author : rinrin
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【アダルトチルドレン】【不登校】高いところからのプライドを突き崩せ
2009-09-15 Tue 09:55
幼い頃、源家族では、抑圧的に育てられた私は、
自分の身を守るために、
無意識にではありますが、
相手の気持ちを敏感すぎるほどに、感じる力を得ました。

母親の突然の、不機嫌や無視、
父親の誰に向けられるかわからない、
いつなんどきか、はじまる暴力、暴言の原因を、常にキャッチするアンテナを
張りめぐらせていなければならない、
そんな緊張した子ども時代でした。

そんな子ども時代の中で、自分独自の人生の生き方のパターンを身につけていったの
だろうと、思います。
(これは、多くのACの方に、共通して、見られるの傾向であることも、後に、理解しました)

当然、その時、身に付けた、パターンの中で、後に、大人になり、社会に出たとき、
大きな弊害に、なることが、たくさんありました。
そのことで、生きづらさを感じ、自己の背骨の無さに、うちひしがれ、それと同時に、世の中を恨み倒すほどの、肥大した、ゆがんだプライドが、私を大きく苦しめたと感じています。

たとえば・・・その頃の私は、・・・
「私は、みんなと、違うのよ」
「私の辛さは、誰にもわからない」
という尊大な考え方をしていました。
一見、立派に、孤高を保ち、自立した思考のように、見えますけれど、
他者を、見下し、そこに、自分の生きる価値を見出す手法ですね。

幼い私にとって、理不尽に、毎日暴れる親を、高い場所から、嫌悪の目で見ることで、
自分を、保たせていたという経験が、そういうパターンを作ったのだろうと、感じます。

その肥大したプライドは、大人になって、
いろいろな場面で、負け惜しみ的に、私を助けてくれたのですが、
しかしながら、それらは、他者に対して
比較、競争、嫉妬、憎しみを、強化し、
生きづらさを倍増させていたと思います。
また、それが、更に、生きるための信条を、強固にしていくのでした。

本当は、誰の人生においても、勝ち負けなど、あるわけがないのですが、
そのことは、十分、自分でもわかっていながら、
この不必要なプライドが、あったゆえに、人と人との間に、
厚い壁を、自分で、せっせと、建設していたように思います。

そんなおバカさんでした。

常に、心の中は、「上か下か」、「比較」の思考回路に占領されていました。
子育ての最中(今も子育て中ですけどね^^;)
穏やかに、子どもたちと、接するということが、
できるわけが、なかったなあと、振り返って思います。

そういう状態で、子どもの心を感じるということ、
「共感」ということ・・・できませんでした。
そもそも、「共感」ということが、どういうことか、分からなかったのですよね。

それまで、私の頭の中の辞書には、
上(高慢)であるか、下(自己否定)であるかしか、存在しなかったわけですので、
他者と同等である位置を、探すというのは、至難のわざでした。
幼い頃に得た、不必要なプライドは、そういう弊害をもたらしていました。

そして、「おかあさんには、ぼくの気持ちは、わからない」と、
子どもに言われてしまった、私でした。(ノ_・。)
わかって、やってあげてるつもりだったのに~
なんで、そんなこと、言われにゃならんのだ~って、
悲しかったです(ToT)
同時に、子どもに対して、腹が立ちました。
こんなに一生懸命やってんのに!ってね。


やってるつもりが、一番怖い。
それが、わかったのは、もう少し、後のお話。

4年前の、自分の書いた昔の過去の記事なんか、みたら、
もう、冷や汗ものです。

な、なんて、高慢なやつだ~。
って、自分で自分を、思ったりします。
こんなやつ、友達にしたくねえと、自分で思ったり、します(〃_ _)σ∥ガァーン

そういう、幼い頃の過去の経験で、自分で作りあげた張りぼてのプライドは、
実は、とても、もろく、矛盾だらけで、
本当の感情である、悲しみや孤独を覆い隠すためのものでした。
今は、過去の自分に、ただただ、恐れ入りますという、感じです。

そして、
不必要なプライドは、幼い子どもが、自分を守るために、作り上げた
過去の遺物
だと、わかったとき、
新しい、自分のプライドを、見つけ出すことを、意識しながら、
これは、必要、
これは、いらない
そういうことを、今も、続けているところです。
それが、自分の*背骨を作るということではないでしょうか。

*自分の思考の癖に気づき、それらを、自分の過去につなげ、
その出所を確認し、そこから、書き換えていくという、作業。


次回の記事は、
「上」であるか、「下」であるかに付け加えて、
「右」であるか、「左」であるか、を、書いてみたいと思います。
たぶん(笑)


@誤字脱字、少し修正しました。
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