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【エクササイズ物語】19.怒りの受け止め方と自己犠牲の精神
2008-11-10 Mon 10:56
●怒りの受けとめ方より(参考文献抜粋)


グリーフ・ワークを進めていくときに出てくる「親への怒り」は深刻です。

私がセラピストとして、あるいはグリーフ・ワークに付き合う人間として、

心掛けていることがあります。

それは「もういいかげんに親を怒るの止めなさい」とか、

「過去のことなのだから」とか、

「親だって大変だったんだから、それを理解して和解しなさい」

というようなことを一切言わないということです。


家庭内に閉じこもって暴れている子どもとは、

退行(子ども返り)している子どもです。

つまり自己流に「内なる子ども」を表現して、

グリーフ・ワークしている人たちなのです。

自己流というところがちょっと困るのですが、

せっかくグリーフ・ワークに乗り出したのだから、

怒りを、とくに親に対する怒りを途中で抑制させないで、

これを用いて家族関係を変える努力を親の方でしてみることです。

子どもによる親に限局した暴力は四~五年の経過でみると、

家族内の硬直した人間関係を変える効果を持っているからです。

わかりやすくいえば、暴れる子は、

自分のからだを張って親(とくに母親)の、

表現されない怒りや欲望を表現しているのです。


ですから、家庭内で子どもが暴れている家では、

数年もすると夫婦関係の改善がみられるようになるものです。

時には、親の謝罪が効果を生むこともあります。

ただし通り一遍の「ごめんよ」では駄目です。

親の方も子どもの悲しみや怒りに共感できるようになって、

初めて謝罪が意味を持つようになります。


そのためには、親自身が、

子どもであったときの親との関係で傷ついた自己を、

直視できるようにならなければなりません。


子どもの怒りが放出しつくすときというのは必ずきます。

怒りとは、自らの欲求不満を訴えるコミュニケーションの一様式ですから、

きちんと届いてさえいればいつかは終わるものなのです。

届いていないから続くのです。

なぜ届かないかというと、子どもの言うことに「でも」と応えてしまうからです。

「でもね、お前」とか、

「お前の方も反省して」とかやっていないで、

しっかりと「内なる子ども」、

時には「内なる赤ちゃん」の怒りを受け止められるようになれば、

子ども側の態度に変化が生まれてきます。


どういうかたちで親に対する怒りが収束していくかというのは、

予測がつきにくいものです。

しかし、私の周囲の子どもたち

(といっても三〇代、四〇代の人も珍しくありませんが)

