author : rinrin
怒られても好きだった人【過去回想2】
2010-12-20 Mon 15:34
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ブロマガって何?
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一歩!
2010-12-18 Sat 14:23









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アイス ブレーキング
2010-12-16 Thu 13:35
今年は、とある講座に(いや、別に隠さなくてもいいんやけど^^;

7ヶ月通いました。

その一番最初の講座で、「アイス・ブレーキング」の体験
というものが、ありました。

アイス・ブレーク(氷砕船・氷を砕く)
そういう意味があります。

実習では、50名前後の講座生が、はじめて顔を合わせ
そして、思い思いに、部屋の中を、誰とも目を合わせず、
言葉も交わさず、歩いてまわるということをやりました。

妙な感じでした・・・

たくさんの人がいるのに、心の交流が無いという不思議空間は
異様な感じでした。

それは、大勢の人の中で、自分だけが隔離されているような感覚・・・
相手の気持ちも、わからない
自分の気持ちも伝えられない
まるで・・・自分が亡霊のようになってしまったかのような
「嫌な感じ」でした。
みんな、どんな気持ちでやっているのだろう、
無表情から、何もわからな感じで、焦りと
恐怖が、心の中に次第にわいてきます。
そして、虚無感・・・

感情の交流が無いということは、こうして、人に
虚無感を与えていくのだなあと、実感できる体験でした。

次に、その場で各自が手作りの名刺を作りました。
自分の趣味、年齢、興味のあることなど、好みで自分のことを書いていきます。

その名刺を持って、今度は、お互いに目があった人に
名刺を交換しながら、自分のこと、相手の話を聞きます。
場は、さっきの凍りついたような会場の雰囲気から一転、
笑い声、しゃべる声にあふれ、暖かい感情のエネルギーに
満たされていきました。

感情を交流させることは、心の氷を砕くこと・・・
自分の心も相手の心にも、虚無は一瞬のうちに消えてなくなりました。

虚無には、疑心、孤独、空虚、寂しさ、苛立ち、不信、怒り、批難、
嫉妬、比較・・・
マイナスの感情ばかりが、含まれる気がします。

満たされる感覚は、互いに心を触れ合わせ、
そして共感的に聞いてもらい、
自分の気持ちを受け取ってもらえた体験であり、
喜び、楽しさ、暖かさ、安心感が
少しずつ、育っていくのだろうと思います。

「自立ということは、孤独であること」と
ずっと、以前、私に言った人がいました。

私は、そう思わない・・・
自立とは、豊かな人間関係であり、人の暖かさをを受け取り
伝えていく循環ではないかと思います。

心の氷・・・凍りついた心、閉ざされた心を
溶かすのは、良くも悪くも心の交流しかないのではないかと
やっぱり、今でも思っています。

自分の出したトゲは、自分に戻ってくるとよく、あなここでは言いますが、
出した暖かさもまた、自分に返ってくるんだなと、
昨日、発見しました^^(ありがと~Kさん)
どんな感情も、出したものが、必ず自分に返ってくるのだと思います。
もし、今、冷たい環境であれば、そういう時こそ・・・
どうせなら、暖かい気持ちを出していけば、
少なくとも、自分は傷つくことは、ありません。

自分を大事にすることは、そういうことではないでしょうか。

子育ても、同じようなことではないかと思いますよ。

心の氷、砕いていきましょう^^

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【あなここよりのお知らせ】重要
2010-12-13 Mon 02:25
あな’ここ が、カウンセリングルームとして、
4月からスタートして約9か月過ぎようとしています。
これも、日頃より応援して下さる皆様のご協力とご支援のお陰と
心より感謝いたしております。

本日は、お知らせ第一弾として、

①あな’ここ の名称の変更
②料金改定のお知らせ
③来年3月からの新規二期募集予約のお知らせ
④あなここのシステム変更の予告
⑤セッションを受ける前にお伝えしておきたいこと

の告知を致します。



①あな’ここ の名称の変更について

あな’ここは、現在カウンセリングルームと名打っておりますが
セッションの内容上、一般的な傾聴的「カウンセリング」オンリーではなく
カウンセリングは、もちろんのこと、
コーチング、コンサルティング、ナビゲーター、
人間関係開発のための自助グループ的要素における援助など、
複合的な要因を含んでいることから、「カウンセリング」の名を廃止し
新たに、Core(核) Rebirth(生まれなおし)セッションとします。

