author : rinrin
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あなたは、もう、許されている
2009-06-30 Tue 23:18
もう一つのブログ、

「心おだやかにいきるために」の、

本日アップした記事を紹介します。


この「マグダラのマリアの物語」には、

実に、感慨深い思い出があります。

今日は、その頃のことを、懐かしく、思い出しながら、

アップしました。


私は、当時、インナーチャイルドのエクササイズの、ひとつの佳境に入ったころでした。

そして、どうしても、越えられない山を迎えていました。


それは、「罪悪感」。


ここを、越えられなくて、

身もだえするような気持ちを持て余していました。

理屈では、自分を必要以上に責めることは、

何の益も無いことなど、分かっていました。

しかし、理性では、越えられない、壁が立ちふさがっていました。

それは、アダルトチルドレンたちが、陥る、

成育歴による間違った刷り込みによるものであると、

分かっていてもです。

理屈では分かっていても、感情が、納得できなくて、

ずいぶん、苦しんだ記憶があります。


そんなとき、tatsuさんが、書いてくださった文章が

この「マグダラのマリアの物語」でした。


この物語を読んだ時、

私は、パソコンの前で、号涙していました。

そして、ずいぶん、長い時間、泣いていたと思います。

いろいろなビジョンが、頭の中に浮かび、

私自身が、罪を犯したマグダラのマリアに共鳴していました。

いえ、共鳴・・・という、生易しいものではなく、マリアそのものでした。


「さあ、行きなさい」

そうイエスに言われた、ボロ布をまとった、マリアの心情を思うと、

今でも、泣けて、泣けてしょうがありません。


人生を生きていくなかで、その道中に、

誰もが、罪を背負っていかざるを得ないこともある。

そういう理不尽と思われる人生の中で、

必死で、生き残ってきた人々・・・

それが、マグダラのマリアであり、傷を負った人たちであり、弱さであり、

アダルトチルドレンたちだと、そう、思うのです。


聖書の中では、ほんの短いお話でしかないのですが、

tatsuさんオリジナルの、このマグダラのマリアに、

この頃の私は、ずいぶんと救われました。


物語は、人を癒す力を持つこと、

信仰は、人を強くすることを、

許すこととは、どういうことか、

それらを、この圧倒的な、慈愛の物語で、

追体験して、知った時でもありました。



「さあ、行きなさい」


この力強い、言霊の力に、浄化されていきました。


そして、さらに、次回アップする予定の(2)において、

>「私は、あなたの罪を許します」

という、イエスの言葉に、打ちのめされるように、

ぼろぼろに、泣き崩れてしまったのでした。


ワタシの罪を許すことのできる、あなたは、ダレ?

根源的な問いが、

私の、心の奥から、湧き出てきたのを、今でも、鮮やかに、覚えています。

その問いは、疑いではなく、暖かく、やさしく、穏やかに、

確信をもって、私の中から、現れたのでした。


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