author : rinrin
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
エクササイズ物語~その頃
2008-10-13 Mon 23:03
このインナーチャイルドを行っている頃・・・

KAIは、不登校から、約8か月ほど過ぎ、梅が咲きかけたころでした。

マイペースで、適応指導教室に通いだし、

尊敬できる、先生に出会い、

少しずつ、自分の場所を、得ていました。

この先生に出会えたことが、

KAIの回復のきっかけとなったことは、否めません。

若い女の講師の先生でしたが、

オープンで、ジョークが好きで、明るく、行動力のある先生でした。

口の悪い先生でしたが、そこに通う子どもたち、ひとりひとりを、

大切にしてくれました。

つい、私が言いすぎて、KAIを傷つけてしまった時・・・・

KAIの逃げ場が、ここに、ありました。

教室に着くなり、安心してか、突然、泣きだしたことも、あった。

気分がすぐれなかったり体調が悪くて、行けないことも多かった、KAIですが、

居場所があって、受け入れてくれる人がいてくれるということに、

親も子も、どれほど救われたでしょうか。

この出会いは、ほんとに、ラッキーだったと、思われます。

今も、尊敬する人は?と聞くと、ゆうこ先生と、答えます。


娘の方は、高校受験でした。

こちらも、たまたま行った塾の先生に、励まされ、

希望の高校へ合格。

娘も、この塾の先生とは、今も連絡を取っています。

そして、学校の悩みや、家庭の悩みを、

聞いてもらっているようです。

ふくちゃん先生と、私たちは、呼んでいます。

ふくちゃんと電話で、話した後の娘は、にこにこしています。


そういう、偶然の、良き出会いが、重なり、

周りのひとに、育ててもらい、今の子どもたちがあります。

この出会いがなければ、どうなっていたでしょう・・・


感謝しかありません。


そして、私は、Tatsuさんと出会い、

自立への道を、三歩進んで、二歩下がる状態で、

それでも、前を・・・前だけを、見ていました。

三者三様の形で、私たちに差しのべられた手は、

まるで、女神が手助けしてくれているかのように、

感じられるのでした。

そうとしか、考えられないくらいなのです。


そのころ、私は、仕事は、しておらず、

一日の大半を、自分と子どもたちのためだけに、使うことができました。

仕事をするという、意欲に欠けていたということも、あります。

ひたすら、主婦引きこもりを行っていたのは、この頃です。

地域や、子育てサークル、または、宗教関係、学校関係の役員のつながり、

義理の友達、そういう、形だけの抜け殻となった、しがらみから離れ、

すべてをゼロに、もどしたかったのかもしれません。

やり直すための、引きこもりでした。


特に、共依存関係であった、A子とは、接触を断ちました。

夫にさえも、無口になりました。


ただ、ひたすらに、自分のしたいことだけを、

やっていました。

家事は最低限、していましたが、

世間で期待されている、主婦らしさを漂わせるものは、

さっぱり、無かったと思います。


もう、形だけの重たい荷物は、必要なかったので、

ここで、いったん、捨てる必要があったのだろうと思います。

私の生活は、ネットと、ゲームと、エクササイズと、

少々の家事と、子どもたちとの会話だけでした。

不健康な、ことでしたけど、

人生で、一番、贅沢で、幸せな時間でした。


当時は、夫も、「学校へ行け」と言っても、行かない・・・行けない息子を、

動かせないのだということを、体感した頃でした。

文句らしいことも、あまり言わず、ただ、もくもくと、働いてくれ、

経済的に、家庭を支えてくれたのには、感謝してます。

けれど、心を支えるには、至りませんでした。


余談ですが、彼に、エクササイズの話をしているとき、

小さなころの話を、尋ねたりすると、

彼は、決まって、ひどい頭痛が起こるのでした。

感情が思い出すことを、拒否しているのでした。

それは、彼の、人生であるので、それ以上、干渉したりしませんでしたけれど、

夫婦であろうとも、私たちは、違う道を歩いているような、

そんな、感覚がありました。


今でも、夫婦とは、なんであろうかと・・・・、思うのです。


夫との関係が、息苦しいと感じはじめたのは、

子どもが少し大きくなりはじめてから。


そして、今、その頃のことを思うと、

夫のチャイルドを私が、背負っていたんだなあと、感じるのです。

そんなことは、夫は知りません。

しかし、私は、夫のチャイルドには、なんの責任もないのです。

私が背負う必要もないことです。

彼のチャイルドは、彼自身にしか、癒せないのです。

そうやって、私が、気持ち的に分離した結果、

彼は、今や、仕事に没頭しています。

それは、それで、いいかと思うのです。

自分自身の真実の寂しさ、真実の喪失を、彼が自分でわかるのは、

ずっと、先になるのだろうと、感じています。

自分で気づこうとすることが、大切なのだと思うのです。


昔ほどでは、ありませんが、今もまだ、「彼のそばは、安全ではない」と、

私のセンサーは、感じています。

これは、私の、いまだ、癒されない部分なのか、

それとも、夫の問題なのか、

正直、わからない部分があります。

待つしかない、というのが、今の本音。


男の人の大半が、働いている日本社会ですが、

働くということは、ある種の達成感を与えてくれます。

しかし、働くことで、自分の心が、形や、唯物論的に、

傾いてくることを、私は、いつも、警戒します。

働いて、出世することは、大切ですが、

何のためにという、大義を、忘れては、いけないと、

私自身、現在、働く身になって、しみじみと思うのです。


いつの間にか、効率や、成績、手際の良さが評価される、

そんな価値観に

自分の思考を、奪い取られてしまうことを、恐れます。


今、私は、どういう状態なのだろう・・・

そう迷うとき、反省とともに、

私は、祈りの言葉を口にするのです。


関連記事
別窓 | インナーチャイルド・エクササイズストーリー | コメント:0 | トラックバック:0
<<【エクササイズ物語】11.和解 | 歩いていこう | 【エクササイズ物】10.歩行期のチャイルドの怒りの昇華>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
トラックバックURL

FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら


| 歩いていこう |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。