author : rinrin
【アダルトチルドレン】【不登校】孤独と共依存の罠
2009-09-11 Fri 13:10
これまで、私は、散々、このブログで、過去の私自身の身に起こった、「子育てサークル」、「宗教」、「A子さん」との共依存について、書き散らしてきました。

自分の身に、いったい何が起こったのか、それらを、納得したいがために、
そして、その苦しさは、一体、どこからくるのか、過去に問い、現在に問い続けてきたようなところがあります。

また、私の「共依存体質」は、さらに、過去の生育暦・・・幼い頃の親との関係に、基盤が作られているということも、最近では、点と点が、つながるように、一本の線に、なってきたように、思います。
その線は、からまった毛糸のようであり、たぐりよせて、すぐに、しっぽが見えるというわけでもなく、幾重にも、からまっていて、本質を見えにくくさせていました。
それらを、ひとつひとつ、ほどいていく作業を、「井戸掘り」と、多くの人が呼びます。

それは、まるで、過去の遺物の糸と糸をつむいで、出来上がった、古い一枚のタペストリーを、
もういちど、糸をほどき、古い糸は、捨て去り、今度は、新しい糸と、混ぜ合わせながら、自分だけのオリジナルのタペストリーを、作り上げる作業のように、思えます。
新しい糸とは、新しい価値観であり、自分を支える言葉であったり、人の暖かさだったり、するわけですね。
これらのタペストリーは、出来上がってみないと、どのように、織りあがるのか、さっぱり、わかりませんけれど、織る苦しさもあり、喜びもあり、いびつながらも、新しい自分が、生み出されていくのでしょう。

その苦しさと、比例するように、織りあがる喜びも、また、自分への、最大の宝石となって、いつまでも、心の中で、輝くことになることでしょう。


しかし、この作業を、阻む、最大の敵・・・が、いると、感じています。
ゲームで言うところの、ラスボス。

なんだと、思います?





「孤独」


過去の幼い頃の記憶・・・

裏切られた気持ち・・・

理解されなかった残り火、

悲しい思い、

抱きしめられなかった悔しさ、


私は、それら、全部が、「孤独」というキーワードに、凝縮されているような気がしてなりません。


私が、インナーチャイルドのエクササイズを終えるにあたって、
その終了を、ずっと、阻んでいたものが、ありました。

この課題を超えたら、「私は、ひとりになる」という思いでした。
エクササイズの終了間際の頃、それを、自分でも、はっきり、自覚していました。

新しいタペストリーを紡ぎ出したら、古い糸とは、お別れしなければなりません。
(共依存の関係を、古い糸と、表現しています)

幼い頃の源家族は、口々に
「そんな、ところにいないで、戻っておいで」と、甘い言葉で、過去から呼び戻しに、きます。
「ひとりは、さびしいよ」と。
それでも、言うことをきかなかったら、今度は、
「おまえは、一人で生きていけないぞ、後悔するぞ」と、脅しにかかります。

この刷り込みこそが、今の自分の辛さを倍増させ、
子どもを、不登校に、追い込んだ元凶であるにも、かかわらず、
なじみ深いものに、連れ戻そうとする力、それが、共依存なのですけどね。

その声は、とても、強力であり、抗いがたい力があります。
今まで、自分を支えてくれていたものであり、パワーでもありますから、それは、当然といえば、当然です。

それらを、私自身の、過去を、振り返ってみると、
共依存の関係というのは、「孤独を感じないですむ」関係なのだろうと、推察できます。
私自身、過去の、子育てサークル、宗教、A子さんとの関係を洗い出してみれば、
共依存関係で、苦しんで苦しんで、自分の心さえも、奪われ、壊される状態なのに、
なぜ、そこから、脱出できないのか、自分でも、最大の謎でした。

子どもとの関係でも、同じで、母子密着、過保護、過干渉など、
苦しいのに・・・、わかっているのに・・・、なぜ繰り返すのか・・・と、自問自答してきました。

同じく、カウンセリングも、また、いわゆる、依存関係で、成り立っているのだろうと、思えます。

「井戸掘り」というのは、ひとつの、自立へ、向けた行動ですが、
自立したくない、または、自立が怖いという、ジレンマも、同時にあるわけです。

それらが、回復を遅らせているのではないかと、思うのです。

実際、私も、新しいタペストリーを織るとき、
「あなたは、このサークルを、抜けたら、究極の孤独を感じることになるだろう。
究極の孤独こそ、恐ろしいものは、ないんだよ。だから、あなたの、居場所は、ここしかない」
「私のもとを離れたら、ひとりぼっちになる。それでもいいの?」
という言葉を、宗教や、A子さんから、実際言われ続けていました。
それらの言葉が、私の無意識に浸透し、

「孤独は、恐ろしい」

という、縛りの言葉に、ずっと、自分の身を、置くようになるのだと思います。

A子は、この言葉に表現されるように、ずっと、さびしかったのだろうと、思います。
その寂しさ、孤独感を、埋めるために、互いの孤独感を、利用し、
わたしたちは、身動きとれない窮屈な関係になってしまったのだと、感じます。
源家族とて、同じことだろうと思います。
「あなたのことが、心配なのよ」「大丈夫なの?」「どこへ行くの?」
そういう一見、優しさあふれる言葉で、相手は、自分の孤独を、
相手で、埋めようとしかけてきます。
これらは、互いの孤独を忘れたいための、一種のゲームです。
実際、このゲームの最中は、退屈では、ありません。

