author : rinrin
奴隷か支配者か【不登校】
2009-12-15 Tue 10:06

「不登校の子供を受容しましょう」のスローガンに、間違った受け入れ方を感じるときがあります。

不登校になるまえは、親は子供の支配者だった。
しかし、子どもさんが不登校になり、100パーセント受け入れるをどこぞの本や講演会で仕入れる。いそいそと実行する。
これらは、不登校克服委員会の定番になりつつある感じがしています。

じつは、かつて私自身、これをやり続けたことがありました。
皆さんも、我が身の事として、ふりかえってみて下さいね。

それが、いいとか、悪いとか、論争をしたいわけではありません。

それを、やって居るときの偽らざる正直な自分の気持ちに目を向けて頂きたいなあと設問を立ててみました。

よろしければ、コメント欄に書いて頂ければ、嬉しく思います。

携帯で、しかも、出先からなので、片手落ちな記事で申し訳ないです。コメントの状況を見ながら、次回記事に反映させてみたいと思います(≧∇≦)

どうぞ、よろしくお願い致しますm(_ _)m
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2012-01-02 Mon 07:26 | URL | 名無しさん #4MDKCO5U[ 内容変更]
おとねさんへ
なるほど、「正しさの棘」に反応されたのですね^^
こちらこそ、言葉足らずで申し訳ありませんでした。
私の言う、この正しさの棘とは、「防御の壁」のことです。
その一部に、自分の正当性を訴えることも、含まれるかもしれませんね^^

>「まかせる」経緯にあたっては、ながくなりますし、ここでかかせていただくことでもないかな~と思ってもいます。

そうですか^^、また、いつか、聞かせて頂ければ、
うれしく思います。

とにもかくにも、怒っておられないようで、
安心いたしました。C=(^◇^ ; ホッ!
私は、実は、」根が、小心者なので、恐らく人の文体や言葉には、人一倍敏感です ((((o゜▽゜)o))) ドキドキ♪

そのくせ、つい、つい、根堀り葉堀り、
聞いちゃいます^^

>いろいろな感じ方があり、いろんなやり方がある、ということだと思います。

>どちらにしても、お題があり、それについて考えることも、
自分の中にあると私は今思っています。


おとねさんには、いろいろたくさん、お題が、ありそうですね♪
なぜでしょう、 おとねさんが、おっしゃると、それもまた、楽しいことのように感じます^^
これからの、おとねさんが、楽しみです。

>ゆっくり進みたいと思います。

また、気が向いたら、お話聞かせてくださいね^^
ありがとうございました。
2009-12-21 Mon 22:08 | URL | りんりん→おとねさんへ #-[ 内容変更]
てるさんへ
今まで、みなさん、ひとりぼっちで、頑張ってこられ、
そして、勇気を出してコミに集まってきてくださいました。

そして、お話を聞かせていただきながら
私もまた、深く学ばせていただいています。
感謝しかありません。

てるさんの参加、お待ちしております。
もし、何か、わからないことがございましたら、
左、メールフォームより、連絡ください^^
では、また^^
2009-12-21 Mon 21:08 | URL | りんりん→てるさんへ #-[ 内容変更]
”私は私” (アイ母さん)
鍵コメは解除できないみたいでしたので、
ここに、オープンで、再掲させて頂きます^^
これが、アイ母さんの、大切な大切な足跡ですね^^

******************

”私は私”
 りんりんさんも知っているように、私もかつて、息子が不登校になり本を買いあさったり、親の会(一度だけですが・・・)に参加したり、カウンセリングへ行ってみたりネットで調べたり・・・一通りはしましたよね。
でも、そこで気付くことがなければ、今に辿りつかなかったように思います。(まだまだですが・・・)
 息子の為と言いながら息子に何を求めているか自分でも分からずに。 ただ、 学校へ行かせるには・・・と。どうすれば、元の健康な身体にしてあげれるのかと。
そして、自分の安心を感じる手段と”これだけやっているんだ”という証。そして不登校を良性化しそれを、周りに露わにする・・・。りんりんさんがいう”不登校プライド”ですね。
 それって、人を支配し、コントロールしている。
そして、寄せ付けないオーラを感じさせる。何もかもを否定するわけでも肯定するわけでもない。
”長男は長男”、”次男は次男”そして”私は私”。 マニュアル通りに生きていくのは苦しく、辛い。 そこを、打破し”生き癖”を気付き、直すことなのかと
感じます。

この頃、本や講演など”行こうかな?!”っという気持ちがなくなりました。 
 江原さんの本でさえ。。。でも、前世やスピリチュアルなこと、今でも感じてみたいし大好きです。
 私が神頼みしたかったんでしょうね(^^;)

