author : rinrin
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【AC】【不登校】自分を救い出す決意をする
2009-09-01 Tue 12:11
不登校を、子供だけの問題と、とらえることは、大きな間違いだと、
私は、経験則から、思っています。

不登校というものは、結局のところ、「家族のゆがみ」が、
家族の一番弱いところに出現しただけのことであるでしょう。

「家族のゆがみ」とは、現家族だけの問題ではなく、
その親世代、そのまた、親世代の、ゆがみが、つもり積もって
出来上がったものだと、そのように、考えることが、
もっとも、すんなりと、不登校を、理解できることだと、
私自身が、これまで、経験してきたことから、思っています。

しかしながら、親たちが、
現家族の、ゆがみを、感じられない場合、あるいは、
感じることを、禁止している場合、
どうしても、子供を動かそうとすることから、
気持ちが離れられない場合も、
あることも多いということも、感じます。
そこには、人それぞれに、いろいろな理由があるのだと思います。

「禁止」というのは、
自分にとって、親は、「頼れる、いい親」であり
慈愛あふれる人たちであると、思い込まされていることも、
あるということ、
また、多少は、いろいろ問題もある親であったけれど、
今は、特に問題を感じないという場合は、
不登校という問題に直面するとき、
その矛先は、不登校のこどもにしか、目が行かない。
よって、子供が、学校へ行った、行かないとか、
さぼりか、怠けか、とかで
一喜一憂するわけですが。

それは、しょうがないことだろうと、思っています。

しかし、不登校が、長引くと、
特に、中学から、義務教育を抜けた高校へとなると・・・
否応でも、母親は、葛藤をしながら、その矛先を、
自分自身へと向けざるを得ない状態となるでしょう。

そして、やっと、子供の問題を一旦、別のところにおいて、
子供の問題と、自分の問題を、分けて考え始めるところが、
本当の出発点なのだろうと、私は、思っています。

しかしながら、自分を振り返り、見つめはじめると、
ほんとの話、子供の問題よりも、
自分の抱えている問題の方が、数倍、何十倍も、
重いことに、気がつくときがきます。

この気づきを促すために、
私などは、「瞑想」という手法を、使ったのですけれど、
残念ながら、瞑想は、万能ではありません。

なぜか?

人は、自分を見つめたり、自分の感情をストレートに感じることは、
とても、辛いことだと、本能的に、知っているからです。

辛いことは避けたい。
誰もが、思うことです。

多少の生き辛さや、なんらかの問題があっても、
そこに目を向けることは、せず、
まあ、そこそこ、ごまかして、必要とされることを、
生きがいに、子育て、家事、仕事なんかで、生きてこれたのですね。

今まで、そうやって、
本当の感情をすりかえて、きたわけです。

しかし、自分と向き合うということは、
何もない、自分からの出発になります。

夫、家族、こども、それらを取っ払って、

私って、何だろう?
私は、誰だろう?
私は、本当は、何をしたいのだろう?
私は、何を、ほしいのだろう?

ということに、目を向け始めたら、
今までの、築き上げてきた人生そのものを、
一旦、ちゃらにしなくちゃいけなくなります。

心の中で、崩壊が起こります。

この崩壊が、怖くて、
自分に目を向けられないということ、
とても、わかります。

怖いですよね。
恐怖です。

しかし、私と、一緒に、これまで、ブログでの交流があった方、
私は、ともに、戦ってきた仲間たちと、思っているのですけれど、
そういう方たちと供に、励ましあい、支えあい、そういう、崩壊を何度も、
経験してきたと、そう、思います。

ここで、言う「励ましと支え」というのは、
相手の気に入る言葉を、かけあうというものではなく、
慰めるわけでもなく、
ただ、互いに、前へ、進もうという、同じ気持ちで、
たがいに、見守って来た感じがします。
ひとりが、壁を破ると、互いに、喜びを分かち合いました。
私は、そういう、戦友たちに、恵まれていたと、本当に感謝しています。
時には、暖かい、逃げ場にも、なってくれました。
戦うには、暖かさも必要ですから。
しかし、それに、甘えてばかりも、いられませんね。

