author : rinrin
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
【不登校・それぞれの軌跡】(4)壊れていく心(息子編~その2)
2009-11-14 Sat 12:36
        記事内容を、部分的に追記しました
         *****************************

さて、話は、お稽古ごとに戻ります。

その後、息子のサッカーは、どうなったでしょう。
子どもというものは、自分が好きなものは、放っておいても、
片時も離さず、熱中するものです。
これは、大人でも、そうですね^^

しかし、好きでもないものを、これから、好きになろうと努力をして
さらに、一生懸命に頑張らなければならないことになることを、
恐らく、敏感な息子は、漠然と感じていたのだろうと、思うのです。
それは、やはり、普段の生活の中で、母親からの操作を、
何度も何度も繰り返し経験することによって、
彼には、そういう結末が、見えていたのだろうと、感じます。
それでも、母親に、自分を差し出す決心をした彼は、サッカー部に入ることになりました。

この瞬時の行動と思考は、息子がまだ、当時、10歳という年齢で
このような親との人間関係から学習したことが、
「他人との人間関係」の構築の仕方の基礎になっていったと思います。

自分を差し出す行為。

また、これが、彼の今後の学校生活や友人関係での、
つまづきの原因ともなっていったことでした。
かつ、それが彼の大切な自尊心を奪っていきました。


そして・・・、彼は、自分の精一杯な気持ちと、
削られゆく自尊心を抱えて、クラブを頑張ったのでした。
しかし、それは、誰からも認められることは、ありませんでした。

親の私から見ると、サッカーをやる彼の姿は、どこか・・・、
動きが、ぎこちなく、硬く、動きもワンテンポわざとずらしている・・・
そんな感じを受けました。
それは、まるで、ぎこちない操り人形のようでした。
普段の彼は、活発で、逃げ足も速く、実にすばしっこいのですが、
サッカーになると、上のような、チグハグさが、目立つのでした。

それは、次第に私をイラ付かせました。
「こんなに、一生懸命、役員や、お手伝いをしてるのに!
なぜ、力を出そうとしないの?」

怒りと批難と憎しみの目で、そう言ったものでした。

あげく、「本気じゃなかったら、やめなさい」
(ダブルバインド手法)
裏の声は、「本気を出しなさい。出さないと、見捨てるよ」
そう伝えていたことでした。

ACの人によく見られる傾向として、
動きのぎこちなさ、というものがあるのではないかと、
最近理解したことがありました。

私自身の経験から、抑圧された環境の中において、
自分で考えて動こうとする時、
怒りの電流がいつ飛んでくるかわからない環境があると、
心と体は、どう動けばいのか、次第に混乱してくるのではないかと思います。
心は、「いやだ」と伝える。
体は、「やらなければならない」と、動こうとするのだけれど、
心と体は、その命令系統の矛盾により、次第に、ぎこちなくなってくるように、思えます。
そのためか、彼は、生活全般も、そのチグハグさが、
多く見られるようになっていきました。

また、その頃から、目の前の物に、正面からぶつかるようになってきました。
建物のドアや扉に、ぶつかってしまうのです。
私は、当時、「あほやん」と、笑っていましたが、
これは、目線が下にあるせいで、
まっすぐ前を向いていないせいだったのだと、最近気づいたことでした。
目線は、心をも如実に語ります。

心が、抑圧されたり、ダーク方向へ向かうと、人の目線は、下を向きます。

これは、ある方から、教えて頂いたことで、とても、腑に落ちたことでした。

そして一年たち、彼は、小学4年生になったころから・・・
死にたいと思うように、なったと言います。
こっそり、包丁を手にとって、手首に当てることをはじめたのでした。
後に、彼は、そう述懐していました。
(彼の中で、親に対する怒りが激しく増幅していった様子が、わかります)

学校でも、先生に対して、反抗をはじめたのも、この頃。
彼は、高みから押しつけられる権威を、ひどく忌み嫌うようになりました。
暴力こそは、振るいませんでしたが、
言葉で、まっすぐに、先生に対して、矛盾を突きつけるので、
先生としては自分の内在する怒りを、息子の言葉によって引き出されるのですから、「いい先生」でいたい彼らが、息子を嫌悪するのは、当然のことだったと感じます。
結局、彼は小学校卒業まで、問題児というレッテルを貼られ続けました。
先生とて、人間。
自分の意識していない無意識の部分を、息子の言葉によって、
揺さぶられ、突き崩される怖さがあったに違いないと感じます。
息子は、長年の私との関係において、
相手の裏のメッセージを読み取る力を得ていったのと、
ほんとうなら、親に向けられるべき「怒り」を、他者に向けていったのでした。
彼の中で、作られた「歪んだ基盤に基づいた正義」は、
相手を攻撃する刃になり、
自分を守る盾になっていきました。