昨日、出かけ先へ行く途中、カウンセリングに行っていたビルの前を通る時、長男がいいました。

「あ~この場所オレ嫌いなんだよな~行きたくなかったし」

 無理やり通わせていたんだなと・・・、いいこと言っていかにも楽しく思わせようと私も頑張って。
ちっとも 息子の気持ちを分かることが出来なかった自分。
 そして、これから 長男にとってこの場所がトラウマになるかもしれないと感じた。 ごめんね、、、、
 今からは一緒に  ”楽に生きよう”
そんな感じです。

       2009年12月15日記入


@りんりんよりアイ母さんへ

>言葉の意味は自分で作るものではないのですね。

はい、そのとおりですね^^
なかなか、鋭い言葉ですね^^
アイ母さんの
この言葉によって、この設問記事も、無駄ではなかったなあと、思いました^^
意味を無理やり作れば、また、力任せに、次の言葉の意味を付け足さなければならなくなります。
それを繰り返し続けると・・、矛盾に苦しみ、一貫性を失い自分はいったい、何者か・・・
何をしたいのか・・・
悲しいことに、本来の自分から遠ざかっていくのだろうと、私は、感じています。
それは、かつての、私の姿でした。。。

私のように、このような遠回りをせずとも・・・
自分の感情を取り戻す・・・こと。
時短は、今、最大の課題だと感じます。
2009-12-21 Mon 20:50 | URL | りんりん→アイ母さんへ #-[ 内容変更]
おこってはおりませんよ
ただ、「正しさの棘」とかかれておいでだったので。
それに反応しただけです。

あとは、そうですねえ。

「まかせる」経緯にあたっては、ながくなりますし、ここでかかせていただくことでもないかな~と思ってもいます。

いろいろな感じ方があり、いろんなやり方がある、ということだと思います。

どちらにしても、お題があり、それについて考えることも、
自分の中にあると私は今思っています。

ゆっくり進みたいと思います。

2009-12-21 Mon 19:04 | URL | おとね #6J7A/EB2[ 内容変更]
りんりんさん

はじめてコメントした私に暖かいお返事ありがとうございました。

涙しながら読みました。

FC2ブログのコミ是非参加したいです。

本当にお忙しいのにお返事嬉しかったです。

お返事にあったように、まずは自分自身を救われるように癒して生きたいと思います。

自尊心もとっても低いので、事あるごとに自分で自分を褒めています。

ほんの少しでも変わっていけるように努力したいと思います。

本当にありがとうございました


2009-12-21 Mon 17:43 | URL | てる #nmxoCd6A[ 内容変更]
オープンに^^
 りんりんさん、ご自宅に帰られ落ち着くどころかご丁寧にコメント頂き嬉しく思います。
 私なんてv-83つけちゃったのに・・・

その、コメントv-84ちゃってOKです^^
 まだまだな私だけどこのコメントで皆様のお役にたてるのなら。  そして、私も自分のコメントを読み返し、残しておきたい。
 あと・・・
 言葉の意味は自分で作るものではないのですね。

2009-12-21 Mon 17:36 | URL | アイ母 #-[ 内容変更]
まるまるまるこさんへ
>でも、くれぐれも、ご無理なさらないように…。

は~い、ありがとう。
安静にして、適度に動いて・・・なかなか、リズムがつかめないです^^;

>おかげさまで、またスイッチが入った感じがしています。

ふふっ、それは、よかった^^
安心しました。

覚えておいてくださいね。
この踏みとどまる感覚を。

ここで、引き戻されて、自分の壁から出てこれない人を・・・
今まで・・・何人も見てきました。
ほんとに・・・涙がでるほど、悔しい思いを何度もしてきました。。。

その礎の上に今、私がいることを、一時も忘れたことはありません。あのような経験は、二度と・・・したくありません。
きっと、きんたろうさんも、同じ思いだと思います。
それが、私の原点でもあります。

まるちゃんは、ちゃんと、アイ母さんへのコメントを読んでくださったんですね。
他者の文章を自分のものとして、感じ
コメントを、自分のものと読む・・・
この力は、きっとまるちゃんの力になり、まるちゃん自身を必ず救っていくことだろうと思います。

>でも、書きます。

すばらしい決意を、聞かせてくださって、
私の方こそ、救われる気持ちです^^
ありがとうね。
2009-12-21 Mon 17:31 | URL | りんりん→まるまるまるこさんへ #-[ 内容変更]
おかえりなさい^^
りんりんさん、おかえりなさい^^
そして、お家に戻られて、早速のお返事、ありがとうございます。
うれしいです!!
でも、くれぐれも、ご無理なさらないように…。

先日の、「愛の鞭」(何だか、とても俗っぽい言い方で、どうかと、思いつつ…ですが)効きました。
おかげさまで、またスイッチが入った感じがしています。
「中間がないことで、進むか、戻るしかできない」…あ~本当にそう…深刻(これも、私の心の癖)にならずに、ぼちぼちいこうと思います。

