author : rinrin
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諦めて
2008-05-16 Fri 11:45
私ごとになりますけど・・・
親と同居している頃、私の行動を監視したり、
口をはさんだり、こっそり探ったり、
そういう状態の頃、
よく思ったのは、
「消えたい」という気持ちでした。

この消えたいは、死にたいではなく、
存在が跡形も、無くなればいいと思っていた。
死ぬのは、怖い。
親が悲しむだろうこと、
まわりの人に、迷惑をかけること、それくらいは、想像できたので、
いっそ、「消えたかった」なあ。

今、思えば、その「消えたい」と、同義語で、
「私のことをあきらめてくれ」という気持ちも
あったかと思います。

諦めるというと、なんだか、放置したような、投げ出したような、
そんな無責任な言葉なんですけれどね。

親が、自分の思うとおりの子供になって欲しくて、
こっそり、監視したり、行動を制限したりする
そんな気持ちがうざくて、
「自由」が、欲しかったんです。
でも、そこを、親と直接対決して、打ち破るだけの力が無かった。

父親は、暴力というとても、分かりやすい行動で、
(短絡的では、ありしたが)
母親は、「あなたの味方よ」という顔をしながら、
ねっとりと、まとわりついてくる・・・2重メッセージ。
蛇みたいな感じ。。。

この母親が、なんとも・・・私自身に、罪悪感を植え付ける元となった気がする。
自分を押し殺して、
感情を封印して、
母を助けようと思っていた時期もあった。
けれど、それは、私が、私らしくすることを否定することでもあった。

否定しても、否定しても、
私の中の罪悪感は、消えず、ますます増大し、
押さえた感情の行き場所を、
自分を攻撃することに、持っていくしかなかった。

今は、もう、私が結婚して、20年以上も同居していないので、
すっかり、諦めてしまったのだと思うけどね。

その後遺症で、どれだけ苦しんだか・・・


私のそういう経験は、息子の不登校を理解する上で、
すごく、重なっていた気がした。

私の母は、自分が助けていかなければ、この子は、いい人生を送れないとでも、
思っていたのだろうか。

それとも、自分の意にそぐわない結婚をした自分より、
より、未来がある、子供の私に、希望を託したのだろうか。

それも、あるのかもしれない。

しかし・・・・、実際、私が感じていた生の母親の感情は、
「嫉妬」ではないかと感じていたこと。

人間は、親子であろうとも、子供の幸せを願いながらも、
嫉妬の感情を野放しにしたら、
現実では、無意識に、相手を自分と同じにしようと、
そう行動することもあるのだ。




もちろん、これには、必須条件がある。

「自分を好きになれない場合」である。


自分を好きになれない場合、
相手の真の幸せを願えるわけがない。
「子供の幸せを願う」という気持ちは、自分の中から出てきた気持ちではなく、
世間から、後付された、ただの表面の意識であろうと思う。

私の母も、戦時、親に甘えることもできなく、
弟たちの面倒を見ながら、育った人だ。
自己肯定感も、へったくれも、無い時代だっただろうと思う。

今、平和な日本にいられることは、
その、ゆがんだ戦時の思考を、正しなさいということだろうと思う。

天皇が神だと言われた時代。
個人より、日本という国が大事とされた時代。
個が滅せられた時代。

その昔の遺物からの、復活が、今の時代なのだろうと思う。



話が、おおきく、なりすぎた。。。ね。


ともあれ、一旦、諦めていいんじゃない?
裏メッセージなんて、すぐに、見抜かれる。
人に自分以上の期待をすることは、間違ってんじゃない?

同じ苦労をさせたくない?
それは、子が選ぶこと。

密かに、応援するっていうのも、「呪」の一種。


良き方向に行かせるために、
気づかれないように、支える?
演歌じゃないんだから・・・。

正々堂々とやっちまえと思う。

言葉どおりの人でいたい、とそう思わないかい?


だから、苦しいんだよ。
そのからみつく、思念が、言葉にならなくてもね、縛るんだ。
その監視するような視線が・・・
その優しさにカモフラージュされた、思いが、悲しいくらい重たいんだ。

これを、人に「依存」するっていうんだ。

それらのメッセージが、何を発しているか分かります?


「おまえは、おまえのままでいたらいけない」
「私の思うとおりに、生きてくれなきゃ嫌だ」
「私の苦しさは、あなたが、そういう風だから、苦しんだよ」
「私は、寂しいんだ。かまってよ」


このようなメッセージを送られる側は・・・
自尊心、ずたずたで、
自己肯定感も、生まれては、海の泡となっていく。
自分は、邪魔で、生きてちゃいけないとさえ思う。



そんな親になりたかないよね。。。

「私を変えようとしないでください」
「私の人生の選択権を、私に返してください」

私の中のインナーチャイルドは、そう言っていますけど。



学校へ行く、行かない、
大事なことでしょうか・・・

もっと大事なことがあるんじゃないでしょうか。

ひとりひとりが(親も子も)、自分の人生を生き切ることができるってこと。

そう思うんだけどな。


知ってる?
人ごみを、犬を散歩させるとき、短めにリードを持つと、
犬は、とっても、ストレスを抱えるんだって。
飼い主からすれば、人に迷惑をかけたり、犬が踏まれたりするので、
最善の措置をとって、短く持って、制御しているつもりなんだけどね。

ところが、犬との信頼関係があって、日ごろから、緩いリードで、
慣れている犬は、人ごみでも、飼い主の動向をしっかり見て、
悠々と、歩けるんですよ。

これって、人間と同じじゃない~?

もっと知りたい人は、おしゃべりワンコの物思いへどうぞ♪

管理人のeggiさんは、ドイツ在住のわんこたちの先生をされている方です。
でも、日本で販売されている「しつけ」の本とは、かな~り違いますよ。
犬を飼われている方は、必見だと思いますよ。

「しつけ」って、なんだか、嫌な言葉じゃないですか。
押し付けなんですから。
しかも、犬の特性を無視して、人間の都合のいいようにね。
eggiさんは、そういう、「しつけ」法に、疑問を持ち、独自の犬との付き合い方を
開発された方なんですよ。

私の信頼するネットお友達です。

あえて、犬も人も一緒くたにしちゃうんだけど、
愛ってさ、相手を縛ったらダメなのよ。

それは、愛じゃなくて、「依存」です。

愛は、ただ、ひたすら、見守るだけ。
「いい」とか、「悪い」とかを判断せず、
そこにあるだけ。

羽毛のように、やわらかく、
空のように、大きく、
海のように、深く
大地のように、強く
宇宙のように、果てしなく。
光のように、暖かく。

まずは、自分から・・・、そんな、見守りの愛に抱かれてみようよ。

>>続きます
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この記事のコメント
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2008-05-17 Sat 00:52 | | #[ 内容変更]
uーたんさんへ

読んでくださって、ありがとう^^
自分で読み返してみて、読みにくくて、まとまりがなくて、申し訳ないです(汗;
2008-05-16 Fri 21:06 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
まずは、自分から
「そこにあるだけ」

深いですね。いつもありがとう。
2008-05-16 Fri 14:38 | URL | uーたん #-[ 内容変更]
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