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年齢が上がると回復しにくい理由(1)【不登校・AC】
2011-09-20 Tue 09:21
私自身が 30代後半の頃の事です。

子育てサークルを運営している頃、

不登校関係の仕事をされている方から

「変わるなら30代に変わっておきなさい!

40代以降になると考えが固まって安定思考になっていくから難しくなるよ」

と耳タコで脅されて・・・いやスッパリと(汗 

言われていました。

思い返せば、30代の頃 ひどくいびつな性格の私

結局、もがいたものの30代では大して変われなかった私でした。

人間、何かのっぴきならない出来事が起こらないと

「変わる」っていうのは、かな~り難しい事を痛感します。

実際のところ 私も、我が家の不登校の問題が勃発したからこそ

崖っぷちに追い詰められ

「変わるのか」、「変わらないのか」

子どもから日々突きつけられるはめになり

やっとの思いで 自分を見つめざるを得なくなったというところです。


自分を見つめるということは、それほど難しいことなのです。

家庭的、社会的に、ある程度安定してくると

安定をどう保つかという思考になっていきます


これは、もうどうしようもない人間の性というやつです。

年齢を重ねるにつれて「もういいや」と

段々、月日を重ねるだけになっていく・・・

「変わりたい」と思うきっかけも数少なくなくなっていきます。

何か 事件が起こると

「あ~、逃げたい、めんどくさい」

「誰も何も問題を私に持ってこないで」

とばかり考えていた30代、40代前半でした。

丸投げしたい心境、バリバリ。

逃げながらも、違和感だらけで非常に苦しいんですが

幼い時から、慢性的に苦しい状態が継続してるので、

慣れてしまっているというのもあります。

もうひとつは、親から物理的に抑圧されていた幼い頃よりも

結婚し家庭を持ったら 比べ物にならないくらい自分の自由が利くので

それよりは、ずっとましという気持ちもあるかと思います。

「安定しているつもり」と錯覚を起こしていたんですね。


こういう状態の時は、他者攻撃、愚痴愚痴オンパレード

それか、自己否定、自虐のどちらかに逝っちゃうんですが

それもまた、数十年のなじみの場所なので

できるだけ人との心の接触を避けて生きたら

どうにかやり過ごせてしまうもの。

ほどほど 困らずに過ごせていたら

自分の本質を見つめるとか 自分の核心部分にたどりつくという事は

安定思考で「今さら」心の危機をわざわざ蒸し返したくはないものです。

そのためには、いくらでも正当な言い訳を作れるんですね。
(上のことは、私自身を振り返っての経験話です^^)



たとえば、このブログを読んで下さる方の中には、

自分の父母世代(60代~80代)に「こういうところを変えて欲しい」と

進言して、撃沈した方もかなり多いのではないかと思います。

年齢を重ねると、固定概念、安定化思考が より一層強くなりますし

よりよく生きることよりも、「死」の方が強く意識され

日々安定することに強い執着をしはじめます。


悔しいことに、当の父母世代が変わる必要性を感じていなく

自分自身は何も 困っていない状態なわけです。

苦情を訴えても のれんに腕押しになること、請け合いです。


世代間連鎖とは、問題意識を持ち 苦しいと感じたもの(私たち)が、

変えていくことしかできないものなのでしょう。


次回は、同じお題で、現代の子ども世代のことについて書いてみます。

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