author : rinrin
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【エクササイズ物語】7.乳幼児のインナーチャイルド
2008-10-08 Wed 00:01
エクササイズ資料より(インナーチャイルドの癒し~ブラッドショーによる)



■瞑想 導入部-共通

静かに座ってあなたをとりかこむものを感じるところからはじめましょう・・・(約15秒の間)

あなたは時間と空間の中にいます・・・

いすに触れている背中とお尻を感じましょう・・・

身体に触れている衣服も感じます・・・

聞こえてくるいろいろな音を聞きましょう・・・

部屋の中の空気を感じましょう・・・

今は、どこにも行く必要がありません・・・

何かをする必要もありません・・・

今、ここにいるだけです・・・

まだ、目を閉じていなければ閉じましょう・・・

自分の呼吸を感じましょう・・・

空気が出入りするのを感じます・・・

息を吸ったり吐いたりするときの鼻の感覚を感じとります・・・

余計な思いがはいってきてもかまいません・・・

それは、テレビ番組の途中に字幕で流れる、大雨や台風の速報のようなものです・・・

大事なことはただそれに気づいているということです・・・

ただ、それらが過ぎ去るのを待ちます・・・

呼吸をしながら意識がはっきりしていてもかまいません・・・

あなたのやり方でリラックスしましょう・・・


子どもの時につかむことを放すことを学びました・・・

そして今では、どれぐらいつかんで、どれくらい放せばいいのかよく知っています・・・

赤ちゃんの時に呼吸する時の完全なバランスを学びました・・・

息を吸い込むのを学びました・・・

そして、それを出すのを学びました・・・

さぁ、空気が出るのを感じます・・・

乳児のあなたは、母の乳首を吸うのを学びました・・・

哺乳瓶を吸うのを習いました・・・


そして、温かいミルクを味わった後、それを手放しました・・・

そのうちに自分の哺乳瓶をつかむことを学びました・・・

すんだらそれを手放すことを学びました・・・

あなたのベビーベッドの縁につかまるのを学びました・・・

横になりたくなったら手を放しました・・・

こうしてあなたはどれだけつかまえ、どれだけ手放すかを学びました・・・

そして、自分の感覚を信頼することができるようになったのです・・・


そろそろまぶたが重くなった感じがするでしょう・・・

すっかり目を閉じましょう・・・

その重さをあごに感じます・・・

腕に、そして、手に・・・

腕が動かせないような感じがします・・・

足も重くなってきました・・・

足が動かせない感じです・・・

あるいは、その反対で、身体全体が浮かんでいるように感じるかもしれません・・・

腕と手が羽毛のように感じるかも・・・

あなたは自分がどんなふうに感じているかよくわかっているはずです・・・

重くても、軽くても・・・

どちらであっても、それでいいのです・・・


今度は、子供時代の記憶のいくつかを体験してみましょう・・・

小学校になったばかりのころを思い出します・・・

その頃の親友のこと・・・

親切な先生や近所の人・・・

学校に上がる前に住んでいた家を思い出します・・・

その家は何色でしたか・・・

それは、アパートでしたか・・・

戸建てでしたか・・・

町にすんでいましたか・・・

田舎でしたか・・・

その家の部屋が見えます・・・

いつもいた部屋はどこですか・・・

あなたにとって特別な部屋がありましたか・・・

食卓はどこにありましたか・・・

そこには誰が座っていますか・・・

そこにいるときの感じはどうでしたか・・・

その家に住んでいるのはどんな感じでしたか・・・







瞑想導入部の始まりの一部です。

すべて、音声によって、誘導されます。

これは、どの時代の瞑想でも、共通に使われ、

瞑想誘導に、使われていました。

元となったものは、ジョンブラッドショーの本からですが、

独自にアレンジされているところも、少々あります。

私は、この中で、一番嫌悪に感じたところがあった。

心が反発するところ。


>乳児のあなたは、母の乳首を吸うのを学びました・・・

この部分。

私は、ほとんど、粉ミルクで育ったようでした。

忙しい母は、座って、私を、抱き上げて、

母乳をあげるという行為を選ばずに、

より時間が短縮できる、粉ミルクを、

率先して、与えたようでした。

母に、抱き上げられた記憶も、ない・・・

何も・・・


>こうしてあなたはどれだけつかまえ、どれだけ手放すかを学びました・・・

わたしは、手放すものを持たなかった。

何も。

怒りと恐怖だけを、握りしめていた。

そう思った。

そばにいてと、願ったときに、抱き上げてくれる人は、

誰もいなかった。

そういう思いが、自然にこぼれてきた。


■乳児期の瞑想 導入部 

あなたが生まれた時の家を想像、または、思い出してください・・・

あなたが生まれてから寝ていた部屋を想像します・・・

