理やり合わせようと、したとします。

そして、無理やり、「見守る」形をつくりあげようとします。

それらは、往々にして、つながりがあやふやで、
自分で、つぎはぎした理論だったり、
矛盾した理論だったり、言いわけだったり、するわけですが、
どちらにしても、その「見守り」は、ただ、「我慢しているだけ」の、状態にしか、なりません。

人は、我慢して、見守ること、なんか、できっこありません。(実体験すみ)

どこかで、必ず、ボロが出ますから。
自分の感情を、嘘で塗り固めても、感情は、はけ口をもとめて、
爆発しようとしますから。。。


結果や理論を先において、そこに、自分をあてはめる。
ACの人が、よく、陥るところではないかと思います。(もちろん、私もそうでした)
自分の気持ちを理屈付けるとき、何も目的がないとか、結果が、見えないことが、すごく、恐ろしいからね。

でも・・・、「見守る」とは、基盤さえあれば、自然にできることなんだと、最近、思うことです。
「寄り添う」ということも、同じだと思うのです。

自分に向ける、暖かい眼差しが、あって、はじめて
他者への、「見守る」慈愛の眼差しが可能に、なるのではないか。


そう思います。

だから、特に、不登校の親御さんには、子どもをいじくり倒すより先に、
自分の感情を見つける大切さを、お伝えしたいと、思うのです。

子どもを、doingで、余計に、いじったぶん、不登校は、長引くし、こじらせてしまう。
二次障害も、増えている現実が、とても、心痛いのです。
これは、私と子どもとの、不登校体験から、得た反省です。

長い文章になりました。
読んでくださって、ありがとう。
なにせ、思いつくままなので、意味不明なところも、あるかと思います。
でも、最近では、一等、書きたかった、記事内容でした。
「意味、わからんよ~」って、言ってくだされば、
私の修行になりますので、御遠慮なく、おっしゃってくださいませ。
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【不登校】兄弟の気持ち
2009-10-11 Sun 22:04
久々に、娘と二人きりの夕食。

最近、子どもの心の問題に、興味深々な娘。

いろいろ、話しているうちに、

ふと、娘が中学3年の頃のことに、話が及んだ。

丁度その頃、我が家は、カイくんの、不登校まっさかりで、

りんりん母は、カイくんに目が行きっぱなし状態。

娘まで、なかなか、気持ちが行きとどかなかった頃。


りんりん母「あの頃、寂しい思いをさせたね」

娘「だからね、塾に逃げたんだよ。家にいるのが、辛くて、苦しかった」


ずっと、以前、同じような話を娘としたことが、あった。
高校生になった頃の娘は、その頃の話をすると、
泣きじゃくるしか、できなかった。
私は、「ごめんね」と謝ることしか、出来なかった。


今、やっと、言葉にして、その頃の自分の気持ちを話してくれた娘。

娘「塾の、他の先生は、カイくん、どうしてる?って、いつも、私に聞く。
  学校でも、同じだった。それが、とても、嫌だったなあ。
  でも、塾の、F先生だけは、それを言わなかった。 
  いつも、冗談ばかり言って、わざとなのか、そうでないのか、
  よくわからないけれど、笑いながら 私に付き合ってくれた」

りんりん母「そうだったんだ・・・。だから、F先生が、好きだったんだ」

娘「うんうん。」

りんりん母「じ~~ん・・・うちら、ほんとに、誰かに助けられているね。」

娘「うん・・・あ、泣きそう~」


ふたりとも、じっと、互いの瞳を見つめあいながら、すでに、涙目・・(笑)



娘は、「知らないふりをして逃げた」と、言った。

その言葉の重みが、娘をどれほど、苦しめていたのか。。。

そう思うと、泣けてもくる。


ずっと、娘が、抱えていた、罪悪感が、その言葉ににじみ出る。




やっと、あなたに、言ってあげられるよ。



いいんだよ、自分を守るために、逃げるのは、悪いことじゃない。

逃げていいんだよ。

自分の逃げ場所は、自分で作っていいんだよ。

それで、良かったんだよ。



そう言ったあと、

娘と私は、笑いながら、泣いていた。

君の中にいる、小さな子どもに、その言葉は、届いただろうか。


          .。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚

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娘が、授業で、作った、アンパンマンと、マイメロのクロミちゃんの、貼り絵。

