author : rinrin
【不登校・それぞれの軌跡】 1. 嫌悪の連鎖
2009-10-29 Thu 02:22

しばらく「不登校・・・それぞれの軌跡」として、息子と家族の、不登校経験を、振り返って、書き綴っていきたいと思います。
それが、私の生きてきた証になるのかもしれません。
そんなことを、思っています。

また、何度もお伝えしておりますが、経験上、不登校と、アダルトチルドレンの問題は、密接に関係している、ということを、前提に書いていますので、不登校だけの問題では、ないということも、ご理解して頂ければ、より、記事が分かりやすく、なるのではないかと思っています。

                                 りんりん

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【不登校・・・それぞれの軌跡】

(1)嫌悪の連鎖


子どもたちが、まだ、幼稚園以前の頃。
私は、早期教育というものに、どっぷりと、はまりました。

その頃の私は、
新興住宅地に、家を購入したばかりの頃でした。
近所の公園で知り合った、ママ友たちと、
子どもたちを、遊ばせながら、他愛のない話をしたり、
互いの家を行き来して、お茶会をしたり、
子育ての悩みを相談したり、
そんな、ふつ~の暮らしをしていました。

な~んて、嘘です。(笑)オイッ・・・

一見、大勢の一部でいても、1人でいても、言いようのない、「普通の暮らしの中の孤独感」が、いつも、私の心の中に、ありました。

表面だけの、お付き合い、

まわりに、合わせる苦痛。

誰かを悪者にして、結束を固める、閉塞したママ友関係。

人の言葉や行動に、裏の意味を感じる。。。

そういうものに、いつも怯えていた気がします。

そんな、表現しようのない不安な気持ちを,、毎日、唯一家族の中で、言葉が通じる夫に向かって、訴えていたような気がします。
きっと、夫には、その訴えの意味は、さっぱりわからなかったことでしょう。
当時は、今と違って、私自身、自分が、何を感じているのか、さっぱり分からなくて、ただ、なんとなく、不快な気持ちだけが、心を占領していたのですから、「分かれ」と言う方が、無理だったのだと思います。

さらに、心の闇を抱えた当時の私にとって、「我慢」と、「苦痛」と、「孤独」に折り合いが付けられず、その比重が、普通の人より、大きかったのだろうと感じます。

子どもたちが幼稚園の頃・・・
あるママ友に、そういう心の内を、思い切って相談したことがありました。
その返事は、「病院へ一緒に、行ってあげようか?」でした。

誰にも分からない苦しさ・・・
その苦しさを、「きっと、誰にも分からないのだ」と、あきらめと共に、妙なプライドに置き換えて無理やり自分を納得させることしかできませんでした。

そんな風に、アダルトチルドレン特有の、「人と自分の間に、意識的に、壁を作っていた」私にとって、「子ども」という存在は、私の孤独を埋める、格好の道具になっていきました。

それが、早期教育に、はまった理由でした。

用意された言い訳としては、「子どもの将来のため」。
本音は、「母親としての、自分の存在を、世間に知らしめるため」であったろうと思います。

なぜ、早期教育だったのか・・・?

かつて、私の生育暦の中に、両親の勉強に対する、異常なほどの熱意が、ありました。
常に、監視されている状態で、勉強への、言葉や、暴力での追い込み方は、半端ではなかったと感じます。
たぶん、私の親たちも、私を使って、自分たちの満たされなかった心を埋める、勲章にしたかったのだろうと、思います。
愛は、ちゃんと、あったはずなのに、うまく、それらを、伝えることが、出来なかった人たち・・・
今は、そう、感じています。

そういう生育暦の中で、親から受けた、「いい子であること=勉学に励むこと」は、やがて、子育てをする私の中で、別のことに、変換され、残り続けていくことになったのでした。

「子どもには、勉強を、無理強いしない」

そういう決め事(ルール)を、私は、持っていました。
いや、実際のところ、早期教育は、りっぱな、お勉強なんです。

当時の私は、早期教育は、勉学ではなく、勉学以前のものであり、勉強が、少しでも、ラクになるようにと、そういう、礎があれば、子どもも、将来、楽であろう・・・、
私のように、勉強で、苦しまなくてすむであろうと、考えていました。
もっともらしい、理論付けをもって、実は、親と、全く同じことをやっていたと気づかされたのは、息子が不登校になった以降でした。

