author : rinrin
変化すること・4つの心【アダルトチルドレン】再追加
2010-09-28 Tue 12:53
大河ドラマの龍馬伝が、現在、大政奉還 という大きな節目に、
差し掛かっています。

時勢が変化するとき、大きな混乱が起こります。
そして、幕府が、長年得てきた権力を失いたくないがために、
あれこれと画策し、あがくさまが描かれています。
江戸幕府からみると、維新を志す輩は、
変化を起こし自分たちを脅威に陥れる「敵」であるわけです。
地位を失い、権力を失い、駆逐される恐怖におののく。
それが、大老の「変えられてたまるか」という憎憎しげな表情に、
すべて、表れている気がします。

しかし、幕府の体制は、すでに、多くの不都合が生じ、力も弱まり、
さらには、将軍の死去という事態をむかえ、
今まで、幕府により、詐取をされ続けてきた、庶民が
何百年の怒りを、ここぞとばかりに、一揆という形で、爆発させます。
怒りというものは、数百年の潜在的な連鎖の結果ではないかと感じるのです。
彼らには、「日本を変える」という意気込みよりも、
積年の恨みを、時流にのって、出しやすい場所に放出した感があります。

ひとつの、代償行為だろうと感じます。

このように、一般的に、人は、潜在的に「変わりたくない」という気持ちが
ベースにあります。変化を恐れる気持ちだろうと思います。

もちろん、「変わりたくない」には、古いものを大切にする気持ち、
愛着、なじみのもの、と、いろいろ思い入れがあると思います。
が、それは、
必要に迫られて、長年抑え込まれて、しょうがなく甘んじた
「なじみのもの」であった場合、それは、「偽りのもの」でありながら、
同時に、それが、自分を守る救命道具にもなるのだと思います。

偽りのものが、どれほど、社会生活に不都合を生じていても、
やはり、その「不都合な場所」を選び取るのは、
人の潜在的な「変わりたくない」という気持ちとリンクしている気がします。


さらには、変わりたくない気持ちと、不都合で理不尽な場所に存在する
自分の矛盾の中で、少しづつ怒りを溜め込んでいくのでしょうね。
徳川幕府200年の中には、そういう庶民の気持ちが、内在していると感じるのです。

それが、時折、一揆という形で、怒りの放出となるのでしょう。

この怒りの爆発で、多くの人が、傷つき、悲しみ、または、命を落とします。
そして、放出した怒りは、悲しみと深い傷跡を人々の心に残し、
また、なぜかしら
「理不尽で、不都合な場所」へと、戻っていくのだろうと思います。
なぜなら、先祖代々、物理的、心理的な侵入は、彼らにとって、
嫌だと思いながらも、なじみの場所だからだろうと思います。

庶民は、維新という、新しい風に乗り、自らは先頭きって、行こうとは思いませんが、
新しい風と、古い場所との間にできた、亀裂の間で、怒りを出そうとするのでしょうか。
龍馬が、遠い先のことを見つめているときに、庶民は、目先の怒りを出すことに
やっきになりますが、庶民自体は、「変化」を好んではおらず、
体制の中で、翻弄され続けるものとして、存在している気がします。

長々と、前置きを書いてきましたが、

変化するということには、多かれ少なかれ、「不安」と「恐怖」が伴います。
そして、変化には、痛みが伴います。
かつて、小泉首相が、そのようなことを言っていた気がします(笑)

たとえ、それが、自分を良い方向へ変えてくれる変化であっても、
自分への「侵入」と感じ、「変えられたくない」という強い拒否を示すのが、
普通であろうと思います。


なぜなら、「不都合な場所」に存在し続けてきた人にとって
「不都合な場所」が、自分の大切な場所になっているからだろうと
考えられます。
現状に不満を持ちながらも、
(それさえも、摩り替えて、幸せであると、思い込む力も、人にはあります)
変化に付随する、大変さを思うと、不都合なままのほうが、
自分が予測できる、範囲・・・つまり、自分のテリトリーが守られる事の方が、
最優先されます。
不都合な場所は、不都合ではあるけれど、安心できる場所なのですね。