私にとって、それらは、とても、すばらしい、経験でした。

そして、なおかつ、後ろから、ずっと、支えてくれた人たちも、ありがたい存在でした。

でも、それらは、私自身が、自分を救い出す決意をしなければ、
何も始まらないことなのです。

最初は、結局のところ、「自分」なのです。
決意のないところに、変化は、おこりません。
自分を変えられるのは、ほかの誰でもなく、自分しか出来ないのです


自分を救い出す

たったそれだけのことなのですけれど、
この決意ができるまで、
私は、子供には、長い間、待っていてもらいました。

時には、その決意も、ゆらぎます。
人間ですから、当たり前です。
そのとき、私自身を支えてくれている人の言葉を思い出します。
そして、何度でも、決意をしなおします。
決意というものは、時に、死のふちを歩いているようなときも、多いからです。
それほど、私にとって、ひとつの決意をするということは、恐ろしいものです。
しかし、その決意が、生まれないことには、
何をしようが、どんな、すばらしいといわれる方法を用いようが、
何も、変わりはしません。(←言い切ってしまって、ごめんなさい)
それは、まるで、傷の多さ、深さに比例するかのようです。

私が、ときどき、「歩いていこう1、2、3」という題名で、
記事を書くことがありますけれど、
わかっていらっしゃる方も多いかもしれませんけど(汗;
それは、決意のやりなおしであり、
揺らぎの断ち切りと、方向性の修正と、決意表明の証なのです。

自分を救い出せないで、どうして、こども(人)を、救い出せるでしょうか。自分と向かい合わずに、どうして、子供と向き合えるでしょうか

私は、今、そう思っています。

その結果、大崩壊が、始まったとしても、
それは、私が、心の底から、望んだことだと、思えます。

しかし、崩壊のあとには、必ず、再生が、やってきます。
「風の谷のナウシカ」で、腐海の底には、美しい砂と、水がありました。
そして、新しい芽が、光をあびて、育ちはじめていました。

「ラピュタの城」にて、
破滅の言葉のあとには、
世代連鎖を断ち切った、新しい世代の若者の姿を見ました。

私は、いつも、そのシーンを、希望とともに、思い出します。

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この記事のコメント
らんでるさんへ
今、振り返ることが、できるから、その頃の自分を、
愛しさをこめて、見ることができるのでしょうね。

仲間・・・ほんとに、大切でした。

>これは,私の力の及ぶことではないんだな、と、感じています。

そうですね、その通りだと思います。

>井戸掘りは、たいへんだけど、まっすぐ核心に向かっている感覚がありますね

この感覚・・・、この先に何かがある、という、
本能的な、誘いがあるのだろうと、思います。
だから、まっこと、七転八倒するような苦しさの中、やっぱり、掘ってしまうんだと、思います。

間違ってない、この先だ、ってね。

そして、終わりも、自分で、はっきり、わかりますね。
「終わった・・・」という、安堵が、訪れますよねえ。

自分で作った道は、自転車の練習と同じで、体が覚えていてくれて、次の井戸掘りは、期間が短くて済んだり、ね。

そうやって、また、掘っちゃうんですねえ(汗;
人生とは、そういうものなんだね、きっと。
2009-09-10 Thu 22:20 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
振り返ると、実に楽しかったですねぇ。

うん。懐かしい名前。
最後までご一緒することができなかったお仲間にも、大切に思っているよ,と、伝えたいです。


私は、どす黒いものの詰まった重い胃袋を抱えながら、井戸の周りを歩き続けている我が友人を見ると,、(ああ、いっそ、はやいところ井戸に落っこちたらいいのに。)と、思いながらも、(これは,私の力の及ぶことではないんだな、)と、感じています。