このように、ACの場合、親から、伝わった様式は、変換された意識となって、生活のいたるとこいに、存在する気がしています。

なんとも、苦し紛れの、矛盾だらけのルールが、多かったことか。。。

これは、私自身の親と同じく、「自分が満たされなかった思いを、埋めるため」の、実の親たちへの、無意識の、やり返しでもあったと思います。

「私は、こんなことされて、辛かった。だから、子どもたちには、絶対、そういうことは、しない」

「あなたちの子育ては、間違っていた。私は、こんな、いい方法で、育てられるんだ。」

という、無意識の怒りのやり返しとプライド。

「極」から、「極」の思考ですね。ゆがんだ基盤がなせる業です。

何より、そういった怒りの転移をされた子どもたちは、それを、敏感に感じたことでしょう。

また、それは、同時に、誰かに、「自分の存在を受け止めてもらいたい」、「この怒りを沈めて欲しい」。。。という果てない渇望でもありました。

その欲求が、子どもだけではなく、当然、同じ家族である夫にも、「期待」という形で向かい、「夫や子どもを、自分の思い通りにしたい」、「理想の父親・子ども」、になって欲しい」という気持ちへに、拍車をかけていったのでした。
その「期待」を実現するために、私は、家庭に、無言の圧力という、ルールを、せっせと、作り始めたのでした。
自分の家でしか、通用しない、おかしなルール、皆さんの家には、ありませんか?


まだ、子どもが生まれていない頃・・・私たち夫婦は、テニスに、熱中していました。
しかし、子どもが生まれた後、当然、私は、子育てで、テニスどころではなくなりました。
けれど、夫は、私にとって、貴重な日曜日は、毎週テニスへ行く。
常に子どもと向かい合っている私にとって、日曜日に夫が、好きなことをしているということは、許しがたいことでした。
土・日曜くらいは、子どもをお風呂に入れてもらいたい。
年子だったということもあって、二人の乳飲み子を同時にお風呂に入れる仕事は、一番工夫を必要として、また、疲弊することが、多かったと、当時を振り返って感じます。

しかし、いつも帰宅が、夜中12時を回る夫にとって、テニスは、唯一の息抜きだったろうと思います。

そこで、夫婦の攻防戦が、勃発しはじめました。

第一ラウンドの始まり。

今、思えば、素直に、自分の気持ちを伝えれば済むことだったのかもしれません。
が、「いい妻」というプライドが、それを許しませんでした。誰かに、助けを求めるということも、プライドが許しませんでした。
ちんけで、くだらないプライドでした。
我慢に我慢を重ねて、ついに、業を煮やした私は、次第に、私は、「あなたが、私の思ったとおりにしないと、処罰を下す」、という方法をとるようになりました。
これなら、自分のプライドも守れ、かつ、相手に効果的に、影響を与えることが、できる。
誰から、教えられた方法でもなく、身に付いた方法として、それが、自然に、出来るのでした。

たとえば・・・すごくわかりやすい例ですが、
年末になると、「忘年会」が、連日重なります。
自由にならない我が身、うらやましさが先立ち、苛立ち、物に当たったり、子どもに、わざと、不機嫌さをぶつけたりするわけです。
さらには、ふっと、黙り込んだり、家事を放棄して、本を読むことに、没頭したり、ドアの開け閉めの音で表現したり、お茶碗を、割ってみたり、そういうことで、表現するようになったと思います。
次第に、夫は、テニスに出かける頻度が、少なくなっていきました。
それでも、忘年会や飲み会が好きな人なので、(会社の付き合いもあるので)、ほとんど、変わりませんでしたが、夫にすれば、ひとつを捨て、一つを選んだのでしょう。
そういう生活の細かいところで、夫は、私から、何を捨てるか、常に選択を迫られていたのだと、思います。

しかし、そういう私の操作性の不快な気持ちを、夫は、また、別のところで、やり返しの不快として、私に訴えるようになりました。

たとえば・・・、部屋を掃除していない、とか、
お茶碗を洗っていないとか、
洗濯を毎日しろとか、
今、考えると、実に、しょうもないことで、証拠を突きつけ、
反撃してくるようになったのでした。