ドキンちゃんでは、ありません^^;
(ドキンちゃんは、角が、一本だそうです)

どうして、アンパンマンなの?って聞いてみる。

小さい頃、水泳教室に、夏休みに通っていたころ、

待合室で、アンパンマンのビデオを見ていた記憶が、あったという。

それに、もっと、小さい頃も、好きで、見てたからねえとのこと。

その頃、娘が、どんな気持ちで、アンパンマンを見ていたのか・・・


娘の記憶が、いつか、紐解かれる日がくるのだろう。


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【アダルトチルドレン】女性であること
2009-10-11 Sun 00:14
最近、有線で、よく流れる曲がありまして、
一体、なんの歌だろうと、探しまくっておりました。

歌っているのは、倖田來未さんらしいという職場の若い子の情報を頼りに、
数日かかって、検索かけ続けて、どうやら、やっと、判明~o(*^▽^*)o~♪

プロモーションビデオを何度も見ながら、
女性というものに含まれる、女神性に、感動的なものを覚えました。

女性であること。
たおやかで、しなやかで、育む力を持つ存在。

昔から、その女性性は、大地の女神として、
世界中で、崇拝されてきました。

大地によって生きるものを、愛し、生み、育て、はぐぐむもの。

歌を聴きながら、心ではなく、子宮につながる力を感じました。

この感覚は、私にとって、割に衝撃的でした。(いまさら・・・ですが)


昔、私は、派手な格好とか、女らしい格好を、
禁止された家庭で育った気がします。

おもむろに、禁止されていたわけではありませんけど、
女性らしさを、暗に否定されるような言葉が、
家庭では、飛び交っていたことを思い出します。
おしゃれをする、ということが、
無駄なことだと、そういう価値観。


たとえば、「色気づいて」という言葉。
たとえば、「あそこのうちの娘は・・・」

という親のつぶやく言葉。

地味にすること、
質素にすること、

そういうことが、いいことだという価値観。

だから、社会人になっても、
服が選べない・・・
何色が好きかわからない・・・

ないないずくしの人生(ノ_・。)


今、大学生になった娘が、おしゃれを楽しんでいる。
もう、目いっぱい、楽しんでいる、そんな様子を、
私もまた、嫉妬もなく、とても、楽しんでいる。

胸元、開きすぎじゃない?とか、
似合わない・・とか、
派手じゃねえ?とか、そんなことは、つゆにも、思わない。
バイト代を、工夫して、服につぎ込む娘を、
実に、楽しく、見ている。

かつて、服を選ぶということが、苦痛でしかなかった私。
違った人生を楽しんでくれている娘をみて、深く、安堵する。
そして、私も、過去の傷が癒されていっているのかもしれない。

女性であること・・・、私は、ずっと、自分を否定的に思ってきた。
女であることを、毛嫌いしていた節もある。

厳しい目で、自分を非難の目で、みてきた。
内側の親たちが、私の中に、潜んで、そういう目を作ってきたのだろう。

親の監視の目は、どこまでも、おいかけてくる。
何が、インナーペアレンツの監視の目なのか、今の自分の不自由さを見れば、
よくわかるのかもしれません。。。そんな気がしてならないのです。

女性の中の女神。
孤独を再生させ、荒涼とした、大地を豊かにさせる、
それが、女神の力なのかもしれません。

とても、美しいなあと、感じる歌でした。




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【アダルトチルドレン】全ての内なる子どもへ
2009-10-09 Fri 21:12
すべての、インナーチャイルドたちへ捧げます。








子どもたちが、小学校の時に、よく歌っていた曲です。
きっと、ご存知の方も、多いでしょう。(涙)