アイ母さんへのお返事に書かれていた「答えは、自分の中」…お~本当にそう。
「自分の書いた文章を読み返す」=「答えは、自分の中」に、通じるものを感じます。
自分の書く文章には、まだまだ、どこか「嘘っぱち」のにおいがして、さらに、前の文章を読むと、自分に「蹴り」を入れたくなるぐらいの気持ちにもなりますが(汗)、それも「自分の足跡」なんだと、少しずつ思えるようになってきました。

書くことは、自分と向き合うこと。
自分の思っていることを「言葉」にしていくことは、難しいです。
でも、書きます。


2009-12-21 Mon 15:45 | URL | まるまるまるこ #aN9AbwgY[ 内容変更]
おとねさんへ
速攻のお返事に、驚きました。才才-!!w(゜o゜*)w
読み取りの早さ、反応の速さは、おとねさんの頭の回転の良さを、あらためて、感じさせます。同時にそこに、なぜか、違和感も感じました。それは、さておき・・・。

>まず、「信じられないからこそ、任せる」についてですが。

>私は息子を信じられませんでした。
>だから、命令し、支配してきたのではないか、と思うのです

>でも、これも最近気がついたことで最初から意識していたわけではありません。

おとねさんが、子どもさんを、信じておられなかったということは、この文章から、よく理解できました。
ただ、「任せる」ことにいたる経緯が、何度も何度も読み返しましたが、理解力の無さゆえ、私には、よく、わかりませんでした。ごめんなさい。

>わたしの「受容」はおっしゃるとおり目的があってのことでした。
>マニュアルでした。
>また私が子供を私の思うように進ませるためのものでした。
>ですが。
>そんな形から始めた「受容(私の中ではすべてまかせる)」
>ですが、時間が経つうちにまず息子が私に試し始めました
>うまくいえませんが、おれをしんじてくれるのか?
>と訴えているように感じました。

なるほど・・・そういうことでしたか。
>また私が子供を私の思うように進ませるためのものでした。

この自覚を持ちながら、「受容」という形を推し進めることは、大変な矛盾と葛藤を抱えての出発であっただろうと、お察しいたします。

>これは受容されたことがない母のための方法なのか、と。

そ、そうですか^^;
それもまあ、ひとつの方法ではあるやもしれませんね^^

>りんりんさんにはご理解されないかもしれませんが。

あはは、そう思われますか?
あなたには、私の気持ちは、わからない・・
そのとおりですね^^
今の私にとっては、とても、光栄な言葉です。
すっかり、お気楽りんりんですので^^;

>それだけわたしの「~しなければ」は、てごわい。

ふふっ。それは、おとねさんだけではありませんよ。
色々な方と接していますと、みなさん、ほぼ、同じです^^

>ただ、わたしは自分の正当性、常に自分が正しいのだ、>という気持ちはありません。

前回の私のコメント返しに書きました以下の文章を
再度、アップしますね。

おとねさんの文章全体から受ける、言い切りの強さ・・・、
これは、 かつての、私が、そうであったように、良きにしろ、悪しきにしろ、他者への無意識の強い操作性を感じさせます。
私なりに、その理由を色々思案してみましたが、恐らく、かつての私がそうであったように、違和感を打ち消すために強い言葉でご自分を守るためなのだろうか・・・、そんなことを思いました。


ここをもう一度、よく、読まれていただきたいと思います。
私は、ひとことも、おとねさんに対して、自分が正しいのだと訴えているようだと、書いておりません。
よくも、悪くも操作性を感じるとお伝えしましたが。。。
おとねさんは、なぜか、あえて、そのように、ご自分で、書かれました。私には、そこに、何か、別のものが、あるような気がしてなりません。
今一度、ご自分の文章を読み返していただきたいと思います。

そして、できましたら、少し、怒りを鎮められて、今一度、
いらしてくだされば、うれしく思います。
よろしかったら、他の方へのコメントなども、
あわせて読まれて下されば、なお、うれしく思います^^
2009-12-21 Mon 13:38 | URL | りんりん→おとねさんへ #-[ 内容変更]
ののさんへ
最近の、ののさんは、なんだか、人が変わってしまったように、楽しそうに見えます^^
ブログを通して、それだけは、伝わってきますよ^^

私・・・、きんたろうさんと無謀にも、不登校コミをはじめて、
最近、痛切に思うのですけど、
人に、説明したり、伝えることは、とても、難しいと感じます。

それでも、わずかばかりですけど、伝えたいと思うことが、少しでも相手の方に伝わった瞬間の喜びは、他の何にも変えがたい喜びになります。
もしかしたら、これまで取得した経験は、他者に伝えることができるようになって、はじめて本物となるのかもしれないなあと思う昨今です。