相手を変えたい私。
相手を変えたい夫。

どちらも、負けない理論で、証拠を突きつけていく。

ここは、戦場か!?
売り言葉に、買い言葉。

子どもたちは、後に、言う。
毎晩、お父さんとお母さんが、言い争っている声が、とても、嫌だったと。

こんなはずでは、なかった・・・

しかし、私は、「子ども」という、りっぱな大義名分を手に入れたことで、最強の武器を手に入れたのですから、私には、相手を責める「正義の言葉」は、いくらでも、あったのでした。

その頃は、夫も、会社では中堅どころとなり、家庭まで、精神的にも、体力的にも、手が回らなくなった頃でした。

やがて・・・、夫が会社に取られる時間が多くなるほど、私は、子どもにのめりこんでいったのか、
私が、子どもにのめりこんでいったから、夫が、会社に、のめりこんでしまったのか・・・
今では、もう、どちらが先だったのか、わからないけれど、爆弾を仕掛けたのは、私の方だった気がします。

そうやって、互いに気持ちがすれ違っていった。

そうして、互いに、言って欲しくない言葉を突き刺すように、なった。

壊れていく、バランス。
そういう背景があって、私は、夫を見限るように、当てつけのように、子どもの早期教育から始まり、次には、習い事に熱中していった。

おそらく、このような見えない部分で、互いを縛りあう、ルールの攻防戦は、不登校の大体の家庭で起こっているのではないかと、最近感じるのです。

これでは、家庭は、緊張状態ですね。
また、さらに、次の段階では、この出来上がったルールの正当な裏づけが必要になるわけです。
なぜなら、互いに、相手の理屈を壊そうとする力が働くと、自分の理屈を守ろうとするさらなる力が、必要になっていきます。
どんどん、強力な理論だけが、果てしなく積み上げられていく。
そうやって、本質は、隠され、糸は、絡まり続け、互いに傷をえぐり合っていくのでした。

そんな中で、自分が、アダルトチルドレンではないか?という知識を得たのが、30代前半でした。
それから、ACとは、なんぞや?
共依存とは、なんぞや?
そこから、私の、心の探求がはじまりました。

○○氏の本を読むと、「まさに、これだ」と、思い
○▽氏の本を読むと、「あ、こっちが正しいんだ」と、
あちらこちらを、さまよっていたと思います。

夫にも、アダルトチルドレンのことを、わかってもらおうと、あまりに、努力しすぎて、切れられたことも数多くあったのでした^^;
(切れるように、持っていったのは、私でしたけどね)
もしかしたら、夫もAC?(そうやって、証拠を探し始める私)
今までの人生で、ドラマを見ても、映画を見ても、本を読んでも、祖父母が、亡くなっても、泣いたり、感動したことがないという夫に、「あなたが、心配なのよ」というポーズをとり始めるようになった。
本音は、「お前が、変われ!」という操作性を含む訴え。

自分のことは、見えない。

相手の悪いところは、よく、見える。

なんだか、悪者探しをしている、ハイエナみたいな当時の私でした。

今なら、相手のことは、相手に任せましょうと、笑って言えますが、
そのときは、「相手を変えたい」ばかりが、先行するばかりで、人を責めてばかりいた私でした。

で・・・責められたら、人間、やり返したくなります。
それが、だめなら、無関心を装うしかなくなります。
そんなものですね。
夫婦というものは、互いの鏡なのだろうと感じます。

この夫との関係性は、いったい、どこに、起因しているか・・・
感のいい人は、もう、おわかりですよね。

私の源家族に、起因することでした。

いつの間にか、酒乱の父親を憎んでいた記憶と、夫が、重なっていたのでした。
酒を飲んで、暴れる親と・・・
喧嘩をするたびに、声を荒げる夫と、重なった。
私は、源家族の、父親と母親を、今の家庭で、自分と夫で、再現ドラマを繰り広げていたのでした。

