author : rinrin
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
【不登校・それぞれの軌跡】(11)続・不登校の先にあるもの
2011-02-23 Wed 17:09
今日、息子の最後の精神科の診察でした。
4か月ぶりの診察でしたが、その間にいろいろな変化がありすぎて、
息子も、先生に、昨年10月からの流れを思い出しながら語っていました。
にこにこして、うなずきながら、
「お母さんもとなりん君も、パーフェクトだね」
そう先生は、感慨深げに言って下さいました。

平成17年、この病院に初めて来たときの親子の状態・・・
自傷、うつ症状、自虐、不眠、注意欠陥障害、心を閉ざした状態・・・
幻聴や幻視による、統合失調症も疑われていました。
薬の量も5~6錠、服用していました。
また、入院したときの不安定な状態を含めると、実に
さまざまな問題を抱えての初期段階でした。
その後、適応教室での信頼できる先生との出会いがあり、
少しずつ安定方向に向かっていったと思います。

しかし・・・4年前、高校入試で、定時制に落ちたとき。。。
そして、通信に方向転換した頃・・・

当時、通信の情報が中学校には、ほとんど存在しなくて、
不安だけが、あったことを思い出します。
果たして、卒業できるのだろうか?
この子の居場所が、あるのだろうか・・・
全日に合格した不登校仲間のこと、素直に喜べない私がいました。
自分が、子どもたちにしてきたことを思うと
余計・・・申し訳なさと、悔しさがつのりました。

通信に入学した彼は、半年すぎた頃から、少しずつ仲間を作り始めました。
かつての、彼を知る友達は、
「こいつ、ぜったい、根暗のオタクや」と、思ったそうです。

この頃、彼は、母親が変わっていく姿を、感じていたそうです。
「おれも、変わりたい、もう一度生まれなおそう」
そう思えたころだったと言います。
一度、あきらめていた自分の人生をやりなおしたい・・・
そう思ったと後に言いました。

現在の彼が言うには、
ずっと、両親が変わってくれることを、願っていたそうです。
「明日こそは、変わってくれる」そう思い続けて
それを、待ち続けていたと言います。
でも、失望しか感じられない、でも、親を嫌いになれない自分との葛藤で
次第に疲弊していき・・・
もう少しで、暴れるという寸前に、彼は自分で、短期入院を申し出ていました。
今、かつての「親が変わって欲しい」という願いは、かなったのでしょうねえ^^

そして、学校では、地区の役員の手伝いをやりはじめ
さらに、3年になり委員長を務め、みんなのお世話をする立場にいるようになりました。
友達と夜通し騒いで、語り合い、遊んだ、そういう時期でした。
気が付いたら、朝の一番電車で、帰宅っていうのも増えた頃でした。
だからといって、彼の行動は、おおまかに把握はしていたので
いちいち、お互いに連絡もしませんでした。
コンビニのバイトを始めたのも、このころでした。
自分でチラシを毎日ながめ、いろいろアタックしていたことを、なつかしく思いだします。
4件目で、近くのコンビニに決まり、彼のバイト生活がはじまりました

勉強の方は、さっぱりでしたけど^^

そして、あっという間に、進路を考える時期になりました。
とりあえず、彼は、以前から考えていたPC関係の大学受験を視野に入れていました。
が、彼の中に迷いがあることをなんとなく感じていました。

PC関係か、心理関係か・・・
そのまま、合格したら、PC関係に行くと、
落ちたら、もう一年留年して、心理に転向すると、そう言っていました。

幸いにして、大学は落ちてしまった上に、高校も単位不足で
期待通りに留年し(笑)高校4年生になりました。

でも、高校4年生になり、彼の周辺は、モテキに突入したようです。
彼は、いろいろな女の子の相談に乗りながら、あの手この手のゲームを
具体的に実感したようでした。
あやうく、抱きつかれそうになったこともあったそうです。

そして、待望の彼女が出来ました。
彼女が出来たことで、彼は一段と、「誰かを守る」という
深さを、手に入れた気がしました。
誰かを本気で好きになる・・
自分の人生の一部を大切な人と共有する経験をすることで、
彼の人格にいっそう柔らかさと厚みができたと感じさせます。
留年して、入試に落ちたけれど、
それが、彼の人生をさらに豊かにしたと感じます。
この4年目の高校生活が、彼の方向性を決めたと言っても過言ではないと
そう感じます。

何がよくて、何が悪かったのか、
そういうことを考えるよりも
すべてのことが、今につながっていることを思えば
すべてが、君の人生に必要なことだったと、母は、思います。

そして、11月、今度は、心理系の大学に挑戦。
といっても、相変わらず、試験勉強はしてません^^;
一冊だけ受験科目の国語の問題集を買っただけで、
無謀な、一般推薦入試(自己推薦ですね)を受けました。
ただ救いは、学校の委員活動を活発にやっていたという
それだけを武器にして、県外の大学入試に挑みました。
その手続きも、すべて、自分でやっていました。
一度、自分が生まれ育ったところから、離れて自分を試してみたい
彼は、そう言っていました。

結果は・・・

合格でした。

今日その報告を、主治医の先生にすると、
「おめでとう」を何度も言われた彼は、言葉少なく、
目をうるませていました。
先生も目をうるうる、私もうるうる。
きっと、3人とも、目がキランキランと、漫画の☆のようになっていたと思います(笑

これまで、乗り越えてきた、辛かった道も
今まで誰にも理解されないと思ってきた彼の気持ちも昇華され
その涙にあらわれていたと・・・そう思います。

最後の診察・・・
先生はイスから立ち上がって、カルテを卒業証書に見立てて、
「卒業おめでとう、がんばったね」と
即興で卒業式をして下さいました。

3人だけの卒業式・・・

けれども、その場には、今まで息子と私に関わって下さった
たくさんの方々の思いが一緒にありました。
3人であったけれど、たくさんの人の暖かい気持ちがそこにありました。
エヴァの最終回のシーンのように(笑


不登校の先にあるもの・・・

私たちが、手に入れたものは、
関わってくださった方々の、深い深い愛情と、
これから、その愛情を伝える側になろうとしている
後継の未来

心読めるゆえに、見なくてもいいものを見続けてきた息子
その力を、今度は未来に出会う誰かのために、愛情とともに使ってくれると

そして、となりんは、先生に
「研修は、この病院に必ずきます」
そう言って、最後の診察を終わりました。

先生は、臨床心理の仕事は、ほんとにハードで、
医者のほうが、ばーんアウトしてしまうほどの仕事と現実を伝えながら、
決して楽ではないけど、たくさんの経験をしてねと言われていました。
そして、「となりんが、来るのを待ってるからね」
そう、おっしゃっていました。

5年間、毎月通った高速の道。
その車の中で、ふたりで、心の話をし続けじっくり話し込んだ日々。
時には、地元のおいしいもの食べに行ったり、
高速のパーキングで、のんびりしたり。
濃密な時間でした。


となりのあいつ、3月に学校の卒業式、
3月末には、これから6年間すごす予定の
新天地、広島に旅立ちます。

まだまだ、これからの彼ですが、
今後、彼がどういう成長をして帰ってくるのか非常に楽しみです。

関連記事
別窓 | 不登校の軌跡 | コメント:0 | トラックバック:0
<<ブログの書き方2 ~文章が表す癖~【AC・不登校】 | 歩いていこう | あなここからのお知らせ>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
トラックバックURL

FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら


| 歩いていこう |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。