お互い、がんばりましょうね~(。・・。)ポッ
2009-12-21 Mon 11:46 | URL | りんりん→ののさんへ #-[ 内容変更]
まるちゃんへ
やっと、自宅へ、もどってこれました^^
心配かけましたね。
でも、まるちゃんとは、離れている感じは、ぜんぜんしませんでしたよ^^

チャットをすると、話し方の癖が、顕著にでますね。笑
でも、それが、子どもとの対話の癖をわかる、チャンスになります。
恥ずかしいけれど、チャットしたり、コメントしたり、ブログを書いたりすることが、自分の位置を提示する力になり、
書けば書いただけ、それが、振り返りの力になります。

私ときんたろうさんは、コミで、よく言いますね。

「自分の書いた文章を読め、読み直せ」と。
そして、それが、成長につながると。

実は、これが回復への最短だと、思っています。

自分の文章を読み直す・・・
ずっと前の私は、とても、いやでした^^;
矛盾があり、一方的であり、へこみます。
それは、自分を見たくないという裏返しでしたよ。


>息子は、私に「奴隷」になってほしいわけではなく、

そうですね。誰もお母さんが、奴隷になって欲しいなんて、思っている子どもは、いないですよ~。

>息子と話すとき、「私、ちゃんとキャッチボールできてるかな」という意識を、ちょっと頭の片隅に置くよう、心がけていこうと


これ、とても、大事アルね(゜ー゜)(。_。)ウンウン
ACの人は、上か下か、
攻撃か、へりくだるか、
中間が、ないんだよね。

中間がないことで、
進むか、戻るかしかできない。
一気に、引きもどされちゃう。

まったく、とどまるって、ことを、知らんのか~いって・・・
ウゥッ!! Σ(・"・;) ズボシ…

ということも、私も何度もありました。
でもね、ちょっと、意識できるってことは、
この先、思考回路に、少しずつ、違いが出てくるんだよね。

まあ、私も、まるちゃんも、みんな大して違いがあるわけじゃないんで、ぼちぼち、がんばっていきましょう~^^
2009-12-21 Mon 11:09 | URL | りんりん→まるまるまるこさんへ #-[ 内容変更]
みちこさんへ
唐突な質問に、答えてくださって、ありがとうございました。

>りんりんさんの質問考えてみました。
>彼が暴力をふるっているその先にみるのは母かもしれません。

やはり、そうでしたか・・・
子どもさんを通して、その先に、辛かった過去の首謀者を重ねて見ることは、多くのACの方の共通ではないかと・・・最近感じることが、多くなりました。
そして、暴力を振るう子どもを、「嫌悪」「恐怖」の目で見つめる自分にうっすらと気づいて、その反面、自分への嫌悪も募り、自分を傷つけていく、そういう悪循環があるのではないかと、思います。
その循環を断ち切るには、弱者のこどもは、無理なので、
やはり、ここは、こどもより、知力、知識、理性がある大人の側からの変革しか、ないのだろうと、思うのです。


>また暴力をふるわれて反応している姿は小さなころの私自身です。

そうですよね・・・
辛かったですね。
悲しかったですよね。
ずっと、ずっと、ひとりで、耐え忍んできたのですから・・・
誰にも、理解されず・・・
よく、がんばってこられましたね。
ここまで。。。

ACサバイバーと、よく言ったものだと、
私は、他者の痛みに触れるたびに、そう感じます。

過去をさかのぼるとき、気をつけなければならないと、
今、痛切に感じることがあります。

「これ以上、自分を罪悪感で、傷つけない」ということです。
このことを、大切にされていただきたいなあと思っています。

また、何かありましたら、ご連絡ください。
よろしかったら、FC2コミの方も、のぞいてくだされば、うれしく思います。
2009-12-21 Mon 10:51 | URL | りんりん→みちこ(石田)さんへ #-[ 内容変更]
てるさんへ
てるさん、とても、とても、苦悩されているのが、文章からひしひしと、伝わってきました。

お返事、おそくなって大変、申し訳ありませんでした。

>そこで、やっと自分の育ちに問題があり、共依存で息子の問題を自分のことのように考えていました。

ここに気づかれたのですね。
ACの生育歴を考えると・・・、ご自分で、ここまで、こられることが、どんなに大変なことかと、いつも、感嘆する思いです。

>私には昔の事を思い出すことができません。
>悪い思い出しかないのが辛いです。

そうですね。
今は、まだ、思い出す時期ではないのかもしれませんね。
しかしながら・・・、
私が最近、思うのは、今、てるさんが、
無意識に好んで食べているもの、
無意識に、手に取るもの、集めているもの
口づさむ歌・・・等々
それらには、過去の無数の記憶が、線でつながれていると思うのですよ。

