author : rinrin
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心入れ替えて
2007-03-11 Sun 12:13
ブログめぐりしていて、気持ちに、すっと入り込んできた文章があった。

入ったということは、たぶん、ここが問題だよという、導き。


自分と他人がいて、

その関係性の中で、自分を失っていないか、

そこで、空虚な自分を埋めようとしては、いないか。

何もかも、取っ払ってみて、自分そのものになったとき、

何が、そこに、見えるだろうか。


もう一度、洗いなおした方がいい。


これは、借り物?仮物?本物?実物?真実?虚像?

虚なるもので、自分を埋めようとしていないか?


これは、癖。



真実、何が大切か。

私が、今、やろうとしている事、あるいは、やりたい事、

それは、私のものか?

なにか、握りしめたものが、ないか?

握りしめているものの、正体は、悪魔の尻尾ではないか?


もう一度、並べて、見つめて直してみれば、

何も、真実に行き着かないことが、わかっているから、

手放せずに、いるんだよね。


真実と虚像。


真実と見えて、どこまでも、幻。

虚像は、どこまでいっても、まぼろし。



この世のことも、まぼろし。

地上に下ろされ、幻を生きるのか?

後ろを振り返り、ついてきた、足跡も、幻だろうか。

こうやって、傷つかないように、乖離しはじめる。

これも、癖。




現実は、リアル。現実は、経験。

痛みを感じることのみが、現実。


あ・・・・分かった。

カイが、リストカットするのは、そういうことか・・・

現実を生きたいと、逃げずに生きる、唯一の方法が、

体の痛みだ。


と、すれば、この思考回路、私から、派生しているもの。

かれは、私から、受け継いだ、乖離、それを、具現化したのだ。

やっぱ、親子って、すっげ~。



不登校は、考えれば考えるほど、ひとりひとり、違う。

だから、Aの経験が、Bには、役に立たない。

やはり、子供というより、親・・・の回復が先だ。

結局、そういう結論しか、私は、行き着かない。

TVや本の識者は、子供を問題にするが、違う、違う。

親の問題を、子供は、具現化しただけだ。


彼らは、こともなげに、それらをやってのける。

全人格をかけて、叫びとする。

「愛のみ、真実」と。

彼らは、わかるまで、叫び続けるだろう。


思いつくまま、言葉にしたら、こんなところに、行き着いた。

人生の偉大な教師は、身近に潜んでいる。

そんな、魂の教師に、親は、必然的に、導かれる。

分析、方法、理論、経験、アドバイス、そういうものは、付随物。

全く、役にたたないとは、言わないが、

(初期の頃は、役にたつだろう)

こういう理由で、不登校には、あまり、触れなくなった。

ただ、事実のみの記録。


そこを、突き抜けたら、やがて、感謝のみ。

偉大な魂の教師を、「学校へ行ってくれたら、安心」

と、追い立てられようか・・・



どこまで、ひっぱるかね、今日は ∑( ゜∇ ゜|||)

思うままに、書いてしまった、メモ書きみたいだよ。

失礼しました。m(_ _)m
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