author : rinrin
手放す
2006-08-10 Thu 16:52
不登校を通じて、親の生き方、人生を深く考えさせられて昨年でした。
その中で、「手放す」ということもキーワードでした。

子供は、小さい頃は、親に依存するしかない存在です。しかし、親が子供に依存してしまたら、子供は、子供のままじゃいられなくなります。
親思いの子たちは、親の気に入る子に、なろうと頑張ります。
そのために、自分の気持ちを殺し、自分の気持ちをごまかし、ほんとの自分を、意識の下にもぐりこませて、出てこないようにします。
しかし、思春期になると、自我がはっきりと出てきます。
ある意味、思春期は、病にも似た、衝動とともに、自我を噴出させる時期です。
その自我と、今までのいい子のハザマで、苦しんだのが、息子でした。

この不登校の経験は、かれが、なくした自分を取り戻す時間なのではなかったかとおもえるほどです。
親も、彼から奪ったものを彼に返す作業を、苦闘しながら、やってきたと思います。
いまだに返しきれないもの、彼が、変えられないで苦しんでいる部分も多々ありますが、半分は返せたのではないかと思っています。
彼が、親から取られたものを奪い返す作業の最中は、いろいろ、親を試すようなことを、多分、無意識ですが、やっていたと思う。

これでもか?というように、今まで禁止されていたと思われることを、やったり、それを親がどこまで許容するのか、別の目で彼は感じていたと思う。
不登校は、その最たるものだったでしょう。

「いいよ、学校行かなくても」
その言葉を試すように、勉強なんてしませんし、昼夜逆転、ゲーム三昧、ネットにはまり、ぐーたらしている。
適応教室だって気が向いた時しか行かない。

親だって、いらいらします。
そんな生活、ずっとやられたら。
しかし、やがて、底に着きます。着地点がちゃんとあるようです。

ある日、高校に行きたいと言い出した。
塾に行くと言い出した。

でも、体力の無い彼だったので、最初は、週1の個別(英語・数学)から始まった。
やがて、週2と増え、それから、集団授業を試してみた。
ここまでは、ほんとうに慎重すぎるほど、慎重だった。

母も、「無理したらいけない」とかなりセーブさせ、彼のペースより、下のハードルを口にした。
主治医とも相談しながら、ひとつ出来たら、褒め、達成感を共に味わいながら、認めながら、ほんとにゆっくりだったと思う。

集団授業は、かなり彼には、ハードだった。
しかし、休んでも、今週は2回いけたじゃない、よく頑張ったねと、本人にも、自分の頑張ったところを、自覚させるように仕向けた。
実際、よく頑張ったと思う。
先に書いたように、自己肯定感の低い、不登校の子は、3回のうち、一回休むと、
「自分はだめだ」というループにはまっていく。
そこの認知のゆがみを方向転換することが、このときの目標だった。だから、塾に行って勉強するというより、塾に行けた、出来たという認識を作ることによって、ゆがみを治していったという方が、正しい。
母も、そちらの方を優先した。
そして、今に至っている。体調の浮き沈みはあるけれど、もっと勉強してくれたらという欲は、母にはない。ほんとに無い。
だから、どんな点数を取ってきても、笑ってすませるし、こころから励ますし、少しでも伸びたところは、褒めて、認めてやりたいと思ってる。
親ばかでいいんです。(笑)

どの不登校の子も、勉強をしない時期って、ありますが、親が試されます。
不思議なんだけど。。。親の期待、目線を感じると、わざとのようにしません。
「高校?べつに~」なんて言います。
怒りたくもなりますが。

でも、親が「しても、しなくてもOK」という態度、気持ちになったとき、
(実際、1年、2年、遊んでてもいいやと思っていた)
息子は、「高校へ行きたい」と言った。ここに、ヒントがないだろうか。
下心なしで、子供と接するということを私は学びました。
親から、無意識にしろ、意識的にしろコントロールされることを、子供は本能的に嫌います。
今でも、上手にできているとは言いがたいですが、彼の人生を彼に返してあげたいと思っています。そして、母は、母の人生を生きること。
自戒をこめて。
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