ただ、意識されないだけで。

幼いころ虐待を受けた私たちは、
いい感情も悪い感情も封じ込め、
今まで、過ごさなければ、生きてこれませんでした。

しかし、悪い感情は、強烈にその場面だけを再現し、
当時の情景に私たちを、連れ戻しにきます。

しかし、いい感情・・・好きなもの、
楽しいものから、記憶をたどれば・・・
暖かさが、よみがえって、私たちの感情を、ゆるやかに
開放させてくれます。

それは、まるで、太陽と北風のようです。
だから、私は、いつも、人に聞きます。

「あなたの好きなものは、なんですか?」と。


>本当にまだ、苦しくて生きにくくて、すがる思いで教会にも通っています。

私にも、そのような時期がありました。
今、てるさんに、必要なら、大切なことだと感じます。
しかし、いつか・・・、すがるのではなく、そこから、精神的に自立し、卒業することも、心のどこかに、とどめていただきたいと思います。

>自分で自分の価値観を変えたいです。
>その努力をしています。
>少しずつ間違いにも気がついてきました。

すばらしいことだと思います。
血のにじむような・・・努力をされてきたのだなあと・・・。


>子どもには会いたくないと言われていて、

子供は、一瞬で、母親が、変わったか、今までのようなのか、見抜く力があります。
子供を救いたいならば・・・
まずは、自分を救うことだと、私は、いつも、思っています。

子どもさんとは、それからでも、やり直しができると、
私は、思います。

てるさんが、てるさん自身を救うこと・・・
それが、今、てるさんが、こどもさんに、してやれる、最大のことなのではないでしょうか・・・
私は、そう感じます。

よろしかったら、FC2ブログを作って、コミに入られませんか?

どこの自助グループにもない、学びがきっと、あると
私は、思っています。

2009-12-21 Mon 10:03 | URL | りんりん→てるさんへ #-[ 内容変更]
こちらこそ、言葉足らずでした
まず、「信じられないからこそ、任せる」についてですが。

私は息子を信じられませんでした。
だから、命令し、支配してきたのではないか、と思うのです

でも、これも最近気がついたことで最初から意識していたわけではありません。

わたしの「受容」はおっしゃるとおり目的があってのことでした。
マニュアルでした。
また私が子供を私の思うように進ませるためのものでした。
ですが。
そんな形から始めた「受容(私の中ではすべてまかせる)」
ですが、時間が経つうちにまず息子が私に試し始めました
うまくいえませんが、おれをしんじてくれるのか?
と訴えているように感じました。

形から始めたわたしの「受容」ですが。

腑に落ちたのです。

そうか、と。

これは受容されたことがない母のための方法なのか、と。

りんりんさんにはご理解されないかもしれませんが。
わたしはこの方法しか本当の意味で理解することはできなかったのです。

それだけわたしの「~しなければ」は、てごわい。
そう思っています。

そして「言い切りの強さ」についてですが。

う~んそれについてはわたしは無自覚です。

ただ、わたしは自分の正当性、常に自分が正しいのだ、という気持ちはありません。
わたしはこう思う、といっているだけです。

そのつもりですが。

2009-12-21 Mon 09:34 | URL | おとね #6J7A/EB2[ 内容変更]
風の実さんへ
たとえば・・・方法として「~しなさい」「こうすれば、よくなる」「こうしたら、金持ちになれる」

そういうセミナーや、団体、宗教、母親の集まり(ひとくくりにしますが^^;)では、力の強い人が、「こうしなさい」と言えば、そうしてしまう、弱さが、人間にはあります。

また、そうしなければ、「あのとき、○○しなかったから・・・」と、反対に、脅迫じみたものを、自分の中に作ってしまうことも多いかと思います。
本末転倒になっちゃいますね。

今日は・・・何度も、何度も、いいますが、「形」や、「方法」は、ただの手段であって、人の心を変えるものではありません。

>要求を拒否して
>「息子が荒れる姿を見たくない」という思いや
>「またコミュニケーションを取れないない状態に戻っててしまったらどうしよう」という不安があったことに気づきました。
>ご機嫌取りですね。


すばらしいことに、気づかれたのではないかと思います。
大切なことは、
なぜ、「見たくない」と思う気持ちが、自分の中にあるのか、
その気持ちは、どこからきているのか、
機嫌よく、すごしてくれと願う気持ちは、
ようするに、「自分の都合のよい子供」でいてくれと願う
気持ちの裏返しではないかと、感じます。

結局のところ、コミでも、チャットでも、何度も言っていますが、私は、子供は、問題ではなく、母親が自分の支配性や操作性、依存性と向き合うことの大切さを、痛感しています。