からの話を聞いたり、手紙を読んだりすると、終わる人は終わっています。

「親はこの頃しなびちゃって、もういいやと思いました」という場合もあるし、

「私には、みんなが持っているようなお母さんはいない、

でも私には自分の作った友人や愛する夫がいる」という場合もあります。

皆が皆、似たような親から似たような子どもが生まれるわけではないのです。

「うちの親みたいなデキの悪い親がいてもよいのじゃないですか」

という考え方もあります。

「ああいうひどい親を持ってしまった自分」

という者を受け入れようという考えにいたる人もいます。

なかには親自身の変化が同期して、

「おや、私の親ってああいう面もあったのね」

などと見直すということもあります。

また、自分の方で少しゆとりが出てきて、

今までの人間関係のなかで感じていたいろいろな怒り、不幸という感覚、

惨めさを全部親の方に振り向けていたメカニズムが変化し、

「このごろなんとなく生きるのが楽だ」

という感覚それ自体が過去の親に対する恨みの感情を癒すという場合もあります。


しかし、いずれにしても、親に対する怒りとか嘆き、

貰えなかったものに対する嘆きを自覚するという道は通らなければなりません。


それに気づかないでいて、それが漠然とした恨みになっているときは、

自分を犠牲者とか、被害者だとかというふうに思い込んでしまいます。

そして、その原因もわからないまま、

どこの場面に行っても犠牲者になったり、被害者になったりしてしまいます。


「私は、どこへ行ってもみんなに嫌われて除け者にされる。

ホラごらん、ここでもそうだ」というわけです。

そういう人の行動を見ていると、

人に嫌われるように、少なくとも好かれないように振る舞っているのです。

そういう人は「私に話し掛けたら承知しないよ」

みたいな雰囲気をかもしだしています。


だから、皆が怖がって寄り付かないのです。

それで本人は「いつも孤独だ」なんてやっているわけです。


そういう人たちの問題の中核にあるのが、親との関係なのです。

グリーフ・ワークに付き合う人は、

親に対する怒りを引き出す手伝いをするわけですが、

その場合、クライアントの方が、親を弁護することがよくあります。

むしろこちらの方が普通といってよいくらいです。

しかし、これをそのままにしておくと、

グリーフ・ワークはその段階で止まってしまいます。


親への怒りを否認して、

「親だっていろいろ事情がありますし、そんなに私は傷ついてないですよ」

と言ったり、

「確かに問題のある親だとは思いますが、

私はあの人達とかかわり合うのに疲れたのです。

過去のことですし、私さえ我慢すればいいことです。

もう親のことは想い出したくないのです」と言います。

「何でそんなこと言わせるんだ」とか、

「それじゃあまるで、私の親が私を虐待したみたいじゃないですか」

なんて抗議する人もいます。

実際は、その人は文字通り親に虐待されていたわけなのですが。


そのようにクライアントが親の保護を始めた場合、

私は「そうですか」と、それ以上その間題に立ち入らないことにしています。

そしてグループのなかの仲間が親について語る場面に立ち会うことを薦めます。

親に対する怒りはある程度グループになじんでから、

はっきり表現できるもののようです。


いずれにせよ、私たちは親を選べません。変えることもできません。

人は必ずしも適切に「親をやれる親」をもつわけではありませんが、

私たちはいずれそのことを受け入れるほかありません。

「私は友人たちが持っているような親を持つことはない」

「世間でいう親子関係が私にはない」と思い定めることは大変な苦痛ですが、

しかし「変えられないものは受け入れるほかない」のです。

むしろ、私たちの人間関係の成長は、

「親があのようである」ことを受け入れるところから、

始まるように思えます。

親を変えることの魅力から離れることができたときに初めて、

現在の自分のまわりに存在する暖かい人間関係に気づくようになるからです




斎藤学 著より
(たぶん、そうだろうと、思われます)^^;違っていたら、ご勘弁。


>そういう人の行動を見ていると、

>人に嫌われるように、少なくとも好かれないように振る舞っているのです。

>そういう人は「私に話し掛けたら承知しないよ」

>みたいな雰囲気をかもしだしています


ここを読んで、私は、苦笑しました。


以前の私を知っている人から、たびたび、

「りんりんさんは、いつも、何かに怒っているようで、近寄りがたかった」と、

よく、言われます。

本人は、全然自覚は、無いんですよ。

別に怒っているわけでもなくてですね。


でも、まわりが、証言するところを見ると、やはり、そう感じさせていたのでしょう。

恐らく、家庭でも・・・

子どもも、言います。

「以前は、眉間にしわをよせて、怒っている感じがした」

今は、解けて、ゆるゆるだそうです。

一緒に暮らしている子どもが言うので、正しいと思います。

当時は、別に、怒っているわけではなかったのですが、

子どもは、そう感じていたのですね。

そういうときは、「不登校のおかげでございます」と、付け加えると、

息子などは、嬉しそうに、笑います。


インナーチャイルドは、とても、正直です。

無意識というのものは、目には見えませんけれど、

見えていないのは、本人だけで、

いがいと、まわりは、敏感に、感じているものだと思うのですよ。

思い返してみれば、かつて、私が、台所に立って、料理を作っている姿に、

子どもが「怒ってるの?」と聞いてきたりしたことがありました。

当時は、変なことを聞くなァと思っていただけでしたが、

怒りを腐敗させたら、こうなるという、いい見本話でした^^;