正式名:コアリバース・セッション(CRセッション)    

また「あなたの心をまもりたい」は、廃止し
ANACOCO あなここ(通称:あなここ)
を、正式ルーム名とします。
名称は、本日より有効とします。(HPの方は、近日中に書き換えていきます)

 
②2011年3月からの料金改定のお知らせ

これまで1時間1,500円としていましたが、
2011年3月より、2,000円に変更します。
超過料金については、3時間以上であれば、5分超過ごとに150円加算
3時間未満であれば、10分超過ごとに300円加算されます


 ③来年3月新規募集予約開始について

今年は、6月より半年の間予約を停止しておりましたが、
本日より、3月スタートの第2期新規募集の予約を開始させて頂きます。
枠に限りがありますので、お早めにお問いあわせくださいませ。
なお、webによるスカイプボイス、ヤフーメッセンジャーボイス・文字チャットを
中心に行い、場合によっては単発で携帯電話(au/softbank)でのセッションを行っています。
お1人の方にきんたろうさん(ボイス)とりんりん(文字チャ・ボイス)の共同でセッションを行っていきますので、ネット環境を整えた上でお申込みください。
現在のところ、対面セッションは行っておりません。
セッションのシステムについて、質問等ございましたら
HPのメールフォームよりお気軽にお問い合わせくださいませ。
新しい出会いを、心よりお待ちしております。


④システム変更予定のお知らせ

今後の方針と致しまして6か月連続セッション(月3回×6か月)を受けられた方は、
2カ月間のセッション休止のクールダウン期間を設定することとします。
この間は、メールもセッション申し込みも受け付けないことになります。
ただし、チャット板、掲示板、グループ間の交流の制限はありませんのでご自由にご利用ください。
2カ月のクールダウン期間が終わりましたら、今後のご自分のビジョンを明確にされた上で
セッションの申し込みを随時受け付けていきたいと思います。
理由としては、モチベーションの低下、慢性化、依存防止の為です。
この件に関しましては、実施時期・方法等は、まだ決定しておりません。
今後のあなここの方針として留意されて下さい。



⑤セッションを受ける前にお伝えしておきたいこと

私たちは、一般的なカウンセリングのように、
傾聴するだけでは、時間の短縮は出来ないと考えています。
通常5年~10年かかる回復の時間を1年~2年に凝縮し、
ご本人のAC回復及び不登校のお子を抱えた親御さんの苦しみの時間の短縮を目指しております。
しかし、自分自身のありのままの姿を認めたり、
ご自分の歪みを心の底に腑に落とすには、痛みを伴うこともあります
Aライン

もちろんセッション時には、共感・暖かさ・励まし・傾聴も同時に
行っておりますが、クライエント自身の「自分が変わる力」
「あきらめない力」が何より必要であると感じています。

また回復の時間短縮のために、チーム・グループネットワークの
つながりを大切にしています。
セッションを受けている方同士のつながり、ネット上のブログや
チャット板などの交流で互いに励まし合い、教え合い、
相談ができる集団療法の形を取り入れています。
後から来た人も先にいた人も関係なく所属できる場所だと考えています。

これは競争や比較を強いているわけではなく、人材育成を目指し、
互いに学び合うことで自己表現の練習(アサーション)
言葉のエネルギーの交換(感動)及び学んだことを人に伝えることにより
アクティブかつ、自立的に練習(行動療法)できる場となっております。


回復を目指す仲間と共に学んだことが、家族や身近な人に対する
コミュニケーション力になると考えています。


このように、あなここのセッション及びそれに付随するコミュニケーションは、
回復のためのツールとしてオープン&自由に行っていますが、
これらの時間短縮・グループでの回復システム及び
セッションの在り方について不満や反発等を感じられる方は、
ご自分に合った個人型の傾聴カウンセリングに行かれて下さい。



