author : rinrin
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【親と子】嫉妬とは何か?
2008-09-30 Tue 11:22
嫉妬と、共依存は、深くつながっていると、私は、思っています。

一般的に、「嫉妬」といいますと、男女が、恋愛関係において、

使われることが多いですね。

私は、主婦なので、わかりやすい例でいいますと、だんなさんのメールを

盗み見て、「ムキーッ」と、なったり(笑)、

恋人なら、相手が、自分よりきれいな(笑)女の子と、楽しげにお話していたら、

「私と、あの人と、どっちが大事なの!」と詰め寄ったり、

嫁と姑でも、だんなさんが、姑の味方をするような言動を聞いて、

「私は、姑に負けた」と、がっくり、してしまったり。

はたまた、職場では、自分より仕事ができない人が、店長のお気に入りだったり、

と、まあ、いろいろな生活の場面で、「嫉妬心」を掻き立てられる場面は、あるわけです。

それらの場面では、大体、「嫉妬をしている、醜い自分」というものを、

多かれ少なかれ、自覚しているものです。


ところがですねぇ、

子育てに、おいて・・・親子関係や家族関係においいても、

大きなウェートを占めているのではないかと、言うと、

大概の方からは、「えっ?んなわけないじゃん」と怪訝な顔をされるんですね。

それほど、親子関係というのは、

客観的に見ることができないほどの、密室となっているのですね。


私が、それを、はっきり理解できたのは、

夫の言動で、気づかせてもらえました。


息子が、学校へ行けない状態に、なりはじめた頃、

夫は、子供に、言ったのですね。

「人生、嫌なことがあっても、我慢して、やらなきゃいけないんだ」

「自分も、会社を休んだり、やめて、ゆっくり寝てくらしたいと、思うけれど、
家族を食べさせてやるために、行っているのだ」



子どもは、ますます、荒れました。

壁に、自分の頭を打ち付けて、リストカットしました。

夫は、いまだに、この言葉の裏側にある、自分の気持に、気づいていないのですが、

ちょっと、私流に、どのように、息子に伝わったか、後の息子の話と合わせて、解明してみますね。

『自分は、本当は、自分の好きなことをして、自由に生きたいと思うけれど、
家族がいるために、それが、できない。だから、無理をして、嫌だけど、毎日会社に行っているんだ。
自分が、このように、嫌なことを、おまえのために、やっているのだから、おまえも、少々、嫌でも、我慢して、学校へ、行かなければならない。そうでない、おまえは、ダメなんだ』

