author : rinrin
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依存・共依存のこと [ AC ] (149)
2006-10-04 Wed 15:32

少しずつでは、あるけれど、過去のTさんとの事、整理されてきたなあって、
そのような気がしてます。

依存心(相手がいないと、生きていけないほどに感じる)と
共依存(相手に、自分がいないと生きていけないと感じさせる)は、
紙一重なんだと、思うに至ります。

今、ちょっと、あることで、この両方を見つめる機会があって、
自分の中では、これが、同時進行していました。

まず、相手がいないと生きていけない、希望がなくなるという状態ですが、
ストレートに、そう分かる状態というのは、現実では、少ないのだなと思う。
これは、巧妙に形を変えて、これでもか、これでもかと、襲ってくる。

よくよく、考えると、相手を失うのが怖くて、怒りになったり、恨みになったり、
逃げてしまったり、自己卑下したり、と、形は様々。
しかし、根本にあるのもは、「失いたくない」、ただ、それだけ。
感情も、「怒り」に摩り替わったり、悲しみに変ってたり、忙しい。

仏教の戒めの言葉に「稚心を去る」という言葉が、あるのですが、まさに、子供が、
母親のスカートのすそを握りしめて離さない、泣き叫んでいる
そんな状態なんだろうと思う。
幼い頃、親や養育者との間に、暖かい感情の交流が少なかった、或いは無かった場合、
「欲しい、愛して欲しい。振り向いて欲しい、見て欲しい」
これらの子供の頃の激しい感情が、ふとした時に、こぼれ出てくる。

あなたを失いたくない。。。シンプルにそれだけ。

そう思い続けて、それは、時に怒りだったり、恨みだったり、恐怖だったり、
ひと時の幸せな思い出だったり、しかし、それは、移ろいやすく、
決して、私自身を幸せにしなかった。

やっと、その依存的な視野から、離れて、相手の気持ちも、慮れるように
なってきた。
彼女は、きっと、「私を見捨てない」と言った、彼女自身の言葉に
縛られていたのだと感じた。
もし、私が、彼女の立場なら、自分の言葉に縛られる事くらい、
苦しいものは無いなあと思う。

物事は、森羅万象、変化する。

そして、反対に、私自身、その言葉で、彼女を縛っていたんだなあと思う。
それは、今になってみると、すごく、ずるい事に見える。
責任の所在が、私に無く、彼女にあるかのように、摩り替わっている。

ここんとこは、私自身、かなり反省しなきゃいけないと思う。


今度は、共依存の部分。

一時、彼女の夢の一部を、私は担っている気になっていた。
当然、最初は、彼女の手助けをしたいと、私自身の選択からだったけれど。
彼女は、自由で、闊達で、夢があり、その夢を手助けしたいと願うのは
ごく、自然に思えた。私には、彼女が、まぶしかった。
しかし、その彼女の夢を、いつのまにか自分の夢と、勘違いしていた。

そんな、ハネムーン期を過ぎ、気づくと、私自身は、彼女の
考えること、思うこと、やること、だけに、集中しすぎた。
自分を滅して、彼女を最優先した。
あまり、いい例じゃあないけど、
例えば、彼女が、バックから、煙草を取り出そうとすると、
すぐ、私は、ライターをつけて、準備をするってな感じと言えば、
わかるだろうか。。。

そんな彼女が、めずらしく落ち込むと、
「あなたは、素晴らしいし、どんな事でもやりとげる力を持っている」
そう言って、励まし?た。

そう言いながら、私は、彼女を励ませる自分の存在が、嬉しかった。
彼女が落ち込むと、私は、俄然張り切った。
彼女を助けたい、何か、役に立ちたい、夢を諦めないで、
あなたなら、その力を持っているんだから。
ほんとにそう思っていたんだから。。。


そんなことを、7年近く続けていたんだよね。


その結果、自分自身で、考え、言葉を発することが、出来なくなっていた。

これが、共依存。

同じ人に対して、依存と共依存を、お互い立場を入れ替わりながら、
延々と続けていたような気がする。


この彼女との依存、共依存の関係には、今は終止符を打った(と思う)
そして、あらたな場面で、これが発動しそうになる時、自戒する。


私は、私のことを、自分の言葉で語らせてください。
私は、自分自身の感情と、身体を大事にしたいのです。
私は、あなたの感情と身体も、大事にしたいのです。

もし、分かり合えなくても、それはそれで、尊重します。
だから、私のことも、尊重してください。

私は、あなたのこと、大好きです。

だから、あなたは、あなたの、仕事をしてください。
それが、私の喜びです。

そして、私も、自分の仕事をやっていきます。
それが、私の喜びとなります。

もし、どこかで、出会えたら、こんな嬉しいこと、ありません。

もし、あなたが助けを求めたら、私は、飛んでいくでしょう。
でも、もし、私が助けを求めた時に、来てくれたら、
それは、感謝とともに喜びの中にいるでしょう。


ゲシュタルトの祈りの変形、私バージョン(笑)


そして・・・彼女へ。
恨みや憎しみ、もうありません。

長い、長い、時間がかかったけど、
今は、感謝しかありません。
あなたと過ごした時間は、確かに私の一部。
もう、騙されたなんて、思ってもいません。

(実は、サークルを作る時、私はほぼ、強引に入れられた、誘われたという
経緯があって、???のうちに、立ち上げメンバーになっていたという不満が
ずっと、くすぶっていました。丸め込まれた感覚でしょうか。
でも、それもね、断れるはずだったのに、断らなかった私もいるのです。
そこまで、世間知らずじゃなかったはずなのに、
どうして、彼女をそこで、恨んでしまったか・・・
自分を正当化したかったのです。
他にも、サークル内の揉め事で、傷ついて、辞めていったメンバーに対しての
罪悪感もあり、申し訳ないという気持ちもありました。
でも、それも、今は、元気にお仕事している、辞めたメンバーさんを見ると、
これで良かったんだと思えます。)


私が、自分で選び、
自分で、あなたの傍にいる事を選んだのだから。
そして、心を尽くして、たくさんの事を教えてもらったのだから。

これからは、別の道を歩いていくけれど、
あなたと過ごせた時間は、素敵でした。

でも、もう、道は交わらない。

私は、私の道を・・・

もう二度と同じことは、繰り返さない。






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