そういった、なじみの場所で予測の範囲内で生きることは、人は、安心感を抱きます。

*脳科学的には、脳は、安定するために、あらゆる思考を巡らせると聞きます。

しかし、「なじみの安全な場所」という幻想の中では、
今までと同じ結果しか得られないということを示唆しているのではないかと
そう、思います。

そこに、一生安住するのも、よし、
変化をうけいれるも、よし、
どちらが、正しいということもないでしょう。

それは、あなた次第ではないでしょうか。

どちらにしても、あなたが、どちらを選んでも
誰も、何も、困りません。
あなたの選択を尊重するだけです。

しかし、人生では、何度も繰り返し、大きな変化を迫られる局面が
起こってくるはずです。

最初は、小さなところから始まり、
やがて、これでもかといわんばかりに、
事態は、大きくなっていきます。

人の人生の学びの中では、不思議と、設定(?)された気づきを、
ミッションコンプリートするまで
同じ局面が何度も、形を変えて浮き彫りにされてきます。
まるで、ゲームのロールプレイングのように。


もし、そんな時、自分の人生を変えたいと思うなら、


そして、新しい価値観を手に入れるためには、
変化を恐れないということだろうと思います。

今までの、閉ざされた自分の思考回路で、新しいものは
手に入らないのではないかと、そう思うのです。

ネットや本という手段もありますが、
本を読んで、共感し、感動し、
知識を得ても、それは、他者のものです。
しょせん、自分のものではない気がします。

共感し感動したならば、次は、「私」が勇気をもって、変化を
受け入れる準備をすることではないかと思います。


庶民、幕府、維新、龍馬

・庶民(内在した怒り)は、閉ざされた心・虐げられた者(潜在意識)

・幕府(停滞)は、なじみの安全な場所・・・変わりたくない心(潜在的な抵抗)

・維新は、成長する心、新しい風、変化。(混乱も同時に派生)

・龍馬は、変化を起こす・・(行動変容)

大局を見つめる龍馬には、敵も多かったという。
しかし、彼の決意と軸は、常に、日本という大局を
見つめて、ぶれなかった。

この4つが、人1人の内面に、同時に潜むものと感じます。


心の変化を受け入れるためには、幕府を倒し、庶民であることをやめ
ぶれない自らの軸を持つことだろうと感じます。


さて、どれを、選ぶかは、その人の選択ですが、

口先で「変わりたい」といっても、

無意識の「変わりたくない」が、

邪魔をしていないでしょうか。

人の人生は、表面よりも、無意識のほうが、ずっと影響が、強いのです。

これは、私自身にも、言い聞かせるように、書き綴っていることです。
自分に、突きつけるように、問うています。


「私は、真実変わりたいと思っているのか?」と。

「自分の感情や生き方を、誰かのせいに、するのなら、
それは、変わりたくないことを願っているのではないか?」と。

まずは、そこを認めることからしか、物事は始まらないと感じます。

さて、あなたは、誰のために、成長したいと思っているのでしょうか。

自分のために?

誰かのために?

あなたは、本当に、変わりたいと思っているのでしょうか?

痛みを超えて、変わる覚悟が、あるでしょうか?

その痛みは、どこから来ているのでしょうか。

だれかが、与えた痛みでしょうか?

それとも、自分が作った痛みでしょうか?