インナーチャイルドとは、こういう存在ではないでしょうか。。。


           I believe in future
                  信じてる


            
               .。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚

*おまけ・・・私的には、こちらの方も好きなんですが、
        お暇な方は、どうぞ。
        http://www.youtube.com/watch?v=GGt5DIC8rsA&feature=related


*さらに、おまけ・・・お陰さまで、本日、「拍手」が、なんと、
            300回に達しました。
            ありがとうございました。
            また、さらに、アダルトチルドレン部門で、2位という、
            一瞬の(笑)、歓びも頂きました。
            ほんとに、何の力もない私ですが、
            皆様の応援、共感、励ましが、
            私をここまで連れてきてくれました。
            ありがとうの気持ちで、いっぱいです。
            今後も、自分の経験を、伝え書き続けることが、
            今まで、私を育て、お世話になった方々への、
            恩返し・・・
            そして、幸せのリレーだと、思っています。
            
            つたないブログではありますが、
            これからも、どうぞ、よろしくお願いします。
                  +。:.゚ヽ(≧▽≦)ノ゚.:。+
                          
                                 りんりん@管理人
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【不登校】見守るってどういうこと?
2009-10-09 Fri 18:45
子どもが、不登校に、なったばかりの頃
不登校克服論を書いた本を多量に、読みあさっていた時期がありました。
その中で、どんな本にも、漏れなく使われていた言葉に、
「見守る」という言葉がありました。


で、そこで、さらに、行き詰ったことがありました。

「見守る」って、どんなことだ~~~(。・_・?)ハテ?


「見守る」という言葉を、多量に、使用している割には、どの本にも、それが、一体、どういうことで、どういう状態を示しているのか、書いてないんです^^;


なんでやねん( ̄、 ̄)チェッ


アダルトチルドレン本によくある、「自分を、愛しましょう」という言葉と同じくらい、意味不明・・・でした。

私自身が、成育歴の中で、見守られた経験どころか、褒められた経験さえなくて、どうして、それが、言葉だけで、体感できるのか・・・

さっぱり、ぐるぐる~でした。


今、その頃の自分の記事などを振り返って見直してみると、
一生懸命、もんもんと、考えているのだけれど、
なんだか、得体がしれなくて、さっぱり、つかめなくて、
言葉遊びに、なってしまっている感じがします。

自分が体感してない(と思いこんでいる)ことや、自分の感覚に、無いものを、言葉で受け取り、自分のものにするには、誰にとっても、かなり、難しいことなのではないかと、思います。

文字を読んで、感じて、わかった気分に浸るというのが、当時の私には、精一杯だった気がします。
今であっても、果たして、分かっているのか、わかりませんもの。


見守る・・・


黙って見ている。(無言の修行)
見て見ぬふりをする。(あきらめの修行)
口を出さない。(口を固く結ぶ筋肉の修行)

(どんな修行だよ・・・(-_-;)



じゃあ、向こうが甘えて来たときは、どうする!?

えっと、見て見ぬふり。。。か・・・

なんか、違うかも・・

そうだ、「受け入れる」っていうのも、あったなあ・・・、

いや、待て、それは、甘やかしにならないか?


ん~~~~。

という風に、ちっとも、応用が利かない。


今であれば、オイオイ、違うだろ・・と、自分に、突っ込みを入れたいところだ。

その上、「修行」なので、形だけです。

内側の自分の心は、

(なんで、もっと、○○に、ならないんだ)
(どうして、勉強しないんだよ)
(手伝いくらい、しろよ)
(あたしだって、さぼりたいわ)
とか、邪心一杯。それが、どんどん、膨らんで、

ついには、

「なんで、そんな元気なのに、学校行かれんのや~~~」と、

鬼の爆発~。どっか~~~~~ん!

