author : rinrin
逆配列【配列3】 【アダルトチルドレン】【不登校】
2010-12-01 Wed 10:04
長らく放置しておりました(汗; 「配列シリーズ」
では、早速、参りましょう~。

セッションの中で、「逆配列」という言葉を、聞かれた方もいらっしゃると
思います。
まず、「逆配列」の例を、具体的にあげていきたいと思います。

①職場編
一般的に、職場はたくさんの個性的な人の集まりです。
その1人1人が、それぞれの価値観をもっている集団の場所です。
その中で、はっきり、自分の意見を言える人、そうでない人、
いろいろ、あるのではないでしょうか?
その中で、上司から指示を仰ぐ場面も多数出来てきます。
そして、その馴れ合い度によって、
いちいち指示を仰がなくても、「あの上司は、こういう方法が好みだ」と
自然に、わかってくる場合もあります。
もし、上司の意見と自分の意見と対立しそうな時は、
互いに、いかに自分の言葉を伝えられるか、コミュニケーション力が
試される場面も多いことでしょう。
しかし、生育暦による「逆配列」を身に着けてしまった方は、
自分の意見を伝えるのではなく、上司が考えるであろう・・・または、
その上司が部下に期待しているであろう方法を、言葉や態度から察し、
その期待されたことを上司の手となり足となり「自分の意見・やるべき事」として行動してしまいがちではないでしょうか。

そして上司から「ほめられる」というご褒美をもらえることを期待してしまいます。
思うような、ご褒美をもらえたら「うれしい」、
そうでなかったら「私は、価値がない」という、まさに、相手次第の
両極な生き方を選択していきやすいのではないかと思います。
しかし、これやり続けていくと、職場のあらゆる人の期待に添っていかなければならないので次第に疲弊し、人間関係が破綻していくのだろうと感じます。

これは、私自身の経験ですが、ある一定のグループ(職場・友人関係)に、
長期間所属するということが昔はとんと出来なかったのです
(; ̄ー ̄A アセアセ・・・
その理由は、この「相手の期待にこたえる、望むことを察しそれを自分の配列にしていく」という行為が、時間がたつにつれて、次第にどんどん増大していき、結局、持たなくていいものまで持つはめになって、人間関係が破綻していくという繰り返しでした。


②学校での役員決め編
皆さんも経験あるのではないかと思いますが・・・
し~んと、全員がうつむいた状態で、先生の困った顔だけが、目にちらつきます。
父兄は、役員を自分が引き受けることができない理由を、口々に訴えます。
参加者が、働いている、帰りが遅い、単身赴任・・・と、聞くと
専業主婦の自分が、だんだん、自分が役員としてなるように
期待されているかのような、もしくは、引き受けなければならないのではないか
と、じりじりと罪悪感を感じるようになります。
じゃんけんになるくらいなら、私が、引き受けてしまえば、この場のみんなが
すぐに、帰れる、先生もほっとするだろう。
なんだかまわりの視線が、自分に向いてきているようで座っているのも苦しい。
それなら・・・・と「誰もいなかったら、引き受けます」とつい口にしてしまう。
その言葉を待っていたように、拍手が沸く。
「ひきうけてくれて、ありがとう」「手伝うからね」
皆からの一瞬の感謝に、複雑な気持ちを引きずりながら帰路につく・・・。
そして、1年間、家事を放置して、自分の時間を削って、
結局1人で役員行事にへとへとになるまで、奔走するはめになる。
家庭では、子供や夫に、当り散らしながら。
そして、1年が終わる頃「大変だったけど最後までやれてやってよかった。
知り合いも増えたし・・・」と大変な思いをした一年間を合理化し自分を納得させていきます。


②友達編
1対1の友人関係なら、①の職場の関係とほぼ、共通ではないかと思います。
しかし、それが、4~5人の関係性になるならば、どうでしょう。
一対一ならいいけど、グループになるとなかなか発言しづらい、
という経験をされた方は、いないでしょうか。
仲間の顔色を見ながら、おちゃらけてみたりするものの、
大事な決め事・・・例えば旅行の計画とか、遊びの計画など・・・
意見を言ってもいいところで、何も言えずに、不完全燃焼な自分に気づいたりします。
単なる、引っ込み思案も、あるかもしれません。
でも、Aさんの意見、Bさんの意見、Cさんの意見、それぞれ違う。
この三つの意見のどれに、自分が合わせていいのか、期待された役割なのか
人数が増えれば増えるほど、次第に混乱してきますね。