その痛みは、いったい、誰のものなのでしょうか。

基本にかえって、そんなことを、考えてみるのも、また一興。



【追記】 この記事を書いた後、偶然、同時に、同じことを
     心に思い、記事にして下さっていたお友達がいました。
     あまりに、今日の記事とリンクしていたので、
     記事のリンクを頂きました。
     まるで、私の今日の記事を補完してもらったような記事でした。
     こちらです

     ちえさんも、自分の記事を書いた後、私の記事を
     読んで下さって、内容が、あまりにリンクしていたので、
     びっくり~だったそうです。
     どうも、私が、念を送ったそうな・・・(笑)
     念波友達のようです。あははは (≧∀≦*)
     ありがとうです~。ほんと、嬉しかったです。
     

次回は、おなじみ、時間の配列のお話を、アップしたいとい思います。
   
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 つづき 【最高の贈り物②】
2010-09-22 Wed 18:39
「おれ、言わないけど、おかん、すっげ~って
 思ってるんだよ」

ここからは、息子の言葉を文章にしていきます。

彼が不登校になったとき、
パニックになった息子を、抱きしめ、
夜も、手をにぎり、あるいは、抱っこして
彼が、眠りにつくまで、そうしていました。

彼は、そうしてくれてた私を、今でも覚えているそうです。

不登校になる前、
彼は、ずっと、親が変わって欲しい、
変わってくれたら、と願い続けていたそうです。

でも、もう、自分の人生は、終わったなあと
思った頃で、力尽きて、不登校になったと言います。

やめられなかった、サッカー部
やめるという選択など、ないままに、
あそこが、苦しみの始ま りだったと言います。

居場所のない学校、
元気に明るくふるまっていた家庭。
ぎくしゃくした兄弟関係。

そして、不登校になったとき、
私は、何度も、彼に言いました。

「おかあさんが、守るから」

抱きしめて、抱きしめて、暴れる子に
泣きながらそう言い続けました。
一番、親子で、きつかった時でした。

息子は、最初は、まったく信じていなかったと言います。
また、何かの本を読んだのか?
また、なにかに、かぶれているのか?
疑いの心ばかりだったと言います。

しかし、いつしか、母親の覚悟が、
伝わってきたと言います。

もしかして、変わってくれるのか?
そういう気持ちが、少しずつ、少しずつ、芽生えたと言います。

それは、私の覚悟の度合いと比例していたと感じます。

私の本気が伝わったとき
彼は、自分の人生を、もう一回、やり直してみようと
そう思ったのだそうです。
それは、彼が15歳、高校一年の夏でした。
不登校から二年すぎていました。

結局、私が、本を読んだり、ネットで仕入れた
方法は、なにひとつ、役にはたちませんでした。

必要だったのは、ただ、ただ、子供を守る、それだけの覚悟でした。

そして、ネットを通じて、現実の中で
見守ってくださった方たちの深い暖かい思いを、
私が息子に伝えていった気持ちでした。

それだけのことだったのです。

今回、息子がCちゃんにしてあげたことは、
私が、息子に、すべて、したことでした。

彼は、自分がもらった愛を、誰かのために、使おうとしたのでした。

今回、不器用だけれど、自分の過去を思い出しながら、
伝えようとし、
そこに、私の姿を見つけ、
Cちゃんの姿に、過去の自分を見つけ
これから、自分の生きる未来を、明確にしたのだろうと
感じます。

お父さんは、変わらなかったけど、
お母さんは、変わってくれた。
ぼくは、お母さんを誇りに思う。


人を守ることの覚悟と同時に起こる葛藤、ゆらぎ、
そういうものを、すべて感じてくれての
言葉だったろうと感じます。

「泣かすんじゃないよ~」と言うと
にやりと笑っていました。


おりしも、彼が自分で申し込んだ、大学の願書が、どっさりと
家に、届いていました。
それを、ながめながら、夢を語る、これからの彼の人生を思います。

「どこへ行っても、もう大丈夫やね、信頼してるよ」


「うん」


息子、19歳の秋...



