author : rinrin
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私が不登校だった頃【不登校】
2010-03-05 Fri 21:44
*少し追記を入れました


私が小学校の低学年の頃・・・40年くらい前のこと。
恐らく、小学一年生の頃だったと思います。
私は、五月雨登校を経験しています。
あの時、どんな状況であったのか、
今となっては、明確ではありません。

しかし、あの時の気持ちと、心情は、かすかに覚えています。
学校へ行こうとすると、お腹が痛くなったこと。
熱が出たことは、覚えています。
両親は、心配して病院へ連れていきますが、
お昼くらいには、元気になっているのでした。
ただの、腹痛だということで、
誰もいない部屋で、静かに布団に寝ていたことを
思いだします。
コチコチと静かな部屋に響く時計の音を覚えています。

当時、ど田舎に住んでいたので、
医療施設も、近くにない環境で、
少々発熱や腹痛くらいで、病院へ行く人は
極めて少なかったと思います。
しかし、何度も腹痛を訴える私に、
両親が盲腸ではないかと心配して、
診察を受けた記憶が残っています。

当時の心象風景としては、
小学校にあがり、
自分の思っている世界と、
現実の世界との間に、わけのわからない違和感を
感じていたことを覚えています。

この違和感は、たぶん、漠然とした淋しさと恐怖でした。
そして、自分以外の人は、みんなまともで
自分の本当の姿は人間の形をしていなくて、
一本の細長い棒のような姿をしていて、
きっと、みんなは、私が可哀そうで、
それを自分に黙っていてくれているのだと、
そう思っていました。
まさかと思われるかもしれませんが、
本気でそう思っていました。
たぶん、その感覚は、思春期くらいまであったと思います。

思春期になると、また、別の形で自分を
書き換えなければならなかったのでした。
問題は、何も解決しないまま、その思いこみは、
「私のことを理解できる人はこの世にいない」という感覚に変わり
その後、自分独自の世界観の中で生きていくことになりました。

こうして、自分と自分以外の世界とが、完全に分断されていきました。


家から保育園に通うころ・・・
朝、家を出ることが怖くなっていました。
当時は、確かに「行きたくない」という気持ちが
明確にありました。
家でゆっくりしていたい。。。
しかし、行ってしまえば、それなりに
楽しく過ごせることもわかっていました。

やがて、小学校になり、新しい環境になったことで、
学校へ行くことが、いよいよ、
恐怖に感じるようになったことだけは、はっきり覚えています。

原因は、特に無かったのです。
当時のことを、実家の両親は、現在こう語ります。
「いじめにあっていたんじゃないかと」
しかし、いじめは、ありませんでした。

当時のことを、私の覚えている限りでは、
学校へいくことが、漠然と怖くて
ただ、家にいたかっただけでした。
静かに、誰もいない部屋で。
(自営だったので、両親は仕事場でした)
ゆっくり、安心して、心を休めたかったのだろうと
今になって思えば感じます。
その後、2~3か月続いた五月雨登校は、
いつのまにかなくなり、自然と学校へ行き出したのでした。

学校へ行かないという選択は、
当時・・・1960~70年代の頃には
選択肢の中にはありませんでした。
しかし、回復したから、登校をはじめたというものでも
なかったのでした。

当時の記憶をさぐっていくと、
その頃から、私は「感情」というものを
心の底に押し込め、自分を感じなくさせるという
自己防衛をやり始めたのではないかと思います。

そして、さらに、もう一人の自分を心の中に作り
何かが起こると、感情の無い自分を前面に出し、
常に冷静であるかのように、振る舞うことを
やりはじめたのだろうと思います。
この状態を、「乖離(かいり)」というのは、
心理学を勉強して、数年前に知りました。
本当の自分の感情は、後ろにひっこめて
別の人格でもって、自分の感情を守る。
そういうことだろうと思います。
この乖離によって、
著しく、感情を伴った嬉しい記憶も嫌な記憶も
消してしまっているのだろうとそう感じます。
感覚的には、自分にフィルターがかかっている感覚です。
まわりで起こることが、リアルに感じられません。

どうして、このように、嬉しい記憶まで消してしまうのか・・・
今思うに、嬉しいことは、次に確実に控えている嫌なことを
余計倍増させるからではないかと感じていました。
(確実に控えていることとは、主に、母親の無視、父親の暴力、突発的な悪いこと)

嬉しいことを嬉しいと感じないでいれば、
嫌なことがあっても、それほどダメージを受けないのだと
そう無意識に学んでいたのだろうと思います。

その癖が、いつしか・・・嬉しいことが、自分にとっての罪悪になり、
嫌なことがあれば、「やっぱりそうだった」と
嫌なことだけが、記憶の中で強化されていく。

いや、嫌な記憶というより、「怒り」を蓄積していったのだろうと感じます。
そういう記憶の偏った操作があったのだろうと思います。


世間と、自分とのズレ・・・
この感覚は、恐らくACと感じる方には、
共通する認識ではないかと感じます。
それは、この世界で自分が感じる違和感であり、
自分には、何かが欠けているという漠然とした不安。。。
欠けていると感じるあまりに、
独自の世界に生きるしかない・・・。