しかしながら、難しいことは必要ありません^^

「私が、変わりたい」この覚悟さえあれば十分です。

私たちは、あなたの心の回復を、全力でお手伝いさせて頂きます。

そして、新しい出会いを楽しみにしております^^

以上のこと、どうぞ、よろしくお願い致します。


文責:りんりん



【つぶやき】
肩凝った・・・(; ̄ー ̄A アセアセ・・・
堅苦しい文章になっちゃいましたが、
もとは、グータラで、出来てるので
いつものごとく、行き当たりばったりです。
どうぞ宜しゅうに(o^▽^)o)ペコッ
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ハグすること
2010-12-12 Sun 18:45
私のブログを読みに来てくれる方たちは、
心に傷を負った方がほとんどでしょう。。。

セッションのときは対話しながら、
気持ちを受け止めながら、癖をひとつひとつ
伝えていくので、申し訳ない気持ちと、
ここを越えて欲しい気持ちと・・・
クライエントのけなげな人生の一部に触れて
また、切ないきもちも入り交ざります。

不登校から回復する方法
ACから回復する方法・・・
ひとりひとり、個性も違うし、
方法もあってない様なもの

不登校初期の方に、子供の気持ちを聞いてあげてくださいとか
子供に、任せてみてください
お母さんは口出ししないようにとか
そういうマニュアルもあるのだけれど・・・
その中に、「暖かさ」「見守られている感覚」が
子供に伝わるのかどうかだけが、
ポイントなのではないかと思うのですよ。
それは「監視」「思い通りに動け」ということと
真逆の感覚です。


不登校初期の頃、私自身には、
「あったかいって何?」
「見守るってどういうこと?」
って、さっぱりわからなかったことでした。

わからないはずだよ・・・
私自身が、そのことを体感した感覚が
なかったのだから。
自分が知らないことを、
子供に伝えることができるわけもなく・・・
ただ、理論だけで、行動に移そうとしていた頃
こうしたら、こうなる!みたいな(笑


さて、ネットデビューして、8年・・まもなく、9年目に突入します。
一期一会で、たくさんの方と交流する中で
あったかいつながり、見守られている感覚を知っていきました。
もちろん、悲しいことも、トラブルなどの大変なこともありましたが
それでもその積み重ねが、今の私を作っているとそう思っています。


余談ですが、先日、Yちゃんという高校生の子に、お会いしました^^
とても、小柄でかわいらしく、小さな子リスのようなお嬢さんでした。

でも。。なんて、とんでもなく、苦しんでいるのだろう・・・
寂しさが、表情と全体からすぐに、伝わってきました。
ああ、この子に、人のぬくもりを、伝えたいと・・・
抱きしめ、頭をなで、手を握り、「ひとりで、よくがんばってきたね」
と声をかけました。
どうか、この子が自分の人生を生きていけますように。
ぽろぽろと、お互いに泣きながら、抱っこしていました。

Yちゃんが、抱きしめられた感覚を、人生のどこかで、覚えて欲しい・・・
Yちゃんの体温もまた、小さな小鳥の鼓動のように伝わってきました。

伝えあうこと・・・

それだけのことなのだと、思います。

(Yちゃん、書いちゃってごめんさ~い^^)

Yちゃんには、もっと、太ってる人かと思った~って
言われた私(笑 どんな、イメージやねん~


それはさておき、
私たちは、セッションの中で、この抱きしめられた感覚を
ひとかけらでも、言葉や文字で、伝えていければいいと思っています。
それが、心の回復の力になっていくと、そう信じています。

そして、受け取られたものは、
やがて、いろいろなところに、旅立っていくのだと
そう思っています。

タンポポの綿毛のように
そんな未来を想うだけで、心がほっこりしてきます

受け取ったものは、次にまわしていく
一瞬、失ったように見えるけれども・・・
そうしたら、新しいものが、また必ず自分のところにやってくる

循環していく想い

言葉は、想い・・・そして魂
暖かさを次の世代に、つなげていきたものです。

「Q10キュート」を見て、そんなことを思ながら、
つらつらと・・・綴ってみました。
(今期のドラマは、「流れ星」と、「キュート」っすね!)
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乖離と感情について【不登校・アダルトチルドレン】
2010-12-10 Fri 13:24
乖離についてのwikiの説明

「目覚めて夢を見る人」・・・ぴったり一致しました。


脳の処理能力を超える状況になると、非論理的な行動・言動・思考の状態が「パニック」


「パニック」(突然襲ってくる混乱状態)