結局何も言えずに、ひたすらニコニコして「うんうん」とうなずいているだけで
終わってしまう。。。
そして、どうして、自分は、自分の意見を言えないのだろうと自己嫌悪。
役割をこなせなかった自分にがっかりしたり・・・。
その結果、自分は、ここにいていいのか?とまで考えていきます。


①②③に、共通するのは、人の期待、人がこうして欲しいなあと感じていることを自分の「配列」として、実行しなければならないと感じることですね。
これを「逆配列」といいます。
あるいは、「借り物配列」と表現してもいいかと思います。

*もちろん、「配列」「逆配列」は、あなここオリジナルの言葉ですので
残念ながら、辞書には掲載されておりません(笑
100年後には、載ってるかもね^^


さて、ではどうして、このように、「逆配列」を行ってしまうのか?
そこが、問題です。。。
この「逆配列」の癖は、幼い頃の生育暦と深く関係していると感じます。

否定された子
存在を無視された子
気持ちを受け止めてもらえなかった子
道具にされた子
虐待(精神的も含む)された子

その中で生き抜いていくには、相手の期待にこたえるという生き方しか
選択しようがなかったのだと感じるのです。


つなげて言えば、現在の引きこもり、不登校の子たちも、また
親の配列、先生の配列、友達の配列に、疲れ果ててしまったのではないかと
私は感じます。

こうしてみると、この「逆配列」は、一見自分が全くないような感じにみえます。

が、人は「自我」「意思」を持つ生き物です。

世の中には「自分の意思」のない人などいません。が、生育暦の中で、「自分の意思」を出すことを禁止され続けてきた場合、「意思」は、明確に現れにくい状態になるのだと思います。

自分の「自我」「意思」を、無意識に閉じ込めて、他人の配列を
自分に取り込み続けたら、どうなるでしょう・・・

本当は、チョコレートが欲しいのに、無意識の欲求に反して、おせんべいを買うはめになったらどうでしょうか・・・。本当は、山に行きたいのに、海にいくはめになったらどうでしょう。
本当は、頭痛がするのに、親の期待を感じて、元気なふりをし続けなければならないなら・・どうでしょうか。

そこに、「我慢」という気持ちが、自然に、インプットされていくのではないでしょうか。
そのかすかな違和感である「我慢」・・・が少しずつ無意識に蓄積されていくと、「怒り」「悲しみ」「恨み」「憎しみ」という負の感情に変換されていくように思います。

その蓄積された負の感情を、まっすぐに出すことが出来ないことで、形を変えて、いろいろな弊害・・・歪み、嗜癖を生むのではないだろうかと感じるのです。


この「逆配列」の崩し方は、ただ、1つ。


「私は、どう感じているのか」

「私は、どうなりたいのか」

「私は、こうしたい」

というように、「私」を中心に、物事を感じ、考えるように意識をしていくことではないかと思います。

そして、「私」が感じていることを言葉にする練習、
それも安全な場所で、表現していくエクササイズが必要かと思います。


「逆配列」、ほかにも、世の中にはたくさん、ありそうです^^
ある意味、新興宗教・母親グループ・早期教育なども「逆配列」の温床ではないかと思います。

「自分の考えだ」と思い込んでいるもの、それは本当にあなた自身の気持ちですか?一度、振り返ってみると、また違ったものが、見えてくるかもしれませんね。

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この記事のコメント
桜さんへ
こちらこそ、いい時間をありがとうございました^^

逆配列、ドストライクだったんですね(笑
いや、私の経験を書いただけなんで(汗
きっと、誰でも経験あることなんだと思います。

正配列、逆配列、両方からまって、わけがわからなくなります~。


自分の配列をひとつひとつ紐解いて、知っていくということは、回復への第一歩だと思います~。
もしかしたら、子供にも、配列あるかもしれませんよ~。
よく、感じてみてね~。
2010-12-02 Thu 13:57 | URL | りんりん→ 桜 さんへ #SAu5W79E[ 内容変更]
りんりんさん、こんばんは(*^_^*)
昨日は、ありがとうございました♪
いろいろと考えることが多かったです。
最後のあの話しも…(・・?

逆配列 書いて下さりありがとうございます。
私…ドストライクなんですけど。。。
りんりんさん、見てたの?って感じです。(@_@;)

逆配列…崩すべく
私を意識していこう!と心に誓います。
崩すぞ。。。(-_-)/~~~ピシー!ピシー!
2010-12-01 Wed 20:34 | URL | #-[ 内容変更]
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