美しい乳児のあなた自身をみてください・・・

あなたが言葉にならない声を出したり、

泣いたり、笑ったりするのが聞こえます・・・

その小さなあなたを自分が抱き上げているのを想像します・・・

赤ちゃんを抱き上げているあなたは、

年老いた賢く優しい魔法使いです・・・

あるいは、天使のあなたを想像してもいいでしょう・・・

そして、乳児の自分を眺めています・・・

ほかに誰かそこにいますか・・・

お母さん?・・・お父さん?・・・

この家でその人から生まれたということは、どんな感じですか・・・

今度は小さな尊いあなたがこの人々を眺めているところを想像します・・・

おとなのあなたを見上げます・・・

あなたを魔法使い、あるいは天使、それても、ただあなた自身として見てみます・・・

誰かあなたを愛している人の存在を感じます・・・

そしておとなのあなたが自分を抱き上げているところを想像します・・・

その人が確認の言葉をあなたに優しく告げているのが聞こえます・・・



事前に、乳幼児期の調査を行っていたことから、

思い浮かべるのは、思ったより、たやすかった。

昔の家。

匂い。

雰囲気、

色、

鮮やかに、再現された。

胸がキュンとなる、ノスタルジー。

家の扉をあけて、中に入り、台所を通る。

台所には、古ぼけた、流し台。

テーブルは、大きく、たくさんの人が食事ができるように

長椅子が置いてあった。

手前の右のドアは、事務所に通じている。

台所を過ぎて、右手にTVの置いてある居間。

その部屋のベビーベッドの中に、小さな赤ちゃんがいた。

もみじの手を握り締めて、

黙って、天井をながめていた。

私は、赤ちゃんである自分と対面した。

何を思っているのだろう・・・

何を感じているのだろうか・・・



>美しい乳児のあなた自身をみてください・・・

>あなたが言葉にならない声を出したり、

>泣いたり、笑ったりするのが聞こえます・・・


聞こえない。何も。。。


>その小さなあなたを自分が抱き上げているのを想像します・・・

できない・・・できなかった。

そして、数回の瞑想は、そこで、いつも、お開きになるのだった。

Tatsuさんによると、

乳児期より心の傷を抱えている人々は、

時間がかかるとのこと。



そして、数回目の、瞑想の時のこと・・・

私のエクササイズに、変化があった。


当時の私の記録より~



これまで、数回やってきたが、おチビさん(乳児の私)を抱けなかった。

それは、どうやればいいのか、分からなかったのと、

中身の無い、虚無に犯された自分の感情を持って、

どう接していいのか、分からなかったからです。


途方にくれました。。。


過去に入り、昔の自分の家に入っていく。

土間をくぐり、いつものベビーベッドのそばに、立つ。


ここからが問題だった。

どのようにして、ちび私に愛情を示したらいいのか・・・。

抱こうとしても、抵抗があった。



変化は、次の瞬間起こった。



そこへ、チビ私と大人の私の前に、もう一人の参加者が現れた。

これは、「助け手」。

私の中に、賢く、善なるものを表すことが、どうしても出来ないため、

もう一人の人格が、必要だと感じたからだろうか。

その人は、髪が長く、銀色。。。白いケープをまとっていた。


その人に「誰か?」と問うと、ビューテと答えた。

感覚的には、英語のビューティーに似ていた。

語感としては、美しい人という印象を受けた。



「援助者」は、私の中にいると同時に、

私とは、別のところで動き始める。

彼女は、穏やかな表情で、ゆっくりと、ちび私を抱き上げて、

その胸に愛おしそうに抱いたのだった。

それを見ている私。

なぜだか、大人の私も嬉しくなった。

とても、とても、満ち足りた気分になった。

援助者は、私も一緒に、抱きしめてくれた。

喜びと安心が、一気に噴き出した。

時間が過ぎていくと、暖かい感覚が、しっとりと、心に染みいってきた。

こんな気持ちで、自分を愛しく思えばいいんだと感じた。

援助者のまわりは、静かに、輝いていた。


チビ私は、最初は、緊張で体が硬くなっていたが、

しばらくすると、やがて、自由な気持ちを取り戻したかのように、

安心して、腕の中にいた。


ちび私である私、大人の私、どちらも、自分だった。

ビューテは、私の中の人。

私の意識は、赤ちゃんであり、大人意識であり、

ビューテでもあり、その意識を、3人で共有していた。

妙な感覚だった。



相変わらず、周りには、他に誰もいない。

現実には、あれほど、まわりに、人がいる環境であるにも関わらず、

瞑想という心象風景の中には、親もなく、人っ子ひとり、いないのだった。



その様子をPCに記録はしたものの、

はたして、こういうものは、「頭、変じゃないの」と、

言われそうな気がして、報告をためらった。

しかし、この瞬間の喜びの方が、はるかに、まさっていた。


Tatsuさんからの返事は・・・。

すばらしい報告だと思ったこと、それでいいということ。