。。。。。。。。。。。。。。。



怒りと、自己犠牲の精神というと、真逆な感じがしますけれど、

実は、そうでもないのではないかと思っています。


一昔前の日本では、三島由紀夫を代表とするように、

自分が何かを訴えようとするとき、

「はらきり」とか、言って、

自分を犠牲にすることで、

訴えを最大限効果的に演出させるような文化背景があったかと思います。

死をもって、訴えるという感じでしょうか。

絶対的な権力者が、いて、

それに、抵抗するには、そういう、極端な方法しか、

選択できないという歴史上の背景が、あります。


以下、Tatsuさんの記事より抜粋させてもらいます。

多少、宗教的な表現が出てきますが、

エクササイズをするにあたって、

スピリチュアルなことに触れれば触れるほど、

宗教的思考が、必要となってきたことは、否めません。

特定の宗教ではないことを、先にお断りしておきます。



お釈迦さまが生きていた時代は、今から約2600年前です。

イエスさまが生きていた時代は、今から約2000年前です。


その時代と、現代社会とで違っている部分は、様々あるとは思いますが、

一つの大きな相違点は、

「差別観」の問題です。

「身分差別」「人種差別」「性差別」・・・


これは、日本の歴史でも、ほんの数百年前まで、

身分差別等の「差別観」は、当たり前のことだったわけです。

生まれた身分によっては、好きな人と、結婚することもできませんでしたし、

権威にさからえば、命の保障さえありませんでした。


もちろん、現代の先進国にも、その思想の残骸は残っていますし、

いまだに、旧態依然とした国も存在していることも事実ですが、

しかし、とりあえずは、人権に差別の無い社会が、

日本をはじめ、先進国においては、実現しつつあることは事実でしょう。


さぁ、これが、その、2600年前のお釈迦さまの時代や、

2000年前のイエスさまの時代においてはどうだったかというと・・・

それは、それは、暗黒の時代といってよいほど、

明確な法律もない、命の安全の保障もない、

そして、権力のあるものが、自分たちに都合の良いように、

がちがちに、身分制度を固めていた時代・・・

それが、二千数百年前の時代の姿であったわけです。


2600年前に、お釈迦さまは、

「悟りのもとの平等」

を説きました。

その時代の平民階級をバイシャといい、

奴隷階級を、スードラといいましたが、

お釈迦さまは、バイシャであるとか、スードラであるとかに関係なく、

出家して法を学ぶことを許し、「悟りのもとに平等」であるという、

外の一般社会とは違う別の価値基準を持つ、

「サンガ」という、悟りを求める人の集団社会をつくりました。


さらに、時代を下ること、600年。

イスラエルの地で、

イエスさまは、

「神のもとの平等」

を説きました。


すべての人が、神さまのもとに平等なのだ!


これは、お釈迦さまと違って、

一般社会とは別に、平等社会をつくるのではなく、


一般社会そのものが、「本来」平等なのだ!


といったも同じでした。

これは、その時代においては・・・

「革命」宣言に等しかったのです!


ですから、当然、イエスさまは、

その当時の旧態依然とした考え方をもつ人の手で、

すさまじい拷問の末に、

十字架に架かって、この世の命を落としました。

イエスさまは、それでも、

自分を処刑するものたちをも、

憎みも責めもしませんでした。

「主よ、彼らの罪を許したまえ!彼らは、自らのなすところを知らざればなり!」

そういって・・・


そして、イエスさまを信じた弟子たちも、

つぎつぎに、つかまって、なぶりものにされて、亡くなりました。


イエスさまを信じ、

キリスト教を信じた人が、

なぜ、あそこまで、迫害され、虐待され、

死ななければならなかったのかといえば、

その理由は数々あるかもしれませんが、

基本的には、

「神のもとの平等」

を信じたからなのです。

その思想が、あまりにも革新的、進歩的すぎて、

それは、現代社会でこそ、受け入れられている「真理」であっても、

2000年前においては、

その当時の秩序と、価値基準を揺るがす、

危険思想に他ならなかったのです。


そして、

「神のもとの平等」

たる社会の実現を願って、

キリスト教徒たちは、

粛々と命を投げ出してきたわけです。


それは、単純に、イエスさまが、そう言ったから、

それを、盲目的に信じて殉教していったわけでない・・


「あぁ、確かに、イエスさまの言うとおりだ。

こんな理不尽に、権力者に、命を奪われたり、

危害を加えられたりする世の中が、

本当のはずがない!」


そう、当時の心ある人の心の中にあった思いを、

イエスさまが、勇気を持って、命を投げ出して、

自分の信じるところを臆することなく述べ伝えて、

そして、十字架の上で亡くなった姿をみて、

みんなが勇気を奮い起こして、

社会とは、人とは、「自由」と「平等」であるべきだ!

と、2000年の間、

命を奪われても、奪われても、

屈することなく、叫び続けた結果、

今の、社会体制が出来上がってきたということなのです。


その屍が、累々と積まれた上に、

今の、自由で、幸福な世界が築かれているということを・・

知らずに、たくさんの人が平和に、自由に暮らしています・・


それを、見て、命を捨てて信仰を貫いたイエスさまの弟子たちが、

けしからん!といっているでしょうか・・?