という風に、伝わっています。

夫は、小さい頃から、自分の親に甘えられる環境ではありませんでした。

どちらかというと、不在の父親に代わって、母親の夫がわりを、やっていました。

また、小学校にはいる前までは、親子別々に、暮らし、祖父母の家で生活していました。

彼の中の心情には、自分は、ひとりで頑張ってきたのだという、自負があると思います。

だから、息子の行動が、甘えた行動に、見えているのでしょう。

そんなことは、許せないわけです。

現実生活でも、楽して、楽しそうにしている人を、彼は、嫌いながらも、

でも、自分が幸せな家族を演じることには、最大限の努力をします。

今でも、その「演じる」というところから、抜け出せていないのですが、

そろそろ、気づいて欲しいと、妻としては、思うのです。


夫の息子への、この言動は、

演じる家族からの離脱を認めないこと、を息子に伝えたわけです。

また、別の見方をすれば、彼の潜在意識にある、インナーチャイルドは、

自由になりたい、と願っていることを、暗に示唆しています。


「自分は、こう、育てられた。どうして、お前は、それを崩すのだ」

「自分だって、もっと、自分のままで、自由に生きて、愛されたかったんだ」

「だから、おまえが自由に生きることは、許さない」


彼の中の、閉じ込められたインナーチャイルドは、そう言っているんです。



これは、とても、わかりやすい例で、私も、客観的に分析しやすいので、

夫に、登場してもらいましたが、

これは、私自身にも、ありました。


私の実家は、とてもわかりやすい、

父親のDVと、母親の依存で出来上がった機能不全家庭の典型でありました。

ところが、最近、一見、機能不全と、わからない、

真綿で首をしめるような、微妙な機能不全家庭が、多くなってきたように思います。

これが、今の親世代の特徴なのではないかなあと、思うところです。

現実、私の今の家庭は、夫のDVがあるわけでもなく、

子供の不登校が、おこるまでは、普通の家庭だと、思っていました。

しかし、私自身は、「なんで、生きているんだろう?」

「どうして、こんなに生きるのが、辛いのだろう」

そんな風に、心の闇を抱えていました。


この微妙な機能不全家庭でおこりやすいことは、

あいまいな、共依存です。

支配し、支配され、「見返り」と、「与える」が、交差していた気がします。


この根本の近くにあるのが、

インナーチャイルドの、「嫉妬」ではなかろうかと、思っています。

「嫉妬」は、どういうことを、起こさせるかというと、


「早くできないの?」
「勉強はしたの?」
「片付けしたの?」
「進路はどうすんの?」



(最近、この類の言葉を使ってなくて、言葉を思い出せなくなっていることに、
はたと、気づくのでした・・・・笑)




などの(と、ごまかす)、質問形式ではあるけれど、
それは、相手の状況を、いかにも、心配し、助けようとする言葉たちではありますが、
今、現在の私で、翻訳してみますね。

「片付けろ!この~、片付けもできない愚図じゃん!」
「勉強しろ!しないと、ろくでもなくなるじゃない。そうでないと、私の自尊心が
満たされないじゃない」
「早くして!まったく、のろまなんだから。」
「進路、早く、ちゃんと、お母さんが満足するところに、きめてよね」


否定、否定、否定。

質問形式で、すでに、否定とコントロールが、入ってるんじゃないか~。(笑)


たとえばですね、

これが、子供じゃなくて、家事育児にいそしんでいる、主婦の場合でしたら・・・(想像中)

「部屋、ちゃんと、掃除した?」・・・な~んて。

現状は、できていない、という「否定」。
でも、掃除していない、あなたを「非難」。
しぶしぶ、やる。
でも、心の中には、怒りや不満が残る。


これらを、「7つの習慣」(スティーブン・R・コヴィ著)でいえば、

WIN・LOSEの法則になります。

WINが、奪い取る側
LOSEが、奪い取られる側 と、とりあえず、理解していいと思います。

人がうまく、行くには、WIN・WINの法則が大切です。

どちらも、感情的に、納得している状態ですね。

この辺、詳しく、お知りになりたい方は、本読んでね。(笑)


残った怒りや不満は、積もっていくものです。

否定された気持は、降り積もる雪のように、心に壁を作っていく。

閉じ込められた怒りは、自分が許されなかったことを、

人がいともたやすく、していることに、無意識に嫉妬する。

本当に、なりたかったのは、壁の向こう側。

嫉妬の相手は、本当は、自分がなりたい姿。

子供を自分の道具にしちゃ、いけませんね。

真実の心配する言葉は、必ず、相手に届くはず。

自分の不安を、子供に丸投げしちゃったら、子供は、それを、

抱えようと、必死になります。

でも、できない自分も、知ってします。

子どもの優しさに、甘えないよう、乗っからないよう

私も、これからも、気をつけていこうと思います。





わかっちゃいるけど、「進路は?」「将来は?」「学校は?」「宿題は?」と、

口をすべらせて、子供を心理的に追い込んでしまうことが、

多かった過去の私でしたけれど・・・・ね。

もう、必要性が、なくなりました。



私の中の子供が、くすりと、笑って、言うのです。

「まあ、あんたも、がんばったんじゃない」ってさ。


「そうだよ、だれかに、自分の人生のかわりをやってもらうのは、もう、おしまい。」

そう、私は、自分の中の子供に、親指を立てて、笑って、答えるのでした。

だって、自分の人生は、自分で背負っていくのだから。


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別窓 | 不登校を考える | コメント:15
<<小学6年生の子殺しに、思うこと | 歩いていこう | 新しくリンクをつけました>>
この記事のコメント
ののさんへ
辛さというものは、当人にとっては、どんな些細に見えることでも、最大に辛いのですよね。
だから、比較すること自体、無意味なんですよね。