両親の不仲、アルコホリック、暴力、暴言、母との共依存、
その中で、自分を守ることをしていかなければならなかった時、
感情・・・そのものを捨ててしまわないと
生きては行けなかったのであろうと思います。
そして、本心はさびしがりやで、泣き虫であったことを
捨て去って、あらたな人格で、強く、しっかり者として・・・
母の保護者として、我慢強く・・・
生きていくことを選んだのだろうと思います。
そうせざるを得なかったのだろうと思います。

当時・・・
私が不登校で、「学校が怖い」「家にいたい」
そう思った感覚は、自分と自分以外のものへの違和感(ズレ)であり、
自分の存在が、うすぼんやりとして、不安定であることにより、
私は、生きていていいのか?・・・そういう感覚でもありました。

今、思います。
あのとき・・・
寂しかったのだと。

あのとき・・・
抱きしめて欲しかったのだと。

あのとき・・・
誰かに、助けて欲しかったのだと。


あのとき・・・
気持ちをわかって欲しかったのだと。

小さな子どもの感覚で捉えた
家族の不和への、訴えでした。
(この叫びは、不登校をした息子の訴えと同じだろうと思います)

この違和感は、社会に出ても
その後の生きづらさとして影響し、
結婚し、子どもが生まれたことによって、
さらに、無意識から押し込められた感情たちが
ざわざわと、もれてくるようになったかと思います。

ACを自覚して、もう、17年になりました。
とある講演会で、はじめてACというものを聞いた時でした。

長い・・・本当に長い・・・回復への道のりでした。
今、思えば、回復できたことは、奇蹟的なことだったと思います。

私のこれらの経験は、完全な不登校ではありませんでしたが、
息子の不登校を通じて、感情を取り戻し
この感覚を思い出し、やっと文章にできた今です。

そうして、不登校問題は、学校という一時期だけの問題ではなく、
人が、「生きる」という根本につながる問題ではないかと
私は、考えています。
それが、世代間連鎖だということを思うと・・・
私のように、ACで苦しむ方が、不登校であることよりも
(学校へ行く、行かないということよりも)
ずっと、ずっと、辛いことなのではないかと・・・
今は、私にとって、学校に行く行かないことは、
重要なことではないと感じています。

.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+.。.:*・゚+。.:*・゚+。.:*・゚

【追記】

先月、お陰さまで、拍手が1000を超えました。
拍手をつけて、一年あまりですが、
たくさんの方のひとつひとつの拍手が
この一年の私を支えてきました。
そして、今、その重みを感じています。

一期一会・・・
ブログをはじめて、6年。
はじめた頃は、いつも泣いていました。
世界は、敵でした。
今は、あの頃がとても、懐かしく思います。

古い記事にひとつひとつ丁寧に、
拍手を付けてくださる方々。
本当に、感謝でいっぱいです。
一所懸命な私に、頑張れと応援されている気がします。

そんな私の変化を感じ取ってくだされば嬉しいです。

心から感謝いたします。
これからも、少しでも皆様のお役にたつ記事を
書いていきたいと思います。





あなたの 笑顔 忘れないで


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この記事のコメント
こころ✿さんへ
こころ✿さん、コメントありがとうございました。
とっても、嬉しかったです~

こころさんの最新記事、格段のバージョンアップを
感じました。
何度も、読み返しさせて頂きました^^
いい記事をありがとうございます(☆∇☆)

私も自分の問題から、次第に心の問題の深さ広さに魅せられて、
こんなブログを細々とやってます^^;
これからも、「伝えたい」気持ちだけで^^;
がんばりま~す。
どうぞ、これからも、よろしくお願い致します~(*^▽^*)
2010-03-07 Sun 14:38 | URL | りんりん→こころ✿さんへ #SAu5W79E[ 内容変更]
つゆこさんへ
つゆこさん、コメントありがとうです^^

>こちらに来た当初は
>そんな余裕もなくいましたから

そうですよね^^
みなさん、同じだと思います^^
ブログの性質上、
藁をも掴むような気持ちで来られているのは、
ひしひしと感じています。

>まだまだもがいている最中ですが
>頑張りたいと思います。

つゆこさん、壁を越えようとされているのですね^^
メール、本日中にお返事いたしますので、
よろしく~^^
2010-03-07 Sun 14:07 | URL | りんりん→つゆこさんへ #-[ 内容変更]
まるちゃんへ
>私は、息子から、どれだけの感情を奪ってきたのだろうかと。

>その辛さを感じることができなければ、息子の辛さは、感じられないのだろうと、思うのです。

そうですね^^ さすがだ(*≧∀≦)
不登校の我が子の気持ちを知りたいと思うならば、
まず、自分の感情を捉えることなのだろうと思います。
人は、自分が感じた感情の襞(ひだ)を相手に投影していくのだろうと思います。

そこに相手との心が震えるような本物の「共感」「共鳴」が生まれるのではないだろうかと感じます^^
それらが感動となって、伝わっていく。。。
感動は、人の心を動かす力になるのだろうと思います。