誰でも普通に「パニック」に陥ることはあるでしょう。
状況を把握しながら、冷静になろうとする能力も、
また、人は持ち合わせていると思います。

持ち合わせている人は、孤独でない人。
心がオープンな人。
受け止めてもらった経験が豊富にある人。


持ち合わせていない人・・・
(私みたいなACさんですね^^;)

心が閉じているから、どこにももっていきようがない。
1人で、閉じ込められた箱の中で、大嵐が吹いている状態を
ずっと、持ち続けなければならなくなります。

「感情を出すな」
「誰も助けてくれない」
「楽になったらいけない」
「泣くな」
「笑うな」
「喜ぶな」
「誰も信用するな」
等の禁止メッセージを、親からたっぷり吸い取った箱の中で
1人で泣き叫ぶ状態になる


このままでは、日常生活がおぼつかなくなる。

心の防御システムが発動し
「自我」と「心(感情)」を切り離さざるを得ない。

そして「乖離」

パニックの原因となったものを感情から切り離す作業が行われる
本を読む
PCに没頭する
空想・妄想する
いつか誰かが救いに来てくれるという
シンデレラ的妄想もあったり
美しいものへのあこがれ
神聖なものへの崇拝
パニックの元になった関係者へのやり返し的思考


                           ↓

間違ったものへの激しい憎悪(憎悪と正義感の取り違え)


この乖離・妄想の状態で、強固な「配列」を作っていくのでは
ないか・・・と予想してみました。

この配列の中で、安心し、つかの間の安堵を得る・・・
信条だったり、価値観だったり、あるいは宗教であったり
許せないということが、多ければ多いほど、配列もまた多いということになります。






しかし、現実の生活では、配列はいともあっさりと、すぐにぶち破られる

そして、最初に戻るの、エンドレスゲーム・・・


乖離の状態では、自我と感情を切り離すので、
記憶と共に、感情もまた、誰にも受け取ってもらえないまま
(自分さえも、受け取れない状態)
意識の底に沈んでいきます。


記憶=感情

失われた感情に、出会うためには



人のぬくもりや、あたたかさを体験すること

誰かと気持ちや時間を共有すること

楽しいことを体験すること

感情を出してもいい安心な場所があること

信頼し、信頼される体験をすること

そして

もらうばかりではなく、与える喜びを体験すること

どんな自分になりたいのか、ビジョンを持つこと



そう思うよ。理論なんか、どこにもないっすね^^

配列を崩そうキャンペーンと、ビジョンを持とうキャンペーンちう!



【おまけ】乖離例

馬鹿にされる・異常に怒られる
(刃物、先端恐怖、舌打ち、咳払い、嘲笑 等々)
   ↓

  パニック

   ↓
 (乖 離)
記憶の底にある馬鹿にされた言い方・怒られ方・状態のパターンを
配列化する(乖離状態化で行われるので感情は押し込められる)

   ↓

特定の言葉、表情に、強烈な嫌悪を抱く
異様な正義感、こだわりが、固定化される

   ↓

年齢を経ていくにつれて、さらに強化・広域化
配列の構造化・合理化(自己正当化・他者攻撃)
*その割には、他者には同じ事をしていることには無意識

   ↓

  (パニック)
繰り返されるたびに、慢性的になっていく


覚書のつもりで書いたのですが、せっかくなのでアップしときます。
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食卓の風景【過去回想1】不登校・アダルトチルドレン
2010-12-04 Sat 23:42
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ブロマガって何?
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オープンであること
2010-12-02 Thu 12:23
おそらく、セッションで、対話したこと、学んだことをこれほど
オープンに公開しているカウンセリングルームは、他には無いのでは
ないかと思います。

オープンな場所であるということは、ある意味人間関係トラブルが
多発する危険性もかなり高いということです。
また、一般的な閉じられた回復プログラムなら、人間関係のトラブルも無く
カウンセリングをする側の私たちも大きなリスクを背負い込むこともないのです。

が、あえてオープンで行うことにこだわる理由を列記しておきます。


@自分が学んだことを後から来た人に伝える
 
自分がセッションの中で気づいたことを、他者に伝えることで、
自分への再確認になります。
伝えるには、しっかりと自分が理解し納得していなければ
伝えることはできませんね。

