author : rinrin
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
氷山の根っこを考える
2007-02-15 Thu 16:00
自分と子供、家族を考えると、いかに無意識の積み重ねが多いか、

ここのところ、そこに恐れおののいています。

無意識は、意識に上らないので、意識しようがありません。

意識できないということは、分からないで、

本能のままにやっているってことでしょうか。

言いすぎですかね^^;

不登校を考えるとき、私は、最初、対処療法だけを頭において

やっていました。

どうすれば、子供が、元に戻るか?

学校へ行けるのか?

笑ってくれるのか?

元気になってくれるのか?

方法は、本なんかに、たくさん書いてありました。

ええ、スクールカウンセラーになれるくらいに読みましたよ(爆)

アドバイス、たくさんもらいました。

そして、親の子育ての方法が悪かったのだろうか、と散々悩みました。


でも、悩みつくした後、次第に、その根本に(うちの場合ですよ~)

親の問題が、つながっていることに気がつきました。

うちの場合と、限定したのは、

不登校が、発達障害、いじめ等の理由だと、的外れな理論になるからです。

以前、子供と親は、無意識でつながっているという記事を

楽天で書いていました。

今でも、その気持ちは、全く変わっていません。

そして、私がこだわるのは、不登校の子供そのものではなく、

親の世代間連鎖の弊害についてです。

また、今後、わが子を含め、

不登校の後、引きこもりになる確率は、大きいという事も

頭の隅に、常にあります。

実際、身近に、そういう人を目にする事が、多くなると、

まったく、人ごとではない焦りにも似た気持ちが湧き上がります。

どうして、長引くのか、どうしたら、引きこもりを防げるのか、

それが、頭から離れません。

いえ、これは、私の勝手な思いです。

引きこもりになっても、親も子も、幸せなら、何も問題は無いわけです。

今、私が考えるコトができるのは、「親」しか、その範囲にありません。

会とか、グループには、あまり興味が湧きません。

今後、そうなるかもしれないし、そうならないかもしれません。

わかりません。

他の引きこもりをサポートする方々の存在、各種の会も、それなりに

すばらしい活動をされていますよ。

その中で、得るものも、あると思います。

それでも、「家庭・親」を考えてしまうのです。

それは、たぶん、私自身が、機能不全の家庭で育ったという、

その経験が、そう思わせるのだと思います。

子供の問題を考えながら、自分の問題がクリアされるという

経験が多くなったことも関係あるでしょう。

子供の問題は、まさに、親の問題だと、感じます。

個人の内面の問題にも近いと、思います。

それに比べて、いじめや、発達障害は、親の問題というより、

より大きい、社会の問題・機能の部分がシェアを占めるのでは、ないかと

そう感じています。


結局、親の問題が氷山の水面下の部分であり、

子供の問題、社会の問題は、氷山の上の部分ではないかと考えます。

氷山の水面下の部分は、氷山の上の部分より、ずっと、大きくて、

基礎をなすところのものです。

しかし、この基礎が変われば、自然に、上も変わるのではないかと、

そう思っています。

あえて、暴論と分かって、言い切ってしまおうと思うのですが、

不登校の問題は、子供の問題ではなく、親の問題ですと、そう、思うのです。

これは、私の中では、どんな慰めも、気休めだと思えるくらい不変なものです。

だからと言って、自分を責めることは、しません。

それをしたところで、何も変わらないからです。

だれも、喜ばないからです。

ただ、淡々と、自分の庭の井戸を掘り続ける、それしか、私には、できません。

そこで、親の、「無意識」ということを、世代間連鎖をからめて、

考え続けているわけです。

根っこを考える。

それが、小気味いい。


私も、また、その無意識を考えるに外せないのが、依存性・共依存性。

依存というのは、相手がいなかったら、生きていけないと思うほどの

そのような、病的な依存状態のことです。

共依存といのは、そのように、依存する人を、さらに、依存させてしまおうとすること。


「来るも、離れるも自由」と、

以前、ある人に、言われて、非常にめんくらったことがありますよ。(笑)

