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親として [ 子ども・不登校の1年間 ] (25)
2005-09-16 Fri 11:15

ソラがまだ小さかった頃、彼女もまた非常に不安定な子だった。

親の前ではいい子を演じ、友達の前では

泣き虫になったり、寡黙な子になったり

人間関係がおせじにも上手いとは言えない状態でした。

親には、しゃべらない子というのが、一番難問でした。

その頃、りんりんは、自分がアダルトチルドレンだったんだと

認識したばかりの時で、自分に篭もり、自分の問題で手一杯でした。

二人の子供たちは、そんな親を気遣い、

何か問題があっても、相談すらできない状態だったと思います。

ソラは、数年前に、もっと幼かった頃の事を言います。

「あの頃、よく、同じ夢をみたんだ」と。

それは、公園に自分が置き去りにされて、お母さんが帰ってくるまで

待ってなさいと言われ、ぽつんと取り残され、いつまで待っても

母が迎えに来なくて、泣いて。。。それで泣きながら目が覚める。

子供の見捨てられ感を象徴している夢でした。

その話を聞いたのが、3年ほど前。

子供に自分と同じ思いをさせていたんだと・・かなり反省。

そんな事がきっかけで、二人には語りかけを多くしようと努力しました。

お陰で、ソラとの関係は少し良好になってきていましたが

反対に、いつも陽気で、おしゃべりで友達に囲まれているカイは

親の目から見ると、非常に安心できる存在でソラほど、関わりを持たなかった。

きっと、ソラのことで心配している親に、迷惑をかけたくなかったのだと
思います。

そして、同時に、りんりんは、それまで交友を広げた友人たちと、

子育てサークルや、リサイクルなどで、忙しくしていて、

自分の中の空虚を埋めるように、外へ外へと気持ちを向けました。

それと時を同じにするように、家族の求心力は、バラけてしまい

夫も、外にばかり向かうりんりんに不信を感じはじめていました。

夫と話し合おうと何度もしました。

が、お互いの視線がチグハグで、

妻を家に閉じ込めておきたい夫 VS 外へ出たい妻

という構図で、火花が飛ぶ日々が続きました。

共依存夫婦なので、お互いをねじ伏せて

思い通りにコントロールしたい欲求が根底にあったので

当然と言えば当然でした。

そのコントロールのドラマの中に、必然的に

子供たちも巻き込まれていきました。

ソラは、我関せずの態度を取りつづけましたが

カイは、ダイレクトに、感じていたと思います。

はっきり言葉で、誰の味方?なんて聞いたことはありませんが

父親のお酒を飲んでの、毎晩の怒鳴り声だけで、

心を引き裂くには十分だったと思います。

もう話し合っても、無駄だと思い始めていたころ

カイの様子が違ってきました。

丁度、中学1年の頃です。

表情が暗い、いよいよ話さなくなり、部屋に閉じこもる事が多くなった。

それでも友達とは、頻繁に遊んでいたので、気にとめなかった。

思春期の兆候だと、簡単に思い、彼に、気を止めるものも

家族には居なかった。誰もが自分だけの問題で必死でした。

時々、夜中にトイレに行くカイ。

お腹でも痛いのかと思っていた。

しかし、実は、吐き気がして吐いていた。

自家中毒に似た症状だった。それは、最近カイと話して分かったことだった。

月に一回は、吐き気がする、頭痛がすると学校を休んでいた。

軽い風邪だろうと思っていた。

2年になり、学級人数の関係で

今まで5クラス33人だったのが、いきなり4クラス42人になった。

3学期に入って、やたら制服のボタンがちぎれて帰ってくることが

4回あった。そのたびに、怒って、ボタンを新しく付けた。

黒のズボンに、白いほこりがこびりついていたこともあった。

今考えたら、上履きの跡だったかもしれない。

5月、運動会前に、微熱を出して休む。

運動会後に、また「だるい」と言って休む。

部活も、行ったり行かなかったり、になった。
週一回休みが、週2になり、小児科へ行った。

「起立性調節障害」と言われた。

それから、血圧の薬をもらったが、一向に改善されなかった。

朝、いよいよ起きれなくなった。一日、寝ている。

そして、学校へ行く日が、週1になった。

おかしい。。そう思い、思い切って精神科へ連れていった。

「鬱」です、と言われた。

もう一軒、嫌がる本人を説得して、つれていった。

同じ診断だった。

もう学校へいけなくなっていた。

めまい、吐き気、頭痛、動悸、だるさ・・身体に鉛が乗っているようだと

表現した。

そして、為す術もなく、7月。

彼に入院してみて、家族と離れてみてはどうかと提案する。

彼は、「離れたい」と答え、入院することになった。

彼とは、5月から7月の間、沢山の会話を試みた。

たくさんの事を話した。

少しずつだけど、彼の中から出てきたのは

「自分は家族にとって、いらない存在」「居場所がない」

そういう言葉だった。

夫にも、真剣に子供と向かい合えと懇願した。

りんりんのためじゃなくて、自分の子供のために

力を合わそうと訴えた。

もう二人で、お互いのことをコントロールゲームしてる場合じゃないと。

それでも、最初は、子供のことを話していても

夫は、りんりんへの不満に変えて、話を摩り替えてくる。

思わず、ゲームに乗りそうになるりんりん。(壮絶な心理バトルです)

第3者に入ってもらった。

夫には、第3者の言葉は効果的だった。

彼は、父親として変わろう、自分を変えようと言った。

約束した。真剣な話をするとき、決してアルコールは飲まない。

これだけを守ってくれと言った。

時々この約束は破られが、毅然とコップの酒を投げ捨てる妻。

夫は病的なアルコール依存ではないが

アルコールに頼らなければ、本音が言えないし、うつうつを晴らすために

飲んでいるようなところがあるので、ある意味、依存症なのかもしれない。

今でも夫婦の対話は続いている。

そして、カイとの対話。

ソラとの対話。

今、カイのふとうこうを通して、

それぞれが、一歩ずつ、歩みはじめているのかもしれない。

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