自分のペースで、あせらず、一歩ずつ。。。そうそう、ステップアップよね。

私も、同じです^^
2008-10-03 Fri 21:54 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
そういってくれてありがとう
>いいえ、ののさんの、コメントは、私の中の隠れた心を、明るみに出してくれる、
小気味よさがあります。
いつも、ありがとう。^^

そういってくれて こちらこそ ありがとう v-344

ありがとう って言葉、なんだか とても癒されます。

りんりんさんは、私以上に苦しい思いをくぐり抜けて、乗り越えて、
今の地点に到達されたのだと 思います。

だから、私は苦労や修行がたりない・・という風に考えるのではなく、
ひとそれぞれ「問題集」を持っているのだから、
人と比較して焦る必要も卑下する必要もないのだなぁ~・・・と、改めて気がつきました。
ホントにごめんね。(なんのこっちゃ?)

こうやって 少しずつ ステップアップしていけばいいよね。。(自分に言ってる)笑
2008-10-03 Fri 21:50 | URL | のの #VGqTgCv2[ 内容変更]
ののさんへ
心が、ごみで一杯の親は、そのゴミを一番身近で甘えられる、子供に、持ってもらおうとしますね。

「こんだけしてやったんだから、これくらい、持ってくれ」と、脅したり、怒ったり、泣いたりして子供に、懇願する。

ののさんに、お母さんが好きなのねと、言ったのは・・・
ほんとは、私自身も、母が、好きになりたかったんだよね。

受け入れられたいという気持ちをずっと、抱えてきたのよね。

でも、ののさんは、そんなお母さんでも、もう、まるごと、抱えちゃおうと、言われたので、その潔さに、感服したのでした。。。

ちょっと、うらやましいなあと思いました。

うちの母も老いてきています。
母は、家族から、離脱した私を恨みながら、生きています。
もちろん、そういうことは、面と向かっては言いませんけど、同居の妹相手に、そういう恨みつらみを言っているらしいです。

私も、いつか・・・母を丸ごと、抱える日も、来るかと思います。
その時、なんの、わだかまりもなく、一人の人として、向かい合う準備を、今、私は、やっているのだろうと思います。

「もう、いいんだよ。
誰も、恨まなくていいんだよ。
あなたも、辛かったんだね。。。」

そう、母に伝えられる、自分になっていたいと、心から思うのです。

>自分のことばかりで 本当にすみません

いいえ、ののさんの、コメントは、私の中の隠れた心を、明るみに出してくれる、小気味よさがあります。
いつも、ありがとう。^^

2008-10-03 Fri 21:27 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
u-たんさんへ
いつも、応援ありがとうございます。

>心配という名の支配

不安は、自分で抱えればいいんです。出来なかったら、吐き出せる場所を、作ることも、大事ですね。
子ども(弱者)に、自分の心配や不安を投影させないよう、私も、していきたいものです^^

こういう文章を書いていると、私、ストイックな人に見えますけど、
実は、8割が、ギャグで、できています。
子どもたちから、うっとおしいと、喜ばれております(TT)。
人生、楽に生きていきたいですね^^




2008-10-03 Fri 21:10 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
虹色スミレさんへ
>よくよく気持ちの根っこをみてみると,
子供のためというより,
自分のために,
無意識的に動いていたのだとおもいます。