自由と言われて、くらっと、めまいがするような感覚。

ほっぽり出されて、不安になる感じ、わかりますよね~。

それだけ、依存、共依存の中に浸かっていたらからこそ、

その言葉に違和感や不安を覚えたのでした。

でも、実際、これは、あたりまえの事だったんだと、後々、理解できました。

誰も、人を束縛したり、命令したりすることは、出来ないのだと

そういう事だったのです。

お互いの気持ちの上で、お互いを軽く重ねるという

そんな、互いに心地よい、依存のしかたもあるのだという、

そんな楽しい発見をしました。

こういう、思い込みの転換があると、とても面白いです。

それは、家庭でも使えます。

今まで、ほうきしかなかった家庭に、掃除機が導入されたように、

生活や気持ちに変化が出てきたりするのです。

お互いが楽になると、笑うことも、冗談を言い合うことも、

自然にできるように、なります。

何も無理をして、楽しくいこうと、頑張らなくても、

そういう、ちょっとした、無意識の思い込みの転換があると、

すべてに、つながって、いい効果を自然にもたらす気がします。

無理しなくていい、そのままでいいというのは、そういう事なんだと

そう思います。

この例は、まあ、根っこのうちでも、上の方だと、

その後、さらに、さらに、知るわけですが。



今は、子供のことは、勉強しても、しなくても

学校へいこうと、行くまいと、

信頼して任せていこうと思っています。

いや、そうしなければ、とか、そうしようと思って、

そうするのではなく、

不思議と、自然に、そう思うだけなんです。

ほんとに、どちらでもいい。

まあ、卒業式もありますが、

「行かなければならない」は、無さそうです。

どちらでもいいのです。

出ることが当たり前という思考回路があると

これが「最後くらい、出たほうがいいんじゃない」と

なるでしょう。

この当たり前は、果たして、誰にとってのあたり前なのか、

晴れ姿だけみたい、親のエゴなのか・・・

子供にとっての、「出たい」気持ちなのか。

ええ、今から、子供のけじめの時は、たくさんあります。

それが、今である必要は、ないでしょう。

形だけ整えたい親には、なるまいと自戒をこめて、

これも、また、息子にまかせたいと思います。



まあ、これからも、そういう事を、やっていきたいなと思います。


きのうは、しばらく休もうかどうしようかと思いながら(#^-^#) 、

結局、狼少年になってしまいました。

御心配かけましたね。

なんだか、書きたくなったので、書いちゃいました^^

文章依存症ですかねえ。

書きながら、自分と対話せずには、いられないのです。



私の書く事は、あくまで、私論です。

ただの、全体のほんの一部です。

一部でありながら、とても、大きいのですが。^^

と、わがままりんりんでしたヾ(*^▽^*)ノ


----*----*----*----*


昨夜の出来事。

夕食を食べながら・・・

ソラ「ねえねえ、面接でどんな事聞かれたの?」

カイ「ん~とね、あ~」(寝起きのカイ)

これは、面白そうだと、りんりん母、すました顔で、
「あ、なんかさ、夕食の時間は何時ごろですかって聞かれたって」

ソラ「そうなん!・・・えっと、うちは、大体8時ごろだよね!」
   (と、自信満々で答える、大真面目なソラ)

母・カイ「・・・」
  
カイ、ついに噴出す。

「んなこと、 面接官が、質問するわけ、ないだろ~、ふつうさ~」

ソラ「え~~!、ウソなん!」

爆笑www

ソラは、学校でも、友達から、人と感覚がズレていると、言われるお方です。
大丈夫か~!

関連記事
別窓 | 日々徒然 | コメント:6
<<方法 | 歩いていこう | エドガー・ケイシーの本(ちょっと追加あり)>>
この記事のコメント
ムスカリさん←りんりん
子供の心配をしない親なんてlいませんよ~。
あたり前ですよ~。
でも、心配しすぎても、ほんと、体壊しちゃいますよ。

ほどほどに、心配してみるのが、一番、いいかもしれませんねえ。

私、心が重くなるぞ、なりそうと感じたら、
「心配しちゃったりしてみました~♪なんちゃって~」って
どこかで、軽く、ギャグ飛ばしてます。
こんな自分、二重人格かもしれないと時々、不安になります(大笑)

2007-02-16 Fri 10:44 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
ホントにそう思います・・
私も、不登校は子供の問題だけど、親の問題・・と思います。
連鎖も考えます。
夫婦の問題が子供に出ることもあるでしょうね。

学校での適応ができる、できないもあるのでしょうが、やっぱり、子供の家庭の問題かなって思います。
私も卒業式は、どうでもいいなぁ・・

息子の将来を考えると・・
具合悪くなりそうな時もあり・・だけど。
私が具合悪くなってもねぇ・・何も変わらないですね。
無駄な心配なのかなぁ・・
2007-02-16 Fri 08:30 | URL | ムスカリ #-[ 内容変更]
ののさんへ←りんりん
いや~、舌の根も、先も乾かぬうちに、
戻ってしまって、(^_^ゞ なんじゃらほいっ。>私

いつか、アップしようと思いながら、下書きして、推敲やってるうちに、だんだん、面倒くさくなって、ああ、もう、アップしちゃえ~と、ぽちっとな。でした。

はははっ・・・(汗;+恥;;;)

ぼちぼちやります。。。ありがとう^^
2007-02-15 Thu 23:09 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
everさん←りんりん
>おちびちゃん、心細かったのですね

自分の中のおちびさんを、癒せるのは、自分しかいないんだよね。
でも、甘えたいときは、甘えていいんだよ。
それも、大事な時があるから。
世の中、順繰りに、うまくできてるもんさね^^

それにしてもポエマー、めちゃ、感動した!
やっぱり、everちゃんは、根っからの詩人だよ。
もう、まるごと、その通りだよ。
きっと、「信頼」が、別の言葉になったら、きっと、
あれほどの、インパクト無かったと思うよ。
ほんと、素晴らしかった!
ありがとう^^
2007-02-15 Thu 23:02 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
お帰りなさ~~ぁい!!♪\(^0^)/
というのもヘンですが・・・(^^ゞ

りんりんさんの顔が見えないと、
(りんりんさんがでてこないと)
やっぱりとても寂しいから・・・照  笑

なんどものぞきに来てました。(*^_^*)
2007-02-15 Thu 18:02 | URL | のの #VGqTgCv2[ 内容変更]
りんりんさん、まったくおっしゃるとおりです。
論理的によく整理されており、惚れ惚れいたしました。

自立している時(多分w)過去に書いた自分の依存的文章に辟易することがあります。
そこに無意識の甘えが見えるのです。このたびも、甘えて、ねぇさんを呼んでいる自分にあとから笑ってしまいました。おちびちゃん、心細かったのですね。ははは
わたくしごとすみません。
感銘を受けましただ。
さあわたしもシャッキリ立とうっと。うりゃー(感性の雄たけびw)
2007-02-15 Thu 18:01 | URL | ever0123 #-[ 内容変更]
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

| 歩いていこう |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。