author : rinrin
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
ナンシーのお話
2007-01-29 Mon 09:31
今日の記事は、とある方から、頂いたメールから引用(感謝)
かなり長いですので、申し訳ないですが。




ニューヨークの、とある大学病院で、アメリカ人医師が体験した実話です。

☆ .。:*:゜'☆ .。:*:゜'☆ .。:*:゜'☆ .

小児科病棟にナンシーという名の小さな女の子が入院して来ました。ナンシーは三歳になっていたのですが、身体が生後一歳半程度の大きさにしか成長していませんでした。本来なら可愛い盛りなのに、まるでなにか…“猿の干物”のような痛々しい姿です。

病院の医師たちは、“大きくならない原因”があるとみて、様々な検査をしましたが、器質的な異常は見当たらず、病気でもありませんでした。あらゆる手段を講じましたが、ナンシーは少しも成長しないばかりか、声を出す元気すらありません。

入院して三ヶ月経った頃、看護師の一人が主治医に、「ナンシーの家族が一度も面会に来ていません」と告げました。
周りのスタッフたちも、ハッとしました。そしてすぐに両親に呼び出しを掛けました。
ところが、ナンシーの両親は一向に病院に現れませんでした。

主治医はとうとう堪り兼ね、ナンシーの両親に会いに行こうと決心しました。
入院時に書き込まれ、提出されていた書類で住所を探し、訪ねて行きました。

両親の住むアパートに着いて、インターホンを鳴らし、「ナンシーの主治医で
◇◇です」と名乗りました。ナンシーの両親と見られる若い女性が出て来てドアを開けましたが、「ちょっと待ってください」と言うなり、主治医の顔も見ずに、すぐに奧に姿を消してしまいました。
主治医は居間に通されはしたものの、そのまま放っておかれました。書斎では、ナンシーの両親であるらしい男性と女性が、パソコンの画面に向かって、必死な形相で、論文か何かを打ち込んでいます。

かなりの時間が経ちました。

母親とおぼしき、その女性が、やっとキーボードを打つ手を止め、医師の方にやって来ました。父親は、コンピューターの画面に向かったまま、訪問者・医師の方に視線を向けようともせず、ただ画面の作業に没頭していました。

「あの子は必要なかった。子供はまだ欲しくなかったんです」
 母親は口を開くと、真っ先にこう言いました。
この両親は、聞けば世界的に有名なハーバード・ビジネス・スクールの最終学年に在籍しているとの事。このスクールでは毎年多くの経営者を輩出し、またその授業内容の厳しさでも有名でした。
「今書いている論文に、自分たちの将来が、明るい未来がかかっているんです。だから必死で書いているんです」
母親はやつれきった表情で言いました。
「だから欲しくなかったんです。でも勉強が忙しくって堕ろせなかったんです。あの子は、こんな忙しい時に生まれて来て、厄介な子なんです」
「兎に角、論文さえ済んだら面倒を見ますから」
そう言うと母親は、医師を追い立てるように、ドアに導きました。その間、書斎で画面に向かっていた父親は、たった一度も、医師の方を見ようとも、話を聞こうともしませんでした。ナンシーの主治医は黙って病院に戻りました。

☆ .。:*:゜'☆ .。:*:゜'☆ .。:*:゜'☆ .

次の日、主治医はナンシーを陽あたりのいい、人の行き交う廊下に移しました。ベッドごと! そして、そのベッドを置いた廊下の壁に、大きな張り紙をしました。
『わたしはナンシーです。
 あなたがここを通る時、もし急いでいるなら、ナンシー!と呼んで、微笑みかけてください。
 もし、あなたに少し時間があるなら、ナンシーと呼びかけ、わたしを抱き上げあやしてください。
 もし、あなたにゆっくりと時間があるなら、ナンシーと呼んで、わたしと一緒に遊んでください。わたしを抱き上げ、頬ずりし、あなたの胸や腕や、声のぬくもりを、わたしに伝えてください』

早速、ベッドの脇を通りかかる医師、看護師、患者さんたちが、それを実行し始めました。ある人は通りすがりに名前を呼んで、にっこりと微笑みかけ、ある人は立ち止まって頬ずりし、あやし、愛情いっぱい注ぎました。ある人は抱き上げ、自分の病室や庭のお散歩に連れ出しました。誰もが時間をゆっくり取れても取れなくても、優しい言葉で温かい心を伝えていきました。

そうして、三ヶ月が経った頃、ナンシーの体重は正常な三歳児にほぼ近づき、可愛い笑顔を見せて笑い、言葉も急速に覚え始めました。

☆ .。:*:゜'☆ .。:*:゜'☆ .。:*:゜'☆ .

自分の事で精一杯な両親でも、ナンシーに対して食べ物は与えていました。しかし本当に人間を育てる「愛情」を与えていなかったのです。病院の医師や看護師、入院患者、見舞い客たちは、「人間が人間として成長するために、最も大切な不可欠なもの」があるという事をナンシーを通して思い知らされました。
 与えたはずの人たちが、逆にナンシーから、それを教えて貰っていた……、いいえ、与えて貰っていたのです。最も大切なもの――を。

☆ .。:*:゜'☆ .。:*:゜'☆ .。:*:゜'☆ .