母親の私は、このような息子に手を焼いた先生からの電話に、苦慮するのでした。
そして、息子には、冷たい目で「黙っていなさい。我慢しなさい。」と、言い続けたのでした。
ここには、受容もなく、愛もなく、ただ、命令しかありませんでした。

なぜ、ここまで、私は、冷たい親であったのか・・
それは、私の生育暦にありました。
私自身も、機能不全の家庭で育ち、感情を「感じるな」と
封じられていたからですね。
その封じられた感情が、数十年も、解き放たれることなく、
私の中に、放置され、眠ったままだったのでした。
子どもが、生まれて、子どもが成長するにしたがって、
私の中の閉じ込められた感情が、時折揺さぶられるのを、感じました。
その関連記事として、「コップの記憶」を書きました。
揺さぶられるたびに、私の中の暗い闇の中から、のっそり、何かが、うごめくのを感じました。
そうして息子の訴えは、私の中のIP(内なる監視者)によって、
「感じるな」と禁止令が、発動させられ、却下されるのでした。
「感じないことが、幸せだ」
「何も、なかったことに、してしまえ」
「たいしたことじゃない」

そうしてしまわなければ、自分の本当の感情と向き合わなければならなくなる。
その怖さが、IPの禁止令を優先させたのでした。
これは、当時、私の心の中で、すべて無意識に行われたことです。


このことから、子どもが、人間関係を作るにおいて、
まず、人間関係の基盤である、親子の関係性を模倣し、
それが、子どもの人間関係の基盤に、なっていくのだということを、
鈍感を装った私は、後に、嫌というほど、わからせられることになったのでした。

さらに、その人間関係の構築の仕方の影響は、彼の友人関係も、大変、悲惨なものにしました。
相手の気持ちの裏を読み、その言葉を、そのまま、
相手に容赦なく突きつける彼は、次第に、協調性を失い、孤立し、
同級生から、うとましがられていきました。
守る者もいなくなっていきました。
いじめも、ありました。
いじめにも、「あなたにも、原因がある。関わるな、逃げなさい」としか言えない情けない親・・・

これは、感情の出口をふさぎ「黙れ」という禁止令の発動です。

さらには、「困らせるあなたが悪い」と、人格の否定が、潜んでいます。

その否定が怖いために、息子は、素直に、私の言うとおりに、「関わるな」を実行したのでした。
しかし、まわりは、もう、彼を放っておいてくれませんでした。

後に不登校になった息子は、泣きながら言いました。
「おかあさんの言うとおりにしたら、もっと、ひどいことになった。逃げられないから、困っていたんだ。結局、自分の身を守れるのは、自分しかいなかったんだ」と。
あの頃、自分のまわりは、すべて敵だったと。。。

人を受け入れる術を持たなかった彼には、なす術もなく、
自分の殻を強く固くしていくしかなかったのだろうと・・・
それが、どんなに、孤独で、辛かったことだろうかと・・・思います。

しかし、そのようなことは、当時、家庭では、彼の口からは、一言も出なかったのでした。
彼の中では、家庭や親は、安心な基地ではなかったのですから、当然といえば、当然でした。