子どもだけではなく、人との関係も同じかもしれませんね^^



2010-03-07 Sun 14:01 | URL | りんりん→まるちゃんへ #-[ 内容変更]
そらさんへ
はじめまして^^
コメント、ありがとうございました。
とても、うれしく思いました。
そして、過去記事を読んで頂き、感謝します^^

そらさんのブログも全部読ませて頂きました^^
私と似た経験をされていたのですね。
そして、息子さんのこと・・・
今、双方に、お辛い状況であることも・・・。
そして、そらさんご自身が、自分をなんとかしたいと
思われていること。
それらが、ブログを読ませて頂き、胸に迫ってくるものを、
感じました。


もし、よろしければ・・・
ブログ右下についているメールフォームが
ありますので、メールにて、お力になることが
できることがあるかもしれません。
よろしければ、どうぞ^^
2010-03-07 Sun 13:51 | URL | りんりん→そらさんへ #SAu5W79E[ 内容変更]
とれっくさんへ
>心の波風を少しでも穏やかにするために。

子どもの頃に、気持ちを受け止めてもらえない環境が多ければ、その辛さを自分だけで昇華する方法として身に付いたものだろうと思います。

心の波は、誰にでもあることだろうと思います。
受け止められ体験の積み重ねで、
私も次第に瞬時に処理をしていけるように
なってきたように思います。
これは、「忘れてしまう」という処理ではなく、
自分のものとして、受け入れていく作業なのだろうと
感じています。
やっぱり、ピンチはチャンスなのでしょうね^^
ブログ、楽しみに読ませて頂いてます^^
2010-03-07 Sun 12:39 | URL | りんりん→とれっくさんへ #-[ 内容変更]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2010-03-06 Sat 17:52 | | #[ 内容変更]
1000超えおめでとうございます。
りんりんさん こんにちは。

拍手の1000超えは
もっと早くに達成していたのでしょうね。
こちらに来た当初は
そんな余裕もなくいましたから (;^_^A

りんりんさんの地道な積み重ねが
言葉として生きて
助けられてます。

まだまだもがいている最中ですが
頑張りたいと思います。

またお邪魔しますね。
2010-03-06 Sat 14:53 | URL | つゆこ #-[ 内容変更]
りんりんさんへ
りんりんさん、こんばんは。

>嬉しいことを嬉しいと感じないでいれば、
>嫌なことがあっても、それほどダメージを受けないのだと
>そう無意識に学んでいたのだろうと思います。

恐らく、私も、子どもの頃、そうしてきたのだろうと思います。
その当時のことを覚えているわけではないのですが、この文章を目にしたときに、直感的にそう感じ、心がものすごく震えました。
そして、涙が出ます。
人は、子どもの頃、本当は、うれしいも、楽しいも、そのまま、素直に感じるはず…感じていいはずなのに、小さなわたしは、どれほどに、自分の感情を押し込めてきたのだろうかと。
本当は、うれしかったのなら、うれしいままに、感じたかっただろうに、それすらできなかった…そうしないことを、自分で学び、選んで、身につけてきた。
そして、息子もまた、小さな頃から、同じだったのだろうと、思います。
私は、息子から、どれだけの感情を奪ってきたのだろうかと。


>その癖が、いつしか・・・嬉しいことが、自分にとっての罪悪になり、
>嫌なことがあれば、「やっぱりそうだった」と
>嫌なことだけが、記憶の中で強化されていく。
>いや、嫌な記憶というより、「怒り」を蓄積していったのだろうと感じます。
>そういう記憶の偏った操作があったのだろうと思います。

自分が感じてきた、自分自身の心の大きな謎を、りんりんさんが、解き明かして下さったように思います。

小さなわたしは、まだ、心の奥底に、たくさんの辛さを抱えているようです。
私は、その小さなわたしの心に寄り添い、私が感じないですむようにと、ずっと抱え込んでいてくれた、辛さを、いっしょに感じなければいけないと思います。
そして、その辛さを感じることができなければ、息子の辛さは、感じられないのだろうと、思うのです。

りんりんさん、書いて下さってありがとうございます。



2010-03-06 Sat 01:21 | URL | まるまるまるこ #aN9AbwgY[ 内容変更]
はじめまして。過去ログから少しづつ読ませていただいています。今回の記事が私の思い出とあまりに似ていたため、そういうことだったんだ...とやっとわかりました。
新しい出会いにとても感謝しています。私はACなのかな..
2010-03-06 Sat 00:02 | URL | そら #-[ 内容変更]
そういうことですか
こんばんわ。

「嬉しいことを嬉しいと感じないでいれば、
嫌なことがあっても、それほどダメージを受けないのだと
そう無意識に学んでいたのだろうと思います。」

そういうことですか。

確かにそんな気がしますね。
心の波風を少しでも穏やかにするために。

私は、これまで自虐的な発言が
多かったように思います。
それも、先に、自分を落としこめておいて、
後に来るであろうショックを先読みし、
和らげるためのクッションだったのかな、
と思いました。
2010-03-05 Fri 23:11 | URL | とれっく #-[ 内容変更]
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