かつて、私と母親が、父親を、憎しみの目で見たように、
いつしか、私も、夫を、嫌悪の目でみるようになったのでした。

夫もまた、自分の母親との関係を、私との間で、再現していたのだろうと感じます。
「私は、あなたの母親じゃない」
私は、夫に、よく、そう言ったものでした。

不思議なものなのですが、自身の結婚生活でも、やはり、忌み嫌った源家族を、再現しようとする無意識の力が、働くのでした。

そういった、抗いがたい無意識に、翻弄されてきた、子育てでした。

これが、負の世代間連鎖。

私は、嫌悪する父親(過去の点)と、夫(現在の点)が、重なり、
そして、息子には、このような、男たちになってはいけないと、心の底で、強く願うようになったのでした。

その後、息子に向いた、私の「期待」は、巧妙に仕掛けられた過干渉となって、息子の人生を、食いつぶしていったのでした。

これが、息子が、不登校や、リストカット、鬱に、なった理由のひとつ。

息子が不登校になり始めた頃、
夫が、「誰が、おまえたちを食わせているんだ」と言ったのは、
私の嫌悪の目が、夫に、そう言わせたのだろうと、今なら、わかります。
夫の言葉は、たしかに、本音でもありましたが、
「言わせられた本音」というものも、あるのではないかと思います。


源家族の父親を見るように・・・汚れたものを見るように。

そのときの私の目は、かつて、私の母親の目と、同じでした。

母親と同じように、子どもを使って、夫に、復讐をしていた私でした。


それが、明確にわかったのは、この一年。

もう、私は、母の復讐の道具には、なることはありませんが、
息子の不登校には、このような世代間連鎖が、からんでいたのだという、
そんな背景を、今回の記事では、書いてみました。

ちなみに、今回、登場してくれた夫には、今は、憎しみとか、怒りとか、そういう負の感情は、もう無いということを、心の中で、再度確認しながら、書けたことに・・・、私自身、救われる気持ちがしています。


誰も悪くは無かった。

ただ、その事実だけが残りました。

しかし、みんな互いに深く傷ついたのも、事実。


忘れてはならないのは・・・、

かつての被害者は、同時に加害者にもなりうるということです。

穴掘り、自分探しの過程では、このことを念頭に置くことが、偏った見方を、ある程度防いでくれるのではないかと、感じます。
私自身や、私の親たち、夫や夫の家族、誰ひとり、責められるものではないということ。。。
誰かを非難し、傷つけながら、実は、自分を傷つけていく、この、システム。
どんどん重くなる荷物を、降ろすに降ろせなくなって、たちすくむ。。。

私たちは、ただただ、このような、わけのわからない、得たいのしれない力に、押し流されてきたのだと・・・。
それが、世代をわたって、連鎖という形で、つながっているのではないかと感じます。

だからこそ、負の連鎖に、気づいた者たちが、連鎖を断ち切っていくしか、心の回復は、ないのかもしれないと、思うのです。

***************

次の記事は、来週になりそうです。
その前に、退職の日、送別会報告記事に、なりますかねえ(笑)
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この記事のコメント
じゅんさんへ
はじめまして。
御訪問、コメント、ありがとうございました。
お返事、おそくなってしまって、ごめんなさい。

じゅんさんのブログも、訪問させて頂きました。
過去の整理をされているんですね。
ここまでこれらるのに、たくさんの辛いことを
大変な思いををして、乗り越えてこられたことが、伝わってきました。

私は、不登校のことを書いてはいますが、
私自身がACということもあって、
それらが、深くからみあっているところもあるので
不登校カテゴリーも、子供を自分を置きかえて
読むこともできますので、カタルシスの
一助になればと思います。

今後ともよろしくお願いします^^



2010-10-11 Mon 14:05 | URL | りんりん→じゅんさんへ #SAu5W79E[ 内容変更]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2010-10-06 Wed 04:07 | | #[ 内容変更]
はじめまして
はじめまして、数日前にFC2に新しくブログを開設しました。

ACに関する記事なと読ませていただいています。

この記事も読みながら以前の自分の結婚生活と同じだなと思っています。

今は離婚して新しい一歩を踏み出したところなのに、母からの距離もとっているはずなのに、どこかで支配されているという感覚です。

先日はこちらに紹介されていました 斉藤 学さんの本も、図書館から借りてきて読んでいます。

これからもこちらにたびたび寄らせていただきます。
2010-10-02 Sat 09:54 | URL | じゅん #MMIYU.WA[ 内容変更]
まるこさんへ
>実は、息子が今週、別室を休んでいて…
>また「私が悪いんだ」モードに、どっぷり入ってました。

あまり、自分をいじめないでくださいね。
そんな、自分も、かわいいじゃないですか~^^
悪いモードは、紙に包んで、ポイっと、捨てちゃいましょ。
カラーンと、ゴミ箱の中に、入る音が、気持ちいいですよ~。
それとも、シュレッダーにかけちゃいますか~?笑


