author : rinrin
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インナーチャイルドの癒し4
2006-07-30 Sun 16:02
【心の声を聞く】


心の声を無視して、動いちゃいけない。
そう自分に戒めしている。

今まで、「ネバならない」
「そうした方が、常識的」
という呪縛から行動を決めていた。
そうして、人との関係性を持つことが多かった。
でも、これを続けていたら、どんどん
自分の本当の気持ちや、やりたいことが、
削られていってしまう事に気がついた。

そこから一歩、離れて
「私が、やりたい」
「私がそうしたい」
心から思えるようになるには、どうしたらいいかを考えてきた。

一端、呪縛を解くことが必要な気がした。
「本当に、私が、そう思ってるのか?」
心に問うてみる。

「否」と答えたら、しない。
「よし!」と答えたら、やってみる。

この単調な繰り返しは、時に罪悪感を与える。
でも、次第に、心地よさも感じている私がいないか?

人の思いにとらわれる必要はない。

自分を殺して、人が喜ぶことをする必要はない。

人の期待に応える必要もない。したくない。

今は、ただ、私は、私の心の声の命じるままに、動きたいし感じていたい。

今は、そういう時期なんだと。それでいいんだ。

そして、私は私の居場所を作る。
私は、私の存在を受け入れる。






【何もしたくない】

理由づけなんて必要ない。
言い訳も必要ない。

ただ、一人でぼんやりしたい。
それだけだ。

何もしたくないことは、罪じゃない。
私がそうしたいから、そうしてるだけ。

だから、そうする。



【引きこもる情熱】

なんか、すごい事が分かったような気がするので、大急ぎで、書き込み中。
あのね、ブログ仲間お奨めの「引きこもる情熱」という本を読んだのですが、これ、すごいです。
子供の引きこもりとか、不登校の事とか書いてあるのだけれど、これ、ACの大人にも絶対当てはまると思う。
要するに、幼い頃から、人生を詐取され続け、自分が自分でなくなることに
恐れを抱いたとき、自己防衛として、引きこもり、不登校をやるんだと。
「そうだ、そうだ!」
ということは、自己防衛を出来なかった人は、生まれなおしができないわけだ。
それで、いつまでも、いつまでも「親が~」とか「学校が~」とか
言っていなきゃいけなくなるんですね。
生まれなおしというのは、「これ以上、私を奪うな」という所から、
出発して、存分に、自分を確認(再生)する時期を経て、それから、劇的に起こる事象のようだ。
なら、自己再生は、人の価値観に詐取されないという、保障がある場所で、
なくてはならない。ほんとにそのとおりだと思う。
安心で、安全な場所。

今私は、そこにいる気がする。

繭の時期なんだろうなあ。
そこで、毎日、自分を振り返り、自己再生を試みている気がする。
最初は、自己否定や、マゾ的感覚で自分を、責めたりするが、
やがて、自己否定するものは、もともと自分のものではなく、自分の外から植え付けられた価値観だと
気づき始めたら、少し楽になる。
これが、滞在期と呼ばれる。
そうして、段々、「これも、私のものではない」「あ、これも」とぽいっと、
捨てられるようになってくる。
後に残るのは、「純粋な自分」ではなかろうか。
そこまで、行き着いたら、後は、「往路」と呼ばれる、道程に入る。

私は、たぶん、「滞在期」後半だ。

そんな気がしてならない。もう少しだ。
だから、息子も、もう少しだろう。

だって、親子は、潜在意識でつながっているんだもの。
うん、きっと、そうだよ。

もう少しで、自分のお家へ、帰れるよ。^^




【もう一回嫉妬について】


ある特定の人に執着して、さらに、その人を自分の思うままに
コントロールしたいという気持ちが、人なら誰でもある。
だからといって、それを野放しにしておいたら、とんでもない
事態に陥ることは、誰がみても明らかだ。

しかも、この執着の強さには、人によって、高低がある。この差は
一体どこから生まれるのだろう。。。
たぶん、幼児期に、いかほど、親から受け入れられたかが、ポイント
になるのだろうと思うけど。