そうですか・・・
そこまでに、行きつく過程は、とても、辛いものがありますね。。。



*ダブルバインドの例

親「なんでも好きなものを買っていいのよ」

子「じゃあ、これにする♪」

親「それって、歯に悪いんじゃない?」

子「じゃあ・・これ・・・」

親「これは、色が毒々しいわ、体に悪そうじゃない?」

子「・・・じゃあ・・・」

親・・・イライラ。

「早く、決めなさい。あなた、いつも、選ぶのに、時間がかかるんだから」

子「じゃあ、これにするよ」

親が、好みそうな、ものを選ぶ。

親「そう?それにするの?いいんじゃない?」

子「・・・」


ということで、子は、好きなものを選んでいい、という親の言葉の中に、「自分が好きなものではなく、親が好きなものを選べ」という、言葉があることを学ぶのでした♪

強者と弱者の関係の中で、起こりやすい状況でもあります。

発せられたメッセージを言葉通りに受け取ると罰せられ、誤って受け取っても罰せられるという・・・

そんな感じです。




2008-10-03 Fri 20:59 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
母が好きだった??
おかあさんのことが好きだったのね。という言葉をみて、不思議な感覚を持ちました。

私は 母が好きだったのか? 母をすきなのか?

当時は、母の意に染まない自分は、自分が悪い(親不孝者だ)という罪悪感を
もっていたのだと思います。
自然に思ったと言うよりも、思うようにし向けられたのでは?と今は思っています。
(親が意図的でなくても・・)

私は、家を出られなかったのです。
父が健在でいてくれたら出たかもしれない・・と思ったこともありましたが・・。
母を残して家を出ることができなかったのは、罪悪感に苦しみたくなったから・・・
つまり、自分のため・・・だったのだと、解釈しています。

それに、私の親(母)は、反抗するだけの「何か」がなかった・・・というのか、
反抗することのできる親であると 安心できなかったのだと思います。
自分がかかえなくては、不安でしょうがなかった・・・のかもしれません。

親を背負うのはいやだけど、放ってしまうこともできなかった・・・というか。。
その恨み辛みがある分、葛藤も根深かったのかもしれません。。

りんりんさんは、不安を感じていた・・とのことですが、その不安も、
親ごさんから 持つように し向けられたのではないのでしょうか?
こどもって、二重にも三重にも縛られていることになりますよね。

私の心にも、怒りや悲しみが渦巻いていたと思います。
しっかりと気がついていないだけで・・・。罪悪感に隠れていただけで・・。

だから、機会を得て、一気に吹き出した(顕在化した)のだと思います。。
自分でその感情をいったんは感じないと、向き合えないし、のりこえていけないものだと、
つくづく感じています。。

この年になって、親に対してこんな風に思っているなんて・・・と自分が情けなく感じた
ときもありましたが、一度は通る道だったのでしょうね。。

・・・自分のことばかりで 本当にすみません。m(__)m

2008-10-03 Fri 19:36 | URL | のの #VGqTgCv2[ 内容変更]
No title
自分の気持ちを大事にして
たとえマイナスと感じられる思いも肯定も否定もなくそれを認める。
そうすると子供達にも
二重のメッセージを送って不安にさせることは無いのだなあと思いました。
心配という名の支配。身をもって実感です。
風通し 大事ですね。ありがとう。
2008-10-03 Fri 16:15 | URL | u-たん #8mQnrvzk[ 内容変更]
ダブルバインダー!
お返事ありがとうございました。

ダブルバインダー  
はじめて聞く単語です。

よくよく気持ちの根っこをみてみると,
子供のためというより,
自分のために,
無意識的に動いていたのだとおもいます。

風通しのいい家庭。
それが,大切って気がついている人はどのくらいいるかな?

いまならわかるけど,
当時はわからなかったです。

2008-10-03 Fri 14:42 | URL | 虹色スミレ #-[ 内容変更]
No title
>自分が本当は何を感じているか・・
何を欲しているか・・・


難しいですよね。自分の心が一番、わからないものです。
だから、人が自分を映し出す鏡になってくれるのでしょうね。

出会う人って、ありがたい存在です。

2008-10-03 Fri 09:08 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
No title
わかりやすいです。本音と建て前。