で・・・・

子どもは、リストカット・・・


お決まりの自己嫌悪・・・ああ、撃沈__(_ _;) ウゥ

私って、最低の母親・・・o( _ _ )o ショボーン

という、無限ループに、はまっていました。



(がんばったよね、よしよし・・・>あの頃の私)




で、辿り着いたところが、

これは、感覚でわかるしか、ないのかもしれないと、

最近、思うことが、多くなってきました。



自分の中に眠っている、暖かい記憶、

誰かに、優しくしてもらった記憶、

受け入れてもらった記憶、

自分が、人に喜ばれた記憶、

その眠っている記憶たちを、掘り起こす。

そして、インナーチャイルドと、その記憶を共有する。
(アダルトチルドレンの、記憶の時系列は、ほんとに、ばらばらなんです)

自分への暖かい眼差し。

自分を、愛する気持ち。

ありがとうの気持ち。

それが、自分を救い出すことに、つながるのではないでしょうか。

そんな過去の、暖かい気持ちの掘り起こしが、

チャイルドを癒していくのではないかと・・・


なかには、辛い気持ちの掘り起こしも、あるし、
圧倒的に、辛い気持ちの方が、多い。
私もそうでしたから、よくわかります。

けれど、人には、辛い記憶に埋もれた、暖かな記憶というものが、必ずあるのだなあと、最近気づかされます。

そうでないと、辛い気持ちばかりであったなら、今頃、私は、こうして、生きていないと思うのですよ。

生きているには、きっと、なんらかの、かすかな、ぬくもりが、どこかに、あったはずだと。

そんなことを、思います。

そういう暖かさ、ぬくもり、

それらが、「見守る」ということと、つながってくるのでは、ないかと、思うのです。

.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚

今、戦っている方々へ、贈ります^^

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【日々徒然】補完計画・・・その1(*・`ω´・)
2009-10-08 Thu 21:37
CA3C0075.jpg



○イソーの、秋のキャンペーン商品、「むき甘栗」と、
「塩っぺ」を使って、ご飯を炊いてみました。

妖しいものが、できました。(-_-;)

栗こんぶご飯・・・・


実は、レジを通る、おばさまから、教えてもらったレシピです。

味は・・・見かけによらず、美味しいのでした。

栗の皮を剥くのが、面倒な方には、いいかも・・・たぶん。。。



って、あたしゃ、何やってんだろ・・・と、思う最近です。

実は、りんりんさん、料理苦手というより、興味が湧かない。。。

料理が楽しいと、思えない。

楽しい以前に、苦手意識が強い。

昔、主婦の集まりで、一品持ち寄りお茶会が、超苦手。

何をつくればいいのんだ~。(◎_◎;)アセアセ

これも、AC所以か!!Σ( ̄ロ ̄|||)

そんなダメ主婦の、りんりんさんの、補完計画の一環。

でも、その2は、たぶん、無い。


掃除も、嫌い。

これには、深いわけがある。

実は、昔は、神経質なくらい、掃除魔でした。

昔、子どもが生まれた頃は、朝、決まった時間きっかりに掃除機をかける。

その後の、動きは、判で押したように、決まっていた。

しかし、子どもは、散らかす。

だんだん、いらいら・・・

いらいら・・・

どっか~~ん!ホイ  (ノ-.-)ノ....((((((((((((●~*


子どものゲーム機も、庭に放り投げた実績もある。
(一回だけだけど・・・)

子どもが、泣いて、ゲーム機を拾いに行ってる姿をみて、

自己嫌悪・・・


「ねばならない」の呪縛に、ずっと、自分も苦しかった。


ある時から、「したい」か、「したくない」かを、

考えるように、なった。


掃除・・したくない。

料理。。。したくない。


その頃、外食が、あまり好きではなかった夫。

家で、ゆっくり、晩酌したいという理由。

ご飯くらい、家で、妻の手作りで、ゆっくり食べたい。

無言の圧力。

彼の、成育歴から来る、願望。

その夫に、ずっと、合わせていたんだね。


次第に、疲れたときは、外で食べるという方向付けをしていった。

子どもは、喜ぶ。

私も、楽になるが、少しの罪悪感。

夫は、まあ、我慢して付き合ってくれたが。


なんだろうね、この、ACの、無意識の「ねばならない」って。

幼いころ、「自分ひとりだけ、楽しむな」という禁止令の中で生まれた

楽しむことへの、罪悪感。

もう、いいんじゃない?

