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マグダラのマリア~許しの物語~【インナーチャイルドエクササイズ】補足
2010-07-03 Sat 22:38
【マグダラのマリアの物語】



これから書く、「姦通の女」の話と、許された「罪深い女」の話は、

聖書の中の、別々の箇所で紹介されているエピソードです。

しかし、この2つの物語が、一人の女性にまつわるエピソードであり、

そして、その女性とは、イエスさまが十字架にかかる最後まで付き従った、

女性信者であり、死後、イエスさまが、復活した際に、

その姿を、最初に見せたとされる「マグダラのマリア」であるという風に、

解釈されるかなり有力な説があります。

更に、近年ブームとなっている「ダビンチ・コード」で、

イエスさまと、マグダラのマリアが、結婚していたという説も、

今回急にでてきた突飛な説ではなく、

以前から、そうではないか、とあらゆるところでいわれて続けてきた、

非常に有名な異端説なのですが、

イエスさまの死と復活に一番近かったという意味で、

僕も、イエスさまと、マグダラのマリアは、

夫婦であったと考えることが妥当ではないかと考えています。

その真偽はともかくも、

ここでは、この「姦通の女」と、許された「罪深い女」が、

マグダラのマリアであるという想定のもとに、

僕なりに、許しの話としてまとめてみたいと思います。

by Tatsuさん

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【姦通の女】



ある朝、イエスさまはオリーブ山に行き、

いつものように神殿の境内に入り、

イエスさまの話を聞きにやってきた人たちに、説法をはじめました。

聴衆の中には、もちろん、イエスさまを信じる人もいましたが、

興味半分の人もたくさんまざっていました。

イエスさまが座って、教えを説かれていると、

律法学者とファリサイ派の人々が、

一人の半裸の姿の女性をひきつれて、

説法の場にのりこんできました。



律法学者とファリサイ派の人びとというのは、

当時のユダヤ教の戒律をもとに、

イスラエルの地で、理不尽な権力をふるっていた人びとです。

半裸の女性は、マグダラ地方の出身で、

名を、「マリア」と言いました。



マリアの仕事は、いわゆる「娼婦」でありました。

律法学者とファリサイ派の人びとは、

姦通現場でマリアを捕らえ、

イエスさまが説法をしている広場の真ん中に引きずり出し、

イエスさまに質問を投げかけました。

「この女は姦通の現場で捕まったのです。

モーセは律法で、このような女は石を投げて殺せと命じています。

ところで、あなたはどう考えますか」。

こう言ったのは、イエスさまを試みて、捕らえる口実を作るためでした。



イエスさまは、当時の社会の底辺で虐げられた人々、

身分の低い人、娼婦、働けない重い病の方などに、

とても、やさしかった。

そして、神さまの愛は、すべての人に、等しく平等であるということを、

わかりやすく、そして、力強く、民衆に訴えかけていました。

そのイエスさまの話を信じる人の数は、

そのころは、まだ多くはなかったのですが、

律法学者やファリサイ派などの当時の権力者は、

イエスさまが、今後、自分たちの地位を脅かす、

驚異的な存在になるのではないかと、

常日頃から、イエスさまの言動を調べ、

イエスさまを、陥れるすきが無いかを伺い、

ときに、こうして、わなにかけるような行為をしかけていたのです。

律法学者とファリサイ派の人びとも、

そして、その場に興味半分で集まっていた人びとも、

周囲にあった、石つぶてを、手に手に持ち、

マリアを取り囲み、今にも、その石を投げつけんばかりの様相です。



イエスさまは、はじめのうち、

あられもない姿のその女性に気をつかい、

その姿をなるべく目にいれないように、

身をかがめて、地面に指で何かを書いて、沈黙していました。

しかし、彼らがしつこく問い続けるので、

ついに、イエスさまは身を起こして仰せになりました。

「あなたがたのうち罪のない者が、まずこの女に石を投げなさい」と。

そして、また身をかがめ、地面に何か書いておられました。

これを聞くと、人々は、年長者たちを初め、

一人、また一人と去っていきました。

そして、ついにその場には、イエスさまと、

まん中にいたマリアだけが残りました。

イエスさまは身を起こして彼女に言いました。

「婦人よ、みんなはどこにいきましたか。だれもあなたを罪に定めなかったのですか」。

マリアは、「はい、主よ、だれも」と答えました。

イエスさまは、仰せになりました。

「そうですか。わたしもあなたを罪に定めない。

さぁ、行きなさい。これからは、もう罪を犯してはいけないよ」と。



マリアの目からは、

あふれるように涙がこぼれ落ちました。

いままで、そんなふうに、

接してくれる男の人は、誰もいませんでしたから。

そして、彼女は、半裸の自分を隠す汚れた布を押さえながら、

イエスさまに深々と頭を下げ、

止まらない涙をぬぐいつつ、

その場を逃げるように立ち去りました。

それから、何日も何日も、

マリアは、泣いてすごしました。

涙があふれてとまりませんでした。

やむおえない選択であったとはいえ、

娼婦を続けて、生きてきたことを、

悔いて、悔いて、泣きました。

その今までの半生で、

思ったこと、行ったことが、