記憶の操作・・・よく、つかめましたね。
あそこまで、自分を認めるのは、とても、つらかったでしょう。
もうひとがんばりですね^^
ふぁいと~( ̄∇+ ̄)vキラーン
2009-12-21 Mon 09:32 | URL | りんりん→風の実さんへ #-[ 内容変更]
アイ母さんへ
>息子の為と言いながら息子に何を求めているか自分でも分からずに。 ただ、 学校へ行かせるには・・・と。どうすれば、元の健康な身体にしてあげれるのかと。
そして、自分の安心を感じる手段と”これだけやっているんだ”という証。そして不登校を良性化しそれを、周りに露わにする・・・。りんりんさんがいう”不登校プライド”ですね。


誰しも、身に覚えがあることですね。
でも、それも、また、必要なことでもありましたね。

>この頃、本や講演など”行こうかな?!”っという気持ちがなくなりました。 

わかります~^^
私も、今は、もう、本読まず、講演会行かず・・・
というか、必要性を感じなくなったというのが、正直なところです。
答えは、自分の中!
これ以外、何があるでしょう~^^

>「あ~この場所オレ嫌いなんだよな~行きたくなかったし」

ふふっ、
息子さんのために、通っていた場所が、
実は、お母さんの満足のためだったという
いい証拠ですね^^
あのころ、アイ母さんは、カウンセラーさんに
どっぷり、依存されていましたものね^^
カウンセラーさんの言うことに、一生懸命、自分を当てはめようと、もがいていらした。
一生懸命だった自分・・・かわいらしく感じませんか?

そういう回り道を、とおって、私も、アイ母さんも、みんな、みんな、一歩一歩成長していくんですよね。

これからが、楽しみです^^
2009-12-21 Mon 09:15 | URL | りんりん→アイ母さんへ #-[ 内容変更]
おとねさんへ
おとねさんへ

お返事、かなり、遅くなりました。
申し訳ございません。

さて、 おとねさんの息子さんも、これから、高校へ進まれるのですね。ここまで、こら れるのは、親子ともに、とても、大変だったことだろうと、お察しいたします。
おとねさんも十分にお分かりのように、また、私の経験上、今までよりも、これからの方が、子供と向き合うことの難しさを痛感されることだろうと感じております。

さて、 おとねさんは、コメントの中で、

>受容することは、信頼されるためだったのだ、と思います。

と書かれておられました。


>受容することは、信頼される為


私も、ほぼ同感でありながら・・・、おとねさんの言葉に、いくばくかの違和感を感じてしまい、コメントを頂いてから、その言葉の真意をずっと、考えて込んで おりました。

というのは、 私が、感じている「受容」とは、確かに信頼というものに、つながるものではありますが、「こうすればいい」、「こうやったら受容で きる」という種類のノウハウ、方法論という、「DOING」では、ないからです。

おとねさんは、
>受容することは、信頼されるため
と、表現されました。
これは、先に「受容」という目的が設定され、その形(目的)に、ご自分を無理やり当てはめ、それらは「信頼」を勝ち取るための手段であった とおっしゃっているように感じました。

もし、私の勘違いなら、大変申し訳ありません。
私の考える受容は、形でもなく、それには、目的すらありません。
不登校に限定すれば、 母親として今まで、自分が子供にしてきたこと(依存・過干渉)、
自分の親から理不尽にされてきたこと(世代間連鎖)、
そして、自分自身(自己肯定・不必要な罪悪感)・・・、
これらの負の感情を、許し、手放し、自分自身を、愛しく思う気持ちの結果とし て、「受容」という姿が「ある」だけのことだと感じています。
話は、少しずれますが、これには、恐らく、世間の安易な「受容」という言葉の使い方自体に、すごく、問題がある気がしております。
まるで、そこに形があるかのように、言われ、
そうしなければならないと、脅迫され、受容だけを切り取って、そこだけ、できるわけのないことを、やれと言われる。そこに、世間の常識、セミナーや宗教に似た、不自然な目的設定が、はびこっているのではないかと、感じます。
不自然であるがゆえに、違和感を感じる。
違和感を打ち消すために、さらに、いろいろな理論や理屈を上から塗り重ねる。
そうしているうちに、人間らしいシンプルなものから、どんどん遠ざかっていってしまう・・・そんな気がしてなりません。
個人的にはそんな世間の風潮が、とても、恐ろしく感じる昨今です。私も、この迷路で、散々迷ったひとりです。
話、ずれてしまいましたね^^;すみません。

ところで、もうひとつ気になることがあります。
おとねさんの文章全体から受ける、言い切りの強さ・・・、
これは、 かつての、私が、そうであったように、良きにしろ、悪しきにしろ、他者への無意識の強い操作性を感じさせます。
私なりに、その理由を色々思案してみましたが、恐らく、かつての私がそうであったように、違和感を打ち消すために強い言葉でご自分を守るためなのだろうか・・・、そんなことを思いました。