そして、「援助者」は、私自身の「真我」であり、

ダイヤモンドの如き「仏性」であり、

おそらくは、守護霊様だろうと。

そして、私が本来持っている、愛や善意や強さ・・・

そちらのほうが、あなたの本質なのです。

という、趣旨の、返事が返ってきた。

否定されなかったことに、安心した。


援助者は、私の本質であるという、その言葉に、

理由もなく、納得できたのだった。

そして、みょうちきりんな報告を受け入れもらえたことに安堵した。


インナーチャイルドは、現実ではないけれど、

自分の中で起こったことは、事実である。

誰が、笑おうと、冷やかそうと、

私には、このときのことは、真実であった。


そして、確認の言葉へと、進む。


■乳児期の確認の言葉

 この世界へようこそ。

 わたしはあなたをずっと待っていました。

 あなたが生まれて、私は本当にうれしい。

 あなたのために、とっておきの場所を用意してあります。

 私はあなたのあるがままが好きです。

 どんなことがあってもあなたを一人にはしません。

 あなたの欲求はOKです。

 あなたが満足できるように、たっぷり時間をとりましょう。

 あなたが女(男)で、とてもうれしいです。

 私はあなたの世話がしたいのです。

 そしてその準備ができています。

 あなたに食事を与え、

 お風呂に入れ 服を着替えさせ、

 あなたと一緒に過ごしたいのです。

 この世の中で、あなたのような人は一人もいませんでした。

 あなたが生まれた時、神さまは微笑んだのです。



確認の言葉が音声として、誘導される。

静かに・・・そして、おだやかに。

その声に誘導されながら、

別の場所で、ビューテと、私と、赤ちゃんの私の思いが交差する。


「援助者」が、透き通る声で、高らかに宣言する。

「私は、あなたが生まれてきて、とてもうれしい。

 私は、あなたを見捨てない、一人にしない」

それでも、その言葉を懐疑的に聞いている私がいた。


アタシをオキザリニしないで。

アタシヲ ミステナイデ。



そういう思いが、どこからか、出てきた。

ちび私は、ビューテの言葉を、喜びの気持ちで、安心して聞いている。

良かった・・・。


>どんなことがあってもあなたを一人にはしません。

この確認の言葉が、深く胸に沁み入った。

欲しかった言葉。

言ってほしかった言葉だった。




大人の私は、ここへ、いつでも、来れると感じた。

そして、私は、ちび私に、別れを告げて、現実に戻る。


いつでも、私たちは、つながっている。

寂しくない。

あくまで、イメージ中で起こったこと。

しかし、私の精神の中では、実際に起こったことです。

結果的に、自分を分裂させてしまったのかもしれません。

「援助するもの」が、今後、私と同化することがあるのかどうかもわからなかった。

ちび私を癒すのは、その時の私では、どうしてもできなくて、

援助者が、手助けをしてくれた。


「さよなら、また来るね」

大人の私が、ちび私に告げる。

ちび私の意識が私と同化し、

ちび私の気持ちが、流れ込んでくる。



置いていかないで。

さびしいよ。


ずっと、待っていたの。

気づいてくれるのを、ずっとずっと、待っていたの。

チビ私の意識は、泣きながら大人の意識の自分に訴えてきた。

泣いているのは、私と私の中の子ども。


ごめんね、ごめんね、ずっと、待っていたんだね。

遅くなって、ごめんね。

大人の意識と、インナーチャイルドの意識が、混濁して、

自分が子供なのか、大人の私なのか、わからなくなった。

現実の私は、ただただ、泣いていた。



分離不安。


待っても、待っても、来ない人を待ち続けていた小さな私。

この子は、ずっと、待っていた。



小さい人。


はじめまして、


私の中の子ども。



■乳児期の瞑想 終了部

この乳児期の確認の言葉を聞いて、

あなたが感じたことはなんでも感じてください・・・

さぁ、おとなのあなたがあなたを見下ろします・・・

そして、あなたから離れないことを誓っているのが聞こえます・・・

これからは、おとなのあなたはいつでもあなたのために現れます・・・

今度は再びおとなのあなたに戻ります・・・

尊い小さいあなたを見なさい・・・

たった今、小さなあなたを再生したことを認識してください・・・

故郷に帰った(ホームカミング)時のあの感じを感じてください・・・

その小さな子は望まれ、愛され、けっして二度と一人ではありません・・・

その部屋から、家からでましょう・・・

去っていきながらうしろを振り向きます・・・

記憶の小道を現在に向かって進んでください・・・

最初の学校のそばをとおりすぎます・・・

あなたの十代に入ります・・・

おとなになりたての記憶に入ります・・・

さぁ、今いるところに入ってきます・・・

あなたのつま先を感じます・・・

大きく息を吸って胸の中のエネルギーを感じます・・・

大きな音を出して息を吐きます・・・

胸に腕に指にエネルギーを感じます・・・

肩、首、そして、あごにエネルギーを感じます・・・