生まれてきてくれて、ありがとう。


私の、子供でいてくれて、ありがとう。


最高の贈り物を、ありがとう。


そして、私と息子に、おしみなく想いをくださった人たち・・・

心から、感謝します。




(参考)ちなみに、どうしたら、親が、子供の気持ちがわかるようになるか
   聞いてみました。
   おかあさんの子供時代、その過去の経験の中に子供だった頃の、
   悔しい気持ち、悲しい気持ち、嬉しかった気持ち、あるはずだと。
   そのことを、思い出すだけでいいんだと。

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息子の長い一日【最高の贈り物①】
2010-09-22 Wed 17:14
たぶん、長文になります。

先日、息子が、我が家に、子猫を拾ってきました。
子猫といっても、人間の女の子です^^;
その日の夜、私が外出から戻ると、娘が
「○○(息子)が、Cちゃんを、連れて帰ってきてるよ」
と神妙な顔をして、ドラマを見てる。
「また、拾ってきたのか~・・・」
これで、二度目っす。

何か、あったのだなと、自室にこもっている二人を
気にしつつも、その夜、放っておく。

次の朝、息子から、
「実は、Cちゃんを、向こうのお母さんに許可をとって、
あずかってきたんだ。」

ひぇ~。

Cちゃんは、以前、うちにも何度か、来てる子で、
その彼氏である、Aくんも、うちを避難場所にしている子。
そのA君が、我が家に遊びに来ているときに、
Cちゃんと、電話で話しているうちに、喧嘩になり
息子は、Cちゃんが心配になって、
その翌日Cちゃんに、メールをし、一日一緒にいたそうな。
しかし、A君のメールを見ただけで、
過呼吸パニック起こす子猫ちゃんを、放っておけず、
うちに、つれてきた・・・

子猫ちゃんのことは、以前から、
息子に聞いていたので、大体の概要は、つかめた。

翌日の昼から、息子は、「バイト行きたくね~な~」と
言いながら、「おかあさん、Cちゃん、見てて」と
バイトに飛び出していき、母は、Cちゃんを預けられ☆ヾ(-Θ-:) オイオイ

時間があいた夕方、Cちゃん(20歳)とじっくりと、話をしました。

プライバシーの問題があるので、詳しいことは、はしょります~。

伝えたことは、自分を守ること、
今度のことは、ただの、きっかけだったこと、
ずっと、我慢ばかりしてて、本音が言えなくなったこと
そのことで、体に症状が出たこと
別れの言葉を言うと、相手を傷つける罪悪感で
苦しんでいたこと

問題を整理した後、距離をしばらく、とることも
提案したのですが、Cちゃんの気持ちを優先して
A君に別れの電話をすることになりました。
ちょうど、そこへ息を切らして帰宅してきた息子に、タッチ交代。
「言ってこい~、終わったら、ご褒美に すき焼きだ~」と
元気に、背中を押して、二人は、自室へ向かいました。

電話が終わったあと、しばらくして
二階から降りてきた二人を迎えて
「よく、がんばったね~」と、Cちゃんの頭をなでなで。
はにかんだように、笑うCちゃん。


そうして、すき焼きを食べるの初めてです~という彼女と
一緒に、ご飯を食べて、
息子、Cちゃんのお家まで、彼女を送り届けに行きました。

その帰り道に、彼が、携帯から書いたブログ記事を
次の日に読んで・・・うるるっと。


その夜、息子が私に、語りはじめました。

息子「おれ、お母さんからしてもらった同じことを、
 Cちゃんに、してあげたいと思ったんだ。
 A君のことも気になったけど、
 おれ、間違ったことはしてないと思ってるよ」

母「Cちゃん、赤ちゃんになったんやね。抱っこして
 手をつないで、添い寝してあげてたんだ」

息子「うん。Cちゃんの気持ちがわかるから。助けてあげたかったんだ。
  寝言を言うんだよね、怖い、怖いって」

母「そっか、あんたも、そうだったもんねえ、昔」

息子「Cちゃんは、電話の後、泣いて、少し過呼吸気味やったけど
 立ち直りが、思ったより、早かったので、おかあさん、何か
 Cちゃんに、しおりを入れたなと思ったよ。すげ~って思った」