手放して。


私は、私の、やりたいと、思ったことを、やります。

私の気持ちは、私のものです




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【日々徒然】通院日
2009-10-06 Tue 17:39




息子の通院日でした。
高速で、約一時間の隣の県のH病院まで。
もう、そこに、通いだして、4年近くなろうとしています。

最初は、ワラをも、掴む感じで通いだした病院でした。
その頃は、私も必死の形相で、
息子は、思いっきり、しょんぼりしてた頃。


今は、わずかなお守り代わりの薬と、
先生と、会話をしに行くだけになりました。

H病院は、かつて、佐賀の西鉄バスジャックの少年が、
入院していた病院なんです。

病院によって、得意とする分野があるのですが、
ここは、拒食症、薬物、アルコール依存に、力を入れています。
AAミーティングも、行われているようで、
他にも、アダルトチルドレンに、関する、集まりもあるようです。

待合室の状況をみれば、親に連れられた小学生らしき子も、
よく、見かけます。

数年前の、私たちを、思い出します。


月に一回、この病院に通う、車の中が、私と息子の
密な会話ができる、場所に、なっていましたが、
最近は、二か月に一回ほどになり、
息子は、残念がっています。


今日も、車の中で、大きなため息・・・

「女の子って、なんで、あんな、面倒くさいんだろうねえ」と、つぶやく。

彼の高校は今、体育祭に向けて、役員が、活発に動いている時期なんです。

それをまとめる立場にいる彼は、全くもって、女の子たちに、振り回されているらしい(笑)

「あ~言えば、怒るし・・・こう言えば、泣くし・・・はあ~。

こっちをたてれば、こっちが、いじけるし。疲れる・・・」


気持ち、わかるぞ!


「計画だけが、先走りして、実際の練習は、ちっとも進まないし・・・」

「大体、計画自体に、無理があるし・・・それを言ったら、また、泣くし・・・」


大変だなあ・・・

ということで、慰安をこめて、ここへ行ってきました。

旅本にも、よく、掲載されている、「百年庵」(くねんあん)。

ここは、病院から、5分、山手に向かったところにあります。

景色もよく、今からの季節は、紅葉が見どころの場所。

観光客も多いですね。

CA3C0074.jpg



食べました~。

ここの、てんぷらは、美味しいので、はずせません^^

息子が、私の、えび天を、奪おうとしたので、阻止。
(醜い、争い・・・)

吉野ヶ里遺跡の近くなので、赤米で、ご飯が、焚いてある。

もとは、そうめんが売りの店なんですけどね・・・

神埼そうめん。

今回は、そばを、食べました。あっさりして、美味しい^^


お腹も一杯、ってことで、帰りの車の中で、息子は、爆睡。


役員引き継ぎまで、もう少しだ。

がんばれ、カイくん!



で、バイトに、出かけて行きました。



あ、診察・・・?どんな話をしたんだろうね。

私は、最後に、日程の打ち合わせのとき、呼ばれるだけでして^^;

「今度、二ヶ月後、いつがいいですか?」

と言われて、「いつでもいいです」と、言おうとしたら、

息子「この人、ニートになるけん」

母「おい・・・ニート、言うな・・・」

先生の前で、親子で、またも、醜い、言い争い・・・。

先生、笑いながら、「お母さん、パワーあるよね」と、たしなめられ・・・

「そ、そんな・・・。先生、いくつなんですか~?」と、話を変えてみる。


って、先生・・・私、先生と、なんにも、話してないんですが・・・ヾ(°∇°*) オイオイ

まあ、最近は、そんな感じでして、

あったかい、先生に出会えて、良かったなあと、思う通院の日でした。


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心を逃す方法【職場編】
2009-10-04 Sun 20:45
職場で、出勤してきた、学生の子が、
「今日は、情緒、不安定なんです~」と、
どんよりと、していた。