>今日は、夕方、担任の先生が来て下さり、
>息子は会いたがらないので、マンションのロビーで、お話ししました。


理解しようとして下さる方が、身近にいることは、とても、とても、ありがたいことだと思います。
「一人じゃない」、それが、心をやわらかくし、救いになるのだと、思います。


>で、息子は、今日の夕方あたりから、ぼちぼち、しゃべり出し、
>今は「おなか、すいた~」と、叫んでます。

きっと、まるこさんが、肩の力を抜いたぶん、息子ちゃんも、ゆうるりとなったのでしょうね^^
よかったですね~。

>息子の前では、ケンカはしないでおこうと、かたく思っていたのですが、
>現家族は、感情を出さない「冷ややかな戦場」となりました。

ここを読んで、うんうんと、うなずいてしまいました。
冷ややかな戦場・・・ぴゅ~と、心が凍る様子が、浮かびます。
寒いよね・・・。
いままで、寒かったですね。
その中を、わけもわからず、必死で、孤軍奮闘して、もがいてきた、まるこさん。

いい子、いい子^^

きっと、氷を溶かすのは、人の暖かさ。
そう思います。


>すでに、息子に渡してしまった…ということだと思うのですが、
>今、私が戦っているのが、この「負の連鎖」を断ち切ることに、つながっているんですよね。


息子ちゃんも、「よしよし、いい子、いい子」してあげれば、必ず、未来は、変えられるし、
そのためには、まるこさんが、まず、自分を、「よしよし、いい子、いい子」って、してあげれば、いいんだよね^^
たぶん、それだけの、ことなんだろうなあと、思います。

罪悪感は、IP(内なる親)なんで、
罪悪感が出てきたら、「まってました!悪霊退散!」・・・な~んてね。(汗;
「悪代官」もいいかも。「お主も悪よのう~」とか・・・
面白いイメージを思い浮かべるのも、楽しいかも。。。
2009-10-30 Fri 17:21 | URL | りんりん→まるこさんへ #-[ 内容変更]
まるで…
りんりんさん、こんばんは。

まだ、メールを送れずにおります…。

実は、息子が今週、別室を休んでいて…
また「私が悪いんだ」モードに、どっぷり入ってました。

言葉にはしなくても、「え~行かへんの?」オーラ全開の私に、
息子は「一切、しゃべらない。何も食べない」攻撃!

きれい事は言ってても、
まだまだ「行く・行かない」に、執着している自分を、発見してしまいました。

う~ん…。

今日は、夕方、担任の先生が来て下さり、
息子は会いたがらないので、マンションのロビーで、お話ししました。

この先生が、また、ほわ~んと、すてきな先生で、
ずいぶん、助けていただいています。

今日も、しっかり助けていただき、元気回復です。

で、息子は、今日の夕方あたりから、ぼちぼち、しゃべり出し、
今は「おなか、すいた~」と、叫んでます。

こんなことを繰り返しながら、少しずつ、前に進んでいくのかなぁと、感じています。


今日の記事は、まるで、私のことのようでした。

本当に…。

私の両親は、毎晩、お皿が割れるような、激しいケンカをしていて、
私はお布団の中で、耳をふさぎながら、ケンカが終わるのをじっと待っていました。

その経験があったので、
息子の前では、ケンカはしないでおこうと、かたく思っていたのですが、
現家族は、感情を出さない「冷ややかな戦場」となりました。

夫婦、嫁姑、そして夫と姑の、それぞれの関係が、
本当に氷のように、冷たいものだった思います。

私は、息子も、そして、主人も、自分の思うとおりに動かそうと、
がんじがらめに縛り付けていたのだと、今になって、気づいています。

息子が不登校になったということは、
私が親から受け継いでしまった、「負の連鎖」を、
すでに、息子に渡してしまった…ということだと思うのですが、
今、私が戦っているのが、この「負の連鎖」を断ち切ることに、つながっているんですよね。

その先にしか、「心の回復」はない…
という、りんりんさんの言葉が、ずしりと心に響きます。


ちょっと元気回復したので、近々、メール、送らせて下さいね。

まだまだ、息子どっぷりの、おかんでした…。
2009-10-29 Thu 19:43 | URL | まるこ #aN9AbwgY[ 内容変更]
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