いいえ・・微笑んで、今の時代を見ていることでしょう。

見返りを求めず、後の世の人たちのために、

後の世に、「神のもとに平等」な社会をもたらすためにこそ、

命を捨てたのですから・・・


もう一つ、二千数百年前の時代を理解するためには、

その時代の人々が、ほとんど無学文盲の人々であったということです。

現代であれば、ほとんどの人が文字を読み書きできます。

ですから、人を感化するのに、一番良い方法は、

言葉や文字で、物事を伝えることです。


しかし、二千数百年前の、文字も書けない、

読むことさえできなかったその時代の人々に、

イエスさまや、イエスさまの弟子たちが、

「神のもとの平等」

を訴えるための方法として、

身分の差別なく、

病気治し等の奇跡をおこなったことは

よく知られていることかもしれません。


しかし、それらの奇跡とは別に、

支配する側の人々に対して、

驚異的なインパクトを与える伝道方法が一つありました。

それが、死を持って、

迫害に耐えることによって、

「神のもとの平等」

を訴えるという方法です。


無学文盲のその時代に、

また、同じく、無学文盲で、

信仰心の強さだけが、唯一の取り柄であった大部分のキリスト教徒達にとって、

「神のもとの平等」を、

当時の権力者、支配層、旧態依然とした民衆に訴える方法は、

それは、イエスさまが、やったように、

自分の信じるところを述べて、「死」をもって訴えること・・・

それ以外には、ありはしなかった・・・


だから、イエスさまにならって、

たくさんの弟子たちが、

自ら死を選び、「信仰」の大切さを訴えました。


僕の胸をゆさぶりやまないのは、

殉教者、聖ステファノの言葉です。


聖ステファノは、後の大伝道者となる、聖パウロが、

まだ、真実を知らずに、キリスト者を迫害していた頃、

パウロのその当時の名前は、サウロでしたが、

そのサウロとその仲間達によってとらえられ、

最初の殉教者となった方です。


ステファノは、

キリストへの信仰を捨てよ!と言われ、

それを拒んで処刑されました。

処刑の際に、ステファノは、

「主よ、どうぞ、この罪を彼らに負わせないでください!」

そう大声で叫んで亡くなりました。


そして、そのステファノの壮絶な最後が、サウロの胸を打って・・・

サウロをして回心へと向かわせる機縁となりました。

そして、サウロは、偉大な大伝道者、聖パウロへと変貌を遂げたのです。


パウロは、その頃の権威を守る側の立場だったのです。

身分制度を守り、それが、秩序を保つことだと信じていた・・・

その価値観を逆転させたのは、

ステファノの「死」であったのです。


そのパウロも最後は、時の権力者につかまり、

その死に様は、斬首の刑であったとも言われています。


その他の弟子たちも、

あるものは、石にてぶたれ・・・

あるものは、鞭にてぶたれ・・・、

あるものは、火にかけられ・・・

あるものは、十字架にかけられ・・・

みんな死んでいきました。


イエスさまの、12弟子の筆頭、聖ペテロは、

処刑の際に、自ら、

イエスさまと同じではもうしわけないと、

逆さに自分をはりつけて下さいと申し出ました。

逆さ十字の刑です。


そして、その迫害の歴史は、その時代だけで終わったか・・・

いいえ、現在の「自由」と「平等」の世界が築かれるまで、

ずっと、その「信仰」を捨てずに生きて、

そして、それを、時の権力者に「反乱」とみなされて死んでいった、

イエスさまの弟子の数は数え切れません。

その暗黒の時代を潜り抜けて、今の社会があるということなのです。