井戸掘りは、たいへんだけど、まっすぐ核心に向かっている感覚がありますね。
2009-09-09 Wed 08:40 | URL | らんでる #-[ 内容変更]
らんでるさんへ
お久しぶりです。といっても、ブログ毎日、チェックしてるので、あまり、お久~って感じでも、ないんですけど^^

u-たんさんや、おとねさんのブログを読みながら、
そこに、かつての、私たちを垣間見るようで、懐かしく思ったりします。

らんでるさんをはじめ、えばちゃん、まる母さん、ののさん、道子ママさん、共に歩いてきた同期ですね。
あの頃、前へ進もうと、互いに必死に、井戸掘りしてましたよねえ。支えあい、応援しながら、そして、へこんだり、守り合い、時には、反発しながら、とても、楽しかったなあって。
あの頃の記憶は、酸っぱくもあり、甘くもあり・・・。

今は、楽天へは、過去の出来事から、自分への戒めとして・・・(^^;書き込みは、自重してます。
申し訳ないです。。。(T。T)
それだけ、楽天は、私にとって、大切な場所だったのだと、思ってくだされば、嬉しいです^^

でも、こうして、らんでるさんが、ここに、コメントを残してくださったこと、とても、嬉しい(*≧∀≦)

ありがとうでしたo(*^▽^*)o~♪
2009-09-07 Mon 02:44 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
お仲間に会いたくなって,来ましたよん。
久しぶりに,楽天の方にののさんが訪ねて来てくれて,私は、ほくほくうれしくなって,お仲間巡りです。

息子さん、お誕生日、おめでとう!!
息子さん、よかったね!!
2009-09-06 Sun 18:07 | URL | らんでる #JalddpaA[ 内容変更]
naomiさんへ
はじめまして。
こちらこそ、訪問、コメント、大変ありがとうございました。
最近、黙々と、寂しく、記事を書いているので(笑)、
コメントしてくださると、励みになります。
こちらこそ、重ねて、お礼申し上げます。

>4年になります。

わあ、一緒ですね~^^って、喜ぶとこじゃないんですけど、
やっぱ、辛さ苦しさを一瞬で、共有できる嬉しさには、負けてしまう(^^; 私です。
でも、振り返ると、4年なんて、あっというまですね。。。

>結局は自分なんだと分かりました

それは、とても、すごいことだと思いますよ!?
そこに、たどりつくことは、至難の技なんですから。
紆余曲折した身からすると、うらやましいです。
わかるきっかけは、何だったのだろうと、それ、知りたいなあと、ちょっぴり思いました。
厚かましくて、すみません(汗;

>どんどんと解決に向かって

私は、ひとりで、考えて、解決してきたわけじゃないんですよ~。ほんと。
この記事であっても、今まで、学ばせてもらった方々や支えて下さった方々の、気持ちや、想いが、たくさん、詰まっているんですよ~。
naomiさんも、きっと、そういう方が、いらっしゃるのだろうなあと、思います。

もし、ブログ、お持ちなら、教えてくださいね^^

今後とも、よろしくお願いいたします。
2009-09-04 Fri 19:14 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
ちよこさんへ
毎記事、読んでいただき、感謝いたします。

そうですね。
今、振り返って、世代間連鎖を考えると、
失ったものも、たくさんあったと思います。
でも、誰が悪かったのかと、いえば、今の私には、
誰も悪くは、なかった、というしか、ありません^^
それだけは、変えられない事実に、なりました。
そこが、ゴールでもあり、新たなスタートにも、なるのでしょうね。

お返事、遅くなって、すみませんでした(汗;
訪問、コメント、感謝です^^
2009-09-04 Fri 18:49 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
はじめまして^^
こんにちは!
りんりんさんの日記にはいつも生きる力を与えてもらっていて、本当に感謝しています。まずはお礼を言わせ呈ください、ありがとうございます。
我が家にも「不登校」という現実が発生してから4年になります。
そして色々あり結局は自分なんだと分かりました。割とすぐにそれは分かったのですが、そこから動けずに何も出来ず座り込んだままの状態なんです。
りんりんさんはすごいですね。どんどんと解決に向かって進んでいらっしゃる。尊敬します^^

今日の日記を読ませてもらって、私も新たに決意をしてやっていこう!って思いました。

2009-09-03 Thu 10:52 | URL | naomi #YrGnQh/o[ 内容変更]
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2009-09-03 Thu 10:28 | | #[ 内容変更]
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