例えば「このコンビ二のケーキがおいしかった!」と
自分が食べて、感動したことがあったとします。

どこの店に売っているのか、なんという銘柄なのか
どうやったら手に入れられるのか、値段はいくらなのか
ケーキの何が、美味しくて感動したのか
人は、自分が知ったことを情報として、他者に伝えたくなるものです。

いかにケーキが美味しかったかという感動と分析を他者に伝えることで
感動と情報を共有できるようになりますよね。
感動と情報を伝えられた他者は、「なるほど」と納得したり、
「じゃあ、私も食べてみよう」と、心が動きます。
このように、人の心を動かすには、感動がどれほど相手に伝えられるか?
ではないかと思うのです。

また、伝えることで、自分の言葉で語る練習にもなります。
2人で共有することで、新たな発見がみつかったりします。

しかし、うまく伝わらないこともありますね。
そこで、どうやったら相手に伝えられるのか・・・
そう考え始めます。

なぜ、伝わらないのか・・

自分の中に、ひとりよがりな解釈が入っていないか?
一方的でないか?
相手を置いてきぼりにして、自分の気持ちだけで
会話を突き進んでいるのではないか?

これは、不登校の子供との対話の練習になるのではないかと思います。
伝えることで自分の癖を認識し自分で修正をかけていくことができますね。

そして、さらに、伝え共有することで、新しい見方を提示してくれる
素晴らしい他者の存在を得ることになります。


@人間関係のトラブルから学ぶ

あなここは、それぞれが、回復したいという目標の設定の上での
人間関係があります。
慰めあい、同調、パワーゲーム、共依存で成長しない場所となること
は、避けなければなりません。
(避けるために、常に問題を本人に返していきます)
よって、
「なんのために、ここにいるのか?」

「あなたは、どうなりたいのか?」
を、セッションの中でも絶えず問いかけていきます。


その上で、人間関係のトラブルが起こることにより
自分の受け取り方の癖、思考の歪みを本人が気づいていくようになります。
不思議なことに、歪みが取れていくと、自己修正ができるようになり、
好きな人が、どんどん増えていきます。
自分の中の負の感情を、自分で処理できるようになります。

*途中(セッション開始後2~3ヶ月後くらいと、半年くらい)
怒りや憎しみがわいたり、嫌いになったり、言葉に傷ついたり
辛い気持ちが沸き起こりますが、歪みがとれてくるとこれも次第に楽になっていきます。
 
他者によって傷つく理由は、自分の受け取り方、捉え方、処理の仕方に
問題があることに気づいていくからですね^^


また、オープンにしている限り、AC特有の強烈な劣等感との
戦いもあります。他者との比較が必ず、始まります。

「私は、あの人より劣っているから」
「あの人は、社交的だから」
「私は、自信がないから」


比較には、「行き過ぎた劣等感」「行き過ぎた優越感」の両極があります。

「行き過ぎた劣等感」には、かつて、幼い頃、
気持ちを受容してもらえなかった小さな子供が、
大人になってもなお「私をだけを見て」と泣き叫んでいる姿が
思い浮かばれます。
かなえられなかった幼い頃の気持ちが、大人になって、
嫉妬、憎しみ、怒りに変わっていくのでしょう。
人間関係の中で、劣等感は、嫉妬であることを学ぶことができるでしょう。
それを自分で気づき、自分で修正しようとする力をつけていくことが
大事になります。

反対に「行き過ぎた優越感」・・・
劣等感だけでは、人は生きていけません。
劣等感を解消するために、ささやかな優越感で
心のバランスをとろうとします。
その優越感は、ほぼ、劣等感と同じ感覚であること
ワンセットであることを、
人とのトラブルの中で、体感していけるのではないかと感じます。
 
上から目線の自分
必要以上に特別に扱ってもらいたい自分
必要以上に卑下する自分

それらの傲慢な気持が、歪みを発生させていることを
知ることも、できる思います。

その歪みが、子育て、家族にどれほどの影響を与えているか
やがて、体感することができるのではないかと思います。


こうして、セッション内容をオープンにすることは、
決して「競争」を強いているわけではありません。
先を歩いている方から、学んでくださいとお伝えしています。


先を歩いている方は、自分とどう違うのか?

なぜ、歪みがとれたのか?

どうやって、変わっていったのか?