そのように、

その命を捨てることによって、

あるいは、虐待ともいえる責め苦を耐えながらも、

「信仰」を守る姿を見せることよって、

その「信仰」を述べ伝える形の生き方は、

これまでの、2000年間の時代背景の中で、

「キリスト教系」の魂群のすべてが、

等しく、学ばなければならない必須修行項目だったのです。


これが、「自己犠牲の精神」です。


さて、しかし、時代は変わりました。

命を捨てての社会活動が報われて、

新しい時代が築かれることが、明確になった、

1800年代あたりから、

キリスト教には、新しい思想潮流がはじまりました。

「ニューソート」(新しい思想)です。

これは、イエスさまの説いた法の中から、

「信仰」の力、

「信念」の力、

を活用して、現実的に、幸福な人生を歩んでいきましょう。

という思想の流れなのです。


僕たちは、いくら、信仰を口にしても、

そのほか、霊的なことでも、なんでも、

自由に自分の考え方を述べても、

それで、命を奪われることはなくなったのです。

ですから、

自分が、命を捨てたり、危害を加えられることに、

必死で耐えたりしなくても、

「本当に」人を、幸福にすることができるようになったのです。

時代が、そういうふうに変化したのです。

僕たちが、幾度の転生の過程で命を捨てて、

そういうふうに変化させたのです。


しかし、2000年もの間、

幾度も、幾度も命を投げ出し、

悲痛な虐待に耐えて、信仰を貫いてきた魂には、

その刻印が刻み込まれています。

非常に強い、「自己犠牲の精神」の傾向性が、刻み込まれ、

それは、いきすぎて、「自虐的精神」にまでなって、

そして、それが一つの「信念」にまでなっていたら、

これは、時代が変わったことを知り、

勇気を持って、その傾向性を変えていかなくてはいけません。


これまでの傾向性から、

「自分が、犠牲になれば、他の人は幸福になるのだ。」

「他の人が幸福でないのに、自分が幸福になってはいけないのだ」

「自分が虐げられれば、虐げられるほど、天国は近づくのだ」

こうした考えが単純に頭に浮かぶのなら、

これは、すでに「自虐的精神」なのです。

そして、その「信念」は、現実を生みます。

その「信念」に従って、不幸な事件が、次々に、襲いかかります。

そして、その事件に耐えている自分を持って、

聖者のような気になってしまっていたら・・・

それは、立派な「自虐的精神」なのです。


それは、確かに、そうなるには、

そうなるべくして、そうなった、

時代背景からくる正当な理由があったのですが・・・


しかし・・・


時代は、変わりました。

僕たちも、変わらなければならないのです。




「思想」「信念」というのは、

心に埋め込まれた、一つのプログラムなのです。

「自己犠牲の精神」「自虐的精神」

を信条にし、そこに価値を見出していれば、

自分の姿は、それにふさわしい姿になるのです。

そして、周囲の環境も、それが現実化して現出するのです。


ですから、僕は、20代にうつに倒れた後、自分を再生させるにあたって、

いったん、キリスト教的「自己犠牲の精神」を封印し、

仏教的精神に切り替えたのです。


それが、「利自即利他の精神」です。


お釈迦さまは、「利自即利他(りじそくりた)」を説きました。

まず、自分が幸福になりなさい、といわれました。

そして、自分が幸福になり、そして、人をも幸福にする道を探しなさい、

そう言われました。


そうすれば、誰も、犠牲にならず、すべての人が幸福になるでしょう?

