author : rinrin
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ACの作られ方
2009-07-20 Mon 17:41
すっかり、忘れてしまっていたことを、

ひょんなことから、思いだした。


「おまえは、ケチだ」というのが

母の口癖だった。


このような、大事なキーワードを、どうして、忘れていたのか、と思うほど、

忘れ去ってしまっていた。


この言葉の意味は、今となっては、どういう意味だったのか、

母に問うことも、ないけれど、

ことあるごとに、皮肉のように、母は、私に言っていた。


念のために、言っておくけれど、

私が、幼少~思春期の頃なので、

子ども独特の感性において、

自己中であったことは、私には、どうしょうもない。

母に対して、出し惜しみをした記憶もなければ、

言いつけられたことを、しなかったという感覚も、

機能不全家庭において、必要以上に発達する、

相手の機嫌や、動向を、観察することに、長けていた私には、

実に不本意な言葉だった。


さらに、ここ10年において、強・共依存関係であった、

Tさんこと、田中さん(仮名です)にも、

「出し惜しみするな」と、言われ(物理的<精神的)

「私は、ケチなの?親にそう言われてたんだ」 と問うと

「言われるだけの、理由があると思うよ」


と、私のようなケチな子どもを持った親に対して、

同情的な、田中さんの言葉に、かなりのダメージを受けた。


共依存関係という、閉鎖された空間での、

そのような自己否定は、逃げ場がなくて、

結構、辛いものがあった。


その頃、

私は、専業主婦であったので、自分の稼ぎは、なかった。

しかし、若い頃からの貯金は、少しだけなら、あったので、

それらを、物理的に、田中さんとの付き合い・・・

ボランティア、子育てサークル等に、密かに、つぎ込んでいた。

田中さんとの付き合いが、終焉を迎えるころには、

わずかな貯蓄ではあったけど、底をついていた。

加えて、少々、体調が悪かろうが、点滴をしながら、

会合や、冊子を作っていたものでした。

田中さんに、認められたい気持ちが、そうさせた。



それらの無為な行為を、

支えたのは、最初の、「おまえはケチだから」という、親の言葉。

私は、ケチなんだ。。。

だから、ケチじゃないように、しなきゃ。


頼まれたことも、断ったりしたら、いけないんだ。

自分より、人を、優先しなきゃ。



そういう、しばりが、私の行動、思考回路を支配していた。


田中さんとの、長い、共依存関係の終焉のさい、

私が、ある方から言われた言葉があった。


「それは、相手の方も共依存ですよ」

「え、そうですか?違うと思いますけど」と、私は答えたと記憶する。

その頃、自分が依存的だということは、知っていたけれど、

田中さんが、依存者であるとは、思いもしなかったのだ。


それほど、共依存は、分かりにくく、閉鎖的である。

そして、依存者の強者の言葉は、いとも簡単に、弱者に影響を及ぼすのです。

このような、関係は、不登校・ひきこもりの、親子にも、多く見られることでは

ないかと、思います。


親子の、言葉のやりとりの中で、あなたの口癖は、なんですか?



でも、気づいたら、書きかえることができるのです。


私が、記憶の書き換えの、救いになったのは、

「まず、あなたが、幸せになりましょう」

と、言ってもらえたことだ。

その言葉が、私をチンケな、魑魅魍魎の餓鬼道から、

救いあげてくれた。

この言葉で、当時のわたしが、どれほど、救われたか

言葉では、到底、表現できない。

闇の中に光を見た気がした。


そして、この言葉が、

親や、共依存者の刷り込みを、消し去って

今の私をずっと、支えている。

これからも、きっと、そうだろう。




今日の記事は、こちらに、示唆を頂きました。
↓↓↓

二つの共依存 壊れた心を取り戻す

勝手にリンクもらいました。m(_ _)m
サンクス!きんたろうさん。

.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚


ここんとこ、体調が悪く、寝込んでいました。

仕事も、連休で、忙しいのですが、休みを無理やり、もぎとって(笑)、

きょうは、だいぶ、回復してきました。

といっても、行こうと思えば、今日は、行けたのですが、

休みたいという気持ちを優先しました。


一日、うつらうつらと、寝て、目がさめて、PCなど、その合間に、

ながめつつ、過ごしています。

明日まで、ゆっくりしようと、思います。


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この記事のコメント
>振り出しに戻される感覚は、何なのだろうと

経験から言えば、無自覚でいる限り、
エンドレスループに、戻ろうとする力には、
並大抵の力じゃ、抵抗できないものです。

他人から、みたら、どんなに、居心地が悪かろうと、
そこは、本人にとっては、ある意味、安心できる場所になってしまっているからですね。

そういう方法で、自分を無理やり納得させる癖が、
大人になって、より、自然に、強固に、残ってしまうんだと思います。
そこに、気づくか、気づかないか・・・

そういう意味では、
ACという自覚は、威力を発揮するのではないかと。。。
最初のうちは、気づいても、引き戻す力は、強いでしょうが、
そして、ここの期間を、どう、短くするか・・・

その人、固有の時間があるのだろうと、思いますけれど、
一番最初に、知識があって、納得からはじまり、
それらが、どう、感情を動かしていくのか、
また、それが、本人の行動や思考にどう、結びつくように、なるのか、
そのプロセスに、私自身をあてはめますと、
自分では、よく、わからないところがあります(汗;

ひとつ分かっていることは、子どもの不登校と、
田中さんとの、確執で、身動きとれなくなってしまった経験がなければ、
私の、ACの回復は、無かったか、
あるいは、もっと、もっと、遅かっただろうと、いうことだけは、
確かみたいです。


もう、これ以上、自分じゃどうしようも無い、
そんな、自分の無力さを、とことん味わった時、
人は、自分の枠を超えようと、
するんじゃないかと、思ったりします。

2009-07-24 Fri 00:47 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
こんな落ちになるとは・・・
リンク ありがとうございました。
りんりんさんには、この仕組み
手にとるようにわかっていただけるだろうと
思ってましたよ(^○^)

これは、六月後半に書いた記事なのですが・・
最近、後半を書いてゆくうちに
二つの安全な場所 というところへ着地しました
(^^;)

なるほど、こんな事に翻弄されていたのかと
書き終えて思ったところです。

会話をしながら、この場所をいつも作っている
この、振り出しに戻される感覚は
何なのだろうと、いつも考えていました。

心の法律、記憶の操作、これを・・・・
支えているものは、何なのか?
づっと考えてきたんです。

今、その事がわかってよかったと
思っています。
ありがとう。

もし、私たちの考えている事が
人の心を変えてゆくとしたなら
もっと、もっと、伝わる努力をしなければなりませんね。

誰にでもわかるように・・・

きんたろう
2009-07-22 Wed 23:38 | URL | りんりんさんへ きんたろう #sARJH.kY[ 内容変更]
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