では、幼児期にトラウマを抱えている人は、この嫉妬を、どうやって、
克服したらいいのだろうと考える。

ふと、思ったのだけれど、人間以外に執着してみてはどうだろう。
例えば。。。かみさまみたいな~。

要するに、自分を信頼できないから、他者にそれを求めるわけだから、
その回復過程において、どうしても、親の役割をする人が必要に
なってくるわけです。
しかし、この対象を、人にしてしまうと、そりゃ、トラブル続出に
決まっている。
そこで!私は考えた。(無いもの絞って考えた)←しつこい

かみさまみたいな、全能の人を、心に持ってきて、
それを執着に使えばどうだろう。
実際、愛情が満たされない思春期の子供たちは、自分の神を
持っていることが、多くあるようだ。
私もそうだった。
それを大人になっても利用しない手はないような、あるような。

どうだろうなあ。

今のところ、私自身、執着している人は、いないのだけれど、
少し以前には、ちょっと、優しい言葉にふらふらと、人にくっついて
いってしまうという特技を持っていた。
この自慢にもならない特技のおかげで、大変な思いをすることが
多くて、いくらおバカな私でも、学ばなければならなかった。( ̄∇ ̄;)

嫉妬は幼稚な感情だと、未分化の感情だと思う。
この感情が育つと、一体どういう感情に変化するのか、興味深い気がする。

子供の頃に満たされなかった親の話がある。

不登校の子供を、朝、罵詈雑言で起こしていた母の話。
カウンセリングで、お子さんを、優しくおこしてみましょうと
言われ、そのように、翌日から実践した。
ところが。。。出来ない。どうしてもできない。
優しい言葉が出てこない。なぜ~~?とお母さん。

そして、カウンセラーが、
「私は、子供に優しくしたくない」と言ってくださいと言った。
母親は、カウンセリング室で、その言葉を数回口にした。
これで、自分でも驚いた。
そして、分かった。
自分は、子供に優しくできないのではなく、優しくしたくないという
事実に気がついた。
そこで、今度は、自分に向かって、優しい言葉を言うという訓練をした。
そうしたら、段々、子供との関係が改善されていった。

そんな話がある。

要するに、子供に妬いていたんだよ。
「私が子供の時は、親から優しくされたことなんてなかった。
なのに、うちの子供にどうして、優しくしてやらなきゃならないの」という
気持ちがあったんだ。

いや~、いい話だ。(^。^;)

じゃなくて、嫉妬は、「私だけを愛してよ病」だもんな~。
いいんだよ、自分で自分を愛しちゃえば、それが、最高の
愛情じゃん。と気づくまで、時間がかかるのは、しょうがないか。^^








【嫉妬って】


自分より、まぶしい人を目にすると、嫉妬の感情が出てくる。
嫉妬を意識しないように、と努力すればするほど、
なお一層、苦しくなるのは、どうしてかしらね。
嫉妬の対象となりうる人というのは、自分と同じ立場?くらいの
人が、多いような気がする。極端に、先を行っている人には、しないし、
それは、どちらかというと、憧れです。
そして、後ろをついてくる人に対しても、特に無いですよね。

それが、同期の同僚とか。。。身近な世間話をするくらいの人には、
嫉妬力が、働くんですよね。

この克服は、難しそうに思えます。

自分という位置、スタンスを、持っていなかったり、
自分が不安定な状態の時にも起こりやすいし。

自分に自信が無いときなんて、最悪です。

日本社会は、ほんと嫉妬社会だと思うのね。
それは、昔からの、中流意識というものや、
もっと前の、組とか、村とか。。。
そういうものの、せいでしょうかねえ。

で、嫉妬を克服するには、
精神の熟練が必要なみたいです。
子供の頃、どこかの家族が、動物園に行ったと聞けば、
「いいなあ」と羨ましがった、あれの延長のような気がします。

自分に無いものを、見せ付けられると、
これまた、嫉妬になるんですよね~。

嫉妬→自分に無いものを人が持ってる

でも、自分だって、人が持たない唯一のものをもってるんだよね。
そこんところを、自分でも深く納得してないと、
「き~っ」ってなことになるんでしょう。

欲しかったら、自分で勝ち取る努力をしろって、とこも
あるでしょうし。
でも、それは、始まりが、嫉妬からだなんて、
なんだかな~。

結局、よく分からない話になってしまいました┐( ̄ヘ ̄)┌


私は、私のままでいいんだよ。

結局、ここに、戻るんでしょうね。



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