そう、やさしくおっしゃっています。


さて、2000年を俯瞰して、

そのお釈迦さまのおだやかな思想スタイルだけでは・・

たぶん、今の「自由」と「平等」の世界は築くことはできなかったと・・

「キリスト教系」を自認する僕としては、そう思いますし、

また、おそらく「本当に」そうだったろうと思います。


しかし、現代の、とくに、先進国においては、

「死」をもってしても、

「迫害」「虐待」に耐えることをもってしても、

もう、それで、人を幸福にできる時代は終わったのです。


人が不幸になる姿をみて、それに、続きたいと思う人は、

現代社会には、もう、いません。

それは、差別された社会下で、

現実の生活が苦しかったからこそ、

来世、あるいは、死後の幸福に願いを託して、

「死」を選ぶスタイルが有効だったのであって、

現代社会では、自分が、死んでも、病気になっても、

そうした不幸を背負っても、

「基本的には」、それで、人に良い感化を与えることはできません。


そうではなくて、これからは、

いかに、そうした、苦しい精神状態から、

幸福で、おだやかな精神に復活できるのかを、

そして、どうしたら、そのおだやかな心で生き続けられるかを、

身をもって示し、そして、その方法を教えること。



これが、今後のキリスト教系の魂群が、学ばなければいけないことなのです。


幸福な姿を見てこそ、そうなりたいと、人が学びたくなるのです。

不幸な姿で「伝道」したところで、

現代社会では、誰も、見向きもしません。


まず、あなたが、幸福になることです。


自分が幸福になるということは・・・

これは、けっこう、むずかしいですよ。

ある意味では、

命を捨てることよりも、難しいですよ。


なおかつ、その「法」を体得して、

他の人に伝えることはできるようになるためには、

長い長い年月がかかります。

心に愛他の思いを宿して、

一滴ずつ、一滴ずつ、

自分の心に、「真理」をため込み、熟成させていく忍耐は、

それは、ある意味では、

死を持って、感化するよりも、もっと難しいことですよ。


いや、しかし、

僕は、あえて、誤解をおそれず、いいましょう。


過去、幾度も幾度も、命を捨てて、

数々の困難に耐えてきたあなたなら、

そして、また、

今世においてさて、

困難な環境に身をおき、

辛い人生を耐えてきたあなたなら、


そのエネルギーを使って、

自分を幸福にすることなど、実にたやすいことであると。


そして、日々、「法」を学び実践し、自分の血肉として、

そして、それを、他の人に分け与えるにいたるまでの、

時間を耐えることなど、非常にたやすい行為であると。


エクササイズも、ホームカミングの瞑想を目の前にしている、

あなたにだから、あえて、厳しい言葉も言いましょう。


アファメーションを続けてください。

瞑想の過程の苦しさにこそ、耐えてください。


夫や、両親、兄弟、友人・・

あなたを傷つけ苦しめてきたその人のことを、

心の底から、許す段階が近づいています。

それも、確かに、簡単なことではないでしょう・・・


しかし、あえて、言いましょう。

命を捨てて、命を削って、

過去、幾転生、転戦し、

人類の歴史を変えるほどに、

たくさんの、真実を知らずに、

罪を重ね続けてきた人々を許し、

許し続けてきた我らにとって、


今世の縁ある人を許すことは、

本当は、実に小さく、たやすいことであると。


だから・・・

一日も早く、自分を立て直すことです。

自分を幸福にすることです。

そのための、日々の努力を積み重ねることです。


現代では、

無意味に、怠惰に、時間を無駄に流してしまうことなく、

その自分の持てる時間の一分一秒を、

「人を幸福にするために」、

自分を幸福にするための時間に振り替えること。

そして、少しでも、学び、前進し、心にエネルギーをためること。

そして、時いたったならば、

自分を幸福にすることもおこらたらず、

しかし、縁のある人に愛を注ぐためにこそ、



自分の時間を、自分の怠惰な欲得のためでなく、


「他の人を幸福にするための時間」として、


そのために、必要な「自分を幸福にする時間」とともに、


有効に、使い切ること。



これこそが、現代的「自己犠牲の精神」です。



現実的に、命を捨てることではありません。

虐待に耐え続けることではありません。

自分が不幸になることではありません。


そこを腑に落として、心の傾向性を、

切り替えていっていただきたいと思っています。




この文章を読みながら、実は、別のビジョンが、私の脳裏で映し出されていました。

新しい導き手である、アントニーさんの姿とダブったのでした。

彼は、石畳みのある、街に、裕福な商人の子どもとして、

そだったようです。

恐らく、ローマに、キリスト教が入り込んできた頃だろうと思われました。

彼は、父親とうまくそりが合いません。

そして、旧ローマでは、アテナ神を、偶像崇拝していたようです。

そこに、新しい思想である、「神のもとの平等」を説くキリストの教えが

入ってきました。

窮屈な、しきたりに、がんじがらめになった、アントニーは、

やがて、地下組織に身をおき、ローマを変えようと、キリスト者として、

奔走し始めました。

親はそれを、知って嘆き、悲しみました。

そして、父親と大ゲンカし、もみあいになり、父親を鈍器で殴り倒し、

泣き叫ぶ、母親の悲鳴をにも似た声を背に、家を飛び出していきました。
(殺したのか、そこは、はっきりわかりません)


そして、ますます、革命組織にのめり込んでいくのでした。

やがて、地下組織の中に、密告者がいて、

そのために、彼らのアジトをローマ兵に襲われました。

そのとき、彼は、剣で貫かれ、冷たい石畳の上に倒れ、死んでいきました。

彼の脳裏に、最後に浮かんだのは、家族でした。

この時代的背景は、ちゃんと、調べたことがないので、

なんとも、正しいのか、間違っているののか、わかりません。

彼を地下組織へ、誘ったものは、権威への、反発でした。

旧態依然とした、形だけのものへの怒りでした。

しかし、彼が心の底で、求めていたものは、家族との和解でした。

私は、その映像が流れる間、アントニーの意識に、なっていました。


長い年月を超えて、

親への怒り、

親との和解。

そして、自分を幸せにすること。


それを、かなえるために、

今、私は、ここにいる。


その自分への誓いと、約束があった。

同じ事を、繰り返しては、ならないと、

そう思うのでした。


ただの、夢物語なのかもしれません。

しかし、多くの符号の一致を、見ると、

アントニーは、確かに、存在し、その時代を生きていたと、

私は、思うのでした。

そのビジョンを見た時の私は、ただ、泣いて・・・

泣くだけでした。





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