う~ん・・・

「そっか~、なんだか、不安定なんだ」と、返す。

その後、仕事をしながら、その子が、気になりながら、
接点が、もてずに、私が、退勤の時間になりました。

夕方のミーティングが、ちょうど終わったころ、
その子が、泣き出した。

「何か、いらんこと、言ったか!?リーダー!」
と、私が、リーダーのKさんに、目を向ける。

Kさんは、私の無言のテレパシー会話に、「ぶんぶん」と、首をふって、
「ちゃう、なんも、してない」と、言葉にならない、テレパシーを返す。

・・・・

ほかに数人、休憩のスタッフや、仕事が終わって退勤する準備をするスタッフもいて、事務所は、落ち着かない。
私は、一人、その場を去って、事務所の外で、一服。
そこへ、Kさんに連れられて、その子が、外へ、やってきた。

「あ~、こんなとこにいたの~」と、kさん。

(おい・・、わざとらしい・・・知ってただろ、ここにいること^^;)
と、心で突っ込み入れながら、

「うん、いたよ~」と、返す。


3人で、並んで座り、
Kさん、「なんかあったと~?」と、その子に、聞く。
涙を抑えながら、首を横に振る。

「なんか、つらいっちゃんね・・・」と、代弁してみる。


沈黙・・・

う~ん、空気が重いぞ。


Kさん、ついに、ぜんぜん関係のない、家庭のことを話し始めた。(笑)
そこに、ツッコミを入れる、私。

漫才になった。

ちょっと、表情が、ゆるむ感じをKさんと、私は、感じた。

(おお、もうちょっとだ、Kさん!)


しばらく、ボケと、突っ込みで、遊んでいると、(でも、必死)
ついに、その子が、泣きながらも、小さく声をたてて笑った。

(よし、やった!)


「あの・・・実は・・・○○なんです・・」

よかった~、言葉に、できた。


(レスキュー、成功~♪)



自分の気持ちを言葉にすることが、苦手な子・・・
もやもやや、ざわざわの中から、本当の気持ちを、言葉にできるまで、
負の方向に行く気持ちを、逃してやる。

これは、大人でも、同じことだと思うのですよ。

この技は、Kさんと、私と、二人のコンビネーションで、できている。
この数年で、自然に作りあげたものだ。

そこに、至るまで、何度も、失敗している。。。(泣)


私が、外で一服してること、知っていて、
わざと、外に連れ出した、kさん。
必死の漫才も、本気だか、ふざけているんだか、微妙で、
そこには、「あ、うん」の、はずさない呼吸と、信頼関係がないと、できない。

下手すれば、「ふざけないで、ください」と、相手から、怒られるはめになる^^;


私は、いつも、そんな、信頼する誰かが、いてくれる。

kさん、ありがとう。

一仕事終わって、「お疲れ様~」と職場を後にしながら、
励ました分だけ、暖かい気持ちを、もらった、そんな一日。

感謝。

一人漫才は、ちょっと、辛いもん(本音)ぼそっ。
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【アダルトチルドレン】3.心の基盤(記憶を摩り替える理由)
2009-10-02 Fri 09:43
昔、幼かった源家族の頃のこと。

夕食の頃、父親が、晩酌をはじめる。

一杯目・・・を飲み干す。

2杯目に、なると、私は、大急ぎで、ご飯を食べ始める。

すでに、父親の目は、家族の一挙一動を監視しはじめている。


ここで、失敗したら、夜の惨劇の始まりだ。


箸の上げ下ろしから、小さな音、茶碗の置き方、

私や、妹や、母親のささいな動きや言葉を、

牢屋の番人のような視線で監視する父親を感じながら、

生きたここちがしない毎日の食事風景。

緊張しながら、一刻も早く、この場を立ち去りたい気持ち。

あの・・・映画のジョーズで、ジョーズが、背びれを見せながら、次第に迫ってくるような、あんな感じを想像していただけたら、わかりやすいかもしれません。

この記憶が、後に、私が、人と食事をすることを、ひどく苦手にさせた事だと、今ならわかることも多いのですが。。。(今は、全然大丈夫ですよ^^)