私は、 それを、正しさの棘・・・と、そう呼んでいます。
おそらく・・・、おとねさんは、そんなことは、思いもされていないと感じます。
また、おとねさん自身、多くの方への影響力を持たれているように感じます。
そのことを、鑑みて、あえて、正直に私が感じていることを、失礼ながら、書かせて頂きまし た。


>信じられないからこそ、任せる

実は・・・、私は、この言葉に、一番、驚かされました。

私は、世の中は、信頼で成り立つと考えているからです。
車の運転でも、販売業でも、このような、ブログでの交流も。信じられない店から、物は買いませんよね。(例えが、俗物でごめんなさい^^;)
大変申し訳ありませんが、もう一度、この言葉の真意を教えて頂きたいと感じました。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
2009-12-21 Mon 08:53 | URL | りんりん→おとねさんへ #-[ 内容変更]
私も(は)混同していました
「子どもを受け入れる」ということは、私も、さんざん聞き、
自分でも考えたことですが、かつては、
「子どもを受け入れる」ということと、
「子どもの行為や要求をすべて受け入れる」ことと、
混同していたように思います。

いまなら、その違いがわかる(と感じている)のですけどね(^^)

「受け入れる」って、
一筋縄ではいかないものがありますよね^^・・・(笑)
特に私たちのような場合はね^^(笑)
2009-12-20 Sun 13:01 | URL | のの #VGqTgCv2[ 内容変更]
もう少しお待ち下さい
皆様からの貴重な体験、ご相談、ひとつひとつ丁寧にお答えしたいと思っております。現在管理人は、PC環境にない状態で、即座にコメントに対応できかねる状況です。五本指で思考する管理人にとりまして、親指モバイルは、やはり限界を感じます。PC環境に戻るまで、コメントへのお返事は月曜日くらいまでお待ち下さいませ。
大変申し訳ございませんが、よろしくお願い致します。
2009-12-18 Fri 04:29 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
たびたび…
りんりんさん、こんにちは^^
たびたび… りんりんさんとお話したくて、コメント送らせてもらいます~。

一昨日の夜、きんたろうさんとチャットさせてもらいました。
で、途中で、ボイスチャットすることになって…最初の一歩を踏み出すまでは、ものすごい勇気がいりましたが、お話しさせてもらって、本当によかったと思ってます。
(ブログとイメージ、全然違うじゃん…と言われ…ははは、「ぶりっこ」の正体がばれてしまいました。)
でも、まぁ、今回も撃沈…したんです。
その、撃沈の最中に、りんりんさんにコメントしてしまったもので…深刻な内容になってしまってますが、そのあと、またいろいろと考えて、今日は元気です^^

先日のチャットの中で、きんたろうさんは、人との関わり(会話)を、「キャッチボール」にたとえて、お話されてました。
そこで、ふと思ったのは、この間のチャット版のことです。
私は、きんたろうさんの話をスルーして、「自分ワールド」の中で、ひとり、しゃべってました。
そして、「視野が狭いということは、そういうことだよ」と、この前、りんりんさんに教えてもらって…。
きっと、「キャッチボール」に、なってなかったんだなぁと。
そういうふうに考えると、息子とも、ずっと、キャッチボールはできていなかったんだろうと、思います。
息子は、一生懸命、ボールを投げているのに、私は捕ろうともせず、勝手に、自分のボールを息子に大暴投してる。
その、とんでもないボールを、息子は、必死になって、捕ろうとしてくれていた。
そんなふうに思います。
そして、たぶん、息子は、私に「奴隷」になってほしいわけではなく、ただ、気持ちよく「キャッチボール」したいだけなのかもしれないと、思っています。
と、思ったら、即実行。
息子と話すとき、「私、ちゃんとキャッチボールできてるかな」という意識を、ちょっと頭の片隅に置くよう、心がけていこうと、思います。

あと、「少し前に進んだように思えても、あっけなく逆戻り」というのは、りんりんさんが、以前書かれていた、「極から極」のひとつなのかなぁと、思ったりしています。
きんたろうさんが、「昨日まで、普通にお米かして、ごはん炊けていたのが、いきなり今日は、洗剤入れて、お米といでるようなもんやろう。どういうことなんや…。」と、とてもわかりやすく、分析して下さってましたが、あ~、そういうことなんだ…と。
ここも、自分で意識するようにしていこうと、思います。

全然、関係ない話になっちゃいました。
それも、長々…へへへ…ごめんなさい。
2009-12-17 Thu 15:08 | URL | まるまるまるこ #aN9AbwgY[ 内容変更]
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2009-12-17 Thu 14:29 | | #[ 内容変更]
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2009-12-17 Thu 11:47 | | #[ 内容変更]
息子が明らかに
壊れたと思ったとき。
私はすぐ、心療内科に息子を連れて行きました。

「お母さん、受け入れてあげてください。
お子さんはエネルギーがまったくない状態です。
とにかく受容してあげてください」といわれました。

私は受容する、ということがわかりませんでした。

なぜなら私が受容されたことがないからです。
どうすればいいのか、本当に困りました。

「奴隷」になることなのか?

