author : rinrin
ひきこもること
2009-06-17 Wed 23:10

ひきこもり、不登校、あるいは、ニート。

まるで、小椋修さんブログみたいな、(笑)タイトルですけど。

不登校、ひきこもりには、理由が、ちゃんとあるって、

そう思うのです。

そうせざる得ない、のっぴきならない理由が、ちゃんと、あるんだと思うのです。

そこで、一番大事なのは、

「いいじゃないか、とことん、ひきこもれ!」と、

あきらめでも、前向きでも、後ろ向きでも、

子どもが、今やりたいこと、子どもに、今必要なことを、

認めるっていうか・・・親の今までの教育に対する考え方を、手放すっていうか、

ようするに、乱暴な言葉ですけど、「あきらめる」って、ことです。



「あなたが、ひきこもるのは、そりゃあ、もう、無理はないよ。」(←理解)

「そりゃあ、ひきこもりたくもなるさね」(←共感)

「でも、私は、あなたにしてやれることは、な~んにもないよ」(←自立)

「あなたが、もう、気が済むまで、やったらいいんだよ」(←子どもに、人生を返す)



な~んて、呪縛を解き放たれれば、

本人、意外と元気になっちゃったりする。


でもねえ。。。

そう言ったら、そうしてやったら、元気になるだろうなんて、

浅はかに、そして、中途半端な気持ちで、口にする言葉でもない。


親が、ある意味、まじに、へこたれて、

とことん、落としこまれて、地の底に、突き落とされて、

「もう、なんだか、いいや~」

ふと、思ったりする。

そして、「あ、もう、いいんだ」と、すっきりと、晴れ渡った空のように、

笑って言えたら、ほんとに、親も気が済んだし、

子どもも、自由になれるんだろうな。


それって、本当の意味で、執着を、手放した時なんですね。


自我で力任せに生きない

って、無色透明というブログの中に、そんな光のkimiさんの言葉がありました。

あれをしよう、これをしよう、

あれを、してもらいたい、これをしてもらいたい、

このように、生きてもらいたい、

私の子どもならば・・・

これくらい、普通に、。。。


というのが、親としての「自我」

そして、自我が、肥大していけば、弱いものから、詐取しようと、「依存」していく。

これは、大体において、強い人が、弱い人に依存するという形態がなされる。

そこんとこを、今度は、

加藤諦三さんの、本の一節より、「安心感」についての章から引用してみます。


自分より強い立場にある人が強烈な依存心をもっているとき、

人は安心感をもてない。



人は、自分の悩みや、心配ごとを、人に聞いてもらったら、

問題は、解決しなくても、癒されることが多いですね。

気持ちを、受け入れてもらうだけで、安心感を持てるんですよね~。

転んだ子どもが「痛いよ~」と泣く。

親が、「痛かったね~、よしよし」と、抱きしめて、答えれば、子どもの安心感は、

どんなにか、高まって、安心して、わんわん泣けるだろう。

それを、「おまえが、ぼ~っとしてるから、転ぶったい!」(←博多弁)

「男の子なんだから、我慢しなさい!」

なんて、言われたら、そりゃあ。。。ねえ。

辛さ、百倍ですね。

男だって、泣いていいのにね。




んで、次の一節。


強い立場にある人が依存心を持っているとき、

弱い立場にある人は、所有されることはあっても、

受け入れられることはない。

また、利用されても受け入れられることはない。

他方、弱い立場にある人は、

相手に役立つことによって評価されようとする。

そして、相手に評価されようとして、

もっと相手に役立とうとする。


この種の人が、基本的に誤解していることがある。

受け入れられないことの原因を自分に求めてしまうのである。

受け入れられないのは、相手に受け入れる能力がないからである。

この理解がたいせつである。

安心感を求めている人が、もし、この理解を欠けば、

いつまでも無駄な努力をして、自分を傷め続けることになる。

相手に役に立つことで受け入れられようと努力する人が、

その役に立つことに失敗すると、

家庭内暴力や登校拒否のようなことになる。

また、役に立つことに成功している限り、

その間違った努力を続けておとなになって神経症などになる。


安心感を持てない人は、幼いことから多くの人に「所有」はされたけれど、

「受け入れ」られることがなかった人であろう。

自分にとってたいせつな人に、

自分が受け入れられないことによって、

自分で自分を受け入れることができなかった。

したがって、安心感が持てなかった。

そして、自分にとってたいせつな人に、

他人を受け入れる能力が欠如しているから、

自分が受け入れられないのではなく、

受け入れられないのは自分がより役に立たないからだという、

決定的な誤解の上に生きてきたのである。




先ほどの親子の模擬会話で、

「おまえが、ぼ~っとしてるからだ」

と、言われた子どもは、やはり、「自分が悪いんだ」と、

誤解していくうえに、

自分は、ぼ~っとしてて、役に立たない人間なんだと、

さらに、自分に、マイナスのレッテルをはってしまうことになるでしょうねえ。


で・・・なんの話だったでしょう・・・

話が長すぎて、先に書いた文章を忘れる私。。ヾ(・_・;)チョット‥


おお、思い出した!