一歩、「比較」「嫉妬」の世界から踏みだして、
先を歩いている方に、接触して、
貪欲に学んで欲しいという願いがあります。
もし、クライエントが「競争」と感じることがあるならば、
その受け取り方そのものに歪みがあることを、示しているだけのことです。

人と関わることで、自分が見えてくる・・・
私たちは、この回復方法しか、ないと思っています。


先日、とある不登校関係者のブログで
こんなことが、書かれていました。こぴぺしておきます。

私も、感覚的には、↓の文章に書かれていることに
大まかなところでは、賛成ですが、小心者なので恐ろしすぎて、
こんなにすっぱりと、書く勇気がございませんので(いや、ほんとっすよ)
このさい、人の文章から、お借りしてきました~。
ちなみに、この方、男の方です^^


続きは、↓


オープンであることの続きを読む
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逆配列【配列3】 【アダルトチルドレン】【不登校】
2010-12-01 Wed 10:04
長らく放置しておりました(汗; 「配列シリーズ」
では、早速、参りましょう~。

セッションの中で、「逆配列」という言葉を、聞かれた方もいらっしゃると
思います。
まず、「逆配列」の例を、具体的にあげていきたいと思います。

①職場編
一般的に、職場はたくさんの個性的な人の集まりです。
その1人1人が、それぞれの価値観をもっている集団の場所です。
その中で、はっきり、自分の意見を言える人、そうでない人、
いろいろ、あるのではないでしょうか?
その中で、上司から指示を仰ぐ場面も多数出来てきます。
そして、その馴れ合い度によって、
いちいち指示を仰がなくても、「あの上司は、こういう方法が好みだ」と
自然に、わかってくる場合もあります。
もし、上司の意見と自分の意見と対立しそうな時は、
互いに、いかに自分の言葉を伝えられるか、コミュニケーション力が
試される場面も多いことでしょう。
しかし、生育暦による「逆配列」を身に着けてしまった方は、
自分の意見を伝えるのではなく、上司が考えるであろう・・・または、
その上司が部下に期待しているであろう方法を、言葉や態度から察し、
その期待されたことを上司の手となり足となり「自分の意見・やるべき事」として行動してしまいがちではないでしょうか。

そして上司から「ほめられる」というご褒美をもらえることを期待してしまいます。
思うような、ご褒美をもらえたら「うれしい」、
そうでなかったら「私は、価値がない」という、まさに、相手次第の
両極な生き方を選択していきやすいのではないかと思います。
しかし、これやり続けていくと、職場のあらゆる人の期待に添っていかなければならないので次第に疲弊し、人間関係が破綻していくのだろうと感じます。

これは、私自身の経験ですが、ある一定のグループ(職場・友人関係)に、
長期間所属するということが昔はとんと出来なかったのです
(; ̄ー ̄A アセアセ・・・
その理由は、この「相手の期待にこたえる、望むことを察しそれを自分の配列にしていく」という行為が、時間がたつにつれて、次第にどんどん増大していき、結局、持たなくていいものまで持つはめになって、人間関係が破綻していくという繰り返しでした。


②学校での役員決め編
皆さんも経験あるのではないかと思いますが・・・
し~んと、全員がうつむいた状態で、先生の困った顔だけが、目にちらつきます。
父兄は、役員を自分が引き受けることができない理由を、口々に訴えます。
参加者が、働いている、帰りが遅い、単身赴任・・・と、聞くと
専業主婦の自分が、だんだん、自分が役員としてなるように
期待されているかのような、もしくは、引き受けなければならないのではないか
と、じりじりと罪悪感を感じるようになります。
じゃんけんになるくらいなら、私が、引き受けてしまえば、この場のみんなが
すぐに、帰れる、先生もほっとするだろう。
なんだかまわりの視線が、自分に向いてきているようで座っているのも苦しい。
それなら・・・・と「誰もいなかったら、引き受けます」とつい口にしてしまう。
その言葉を待っていたように、拍手が沸く。
「ひきうけてくれて、ありがとう」「手伝うからね」
皆からの一瞬の感謝に、複雑な気持ちを引きずりながら帰路につく・・・。
そして、1年間、家事を放置して、自分の時間を削って、
結局1人で役員行事にへとへとになるまで、奔走するはめになる。
家庭では、子供や夫に、当り散らしながら。
そして、1年が終わる頃「大変だったけど最後までやれてやってよかった。
知り合いも増えたし・・・」と大変な思いをした一年間を合理化し自分を納得させていきます。


