author : rinrin
ひたすら頑張った時期 [ 子ども・不登校の1年間 ](99)
2006-03-01 Wed 17:03


上の子供が、小学校へ上がったとき、

仲の良かったTさんと学級委員をした。

Tさんは、その持ち前のリーダーシップで、

ぐいぐいとメンバーを牽引していった。

決して独りよがりではなく、傍で見ている私には、

非常にバランスのとれたやり方で、人の前に立ち、

一人ひとりを大事に考え、全体のバランスを保ちつつ、

強引さを感じさせない、そのやり方は、実に素晴らしかった。

が、時折、「そこまで、やらなくても」というのも感じた。

私はといえば、仲が良かったせいもあるが、

次第に、Tさんの片腕として、動くようになっていった。

彼女のそばにいると、ここちよかった。

未熟で視野が狭かった私には、集団での色々な経験が、新鮮だった。

何より役にたっていると感じられることが、快感だった。

その後、子育てサークルを委員のメンバーと共に一緒に立ち上げた。

きっかけは、「神戸、サカキバラ事件」だった。

10名でスタートした育児サークル。

毎月の定例会2回。会報を出す。講演会を開く。

資金稼ぎに、年数回、フリマをする。

レクレーション、お泊りもするようになった。

しかし、この頃から、ぽちぽちと脱落者が数名出るようになった。

何かをすることで、みんなの気持ちを一つにしたいと

思ったことが裏目に出た。

あまりの、次から次と、行事の打ち出しに、ついていかれなくなった。

私は、やはりTの片腕として、電話連絡、会報作り、

フリマの準備、会場提供と忙しく立ち働いていた。

行事が多すぎることは、感じてはいたが、

Tの気持ちをよく知る者として、反対はできなかった。

何より、Tと一緒に動けることが、喜びだった。

子供が3年生、4年生、5年生のときが、一番忙しかった。

その頃のこと、子供が今になって言う。

「あの頃ね、寂しかった」

家庭を犠牲に、し過ぎた。なんのための子育てサークルだろう。

自分を変えたい、家庭を変えたいと思い、始めたのが出発点。

それなのに、家庭では子供に寂しい思いをさせてしまっていた。

もちろん、そのサークルでの経験が、私の経験値を上げて

くれたのは、そのときの私には必要なことだったと思っている。

ある程度、人と笑顔で普通に会話できるようになったし、

集団がそれほど怖いと思わなくなった。

その頃から、Tから少しずつ、責任を委譲されるようになってきた。

「私から自立しなければ」というのが、Tの口癖になった。

私は、Tが居るから、サークルでも頑張れるのであって

T抜きのサークルは考えられないと思った。

Tとしては、他のメンバーも、それぞれ自分が運営するつもりで

いて欲しいと、常々言っていた。

が、Tを抜いての活動は、実際できないというのが、現状だった。

そこに温度差があった。

誰かが中心になってやってくれたら、するけど

自分が中心にはなりたくないというのが、本音だったと思う。

もちろん、私もそうだ。

と、いうか・・・サークルには、興味が無かったと言った方がいい。

私が興味があったのは、Tのみだった。

怒られてもいいから、そばにいて欲しいと願った。

離れる恐怖、見捨てられる恐怖。

Tは「見捨てない」と言った。

私が、うつっぽくなって、マイナス感情で動けないとき

Tは、泣きながら、「正気にもどれ!」と私を叩いた。

「あなたは、どうして、そんなに、ひとりなの!」

そう言って、抱きしめた。

「私は、あなたのお母さんとは、違う。見捨てない」

「でも。自立しなきゃね。あなたも親なんだから」

そうやって、今まで、Tに支えられてやってきた。


しかし、私のなかに、Tに気に入られたい、

Tに誉められたい欲求は常にある。

Tの行動、顔色、言葉が、私を揺さぶる。

あれほど、私のことを思ってくれるのだから・・・と、

自信の無い私は、Tに段々、本音を言えなくなった。

「NO」と言えなくなった。

言えなくなったら、人間とは不思議なもので、

たとえ、「YES」と言っても、本当に納得していないことは

無意識に、忘れたり、違うことをやってしまったりする。

最初は、偶然だと思っていた。だが、度重なる失敗や忘却のたび

次第に自分でも自分の本音が分かってきた。

「私は、こういう風に、やりたくないんだ」と感じていた。

でも、分かったところで、どうしようも無かった。

「NOが言えない。NOと言ったところで、

 彼女に覆されるのは、分かっている。

 そして、彼女は私よりずっと正しい。

 私は、未熟だから、彼女の言うことが理解できないだけだ」

実際、そうやって、Tが、他人を穏やかに、時には激しく

ねじ伏せるのを目の辺りにしている。

そして、私も、そのパターンから、外れていない。

コントロールされることと

共に協力することの違いが分からなくなった。

ずっと、この一年考えているのだが、わからない。

混乱して、なすすべもなく、次第にTと連絡をとるのを

避けるようになった。

彼女に会うと、パニックになる。

Tは十分、それを知っているはず。

わたしが一番恐れているのは、「見捨てられること」だと

知っているから。

いまだ答えは出ない。

ある人に、それは共依存の典型だと指摘された。

否定、否定、否定。

今、共依存についての資料を再度読み直したりして、

私は、否定の材料を探している。

そんなもの、どこにも見当たらない・・・・。

Tと接触する日が近づくと、私は不安定になる。




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