author : rinrin
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改めて考えてみるAC
2006-11-26 Sun 11:02
どうなんだろうと、自分でも思うことがある。

自分は、ACだなあと感じる事が、段々少なくなってきた最近。

まあ、年齢的なものも、大きくあるとは、思うのだけれど。

そういう傾向性が、あると言う程度だったら、

考えようによっては、個性とも捉えられる。

要は、本人が生き辛いが、そうでないか、

人生は、祝福されたものか、そうでないか、と

そう自分が感じるか、そうでないかで言えば、

100%とは、言わないが、ほぼ、60~70点は、クリア

しているのではないかと思う。


他の方の重度ACブログも、最近、足を運ばなくなった。

見ていると、ちょっと、辛くなるというのもある。

普段、意識に、あまり、上らないというのもある。

何より、それに、同調したくないという気持ち、

(がんばれと、応援もするけど)

同調すると、下がった自分を、

上に引き上げる作業は、結構、重労働。


同じく、不登校も、そうなりつつある。

楽天から、続けてきた、不登校考察。

これも、最近は、不登校・・・ああ、学校ね。。。

と、いう程度で、行く、行かないより、

もっと、深いところで、作業を細々としている。

で、とても、言葉にしにくく、

文章力の無さも加わって、沈黙となってしまう。


ある人の、不登校関係ブログで、

シュタイナー関係から、子供の魂の部分に触れながら、

不登校を解読している方がいる。

それも、ほぼ、10年以上過ぎての、総まとめだった。


今、経験していることを、私が言葉で語るには、かなり、難しい。

どれも、試行錯誤の途中であり、今の私の浅いレベルでしか

見ることができていないという、不全感が、どうしても残る。

きっと、今、書けば、意味不明になる。

だから、書けない。


難しく考えすぎなのかもしれないけれど、

今後、AC,子供を考えていくうちに、私が、到達しそうなところは、

おそらく、霊的なもので、魂の部分に触れるだろうと、

そんな気がしてならない。

また、それを、文章に、できる力は、私には、今のところ無い。



この10年、振り返ってみると、ただの足がかりとしての、

AC、不登校であったと、そう感じられてならないのです。


そして、楽天で知り合った方々にも、時々、同じような、

傾向を感じる事が多くあります。

言葉が、乱暴すぎるかもしれないけれど・・・

方法論としての、不登校、ACは、自分の中では、すでに、終わっている。

今は、深く、自分との対話をされている方々と、

同じ時間を共にすごせることは、

とても、うれしく思います。

深い沈黙の中には、すごい作業がなされていること、

感じる昨今です。


参考までに、上記で紹介したブログです。
ご存知の方も、多いかもしれません。
http://rumico.seesaa.net/



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