author : rinrin
あなたが、大切 [ 子ども ](141)
2006-06-28 Wed 14:57


「あなたが、大切だよ」

そう言葉に、したとき、彼は、しみじみと言った。



おかあさん、もっと、早く、もっと小さい頃、その言葉を

聞きたかったなあ。

僕のなりたかった人?

完璧な人だよ。

勉強ができて、スポーツ万能で、友達も多くて、性格がよくて、

そんな人に、僕は、なりたかったんだ。

だって、お母さん、言っていたじゃない。

勉強しなさい、頑張りなさい、友達をたくさん作りなさい、って。

僕は、一生懸命、そうなるように努力したんだけど、

でも、もう、今は、あきらめてる。

お母さんの言うような、子どもには、ぼくはなれないし。


どうせ、なれないんだ。

このままで、ずっと生きていくんだ。


おい、こら、そこの、子ども!

昔のことは、お母さんも、すごく反省してる。

おまえをそうやって、お母さんの理想の子どもになって欲しいと

がんじがらめにしていたことも、謝る。


でもな、今! そう、たった、今、おまえを自由にしてあげる。

そして、たとえ、テストで、0点取ろうが、

友達が、いなかろうが、

そして、スポーツができなかろうが、

犯罪起こそうが、何を起こそうが、

おまえは、私にとって、「大事な子ども」なんだからな。

覚えてろ!それくらい。


ほんとに?

当たり前だ。

だからな、お母さんを喜ばせようとするな。

完璧な人なんて、この世にいやしないんだから。

もし、いたら、ここへ連れて来いって!

大体、そんな奴、人間じゃないだろ。

そんな人生、おまえの人生じゃないだろ?

おまえが、自分の人生を自分で生きていけないことほど、

悲しいことは、無いんだぞ。

自分を捨てて、誰かのために、生きようとするな。

そんな人生に、なんの価値がある?


それが、自分を大事にするってことさ。


----*----*----*----*


変りたい [ アダチル的試行錯誤 ]
先だっての息子との会話に対する記事についての、

>おまえを自由にしてあげる

の部分についての、ご質問のお返事を、

いろいろ考えていたのですが。

答えは、一つではないし、、、

しかし、いたってシンプルのような気もするし。。。



現時点でのことを書いてみたいと思います。


おおまかに言えば、

@ひとつは、今までの積み重ねがあったということ。

@もうひとつには、わが子の不登校という現実が、

そのような方向に、私を導いてくれたということです。

(これは、不登校を克服された、どのお母さんも、共通して言われてます)

不登校というのは、家族の非常事態です。

私の場合、このような、危機的状況に追い込まれて、はじめて

本気で、自分を「早急にどうにかしたい」という思いが

生まれたきっかけになりました。

根が、なまけものなので、^^

自分の問題だけなら、たぶん、

今でも、変っていなかったと思います。



そして、その中にも、私には、さらに数点、重要なポイントがあります。


@自分の中に溜め込んだ、深い怒りを解放すること。
  

 しかしながら、ここに至るまでには、

 それなりの、基礎を積み上げることが、必要だということ。

 信頼する人がそばにいてくれること等、

 いくつか、条件はあると思いますが。



そして、私が経験したことで、

たぶん、一番重要ではないかと思っていることがあります。

それは、

@信仰心を持つこと

これは、なんらかの宗教に、お入りなさいという事ではなく、

スピリチュアルな観点から見た宗教という定義です。

自分は、偉大な存在に、守られ、生かされている。

そして、それは、「愛」そのものであること。

さらには、自分の中にも、偉大な存在につながる

「愛」があることを、一瞬でも感じられるようになること。


ここが、あるか、無いかで、現実に起こることの受け止め方や、

アファメーションの入り方が、違ってくる気がします。



このことを私に教えてくれた方には、ほんとに・・・

感謝してもしたりないくらい、感謝してます。



知識としては、上に書いたことは、ほとんど、知ってはいました。

しかし、それを、自分の心で感じるということが、できていなかったと思います。

自分が変りたいという、当時の必死の思いも、今からして思えば

吹けば飛ぶようなものだったと思います。



センス オブ ワンダー 


それは、一年やそこらでできるものでもなく、

長い年月の中で、培われ、養われ、

そして、その時々の、必然的な人との出会いが、

自分自身の中の、神との出会いに

つながってきているんじゃないかと、

言ってもいいなかあと思います。


ここが、自分の存在を肯定する、一番のポイントに

なっているんじゃないかなと思っています。

自分を少しでも肯定できるようになると、

人も肯定できるようになります。

これは、もう、ご存知のとおり、心の方程式です。

なので、

息子にも、ああいった、思い切った発言が言えたのでしょうね。


しかし、本来、心の「自由になる」、「ならない」は、

本人の意思が一番尊重されるべきことなんだと思います。

人が決めてあげるものでは、ないのです。

その観点から言えば、あの息子への言葉は、ある意味、

非常に、傲慢で、不遜な言葉なんです。

その辺の自覚と葛藤は、私にも、非常にあるのですが、

今は、「呪縛を解く」ということを、優先に考えて、

発した言葉なんです。



とか、えらそ~に書いていますが、

それでも、悩みますし、落ち込みますし、

泣きますし、恨んだり、さびしかったり、

それは、それは、一日の中でも、くるくると心は変ります。


余談になりますが、

それでも、昔と違って、自分の中に、「帰る家」があるという感覚が

かなり育ってきているようなので、

かつてのように、さまよいっぱなしという事は、

少なくなってきている気がします。

ここが、信仰心の部分だと、思われます。^^


そして、

最後に、あきらめずに、変りたいと願い続けることが、

大切だと思うのです。




文章力が、ないので、うまく伝わるかどうか、

ものすご~~く、不安ですが。



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