author : rinrin
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【不登校・AC】「子どもが動き出すまで待て」でいいのだろうか?
2011-10-01 Sat 18:12
前の記事のコメントで、質問を頂きました。

不登校の対応として「何もせずに子どもが動き出すまで待て」

ということは、よく言われることです。

これが、果たして正しいのかどうなのか?

という質問でした。


答えは、○であり、×でもあると感じます。

これは、その親子関係の状態で決まる気がします。

あまりに、過干渉すぎるお母さんの場合は

援助者は、そう言うしかありません。

しかし、放任の場合は、そうもいきません。。。

また、子どもさんの時期やお母さんの時期によって、

押し出す時期は、ある と思います。


そのことを念頭に 経験を交えて 記事を書いてみました。


参考になれば幸いです。

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今に思えば、大層なことでは無かったことでした。

小学校、中学校時代、自分と他者のズレが際立ち

どうも自分は、周りと話が合わない・・・


物事の感じ方が人と違う・・・

そんな事を感じていたと思います。

その大元は、TVやご近所、果ては友達選びから

遮断された家庭環境にありました。

その家庭でしか、通用しないルールズ。

自分の常識、他人の非常識が多過ぎることが

まわりとの違和感を強め 他者の間に埋められない

疎外感を感じざるを得なくなっていったのだろうと感じます。

簡単に言えば、許された物事が 極端に少ない環境に生きてきたということです。


これは、AC家庭、不登校の家庭でもよく起こっている事ではないかと感じます。


「人と話が合わない」

家庭で、禁止されたことが多すぎて、それが当たり前すぎて
(例えば、TVを見せてもらえなかった、NHKしか見れなかったとかあります)

合わないゆえに友達と共感できることも また少なく

疎外感だけが、肥大していく。

コミュニケーション以前のゆゆしき問題となります。


子どもは、そんな事とは、全く分からないまま

人と共有することも出来ず、自己肯定感を貶めていくのでしょう。

不登校のお子様が、「友達が欲しい」のに

「友達ができない」「中に入れない」

と、聞きます。

うちもご多分にもれず、そうでした。

そして、私自身も同じように、子どもと同じ悩みを抱えて数十年

苦しんできたACの過去がありました。

これが、世代間連鎖として、子どもに伝わっていったことであるのなら

親が 視野を広げ 変わることで、

子どもの世界を広げられる可能性があると思うのです。

親が生きやすくなれば、子どもも、生きやすくなる。


方程式のように連動しています。


しかしながら、この年になって(汗;

失ってきた感覚、ズレた感覚を修正していくのは、

短時間では決して出来ないことです。

そもそも、自分が何を失ってきたのかさえも覚えていないのですから。

時間をかけてしか取り戻す事が出来ないことだろうと思います。

一枚一枚、薄紙を重ねるように、

繰り返し 根気よく ズレを修正していけば

感覚として、自然に毛穴から子どもに伝わっていきます。


かといって、これは子どもに対して「何もしない」

ということを指しているのではないですよ。



親が変われば、親の思考の方向が自然に変わっていきます。

行動が変わってきます。

言葉が変わってきます。

親子関係が変わってくるということですね。

途中、親の変化していく過程において、

子どもたちは、色々と抵抗を示します。

「なんで、今更!真逆のことを示すの??」と混乱もします。

「前のお母さんがよかった!」という言葉も出したりします。

(そこで 親側が おろおろさせられることもあります)

子どもが親の変化を「いい感覚」「心地よい感覚」

としてキャッチしていくことで楽になることを実感するまで

「なにをいまさら~」という抵抗を示してくる事があるかと思います。

ここで、めげないことでしょうか。。。

親側が方向性の軸をぶらさない、

ゆさぶられない

この感覚を親が身につけていくことで

子どもが次の一歩を踏み出す力になって

行くのではないかと感じます。

 
世の中には、色々な 理論があるかと思いますが

なにより、子どもの違和感のズレを

少なくしてあげられるのは

子どもより自力のあるお母さんにしか出来ない

大仕事だろうと思っています。

以上のことから、

何もせずに放っておいて、子どもだけ変わるということは

有り得ない・・・
と私は考えています。

もし、何もせずに 子どもが回復したのなら

それは、知らず知らずのうちに 

お母さんが、人の助けを借りながら、

自分自身を緩ませ、心を自由に解き放つことが

出来た証なのではないでしょうか。
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この記事のコメント
きんたろうさん

あれ?私へのコメントかな?

>どのように修正しているのでしょうか?

修正というと変な言い方ですね。
私の場合は自分がACだと気がついた時は、子供が既に大きくなってました。
息子が中学生の時の反抗期に、私がACであるとわかったのです。
なぜなら、私なら心に押し込めて親へ反論して来なかったであろうことを息子が堂々と反論してきたのです。
それから、いろいろな本を読み漁り、まずは自覚し、そして、自分の今までの言動を振り返り、AC特有の悪い癖のために失った人間関係などについて考えてきました。

今、息子は親に対してはACではなくなってます。いい子ではありません。
でも、まだ外の人間関係にはACの要素があります。
人に心開けなかったり、人に気を遣いすぎたり。

今後、息子が自分を肯定して自信を持って生きていけるようになるために、今はそれだけを考え願っているところです。
2011-10-05 Wed 09:10 | URL | りりこ #-[ 内容変更]
自分で修正出来ますが

と書いてありますが?
どのように修正しているのでしょうか?

きんたろう
2011-10-02 Sun 22:16 | URL | きんたろう #sARJH.kY[ 内容変更]
お返事ありがとうございます。

>押し出す時期は、ある と思います。

そうですよね。
やっぱり、ずっと見守るだけというのは下手したら、見放されたとか諦められたとか、子供は感じてしまう可能性があるんじゃないか?と私は思ってました。

だから、見守るだけでいいっていうのがどうも納得できなくて・・・

私の育った家庭とりんりんさんの育った家庭は似てると思いました。
うちも、TVの主導権は父親が持っており、夜八時以降は勉強しろということでTVが強制的に消されてました。

友達はほしい、寂しい、でも上手く作れない・・・これはACの特徴だと感じてます。
距離感というのが上手くできないんですね。
私の息子も同じだと思います。
連鎖というのは、恐ろしいですね。

私は大人ですからACということに自分で気がつき修正できますが、子供の場合はそうやって修正してあげたらいいんでしょうか?

たぶん、なんで自分はこんな人間なんだ、人と上手くできないんだって責めていると思います。
人間不信の状態で不登校・ひきこもりをしています。

親の今後も接し方など、何かポイントがあれば教えてください。
2011-10-02 Sun 11:44 | URL | りりこ #-[ 内容変更]
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