author : rinrin
【アダルトチルドレン】心の基盤 (1.偽物の安心な場所)
2009-09-25 Fri 16:05
かつて、私がまだ、確かな自分の居場所を作れないでいる頃、

共依存の相手のA子が、言った。

「あなたは、悩むのが、好きなのよ」

強烈な一言。
反論も、できず、しかし、納得もできず、その時、私は、ただ、黙り込むしかなかった。

その頃、私は、何で悩んでいたのか、よく分からない状態に、よく落ち込んだ。
何が、こんなに、私を落ち込ませるのか・・・
その尻尾さえ、自分で捕まえられないでいた頃だった。
そんな自分を、「ダメな自分」だと、責めて、責めて、
迷惑ばかりかける・・・消えてしまいたい・・・
ベクトルは、すべて自分へ、向いた。
この癖は、幼い頃からの、私が会得した、ひとつの方法だった。

本来、家庭における、親の存在は、子どもにとって、
安心の基地であるはずである。
親に、依存し、愛されている感覚を享受し、楽しかった記憶も、悲しかった記憶も、
いつか、暖かな記憶に変わるはずだった。
その記憶が、大人になったとき、自分の基盤を作るのだろうと今は、思う。

しかし、家庭の人間関係が、いびつで、歪んでいる場合、
自分の基盤が、あやふやで、不安定に、なっているということを、アダルトチルドレンの回復の過程での、体験で、納得できました。

そして、その経験から、
幼い頃、私自身が、構築していたらしい心の法則に・・・
ある一定の法則があることに、気がつきました。


幼い子どもは、まだ、「自我」というものが、薄く、
親に、その全存在を、依存していますね。
これは、私などが、うんちくを語らずとも、今は、発達心理では、
証明されている事実です。
しかし、その依存するべき親が、不安定で、あったならば、
もし・・・子どもが、親に、全存在を依存するということが、できなかったならば、
子どもは、自分を納得させる、なんらかの基盤を、自ら、作らなければならなくなります。

その時、子どもは、自分を守るために、
または、「親」という幻想の相手を守るために、
自分の全力を尽くして、
「親は、私に、このようなことを、望んでいるのだろう」
「親は、こうしたら、私を受け入れてくれるだろう」
「親は、こうしたら、喜んでくれるだろう」
そういう思いのアンテナを、親に精一杯、向けようとします。
そこには、「自我」は、存在しません。
あるいは、親の言動によって、封じ込められてしまうか、
かすかに、自分の中で感じる自我を、自分で封じ込めようとします。
また、その自我を、感じることは、親を傷つけることだと、
そして、自分をも、絶望の中に落とし込むことだということも・・・
私たちACは、無意識ながらも、知っていました。

ありませんでしたか?
いつも、泣いている母親、怒っている母親を笑顔にしたいという気持ち、
一緒に、喜んで欲しいという気持ち・・・
それが、子どもの持つ、いえ、人が根源的に持つ、「自分の大切なものを守りたい」という、本能的な気持ちなのではないでしょうか。


そうやって、生まれてから、思春期の頃まで、
「自我を抑え込むこと」「自己否定すること」そして、「自分の人生をあきらめること」
それが、幼い子が、機能不全の家庭で、生き伸びることに、必要なことでした。

しかし、思春期になっても、なお、現代の子どもたちは、自我を抑え込もうとするのですね。
自分の人生を、親のために諦めた子たちは、
その方法に、あまりにも、慣れ親しみすぎてしまいました。

それが、心の法則となって、大人になっても、なお、
心が解き放たれない理由となっているのではないでしょうか。。。

その心の法則は、本当は、今まで、自分を守ってくれたことは、なかったんだと、気づかないままに、自分を守ってくれると、いつまでも、いつまでも・・・思い違いをしてしまうのでしょうね。
そして、そこが、ひとつの、自分の安心の心の基盤になってしまうのだろうと、思います。

私は、そう、自分を振り返って、思います。


「どうせ、私の悩みなんか・・・」

そんなことは、ありませんよ。。。
基盤がないということに、気づいたあなたは、
大切な、自分の人生の、一歩を踏み出そうとしているのです。


自分の中のインナーチャイルドの声に、耳を傾けてください。

心の中で・・・

春には、笑顔で、野原をかけまわる、チャイルド。

夏には、水遊びに夢中になって、真剣な顔をしているチャイルド。

秋には、枯れ葉を踏みしめて、その感触を、びっくりした表情で、感じているチャイルド。

冬には、白い息を、空に吹きかけて、わくわくしているチャイルド。


そんなチャイルドたちが、

「私はここにいるよ」「私を受け止めて」と、

あなたの心の扉を、叩いている音が、聞こえませんか?