母親を演じるというか・・・
マスクをつけているというか・・・

自分では、それを自覚&意識していない場合の方がおおいと思いますが。

自分が本当は何を感じているか・・
何を欲しているか・・・
をはっきりつかめない、あるいは、つかもうとしないで

「ねばならない」を自分にも家族にも押しつける。。

後、自分が自分で立ちきれていない人が親になっている家庭・・。

って、横から余計なことかいてm(__)m

的はずれかもしれません。汗




2008-10-03 Fri 00:07 | URL | のの #VGqTgCv2[ 内容変更]
ダブルバインダーだ!
さきほどの、虹色スミレさんの、微妙な機能不全家庭とは?という質問に、ぴったりの言葉を思い出しました。


ダブルバインド、でしたっけ。
二重拘束ですね。

相手を心配しているようで、
実は、監視されているようであり、実は、支配されているようで・・・マインドコントロールに近いものです。

愛情とみせかけて、親のただの、見栄だったり。

本音と建前。

表面の言葉と、本音に、雲泥の差がある。

そんな感じでしょうか。。。

もっと、このへん、わかりやすく、詳しく、書いてみたいですね。

2008-10-02 Thu 23:46 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
No title
>あなた(母)は、自責の念に苦しむこともなく、のうのうとしていられる(本当にのうのうとしていたかどうかは関係なくて、当時私にはそう見えたのです。)私がこんなにも苦しんでいるのに・・。


それも、また、通る道だったんでしょうね。
変じゃないですよ~。
私も、似たようなものですもの。


>親の言葉に対して素直な気持ちになれないときは、自分は親不孝者だと思ってきました。


ののさん、ほんとに、お母さんが好きだったんだねえ。
私なんか、表面とは裏腹に、実に、腹黒くて、ふつふつと湧いてくる、怒りを処理するのに、相当、困りはてていました(笑)

もう、親の子守りは、まっぴらですよ~。

ふと、思い出したんですが・・・
実は、私、小学一年生のころ、一月くらい、不登校を、やったんですよね。
学校へ行きたくなくて、嫌で嫌で・・・仮病を使いました。実際、お腹が痛くなったのですが、お昼くらいは、けろっとして、治っちゃってまして・・・
そのころのことを、親が、今、現在、言うには、いじめにあっていたんじゃないかと(笑)
どこにも、そんな事実は、無いんですけど。

ただ、不登校に、理由はなかった気がします。なんせ、小学一年でしたから・・・。

あえて言葉にすれば、
「不安」でした。
家から出るのが、不安でたまらなかったのよ。


ののさんのコメントを、読みながら、ふと、そんなことを、思いました。
話、ずれたのは、私もでした(ーー;

体調、気をつけてね。




2008-10-02 Thu 23:34 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
No title
>インナーチャイルドの嫉妬・・・心配してるつもりだったけど,嫉妬してたのかな?


●虹色スミレさんの、「心配」の中に、嫉妬が、あるかどうかは、本当のところは、私には、わかりませんけれど・・・、「執着」、「依存」、「嫉妬」は、切ってもきれない関係にあるんじゃないかと、私は、思っています。

不登校サポートをする方に、時々、キラ星のように、いらっしゃいますけれど、不登校解決には、「まず、親が幸せになること、親が自分の人生を生きること」

と、おっしゃる方々に出会います。

大概のサポーターの方々は、子供をどうにか、動かそうとされますが、私には、前者の方が、とても、納得がいきます。

人は、自分が、幸せであれば、人に多くを求めません。その必要がないのですから。
人に、依存する必要もないし、人を支配しなくてもいいし、白馬の王子様を、待つ必要もありません。^^

私が、嫉妬と、思い当ったのは、自分の母親と、私の関係を、見なおしてからでした。
子どもを心配しない、親は、いませんけど。
でも、母親にしたら、私という、愚痴のはけ口を失ったら、困るわけです。いろんな方法や言葉で、私が、実家から出ることを、阻止しようとしました。
そんな母親の言動を、現在振り返ってみると、母親自身も、やはり、DV夫との結婚を後悔したり、自由に生きたいと、心の隅では、願っていたのだと思います。

普通の感覚ならば。。。「こんな家にいても、ろくなことには、ならないから、あなたたちは、自立して、家から離れなさい」と、言ってくれても、よさそうな状況・・・、そんなぎりぎりで、あっても、彼女は、私を家にしがみつかせようとしたのでした。

結局、20の頃、家出という形で、私は、家から逃亡することになりましたけど。(もう、昔の話です)


>微妙な機能不全家庭
それはどうしてできあがるのでしょう?核家族と関係ありますか?

