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AC話【2】とりあえず、最終。 [ 子ども・不登校の1年間 ](126)
2006-04-28 Fri 14:13

娘が生まれて2~3日した頃、主治医に呼ばれた。

そこで、娘が多肢症だと告げられた。

生まれたばかりの娘の足の指は、人より一本ばかり多かった。

もう、本人は覚えていないが、3歳のとき、手術をした。

私は、周りには、強がっていたけれど、ほんとは、辛かった。

何が辛かったかというと、人と違うということが、辛かったんだ。

たった、指一本だったが、その手術跡は、いまも残っている。


プールの授業時間、同級生から、言われたりもしたようだ。

しかし、救われたのは、

「手術したんだ」と娘が言ったら

「私も手術して、失敗したんだ」と、ヘルニアの跡を見せてくれた同級生の存在。

子供って、すてきだなあって、思った。

しかし、私には、子供に背負わせてしまった、負い目が残っていた。

私が早期教育に走ったのは、この負い目もあった。

今、思うと、私自身にこそ、差別の感覚があったんだ。

優劣でしか、物事を判断できなかった愚かさ。

勝ち、負けしかなかった、私の子供時代の遺物。

それを私に教えるために、娘は一つ多くの指を持って、この世に生まれてきた。



その娘が、小学校へあがると、よく、泣いて帰ってきた。

理由は、その時は、分からなかったのですが、

後の6年後、娘との話のなかで、少しずつ明らかになっていった。



算数がわからなくて、悲しかった。。。。

本人にとっては、はじめての挫折というやつだったのでしょう。

また、この頃、同じ夢を繰り返し見たという。

公園に、置き去りにされて、夕暮れになっても

お母さんが迎えに来ないという夢でした。

その夢をみるたびに、泣きながら、目がさめたそうだ。

そのとき、支えてやれなかった親でした。



そして、バレエを習い続けていた娘が

ある日、「行かない」と言い出した。

泣き叫びながら、クッションを投げつけてきた。

初めての、意思表示でした。

そして、私の早期教育熱は、それ以後、一気に冷めてしまった。

習い事は、娘が好きなピアノだけ。

カイの習い事も全部やめてしまいました。

これで、私の理想の子供像の押し付け、コントロールは

終わったかに見えました。

しかし、ソラがだめなら、今度は、カイで。

それでも、懲りずに、下心いっぱいで、カイには、接していたような気がします。




その頃、私は、学級委員をしていた仲間と

子育てサークルを立ち上げていました。

定例会に会報作り、年3回のレクレーション、年一回のお泊りと、結構、ハード。

また、その運営資金を作るために、年に数度のフリマ。

この段階で数名が離脱していきました。

企画、運営から、雑用、会報、連絡等

手分けして・・・と言いたいところですが、

実際は、私と、もう一人のお母さん、@さんとでやっていた。

でも、どんなに忙しくても、私は、@さんの役にたつ自分が嬉しかった。

親育ての「子育てサークル」であったのに、

私は自分の子供のことは、後回しにすることが多くなりました。



同時に、知り合いから、相談をされる事も多くなりました。

私は、@さんになりきって、偉そうなアドバイスをしていたと思います。(苦笑;)

だんだん、相談も依存度を増し、

相手の役にたつ自分であろうと、完璧を装った結果、

ある人から、毎日電話に追いかけられる日々になってしまいました。

夜中だったり、朝早、夕食時。。。毎日。

私もその人が立ち直るよう、必死でした。

しかし、これは、完全な共依存でした。

相談されることに酔っている私がいました。

かわいそうな、あなたを救いたい、りっぱな私でした。

う・・・・自分で書いていて、辛いなあ。



この頃は、もう、ほんとに子供たちには、気持ちを全然向けてあげられませんでした。

カイも、今になって思えば、担任と相性が悪く、

先生から殴られたりしていたようでした。

そのときの事を、最近詳しく知りました。

やがて、このような生活に疑問がでてきました。

最初は、小さな点。

それが、だんだん、大きくなっていきました。

私は、相談から逃げ出しました。

もう、精神的にギブアップでした。

人の荷物を、自分の力以上に持つものではない。

汝、自らの限界を知れ!って感じでした。



しかし、@さんは、「まだ持てる」と言います。

持てない私は、@さんに嫌われたくないばかりに、

今度は、持てるふりをしなければならなくなりました。

でも、それには、絶対的に無理がありました。

心の底では、望んでいないのに、

やらなければならないのですから。

きついよ・・・

その思いは、閉じ込めても閉じ込めても漏れてきました。

まるで、不登校児のようです。

やる気が全く出なくなってしまいました。

私は、たぶん、これと同じことを、カイにしていたような気がします。

だから、@さんとの関係は、見事な、共依存でした。

そして、私がカイにしてきたことも、同じ共依存。

だから、カイは、不登校にならざるを得なかったんだと思います。



カイと私は、シンクロしていました。

やっと、ほんの最近、それを認めることができました。

ここまで、認めるのに、かなりの時間がかかりましたが。。。

認めたくなかったんだ。。。。

@さんと私は、似すぎていたんだ。

そろそろ、精神的に@さんから離れる時期がきているのかもしれない。


まあ、こうして書いて見ると、私には、色々な面がある。

繊細だったり、雑だったり、きびしかったり、甘かったり、わがままだったり、

強かったり、弱かったり、冷たかったり、暖かかったり、理不尽だったり、

論理的だったり、差別的だったり、正義漢だったり。

カメレオン以上に、多面的だと思う。



しかし、いまや、もう、人が私のことを、どう判断しようと

かまわない気がしてきた。

以前よりは、自分がそのとき、一番ベストだと思った感情や感覚を

そのまま大切にしていいんだと、ちょっぴり思うことができるようになった。

そして、自分はこういう人だとレッテル貼りをするのも、止めたいと思った。

自分のままでいることが、自分を大事にすることなんじゃないかな。

わざわざ、自分を一つの言葉で限定することもないだろうし。



完全な人なんて存在しない。

未完成でいいんだ。途上で、いいんだ。

その方が、ずっと自由だもの。

そして、きっと、カイもソラも、ずっと自由になれるはずだ。

おわり~~~~。

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