母「あはは、そりゃ、そうだよ」

息子「おれのしたこと、A君に対する裏切りかもしれないけど
 Cちゃんを、守りたかった。
 それで、学校で、仲間から、はじかれても後悔しないよ。」

母「そか」

息子「でもね、こいつは、信用できるって思ってるやつに、
 事情を話したら、『お前が思ってる以上に、おまえの味方は多いんだぞ。
 おまえに助けられている子は、多いんだよ』って
 言われてね・・・うれしかったんだ」

母「さすが、T君やね」


息子「だから、もし、今回のことで、みんなが敵にまわっても
  それは、それだけの人たちだったって思うんだよ。
 1人が、「裏切り」だって言いだしたら、みんなが、その方向に
 簡単に、傾くんだよ。人は、そういうものだから」

母「あんたが自分がやったことは、間違っていないと信じた道なら、
 それでいいんだよ。
 自分を本当にわかってくれる人は、少ないけれど、
 その人たちを大事にしていければ、その方が、心が豊かだと思うよ」

「うん」

そんな会話で、夜がふけていきました。


(続く~)
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夕焼け
2010-09-18 Sat 22:11




近所の海に、娘と行ってきました。

9月とはいえ、連休のせいか 浜辺は人出で賑わっていました。





では、でか~~~い、東シナ海の 画像をどど~~んと!







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んと・・・違いますね、カニの殻です・・・(-_-;)


では、次こそ!


きれ~~いな海の画像を!










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あ、あり?


ちっちゃい、わんこの足跡~

か、かわいすぎる・・・

足跡の先には、ちっちゃい、ダックスが~

こりゃ、こりゃ、また、よそ見してる・・・



(*゜ロ゜)ハッ!!・・・こ、今度こそ、マジで海です!





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やっと、見えました~ヽ(゜▽゜*)乂(*゜▽゜)ノ バンザーイ♪

海だ、海だ! 朝日じゃないよ、夕陽だよ



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今日の日も、終わりました~


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陽が沈んだ後の、静かな海


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そして、空には、お月さま。

ってなこって^^


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泣かないと決めた日
2010-09-12 Sun 14:26
今年の前半のドラマに「泣かないと決めた日」という番組がありました。

会社内の熾烈ないじめに、苦しみ、泣き、あきらめ、葛藤し、
死を選びそうになりながら、
周りに支えられ、やがて、いじめに立ち向かい、
這い上がっていく、ひとりのOL角田美樹に共感を覚えた方も多かったのではないかと思います。
動画サイトでも、公開されていますので、興味のある方は探して視てくださいね。


今回は、そのドラマの話ではないのですが・・・
社内でいじめを受けている時の主人公の表情を見ると
目が下向き目線であり、おどおどした様子が体全体から
かもし出されています。
ドラマを見ているほうは、いじめる方、いじめられる方、両者に対して、
すっきりしない、イライラ感を、毎回募らせていったのではないかと感じます。

もしかしたら、このイライラ感ゆえに、
途中で、見るのをやめたという方もいるのでは?と思うくらいです。

「若いんだから、会社にしがみつかなくていいのに」
「死ぬほど追い詰められて、うつ状態になるくらいだったら、やめたらいいのに」
「やり直しなんて、いつでもできるのに」
「そこまで、いじめて、何が面白いんだろう」
とか。。。視る者の内面のバランスをいかに、崩そうかとするかのように、
試されるようなシーンが、前半のドラマでは数多く用意されていた気がします。
悲惨なシーンが多いのに、なぜか、目が離せない・・・
そういう妙な感覚があったことを、思い出します。


実は・・・このバランスを崩す数々のシーンを、苦しかった不登校最盛期の
自分に重ねたりして視ていました。

まったく、ストーリーとは、関係がない事なのですが、
どんな見方をしてんねん!と、自分では思いますけどね。
なにが、この、不登校を思い起こさせたのか・・・

心のバランスを打ち砕こうとする、外部からの侵入と
自分の心のバランスを保とうとする、この両者の感覚が、
崩されそうになる危うさが
ドラマとリンクしていたのだと感じます。