風通しの悪い家庭・・・ですね。
この家庭でしか、通用しない感じ方、考え方、癖が、多すぎるというところに、問題があるんじゃないでしょうか。
無言の圧力、あるいは、不文律・・・とでも、言いましょうか・・・理由もなく、押しつけると、いいますか。。。
う~ん、閉鎖的な家庭ですね。

反対に、風通しのいい家庭は、いろいろな価値観を、受け入れられます。
「ねばならない」が、それほど、多くは、ありませんし、あっても最低限です。

核家族であっても、相手の価値観を、柔軟に受け入れるということができていれば、それほど、問題ではないかと、思うのです。柔軟であるということは、開かれている家庭だからですね。

核家族であれば、土地の気質もあるでしょうね。教育熱心な、マンションとか、新興住宅地なんて。。。私に、言わせれば、魔物の巣窟(笑)←これは、ものの例えです^^;

話、いろいろ、横道にそれましたけれど、自分の、体験から、感じたことを、お話するのが、一番手っ取り早いかなと思い、書いてみました。

自然に、そのままで、一緒にくらし、そこでは、当り前のように、互いに、良くも、悪くも、そのままを、受け入れてもらえる。つらい時は、寄り添って、守りあう。
それが、家族なんじゃないでしょうかねえ。
うちも、まだまだですが、「まだまだ」な部分を、子供が、鋭くついてくれるので、教えられている最中です^^


2008-10-02 Thu 23:20 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
嫉妬
私も嫉妬を感じていたと思います。
ちょっとりんりんさんのお話とずれがあるのかもしれないのですが。
子どもの不登校問題(?)(笑)に苦しんで試行錯誤しているときに、
自分がいかに支配的だったかを知りました。

そして自責の念に苦しみながら、虱潰しになおしていこうと努力(!)(笑)していました。
そんなとき、同時に、母が私にしてきたことが いかに支配的なことであったかにも
気がついたのです。・・・でも、母はそのことに無自覚でした(す)。
今(当時)でも そのあり方を改めようともしていないし、変わらず支配的傾向があります。

私が問題らしい問題を起こさなかったから・・・。だから、あなた(母)は、自責の念に苦しむこともなく、のうのうとしていられる(本当にのうのうとしていたかどうかは関係なくて、当時私にはそう見えたのです。)私がこんなにも苦しんでいるのに・・。
全て私のせい?
母に対しても、我が子に対しても、わたしは出来損ないってこと?・・・
なんて、もう、あらゆることを考えました。あの当時思考回路が相当ヘンでした。(おはずかしい)

当時、子どもに対しても、私は、(自分が)こんなとき、母親から
あんな風な言葉を浴びせられていたよなぁ~・・・
・・・なんて、子ども時代の記憶が心に浮かんできました。(忘れていたことまで)

***
あのときは、いやな気分になりながらも、自分が悪いのだと考えていました。
親の言葉に対して素直な気持ちになれないときは、自分は親不孝者だと思ってきました。
けど けど 本当は・・・そうじゃなかったんだ
あのときの私は 間違ったことも悪いこともして(感じて)いなかったんだ・・・と気がつきました。
***

そんなこんなもあって、私の目の前の壁は、
私自身の親との関係が根っこにあるらしい・・・と、その時気がつきました。

話がずれてる?? よねーー汗
りんりんさん、ごめんねーーーーv-421v-344
2008-10-02 Thu 10:11 | URL | のの #VGqTgCv2[ 内容変更]
分析
インナーチャイルドの嫉妬・・・心配してるつもりだったけど,嫉妬してたのかな?

微妙な機能不全家庭
それはどうしてできあがるのでしょう?核家族と関係ありますか?
2008-10-02 Thu 08:49 | URL | 虹色スミレ #-[ 内容変更]
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