author : rinrin
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いじめ
2007-02-03 Sat 11:21
カイは、もともと利発な子だった。物怖じせず、思ったことを、しっかり口に出して言える子。先生がオカシイ事を言うと、「それは、おかしいです」「自分は、こう思う」と、口に出す。ただ、それが、時に、大人を苛立たせるという事が、彼には、わからなかった。
幼稚園では、その利発さゆえ、可愛がられたのだが、小学校へ上がると、それは、「うるさい子」とレッテルを貼られた。
カトリックの穏やかな幼稚園時代を過ごした彼には、小学校の荒い波動が蔓延している状態は、混乱を極めたことだと思う。

机に登る子、荒々しく乱暴を働く子、傷つく事を平気で言う友達、教室運営に未熟な新任の大学出たばかりの先生。
自分の中で、低学年のうちは、なかなか、なじめなかったと、最近言っている。
主に、姉のクラスに出入りして、そこで、お姉ちゃんの友達から、遊んでもらっていた。

私自身も、カイの発する、はっきりした物言いに、むかつく事が多々あったので、一方的に、カイが、人の気持ちを逆なですることが、なじめない原因だと思っていた。
でも、彼には、彼なりの理由があったことを、私は、聞かなかった。ゆっくり耳を傾けようともしなかった。

3年の頃になって、担任がベテランの男の先生に代わり、彼は、それで、かなり、落ち着いてきたように見えた。
この頃、カイの学年では、カイに限らず「靴隠し」が、大流行していた。
何かを取られた。何かが、無くなったということは、教室では、日常茶飯事だった。

そして、4年。
臨時教師の若い男の先生。

この時、年齢的には、ギャングエイジと言われる、大変な学年。

彼は、この臨時教師のやり方に、不信感を徐々に持った。
悪いことをした相手ではなく、被害者の自分が怒られることが多くなった。「なぜ?」という思いが募っただろう。

しかし、私には、担任からは、「カイ君は、一言多いからですね、相手の気持ちを逆なでしてしまうんですよ」
という、報告を受けていた。

カイの「一言多い」は、昔から、私の気にするところだった。
そうなんだろうなあと、思った。
だから、カイが悪いという、そんな論法になった。
家でも、「相手をせずに、黙っていなさい」という事が多くなった。

まあ、いじめ・・・とまでは、行かなくても、相手の言動に問題があっても、黙っていなさいと、言ったことと同じになる。

しかし、実態は、乱暴なグループがあって、その子たちが、気の弱い子たちに、ちょっかいかけたり、いきなり、蹴ったり、突き飛ばしたり、パンツを脱がせたりと、あったようだ。

彼は、今になって言うのだが、あのとき、「お母さんの言うとおり、相手にしない」という事を選んだら、どんどん、エスカレートしていったんだと。

臨時教師も、一年限りの先生だったし、若くて、おぼっちゃんの雰囲気を漂わせていたので、カイのきつい、ストレートな言葉に、教師自体が、傷ついて、むかついていたんだなあと、今なら分かる。

それが、あの、対応のまずさにつながっているんだろう。

「何もしない」を選んでも、ますます酷くなるだけだと、泣いて訴えた彼を前にして、「分かった、殴っていいから。問題になったら、お母さんが責任持つから」と、応えた私だった。

3学期になって、彼は、反撃をこころみた。
しかし、彼の担任は、彼の胸ぐらを掴んで、壁に頭を打ち付けた。
突き飛ばされて、倒れて、廊下で後頭部を打ったこともあった。
周りの友達に、彼をかばう子もいなかったらしい。
状況は、詳しく分からないが、たびたび、そのような事があったらしい。(これは、後々聞いた)

彼は、辛そうだった。
そして、朝、熱を出した。
「学校、休んでいいよ」
一週間、強制的に休ませた。
学校で、何かあると思っていたけれど、どうしても、学校に文句を言いに行く、バカな親と見られたくなかった私もいた。
子供のケンカに口を出すのも、大人気ない。
彼が乗り越えなきゃいけない事だと。

このとき、もっと、担任と連絡を取り合えば良かったと、そう思う。
カイの言葉を、もっと、ちゃんと聞いて、気持ちを分かってやれていたらと、そう思う。妙なプライドなんか、捨ててしまえば良かったと思う。
自分は、安全なところにいて、カイを守っていなかった私だった。

あの時が、彼の世の中に対する怒り、そして、親に対する、大きな不信を大きく育ててしまったと、そう思う。
世の中は、自分を受け入れないと、そう思うに充分だったと思う。

もともと、彼の中には、小さい頃から、怒りがあったのだと思う。
それは、私の中の怒りとつながっている。

理不尽な事に対する怒り。
統一されない人生観。

問題が起こった時こそが、チャンスというが、この時、私たちは、このチャンスを、みすみす逃してしまった気がする。
ただ、見ないふりをする、時間が過ぎ去るという事で、対処してしまったと、そう感じる。
(あの時は、私自身、あれが、精一杯だったと、そう思うが)
世代間連鎖は、言葉にせずとも、無意識の力が、勝る。

彼の心の中は、
人生は、生きるほど、辛くなる、
とんでもないところに、放り出されてしまった後悔、
ひとりぽつんと、暗く広い空間に立っている心もとなさ、不安。

また、反対に、世界は、完全で、自分は、不完全なもので、世界に自分は受け入れてもらえないと、そう思う気持ちもあるのかもしれない。
いや、あるだろう。


生まれて、お腹に宿ったとたんに、
世界から、はじかれた気持ち。

ずっと前に約束していたのに、やっと駆けつけたら、
「いらない」と言われたときのショック。

助けを呼んでも、だれも助けてくれない。
絶望。
世界から、受け入れられなかった残念な気持ち。
いじわるな世界。
自分は、汚れたもので、光の中には、入れない。
いや、居てはいけないのだ。
どうせ、入れないのなら、
人類は、滅びてしまえ!と願う。



「とっておきの場所」

これが、とっておきの場所?

冗談じゃあない。(憤)

そんなものあるわけないだろ。

何かの間違い。それとも意地悪で言ってるのか?

・・・こちらは、明らかに、怒りを含んでいる。



彼が、そう思っているのかいないのか、分からないけれど、
私は、そう、感じてしょうがない。

基本的安心感・・・そこなんだなあ、きっと。

「ここは安全だ」という感覚。

これが、彼には、絶対的に欠けている。

それも、そうだな、守ってもらった事が、無いと感じているから。。。

う~ん。。。

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