author : rinrin
時代【不登校】【AC】
2011-08-13 Sat 17:18
同じ題名で、記事を書くのは、二度目です。


私たち世代(昭和30年代)くらいまでは、

まだ、かろうじて人とのつながりがあった頃でした。

隣のおじさん、おばさん、親戚のおじさん、おばさん、祖父母

自分の家は、荒れ果てていたけれど

少なくとも、逃げ場所があった頃でした。

そこで、他人から かすかな愛情をもらったり

やさしさに触れたり

反対に怖いおじちゃんに怒られたり^^;

今の季節だと

祭りに出かけたり、幼い頃、窮屈な浴衣を着て花火大会にでかけたりした経験が
私の中に小さなきらめきとなって生きています。

そんな記憶も大人になっては忘れはて・・・



覚えていては、現実の家庭(実家)でのギャップに苦しむはめになります。

「私は不幸のままでいい。どうせ助けてくれないのなら
 余計なことをしないで」

悲しいねじれた状態で、思春期を経て、大人になっていきました。

「覚えていても辛いだけ」

それが、記憶を欠けさせる要因の1つだと気づいたのは、この数年。


確かにあったはずのものを

失って生きていくことが

どれほど不確定なことで、

生きる力を奪い続けることか

その仕組みに愕然とします。


AC回復の救いは無意識の中に埋もれた かすかなぬくもり

失くした輝きを取り戻す旅が、AC回復の道のり



しかし40年代を過ぎたころから、時代の様相は次第に変わっていきました。


果たして、現代の心を病み、ひきこもる子どもたちに
この輝きのかけらがあるのだろうかと危ぶみます。

私たち親世代と同じものを彼らに求めるのは
無理な気がしてなりません。

今、お役所が人為的に、地域交流の場所を作っていますが
そこに参加する子ども、または親も少なくなっていると聞きます。


もうひとつ、「時代」が変化したことで
失ったものがあります。

昔、お風呂はマキで焚いていました。
ご飯も、かまどでした。

火を起こしながら、その大変さを知り、いかに火を調節するといいか
工夫したものでした。

掃除も、掃除機などなかった時代。
ほうきで掃いていました。
どうやったら、ごみを効率よく掃きだせるか、
工夫のしどころ。

どこのおうちにも、家庭菜園がありました。
水をやる
肥料を調整する
草取りをする

非常に手間がかかることですね。

もちろん、私たち子どもたちも手伝いながら
生活すること、他者のために自力で動くことを肌で感じ
学んでいきました。

確かに面倒なことではありましたが、
それが、私たちの「自力」になっています。

我慢強さ
前に進む力
工夫する力
自分のために、そして家族のために
サービス精神
稼ぐ力


今は「自力」をつける場所はほとんどなくなってしまいました。

現代の子どもたちは、そういう中で生きている。

また、親世代が持っている「自力」は、
子どもを保護するために使われるという
なんとも、皮肉なことも多くなりました。

これでは「自力」を付けることを、阻止されて育てられた事と同じかもしれません。

そして「何をしても無駄なんだ」という無気力感


自分を生かす力も付けられないまま、大人になっていくのでしょう。


先日の子どもの虐待のニュースで、
「どうして、こんなことするんだろう」と
怒っているコメントを多数見かけました。

もっともですね。



でも、私は怒れないんです。。。

もし、私が今の時代で育っていたら
残念ながら、その親と大して変わらなかったと感じます。


子どもに、自力をつけることは、

これからの最大の課題になってくると思います。

私たち母親も、どう我が子の「自力」を引きだすか

正念場にきているのだろうと思います。

押しつけではなく、

子ども達の心の中に 失いたくない きらめきのかけらを

作って欲しいと思うのです。

そして、お母さんたち自身が持っている「自力」を、

子どもの力を奪う方向ではなく

与える方向で、伝えていって欲しいと願うのです。

これには、根気と忍耐とユーモアと柔軟性などが必要です。

なにより、子どもを見る力が必要かもしれません。




ひきこもりのままでいたい子どもは、誰ひとりいないと思います。

焦り、不安をごまかすために、ネットに夢中になっているだけのこと。

誤魔化しながら生きていくにも、人には限界があります。


出来るならば、

だれかの役にたつ自分でいたい 

生きる意味を見つけたい

心から楽しみたい

自由でありたい

心から願ってるのではないでしょうか。

「めんどくさい」

「たり~」

の言葉の裏側には、自力のなさを嘆く気持ちがあるはずだと感じます。

自由であるためには「自力」をつけるしかないのだと知っているけれど

「あきらめ」と「自力をつける」葛藤で

心がざわついているのではないかと感じてしょうがありません。


これからも「時代」は、もっと変化していくことでしょう。
しかしながら、時代に関わらず、
子どもと生活を共にし、密に接しているのは「親」だと思うのです。


子どもたちの自力を引きだす力、つけていきましょうね。

*どうやって?と聞かないで下さい。
 そんな方法、ありませんから。
 自分がどうやって自力をつけてきたか、そのことを
 さかのぼって考えることで、わかるのではないかと思います。
 自力で考えてみて下さいね。
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