「言いなり」になることなのか?


でも、息子はますます生気をなくしていったのです。


であったのが「すべてまかせる」でした。
「だまってまかせる」でした。

子供を信じることができませんでしたので、
そうすることにかなり覚悟がいりました。

息子は笑うようになりました。
でも動けません、うごきません。

ある方に言われました。
「なまけものでもいいじやないですか、」と。
「いまわらっておいでなら」と。

ああ、そうだ、と本当にそのとき思いました。

私の形だけの「受容」はそのときにほんとうのものになったのかもしれません。

「だまってまかせる」と、息子が私を信じてくれるようになっったような気がします。

中3に進級する春「中学には行きません。サポート高に行きます」と息子は担任に言いました。
「それでいいの?おかあさんがかなしむんじゃないの?」といわれた息子は
「昔の母ならそうかもしれないけど。
おれがきめたんならそれでいい、と今なら言うと思います」

と。いったそうです。

受容することは、信頼されるためだったのだ、と思います。
そして私も息子を信じることができるようになったきがしています。

信じるからまかすのではなく、信じられないこそ任せるのかもしれない、と今思っています。

2009-12-17 Thu 11:33 | URL | おとね #6J7A/EB2[ 内容変更]
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2009-12-17 Thu 07:39 | | #[ 内容変更]
支配者でもあり、奴隷でもあります
りんりんさん、こんばんは^^
ブログ、アップして下さったのですね。
うれしいです…でも、どうぞ、ご無理なさらないようにして下さいね。

いつものことながら、長くなりそうなので、先にお断りさせて下さいね。
「奴隷か支配者か」…今の私にとって、まさに、タイムリーな記事です。
私もそうでした。
いや、まだ、そうです。
不登校になるまでは、完全、上から目線の「支配者」。
その後は、へりくだり、超低姿勢の「奴隷」。
そして、また、学校に戻るようになったら、とたんに「支配者」へ。
別室へ行ったり、休んだりの、今は、「支配者」でもあり、「奴隷」でもあると思います。
だけど、息子の言うことを、はいはいと聞きながら、「これでいいのか。甘すぎないのか。」ということも思うし、「私は、あんたの召使いじゃないで。」と思うこともあります。
でも、「不登校にしたのは、私のせい。ごめんね。許してね。」と、「自分の罪滅ぼし」のため、息子の「言いなり」になっている私です。

そして、つい最近、私は、息子に嫌われたくなくて、見捨てられたくなくて、「奴隷」になって、「媚びを売っている」のではないかと、気がつきました。
自分のことながら、これはショックでした。
子供に媚びを売るなんて、最低じゃないかと…。
「見捨てられ不安」は、息子に対しても、あったんだと、今になって、気づいています。
私を見捨てないでって…。
親と子の立場が、まるっきり、逆転しています。

今、自分が感じている、様々なことは、「心の癖」からくるものなんだろうか…。
一見、先に進めたように見えて、また、あっけなく逆戻り…
きんたろうさんに「どうしたら、そんなふうに、できるんや」と、言われましたが、今、ここが、大きな大きなつまづきになっています。





2009-12-16 Wed 18:22 | URL | まるまるまるこ #aN9AbwgY[ 内容変更]
石田さんへ
はじめまして。石田さん。道子ママさんとは、子供が同年代で不登校ということで長年のブログ仲間です(^∀^)
道子さんのブログは欠かさず、今でも訪問させてもらっています。
コメントは、する時間がなくて、ですね(T_T)
さて、石田さんの楽天ブログ読ませて頂きました。
毎日、薄氷を踏むようなお気持ちだろうとお察し致しました。
いままで、1人で抱え込まれて本当に大変でしたね。

幸い石田さんは、息子さんの不登校は、もしかしたら、ご自分の生育歴かもしれないと、気づきはじめておられますね。私は自分の経験から、世代間の連鎖の結果としての不登校引きこもりとして捉えています。問題は子どもではない ということですね。

さて、これを語り出すと、膨大な時間がかかってしまいます。
ひとつ、ポイントを絞り込んでみたいと思います。
息子さんが暴力を振るわれるとき、石田さんは、どのような目、気持ちで、息子さんをご覧になっているでしょうか
その瞳の先に息子さんと重なって見える人は、だれなのでしょうか…

時間はかかっても、いいですので、そのことをお聞きしたいと思いました。

しょっぱなから、唐突な質問をして、申し訳ありませんm(_ _)m
無理強いは、しませんので、よろしくですV(^-^)V
2009-12-16 Wed 09:25 | URL | りんりん #-[ 内容変更]
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2009-12-15 Tue 16:45 | | #[ 内容変更]
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