author : rinrin
そこから抜け出してみよう
2011-04-26 Tue 14:42
ネット歴、10年あまり。
いろいろなACサイト、コミュニティ、見続けてきました。

私にしてみたら、FC2ブログは、驚異的に最長記録です。
かつて、どこかに所属することが、
とても楽しかった時期がありました。
似たような価値観、似たような思考回路
ツーと言えば、カ― のような 気心しれた仲間。
長く居続けていると、大御所みたいにもなります^^;
もちろん、そういう時間も必要ではあります。

あるとき・・・、私はACブログ、不登校ブログを読みながら
違和感を感じはじめるようになりました。

どうして、普通の感覚の人は、ACブログを読まないか?
これが、めっちゃ気になりはじめました。
普通の人が、ACを理解してくれたら手っ取り早いのに
なぜ、読まないのだろう??

もし、普通の人(とりあえずAC的な要素が無い人のことをそう呼びます)が、
ACブログにコメント書いたら、どうなるか
なんていうのも、考えました。

たぶん、コメントを書いたと想定しても、普通の感覚の人には、
AC的な感覚は、全く理解できないのではないかと思うのです。
そして、もっと言えば、普通の人の感覚を
ACの人は、否定し抵抗するでしょうね。

どうして、ACが生きづらいのか・・・
このことと、繋がっていそうな気がします。


ACの成育歴は、抑圧の人生。
そのために、普通の感覚では生きていけないところが大きく
自分を守るために、特殊な思考をせざるを得ない。

そう実感します。

それによって、
まわりとの協調、意思の疎通、コミュニケーションに
ズレが生じ、誤解が膨らんでいくのでしょう。

そのズレを、修正することでしか
回復は、ないのではないかと思うのですが
残念ながら・・・
この特殊な思考は、自分にぴったり貼りつき
その上、特殊な思考を逆アピールすることで
自分の世界を保ち続けて生きていますので
溝はなかなか、埋まらないという悪循環が生じるのですね。

また、AC同士は、「他者に理解されない」痛みを抱え過ぎて
他者を拒絶していることが多いのですね。
しかし、同じACや不登校のサイトでは
悩みや感覚を共有し、気が合うところで同調することが
気持ちを楽にしてくれます。
それが、高じて、グループ化し、力の誇示(理論武装)を強化していくのだろうと思います。
パワーゲームですね。
これでは、いつまでたっても
同じ価値観の中で、*同調をし続けていくしかない気がします。

*「うんうん、わかるわかる」「学校ってそうだもんね~」
「最近の先生は~」「うちもそうだよ~」などなど。
失いたくない仲間に対して、
ほんとか??って思うくらいの同調の超不可思議さを感じます。
この同調をし続けていくことが、自分の本心(違和感)を打ち消していき
さらには、思考の歪みが複雑化、増大していくことを、
ひしと感じます(経験者なので^^;)



更には、この「他者に理解されない」という感覚は
確実に、子どもたちにも家庭内で伝達されます。

ということは、子ども自身が、母親と同じように
「普通の人」とのズレを学校や社会で感じて生きている
ということになるかと思います。

ズレを感じた疎外感のために、より、一層
自分の世界を特殊化していくことで、
「他者を許せない仕組み」を構築していくのだと感じます。
他者を許せないというのは、
人間関係が柔軟でないということですね。
物事の受け取り方、言葉の受け取り方が
歪んでしまうということでもあります。

例えば、AC公共広告機構のCMではないけれど、
「あほ~」と言われたら「あほ~」と答える
っていうシンプルさの中のコミュニケーションではなく
「あほ~」と言われたら、全自己否定された衝撃を受けてしまう。
「かわいいね」と言われたら、「うれしい」ではなく
「バカにされた」「プレッシャー」「否定」と受け取っちゃう。
これらのズレが、他者を嫌悪の目(恐怖)でみることにつながり
嫌悪が表情や態度、言葉ににじみ出ていきます。

普通の人からは、これは全く理解されないところです。
また、AC同士であっても、傷の深さにより
「ずれ」のツボが、違ったりもします。
ACのコミュニティでネット炎上が起こりやすいのは、
必然だろうと思います。

互いに感覚の「ずれ」を感じるからですね。

子どもたちの生きづらさも、私たち親世代の「ずれ」あるいは
「思考の歪み」だろうと考えます。

このことから、不登校とACが、密接につながっているのではないかと
考えるのです。

しかし、自分のズレを、自分で認識したり
同じ場所で、方向性も分からず
同調しあい続けても、回復はなかなか難しいのではないか・・・と
そう感じます。

新しい価値観を手に入れたいのなら
古い場所を抜け出る勇気も必要ではないかと思うのですよ。

いつまでも、同じ同調の場所に居続けることは
家庭もまた、同じようなパターンを繰り返す
そんな場所になっているのではないでしょうか。


参考記事として、きんたろうさんの
「色々な共依存のかたち」(新興宗教・母親のグループ)
という記事をリンクしておきます。

余談ですが、ちょうど、私が楽天で不登校記事を書いていた頃(2005年)
この記事を読んだんですね。
かな~~り、痛かった記事でした^^;
痛かったけど、「プンプン」って
そんなこと、ないも~~んって、怒った記事でもありました(笑)
まさか、数年過ぎて、この記事が、自分を救ったなどと
思えるなんて、思いもしませんでした。

「信者」「宗教」という言葉をいろいろな場所や人に置き換えて
読まれたらいいかと思いますよ。

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この記事のコメント
Libraさんへ
お久しぶりです~、Libraさん(=^ー゜)ノ
つい、よそで、ネットゲして遊んでました(^_^;)
脳が溶けてブログ放置してました\(◎o◎)/

Libraさんの思いをコメントとして書いてくださって
ありがとうです。

心をゆるやかに解放できたらいいね~^^
2011-06-08 Wed 18:36 | URL | りんりん #SAu5W79E[ 内容変更]
お久しぶりです
 ほんとに、どうすればACの闇から抜け出せるんでしょうね(^^;)。というか、ACかどうかわからないけれど、同調してくれる人と、その場を渇望して手放せない、そんな人は結構いて、不登校の子供を持つとか関係なくよくあるし、普通に通学してる子供たちの人間関係も随分窮屈になってきてる気もします。
 私もやっぱりそういう面はあるし、本当に孤独になったら耐えられるのかわかりません。今も、人間関係の難しさを、半ば諦めて手放したから楽になっているだけかもしれません。
 でも・・・まあ、程度の差はあれ、皆似たようなものかもしれないです。

 だけど以前よりは自分の感覚が変わってきて、それはこのブログのお陰もあるし、子供の成長や変化のお陰もあるし、不登校中に出会った人や出来事のお陰でもあるし・・・。子供が最近「不登校になったこと、嫌だったけど後悔はしてない」と言い切ってくれて、そういう風に言ってくれてありがとう、とこちらも話したり・・・。
ACじゃない方が生き易かったに違いないのですが、これまでの人生、こうでしかいられなかったというのもあり、子供との出会いで何か学んできたのも運命みたいな感じです。

 親の影響は絶大で絶対的なものですが、親以外の、ACじゃない大人が子育ての中でもっと関わるような機会が増えないと、親子ともになかなか闇から抜け出せないかもしれないなと思います。もちろん、親が自分から変わっていければ一番なのですが。・・・私は結構頑張りましたよ(笑)。
2011-05-22 Sun 00:02 | URL | Libra #-[ 内容変更]
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