最後まで、息子は、このドラマを、見ることはしませんでした。
このドラマが始まると、自分の部屋に行きました。
心のどこかで、うっすらと、「彼は、見れないだろうな」とは、思っていました。
こういった、崩されそうになるようなドラマは、
自分の過去とリンクしますから、まだ解決していない問題を
彼が、かかえていることを示唆しています。
それでも、大方のドラマは、見ることが出来るようにはなっていますが、
このドラマは、無理でした^^;


さて、私はというと、子供が不登校になったころの私の心の状態というのは、
まさに、この主人公の心の状態と似ているなあと、改めて考えてみて、納豆~

あ、ちゃうねん・・・(汗、 納得です。



「お母さんには、結局ぼくの気持ちは、わからへんのや」
「ネットばかりして、肝心の家庭は、みようとしていないやんか」
「本ばかり読んで、わかりもしないくせに、わかった風な口をきく」

そういう、突き刺さるような言葉。
否定される感覚。
外部からの侵入するような言葉。
そこを、立て直すように、言い訳ばかりしてきた私。
その頃、唯一、パソコンだけが、命の綱だった私。

「わかってよ、私だってつらいんだ。どうしていいかわからないんだ」
そういう言葉たちを飲み込んで、息子と同じように昼夜逆転になっていった私でした。

視線をそらし、誰か助けてよと。
崩れていく足元、頭から魂が抜けているような日々。

息子がリストカットをすると、気持ちは動揺しながら、
泣きながら、黙って、手首に包帯を巻いたことを、昨日のように覚えている。
この子は、もう、生きるつもりは、ないんだろうか・・・
それとも、この傷を、私に突きつけて、訴えているのだろうか・・・。
短時間の外出でさえ、帰宅したら、息子が生きているのかを確かめて
ほっとする。


「私は、何をやっているんだろう・・・」
自分が情けなかった。先が見えなかった。

息子の気持ちを思うより先に、こんな運命が
どうして、自分に用意されているのだろうと、自分を哀れに感じた。
でも、意地でも自分が哀れだなんて、思いたくない・・・。
そんな自分が、悔しくて、悔しくて、理論を求めた。
方法を求めた。でも、どれも、息子には、通用しなかった。


それは、ある日、突然に・・・起こったわけではなかったけれど、
不登校が始まって、1年と少しの頃・・・

もう、いいよ。

切りたいなら、切ってしまってもいい。

どこまでも、付き合うよ・・・

諦めとも、放り投げるとも違う、異質な気持ちが沸いてきた。
そう思うと同時に、息子の吐き出しが始まった。
長い、長い、吐き出しの時期。
夜のとばりの中で、毎日新聞屋さんが来る朝方まで、話を続けた時期。
私は、夜、寝るのをあきらめた。
寝るよりも、彼との吐き出しの時間を大切にしたいと思っていた。

家族には、申し訳なかったが・・
朝起きて、娘のお弁当だけを作って、再度寝る日々。


いいよ、一緒に、ゲームしよう。
眠れないのなら、どこまでも、付き合おう。

一見、甘やかしにも、とれる。

彼は、夜の私との時間は、赤ちゃん返りをしていた。
わがまま、言いたい放題、不安定、巨大化した理想と
現実の自分のギャップへの不安、そんな赤ちゃんだった。
おびえる子供の時は、手を握り続けた。
理不尽で、矛盾したことでも、彼自身はそう感じていることだと理解した。
赤ちゃん、子供とは、本来は、そういうものだ。
正論は、無し。


もう一度、やり直した、子育て。

本当は、数十年もかけて経験しなければいけなかった子供時代を、
半年で、やり直した。
大まかであったけれど、本当は壊れたものは、再構築することは出来なくても、
新しい基盤を作り直した時期。