顔を感じ、そして、すべての存在を感じましょう・・・

あなたの正常な意識状態にもどりましょう・・・

さぁ、目を開けましょう・・・






瞑想から戻った私は、ちび私の存在を、かすかに気持のどこかに感じていた。

その後、瞑想という手法をとらなくても、

いつでも、どこでも、スイッチを入れたら、乳幼児のインナーチャイルドと、

浅い会話ならできるようになっていった。



ベッドの上で、ぼんやり、無気力に薄暗い天井を見つめていた、ちび私。

部屋が少し、明るく感じられたのだった。



その後、数回の瞑想で、ちび私と、私は、深く接触した。

数回のエクササイズののち、やっと、自分の手で、

小さな自分を抱き上げることができた。

自分が自分を抱き上げる。

たった、それだけのことに、数週間かかった。

援助者は、その様子を、静かに、微笑んで、見守っていた。




追記~癒しについて:他人から見たら、そんな酷いことばかりじゃなかったはずと、
言われる方もいる。事実、そうだったのかもしれません。
かつて、愛され、抱き上げられたことも
あっただろうと、思います。
しかしながら、心に傷を負ったという事実は、
本人の中では、たしかに、真実なのです。
さびしかったという気持ちは、まぎれもなく、自分のものです。
エクササイズは、感じてはいけない、負の感情を解放する、という
作業でもあります。
インナーチャイルドとの会話で、普段、自分が意識していない、
深い隠された感情を洗い出すことが、
エクササイズの目的のひとつであるのでしょう。
これからの人生を、よりよく、生きていくために、
負と向き合うことが、癒しにつながってくるのだと、
後に、納得したものでした。

また、「癒し」と、鼻で笑うように、簡単に世間では、言われますが、
この癒しへの道程は、とても、難儀な作業です。
自分と向き合うことになりますから、時間もかかります。根気も必要です。
決して、安易な道ではないことだけは、確かです。
どうしても、エクササイズが、進まず、できないという方もいらっしゃいます。
それほど、自分と向き合うことは、難しいことなのです。

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この記事のコメント
どの時代でも
インナーチャイルドです。

基本的に、ジョンブラッドショーの本をもとに、エクササイズは、
進められています。
本エクササイズでは、乳幼児期、歩行期、学童前期、学童後期、思春期、現在と、わけてすすめているわけですが、
思春期をやってるときに、学童期が、でてきたり、結構、予期せぬことが、ありますので、厳密には、わけなくても、いいようです。
あまり、時期こだわる必要は、ないように、思いますけれど、時系列で、進める方が、思い出しやすいことと、子供が育つように、自分も育つことが、できるので、おおまかには、この方法は、いいのではないかと思っています。

なので、
>たとえば,十代の自分はインナーチャイルドとは,言わないのですか?

と問われると、自分の生きた時間をさかのぼる時代は、
すべて、インナーチャイルドであるのではないかと、思います。

ちなみに、このエクササイズでは、一応、30才くらいまでを思春期と、想定してあるようです。

また、エクササイズは、すぐに効果が出るというものでもなく、
内面に、気づきが起こり、明確に、自分の思い込みを手放すという、
そういう作業が、その後、必須になるんじゃないのかと、思うのです。
そして、良き思いが、現実を良き方向に、動かすように、なるまでには、また、時間がかかるのだろうと、思うのです。

今、振り返り作業をしていますと、
当時の気持ちが、なだれこんできますが、
今の私には、それが、悲しかったり、泣いたりという、
気持の巻き込まれは、まったくありません。

この気持の巻き込まれが、無いということは、
幼いころの、インナーチャイルドの訴えは、ほぼ、昇華して
しまったのだろうと、推察しています。
あるいは、自分でコントロールできる範囲になったということかもしれません。
エクササイズを密にやった期間は、ほぼ、半年でしたけれど、
気の長い、話なのですが、これは、2年前のことなのでした。

そして、やっと、今現在、ACは、もう、卒業かなあ、
と自分が納得するところまで、きた気がしています。

2008-10-09 Thu 21:40 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
質問です。
こんにちは。
興味深くよませていただきました。

質問ですが,「インナーチャイルド」というのは,
赤ちゃんあるいは幼児のころの自分ということですか?

たとえば,十代の自分はインナーチャイルドとは,言わないのですか?

このあと,りんりんさんに,どんな変化が訪れたのか?
楽しみです。
2008-10-09 Thu 14:10 | URL | 虹色スミレ #-[ 内容変更]
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