執着や、依存をやめて、「手放しなさい」って、ことを、書きたかったんだった!うんうん。


そうだ、そうだ。



ひきこもるには、ひきもこる理由が、あるんだと、私は思うのでした。


でも、くれぐれも、本人に、「理由を言ってちょうだい!」って、迫ったりしないでね。

だって、本人は、「自分が悪いんだ」って、誤解してるんだから・・・

誤解の上でなりたった、理由には、なんの意味がないってこと、

わかるよね~。

ネコだって、居心地のいい場所は、本能的に、知ってるものだ。

そういう場所に、無防備に、お腹を出して、ひっくり返って、ぐーすか寝てる。

かといって、ネコに、あれこれ、求めないでしょ。

求めても、しょうがないけどさあ~、

いてくれるだけで、ありがとうな、存在ですよねえ。



案外、人間も、安心できる居場所が、あれば、元気になれるんじゃないかしらね。


あ~、長い記事だった・・・

長くて、スンマセンm(_ _)mでした。






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この記事のコメント
ののさんへ
ガビーーンときましたか(笑)

でも、種をあかせば、この記事の引用文は、tatsuさんのライブドアのブログからのコピペなんですよ。↓↓
http://blog.livedoor.jp/tatsu1965ppi/

ふと、思い出して、ひっぱってきてみました。

2009-06-18 Thu 23:49 | URL | りんりん@管理人 #-[ 内容変更]
はじめまして
こねこさんへ

訪問、コメント、ありがとうございました。

今日、たまたま、「タッチ登校」のことを、ネットで、探していましたら、本日に記事に行き当たり、
リンク貼ろうと、思っていたら、それが、「我が子が不登校で教えてくれたこと」というHPだったんです。

こねこさんと、みごとに、シンクロしました。


>いじめに耐えてまで適応する必要はまったくない。


ですね。
しかし、大方の子どもたちは、自分がいじめられていると、
言わないし、いじめられていないと、否定さえする子も多いのではないかと、思います。

いじめは、犯罪なのだということを、学校、地域、社会の隅々に、いきわたらせる必要があるなあと、痛感します。

かつて、いじめられる方にも、悪いところがある、と、
間違った、理論がまかり通っていました。
そういう、モラハラ的、思考を、どう、
まっとうに、していくか・・・、これも、また、大人社会の責任だと思うのです。

そして、ホームスクールのシステムの充実、
勉強、したい子にとっては、とても、必要なものになるでしょう。欧米では、とうの昔に、そういうシステムがあるのですが、日本は、遅れてますね。。。

>子どもを守るのは
親の責務だと思う。


もちろん、そうですね、しかしながら、親にも言えず、自殺という悲しい現実があります。最後の砦である、親に言えないのは、なぜだろうと・・・・
私は、そこのところを、考えます。。。

2009-06-18 Thu 23:42 | URL | りんりん@管理人 #-[ 内容変更]
りんりんさん、おはよう~♪

うん、うん、と頷きながら読んでいましたが、
次の一文を目にしたときに、がびーーーんと来ました!(笑)

>受け入れられないのは、相手に受け入れる能力がないからである。

しばらく余韻に浸っているトコロです。(笑)

ありがとう^^

ちなみに他にもいろいろ深く頷くところがあるのですよー
でも、ホントに、久々に ガビーーンと来たので・・・。。
2009-06-18 Thu 12:06 | URL | のの #VGqTgCv2[ 内容変更]
はじめまして。

以前読んだ本に、娘が2人とも不登校になったので
家庭教師をつけて家で勉強させたと書いていた方が
いましたが、経済的な理由で家庭教師などつけられない
人も多いだろうし、これだけ不登校が問題になっている
のに政府は有益な対策をたてないですよね。。。

その本の中で心に響いた言葉があったので、書かせて
ください。
  ↓
「わが子が不登校で教えてくれたこと」
著者 野村俊幸 
出版 新風舎

(P59)長女も次女も、女子のグループにうまく適応できず
いじめられたが、いじめに耐えてまで適応する必要はまったくない。

(P95) 親にとって一番に大切なのは、わが子をいじめから守ることだ。
いじめは明らかな人権侵害であり、そのような危険な場所に行くのを 
拒否する権利が子どもにはある。また、行かせないで子どもを守るのは
親の責務だと思う。
   ↓
不登校の子供が家で勉強できるように、学校の授業を放送するチャンネルを
政府が開設したり、学区を越えても転校できるなどの措置があれば安心して
暮らせる子供もたくさんいると思うのですが。。。
2009-06-18 Thu 09:31 | URL | こねこ #-[ 内容変更]
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