で、どんなに、自分たちで、父親の地雷を踏まないように、気をつけても、
結局、地雷を踏むように、誘導される。

要するに、父親にとって、ゲームを仕掛ける理由はなんでも、良かったんです。
仕掛ける理由を探していたのですから。
なので、地雷を踏まないように、必死で防御していても、
踏むように、仕掛けられるので、子どもの私や母親にとっては、何が地雷なのか、
もう、さっぱりわからないんです。

それで、父親は、荒れる。
待ってましたとばかりに。

父親自身も、きっと、そうやって、幼いころを、抑圧的に育てられたのでしょう。
と、今なら、誰も、悪くなかったんだ・・・と、理解のしようもありますが、
当時、何の力もない子どもだった私は、自分が悪かったんだと、思うしかなかったのでした。
そこから、「自己否定」の癖が、身に染み付いたのだと、考えています。
「自分が悪かった」と思えば、すべて、納得できたからですね。

そうして、私は、心の奥底で、地雷を踏んだ自分を、嫌悪し、
自分に、怒りを向けていったのです。

その過去が、「自分を消したい、死にたい」に
つながっていったのだろうと思います。

あのとき、「あなたは、何も悪くない」と、言ってくれる人がいたら・・・
どんなに、救われたことでしょうか・・・

しかし、残念ながら、このような家庭は、ひどく閉鎖的で、
決して、負の部分を、他人に、悟られないよう、細心の注意を払います。

「言ったらいけない」

そういう、暗黙の禁止令が、発動していますので、
誰にも、言えない。
それには、母親の意思も、加担していると、感じます。
「言っても、誰も、信じてくれないから」
その言葉で、幼い子どもは、
「言ったらいけない。言ったら、両親が悲しむ」と、学ぶわけです。

その上、父親は、学校のPTA役員なども、やっていましたし、
商売上、とても、「いい人」で、通っていました。
会う人、会う人が、「面白くて、いいお父さんで、いいねえ」と。

世間の人が、そういうなら、
私が、感じている、嫌な父親は、きっと、嘘なんだ、
きっと、私の、感じ方が悪いんだ・・・

子どもには、二つの相反することを、同時に、納得するには、そう思うしか、なかったでしょう。

「両親は、いい人たちだ」

自分で、そう、記憶を摩り替えていきます。
それが、毎日、毎晩、惨劇が繰り返されるたびに、
まるで、負のアファメーションのように、
偽者の、記憶を、植えつけていっているようなものですね。

嘘の記憶に、しがみつかなければ、
この、家族の状態を、どう、解釈すればいいのか、
わからないんですから。

そして、「私が、悪いんだ」
で、納得するしかないんですね。

人は、そうやって、理解不能な矛盾に満ちた出来事を、記憶の書き換えと、
すり替えをやって、自分を守ろうとしていくんでしょうね。
あげく、本当の自分を失くしていくのでしょう。

これは、子どもなら、なおさら。
しかし、大人でも、そういうことが、同じように、起こるんですね。



たとえば・・・

借金ばかり繰り返している身内がいるとします。
その様子を近くで見ながら、
お金があるから、カード会社があるから、
人が、だめになるんだ。

と、思ったりします。

その人の心の中に、
お金は、悪だという理論が出来上がります。
それで、金持ちを、嫌悪したり、無駄使いする子どもを
怒ったり、したりします。
また、自分も、そういう生き方で、縛ろうとします。

