author : rinrin
アダチル本 [ 子ども・不登校の1年間 ](107)
2006-03-16 Thu 17:19

久しぶりに、AC関係の本を図書館から、たんまり借りてきた。

その道では、第一人者の信田さよ子さんの著書

「子供のいきづらさと親子関係」を現在、読んでいるので、抜粋記事。

○父から受ける暴言や暴力による混乱

 しらふと酩酊の交代する人格のはざまで振り回される混乱によるもの。
 
また、暴力を直接受けなくても母への暴力を目撃したりします。
 
これらは、児童虐待であり、実に残酷なものです。
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 その中で、子供は、生き延びるためにいくつかの技術を
 
知らず知らずに身につけるのです。
 
たとえば、「見ない、聞かない、信じない」ようにして自分を守ります。

○母親からの共依存的支配

 この苦しみは、前述のそれとは異なり、成長過程ではそれほど
 
意識されません。
 
むしろ、あのような父によって苦しめられながらも自分を育てて
 
くれた立派な母として美化されたり、私のためにすべてを我慢してくれた
 
不幸な母として意識されます。
 
ひたすら、「母を支えるのは自分しかいない」と子供は母が何を感じて
 
いるかを我が事のように感じます。
 
親を支えるとは、子供が親の期待通りになることです。
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 これが、逆転するのが、思春期以降です。
 
子供が自分の人生を歩もうとするとき、母からの期待と軋轢が生じます。
 
また、自分の感じている感覚なのか、母の期待に添っている感覚なのか
 
区別がつかないこともあります。
 
意外にも、飲んでばかりいた父に対しては、成人してからは
 
それなりの理解を示すものです。
 
むしろ、夫のグチを垂れ流し、離婚の恐怖を子供に感じさせ続けたのに
 
結局は、離婚もせず、自らの不幸を子供によって救われようとした
 
母からの共依存的支配「愛情という名の支配」のほうが苦しいのです。

○恐怖のドラマの目撃者として

 両親のいさかいは、子供にとって、世界が割れるような恐怖を
 
もたらします。父母は神のような存在の子供にとって、
 
その二人が対立することは自分が引き裂かれることにも通じるのです。
 
直接、自分にむかう暴力は、逃げたり避けたりすればいいのですし、
 
殴られた痛みも感じられます。
 
しかし、暴力を目撃することは、暴力に対して、無力なまま
 
氷ついたように、見ているしかないのです。
 
子供にDVを目撃させることは、虐待であるという見方が
 
定着してきたのもこのような徹底した無力感を繰り返し味わわされる
 
ことが、いかに大きな影響をもたらすかということが注目されるように
 
なったからでしょう。
 
そして、アルコール家族の特色のひとつに、
 
血を流すような夫婦のいさかいが翌日になると、何事もなかったように
 
ふたをされていくという処理の仕方があります。
 
あのような争いが、なぜ起き、どのように和解したのかがまったく
 
わからないまま、過ぎていくのです。
 
そのことで不安に震えた子供に対しては何の気遣いもなく放置されます。
 
子供にとって、それは意味不明であり、謎のままです。
 
それを親に尋ねることも、おそらくタブーなのです。
 
意味不明の苦しみほど、過酷なものはありません。

 子供は子供なりに、その謎に満ちた苦しみに最終的意味づけをします。

 「私が悪い子だから」と。
 
この意味づけは、両親のいさかいのたびに、子供に刷り込まれます。
 
私が悪いから親のケンカが起こる。だからこんな自分はこの世に
 
いないほうがいいのではないかという根深い自己否定感につながって
 
いきます。この自己否定感は、大人になっても残っていて、

 繰り返し、表面化してはその人たちを苦しめるのです。
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 大人になって両親とは異なる男女、夫婦関係を形成しようと思ったとき

 挫折してしまうことが多いのです。

 海図のない航海のように、モデル無き関係は、両親の関係の

 再現となることが多いのです。

 これが世代間連鎖の生じる理由の一つです。 
  

感想:まるで、うちの家庭を、見ました?という気にさせられるほど

100パーセントに近い状態で、あてはまっていました。

救いは、やはり、時間はかかるけれど、回復は可能だと示唆されていること

でした。ACのグループミーティング、「ノー」の練習、

インナーペアレントの清算のために、ストーリーを作る等々。

この方法は、間違ってないと思う。


また、本のなかで、アニメ「エヴァンゲリオン」に触れていた

箇所があった。私も、かつて、「エヴァ」にはまりこんだ一人でした。

あのアニメは登場人物がすべて、AC的でした。

主人公からして、親の支配下から逃れるために、苦しんでいたんですね。

今でも、見たい気がしますが、見たら、崩れそうになりそうです。

当時は、どうして、「エヴァ」が好きだったのか、よく分からなかった

けれど、今なら、わかります。

AC的な共感フレーズが、たくさんあったからです。

でも、最後は、救いようが無かった気がして、余計、虚無感に襲われた。

そんなアニメでした。

覚えている方、いらっしゃるかな~?



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