人が癒されるには辛い思いをします。人生は、決していい事ばかりが起きる訳ではありません。私たちは、幸せとは、なんにも苦しみがなくて、何事も自分の思い通りになる事と思いがちではありますが……。本当に全てが自分の思い通りに動いてくれたら、どんなに楽で、いいでしょう。しかしそんな事は万に一つも起こらず、イヤな起きてほしくない出来事が起ります。

この世はいい事ばかりではありません。辛い事も悲しい事も起きて、陰と陽のバランスが取れるようになっているのではないでしょうか。人生の辛い、悲しい事を通してはじめて、人の心に寄り添える人に成長するのではないでしょうか。
人間の成長とは、「あなたが何かしてくれるなら、私もあなたを大切にしましょう」という条件付きの関係から、人間の深いきずなに目覚め、「あなたの痛みは私の痛みである。あなたは私である」という、人間の連帯を体験しはじめ、条件付き愛情から、無条件の愛情へと転化した時と言えましょう。
 心の中心軸が、自分中心から他人へ、他人を含む大きな世界へ向かって方向転換をした時。これこそが「改心」という事であり「癒し」です。そういう人たちを見ていると、見ている側の人もまた癒されてゆくのです。

 私は沢山の人々との出会い、特に死に逝く人たちとの交わりを通して、癒しの恵みをいただきました。お一人お一人が、貴重な体験を私に分かちあってくださる時、また聴いた事を、一人心の中で思い巡らす時、私は生きている喜びと、至福の煌めきを体験したのでした。それは幼いナンシーが、陽のあたる広い廊下で、人々から愛をいっぱいに受けていた時と同じだと確信しています。

一人でも多くの方に、この命の煌めきを味わっていただけますように。

感謝を込めて
――作者 鈴木秀子――



        ----*----*----*----*

記憶違いでなければ、鈴木秀子さんは、ホスピスでお仕事されている、
カトリックのシスターだと思います。

ここに登場する、ナンシーの両親のことを思いながら、同時に自分に重ねて、読みました。

息子が、生まれてまもない頃、
一ヶ月検診時、生後すぐの体重は、標準よりかなり重く、そして、身体も大きかった。
そして3ヶ月検診で体重の伸びが悪く、標準より、がくっと落ちていた。
そのとき、医師から、栄養指導を受けるようにと言われても、私、行かなかった。

その頃、この両親のように、そんな気持ちの余裕が、まったく無かったと言う方が、正しい。

それから、彼は、幼稚園でも、小学校でも、中学校でも、ずっと、枯れ枝のように、細く、身長も一番前で、小さいままだった。

不登校になってから、彼の身長と体重は、劇的に伸び出し、今や私より大きい。

成長期と言えばそうだろうけれど、あの頃、彼に対する心の栄養が足りなかったというのも、うそ偽りなく自覚がある。
そんな事を思い返しながら、読んだ文章でした。

かといって、また、今更、落ち込んではいない。

彼のうつ病という病気を、今さら、それだけに原因を求めても、しかたのないことだと思う。

そして、次の
人間の成長とは、「あなたが何かしてくれるなら、私もあなたを大切にしましょう」という条件付きの関係から、人間の深いきずなに目覚め、「あなたの痛みは私の痛みである。あなたは私である」という、人間の連帯を体験しはじめ、条件付き愛情から、無条件の愛情へと転化した時と言えましょう。
 心の中心軸が、自分中心から他人へ、他人を含む大きな世界へ向かって方向転換をした時。これこそが「改心」という事であり「癒し」です。

という文が、私自身の救いへの転がしとなる。
希望であり、救いであり、癒し。
また、そうなるように仕組まれ、世界がわたし自身を癒そうと
注がれる力に、心から感謝したい。

いまだ、他人を含む大きな世界への方向転換は、
出来ずにいる小さい自我の中にいるけれど、
いつか、そうなろう・・・・
そう、なりたいと、心から願ってやまない。

それが私なりの、世界への恩返しだと感じている。

lunasea8.jpg



息子が、世界が消えてなくなればいいと、そう口にするのは、
この世に生まれてきたことへの、後悔もあるのだろうが、
それ以上に、心のどこかで、「もう一度、やり直したいんだ」という、叫び。

「ボクは、人と関わらない方が、いいのかもしれない」とつぶやくその先には、「誰か、ボクのこと、分かって欲しい」という、焦がすような想いが見える。

生きることへの、苦しみだけしか見えない彼。
眠っているときだけが、安らぐ時間。

それでも、表面は、かなり、安定しているように見える。
彼は、心の奥深くに、苦悩を押し込み隠している。
それでも、世界が自分を助けようと、力を尽くしている事を彼は、いまだ知らない。


今日は、申し訳ないのだけれど、恥ずかしいので(??;)コメント無しにしてます。
ただの、記録です。

御心配かけるといけないので、
http://www.youtube.com/watch?v=COjGx_dSEq8こんなもの、見て、気分転換して、楽しんでください~。笑
実際、昨日、コレを見て、親子でかなり、笑った。
音楽なるので、気をつけてね。

どうか、今日の、記事に巻き込まれないように、お願いします^^
それは、私の本意じゃあありません。

関連記事
別窓 | 日々徒然
| 歩いていこう |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。