本来、お金は、悪でも、善でもなく、
ただ、存在するものにしか過ぎません。
どう使うかだけの話なんですが、

最初に、「お金は悪」だという刷り込みが、出来上がったばかりに、
その理論が、その人の、行動、言葉を、支配していきます。

お金が、あるって、いいじゃないですか。
あればあるほど、豊かに暮らせる。
人も幸せにできる。


そういわれても、
「お金は、身をつぶす」という信念が、
それを、邪魔し、あげくには、嫉妬を生んだりするわけです。

ほんとは、誰でも、お金持ちになりたいって、
心の奥底では、思っているでしょ?
あれも、したい、これも、したい、
こんなこと、してあげたいって。
だから、みんな、宝くじ、買うんでしょうに。

すりかえられた信念や、考え方には、
そういう、矛盾が、必ず、あるはずだと、最近、私は、思ったりします。


話、それちゃいましたけど、
記憶を摩り替えたことに、気づかず、
「自己肯定感」を、得ようと、思っても、なかなか、難しいですね。
先に、「私が悪い」が、基盤としてあるのですから。

「私が悪い」と思い続けた分の年月に比例して、
負の遺産である、怒りや、憎しみが、沈殿していくのでしょう。

過去からの、そういう負の遺産を書き換えるのは、
ほんとに、並大抵ではありませんけど、
過去と現在をつなげていく、
記憶を、取り戻す、
点と点を線にしていく、
そんな作業が、インナーチャイルドの、ワークなんだろうと、思います。

グリーフワーク(嘆きのワーク)・・・とは、よく言ったものです。
負の感情を吐き出していかないかぎり、
コップは、空にならないと・・・

また、さらには、負のアファメーションに、打ち勝つ
強力な、正のアファメーションを、
自分に、落とし込むことも、大切なんだなあって、
思ったりします。



自分の中の幼い子どもを抱きしめて、

私は、何度でも、言うよ。

「あなたは、悪くない!」


あの頃、誰かに、言って欲しかった言葉。。。。
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【日々徒然】ニートで、ひきこもりで、不登校だったお兄さん。
2009-10-01 Thu 20:45
たまには、子どもたちと、私の、家族近況報告をば、
しようかなあと。。。(○o○) ドキッ


子どもたちは、学校よりも、バイトが楽しそうな感じをうけるんです。

特に、ソラちゃんは、それが、顕著に現れております^^;

先月から、勢いで、某コンビニで、バイトをはじめたカイくん。

オーナーは、厳しい人だけれど、「愛」を感じるから、苦でないとか。
(母としては、鍛えてやってください、よろしくお願いします~^^;って、感じです)

オーナーの奥さんは、暖かい人だと。
(う~ん、昔から、おばさまから、彼は、好かれるんだよな、相変わらずだ・・・)


とある日の我が家の会話より。


りんりん母「ニートで、ひきこもりで、不登校のお兄さんだった、あんたが、バイトねえ・・・」(しみじみ・・)

カイ「俺、もう、ニートじゃないも~ん、ふふ~ん♪」

りんりん母「あ・・・そうやねえ」
      「あ~、しまった、来月から、私が、ニートじゃんΣ( ̄ロ ̄|||)!!!」

カイ「わ~い、ニート、ニート!」

りんりん母「お・・・おまえ・・・ニート、言うな~!くそっフンッ!(ノ ̄^ ̄)ノ ┳┳ ┣ ┻┻ ┫ ┳┳ 」

カイ「不登校や、ないも~ん♪」

りんりん母「そ・・・そうやった、学校、行ってんだった・・・」

その話を一部始終、黙って、ご飯食べながら、きいていた、ソラちゃん。

ソラ「そうやった・・・」(ヾ(・_・;)チョット‥ ソラちゃん、あなたも、そう思っていたんかい・・・)

カイ「失礼な・・・がっぽり稼いで、授業料貯めるんだい!」

りんりん母「(☆∇☆) キッラ-ン!お~、がんばってな~」


というわけで、りんりん母の、家族の地位は、最近、ますます、地に落ちてます~。

かろうじて、猫より、ましかもという程度でして・・・


でも、落ちていいんです^^


本音で話しが、できて、

気を使わないで、いられる関係、

それが、楽で、いい。

と、しみじみ思います。

そんな、・・・日々が、とても、愛おしい。

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