②友達編
1対1の友人関係なら、①の職場の関係とほぼ、共通ではないかと思います。
しかし、それが、4~5人の関係性になるならば、どうでしょう。
一対一ならいいけど、グループになるとなかなか発言しづらい、
という経験をされた方は、いないでしょうか。
仲間の顔色を見ながら、おちゃらけてみたりするものの、
大事な決め事・・・例えば旅行の計画とか、遊びの計画など・・・
意見を言ってもいいところで、何も言えずに、不完全燃焼な自分に気づいたりします。
単なる、引っ込み思案も、あるかもしれません。
でも、Aさんの意見、Bさんの意見、Cさんの意見、それぞれ違う。
この三つの意見のどれに、自分が合わせていいのか、期待された役割なのか
人数が増えれば増えるほど、次第に混乱してきますね。

結局何も言えずに、ひたすらニコニコして「うんうん」とうなずいているだけで
終わってしまう。。。
そして、どうして、自分は、自分の意見を言えないのだろうと自己嫌悪。
役割をこなせなかった自分にがっかりしたり・・・。
その結果、自分は、ここにいていいのか?とまで考えていきます。


①②③に、共通するのは、人の期待、人がこうして欲しいなあと感じていることを自分の「配列」として、実行しなければならないと感じることですね。
これを「逆配列」といいます。
あるいは、「借り物配列」と表現してもいいかと思います。

*もちろん、「配列」「逆配列」は、あなここオリジナルの言葉ですので
残念ながら、辞書には掲載されておりません(笑
100年後には、載ってるかもね^^


さて、ではどうして、このように、「逆配列」を行ってしまうのか?
そこが、問題です。。。
この「逆配列」の癖は、幼い頃の生育暦と深く関係していると感じます。

否定された子
存在を無視された子
気持ちを受け止めてもらえなかった子
道具にされた子
虐待(精神的も含む)された子

その中で生き抜いていくには、相手の期待にこたえるという生き方しか
選択しようがなかったのだと感じるのです。


つなげて言えば、現在の引きこもり、不登校の子たちも、また
親の配列、先生の配列、友達の配列に、疲れ果ててしまったのではないかと
私は感じます。

こうしてみると、この「逆配列」は、一見自分が全くないような感じにみえます。

が、人は「自我」「意思」を持つ生き物です。

世の中には「自分の意思」のない人などいません。が、生育暦の中で、「自分の意思」を出すことを禁止され続けてきた場合、「意思」は、明確に現れにくい状態になるのだと思います。

自分の「自我」「意思」を、無意識に閉じ込めて、他人の配列を
自分に取り込み続けたら、どうなるでしょう・・・

本当は、チョコレートが欲しいのに、無意識の欲求に反して、おせんべいを買うはめになったらどうでしょうか・・・。本当は、山に行きたいのに、海にいくはめになったらどうでしょう。
本当は、頭痛がするのに、親の期待を感じて、元気なふりをし続けなければならないなら・・どうでしょうか。

そこに、「我慢」という気持ちが、自然に、インプットされていくのではないでしょうか。
そのかすかな違和感である「我慢」・・・が少しずつ無意識に蓄積されていくと、「怒り」「悲しみ」「恨み」「憎しみ」という負の感情に変換されていくように思います。

その蓄積された負の感情を、まっすぐに出すことが出来ないことで、形を変えて、いろいろな弊害・・・歪み、嗜癖を生むのではないだろうかと感じるのです。


この「逆配列」の崩し方は、ただ、1つ。


「私は、どう感じているのか」

「私は、どうなりたいのか」

「私は、こうしたい」

というように、「私」を中心に、物事を感じ、考えるように意識をしていくことではないかと思います。

そして、「私」が感じていることを言葉にする練習、
それも安全な場所で、表現していくエクササイズが必要かと思います。


「逆配列」、ほかにも、世の中にはたくさん、ありそうです^^
ある意味、新興宗教・母親グループ・早期教育なども「逆配列」の温床ではないかと思います。

「自分の考えだ」と思い込んでいるもの、それは本当にあなた自身の気持ちですか?一度、振り返ってみると、また違ったものが、見えてくるかもしれませんね。

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