author : rinrin
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【エクササイズ物語】9.怒りのエクササイズ
2008-10-11 Sat 00:25
遅々として進まない、歩行期のエクササイズ。

そこで、ためしに、「怒り」を先に、吐き出すエクササイズをやることとなった。


自分が、歩行期のチャイルドになって、

大人の自分に、手紙を書くという、手法をとり入れた。

これもまた、気持ちに整理をつけるための

エクササイズの手法のひとつ。

自分でも、ある程度は、怒りがあるのだろうと、

想像は、できても、はたして、どのような、気持ちが出てくるのか、

正直、さっぱり、わからなかった。




~怒りのエクササイズ~

まずは、祈りから。。。

そして、集中していく。

チャイルドを呼ぶ。

チャイルドと、意識を重ねる。



書き始めると、とり付かれたように、感情が開き始めた。

あふれ出る感情を、言葉にして、整理することが、困難だった。

暗い感情というものは、深い海の底で、生き物のように、

からまり、うごめき、牙をむいてくる獣のようだ。



とりあえず、その断片をつなぎ留め、書き留め、

手紙という形に整えるのだった。

怒りが発露している時間は、体中が、こわばっていた。

呼吸さえも、忘れているかのように。




子どもの○○より、大人の○○へ

みんな ぜんぶ ほろびてしまえばいいんだ。

いつも、いつも、いつも、いらないと いった。

だめだといった。

アタシなんか、いらないっておもってる。

おまえなんか しんでしまえ。

みんな しんじゃえ!

あのひとは、アタシを、つめたい め でみる。

めいわくそうに アタシを きょひする。

しんでしまえよ、

おまえなんか、いらない。

ゆるさない。

ゆ る さ な い

あたしを あざわらった。

おかあさん、あたしをつめたい め で みてた。




もう、ほしいものは なにも ないよ。

あんたが、あたしを いらないのなら 

あたしは きえる。


ほんとは よしよしする あなたのて が ほしかったよ。

だきしめて ほしかったよ。


でも いらないんだ。

あんたの きたない てで あたしをさわらないで!







最初に、「滅び」が出てきたのは、幼いころからの、願望。

親に愛されていないと感じている、幼い私。

受け入れてもらえなかった者の・・・

世界から、置き去りにされた者の嘆きだった。


親が子どもを受け入れないということは、

これほどの、傷を心に残すのだと、

改めて、自分のチャイルドから、思い知らされる。


普段は、このうような思考は、私の中では、意識されない。


なんとなくの生きづらさとして、

なんとなくの、突然の怒りとして、

なんとなくの、虚無感としてしか認識されていなかった。



けれど、インナーチャイルドの言葉の中に、

求めていたものから、遠ざけられた悲しみゆえに、

自ら、自分と、自分のまわりを破壊しようとする

矛盾した構造が伺える。

このような感情による影響は、普段の生活でも、よく繰り返されるパターンとして

あったかと思う。

たとえば、好きな友人がいたとする。

でも、近しくなればなるほど、怖くなる。

逃げだしたくなる。

裏切られるかもしれない。

離れて、見捨てられるかもしれない。

嫌われるかもしれない。

いや、きっと、嫌うだろう。



そこで、わざと嫌われるような事をして、

自分から、対象から、離れていこうとする行動パターン。


これらは、決して、大人の私の中で、意識して行動化されているわけではないのだった。

本当は、そんなことをしたくないのだ。

けれど、結果をみると、いつも、そういう結果になっていたと、いうことが、ほとんどだ。

だから、アクセルとブレーキを常に踏んでる状態で、

人と接してしまうのだった。


しかしながら、当時は、感情を解放させる方に必死で、

ここまで、はっきり、理論として、自分で理解していたわけではなかった。

それは、後に、わかったこと。


とにかく、インナーチャイルドの深い意識が、

大人の自分の行動パターンに、影響を強く与えていることだけは、

なんとなく理解できたのだった。


感情とは、なんとも、不可思議で、興味深いものかと、思う。


この怒りの解放を助けたのは、

BGMで使った、平原綾香の「ジュピター」だった。

何度も聴いた。

PCの机に伏して、歌だけを、じっと、聴いていた。

何時間も、そのままで、心の痛みを、歌で癒した。

そうして、エクササイズのたびに、泣いていた。


それでも、まだ、私は、世界が信頼できない。

世界は、恐怖だった。

暗い部屋で、ぽつんと、1人、ひざを抱えているのだった。




しかしながら、怒りのエクササイズが終了した後、

歩行期のチャイルドと、もう一度、向き合ってみようと、

ようやく、決心がついたのだった。




そうして、現実では・・・

この頃から、KAIは、適応指導教室へ通い始めていた。

日々、波は、あるものの不思議と、KAIが、安定しはじめていた。

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この記事のコメント
ありがとうございます
>りんりんさんのインナーチャイルドが感じていた怒りを,昇華させていっている過程と理解してよろしいのでしょうか?

そうですね、そのとおりです。

>昇華してきたら,KAIさんに良い兆しがあらわれはじめたということですよね。

怒りが少なくなってきたら、自分が治まってきます。
人を攻撃の対象としたり、自分を痛めつける必要性が、
なくなってくるのでしょうか。

「私は、こんなことされたんだ。」という訴えに、
耳を傾け、一緒に辛さを共有することで、
心のクリーニングをし、
また、怒りに押し込められていた、本来の素直な感情が、
顔を出すようになります。

行きつ戻りつでは、ありますが・・・
自分のために、相手をコントロールする必要が
なくなってくるのだろうと、思うのです。

縛る愛から、放つ愛に、変わってくるのでしょう。

それを、特に、意識しなくても、自然と、言動や、態度にあらわれ、
「そばにいても、安心なんだ」と、
子どもが感じてきたのだろうと、思うのです。

あ~、また言っちゃった・・・と、いうことも、
多かったのですが、
基本、母は、自分に対して、安心な存在だと、
思ってくれれば、嬉しいことだと、思うのです。

反対に、危害を加える人というのは、

強制される、脅される、右へ行きたいのに、左へ行くように、
仕向けられる。反対に、無視される、ということも、あるでしょう。

そういう方は、大人の付き合いの中にも、多く存在しますけれど、
そういう人のそばに、長く、安心して、居られるかどうか、
自分に当てはめて考えてみても、面白いですね。

2008-10-12 Sun 22:04 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
昇華
質問に,丁寧に答えてくださってありがとうございます。
とても,理解しやすくなりました。

りんりんさんのインナーチャイルドが感じていた怒りを,昇華させていっている過程と理解してよろしいのでしょうか?

昇華してきたら,KAIさんに良い兆しがあらわれはじめたということですよね。

これから,どうなるのでしょう・・・。楽しみにまっています。
2008-10-11 Sat 13:12 | URL | 虹色スミレ #-[ 内容変更]
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