.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚

この「心の基盤」は、シリーズになる気がしましたので、
とりあえず、(1)と題名につけてみました(〃▽〃)

なお、コメント、こころより、お待ちしてます。
共に、考えるブログでありたいと、思っています。
しかしながら、↓の状態も、多いので、

カキカキ○O0o。。。.φ(_ _).。o○グウウウ

^^;

コメント返し、お時間くださいませ~。
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naomiさんへ
>人といる時は全身に力が入ってしまって、ホントに疲れてしまう。

わかります、わかります。
私も、ありましたよ~。
嫌われたくないって。
でも、疲れてしまうので、「もう、あの人嫌いだぁ」に、なっちゃって^^;
まことに、難儀です。


>色々考えて、試行錯誤であれこれ試してみようとして、でもできなくて
そんな事を繰り返してるうちに、最近「もう、めんどくさ~い」っていう気持ちになっています^^;
でもね、自分がちゃんとやらないと子ども達にも影響が・・・って考えると、がんばろうって思ったり。



気持ちが、あちらこちらに、揺れるんですね。
悪魔のささやき、天使の声が、心の中で、入り乱れて、
一体、私どうしたら、いいんだ?って。


>りんりんさんが仰るとおり、今までの心の法則は私を守ってくれる物ではなかったですよね。


幼い頃は、必要だったんだと思います。
自分を守るために。

>基盤が全然無いという事に気付いてはいるんですが、、
インナーチャイルドの声を聞けているのかいないのか分からないでいます。


先ほどの、心の中の、天使と悪魔の声と同じで、
どちらが、チャイルドの声なのか、さっぱり??って、
そういう時期、誰でも、ある気がしますよ。

チャイルドは、チャイルドを、守るんだという決意と、行動で、示してやらないと、なかなか、本当の声を聞かせてくれません。
チャイルドが、すねていると、私も、今でも、必死でなだめたり、謝ったり、するんですよ~。
突然、出てきたりしますから、「おい、こらこら」
とか、焦ったりもします。

>なんだかまとまりのないコメントで申し訳ないです。

書いているうちに、まとまってくるってこともありますよ^^
自由に、書いてください^^
2009-09-29 Tue 18:20 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
私もACなのでいつでも人の事を中心に考えて動いています。
以前はそんな自分のクセにも気付かずにいました。
本当に自然に人の顔色を気にしてるんですよねぇ。
こんな時はこんな表情で対応したら相手は嬉しく思うかな?って、ずっとそんな感じで関わってるから、人といる時は全身に力が入ってしまって、ホントに疲れてしまう。
これはおかしいなって気がついてもその関わり方、気持ちの持ち方を変える事は出来ないでいます。

色々考えて、試行錯誤であれこれ試してみようとして、でもできなくて
そんな事を繰り返してるうちに、最近「もう、めんどくさ~い」っていう気持ちになっています^^;
でもね、自分がちゃんとやらないと子ども達にも影響が・・・って考えると、がんばろうって思ったり。

りんりんさんが仰るとおり、今までの心の法則は私を守ってくれる物ではなかったですよね。
基盤が全然無いという事に気付いてはいるんですが、、
インナーチャイルドの声を聞けているのかいないのか分からないでいます。

なんだかまとまりのないコメントで申し訳ないです。
2009-09-29 Tue 11:49 | URL | naomi #YrGnQh/o[ 内容変更]
おとねさんへ
こんばんは^^

>私は考えてしまうし、答えがほしい
>でもそれは主張したいのではなくて
>純粋に自分が楽しみたいからなのでした

自分が、「楽しい」と感じられるならば、どのような回復の方法をたどろうと、いいのではないでしょうかねえ^^
それは、「心の気持ちよさ」に、通じることでしょうから。

>自分があいまいだった頃は「こうあらねば」の自分を必死で演じていた、と思う。


これは、しょうがないことですね。ACさんに、共通する、心の法則ですから。
幼いころから、「ねばならない」が、最優先事項だったのですから。

>本当にえらいなあ、がんばってきたなあ、と思えるようになりました


そうですかあ、それは、良かったなあと思います^^
自分の過去も、現在も、全部ひっくるめて、
許してしまうことが、できることは、言いかえれば、相手を信じることが、できるという、力になりますね^^
私も経験ありますけれど、信じることが、できるということが分かったら、自分も、人も、もう、力任せになんか、できなくなりますね^^

>休憩するときになってきたようです。
>今はすごく安らかな気持ちでいます。

そうですか~。
良かったです^^

ところで・・・、おとねさんの神戸の記事は、なかなか、面白かったですよ^^
美味しそうなものだらけで、ひきこもり系の私には、
とても、うらやましく思いました^^


2009-09-26 Sat 21:47 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
どんな事例にも
分析しようとする、してしまうのも。
ACゆえのことなのかな?って思っていたのです。

でもちがってたようです。
私は考えてしまうし、答えがほしい
でもそれは主張したいのではなくて
純粋に自分が楽しみたいからなのでした。

自分があいまいだった頃は「こうあらねば」の自分を必死で
演じていた、と思う。
ですから人の感情に敏感でした。
怒ることも訴えることも怖くてできなかった。

「否定される」のがこわかったんです。

私はこうでなければ生きていけなかった。
「演じる」ことで何とか頑張ってやり過ごしてきた。

そういう自分を本当にえらいなあ、がんばってきたなあ、と思えるようになりました。
私の井戸ももうそろそろ掘るのを休憩するときになってきたようです。
今はすごく安らかな気持ちでいます。
2009-09-26 Sat 07:38 | URL | おとね #6J7A/EB2[ 内容変更]
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