走馬灯のように、頭に浮かび、

その一つひとつを反省すると、

泣けて、泣けて、しかたがありませんでした。

理不尽な環境下で生きてきた中で、

親を、人を、環境を、恨んで、恨んで生きてきたことを・・・

ときには、人を陥れたことを・・・

ときには、自分から進んで、人を傷つけてきたことを・・・

人も、世の中も、そして、神さまのことも、

自分を不幸な環境に生きさせていると、

いつしか、信じる心から、疑い、憎みの心に変わり、

自暴自棄になっていたことを・・・



そして、そんな自分の罪がいつか明るみにでて、

罰せられるのではないかという恐怖の中で、

自分を責めて生きてきたことを・・・

そして、泣きながら、

何度も何度も、つぶやきました。



「天のおとうさま、わたしは、いくつもいくつも、罪を犯しました。

あなたを恨み、憎みもしました。

けれども、天のおとうさま、わたしの罪をおゆるしください。

わたしは、多くはのぞみません。

ただ、あの方に、イエスさまにお礼をいいたい。

どうか、また、あの方に会えますように。

そして、できるなら、あの方のお手伝いをさせてください」と。



その後、数日して、

ファリサイ派の一人が、

イエスさまと食事をともにしたいと申し出たので、

イエスさまは、そのファリサイ派の人の家に入って食卓におつきになりました。

そのファリサイ派の人の名前はシモンといいました。

シモンは、他のファリサイ派の人々のように、

うわさだけで、イエスさまを、悪人であると決めつけるのではなく、

どんな考えをもっているのか、

イエスさまが、本物の預言者なのかどうかを自分の目で、

確かめたかったのです。



シモンは、何人かのファリサイ派の同士とともに、

イエスさまと床に座って、食事をし、彼らは、さまざまな質問をしました。

当時としては、はきものを脱ぎ、体を横たえ、足をのばして、

くつろいで食事をとるのが、習慣でした。



しばらく話をする中で、シモンは、イエスさまのことを、

この人は、尊敬するに足る人物だと、思うようになっていきました。



さて、そのときに、かのマグダラのマリアは、

近くで、イエスさまがファリサイ派の人の家で食卓についておられることを、

町のうわさで耳にしました。

自分の罪を悔い改めるときに流れる、

心を洗う涙が、あれから、何日も止まらなかったマリアは、

イエスさまが、近くで食事をしておられるうわさを聞くと、

自分にできる精一杯のお礼がしたいと、

香油の入った小びんを持って、シモンの家を訪ねました。

マリアは、泣きながらイエスさまのうしろから足もとに近寄り、

その涙でイエスさまの足をぬらし、自分の髪の毛でふき、

そしてその足にせっぷんをして香油を塗りました。

イエスさまを招いたシモンはこれを見て、

心の中で言いました。



「もし、この人が本物の預言者なら、

自分に触っている女がどんなに罪深い女であるのかわかるはずだ。

あれは罪深い女なのだ。あんな女を近づけるなんて・・」。



そこでイエスさまは彼に向かって、こう仰せになりました。

「シモン、あなたに言いたいことがある」と。

シモンは、びっくりして言いました。「先生、おっしゃってください」。

イエスさまは、

「ある金貸しから金を借りた人が二人いた。

一人は五百デナリ、もう一人は五十デナリを借りていた。

ところが、二人とも返す金がなかったので、貸し主は二人ともゆるしてやった。

この二人のうち、どちらがその人を多く愛するだろうか」と、

シモンに問いかけました。

 

シモンは、「それは、先生、多くゆるしてもらった方だと思います」と言いました。

イエスさまはうなずき、「その判断は正しい」と言いました。

それから、マリアのほうを振り向き、イエスさまは、シモンに、

「この人をごらん。

わたしがあなたの家に入って来ても、あなたは足を洗う水さえくれなかったが、

彼女は涙でわたしの足をぬらし、自分の髪の毛でふいてくれた。

あなたは、わたしにせっぷんをしなかったが、

彼女は、ここに入って来たときから、わたしの足にせっぷんをしてやまなかった。

あなたはわたしの頭に油を塗ってくれなかったが、

この人はわたしの足に香油を塗ってくれた。

あなたに言う。

彼女は確かにこれまで、多くの罪を犯したが、

深く反省し、悔い改め、なんとか、愛を実践したいと、

わたしの前にあらわれたのだ。

彼女が悔い改めたことは、彼女が多くの愛を示したことでわかる。

少しだけゆるされる者は少ししか愛さないが、

多くゆるされた者は、多く愛することができる」と。



そしてイエスさまは、彼女に、



「あなたの罪をゆるします」



そう仰せになりました。

そこで、席を同じくしていた人々は、

「罪をゆるすこの人は、いったい何者だろう」と、心の中でつぶやきました。

みんなの心に、言い知れない感動を呼び起こしたのです。

そして、イエスさまは、マグダラのマリアに、

「あなたの信仰があなたを救ったのだ。安心してお行きなさい」と仰せになりました。



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関連記事 あなたはもう許されている

を一緒にあげておきます。


当時の時代背景には、「水」は、貴重なものでした。

そして「香油」は、一般庶民が買えるようなものではなく、

とても高価なものでした。

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