おしゃべりで、活発な子は、いつしか、下を向き、うつむき、猫背になり、自らを隠すように、無口になっていきました。

そして、彼は、中学生になりました。

~~~~

次の記事のアップは、月曜日です。
次回は、少しだけ、心理学的視点も、いれた記事になっております。
明日は、日曜日ですね~。皆様、楽しい週末をお過ごしくださいませ

               【追記】

皆様、コミュ、入ってくださって、ありがとうございま~す^^
もし、まだ、迷って動けないでいる方、
その一歩を踏み出すと、何かが変わるかもね。
入っても、損はないっすよ。
入らなくても、損はない(笑)
どちらであっても、私も、得も損もしない。
選ぶのは、あなた^^ってことっすね~。
でも、出会えたら、うれしいです。
ゲシュタルトの言葉の変化形(*^_^*)でした。
 
                .。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚

>>>この記事は、【不登校・それぞれの軌跡】の続きです。
(1)嫌悪の連鎖
(2)記憶の操作と罪悪感(娘編)
(3)記憶の操作と罪悪感(息子編~1)
関連記事
別窓 | 不登校の軌跡 | コメント:4 | トラックバック:0
<<【不登校・それぞれの軌跡】5.壊れた心(息子編~その3) | 歩いていこう | FC2コミュ二ティ参加者募集♪>>
この記事のコメント
まるまるまるこさんへ
まるこさんを、改名させてしまった、りんりんっす。。。^^;

>振り返ることには、言葉にできないような痛みも伴うと、思います。

う~ん、実は、もう、痛みは、全くないんですよ~。
淡々と事実を書いているだけなんです。

>私との親子関係で、身につけたものが、そのまま、友人関係にスライドし

ここまで、まるこさんが、これられたこと、その道のりに、どれくらいの苦しみがあったのか、想像いたします。
でも、もう、その痛みは、十分です。
これからは、「心休まる場」、作っていけばいいんですから^^
それだけのことなんですよ^^
必要でないことは、人生では、起こらないんですから、今が今であるために、通ってきた道。
とても、エキサイティングな人生・・・、素敵だと、思います^^
ここまで、こられて、良かったですよね^^




2009-11-16 Mon 18:43 | URL | りんりん→まるまるまるこさんへ #-[ 内容変更]
おとねさんへ
お返事、遅くなりました^^;
ちょっと、道が込んでて、
渋滞してて(←ウソ・・です・・笑)
最近は、そのうえ、工事中が、多くて困ります。。。
アセアセ^^;


>そのころのくちぐせは「俺は悪くない」でした。

この言葉に、すべてが、集約されている気がしました。
親は、子どもの言葉で、いろいろなことを試されるのでしょうね。そして、子どもに、導かれるのでしょう。

>そう信じて生きたいとも思っています。

そうですね~、そうかもしれないですね。
いつも、コメントありがとうです~^^
2009-11-16 Mon 18:34 | URL | りんりん→おとねさんへ #-[ 内容変更]
りんりんさんへ
りんりんさん、こんにちは。
いつもながら、深い 深い「振り返り」に、たくさんの「気づき」をいただいています。

振り返ることには、言葉にできないような痛みも伴うと、思います。
りんりんさんの、お気持ちに、心から感謝します。

「自分を差し出す行為」「ぎこちない操り人形」…
息子も、そうだったなぁと、振り返り、しみじみ感じています。

息子も、小学校でも、中学校でも、友人関係につまづき、
その「つまづき」が、「きっかけ」で、不登校になったと思います。
(初めは、その「つまづき」が、「原因」で、それさえ、取り除いてやれば、 
 また、学校に行けると思い、必死になりました。 大きな、勘違いでした…。)

「壊れていく心」…わかります…。
私との親子関係で、身につけたものが、そのまま、友人関係にスライドし、
息子の友人関係も、悲惨なものだったと思います。
息子は、常に、自分の感情を押し殺し、人にあわせようとして…
結果、心がへとへとになっていったような、気がします。
家で気を遣い、学校で気を遣い、
「心が休まるところ」は、どこにもなかったのだろうと、思います。
今日の記事を読みながら、
息子も、心をわしづかみされるような、痛みを感じていたのだろうと、
今さらながら、胸がしめつけられるような思いです。

今は、少しは、家が、「心休まる場」になっているのかなぁ…。
息子の「心の回復」には、「たっぷりの休養」と、
そして、何より、私自身の「心の回復」が必要だと、感じています。





2009-11-16 Mon 14:31 | URL | まるまるまるこ #aN9AbwgY[ 内容変更]
まるで
私と息子のことのようです。
息子にとっては「ピアノ」と「中学受験塾」でした。

小学5年生のときの担任からは徹底的に疎まれました。
息子が彼のことばの裏を読み、矛盾を突いたからです。

私も息子を諭し(せめたり怒ったりはしませんでした)先生に謝り続けました。
彼の心をかたくなにしていったのだろうと、思います。

そのころのくちぐせは「俺は悪くない」でした。

ああ、思い出します。
今息子はすこぶる元気です。
よく笑いますし、食べます。
面白くてひょうきんな息子です。

私たちは彼の言葉で大笑いします。
子供はやはりたくましく、強い生き物であるなあとおもいます。
そう信じて生きたいとも思っています。
2009-11-15 Sun 06:34 | URL | おとね #6J7A/EB2[ 内容変更]
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
トラックバックURL

FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら


| 歩いていこう |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。