*当時のことを振り返って、最近彼は、
「壊れたものは、もとには戻らない。
けれど、新しい心が、あのときから、作られ始めた」
と、表現する。
これは、まさに、ACの回復と同じだと感じる。
「だから、僕には、二つの基盤がある」と言う。
私と一致する感覚・・・
親子で、同じ感覚を持っているのだなあと、しみじみ思ったものだ。
新しい基盤は、まだ、完成ではなく欠けているものも多いけれど、
それで、生きていくしかないからと、そう彼は言う。
彼の言葉を聴きながら、世代間連鎖は、終わりがないのだと痛感する。
しかし、いつの世代でか、終わりが来ることを信じたい。
だから、私も彼も、自分の経験したことを伝えるということに、
こだわるのかもしれない。

いつの日が、二つの基盤が、交わる日がくるように。



「泣かないと決めた日」・・・

主人公が、いじめと対峙するとき、
目に力が入った。ぶれない強さ、ぐっとこらえる力が
体全体から、表現された。
昨日まで、自信なげな顔つきが、変わった。
さすが、役者だなあと、感心してる場合じゃない^^;

人は、決意をすると、このような姿勢、
顔つきになる。目に力が入る。
足を踏ん張って、退かない気持ちを表現する。
お腹に、こらえる力がはいる。(丹田といって、へその下5センチのあたり)
腹式呼吸になり、息が深くなる。
どんな人生でもOkだ。

覚悟が決まったとき。
私が息子と向き合おうと決めた日。

リストカット、ゲーム、とことん、満足するまで付き合うよ。

君が、満足するまで。

決して、死なせない。

死なせはしない。

もう、自己れんぴに、浸ってる場合ではない。

私の心がそう決意したとき、彼は、少しずつ変わりはじめた。

私が、泣かないと決めた日から、彼は、リストカットをしなくなった。

暑い夏に、パーカーを着て、頭まで隠していた彼が、

パーカーを脱いだ。

そして、赤ちゃんから15歳の少年になった。

あの時のことを、私は、忘れない。

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終わりと始まり
2010-09-01 Wed 19:10
9月になりましたね。

9か月前に、思いつきで作ったコミュニティで
多くの方と出会うことができました。

そのコミュを、昨夜、閉鎖致しました。

退会のボタンを1人1人押しながら、
会員さんの顔(?)を思い浮かべていました。

ありがとうの気持ちを込めて、
ひとつ、ひとつの出会いに、感謝します。



いつでも、どこにでも、出会いは、あると思います。
心を開きさえすれば、新しい世界が開けるのではないかと思います。

新しい扉は、いつでも開いている。

けれど、それに、気づかないでいることが
人は、多いのかもしれませんね。


出会いによって、人は、変化し、
出会いによって、人は成長できる。


いつでも、なんどでも、
やり直し、生きなおし、できること。
願い続けていたなら・・・、そうなろうと・・・
明日は、必ず回復しようと・・・、そう思う心があるのなら、
きっと、誰にも平等に、チャンスはあるのだと、
そう、きんたろうさんも、コミュ最後のトピックで
おっしゃっていました。


私も、そう信じていたい。

人の変化を喜べる人であること
共に、共有することができること
つながること
本音で話すこと
置き忘れた学生時代のようなつながり
時には、気持ちの行き違いもある、
気持ちが穏やかでないときもある。

それでも、それでも・・・、心がつながった時の喜びは、
何物にも、勝ります。
人とつながる、喜び、嬉しさを
コミでは、教えて頂きました。

本当に、ありがとう。

終わりではありますが、新しいスタート。
私も、また、自分を見据えて、
心を新たにして、歩いていこうと思います。


これからも、よろしくお願い致します。

私から皆さんへ、感謝の気持ちをお伝えしたく、
「糸」と「重き荷を負いて」の歌と共に、記事にしました。







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