そして、これら、突発的な、事象は、孤独を、忘れさせる強力な、パワーを持っています。

それが、どんなに、理不尽なことでも、理屈に合わないことでも、
このゲームが始まりさえすれば、孤独が、薄まり、忘れさせてくれるのです。
その無意識のゲームは、まわりの人を、良くも、悪くも巻き込み、
ぐるぐると、わけのわからない力に、翻弄されながら、
古いパターンを、繰り返しているのだろうと、感じます。

これらは、自分を支配する、「内なる親のパワー」と、表現しても、いいかと思います。

しかし、心の中にいる、インナーチャイルドは、
「もう、いやだ、助けて」と、悲鳴を上げています。

自分をそこから、救い出すということは、
今までの、なじみのゲームから、抜け出すということですね。
ゲームから、抜け出すということは、
無意識の基盤にある、「孤独は、怖い」という感覚を大きく揺さぶります。

そして、さらには、ゲームから、降りるということは、
自分が今まで、一番恐れていた、
孤独と向き合わざるを得なくなる、ということも、本能的に、わかってくるときがきます。

それが、わかっていたから、どうにも動けない状態が、私も、ずるずると、それらのゲームを、続けさせたのだろうと思います。
孤独と向き合うくらいなら、見捨てられるくらいなら、
苦しいけれど、ゲームをやってる方が、まだ、ましだ。
そういう、納得できない気持ちと、すり替えられたご褒美との葛藤の中に、常に身を置くのですね。
(この辺は、とても参考になる、『壊れた心を取り戻す』のきんたろうさんの記事がありますので、こちらを、参考にされたら、お勉強になると、思います)*勝手にリンクもらいましたキラ~ン 
 
騒がしい、ゲームの中に、いるか、
それとも、孤独と向き合う覚悟を決めて、自分を救い出すか・・・
選ぶのは、残念ながら、本人しか、決められません。
パワーゲームは、孤独を忘れさせる蜜の味。

そういうことを考えると、
孤独とは・・・、見捨てられ不安とは・・・
なんと、悲しい記憶の操作なのだろうと、愕然とします。


しかし、今、私は、思うのです。


孤独を、見据えて、はじめて、不毛のゲームから、自分を救い出すことが、できるのではないかと。
さらに、自分を救い出すことに、成功したとき、

「ああ、自分は、決して一人じゃなかった・・・」と、
思い出させる「新しい力」を得ることが、できると。


その力こそ、インナーチャイルドが、生まれた瞬間なのだと、感じるのです。
しかしながら、生まれたてのチャイルドは、とても、不安定です。
甘え、ごね、わがまま、時には、わんわんと、泣き叫び、
そして、誰かに、受け入れてもらいたがります。
大人の私は、そのチャイルドに、かなり、翻弄されたりしますけれど、
ある日、チャイルドが、キラキラした瞳で、にっこり笑う日が、やってきます。
そういう過程の中で、チャイルドの持つ、「新しい力」を育てて、いくのだろうと思います。

今、私の中にも、豊かな人とのつながり、
あたたかさ、
新しい力が、芽生えています。
大切な・・・

それらが、いつか、過去のものになろうと、
きっと、私は、いつでも、鮮やかに、その暖かさを、思い出すことが、できるでしょう。

出会った、ひとつ、ひとつの糸。
色鮮やかな、歴史の糸が、新しいタペストリーを、織り上げる。
中島みゆきの、「糸」という詩に、あるように
織り上げられた布は、
きっと、今度は、誰かを暖める布に、変わるのでしょうね。

一本の糸は、たしかに、離れ離れで、孤独では、あるけれど、
私の思いは、誰かの糸になり、
あなたの思いは、私の糸になる。

孤独を感じない人は、この世には、いない。

けれど、それを、埋めるために、他人のタペストリーをごっそり、詐取し合っても、
自分の作った作品では、ありませんね。
それは、まるで、夏休みの自由研究を、親がやってしまうようなもの。
自分の書いた作文を、コンクールに入選するために、
先生が、書いた文章に、なってしまい、自分のものではなくなるのと、似ている。

織りあがる、タペストリーが、私の喜びとなり、
誰かの喜びとなることが、さらに自分の喜びになる、
私は、そういう風に、豊かに、自分の布を、織り上げていきたい。

そんな、ビジョンと、方向性が、私自身の、孤独の壁を突き破る力になっているのだろうと、
そんなことを、感じています。

あなたは、決して、ひとりでは、ないのです。暖かい記憶が、きっと、あなたを暖めてくれるはずです

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2009-09-11 Fri 19:53 | | #[ 内容変更]
メルアド、教えて頂けないでしょうか?
2009-09-11 Fri 19:22 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
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2009-09-11 Fri 18:34 | | #[ 内容変更]
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